篠ノ之家の猫はIS搭乗者(全話修正中)   作:たいお

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 ※注意※
 今話は鬱な描写が多めに描かれています、少なくとも作者の心は書いてる最中ガタガタゴットンズッタンズタン!でした。





独りになった少女の心は荒み……

 

「……朝か」

 

 篠ノ之 箒は窓から差し込む日光を受けて目を覚ました。だが、その寝覚めは最悪だった。

 否、あの雨の日の悲劇から心地よく眠れた日など、彼女には無かった。

 のそのそとベッドから身体を起こし、意識をハッキリさせるべく脱衣所の洗面台で顔を洗いに行こうとする箒。

 

≪おはよう、箒ちゃん。昨夜はよく眠れたかい?≫

 

 この場にいない筈の者の声が聞こえ、箒は期待の込もってない瞳でそちらを見る。暫く使われていない、テオの寝床となるキャットハウスがそこにあるだけだった。

 

 テオの幻聴が聞こえてくる現象にも、箒はすっかり慣れてしまっていた。

 

 身支度を終えた箒は、朝食の準備に取り掛かる。

 テオと一緒にいた頃から料理を作る事が習慣になっていた彼女は、いつもと比べて倦怠的で機械的な手つきで朝食を作り終える。これまで作っていた物よりも簡素な出来栄えになっていた

 

「あっ……」

 

 作り終えた後になって箒は気付いた。

 今日もまた、テオの分のご飯まで作っていた事に。自分の食事は杜撰になっているにも関わらず、こちらの完成度は高い。無意識に手が動いてしまっていたのだ。

 

≪おっ、今日も美味しそうだねぇ。箒ちゃんの作ってくれるご飯は美味しいから、いつも楽しみにしてるんだよね≫

 

 再びテオの幻聴が耳に響く。

 何も言わず箒はテオの為に作ったご飯を自分の食卓に並べ、席に着く。

 

「……いただきます」

 

 自分の分の朝食を食べつつ、テオの分のご飯も一緒に摂る箒。

 猫用の味付けは人間には物足りないが、テオが美味しく食べてくれる出来栄えになっていると、彼女は舌で採点した。テオを飼うと決めて料理を許された頃から始めていたが、当初よりもずっと上達していた。

 

「……テオに、食べてほしかったな」

 

 だからこそ、この場に居ない彼に振る舞いたかった。

 箒はそんな願望を抱きながら、黙々と食事を再開する。それ以降、部屋には食器の音しかしなかった。

 

 

 

――――――――――

 

 あれから束の連絡は箒に来なかった。政府が用意したGPS機能付きの携帯電話の番号ならば束の腕前で簡単に調べる事が出来る筈だが、音沙汰すら無かった。

 失踪した束は、現在世界中に指名手配されている。ISコアの製造方法を唯一知っている人物なだけに、その価値と脅威はこの世の誰よりも大きいと言える者を各国が野放しにする理由は無かった。

 しかしそんな各国の健闘を嘲笑うかの様に、束の足取りは誰にも掴む事が出来なかった。テオの治療をこなしながら世界の目を掻い潜る彼女の手腕はやはり並の者の手に負えるレベルではない。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが箒だった。

 束に続き、箒が暗殺されかけた事を知った政府は彼女に掛ける人員を補充する事を決定。暗殺時にモンド・グロッソの観戦にかまけていた護衛担当の女性達は担当から外され、別の者が配備された。尚、箒の暗殺を目論んだ男性2名は逮捕され、政府と司法の協議により重要人物殺傷未遂として重罰が課せられた模様。

 

 そして、箒の担当となった者達はこれまでの担当以上に彼女の生活に介入するようになった。アパートの部屋はこれまで通り隣室だが、箒の帰宅は車で送迎し、休日の彼女の行動にも細かいチェックが入れられる様になった。

 それに加えて政府から依頼された束に関する情報を取得するべく、箒に対して執拗に監視と聴取を繰り返すようになった。成果は無いにも関わらず、貴重な手掛かりという理由で根掘り葉掘り問い詰めてきて、それらが緩められる事は暫く無かった。

 

 そんな環境に立たされた箒の心は、酷く荒んだ。唯一の拠り所だったテオすら失った彼女は、無機質に日々を過ごしていった。

 女の子らしくて綺麗だと褒められた艶やかな黒髪は、手入れを怠って痛み始めた。

 独りで眠る寂しさで満足な睡眠が出来ず、目の下の隈は徐々に濃くなった。

 貴重な話し相手を失い、口数はずっと少なくなった。

 学校の授業も機械作業の様な取り組み方になった。

 

 日々の色彩を失った彼女に残されたのは、剣道だけだった。

 父の姿に憧れ、テオと一緒に基礎から学び、片想いの相手の一夏と共に研鑽を重ねた思い出が詰まった剣道。環境こそ異なれど、剣道自体は形を残している。

 

 箒は縋るような思いで剣道を行った。竹刀を振るっている間は嫌な事が薄れていく感じを抱いた彼女は、只管に素振りをし続けてた。例え逃避の道だとしても、精神的に追い詰められた箒には構いはしなかった。

 家に帰っても誰も居らず、迎えに来てくれる者もいないので箒は気兼ねなく放課後は剣道を行い続けた。練習に耽って帰りが遅くなる事も多くなり、その事で護衛の者から苦言を言われた事もあったが、今の箒にとっては知った事では無かった。

 いつしか箒は剣道部で際立った実力を身に付け、他の部員を圧倒する程に強くなってみせた。毎日剣道を続けた結果、箒の腕前は地方どころか、全国でも通用する程のレベルにまで上達していたのだ。

 

 しかし、箒はその時点で大切な事を忘れてしまっていた。

 

 そしてそれを思い出すのは、剣道全国大会で優勝した後だった。

 彼女はその時中学2年生。テオがいなくなってから、約1年後の出来事であった。

 

 

――――――――――

 

 バシィン!

 

 竹刀で打つ音が、公民武道場に響き渡る。竹の鳴る音は大会最終日である今日に何度も発されたものだが、今この瞬間の音は何よりも強く、高く響いた。

 

 剣道全国大会決勝戦、剣道強豪校の代表選手と剣道平均レベルの学校の代表選手による頂上戦。前年も個人の部で優勝した実力者と、抜きんでた強さでここまでの対戦相手を圧勝してきた今大会のダークホース。

 軍配が挙がったのは、後者――箒の方であった。

 

「(……終わったか)」

 

 優勝した瞬間だというのに、事も無いかのような感想を心の内で零す箒。

 彼女からしてみたら、今回の大会はまるで自分の心に響かない時間だった。テオを失ってから剣道に没頭し続けた彼女にとって、どの対戦相手の腕前も大したものでは無かった。

 決勝戦である最終試合。剣道部強豪と謳われた学校からの代表と聞いてその腕前を期待した箒だったが、結果は箒の圧勝。技量、腕力で圧倒してみせた彼女は相手選手の防御を難なく崩し、鋭い面の一撃で勝利を決めたのだ。

 

「(結局、この心の燻りを晴らしてくれる者はいなかったか)」

 

 箒はこの大会に期待を抱いていた。自身の鬱憤を晴らしてくれるような、そんな試合が出来るのではないかと思い代表に選ばれて大会に臨んだのだが、蓋を開けてみたらこの結果だった。態々手を抜いて長引かせる意味も無かったので、箒は全ての試合で全力を出し、一瞬でケリをつけていった。

 

 この試合も終わりか、と落胆した箒は所定の位置について礼を済ませようとした。

 だが、ここで彼女は異変に気付く。

 

 対戦相手の少女が、面を受けてへたり込んだまま立ち上がらないのだ。

 

「(まさか、どこか怪我をしたのか?)」

 

 試合中、相手に傷を残すような真似はしていない筈だと箒は振り返る。確かに果敢な攻めを行いはしたが、身体に当たる一撃は無かった。精々最後の面くらいだろう。

 しかし、もし本当に傷が出来たのだとしたら直ぐに医務室に連れていかなければならない。そう思った箒は、相手の少女に手を差し伸べた。

 

 だが、彼女はそこで見てしまった。

 試合相手の少女が、面の格子の奥で涙を流している光景を。

 

 そして、箒が手を差し伸べている事に気付いた少女は……。

 

「ひっ……!!」

 

 引き攣るような声を上げながら、後ずさった。

 

 その姿を目の当たりにした箒は気付いてしまった。

 少女が涙を流しているのは、勝てなかったことが悔しかったのではない。戦った自分の事が怖かったのだと。

 

「あ……」

 

 箒はこれまでの試合を思い出す。

 自分と試合をした者達は皆、目の前の少女と同じ気持ちだったのだろうか。もしかすると、彼女達が同じように涙を流していた事に自分は気付いていなかったのだろうか。

 

 今まで、自分はどんな試合をしていた?

 己の負の感情を吐き捨てるような力ずくの戦い方。それは最早、暴力と呼んでも差し支えが無かった程だろう。暴力のような力を振るったからこそ目の前に少女は怖れ、涙を流していたのだと。

 

 自分にとって、剣道とはなんだったか?

 嘗て一夏に説いた。剣道とは、互いの魂を正面からぶつけ合って心を高める、神聖な武術文化の1つだと。

 だが今の自分はどうだ?技も心も全てが一方的で、一夏に教えた事がまるで当て嵌まっていなかった。剣道を手に付けた一夏は良くも悪くも真っ直ぐな姿勢だったのに対し、自分は剣道に対して酷く歪んだ臨み方をしていたのだ。

 

「ああ……!」

 

 今まで、自分は何をやっていたのだ?

 

 箒は差し出した手を震わせながら、籠手に覆われたその掌を視界に入れる。

 その手は、既に暴力に染まっていた。

 

「っ!!」

 

 箒は心の軋みに耐え切れずに、出口に向かって走り出した。周りの制止の声を耳に入れず、彼女は一目散に武道場から走り去っていった。

 

 箒は当ても無く走り続ける。走るのに邪魔な防具を脱ぎ捨てながら通路を抜け、広間を抜け、玄関の扉を勢いよく開ける。

 外に飛び出した彼女は、息を切らしながら徐々に速度を落とし、敷地を抜ける前に立ち止まった。一心不乱に走り続けた為に試合でも流れなかった汗が前髪を張り付かせ、頬に滴る。

 

 箒は下がアスファルトである事も気にせず、その場に崩れ落ちる。彼女の胸中はすでにグチャグチャに掻き乱されていた。

 

「私は……最低だ……!」

 

 渦巻く感情の中でも、ハッキリしている事はある。

 箒は、自分と犯した所業が憎くて仕方が無かった。

 

「私の所為で、何の罪も無い者達の心が傷ついたっ!!私の、所為でっ!!」

 

 籠手を外した拳を、箒は地面に向けて力の限り叩き付けた。アスファルトに拳を当てれば当然痛いが、箒は構わず叩き付け続ける。

 寧ろ、その痛みがこの罪への罰の一欠片となるならば、喜んで受け入れる所存だった。

 

「ごめんなさい……ごめん、なさいっ……!!」

 

 皮が剥がれて血の滲む拳を地に着けながら、箒はこの場にいない者達への謝罪の言葉と共に涙を流す。

 己の身勝手で多くの少女達の心を傷つけ、剣道の場にて剣道を汚した過ち。箒は自身の犯した罪に苛まれ、身体を蹲らせる。

 

 箒はこれからどうして良いのか分からず、苦悩する。考えようとしても胸の内から沸々と罪悪感が湧き上がり、思考が定まらなくなってしまう。

 今は只、自分を救ってくれる手が欲しかった。身勝手なのかもしれないが、ここから1人で立ち直るなどとても出来ないと箒は思ってしまった。

 

 どうか、この身勝手が通ってくれるならば。

 縋る思いで箒は自身が最も頼りにしていた家族である、彼の名を呼ぶ。

 

「助けてくれ……テオぉ……!」

 

 

 

 

 

≪勿論、助けてあげるとも≫

 

 一瞬、また幻聴なのかと箒は思った。己の弱り目に浸け込んで来る、優しい思い出の声がこんな時にも現れたのかと。

 しかし、俯く彼女の視界に移る地面に挿し込む影を見た途端、箒はまさかと思い、顔を上げる。

 

 そこには、この1年間ずっと会いたかった者が立っていた。

 事件の時の血に塗れた姿ではなく、これまで共に生活していた時のような健在な身体を携えて。

 

「あ……あぁ……!」

≪やぁ、久しぶりだね……箒ちゃん≫

 

 幻聴などではない、本物の声は箒の傷ついた心に優しく沁み込んでいく。

 

 その姿を認識した瞬間、箒は立ち上がって駆け出した。

 途中で足がもつれて転びそうになるも、踏み止まって再び走り続ける彼女。外に出るまでずっと走りっぱなしだったので体力も底をつきそうだったが、気力で身体を動かした。

 

 直ぐに互いの距離は縮まり、箒は腕を広げ、片方は彼女の胸に目掛けて飛び込んでいった。

 

「テオっ!!」

≪おっとっと≫

 

 現れた者――テオを胸に抱き抱える箒。

 あの事件以前の暖かい温もり、生きている証拠を肌で感じた彼女は、彼が生きている事を実感して再び目に涙を零す。

 

 彼女に身体を抱かれたテオは、おどけた様子で箒の強い抱擁を受け止めるとそのまま彼女に言葉を掛けた。

 

≪おやおや、私がいなくて寂しかったかい?≫

「当たり前だっ!ずっと……ずっと会いたかったんだ!だから、会えて良かった……」

≪うん、私も嬉しいよ≫

「それに……生きてて、生きててくれて……良かったぁ……!」

≪……ありがとう、箒ちゃん≫

 

 かくして、1人の少女と1匹の猫は約1年間の時を経て再会を果たしたのであった。

 

 その後、少女は知る事になる。

 死の淵に追い詰められていた彼の今の身体は、どう変化したのかを。

 

 

 

―――続く―――

 




 と、いうわけで箒の辛い過去とテオの再会でした。2話くらいに伸ばそうと思いましたが、地の文が持たない+過去編の尺が長くなるのでスマートに進めさせていただきました。テオとの再会、サックリさせ過ぎたかな……いや似たような文章で文字数稼ぐのもだるいし(ボキャ貧)
 次回はテオが復活したばかりのシーンからスタート!箒と再会するまで彼は何をしていたのかが明らかに……。

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