「お疲れ、テオ」
≪やぁ箒ちゃん≫
試合を終えてアリーナの観客席にやってきた私に最初に声を掛けてくれたのは箒ちゃんであった。箒ちゃんは慎みのある笑みを浮かべながら、私に顔を向けてきている。
私は彼女の隣まで歩くと、そこに腰を下ろした。
ちなみにアリーナの方では、ちょうど一夏少年とセシリア姫が戦い始めているところである。
≪私の試合の時から此処にいたみたいだけど、少年の元にいなくて良かったのかい?≫
「私だっていつまでも一夏にベッタリとくっついているわけではないのだがな。あいつもセシリアの戦いを集中して分析したかったようだし、邪魔をするのも悪いと思って席を外したんだ」
そのように答える箒ちゃん。一夏少年に恋する身としては非常に謙虚な姿勢だが、それを少々不安にも思ってしまう私。
だってあの鈍感な少年に対してこの一歩引いた感じ、多分彼は一生好意に気付いてくれないと思うんだ。ストレートに『付き合ってください』と告白しても、それを買い物の誘いと解釈する彼だし。
あまり他人の恋路に首を突っ込むのは私の主義ではないけれど、確認くらいはしておくべきか。
≪あーっと、箒ちゃん。折角一夏少年の傍にいられるチャンスなんだし、もう少し積極的に攻めてみてもバチは当たらないと思うのだけれど≫
「……?同じ学園にいる以上、あいつの近くにいることなど珍しくもないだろう?私に至っては同室だしな」
「アッハイ」
箒ちゃんが大人過ぎて生きるのが辛い。いや辛くもないし寧ろ嬉しいところなんだろうけど、私としては、こう、年頃の女の子らしく恥じらいの姿も見せてくれると嬉しかったり。
……やはり箒ちゃん、『あの出来事』のことが相当ショックだったらしい。良くも悪くも、あの日が彼女を大人に変えてしまったのだ。
私と箒ちゃんのやり取りに気付いた一組のクラスメイト達が、こちらに近づいてきた。
「あっ、テオちゃん戻ってきてる!」
「ホントだ、声掛けてくれれば良かったのに~」
≪ははは、すまないね。箒ちゃんがすぐに気付いてくれてそのまま話し込んじゃったから、皆に声を掛けるのが遅くなってしまったよ≫
「さすが飼い主、というか家族だね」
「いや、私が出入り口に近かっただけだと思うが」
女の子が3人寄ると姦しいと言われているが、それ以上集まると随分と賑やかになるものだ。いつの間には私と箒ちゃんの周りにはクラスメイト達が集まっており、私たち2人はその中心となっている。
「ねーねー、テオにゃんってどうしてあんなに強いの~?」
制服のサイズが合わないのか、腕の袖部分がダボダボに有り余ったお嬢ちゃんがのんびりとした口調で私に質問をしてきた。
確かこの子は布仏 本音ちゃんだったかな。一夏少年が『のほほんさん』とあだ名をひっそりつけていたが、成程確かに雰囲気がその通りだね。
≪私もちょっとした事情があってね。君たちよりも数年くらい前から既にISを使うよう生活を送っているんだ。……ところで、今のは私の愛称かな?≫
「そうだよ~。テオにゃんはネコさんだから、にゃんにゃんって感じの呼び方がピッタリだと思って~」
≪そっかぁ。ありがと~≫
「どういたしまして~」
「テオ、別に合わせて語尾を伸ばさなくても良いんだぞ」
≪いやぁ、つい≫
のほほんちゃんの空気がほんわかしているからね、こっちまでほんわかしてしまいそうだ。なんという感染力。
「えへへ~、ほうちゃんも一緒にやろ~?」
「ほ、ほうちゃん?」
「うんっ、名前が箒だから、ほうちゃんって呼ぶことにしたんだ~」
≪良かったじゃないか箒ちゃん。あだ名で呼んでくれる友達が出来て≫
「う、うむ……」
箒ちゃんは初めて付けられたあだ名に照れてしまってか、赤らむ頬を隠すように顔を逸らす。これこれ、こういう反応を待っていました、私。
なんだかんだで、私も束ちゃんも普通に名前で呼んでいるから、この子にとってはこういうのも新鮮に感じるだろう。もちろん私も嬉しいことだし、他の子たちと同様に暖かい視線になっている。
周りの眼に気付いた箒ちゃんは、その場の話題を変える為にわざとらしく咳をつく。
「ご、ごほん。ところでテオ、一夏は無事に一次移行に達した上にセシリアの戦術も観察出来た。2人の勝負の行方をどう見る?」
≪そうだねぇ……多分、今回の試合も勝てない可能性が高いよ≫
「えっ、どうして!?オルコットさんはテオちゃんとの戦いで戦い方を知られてるけど、織斑くんは一次移行した後の戦術はまだ分からないから有利になるんじゃ?」
ところがどっこい、そう上手く物事は運ばれないのが世の常なのだよお嬢ちゃん方。
そもそも、一次移行が行われたからといって大きく戦法が変わるようなISは現時点では殆ど確認されていないのだ。折角調整が終わったというのにそれまでの戦法が移行後と大きく違っているなど大きな手間になってしまうし、それ以前にそんなことになる暇があるなら元から仕様を統一させた方が装着者も理解しやすいうえ、混乱を招く心配もなくなる。
だから一夏の専用機である白式も、それと同様である。
もともと彼の装備は雪片……今は雪片弐型だったね、それしか持っていないしゴリ押しな内部仕様の影響で武装の追加の際に必要となる
束ちゃん……もう少し幅を利かせてあげても良かったんじゃ?
そういう訳だから、上記も含めて少年のバトルスタイルは完全にアレで固定だから有利な条件にはならないという事をみんなに伝えてあげた。上記の内容をまんま話すと長ったらしいから、色々と端折らせてもらったけどね。
≪それ以前に、ISに触れたばかりの少年じゃあのセシリア姫に勝つのはかなり厳しいよ≫
「なんで?陰口のつもりはないけど、オルコットさんってテオくんに手も足も出なかったんじゃ……」
≪あれは完全にISの相性が悪かったんだよ。射撃中心のブルー・ティアーズで最速のISの銀雲に攻撃を当てるのは、飛んでる蠅を箸で摘まむくらいの難易度だよ≫
「何そのムリゲー」
「でも織斑先生なら、織斑先生ならなんとかしてくれる……!」
あの子なら普通に出来ると思う。
とまぁかなり無茶苦茶なことを言っているが、互いのスペックを比較するとそう言わざるを得ない。
セシリア姫の実力が高いというのは本当だ。代表候補生と言うのはなりたいと思えばなれる称号ではなく、それこそ他人とは比べ物にならない努力とそれを結果に結びつけるための才能が必要になってくる。
あの子がどれだけ訓練に励んだのかは分からないけど、パッと乗っただけの一夏少年が楽に勝てる相手でないということは間違いない事実だ。
≪ほら、試合を見てごらん≫
「あぁ~……織斑くん、オルコットさんの攻撃を避けてはいるけど全然攻撃できそうにないね」
「やっぱりオルコットさんのあのBT兵器って凄いなぁ……あれってどうやって動かしてるんだろう?」
≪いずれ授業で説明があるだろうけど、全部セシリア姫が管理して指示や移動、射撃を行っているよ。それを4つもやってるんだから、感心するしかないよね≫
一応私も2つ持ってはいるけど、あれは完全自立型だから逐一命令する必要は無い。年寄りに戦いながら子規を操るような余裕はありませんので。
「あっ、見て!織斑君の刀が割れて、青白いビームみたいなのが出て来た!」
「なんだろ?あの武器の能力か何かかな?」
≪ほう、【零落白夜】か。少年も白式のスペックを確認する時間があったし、ちゃんと能力も把握しているだろうね≫
「零落白夜?もしかして、千冬さんの現役時代の【
箒ちゃん、ご明察。
ちなみに【単一仕様能力】というのはISと操縦者の相性が最高状態に至った時に使うことが出来る特殊能力で、ISコアや機体との同調率が高まった時に起こる動作【
「しかし、普通あれは二次移行まで行わなければ発現出来ない筈ではないのか?それに同じ単一仕様能力が別のISも使えるなど、聞いたこともないぞ」
≪少年の白式は大分特殊な仕様らしいからね。どうして白式が千冬嬢のISの技である零落白夜を使えるのかも、私には分からない≫
零落白夜の能力は、自身のシールドエネルギーを犠牲に絶大な攻撃力を齎す必殺の一刀である。これを相手に当てさえすれば、勝利はほぼ確定と言える程のチート性能。千冬嬢が第1回のモンド・グロッソで優勝したのは、本人の技量もそうだがこれも要素の1つだと言えるだろう。
ただし、自分のシールドエネルギーを大量に消費してしまうというデメリットもあるので良いこと尽くめとはいかないのが難儀な話だ。その辺りをどうコントロールしてくかが、あの能力を使う上での課題となってくる。
……あっ、少年が外してしまった。
「あぁ、おっしぃ~!もうちょっとで当てれたのにー!」
周囲の子たちの方からも、残念がる声が聞こえてくる。
シールドエネルギーを大量に消耗するあの技は、1試合でポンポン使えるような仕上がりになっていない。使えてもせいぜいあと一回が限界。もしかすると、その1回すらも……。
隣の箒ちゃんに視線を移してみる。
彼女も戦っている一夏少年のことが気になるようで、真剣に彼の戦う姿を目で追っている。
「テオ……やはり一夏の勝利は厳しいか?」
≪そうだねぇ……ま、こればかりは信じてあげるしかないかな≫
私達が彼にしてあげられることは既に終わっている。今日という日までに彼を鍛え、例え付け焼刃でも彼の力とさせること。
後は少年次第である。
「っ見て皆!織斑くんがっ……!!」
一人の女子の声によって、皆の視線がアリーナの1点へ注がれる。
その光景は、セシリア姫の操るビットを次々と破壊していきながら彼女の元へ一気に掛けて行く一夏少年の姿と、切羽詰まった表情を見せるセシリア姫の姿であった。
「イケる!」
「決まる……!」
「織斑くん!」
「一夏……!」
そして――。
――――――――――――――――
≪そして負けるというね≫
試合の結果。
一夏少年はセシリア姫に攻撃を入れる前に、シールドエネルギーを切らしてしまって動作を停止。シールドエネルギーが0になってしまったら活動することが出来ないため、戦闘不可能となり、そのままセシリア姫の勝利となったのだ。
そして今はアリーナの控え室。
この場に居るのは私と箒ちゃんと一夏、そして教員組の二人だ。他の生徒達はそれぞれ帰路についている。
≪忘れないよ、皆のあの希望に満ちた目と君の勇姿染みた突進。あと一歩の所で刃を止めちゃうなんて、一夏少年は優しいなぁ。私よりも紳士だなぁ≫
「あの、死体蹴りは止めて……心にくるから」
私の言葉を聞いて、四つん這いの状態となって更に落ち込んでしまう一夏少年。
≪しかしそれでも、代表候補生相手に良くあそこまで戦えたものだよ。1時間も動かしていないというのにそんな相手を戦闘不能寸前まで追い込めたというのは、私も正直驚いている≫
「えっ?」
≪やはり君には伸びゆく才能がある。私もかなり期待しているから、これからも頑張るんだよ少年。今日はお疲れ様≫
「テオ…………褒めたいのか貶したいのか分からないよ」
両方だよ。
「……まっ、テオって前から俺にそんな感じだったし仕方ないか。っていうか身内だと俺ばっかりおちょくってないか?」
≪だって君、一番反応が面白いし≫
「あぁそう、ありがたい話だよコンチクショウ」
確かに、私がいちばんからかっているのって少年のような気がする。箒ちゃんと束ちゃんはどうにも保護者感覚が強くなってしまうし、千冬嬢はからかいすぎると怒っちゃうし。
少年はなんやかんやでやり過ぎなければこういうことには寛容だから、私もどんどん悪戯してしまうんだろう。というわけで、今後も少年メインでからかっていくとしよう。
≪いいよね?≫
「何に対してのいいよねかは分からないけど、認めちゃいけないことだけは何となくわかった」
≪チッ≫
「舌打ちした!?ねぇ、今舌打ちしたよね!?」
ハハハ、まさかそんなまさか。
「ともあれ、今日の授業はこれで終了だ。お前たちも速やかに寮に戻れ」
≪わかりました。それじゃあ二人とも、帰ろうか≫
「おう」
「わかった」
一夏少年と箒ちゃんを連れて、私は寮へと戻っていった。
――続く――