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臨海学校から幾日が過ぎ、早くも夏休み直前となった。気温はすっかり夏模様で、教室内は空調が効いていて快適だが、窓の外は日光でジリジリと照らされた蒸し暑さを感じる。教室を出た時の温度差は、きっとキツいものがあるだろう。
1学期最後のHR、その締め括りを行うのは我らが1年1組の担任、千冬嬢だ。
「さて、諸君。明日からIS学園も夏季休暇、夏休みに入る」
生徒のお嬢ちゃん達は千冬嬢の言葉を清聴している。内心では目と鼻の先の夏休みを心待ちにしてウキウキしている事だろう、雰囲気で何となく分かる。我慢し切れずに鞄を持って席を立っている子もいるしね。
あ、千冬嬢のチョーク投げで沈められた。
「夏休み中は学園寮も通常通り運営しているが、寮に残るなり帰省するなりは各自自由にしろ。ただし、帰省する者は申請書の提出を忘れないように」
学園側も寮に残っている子と実家に帰っている子の把握が出来ていないと大変だからね。IS学園は立地の関係で実家から通っている子は珍しいし、海外の子も多いグローバルなラインナップだから海外帰省する子も少なくない。
特に海外の子はこういう長期休暇の時でないと中々本国に帰れないだろうから、家族や友人と会う為に帰っておきたい所だろう。我慢し切れずに鞄を背負ってパルクールみたいに華麗な飛び込みで窓から脱出する子もいるしね。
あ、千冬嬢の出席簿ブーメランではたき落とされた。
「では、以上でHRを終了する。2学期からまたよろしく頼むぞ……あぁそうそう、夏休み中にはしゃぎ過ぎて人様に迷惑を掛ける様な事はするなよ?警察沙汰になろうものなら……分かっているな?」
『イ、 イエス!マム!』
「よろしい。では今度こそ、HRを終了する」
そう言って、千冬嬢はサッと教室から去っていった。
真耶ちゃんも彼女に続きつつ、出口の前で皆の方に振り返って『それじゃあ皆さん、夏休み、思いっきり楽しんでくださいね!』と良い笑顔で言ってから教室を出ていった。
先生2人が教室からいなくなった後、1年1組の教室はワッと湧いた。よく聴いてみると隣の2組もちょうどHRが終わったみたいで、ウチの子達と同じように騒いでいる。
「やったー!待ちに待った夏休みだー!」
「夏休みktkr!」
「なのです!」
「ねぇねぇ、夏休みは実家に帰るの?」
「うん、そうだよ!ちょっとジャングルまでね」
「ターザンかよ」
クラスのお嬢ちゃん達の開口一番の話題は、やはり夏休みの予定だった。まぁ丸々1ヶ月も休みがあるとなると、色々予定が立つだろうね。
≪ちなみに皆は、夏休みはどう過ごすんだい?≫
「わたくしはイギリスに戻って、色々と諸事を消化して参りますわ。我がオルコット家の職務に代表候補生としての報告、専用機の本格的調整、バイオリンのコンサート、旧友との親睦会……あぁ、今から考えるだけでも忙しいですわ!」
いつもの専用機持ちメンバーで集まり、私の問いかけを最初に応えてくれたのはセシリア姫。代表候補生としてだけでなく、名家での用事も加わっている辺り、恐らくこのメンバーの中でも最も多忙なのが彼女だろう。オルコット家当主として周りより一足先に社会進出している分、その辺りが絡むと余計にね。
口では忙しいと言っているが、腰に手を当てながら胸を張るいつもの仕草と誇らしげないつもの表情からして、口で言ってる程悪く思ってはいないようだ。忙しくはあるけど、充実してるとも言えるしね。
「僕は本国に戻って、所属先の会社の方で色々とやっておかないといけない事があるから」
「えっと、確か……エトワール技術開発局、だったか?」
「エトワール技局、と省略した呼称もあるな。フランス国内で最もIS技術が進展しているIS企業だな」
お次はシャル。彼女もフランスに戻ってIS関連で色々と用事を片付けなければならない。
一夏少年が絞り出す様に取り上げ、ラウラちゃんが捕捉で説明してくれたIS企業、エトワール技局こそシャルの新しい所属先である。彼女の専用機の所有権も、デュノア社吸収の際にこの会社が手に入れたそうなので、整備諸々もそこで行われるという事だろう。
「私はドイツに帰還し、代表候補生としての職務と軍の雑務をこなさなければならない。それに我が部隊、シュヴァルツェ・ハーゼの隊員達とも顔を会わせておかなけれな」
「そういえばラウラ、部屋の隅に山積みに置いてあるのって、まさか……」
「うむ。隊員達へのお土産だ」
ちなみにお土産の内容はというと、少女漫画複数タイトル一式(某副隊長イチオシ)、アイドルのポスター、とある死神達のポエム集、決闘者御用達のカードデッキ、洞爺湖と書かれた木刀、マトリョーシカ仕様こけし、夜に髪が伸びる日本人形等々……らしい。
うん、まぁ、良いんじゃないかな、タブンネ。
「あたしは……帰っても訓練とかやらされそうだし、やめとこっかなぁ」
「鈴!なぜ鈴がここに……HRから逃げたのか?自力で脱出を?」
「無言の腹パンされたいのかあんたは。うちのクラスもHR終わってるわよ」
ラウラちゃんのボケにツッコミを入れつつ、鈴ちゃんも自分の予定を語る。と言っても、彼女はどうやら日本に留まるみたいだけど。まぁ強制じゃないって言ってたし、本人が望むのならそれも1つの道だよね。
「えっと、俺はな――」
「無いでしょ」
「無さそうですわね」
「無かったりして」
「無いだろ」
「あると良いな」
≪そう、無いんだよ≫
「いやせめて言わせろよ!?そして変化球入れて来た箒はその生暖かい眼をヤメテ、あとテオは俺の代理で答えた風なのをやめい!」
女子メンバーによる一夏少年弄りは相変わらずだ。なんだかこのやり取りも随分と久しぶりのような気がする。
「じゃああんたの予定ってどんなのよ」
「一夏さんの事ですから、きっとわたくしよりも過密なスケジュールを組んでおいでなのでしょう!わたくし、わかりますわ」
「しれっとハードル上げないで!というかさっきと言ってる事真逆じゃねーか!」
「それで一夏、どういった予定?」
シャルの催促により、一夏少年はゴホンと一息吐いてから重々しく口を開く。
「えっと、まずはアレだよ。白式のメンテナンスとかで倉持技研の方に行くんだよ」
「メンテなんてここにいる全員がやる予定でしょ」
「いや待て。パパとお姉ちゃんはどうするのだ?特にお姉ちゃんの紅椿は所属国の都合で再調整の場が設けられないのではないか?」
確かに、まだ箒ちゃんの紅椿の所属国家が決まっていないのでラウラちゃんの懸念は尤もである。
しかし、心配には及ばない。私達の専用機の本格メンテナンスをしてくれる子と言えば、あの子達しかいないからね。
≪私達は束ちゃんに調整してもらえばいいから、そこは大丈夫だよ≫
「堂々と現在指名手配中の人に会いに行くというのも、中々豪胆ですわね……」
「まぁ、流石にお忍びだがな。政府に知られると色々と聴取が始まって面倒になるんだ。時間の無駄になるから勘弁してもらいたいというのに」
箒ちゃんの愚痴に重みを感じる。経験者の言う事は一味違った。
「それで一夏、他には?」
「あー、えっと……アレだアレ、テオと一緒に動物団体に顔見せするんだよ」
「あぁ、あの噂のカオス集団に……」
「他には?」
「……あの、弾と、友達と遊んだり?」
「まぁ、わたくしも旧交を温めると発言しましたので予定と言えますわね」
「他は?」
「…………」
少年が完全に沈黙してしまった。
「うん、まぁ頑張った方よあんたは」
「良く頑張りましたわ、一夏さん」
「大丈夫だよ一夏、最後まで頑張ったんだから何も恥ずかしい事なんて無いよ」
「恥しか感じねーよ!?何なの最後の最後でその慰めという名の追い打ちラッシュ!」
女の子達の励ましの言葉は一夏少年の傷口に塩の様に塗り込まれたようで、少年は嘆く様にその場で叫んだ。
大丈夫大丈夫、予定なんて後からやってくるものだから今になってそう悲観しなくても良いさ。というのを後で伝えておこう。今は……面白そうだからこのままで。
「お、俺の事は分かっただろ!?箒の予定はどうなんだ?」
「あ、露骨に話題逸らした」
「いやらしいですわ……」
『セシリアの方がエロいなぁ』
「エロくありませんわっ!というか何でクラスの皆さんで言うんですの!?」
セシリア姫にも流れ弾が当たった模様。もはやその流れもテンプレートになりつつあるね。
「まったく、情けないぞ織斑 一夏。お姉ちゃんの予定を見習え、お姉ちゃんは夏休みの前半の時点でドイツにフランスと、転々と国を廻るのだぞ」
「いや、予定に勝ち負けなんてないから……っていうか箒、外国に行くのか!?」
「うむ。臨海学校の時にラウラとシャルから誘われてな。2人の予定と都合を合わせて、テオと一緒に行くのだ」
「テオも行くのか!?」
≪そうだよ。初めての海外旅行……心が躍るね≫
Max大変身しそう。なんてね。
「最初はフランスに行って、シャルの所属企業の会社見学や市街観光等をしながら3日間滞在するんだ。企業の方には既に許可を戴いているぞ」
≪で、その後はドイツで軍の見学や市街観光。軍の方は普通見学出来ないんだけど、ラウラちゃんや千冬嬢のコネを借りて重要施設以外の見学なら出来るようになったのさ≫
「見学の折は私と部隊の者達で名目上の監視をする事になるが、奴等には上手くやるよう伝えておいてあるぞ」
「……なんか、色々とすげえな」
一夏少年が呆気に取られた様子でそうポツリと呟いた。
確かに企業見学や軍基地見学と聞くと、大きなスケールを感じてしまうだろうね。ちゃんと観光もするからそんなに空気の重たい旅じゃないんだけどね。
だが、箒ちゃんの夏休みの予定はこれで終わりじゃない。
「帰ったら紅椿のデータ収集と鍛錬……あぁ、夏祭りの準備もしなければならないな」
「夏祭り?」
「あぁ。うちの篠ノ之神社で毎年のお盆に祭りを催してるんだ。出店も揃っていて食べ物や遊び場が豊富だぞ」
「日本のフェスか……僕も行ってみたいなぁ」
「私も、私も行きたいぞ!」
シャルの言葉につられて、ラウラちゃんがワクワクした顔で祭りの参加を主張してくる。可愛い。
≪ちなみに、今年は箒ちゃんの神楽舞がお披露目されるんだよ≫
「神楽舞?」
「日本の神事の一環だな。神様への奉納を目的とした舞踏……まぁ平たく言うと日本の伝統の踊りだ」
「わたくしも話で聞いたことがありますわ。日本の奥ゆかしい歴史文化、実に興味があります」
「夏祭りかぁ、日本の祭りは中学以来ね……この流れだと皆で行く感じかしら?」
「あぁ、是非来てくれ。面白い出店も案内するぞ」
穏やかな箒ちゃんの笑みに呼応し、他のメンバーは夏祭りへの期待を口にしていった。
そういえば、昔の箒ちゃんは八重殿に影響されて神楽をやりたがっていたんだよね。見よう見まねで自分で口紅を塗ったり、舞用の刀が重くて持てなくて扇だけで我慢していたり、あの頃もとても愛らしかった。
「そうなるとお父さんの夏休みの予定って、箒と殆ど一緒って事なの?」
≪まぁ、そうなるね。夏祭りの準備も付き添うつもりだし、ISの訓練にも付きあうし≫
勿論、箒ちゃんと四六時中一緒にいるという訳ではないから細かい相違点はあるけど。一夏少年が言っていた動物団体の件も、箒ちゃんは連れて行かないし。
そこで、全員の視線が一夏少年へと注がれる。
「……やっぱり夏休みは一夏さんが一番手空きなのではなくて?」
「い、いや待て!俺だけじゃなくて鈴だって暇人だろ!」
「はぁ!?あんたあたしを暇人扱いする気!?こちとら国に帰らなくてもメンテや報告やらやる事はあるんだから、あんたよりは忙しい身分よ!」
「違いますぅ!俺だって倉持や学園に書類書いたりするから大差ありませぇん!暇人同士一緒に地獄に堕ちようぜ……相棒」
「何で急に地獄兄弟節になったのよ。っていうか一緒にすんな!」
そんなこんなで、一夏少年と鈴子ちゃんの言い争いがまた始まる。この2人の組み合わせ、もしくは鈴子ちゃんとセシリア姫の組み合わせではよくある事なので周りの子達も風物詩の様にその光景を傍から見物している。
何はともあれ、IS学園に入学してから初めての長期休暇。
どんな面白い出来事が待っているか、今から楽しみで仕方ないね。
―――続く―――
日常回、本格復帰です。あんだけギャグ描きたいと言っておきながら、いざ久しぶりにこの雰囲気で書いてみると上手い事纏まらず……最近だらしねえな♂
そして主人公のテオと箒は発言通りフランスやらドイツやらに旅行……と言ってもそれぞれ1話~2話でさっくり済ませる程度なので、夏休み期間も左程は長くならないかと思われます。