≪箒ちゃん、準備は出来たかい?≫
「あぁ、大丈夫だ。何時でも出発できる」
夏休み中盤のとある午前。
空調の入った自室の中で、私と箒ちゃんは外出の準備を済ませていた。お互いに変装をして正体がばれない様にする為に。
最近はマスコミだけでなく、一般人もネットで発見情報を書き込んだりするから油断してはならない。何せ今回は、身バレしてはならない人達に会いに行くのだからね。……別に黒ずくめの組織に会う訳じゃないので悪しからず。お酒のコードネームとか格好良いけど、流石に悪堕ちは御免被る。
「しかし、伊達眼鏡というのは少々窮屈だな……目は良いのに掛けていると異物感が否めない」
≪けど眼鏡をかけた箒ちゃんもお洒落で似合っているじゃないか。文学少女らしさがグンと上がっているよ≫
「そう、か?まぁ似合っていると言われたら、悪い気はしないが」
私の褒め言葉に反応して、少し気恥ずかしそうにしながらも顔を緩ませる箒ちゃん。可愛い。
ちなみに今の彼女は黒縁でオーバル型の伊達眼鏡をかけ、髪型はいつもの長いポニーテールを折り畳むように後ろで束ねている。暑い夏に備えた涼しげな印象にもなっているのがさりげないポイントだ。
「そういえば、一夏はまだ帰ってきていないな。散歩に行くと言っていたから帰った時にでも一言伝えてから外出しようと思っていたのだが」
≪彼の事だ。散歩の途中で顔馴染みの女の子にでもあって雑談でもしているんじゃないかな?≫
「可能性が濃密過ぎて苦笑しか浮かばないな……仕方ない、あいつにはメールで伝えておくとしよう」
これ以上待ち続けていても約束の時間に遅れてしまうかもしれないという事で、私達は部屋を出た。
しかし私達が学園の正面ゲートの所までやって来た所で、話題に上がっていた一夏少年の姿が見えた。
彼の近くには、今しがたイギリスから帰国してきたのであろうセシリア姫とメイド服を着た見知らぬお嬢さんの姿が。そう言えば、姫が帰って来るのも今日だったね。
案の定こんな所で足を止めていたのかと、私と箒ちゃんは顔を見合わせて苦笑いを浮かべ合いながら、3人の方に歩み寄っていった。
「久しぶりだなセシリア、もう戻って来ていたのか」
「ん?……あら箒さんでしたか、それにおじ様もお久しぶりですわ。えぇ、つい先程日本に帰ってきましたの、後は荷物を学園に運んでもらうだけですわ。お土産もご用意しておりますので、また後日にでもお渡し致しますわね」
「ふふっ、楽しみにしているとしよう。所で、そちらの女性は……」
「お初にお目にかかります。私はセシリアお嬢様の下で専属メイドを務めております、チェルシー・ブランケットと申し上げます。どうぞ、以後お見知りおきを」
そう自己紹介したメイドのお嬢さん――チェルシーお嬢さんは、丁寧なお辞儀を箒ちゃんにした後に、私の前で屈むと箒ちゃんの時と同様に頭を下げてきた。
「畏れながら、貴方様が篠ノ之様のご家族のテオ様とお見受けいたしますが、お間違えはございませんでしょうか」
≪いえいえ、私がそのテオで間違いないよ≫
「左様でしたか。先程篠ノ之様にも申し上げさせていただきましたが、チェルシー・ブランケットと申し上げます。以後、お見知りおきを」
≪もしかして、私と箒ちゃんのそれぞれに挨拶してくれたのかな?≫
「はい。お嬢様のご友人の方々でございますので、お手数お掛けしてしまう形となり申し訳ありませんでしたが、私なりの誠意としてご両人に自己紹介をさせていただきました」
パーフェクトだ、ウォル……じゃなくてチェルシー。
もうね、心構えが従者の鑑だよ。完全で瀟洒なメイド長だよこの子は。いやメイド長なのかは分からないけど。もうこの子がメイド長で良いと思うよ。
≪ご丁寧にどうもありがとう。この暑い中お仕事とは大変そうだね≫
「いえ、これもメイドの務めでございますので」
平然とそう言ってみせるチェルシーお嬢さんの顔には汗1つ滲んでいない。暑そうな長袖のメイド服を着ているにも関わらず。流石メイド長。
「ところで箒さん、眼鏡を掛けたり髪型が変わっていたりしていますが……あぁ、もしかして変装ですか?」
「あぁ。やはりセシリアには分かるか」
「わたくしも代表候補生としての名前以外でもモデルとしてメディアに出た事もありますので、ひょっとしてそうなのではないかと思いまして。箒さんも今や話題の人ですからね」
「だからといって、あまり騒がれるのも困りものだがな……ゆっくり外出出来ないのは堅苦しくて何ともな」
「えぇ、えぇ、そのお気持ちはとても分かりますわ!わたくしも以前にしつこいファンにストーキング並に付き纏われてウンザリした事がありましたの……チェルシーが秘密裏に撃退してくださったようですけれど」
確かに、セシリア姫は私達の中でも特に名が知られているからそういった事の事情には良く理解できているようだ。そしてそんな彼女の災難をさらっと取り払うチェルシーお嬢さん、流石メイド長。
≪ところで、先程から一度も口を開いていない一夏少年の感想がそろそろ欲しい所だけど≫
「……ウェイっ!?」
私に声をかけられて急に我に返ったか様な反応をする少年。
そんな彼の様子を見て、他の子達も不思議そうに彼の方に注目している。
「一夏さん、どうかなさいましたの?」
「あぁいや、うん、何でもないぞ、何でも」
「本当か?外を歩いて回ったから少し日にやられているのではないか?熱射病にでもなったら大変だぞ」
そう言って箒ちゃんが少年の身を案じて彼の顔を覗き込もうとする。
「い、いや!本当に大丈夫だからさ、うん!」
が、一夏少年はややオーバー気味に後ろに仰け反って箒ちゃんとの距離を離した。顔が赤らんでいるからイマイチ説得力に欠けているよ、少年。
……ん?顔が赤らんでる?
「そうか……?まぁ、大丈夫だと言うなら私もとやかく言わないが、本当に気を付けろよ?」
「お、おう。分かってるって」
箒ちゃんは特に気にする事無く一夏少年と普通に接している。
が、私とセシリア姫は今のやり取りに何処か思う所があった。
「おじ様、今のは……」
≪ふむ、あれは……いや、まだ予想の範疇だから答えを出すのは早すぎるかな≫
「お嬢様、殿方にアピールするのであれば、あの派手な白いレースの下着よりも篠ノ之様のようなオシャレの仕方の方が賢明かと」
「ちょ――」
主に恋愛の手解きまで行えるとは……流石メイド長。
――――――――――
ゲートで一夏少年達と別れた私と箒ちゃんは、最寄りの公園までやって来た。近くに大型のパークが出来た事でこの公園に来る人が少なくなっており、静かな時間を味わい人等は此方の方に足を運ぶのだとか。
私達がこの公園に来たのも、その人気の無さを利用したからだ。これから会う子達は、近場の大型パークの様に人が沢山いる場所では色々と都合が悪い。
公園に設置された遊具の1つ、ブランコ。
そこに待ち合わせしている子達がいた。1人は遊具の傍らで真っ直ぐ立っており、もう1人はというと……。
「フゥハハハハハァ!」
高笑いを上げながらブランコを乗り回していた。
「ほらほらクーちゃん見て見て、束さんの大車輪!」
「お見事でございます、束様」
「まだだ、まだ終わらんよ!束さんはまだ2段階のスピードアップを残している!」
「残像を残す程の速度……流石でございます」
とんでもない機動をしながらも乗っている女性……いやもう自分で名乗っていたから仄めかす必要は無いよね。
そう、今回の待ち合わせの人物とは束ちゃんとクロエちゃんだ。
『折角の夏休みなのにテオたんと箒ちゃんと過ごせないのはヤダヤダー!束さん幼児退行待ったなしー!ばぁぶぅ、はぁい、ちゃーん』という事で、今日は4人で一緒に過ごそうという事になったのだ。私は元より賛成だったし、箒ちゃんも束ちゃんを食事に誘っていたらしいので、丁度良かった。
「あっ、テオたんに箒ちゃん!」
超スピードでブランコ大回転をしていた束ちゃんがその状態で私達の存在に気付いたが、特に驚く様な事でもない。だって束ちゃんだし。
「エ゛エーイ!」
回転中のブランコから跳躍。すげえジャンプ力だ!
「ウェイ」
そして華麗に着地。星くぅん?
「やぁやぁ2人とも、会いたかったぜぃ!」
≪ははは、夏なのに元気だね束ちゃん≫
「もちろんさぁ、テオたん達と会えるとなれば例え火の中水の中草の中あの子のスカートの中」
「一応釘を刺しておきますけど、本当に実行するのは止めて下さいよ」
束ちゃんならやりかねないのが、何ともね。
おっと、箒ちゃんにクロエちゃんの事を紹介しておかなければならないね。2人は今日が初対面だった筈だ。
≪箒ちゃん、この子が束ちゃんが保護しているクロエちゃんね≫
「初めまして、クロエ・クロニクルといいます。これからよろしくお願いします、箒叔母様」
「お、おばっ、叔母っ?」
突然の叔母呼ばわりに、流石の箒ちゃんも動揺を抑えきれなかったようだ。
そういえば失念していた。クロエちゃんは束ちゃんから娘の様に可愛がられており、義理の母子家庭の様な構成になっていたのだった。クロエちゃんは束ちゃんの事を母とは呼んでいないが、関係としてはそういう事になってしまうのだね。
「日本では母方の妹様の事を叔母と呼ぶと認識していたので、そう呼ばせていただいたのですが……何か不都合がございましたか?」
「あぁいや、不都合というか……うん、私の事は叔母ではなく普通に名前で呼んでもらえないだろうか……」
≪クロエちゃん、日本では少々歳を重ねた女性を小母もしくはおばさんと呼ぶ節があるから、箒ちゃんとしてはあまり好ましくない表現なのだよ≫
「そ、それは大変失礼な真似を……申し訳ございませんでしたっ、箒様」
「そ、そんな畏まって謝る必要は無いんだぞ?というか様付けもしなくて良いのだが」
「いいえ、これを外すわけにはいきません。私なりの誠意の表し方ですので、どうかご容赦を」
相変わらず真面目だね、クロエちゃんは。そんな所が見ていて微笑ましいのだけれど。
≪どうせなら、私の事を父と呼んでくれても構わないのだよ?≫
「いえ、父様とお呼びするのは束様から――」
「わーわーわー!クーちゃんは良い子だからワシワシして進ぜようさぁそうしようほーれわしわしわしー!」
「わぷ、た、束様っ?」
クロエちゃんの言葉を無理矢理遮るかのように大声を上げたかと思いきや、そんな彼女の頭を強引にかき回し始めた束ちゃん。一体どうしたというのだろうか。
まぁ落ち着いた頃にでもクロエちゃんに聞き直せばいいか。勿論、束ちゃんが席を外している時にでも。
再会のやり取りも済んで一段落着いたところで、私達はお昼ご飯の時間になるまで公園で雑談を交わし、後に街へと繰り出した。
束ちゃんとクロエちゃんも一般人に溶け込めるように変装しており、髪の色も目立たない黒色に染めている等徹底している。正体がバレてしまったら折角の4人の時間が台無しになってしまうから、束ちゃんも念を入れているのだろう。
「さてさて、ご飯と言ってもどこで食べるんだい?私は箒ちゃんの手作りだったら何でもOK牧場なんだけど」
「古いですよ姉さん。言ってくれたら弁当で作ってきてあげたのですが……それこそ、先程の公園で食べれましたし」
「Shit!私としたことがやらかしてしまったぜぃ……ちょっとタイムマシン作ってくる」
「いやいやいや、今度作ってきてあげますから思いつきでそんな物を作るのは止めて下さい」
いきなりUターンしようとする束ちゃんの手を箒ちゃんが掴んで止めさせる。束ちゃんならやりかねないからね。
ちなみに私、暫く黙ってるので悪しからず。下手に喋ると箒ちゃん達も一緒に目立ってしまうし、臨海学校前の買い出しの時と違って今回は絶賛指名手配中の束ちゃんがいるから、変装していたとしてもそれに過信してはならない。
「とにかく、今日は飲食店を探しましょう。」
「えぐ……ぐず……箒ちゃんの手作り料理がぁ……」
「いい大人が街中でガチ泣きは目立つので止めて下さいよ……とにかく今日は普通の飲食店で我慢してください。テオが入れる所かどうかも確認しておかなければいけませんし」
「……皆様、あちらに飲食関係らしきお店が」
クロエちゃんが指を差した先には、【レストラン・アギト】という名の飲食店があった。客船から落ちたり記憶を失くしてたりしてそうな青年が働いてそう。
と思いきや、クロエちゃんの指が示す先を良く見るとアギトよりも少し先の方にあるお店だった。店の名前は……【@クルーズ】というらしい。
全員で店の前にまで訪れて看板を見てみると、どうやらここは他の喫茶店とは一風変わった特徴があるらしい。
と言うのも女性従業員はメイド服、男性従業員は執事服をそれぞれ着て接客に務めるのだとか。秋葉原をメインにメイド喫茶なるものが存在するが、あれとは違うのだろうか。
「従業員がメイド服か執事服を着て接客……変わったお店ですね」
「メイド服かぁ、ちょっと狙ってる感があって私は好きじゃないんだよなぁ。萌え要素と呼ぶにはもう何だか古い感じだし、最近だと胸周りとか足回りを露骨に露出したいやらしい仕様もあるし、何だかなぁ」
「では、私や箒様が着ているとどうでしょうか?」
「絶景。やっぱりメイド服って最高だよね☆」
「酷い掌返しを見た……」
結局、他の店を探すのも億劫だという事でこの店で食事を摂る事に決まった。今回はガッツリ食べたいという子もおらず、全員喫茶店の軽食くらいの量で良いとの事だ。え、さっきレストランがあっただろって?まぁそこはね、うん。
さて、お店に入ってみたはいいものの……どうやらここでちょっと困った事が1つ。
「申し訳ございません、現在ペットの同席は本社の方で審査中でして……お連れのペットの同伴は……」
ここのお店、どうやらペット同伴許可が下りていない店らしい。ここ最近は私の登場によってペットの立場が上がったのか、もしくは男性諸君の立場が下がったのかペットの入店を許可する店が増えてきている。この間行った大型ショッピングモールのレゾナンスもその一部だ。
だがしかし、向こうは消費者の需要が圧倒的に多い大型の店。片やこちらは駅付近の喫茶店の1つ。それぞれの偉い人達も判断は慎重に行っているのだろう。衛生とかに気を遣わなければならないからね。
どうしたものかと思っていると、ここで私達の中から反抗的な姿勢を出しちゃった子が1人……束ちゃんである。
「はぁ?お前私の大事な大事な家族であるテオたんを除け者にするとか何考えてるの?馬鹿なの?死ぬの?私が寂しくて死んじゃうの?そうだよ。こちとら久々にテオたんと箒ちゃんと一緒にご飯が食べられるって事で最高にハイってやつになれそうだったのに水を差すとかマジ有り得んし、アリエッティ。お前あれだよテオたんを除け者にしようものなら駐車する時にスピード抑えきれずにストッパーにぶつかってガタンッて衝撃がくるやつが毎回発生する呪いかけてもええんやで」
「え、えぇ!?」
「ちょ、ちょっと姉さん落ち着いて下さい!流石にそれは拙いですから、というかお店の人を困らせる様な事は止めて下さい!」
「むしゃくしゃしてやった。今は変声している」
「反省してください」
ううむ、まさかの束ちゃん暴走。
クロエちゃんも私に目配せで助けを求めてきているし……はてさてどうしたものか。もうここは大人しく喋って私が直接束ちゃんを落ち着かせるしかないか。私が『落ち着きたまえ』と言えば束ちゃんはいつも『すごく落ち着いた^^』と返してくれるからね。正体がバレるかもしれないが……まぁその時はその時だ。
≪たば――≫
「おい貴様等。何を騒いでいるのかは知らんが店に迷惑を被る行為であれば私が鎮圧し……ん?」
私が声を発した直後、店の奥から1人の女の子が現れる。
というか、あの綺麗な銀髪に凛々しい声はどう見ても……。
「パパ!?そうなると……こっちはお姉ちゃんか!?」
ラウラちゃんでした。何故かこの店のメイド服を着ている。
どうしてラウラちゃんがこんな所にいるのかも疑問だが、彼女が1人でこんな所にいるとは考えにくい。同伴者がいるとなれば……。
「ラウラ、そんな大声あげてどうし……ってえぇ!?何でお父さん達がこんな所に!?」
案の定、シャルでした。彼女も何故かこの店のメイド服……あ、違う、執事服だ。女の子なのに執事服を着ているとはこれ如何に。
何はともあれ、思わぬところで思わぬ子達と顔を会わせてしまったようだ。
―――続く―――
【裏話】
クロエ「私がテオ様を父様と呼ばないのは、『テオたんをそんな風に呼んじゃったらクーちゃんのパパがテオたんでママが束さん、という事は私とテオたんが…………ふぇへへぇ、か、顔が緩んじゃうからそりゃ反則だよぉ~♡』との事で、束様から止められているのです」
束「絶対にバラさないでよ!?いいね、絶対だよ!?いや上島心理じゃねーから!」
チェルシーとの顔合わせ、そして久々に束とクロエの登場、そしてこのままだとカットになるかなと思っていた@クルーズのトラブルを急遽導入させました。
尚、戦力はオーバーレベルの模様。