束が開発したISは、白騎士事件をきっかけに世界に大きな影響を与えた。
事件以降、束からアーマーの製造技術を教えられた各国はそれぞれISの作成に取り掛かり、十機二十機と次々に新しいISを造り出していった。現存兵器に費やしていた軍事費を殆どISに回している辺り、国がどれ程軍事力を付けたかったのかが窺える。
そして束からISコアを渡され、とうとう白騎士以外のISが初めて動こうとした時に、新たな真実が明らかとなった。
ISは、女性しか扱う事が出来ないという事に。
あらゆる男性軍人、緊急で一般男性にも試験搭乗が行われたのだが、ISを反応させた者は誰もいなかった。その後、女性軍人が試しに登場した結果、ISは何事も無かったかのように起動。一般女性にも募集をかけて試験搭乗をさせたが、やはり普通に反応した。
世界最強の兵器を扱えるのは、女性だけ。
それが明白となった瞬間、世界中の女性の立場が強くなった。
ある者はISの力を傘にこれまで職場で地味な扱いを受けていた事を晴らす様に脅迫を行い、自身の持つ力を見せつけた。またある者は、友人がISのパイロットであると吹聴して虎の威を借る狐の様な所業を行う者も現れた。
それらが誇張気味に世間に広まり、いつしか世界では『世界最強のISを女性だけが扱える』認識が『最強の力を扱える女性は男性よりも優れている』という方向に変化していった。
俗に言う、女尊男卑社会である。
当然、世の男性は女性の突然の高圧化に快く思わなかった。未だに男性でも『女は黙って男の後ろをついてくればいい』という思想を持つ者もおり、特にそういった者たちは戦時中から存在していた【女性権利団体】に対抗する組織【男性権利団体】なるものを結成し始めた。
男性権利団体は世の女性の態度を忌々しく思っていたが、下手に刺激すると世界を無駄に混乱させる恐れがあると判断して派手なアプローチは控える事にした。特にISを扱える女性が矢面に立とうものなら、既に50機以上造られてるIS相手では男性側に勝ち目は無かったからだ。IS整備の仕事に携わっているのは男性のみではないし、ISでなくとも直接的なデモ行為でもされれば、それこそ社会バランスは崩壊する。
故に世の男性代表者達は審議の結果、今は只待つ事にしたのだ。女性の優位が崩れるであろう、その時を。
そして篠ノ之家の方でも、大きな一大事が発生したのだ。
なんと、ISの産みの親である束が暗殺されかけたのだ。
犯行はとある日曜日の夜、日本の研究所での開発補助を終えて帰宅する束に対して、暗殺者である男が刃物で斬りかかったのだ。
しかし束は超人的な身体能力でこれを撃退し、警察に通報した後にその場を後にした。
後の警察の調べによると、男性は職場の女上司にリストラ宣告を受け、職を失った腹いせにISの産みの親である束を狙ったらしい。偶の遅刻や提出期限破り等で職務態度に問題があった男性は女上司から嫌われており、女尊男卑社会に便乗して昇任の機を得た彼女によってそれらを理由に解雇処分を受けたのである。尤も、嫌っていたのは女上司だけでなかったので、大した騒ぎになる事は無かったのだが。
今回は単なる逆恨みなのだが、今後束が再び襲われる可能性は充分に高かった。女尊男卑社会の影響を強く受けた男性がこの先現れれば、原因であるISを造った束を狙うという発想に至る事は今回の事件で確り証明された。
そして、IS国際委員会はその対策として1つのプログラムを設立した。
【重要人物保護プログラム】
その名の通り、ISに携わる重要な人物及びその関係者を保護する為のシステム。これは件の暗殺未遂事件の再発を防ぐ為のもので、束を含む彼女の関係者、つまり家族に偽姓を使わせる他、地方を転々とさせる等で篠ノ之家の素性を明らかにさせない様にするのだ。
しかし情報秘匿を徹底する為には、一家揃って生活及び引っ越しをするのは目立ってしまいかねないので都合が悪かった。
そう。篠ノ之家の家族は離れ離れに暮らさなければならないのだ。
――――――――――
中学1年生になった箒は、新しく通う事になった学校での勤勉を終え、クラスメイト達と別れて帰路に着く。誰かと一緒に帰る事をせず、1人で帰るのが彼女の恒例であった。
重要人物保護プログラムによって同じ地域に留まり続ける事が出来ない彼女は、それに合わせて転校する頻度も高かった。長くても1年、短い時は3ヶ月というケースすらある始末だ。
故に、無闇に交友関係を広げる事は箒にとって辛くなるだけだった。最低限の会話と質問への受け答えだけで生徒との関わりを済ませ、転校する度に入部する剣道部でもひたすら練習に浸る日々。
作りたくても作れない友達に、自身の望む剣道も満足な形で出来ない。帰った先には今まで一緒に暮らしていた両親も姉も居ない簡素なアパートが待っている。
折角の中学校生活は、暗殺というきっかけと政府の勝手な決め事によって色の無いものとなっていた。
しかし、そんな箒にも唯一嬉しい事があった。
≪おお、帰って来たね≫
アパートに帰ろうとしていた箒に掛けられた、機械音声。
それを聞いた箒は、俯きがちだった顔を上げて嬉しそうに顔を緩ませる。
「今日も迎えに来てくれたのだな……テオ」
箒が視線を上げた先には、嘗て彼女が雨の中救い出した、当時の小柄は見る影も失っている程に成長しきった黒猫、テオの姿があった。
≪ははは、箒ちゃんの為なら当然じゃないか≫
朗らかに笑い(実際は普通に鳴いているだけだが)そう返事をするテオは、彼女の下へと駆け寄ると、屈んだ箒の身体をよじ登って彼女の肩に乗る。箒もテオが乗る事を見越して身体の高さを低くしたのだ。
箒にとって嬉しい事とは、このテオが一緒に暮らしてくれている事だった。
プログラムによって、確かに箒は両親や姉と別れざるを得なくなった。しかし人間のように生き方を縛られていないテオだけが、そんな彼女と一緒にいる事を決めたのだ。当時小学生4年生だった彼女にテオが付いてくれる事は、両親も姉にとっても大歓迎だった。
それ以降、箒が学校から帰る時にはテオが迎えに来る事が習慣となり彼女もそれを嬉しく感じていた。他の家族に会えない分、テオの存在は彼女にとって本当に有難いものとなっていたのだ。
余談だが、最初は政府も猫が付属する事を渋っていたのだが、束の脅迫によって快く許可し、ペット可のアパートが以降の箒の住居となったのだ。
≪今日は真っ直ぐ帰るんだったっけ?≫
「あぁ。買い物は昨日の内に済ませたからな。今日もテオにご飯を作ってやれるぞ」
≪ほほう、それは期待しておかないとね≫
「ふふ、任せておけ」
テオの期待に応えるように、箒は自信あり気に笑んでみせる。
本来、中学生である箒に生活費を稼ぐ術は無いのだが、国からの配慮で生活に必要な金銭を工面してもらっており、額も食費等の心配をする必要が無い程である。学費に関しても政府が負担する事になっている大盤振る舞い状態なのだが、その理由はとある姉によるものである。
というわけで金銭面に関しては外食頼りになっても問題無いのだが、箒は頑なに自分で料理をする事を選んだ。夕飯時に1人で外食する中学生など目立って仕方がないし、何よりも猫のテオと一緒に食べられる店など殆ど存在しないからだ。
最初の頃は覚束なかったが、調べ物と練習を重ねていって着実に腕前を上げ、今では一人暮らしに差支えないレベルで料理が出来るようになった。
そして、料理が出来るという事は……。
≪これなら一夏少年と再会した時に、自信を持って美味しい手料理を出せるね≫
「テ、テオ!?何故ここで一夏の名前が出てくるのだ!?」
顔を真っ赤にしながら、慌て始める箒。そんな彼女をテオは面白そうに眺めている。
織斑 一夏の事を異性として好いている。
箒がその事を自覚するようになったのは、彼と打ち解けて少し経ってからの事だった。とある日、一夏が別の女子に親切にしている姿を見た時に胸にチクリと針が刺さるような感覚を覚えた箒は、姉の束に相談した所……。
『それは恋だよ箒ちゃん!love、ラブリカ、ときめきっクゥライシスゥ!』
と、一夏に対して恋心を抱いている事を教えてくれた。
恋を意識し始めた箒は、それ以降一夏と接する時にドキドキしっぱなしだった。今迄の距離も近く感じて少しだけ離れたり、彼が箒の事について褒めると、胸の鼓動が早まったり。
小学4年生の時に引っ越しで別れる事になる時まで、彼女は初恋の感覚に終始振り回されっぱなしであった。
≪まぁでも、やっぱり好きな相手と会えないのは寂しいものだよねぇ≫
「うむ……そうだな」
先程までの狼狽も失せ、落ち着きを取り戻す箒。
重要人物保護プログラムの影響による引っ越しで一夏と別れる事となってしまった彼女は、彼が近くにいない事で改めて思い知らされたのだ。自分が彼に対して強く想い焦がれている事に。
満足に挨拶も出来ないまま引っ越す事になってしまったのは、箒にとって悔いと言える事だ。突然の決定事項で、話を聞かされた直後には荷造りをさせられてしまっていたのだ。
故に箒は日本政府の事を快く思っていないし、それに配されている護衛の者達の事もイマイチ信用出来なかった。一夏と別れるきっかけを作った関係者という理由があって信を置くのは許せなかったのだ。
「けれど、私は寂しくなどないぞ」
≪どうして?≫
「それは勿論、お前が傍に居てくれるからだ。テオ」
それは、箒が心から思っている事だった。
確かに学校では正体を隠す為に、東雲、篠原等といった偽りの姓を使っている。それは本当の箒を誰にも明かす事が出来ないという事であり、確かな疎外感を抱いていた。
しかし、唯一傍に居てくれている目の前の家族にはそのような事をする必要はない。ありのままの【篠ノ之 箒】で接する事が出来るのは、箒にとって心安らげる時間となっていた。
もしテオが存在していなかったら、今の彼女はこうして穏やかに笑う事も叶わなかっただろう。今の彼女にとって、テオという猫は今まで以上に大きな存在になっているのだ。
「確かに色々と大変だけど、だからこそお前が居てくれて本当に良かったよ。ありがとう……テオ」
≪はっはっは、改めて感謝の言葉を言われると照れてしまうね≫
「わ、私だって態々言うのは少し気恥ずかしかったのだぞ……」
そう言って箒は赤らんだ頬を指で軽く掻く。
そんな恥じらう箒の姿を見て、テオはますます楽しそうに彼女の顔を横から覗き込む。
≪ふふふ、照れてる照れてる≫
「むぅ……さ、さあ!早く帰って夕食にするぞ!今日は気合を入れて作ってやるから、残さず食べるのだぞ!」
≪勿論だとも。箒ちゃんが作ってくれたご飯を残すなんてバチが当たるからね≫
「ふっ、では家まで走るぞ!しっかり捕まっていろよ!」
≪おー!≫
仰々しくノってみせるテオに笑みを浮かべてから、箒は走り始める。
テオの身体を手で支えつつ、身体の上下起伏を抑えながら走るという器用な真似をしながら、箒は自宅を目指した。
≪おぉー、速い速い≫
「ははっ、偶にはこういうのも良いな!」
笑い合いながら住宅街を駆けて行く、1人の少女と1匹の猫。
近頃は世間に振り回されている身だが、今この瞬間は心の底から笑い合えていた。
だが、2人の運命は再び狂わされる。
第2回モンドグロッソ決勝戦の日。
その日の日本は、雨だった。
―――続く―――
尺の都合もあって、小学4年生から中学1年生までの出来事は地の文で簡潔に説明させていただきました。
ホントは絆の深さを描写する為に小学生時代のテオ&箒&一夏の絡みとか中学生の箒とテオの日常とか書いてみたいのですが、あまり過去が冗長になるとダレてしまいそうですからね……80話近くも書いて原作3巻終了のペースの時点でダレてると言えなくもないかもしれませんが。(自虐)
この作品、下手したら200話とか書く事になるんじゃ……私自身は話数の多い作品は読み応えがあって好きですが、まさか自分がその役目に回るとは。
そして次回は、80話近くになるまで散々引き延ばし続けた『あの事件』こと、テオの2度目の命の危機!VTシステム事件時のラウラの精神世界で多少描写がありましたが、その詳細に入ります。