◇ ◇
夏中盤、8月盆の週始めの頃。
今は夏季休校中のIS学園に在学している少女、篠ノ之 箒はとある神社に訪れていた。
そこは、彼女にとって縁のある場所……篠ノ之神社は彼女の生家である。
「(昔は、こうして戻って来れると思わなかったがな)」
参道を歩きながら、脇に設けられている手水舎や神楽殿を視界に収める箒。どの施設も幼い頃に両親と一緒に見て回ったり、掃除をしたりと思い出深いものがあり、その姿はかつてと何ら変わりない。
以前にも語っていたが、現在の剣術道場は定年退職した警察官の者が善意で開いてくれており、箒がいた頃よりも人数が充実しているらしい。柳韻とどこで差がついてしまったのかは、ツッコまないでおくのが暗黙の了解である。
兎に角、そこの門下生達と師範の警察官が定期的に神社の清掃活動をしてくれている為、施設を含めた神社の敷地内は綺麗でゴミも落ちていない。
そして箒は、拝殿や本殿らとは離れの場所に建てられている大き目の木造建築物の下まで足を運ぶ。
ここが箒が最も思い出を残している場所、剣術道場である。
「変わらないな、ここは」
ポツリと、そう呟く。
壁に掛けられている木製の名札には、見知らぬ名前が多く揃えられている。彼ら全てが今の道場の門下生なのだ。
その個所を見ていた箒は、昔はたった3枚しかそこに掛かっていなかったことを思い出す。千冬、一夏、そして箒。束はパタリと剣術を全くしなくなった時期があり、本人も拘りは無いという事で除外されている。
それはそれで箒も寂しく感じていたが、当時は束も慌ただしくしていたので仕方ないと思う所はあった。
そして、一夏との勝負がほぼ毎日あったあの頃……。
『おい箒、俺と勝負だ!』
『ふっ……これで423戦目だが、今度は勝てるのか?』
『絶対に勝つ!うおおぉぉぉ!!』
『ふんっ!』
『あべし!?』
『これで423勝目だな』
『く、くそ……まだだ!明日こそは勝ってやる!』
『その明日とはいつの明日だろうな?』
『姉ちゃん、明日って今さ!!』
『誰が姉ちゃんだ』
……いじめっ子から助けてもらってから互いに名前で呼び合うようになったが、やはり勝負する関係は消えなかった模様。尤も、当時の門下生が彼等だけだったので必然的に試合の相手が固定されてしまっていたのもあるが。
「あら箒ちゃん、ここにいたのね」
「ん……」
背後から声を掛けられた箒はそれに反応して、後ろを振り返る。
そこにいたのは40代後半の女性で、歳に見合った物腰と穏やかな笑みを浮かべていた。
「すみません雪子叔母さん、昔を思い出しまして少し見て回ってました」
「あらあら、良いのよそんな。元々箒ちゃんの家なんだし、そういう気持ちは私にも良く分かるわ」
うふふ、と上品に笑って女性――雪子は箒の傍に歩み寄ると、愛おしそうに頬にそっと手を触れ、優しく撫でる。
「本当に久しぶりね、すっかり美人さんになっちゃって」
「いえ、そんな……雪子叔母さんこそ、綺麗なままでお変わり無いようで何よりです」
「あらあら、殿方みたいな褒められ方されちゃうとは思わなかったわ。箒ちゃんが男の子だったら、叔母さん惚れちゃってたかもね?うふふ」
「(どこか褒め方を間違っただろうか……?)」
返され方が予想と違い、箒は内心で不思議そうに唱えるが雪子には通じない。
「それにしても良かったの?夏祭りの手伝いなんてしてもらっちゃって。お友達も遊びに来るなら無理に手伝わなくても……」
「いえ、私が手伝いたかったので。皆と遊ぶ事は叶いますが、こういう時に手伝えるのは限られてしまうので……」
本日の夜は、ここ篠ノ之神社で夏祭りが開催される。
毎年恒例の行事で、出店が揃い踏み、地域の人達が老若男女問わず集まり賑わう。箒も引っ越しするまでは毎年祭りを楽しんでいた。
そして今年は、催事者の1人として祭りに貢献する立場となる。子供の頃の箒は裏方で剣舞用の刀や扇を持ちたがったり綺麗な着物を試し着したりしていたが、高校生となった彼女も参加者を楽しませる側に立つようになったのだ。
箒は昔から自発的に自分の悪い所を直していく子で手が掛からなかった。普段誰に対しても怒る事の無い雪子も、彼女の事を昔から可愛がっており、こうして立派に育っても自分から手伝いたいと申し出てくれる献身的な人に育ってくれた事をとても嬉しく思っていた。
自然と、雪子の頬は更に緩んでいた。
「それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら。そういえば、今日はテオちゃんは一緒じゃないの?」
「あぁ、テオなら他の皆と一緒に祭りに来ますよ。案内が一夏だけだと少し不安ですからね……」
「あら、一夏くんも来るのね。ふふふ、今日は懐かしい顔に沢山会えて良い日になりそうねっ」
本当に嬉しそうにしている雪子の顔を見て、箒もつられて再び笑みを浮かべる。
それから箒は祭りの準備という事で神楽舞の前の禊ぎとして湯浴みと、装束替えを行って夏祭りに備えるのであった。
――――――――――
夏祭り開始10分前。
既に参道脇にはそれぞれの出店が露店を構えており、殆どが準備も終盤に差し掛けている。人も充分に集まってきており、世間話でワイワイと盛り上がっている。箒が行う神楽舞も舞台設置が整い終わっており、後は時間になるのを待つだけである。
箒は神楽舞の舞台の裏で身嗜みの最終確認を行っていた。手鏡で化粧の具合を確かめつつ、髪に乱れが生じていないか丁寧に整えている。これから大勢の前で舞踏する以上、みっともない恰好で舞台に立つ事は出来ない。
「ふむ……問題は無さそうだな」
衣装の方も異常無し。舞に使用する宝刀も、柄の握り具合や柄頭の布帯もしっかり付いている。扇も緩みが無く、バッと流麗に開く。
これならば万全の態勢で臨む事が出来るだろう。
≪おぉ、いたいた≫
人が発する声とは異なる電子音声。
聞き馴染みのある声を耳にして、箒はそちらの方を振り向いた。
テオ、一夏、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ。
いつものメンバーが夏服姿で勢揃いしていた。
≪やぁ箒ちゃん、準備はバッチリみたいだね≫
「うわぁ……箒、すっごく綺麗……!」
「これが日本の大和撫子か……実物を見ると、こう、表現に悩むが心に来るものがあるな」
箒の義妹であるシャルロットとラウラは、初めて見る義姉の舞装束姿に見蕩れて目を輝かせている。衣服だけでなく、かんざしや宝刀等の装飾系にも視線が漂っていて忙しそうである。
「雅、というものですわね。ドレスとは違った華やかさがありながら、お淑やかな印象も加わって素敵ですわね」
「はぇ~、やっぱあんたってそういう服バッチリ着こなせちゃうのね……あたしじゃそんな様にならないわよ」
「こういうのは似合う似合わないの話という訳でも無いさ。そうだ、機会があれば着物のレンタルをして皆も着てみないか?うちの知り合いで伝手があるのでな」
「まぁ!それは素晴らしいですわね!是非お願い致しますわ!」
「あぁ、任せておけ……ところで一夏はどうしたのだ?先程から後ろに引き下がっているが」
この場にいる全員の視線が、後ろの一夏に集中される。
「うぇっ?あぁいや、うん、何て言うか、うん、似合ってるなーって……」
≪何かこの間も似たような光景を見た気がするね。少年のこの姿≫
視線を浴びせられた一夏はギョッと驚きつつ、ちぐはぐな回答をするもテオにツッコミを入れられてしまう。
「ったくあんたってば呑気に鼻伸ばしてるんじゃないわよ、さっき道案内し損ねたくせに」
「俺はピノキオか!伸ばしてるのは鼻の下だよ!」
「一夏、本当に伸ばしてたんだ……」
「え、あぁいや伸ばしてない伸ばしてない!っていうか鈴、その事はもういいだろ!?何年も前の事だからちょっと記憶から飛んでたんだよ!」
「全く、パパがいなければ無駄足を踏まされる所だったな」
「いやホント、すいませんでした」
90度の角度で清々しく謝る一夏。
そんな彼の姿を可笑しく感じ、箒はクスッと笑いを零した。
「やれやれ、相変わらずだなお前も」
「こんな相変わらず、俺はお断りなんだけど……」
「今更でしょ」
「一夏さんが弄られるなんて、ねぇ?」
「いつもの事だしね」
「まともな扱いをされたければ強くなれ」
≪寧ろ今の少年の方が輝いてると思うよ≫
「言いたい放題だなお前等!?くそぅ、今に見とけよ……」
そうこうしている内に、神楽舞が開始される時間が間も無くとなった。祭事の人が箒の方に合図を送り、それを受け取った箒はコクリと頷いて返事をした。
「さぁ、もう時間のようだから皆も戻った方が良い。今日は存分に祭りを楽しんでくれ」
「おう。箒も神楽舞頑張れよ。じゃあ皆、観客席の方へ行こうぜ」
一夏はそう言うと皆を連れて、舞台裏から去っていった。
彼らの後姿を見送り終えると、箒はふぅと一息吐いてから舞台の方へと足を進めていく。合図を送ってきた裏方の人に会釈をしつつ、箒はそのまま舞台へ上がる。
彼女が舞台の上から見た光景は、沢山の人達が集まっている姿。その目的は今日の夏祭りの序幕を担う、この神楽舞を観る為だ。
集団の一部には先程舞台裏で顔を合わせた一夏達がおり、手を振る者もいれば『頑張れ』と唇を動かして伝えて来ようとしている者もおり、雪子の肩に乗って彼女にビデオカメラの撮影を任せている猫もいる。
『それでは、先ずは夏祭りの開幕を行ってもらう為に、神楽舞を披露していただきます』
祭の進行役がマイク越しにそう言い放った後に、箒は観衆に向けて一礼を送ると片腕と左腰に携えた一式の宝刀と扇子をゆっくり構える。
そして和楽器による生の音楽が会場に渡り始める。
先ず箒は閉じられている扇子をバッと開き、曲の調子に合わせて扇子を持った腕を流麗に振るう。穏やかな川の流れを彷彿とさせる静けさながらも確りと流れている事を表現したその動作に、観客も口を閉じて魅入っている。
更に箒は宝刀に手を掛けると、すらりと抜き放ちながら一回転する。抜身の刀身に舞台の灯りが翳されて鋭い輝きを発する。そして刀を扇子の上に添え、ゆっくりと振るって空を切っていく。
「(昔は、この刀も満足に持てていなかったな……)」
母親の神楽舞の装束に憧れて、箒も化粧の真似事や衣装を着替えたいとねだっていた時期があった。尤も、宝刀は10にも満たない子供には持つのは厳しく扇子だけしか手に出来なかったのは今思うに恥ずかしい思い出だった。テオはテオで傍らで楽しそうに応援だけしていた事も思い出した。
しかし、今では難なく刀を持てる程にまで成長し、あの頃とは見る景色の高さも違う。
これまでに至る数年間を思い返しながら、箒はそれらを振る払うかのように刀をスッと水平に振るった。
今は昔を懐かしんでいる時ではない、この舞を踊り切る事を考えねば。
そんな箒の一念が通じたのか、音楽も佳境に差し迫ると箒の舞も締めを飾るように勢いが増していく。扇子と宝刀、互いに振り合わせながら鮮やかに舞を決めていく箒の姿を受けて、舞も終盤に差しかかった事を観衆は肌で感じ取った。人々の注目は、舞台で華麗に踊る『剣の巫女』一点に注がれている。
そして、神楽舞は終わった。
『…………ワァァァ!!』
数秒の静寂の後に、観衆による熱い声援と拍手が惜しみなく箒へと送られた。と司会の者がその空気を破ってマイクから声を発した。
『素晴らしい舞をありがとうございました!会場の皆さん、今回の神楽舞を務めてくださった美少女巫女さんにもう一度盛大な拍手をお願いします!』
「うおおぉぉぉ!!」
「最高ぉぉぉぉ!」
「巫女萌えぇぇぇぇぇ!!んふぅ」
『誰が巫女属性を褒めろっつったてめー!』
発言者は周囲の者によって揉みくちゃにされていった。
一部の暴走に苦笑いを浮かべながら、箒は一礼をすると舞台から去り始める。
その途中、彼女はちらりと一夏達の方を見てみる。
義姉妹であるシャルロットとラウラは、一機のスマートフォンにお互いの顔を近づけながら満面の笑みを浮かべて此方に手を振っている。どうやら撮影もしていたようで、良いものが撮れたのであろう。
鈴は器用に指笛を鳴らして称えており、セシリアも微笑みを浮かべながら粛々とした拍手を行っている。
そして、一夏はというと……。
「……ふふっ」
箒は思わず笑みを零してしまい、咄嗟に観客にバレない様に顔を背けながら舞台を後にした。
口を半開きにさせて舞台に魅入ってしまっている、幼馴染みの顔を思い出して再び小さく吹き出しながら。
ちなみにテオはというと、雪子とビデオ撮影を完了させて両者で固い握手を交わしていた。
≪雪子殿、焼き増しはよろしく頼むよ≫
「勿論、箒ちゃんの成長記録は共有財産だものね!」
多分、一番満足している組であった。
―――続く―――
箒回。二次創作ではカットされがちな夏祭り前の描写を導入してみました。箒が主人公
の作品である以上、要るだろうなと。
次回は再び夏祭り。露店を楽しむシーンを入れつつ、箒×一夏シーンも入れ込む予定です。