テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第11話 チーグルの森へ

 

 明くる朝、コゲンタは日が昇らぬ内に起き、朝食をゆっくりと胃に納め、身支度を整えた。

 

 必要最低限の道具を風呂敷に納め、肩にかけると家を出た。

 

 コゲンタは、ゆっくりとした一定の歩幅で、エンゲーブの真北にあるチーグルの森へ歩を進めていく。時折魔物が姿を見せたが、コゲンタはその度に身を隠し、魔物が嫌う物質を詰めた匂い袋をぶつけて追い払い、のらりくらりと確実に森へと近付いて行った。

 日が昇り、辺りが明るくなる頃にはチーグルの森は、目の前だった。

 

「さぁて、ぼつぼつ始めるかぁ」

 

 コゲンタは、伸びを一回すると、何の気負いもない様子で森へ分け入った。

 

 

 

 

 エンゲーブ唯一の宿屋『ケリーズイン(村人曰く気取り過ぎ……)』の寝室……といっても一人用のベッドをいくつも並べただけの部屋だったが、布団はしっかりと干されていて柔らかく、実に寝心地が良かった。

 

 ルークは、ニワトリのけたたましい声と、宿屋の女将の明け透けで賑やかな朝食の知らせと、ティアの耳に心地良い優しい声に起こされた。

 

 そうして、ルークは、八分寝たまま顔を洗い、半分寝たまま身支度を整え、眠気眼で朝食を摂り始めた。

 

 どんぶらこ……どんぶらこ……と、巧みな操舵で朝食を摂るルークを、ティアはハラハラと見守りながら、朝食を摂った。

 

そして、やっと目を覚ましたルークは、

 

「ティア! チーグルの森へ行くぞ!」

 

と、唐突に言った。

 

「え……? どうして……?」

 

 もちろん、ティアは当惑した。

 

「そりゃ、チーグルを捕まえるんだよ! 決まってんだろ」

 

 ルークは、「変な事を聞くなぁ」という表情で笑った。

 

「ええと、そうじゃなくてね……。ルークは、どうしてチーグルを捕まえうと思うの?とりあえず疑いは晴れたんだし……。あなたがしなければならない事じゃないと思うけど?」

 

 ティアは、一つ一つ言葉を選び、ルークに問いかける。

 

「えっ? んん? そりゃぁ……ムカつくから……いや、なんか違うな。でも、ムカついたのは確かだな。ヤツらのせいでヒドイ目に合うトコだったんだ! 謝らせるしかねぇだろ! それに……」

 

 ルークは、力強く頷く。そして、不意に少し大人びた表情になり、

 

「ローズ……あのおばさん、こまってた……しさ」

 

と言い辛そうにティアから目を逸らし、呟いた。

 

「ルーク……」

 

「あ、いや! その……オレをドロボー扱いしたヤツらを見返してやりたいんだ! チーグルどもをギャフンと言わせて。ついでにチーグルがどんな奴か見てみてぇし!」

 

 照れ隠しなのだろう……まくし立てるように吠えるルーク。

 

「でも……ルーク、やっぱり危険よ。他の魔物だっているし、触れるだけで害になる生物や植物だっているわ」

 

「……情けねえけど……デキるだけ戦わずに逃げる! 変なモンにも触らねぇ! ティアは詳しいんだろ? 教えてくれよ!」

 

 ティアの忠告を理解しつつも、首を横に振り食い下がる。

 ルークは、何の迷いもなく『全幅の信頼を寄せる目』で、ティアを見つめる。

 

 ティアは、居心地が悪い物を感じながら、ルークがどうすれば森へ行くのを諦めてくれるのかを考える。

 

「頼りにしてくれるのは嬉しいけど……。知っていると言っても、図鑑や何かの知識だけで実際に見たり、体験したわけじゃないから……」

 

「大丈夫だって! 心配性だな、ティアは。とにかく行くんだ! 決めたんだ」

 

 ルークは笑いながら、剣と荷物を手に部屋を出て行く。

 

「あっ……、待って!」

 

 ティアは、慌てて追いかけようとするが、彼はすぐになにか言いにくそうな顔をして、もどって来た。

 

「なぁ……ティア。森、チーグルの森って、どう行けばイイんだ?」

 

「もう……ルーク」

 

 ティアは、思わず苦笑するほかなかった。

 

 

 最初のうち、ルークがチーグルの森へ行く事を渋ったティアだったが、「屋敷に帰るまでになるべくいろんなモンが見たかったのに……」などと、不貞腐れるような顔で言われてしまっては、彼女には頷く事しかできなかった。

 ティアは、自分が流されやすい人間なのだと、改めて認識した。

 

「チーグルの森は、ここ東ルグニカ平野の北端……それから先にも大陸はあるんだけど、大きな山脈があって人の足ではとても越えられないから……北端ね。エンゲーブから、ずっと北……あっちへ真っ直ぐ行けば着くはずよ」

 

 村の北口へやって来た二人。ティアは、ルークに説明しながら、真北を指差した。

 ルークは、へぇ……と呟き、ティアの指差した先を眺めるが、当然森は見えない。田園風景が広がっているだけだった。

 

 二人は、チーグルの森を目指して農道を歩いて行く。

 

「しっかし、ティアって何でも知ってんなぁ」

 

 ルークが、不意に自身の数歩後ろを歩くティアに、感心した口調で話し掛けた。

 

「わたしの場合、書物や人づての話を聞きかじっただけ……。感心してもらえるほどの事じゃないわ。本当に『知っている』だけ。実際に自分で、『見たり』『試したり』した事なんて数えるほどしかないわ……ふふ」

 

 

 ティアは、自分を本気で感心しているらしいルークに、苦笑で答えた。

 

「それに……わたしも騎士団にいる分、世の中の認識はルークと大して変わらないと思うわ。訓練、訓練で気が付いたら、ひと月近く部屋にもどっていないなんて事も珍しくないし……。よく考えたら、ダァトの街の事も何も知らないかも……何年も住んでるのに……」

 

「ふーん……って!? ヒトツキも何すんだよ!?」

 

 ルークは、自嘲気味の「大した事ではない……」という口調のティアのセリフを、聞き流してしまいそうになるが、とっさに聞き返した。

 

「ふふ。まぁ、いろいろ……かな」

 

 ティアは、柔らかく微笑み、少しおどけたようにはぐらかす。

楽しく話せる話題ばかりでは無いのだ。

 

「ともかく、世の中のは、わたしみたいに『知ってる』だけで満足して、『見たり』『試したり』して『深く考える事』をしない人も大勢いるの……」

 

 ティアは、自嘲的にため息を一つ吐き続ける。

 

「言い訳みたいになってしまうけれど……その日、その日の、生活に気を取られて『考えたくても考える暇が無い』というのが正確なのかな……」

 

 ティアは苦笑して「そんなんじゃいけないんだけどね……」とつぶやく。

そんなティアを、ルークは不貞腐れた様な顔で見つめる。

 

「ふーん、ヒマ、ヒマねぇ……。それってオレがヒマジンってコトかよ?」

 

「え? あ……! ちがうの! そうじゃなくて……」

 

 言い方が、ルークにとって無神経だったと思ったティアは、慌ててフォローしようとするが……

 

「ハハ、分ってるって。まぁ、ヒマジンだったのは本当だしな。ねてるか、剣の修行か、テキトーに本ナガめてるか、だしなぁ……」

 

 ルークは、屈託なく笑った。

 

「ルーク、でもね……。わたしは知らない事は、それほど悪い事じゃない……知っている事が必ずしも良い事じゃないと思うの」

 

 ティアは、首を横に振りながら、優しく微笑んだ。

 

「は? なんで? 知ってた方がトクだろ? ふつう」

 

 ルークは、ティアの言葉に驚いた。知らない事は駄目な事、つまらない事、叱られる事と言う認識がこの七年間で染み付いた彼には、「寝耳に水」だった。

 

「知っているから解らない事……知らないから解る事だってあるの。例えば……そう、ダアトの美術館に『名画』って有名な絵があったの。その絵、実は水面に写った景色だけを描いた物だったの。長い間、誰もそれに気が付かずに上下逆さま……つまり、普通の風景画として飾っていたの……」

 

「水に写って……? あっ! そうか。たしかに水に写った方だけなんて解りにくいよなぁ」

 

 ルークは、「そんな事があるのか……」と楽しそうに頷いた。

 

「それでね……。ある日、大勢の美術家や愛好家が気が付かなかった事を、たまたま美術館を訪れた騎士が『逆さま』である事に気が付いたの。その方には美術の知識はなかったんだけど……」

 

 

『ウッ!? ハハハハハ!!』

 

『カンタビレ様?! ここは美術館ですよ……!』

 

『だっ、だって! オマ! これ! さか、逆さ! 水に写って! こんな気取って飾ってんのに! ウハハハハ』

 

『? ……あっ!』

 

『ダサ! ダサァ!! ウハハハ……は、腹が! ウハハ』

 

 という感じで、その後、厳重注意を受けた事を苦虫を噛むような想いで思い出しながらも、ティアは表情には出さず微笑んだ。

 

「確かに知識は大切だけど、時には知識に囚われない……つまり無知な視点で物事を見る必要もあるって事かな?」

 

「なんだかよく分からねぇけど……、剣術と同じだよな?型を気にしすぎるとダメになるんだ。師匠が言ってた」

 

 言いながら、首を傾げるルークに、ティアは優しく微笑み頷いた。

 

「そうね……。大切な事は一つじゃないのよ、きっと……」

 

「うーん、そっか……。よく分らねぇけど……分ったぜ!」

 

 二人は、笑いあい、チーグルの森を目指し、歩を進める。




 後半の絵画の挿話は、クロード・モネの「睡蓮」に関する間違いにある半導体研究者(ちなみに日本の方)が気が付いたというエピソードを元にしています。
 本編とは全く関係がなく、遅い展開がさらに遅くなるのでカットしようかと迷いましたが、原作の「仲間たち」への皮肉という事で書きました。
 サブイベントかスキットのような存在だと思って頂ければ幸いです。

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