「あ゛ー、疲れた~」
寮の自室に戻った途端、親父臭いノリでそう言ったのは一夏少年。少年は自分のベッドまで歩くと、うつ伏せに倒れ込んでしまった。
まぁ今日の試合で一番大変だったのは彼だろう。ISに慣れていない状態で2戦も戦い、どちらも忙しなく動き回っていたんだから疲れてしまうのも無理は無い。
そんな彼の姿を見て、私だけでなく箒ちゃんも苦笑を浮かべる。
「ほら一夏、そんな恰好で寝ると制服に皺が出来るぞ。疲れているとは思うが、今日はもう風呂に入って寝てしまえ」
「あぁ……でもいつも箒が先に入る決まりだろ?」
「今日は汗を掻いていないから、お前を差し置いて先に入るつもりは無い。私のことは気にせずゆっくり湯船に浸かっていくといい」
「うぅ、すげぇ魅惑的な響き……風呂でうたた寝しちまいそう」
「気を抜いて溺れるんじゃないぞ?まったく……」
おっ、二人で良い感じの雰囲気を出してるね。6年ぶりの再会から一週間経ったとはいえ、互いの距離感に戸惑うんじゃないかと心配してたけど、この様子じゃ大丈夫そうだ。
ところでカップルと言うよりは、夫婦染みた会話になっているのはツッコむべきだろうか?けど夫婦の方が進展してるし、寧ろそっちの方がいいんじゃ……。
「んじゃあ、お言葉に甘えて先に使わせてもらうわ……あ、テオも試合してたし、一緒に使うか?」
≪いや、私は最後に使わせてもらうよ。ちょっと知り合いに連絡を入れてくるから、少し出掛けてくるよ≫
「そっか。気を付けてな」
≪ふっ、そんな遠くまで行かないさ≫
そう言って、私は部屋から出て行った。
「……」
「箒?どうかしたのか?」
「……いや、なんでもない」
「?」
―――――――――――――――――――――
さて、フリースペース用のロビーまで来たようだ。この辺りでいいか。
私は適当なソファに飛び乗ると、首輪として待機している銀雲の通信機能を稼働させる。
コールが行われてから一回目の途中で、プツンとコール音が途切れた。
『ハロハロ~!一週間ぶりだねテオた~ん♪テオたんのモフモフ感が味わえなくて最近束ちゃんの寂しさゲージがマッハでゴーだよ大変っ!たまにはこっちに戻ってきてモフらせて、孕みそうなボイスを生で聴かせてよー!』
通信機越しにハイなテンションで声を聴かせてくれているのは、言わずもがな束ちゃんである。
というか、女の子が軽々しく孕むとか言っちゃいけません。
≪やぁ束ちゃん。私がいないからって不規則な生活習慣を送っていないだろうね?≫
『…………うん勿論!』
不自然な間があったね?
≪束ちゃん?嘘をついてないよね?≫
『…………タバネチャン、イイコ。ウソ、ツカナイ。ショッギョ・ムッジョ』
≪まぁ、嘘をついているかどうかは今度クーちゃんから確かめてあげるとして――≫
『いや、クーちゃんに聞かなくても全然まったく大丈夫だから――あ、ちょっと、クーちゃん!?』
『お久しぶりです、テオ様』
あ、クロエお嬢ちゃんに代わったみたいだね。クロエちゃんの声も聴きたかったからちょうど良かった。
≪やぁクロエちゃん。風邪とかひいてないかい?≫
『お陰様で、私はこの通り息災です。しかし束様の生活にまた乱れが生じまして……』
『とうさぁーん!嘘です!すべて嘘なんです!』
いや、君のお父さんは柳韻殿でしょうが。
『申し訳ございませんテオ様。私がいながら……』
『あれ?クーちゃん私のこと無視!?おぉぉーい!!』
≪気にしなくていいよ。私も敢えて釘を刺すように言わなかったし、これから宜しくお願いね≫
『かしこまりました。テオ様のご命令とあらば、私も尽力いたします』
『ハァっ☆』
……さて、そろそろ可哀想だから束ちゃんも構ってあげるか。
≪というわけで束ちゃん。嘘をつくのはよくないよ≫
「放置プレイの後にお説教なんて……嬉しいっ、そして感じちゃうっ……!ビクンビクン」
いかん、ちょっとからかいすぎたかな。危ない道に束ちゃんが足を突っ込みかけている。
『束様、落ち着いてください』
『あだっ!?……精神分析(物理)を習得するとは、クーちゃんも成長したんだね。束さん感激!』
『これも束様の賜物です。それよりも束様、本題の方を』
『おっとっと、そうだったね♪ほいじゃらテオたん、いっくんの様子を教えて教えて~♪』
≪はいはい≫
そう、私が今回束ちゃんに連絡を入れたのは、一夏少年の事についてだ。
実は入学前に束ちゃんから頼まれごとをされており、その内容が一夏少年たちの学園での様子、ISの乗りこなし具合などを観察し、報告を入れるというものである。
本当はそんなことしなくても、白式には束ちゃんのデータベースに情報が送られるように細工が施されてあるから、私の報告する内容は大体既に束ちゃんのベースに入ってるんだけどね。
――だってテオたんが報告してくれた話ならそれが重要になるって分かるし、それにテオたんの声を聴く良い口実になるもん☆
ということらしいので、とりあえず私も報告は行うように努めている。
私も、こうして束ちゃんとクーちゃんの声を聴けるから不満は無いんだけどね。
そうして一通りの内容を話し終えると、束ちゃんは『うんうん』と通信機の向こうで満足げに頷いている。
『そっか~、いっくんも順調に白式に馴染みつつあるみたいだね』
≪まぁまだ動かして間も無いから言い切るべきではないかもしれないけど、少なくとも見ていて支障があるようには見えなかったよ≫
『それはモチのロンっ!そんなヘマをするような束ちゃんじゃないからねっ♪』
それは私も良く知っている。そもそも君がヘマしたら、それこそ世界が揚げ足取りで賑わうくらいだ。
何はともあれ、今後も一夏少年に問題が起きないように観察は続けていくつもりだ。
≪まぁ、何かあったらまた連絡させてもらうよ≫
『オッケィオッケィ、何も無くたって連絡くれてもいいんじゃよ?』
≪……だそうだよ、箒ちゃん?≫
『そうだよ箒ちゃーん、束さんはいつだってワンコールでお出迎…………うぇっ?』
通信機越しに驚いている束ちゃんを余所に、私は後方に顔を向けた。
その先には、壁の陰からこちらの様子を窺っていた箒ちゃんの姿があった。まだお風呂に入っていないようで、制服姿のままでいる。
箒ちゃんは私に見つかってしまうと、観念するかのように物陰から姿を現してくれた。
「……いつから私がいることに気付いてたんだ?」
≪クーちゃんと一緒になって束ちゃんをからかってたところで、かな≫
「最初から気付いていたのではないか」
呆れた様子で台詞を零し、苦笑を浮かべる箒ちゃん。
「……テオ、姉さんと話をさせてもらっても良いか?」
≪どうぞどうぞ。通信は切らないから、お話ししたいのならこちらにおいで≫
「……ありがとう」
そう言うと、箒はゆっくりとこちらが座っているソファに近づき、腰を下ろした。そして私の首輪の方を……というよりも此処にはいない束ちゃんをじっと見つめ始める。
『ま、まさかこの束さんが箒ちゃんの気配に気づけなかったなんて……おのれディケ○ド!』
「破壊者への熱い風評被害はやめてあげてください、姉さん」
そうそう、彼もいろいろ言われちゃって大変なんだから。
そんな束ちゃんのジョークがありながらも、箒ちゃんの眼は真剣だ。
「そう言えば、こうしてまともに話をするのは久しぶりですね」
『……そだね~。箒ちゃんってば全然電話してくれないんだもん、近況とかテオたん越しにしか聞けなかったから、お姉さんはいっつも寂しいゾ☆』
「そう言う姉さんこそ、今まで私に電話しようとしてきませんでしたよね。話がしたいのなら、そちらから掛ければいいでしょうに」
『いやいや、束さんは基本受けだから。箒ちゃんとかちーちゃんとかいっくんとか攻めに回れる人がたくさんいるし』
「なんの話ですか」
束ちゃんののらりくらりとした答え方に、すっかり呆れてしまっている箒ちゃん。
それよりも受けとか攻めとか、やっぱり束ちゃんの方向が危うい方へ向かいかけてるみたいだ。クロエお嬢ちゃんにしっかり矯正するように言っておこう。
まぁ、束ちゃんが箒ちゃんに電話を掛けなかったのは当然別の理由なんだが。
「姉さんが正直に言わないのであれば、私が先に言わせていただきます」
『……うん』
「私が姉さんに連絡しようとしなかったのは……姉さん、貴女と言葉を交わすのが怖かったからです」
『怖かった?』
「えぇ。3年前に起きた『あの事件』……私の所為でテオが死にかけた時、姉さんはテオを助ける為に私の前に現れ、それ以降世界の目を欺いて姿を眩ませました」
そう、私と箒ちゃんは1度離れ離れになってしまったことがある。
私達を引き裂く引き金となったのは、3年前に起きた忌まわしき出来事。あの事件があって私は生死を彷徨う程の重傷を負ってしまい、当時の私もあのまま死んでしまうんだと思っていた。
しかし、束ちゃんが私を救う為に動いてくれた。政府の目がある中では私を助けられないということで、国の監視から逃れたのだ。
そうして私は救われた。
……一家離散の拍車掛けと、箒ちゃんへの監視と聴取の増強という、大きな犠牲を払って。
『…………』
先程まで冗談を言っていた束ちゃんの口も、ここにきて閉ざされる。
「姉さんが行方を眩ませたあの日から、定期的に会えていた父や母とも会えなくなりました。家族が離れる頃から一緒にいてくれたテオすらも、あの日に……」
≪…………≫
「だからこそ、私は怖かった。テオの命を繋いでくれたのは貴女のお陰だというのに、そんな貴女に酷い言葉を言ってしまうような気がして……現に私は、中学2年の時にあった剣道の全国大会で、八つ当たり同様の心持ちで不甲斐ない勝利を得てしまった……」
『箒ちゃん……』
「その後にテオが時々だが戻って来てくれて、それからの私は暴力を振るうような真似は殆どしなくなっていった……だけどそれでも、姉さんに酷い事を言っちゃうんじゃないかって、私は……!」
膝の上に置かれていた、箒ちゃんの手がギュッと強く握られていくのが見える。
そんな彼女に、束ちゃんがかける言葉は。
『箒ちゃん……束さんは箒ちゃんの言葉なら罵詈雑言だろうがロマンティックな言葉だろうが大歓迎だよ?』
「……姉さん、私は今真面目な話を――」
『大好きな妹の愚痴1つ受け止められないんじゃあ、姉を語る資格なんて無いよ』
束ちゃんのその言葉を聞いた箒ちゃんは、紡いでいた言葉を喉元で押し留めて黙った。
『箒ちゃん。箒ちゃんが束さんに言いたいこと、全部聞かせて欲しいなぁ』
「けど……」
『遠慮する必要なんて全然ナッシン。言ったよね、どんなこと言われたって束さんはドーンと受け止めるからさ』
そう言って、束ちゃんは笑み声を零す。
通信越しで顔は分からないが、きっとその顔は笑っているのだろう。
「……」
なんとも言えない複雑な表情をしていた箒だったが、少し間を置いた後、その口を重々しく開いた。
「では、遠慮なく言わせていただきます」
『うぃ、バッチコーイ』
「貴女がISを開発しなければ、私は……私たちは、今日まで平穏に暮らせてたかもしれないんですよ」
『ぐはっ、いきなりドギツイ台詞をぶっこんで来たねぇ』
束ちゃんのそれは茶化す様な言葉遣いではあった、しかし今の言葉はそんなリアクション以上に彼女の心に堪えただろう。
しかし……。
「だけど――――テオはこうして生きてくれているのも、間違い無く貴女のお陰だ」
『っ……!』
「確かに、私は貴女に色んなものを奪われ続けて来ました。父や母とも殆ど会えず、一夏とは別れる羽目になるし、ここ数年はテオと一緒に暮らしたかったけど年に数回程度しか会えませんでした。正直、愚痴を言おうと思えばまだまだ出てきますよ」
『……ごめんね』
「……それでも、家族の命を救ってくれたあなたを無碍に思うなど、私には出来ません」
≪箒ちゃん……≫
久しく口を閉ざしていた私も、思わず口を差してしまった。
「その、今まで言いそびれてしまったけど……」
『……?』
少しばかり口をモゴモゴと動かしていた箒ちゃんであったが、それは少しすると直ぐに収まった。
そして……。
「ありがとう、姉さん」
その一言が、淀みない清らかな思いと共に箒ちゃんの口から紡がれた。
実を言うと、私は以前から箒ちゃんにとある頼まれごとをされていた。『姉さんに、私が感謝していることを伝えておいてほしい』と。これまで箒ちゃんも束ちゃんとの接し方に悩んできていたのは知っているし、私も本人から会う度に相談されていた。
しかし、私は先の頼まれごとだけは断固として拒否した。
確かに私はこの子達に甘いと自覚している。お願い事を受ければ大抵は引き受けてしまうし、彼女達の為に尽くしてあげたいという気持ちは十分にある。
しかし今回のようなケースの場合は別だ、私は心を徹さなければならない。感謝の言葉なんて、他人から伝えられては意味を持たないからね。
私は箒ちゃんの勇気を信じ、そして現に叶った。
とても喜ばしいことだ。
『箒ちゃん……えへへ、箒ちゃんにお礼言われるのって久しぶりカモっ!具体的に言うと箒ちゃんが小学3年生の時に落とした鉛筆を拾ってあげた時以来♪』
「そ、そんなに言って無かったんですか私は……」
『だよだよ~、お姉ちゃん寂しすぎてキャベツを家庭栽培しようかと思ってたくらいなんだゾイ♪』
「な、何故キャベツ……?」
≪ちなみに今はラボでサツマイモを育てているよ≫
「何故サツマイモ!?」
私のおやつです。しかも高土質で無農薬、肥料も最新でとってもデリシャス。
『いやぁ、とにもかくにもこれでハッピーエンドって感じだね!じゃあこの回も締めに入って――』
「何言ってるんですか?まだ私の愚痴フェイズは終了していませんよ」
『ひょ?』
おっと、ここで速攻魔法発動か。バーサーカーソウルかな?
「さっき言ったでしょう、まだまだ愚痴は沢山あるって。散々人を引っ掻き回してくれたんですから、今日は思う存分付き合ってもらいますよ」
『突き合う……!?私と箒ちゃんで、突き合――』
「ほぅ?」
『タバネサン、イイコ!グチ、イイコデ、キク!』
あらま、これは完全に尻に敷かれちゃってるね束ちゃん。
少し長くなりそうだし、私はプライベートチャネルで一夏少年に連絡をしたら、終わるまでひと眠りさせてもらおうかな。
それじゃあ、姉妹水入らずでごゆっくり。
――続く――