蠢く影ーー③
日本の某都市の中心に構えている、とある超高層マンションの最上階。
複数人が寝泊り出来るスペースのある、華美な装飾に溢れたスペシャルルームにて桃色の髪の女性――ロゼが備え付けのデスクの上で自前の変装道具の整理を行っていた。
そんな彼女に、1人の女性が声を掛けてくる。
「よぉロゼ、調子はどうだよ?んん?」
「……特に問題ありませんね」
「っは、問題無い?問題無い、かぁ!」
女性はロゼの発言を聞いて突然可笑しそうに笑ったかと思うと、彼女のデスクの上にドカッと乱暴に座る。酷く挑発的な笑みを浮かべながら、構わず作業を続けるロゼの顔を覗き込む。
「猫なんかに負けて、おめおめと逃げ帰って来て、それで問題無いと来たか!流石はロゼちゃん、謙虚なお心が私には眩し過ぎらぁ!クハハッ!」
「……今日は随分と絡んで来ますね。こんな話を知っていますか?」
「あん?」
「他人の不幸を蜜の味と喜ぶ奴は、脳味噌が蜜漬けで機能してないそうですよ」
その瞬間、周囲の空気が凍り付いた。
先程まで笑みを浮かべていた女性も、ロゼの言葉を聞いて徐々にその表情に怒りを表していく。
「……てめぇ、下っ端の癖に随分とデケェ口叩いてんな、あぁ?」
「おや、今の話に貴女が怒る所がありましたか?それは失礼、あなたの主食がそれとは知りも知らずに……」
「……ぶっ殺すぞゴラァ!!」
今にも殺し合いを始めそうな、一触即発の状況。
「止めなさい、オータム」
その場に怖気づく事無く凛とした態度で口を出したのは、彼女達が良く知っている人物であった。
バスルームのドアを開け、胸元を大きくはだけさせたバスローブ姿で現れた妙齢の女性――スコールである。
「な、何で私にだけ言うんだよスコール!クソ生意気な事を言ったのはコイツで……」
「先に挑発したのはどうせまた貴女でしょう?なら私は言いだしっぺに注意するわよ」
「うぅ……」
スコールの厳しめな言葉によって、女性――オータムは完全に威勢を失う。その姿は先程までの獰猛な立ち振る舞いからは想像もつかない、まるで叱られた子犬の様な印象だった。
そんなオータムを脇に、スコールはロゼに対して申し訳なさそうに口を開く。
「ごめんなさいね、オータムが失礼な事を言って」
「いえ。気にしていませんので」
「けれど、貴女までオータムを煽る様な事を言うのは勘弁してくれないかしら?宥めるのは簡単だけど、無い方が私も楽だし。というか気にしていないって嘘でしょう。でなきゃ煽らないわよ」
「ご想像にお任せします」
淡々と言葉を交わしていく内にロゼは変装道具の整理を終え、トランクのホルダーフックをパチンと閉じる。
それを部屋の脇に追いやると、部屋の出口に向かって歩き始めた。
「少し所用で出て来ます。帰りは日付が変わる頃になると思います」
「はぁい。……ところでロゼ、ちょっと聞いても良いかしら?」
「?」
スコールに呼び止められたロゼは、通り過ぎようとした彼女の前で足を止めてそちらを振り向く。
「何でしょうか?」
「いえ、『彼』と実際に戦ってみてどうだったかと思ってね」
「『彼』……あのお猫殿の事ですか」
スコールが挙げた名前に心当たりを付けたロゼは、テオと戦った時の事を思い出す。
海上で繰り広げた彼との戦闘は、ロゼにとって苦い経歴となった。ロゼの表情にもそれが表れる。
「……油断していました。まさかあそこまでの実力を持っているとは思いませんでした」
「もう、だから忠告したじゃない。あの子には気を付けなさいって」
「ええ、今回の敗北は私の落ち度です」
海上におけるテオとの戦い。
確かにロゼは序盤の時点で未公開の武装を駆使して場の流れを掴んでいた。彼女の専用機【セブンス・ローズ】は7種のカラーカートリッジを用いて機体や武器の能力を変化、強化させる能力があり、非常に汎用性に優れた力が備わっている。相手に応じて戦術を変えられるその能力は相手からすれば厄介と言える代物だろう。
だが、戦いが進むにつれて彼女の動きはテオに読まれ始めていった。各色の特性をある程度把握した彼は、防御強化や速度強化等の変化に応じた行動を逐一取り、徐々にロゼの戦法に適応していき戦況を変えていった。
そして、テオが第二形態移行を行ってISを銀雲から天臨へと進化させた事によって、戦局は逆転。
パワーアップしたテオが、海上での戦いを制したのだ。
2人の話を傍で聞いていたオータムは、スコールの方を見ながら口を開いた。
「なぁなぁスコール、次は私がそいつをぶっ潰してやるよ!私ならそんな奴、余裕で倒してみせるからさ!」
「ダメよ。貴女には今度別の任務があるんだから、彼と戦うのはまだ先」
「えぇ~、いいじゃんちょっとくらい。どーせ織斑 一夏って奴もザコなんだろうし、そいつも纏めて始末しちまうからさ!」
「ダーメ、ちゃんと自分の役割に専念しない子は嫌いよ?」
「う……わ、分かったよ」
ちなみに、彼女達のやり取りを聞いていたロゼはと言うと。
「(このクソビッチ、威勢と自信だけは一人前ですね)」
内心でかなり毒づいていた。
そんな2人のじゃれ合いに付き合うのも疲れるだけだと判断したロゼは、サッサとこの場を去る事にした。
「では、暫く出てきます」
「ええ。いってらっしゃい」
「ほらさっさと出ていけよ。邪魔だから」
「口を開かないでくださいビッチ女」
「あぁ!?てめぇ今私の事――」
ロゼ、オータムの声を遮って部屋から退出する。
少しの間、扉の向こうでオータムの怒鳴り声が発されていたが、いつの間にか止んでいた。大方、再びスコールに注意されたのだろう。彼女はスコールに言われると非常に聞き分けが良いのだ。それこそ従順なペットかと思う程に。
「……で、ペットと飼い犬の『お楽しみタイム』が間もなく始まると」
実際の所、ロゼには外出をする必要が無い。不足している備品や仕事道具も無いし、外での用事がある訳でも無い。
理由は1つ。あの場に居続けるとスコールとオータムによる『夜の営み同性バージョン』が行われるのだ。ロゼがいようといまいとお構いなしに、である。片やロゼがどういう反応をするのか面白がっている節があり、片や眼中に無いからとにかく愛する人とイチャイチャしたいという願望からだ。当然ロゼに他人の情事を見学する趣味は無いし、無視されて好き勝手に盛られるのも癪な話だ。
なので彼女は先程スコールに日付が変わる頃に戻ると伝えた。『2人きりにしておくから、その時間までには済ませておけ』という彼女達への暗示だ。終わってなければ実行中の2人に対して適当な物を投げつける算段でいるが、今の所回数は0だ。その辺りの自制が出来ているのだろう、スコールは。
「……酒でも飲みに行きますか」
現時刻は21時過ぎ。この時間帯は営業を終えている店も多く、これから行くとなるとある程度絞られてしまう。
第1希望は変装に使える物が置いてある雑貨店なのだが、ロゼが把握している限り、ここいらでそれを扱っている店はどれも閉まっている。妥協案として、どこかの店で酒でも飲んで時間を潰す事にした。
「そもそも、私が彼女達に気を遣う必要は欠片も無いと思うのですが」
なんにせよ面倒な事になりそうだったので、ロゼはそれ以上考えるのを止めた。
――――――――――
「さぁー真耶ぁ、次の店に行くぞぉ」
「お、織斑先生……結構お酒回ってるみたいだけど大丈夫なんですか?」
「イケるイケるぅ、今なら良い男を家に連れ込める気がする、あぁ一夏がいたなぁそういえばあいつどんな反応するかな?アッハッハ」
「大丈夫じゃないみたいですね……」
先に店を利用していた女性2人組とすれ違い、ロゼは適当チョイスした店に足を踏み入れた。
すれ違った女性たちの顔に見覚えがあったのだが、今は完全にオフの気分なので深入りするつもりは毛頭無かった。今後も日本国内で活動していくというのに、下手に目立つのは危険でもある。
ちなみに、普段亡国機業の一員として活動している時の彼女のコスチュームはゴスロリ仕様なのだが、都内でそれを着て歩けば嫌でも注目が集まってしまう。なので彼女の現在の服装は変装用のシンプルなレディースコーディネートだ。世の中には赤い髪や水色の髪の人間もいるが、ピンクの髪も充分に目立つので金髪のウィッグで一般的な外国人を演出している。
「いらっしゃいませ」
来店したロゼを出迎えてくれたのは、小洒落た内装の店内と先客の皿を片付けているマスターであった。
「只今ご注文を承りますので、先に席にてお待ちくださいませ」
「分かりました」
マスターの案内の下、ロゼはカウンター席に座ってマスターの作業が終わるのを待つ。
程無くして、マスターの方も片付いたようである。
「オレンジブロッサムと……生ハムスライスをお願いします」
「かしこまりました」
特に味の好みが無いロゼは、メニューの中から適当に目についたドリンクとおつまみをチョイスし、注文した。
注文が来るまでの間、ロゼは持って来た手帳を開いて今後のスケジュールに目を通し始める。そこには今後の自身の行動計画がびっしりと書き込まれており、日本以外の国に向かう事もしばしばある。中々にハードなスケジュールだとロゼは内心で軽く愚痴った。
ふとロゼは、既に日付が過ぎているイベントの文字に目を移す。そこには『銀の福音暴走』と記入されていた。
「(それにしても、IS学園……特に織斑 一夏は我々に随分と振り回されていましたね)」
銀の福音が暴走を起こした理由、それはもうスコール、オータム以外のもう1人のメンバーが米軍基地に単騎で乗り込み、福音のプログラムに細工+αを施したからだ。福音には既にパイロットが乗り込んでいたが、卓越したメンバーの技量により見事暴走させてみせたのだ。
暴走した福音は大陸から西方向へ移動し、日本の領域にも侵入する経路を辿った為に日本に設立されたIS学園に通う専用機持ち達と交戦。激しい戦いを繰り広げた。
第一回目のアプローチの際、IS学園の者達にとって想定外の事態が起こった。
密漁船の登場。
その出現により、攻撃のチャンスを逃した一夏は仲間の1人に重傷を負わせてしまう。結果、初回の戦闘は失敗という形で終わってしまった。その際、密漁船は影も形も残さずに消えてしまったのだ。
『最初から密漁船など存在しなかったのだから』当然だ。
「こちら、お先にお飲み物のオレンジブロッサムです」
すると、マスターから頼んでいたドリンクがおつまみより先に出される。グラスの淵にはスライスレモンとチェリーで飾り立てが施されている。
お礼を述べつつ、ロゼはお酒を一口。やはりこういう場のお酒は一味違う、と内心で舌鼓を打っていた。気が緩んだのか、そんな彼女の内心が表情に出ていてマスターが微笑ましそうに彼女の顔を見ていたのだが、ロゼはそれに気付かなかった。
話は戻るが、先程も言ったように密漁船は初めから存在していなかった。
だが、現場では船が海上を進んでいる姿を目撃している者が何人もいた。なのに存在しないというのは一体どういう事なのか。
そもそも、あの密漁船は……。
「(立体映像(ホログラム)、海中の潜水艦から投影した舞台演出だとは思わなかったでしょうね)」
福音と専用機持ち達が激しい戦いを繰り広げている中、海の中に潜んでいた潜水艦。操作をしていたのはスコールとオータムの2名で、彼女達は万が一計画が狂った際の保険要因及び福音の暴走の現場観察としていたのだ。
彼女達は潜水艦を経由して会場に密漁船の立体映像を映し出し、混戦の中に専用機持ち達の枷になり得る存在を投入してきたのだ。立体映像なので、当然中には誰もいない。
つまり一夏は意図しない所で、誰も乗っていないどころかありもしない船を守る為に攻撃のチャンスを捨ててしまったという事になる。これに関してオータムは腹を抱えながら一夏の事を嘲笑っていた、無意味なヒーローごっこをしているバカなガキだと。
一夏に助けられた密漁船の立体映像は、その後の騒動の最中にドサクサ紛れで投影終了し姿を消した。セシリアが密漁船の姿を見失ったのも、これが理由だ。
「お待たせしました」
話伝手で聞いた過去の結果を思い出していると、マスターから注文の品が渡される。
その脇には、注文した覚えの無い小盛りチーズキューブが添えられていた。不思議そうにしているロゼを前に、マスターが理由を教えてくれる。
「当店を初めてご利用いただいたお客様への私からのサービスでございます。お好みでなければ、お下げ致しますので」
「いえ、チーズは好きなのでお言葉に甘えて頂きます。ありがとうございます」
そう言ってロゼは差し出されたおつまみをそれぞれ一口。やはりハムとチーズの相性は抜群で、加減の効いた塩味と濃厚な味わいがベストマッチして口の中に拡がり、酒を進ませようと誘惑してくる。
その誘いに耐え切れず、酒を1口。忙しい仕事が重なる彼女にとって非常に至福な時間だ。
「お客様は海外の方のようですが、お住まいもこの辺りで?」
「いえ、本社のある本国から日本の支社に派遣されまして、先月この街に越してきた者です」
「成程。日本語もとても流暢ですね」
「女性用化粧品のセールスを行う以上、言語を徹底しておかなければなりませんからね。マスターが女性ならばお勧めの商品を提案していたのですが、残念です」
「いえいえ。仕事を持ち込ませず、お客様にお酒の場を楽しんで頂けるのが私としても本分ですので」
「バーマスターの鑑ですね……次のお酒をお願いできますか?ジンライムで」
「はい、かしこまりました」
マスターと雑談を交わしつつ、次の酒を注文したロゼはクイッと残りのオレンジブロッサムを呷り、飲み干してみせる。
次の任務に当たるまでの憩いの時間を、彼女は堪能する。
―――続く―――
と、いう事で第3章開幕は亡国企業側からのスタートとなりました。第2章のエピローグという感じにもしていますが。
作中でも描写させましたが、福音戦での密漁船は海中の潜水艦から送り出した立体映像という設定にさせていただきました、若干無理矢理感もあるかもですが……。じっくり見れば実物か映像か判断出来るのですが、激戦中でそれ所では無かったという感じですね。
このネタ晴らしもオータムの口から喋ってもらおうと予定していたのですが、オリキャラのロゼと折り合いが悪くてタイミングが掴めなかったので、ロゼに担当してもらう事になりました。彼女の口からは一夏と直接戦闘になった時にでも。
さて、次回からは第3章で夏休みからスタートです。基本的にキャラ同士の絡みや掘り下げ等を中心にやっていく感じです、ここ最近シリアス続きだったので、雰囲気も柔らかめにしたいですね!