テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第12話 森での再会 ルークとイオン

 

 チーグルの森は、鬱蒼とした深い森なのだが、不思議と陽の光よく差し込む豊かな森であった。

 

 ゆえに、チーグルの森という名に反して多種多様な生物が生息している。

 

 当然、魔物と分類される者も棲んでいるため、よほど森に慣れている者でなければ近付く事のない場所である。

 コゲンタは、以前薬草など採りに入った事が何度かあったのだが、今回はなにやら様子がおかしかった。

 彼が森の生物たちに自分の存在を教えるための笛を吹いていたのにも関らず、コゲンタの前に魔物が立ちはだかったのだ。

 

 それは、『ウルフ』だった。狼、山犬とも呼ばれる魔物である。

 

 鼻面に皺を寄せ、背中の毛を逆立てた狼が二頭。唸り声を上げ、身を低くしコゲンタににじり寄ってきた。

 縄張りに踏み込んだとはいえ、狼の方から近付いた来る事など奇妙な事だった。

 

 一般に思われている程、狼はむやみに人を襲う事はない。むしろ徹底して避けるのだ。人の使う武器が自分たちの脅威となる事を、文字通り「痛いほど」理解しているはずなのだが……。

 

 コゲンタは、油断なく腰を落とすと、腰の雑嚢から素早く卵ほどの大きさの袋をふたつ取出し、狼たち目がけて投げつけた。

 それは、魔物が嫌う匂いを発する物質や刺激物を詰め込んだ物だった。

 

 一つは、前にいた一頭の鼻先に直撃して一時的に動きを封じ、二つ目は、狼に当たらず、地面に落ち破れて刺激臭を発する。

 

『ギャァン!』

 

 狼は、悲痛な声を上げ、のたうった。

 コゲンタは、再び雑嚢に手を入れ、構える。それを見たもう一頭は、後ろに飛び退き距離を取ると、低く唸りコゲンタを睨む。

 

「ふむ。まぁ……そう何度も通じるモンではないの……」

 

 コゲンタは、苦笑しつつ、そのままの姿勢で狼を見据えた。

 

 コゲンタは再び匂い袋を投げた。先程とは比較にならない鋭さで、袋は風を切り真っ直ぐに狼へ迫るが、狼は右に跳ね、回避する。

 しかし、狼は右前脚に鋭い痛みを覚え、転倒した。

 

 狼の右前脚に『コヅカコガタナ』(刀の鞘に収納されている小さな刃物)が刺さっていた。

 

 まずは、分り易い位置に物を投げつけ、敵が回避するであろう左右どちらかに追撃を加える時間差攻撃である。今回は右に『賭けた』コゲンタの勝ちであった。

 

「左に避けるべきだったの。御免!」

 

 コゲンタは、一気に狼に詰め寄り、鞘ごと引き抜いたワキザシで狼の頭を強かに打ち据えた。

 狼は目を回し、気絶し動かなくなった。

 そして、匂い袋の直撃で苦しでいたもう一頭を同様にワキザシで打ち据え昏倒させた。

 

「ふぅむ……」

 

 コゲンタは、打った拍子に狼の足から抜けたコヅカを拾い、懐紙で拭いつつ、目を回した二頭の狼を観察する。

 まだ若い雄と雌。おそらく「つがい」だろう。見た所、狂犬病に侵されているようでもなかった。この狼達が、若く未熟なため、コゲンタを考えなしに襲った……とも考えられなくもない。

 しかし、やはりコゲンタには何かが引っ掛かっている。

 

「も少し見てみぬ事には始まらん……かな?」

 

 コゲンタは呟くと、コヅカをワキザシの鞘に戻し、ワキザシを確かめるように握り直すとさらに森の奥へと足を向けた。

 

 何処からか、さらさら、と水の流れる音が聞こえてくる。近くに沢があるのだ。

 そして、コゲンタは突然、立ち止まった。

 

「おいおい、今度はこやつらか……? やはりおかしいぞ。この森は」

 

 四つの苔生した小さな岩から、突如タコやイカのような足が生え、怪しく蠢いている。

 そして、岩が浮かび上がり、赤い眼を光らせコゲンタを囲むように、ふわりふわり。と飛ぶ。

 

 それは当然、岩ではなかった。人の胴ほどもある巻き貝『ライオネール』だった。

池や海にではなく森の湿気の多い場所に棲み、何故か宙に浮く奇妙奇天烈な貝だ。

単純に『浮き貝』とも呼ばれている。

 

「お、おいおい……、待て待て! わしは何もしておらぬぞ!?」

 

 こちらからチョッカイを出さなければ襲ってくる事はまずないはずなのだが……。浮き貝たちは一つしかない目玉をギラリと赤く光らせ、コゲンタを取り囲んだ。

 赤い光は警告色、つまり浮き貝たちは怒っているのだ。

 

「もしかして、八つ当たりかの……?」

 

 コゲンタは、やや悲壮な苦笑いを浮かべた。

 そして、彼は腰の雑嚢から、なにやら手の平大の玉を取り出す。

そして、それを浮き貝にではなく自身の足下に叩きつけた。

 

 突如、大量の白い煙が吹き出し、コゲンタもろとも浮き貝たちを覆い尽くす。

 

「ふふん……『三十六計逃げるにしかず』っての。要するに『逃げるが勝ち』って話だ。あははは」

 

 コゲンタは、混乱する浮き貝たちを尻目に煙幕から飛び出し、一目散に逃げ出した。そして、チーグルの巣がある、この森の中心の大樹を目指した。

 

 コゲンタは走りながら、ふと空を見上げた。木々の隙間から見える青空に純白の光が柱のように立ち上っているが見えた。

 

「近い……! 向こうか!?」

 

 コゲンタは、譜術の爆発かと思った。しかし、轟音も、熱気も、衝撃もこちらには伝わってこない不可思議な光だった。普通の譜術とは少し違うと感じた。

 コゲンタは「異変の原因では……」と考え、縦横無尽に生える枝や蔓、根を擦り抜けるように避けて、ほぼ全力疾走で光の発生源へと急いだ。

 

 茂みの向こうから獣の蠢く気配がする。数は……多い。

 コゲンタは、気配を殺し木の陰から慎重に様子を窺った。

 

 狼の群れが子供を取り囲んでいた。

 

 数は八頭。なかなかの大所帯だ。

 

 しかし子供は、地に膝を着きながらも、果敢に足下に複雑な譜陣を刻み、譜術を行使しようとしている。

 狼の内の二頭が牙を剥き、子供に襲い掛かった。

 子供が右手を高く掲げると譜陣がより一層、強く白く輝き子供を中心に狼を巻き込むと、光の柱が天を貫く。

 

 二頭の狼は、チリも残す事なく消滅した。やはり、大した音も熱も空気の揺らぎさえ感じなかった。先ほどの光の柱と同じ物だった。

 

 狼たちは憎悪の唸りを上げながら、子供を遠巻きに囲む。その時、子供は苦しそうに胸を押さえうずくまった。

 譜陣は弱々しく明滅し、消えてしまった。

 

 狼たちが、その好機を見逃すはずもない。

 仲間を手にかけた仇を、食い千切らんと動き出した。

 

 しかし、狼達の進撃は仲間の悲痛な悲鳴でさえぎられた。

 

 一頭の狼が、首筋から血をまき散らして倒れ伏す。

 

「待った待った! しばらく! しばらくぅ!」

 

 ワキザシを抜き放ったコゲンタが、包囲の一角を斬り崩し、狼達の前に立ちはだかった。

 

「貴方は、エンゲーブの……」

 

 子供は、青白い顔を僅かに上げ、かすれた声で呟いた。

 美しい翡翠色の髪、それに彩りを添える特徴的な髪飾り、淡い若草色の法衣……

 

「……やはり、導師イオン……。何故このような所に?」

 

「それは……」

 

「いや、今はこの狼どもを何とかする事が先決……」

 

 コゲンタは、狼達から視線を外さず、視界の端でイオンの様子を窺う。走って逃げるのはまず無理だろう。

 狼は残り五頭。コゲンタ一人だけならば「どうにかこうにか……」する自信はある。

 しかし人ひとり、しかも傷一つ付けてはならない人物を護りながら相手をするというのは、少々危ない賭けだった。

「導師イオン。私めが、駄目だった時はそれを奴らにぶつけて風上へ。まぁ、なんとか致しますがの。一応、用心のため……」

 

 コゲンタは、匂い袋と煙玉の入った雑嚢を座り込むイオンの前に置く。

 

「さぁ……コイツで切られるのは痛てぇぞぉ!」

 コゲンタは、ゆっくりとワキザシを前に突き出すように構えた。

 格好をつけたもののコゲンタは、待ちに徹するしかない。

 

 その時、均衡を打ち破る者が現れた。

 

「おぉっらぁぁぁっ!!」

 

 雄叫び共に地面を這う衝撃が一頭の狼を襲い、動きを一時的に封じる。そこへ一発の緋色の砲弾が、狼に降り注ぎ叩き潰した。

 それは、砲弾ではなかった。それは、コゲンタの束の間の旅の道連れにして、泥棒扱いされた緋色の髪の少年……

 

「ルーク殿……!!」

 

 ルークは、狼にダメ押しの蹴りを入れると飛び上がって、宙返りでコゲンタとイオンの目の前に降り立った。

 

「大丈夫か!? おっさん! そっちのヤツは!?」

 

 見事に着地したルークは、肉厚で緩やかな反りのある、頑健さと鋭さを兼ね備えた片刃剣を正眼に構えつつ、大声でコゲンタとイオンに呼び掛ける。

 

「ああ、まだ何ともない。導師イオンも怪我はないようだが……」

 

「そうか! おっさん、オレが突っ込む!ソイツを頼む! オレはヴァン師匠の一番弟子だ! やってやるさ!!」

 

 正に『勇猛果敢』だった。しかしそれは、今すぐに逃げ出してしまいたい心を抑えつけてための『必死の勢い』だった。

 

「ルーク殿、落ち着きなされ。狼相手に力押しは上手くないですぞ。ここはじっくり確実に守ろう。」

 

 コゲンタは、今にも飛び出そうとするルークを、強めの口調でいさめた。

 

 その時、美しくも妖しい旋律が響く。

 紫水晶色の闇の音素が泡立つように、狼たちの足下から包み込み、聴覚だけでなく五感に働きかけ、狼たちを、静かに優しく深淵の眠りへと誘う。

 ばたばた、と次々に倒れ伏す狼たち。見れば、皆静かに寝息を立てている。

 

「これは、ユリアの譜歌……『ナイトメア』?」

 

 イオンは、やや目を見開き辺りを見回す。

 すると、ゆっくりと歌声が近付いて来た。

 

 倒れた狼に慎重に近付き、危険は無いか爪先で突いて確かめるルーク。

 

「ティア! やっぱスゲーな譜歌!」

 

 狼が完全に寝入っている事を認めると、ルークは戦いの緊張感を消して邪気の無い笑顔で歌声の主に手を振る。

 つられる様に、イオンも同じ方向を見た。

 

「ルーク……いきなり飛び出したりしたらダメよ。危ないわ……」

 

「イーじゃん、なんとかなったんだしさ。あっ、それよりコイツ! なんか顔色ワリィぞ?!」

 

 屈託の無い笑顔で軽口を叩くルークだったが、イオンの事を思い出しティアを彼の前に引っ張る。

 

「イオン様……失礼致します。どうか、御心と呼吸を楽に。御身体の音素の乱れを整えます……」

 

 ティアは、寄り添うようにイオンの隣に跪き、優しい手付きでイオンの背中に手をかざす。

 ティアが、静かに聖句を唱えると、淡い柔らかな光がイオンを優しく包んだ。

 しばらくすると、蒼白だったイオンの顔に朱が差し、額の脂汗も引き、苦しげだった呼吸も静かなものに戻ってきた。

 

「ありがとうございます、音律士殿。だいぶ楽になりました。もう大丈夫です……」

 

 柔らかく微笑んだイオンは、音叉の杖を支えにゆっくりと立ち上がった。

 

「改めてお礼を言わせて頂きます。ぼくはイオン、ダアトの導師イオンです。騎士殿、音律士殿、剣士殿、あなた方のお名前を教えて頂けませんか?」

 

 イオンは、ルーク、ティア、コゲンタの顔を順に見回し、なんの躊躇いもなく、深々と頭を下げた。

 

「き、騎士!? オレのコトか?!」

 

 ルークは、予期せぬ敬称にうろたえ思わず聞き返した。

 イオンは、「ええ……」と微笑み、頷いた。

 

「やめろよ! 礼を言われるほどのコトじゃねぇよ! だいたい、初めに助けたのは、このおっさんで、魔物を倒したのはティアだし……。もしかして、イヤミか?!」

 

 ルークは、たまらなく嬉しい気分を隠して(どちらかと言えば失敗していたが……)、横柄な口調でイオンの謝辞を突っ返す。

 

「いいえ、嫌味など……。貴方がいなければ、ぼくは勿論、剣士殿も無事では済まなかったでしょう。それに音律士の譜歌は、戦士の剣や盾があって、初めてその力を発揮するのです。ですから、貴方と貴方の剣技に、敬意を払うのは当然です。本当にありがとうございます」

 

 

 イオンは、あたかも神に祈りを捧げるように、両手を組みながら微笑み、再び頭を下げた。

 

「おがむな! わかったよ! ルーク、オレはルークだ!」

 

 ルークは「終わり、終わり!」と言わんばかりに吐き捨て、そっぽを向いた。

 

「ルーク殿……古代イスパニア言語で『聖なる焔の光』を表す名前ですね。勇壮ですが優しい響きの良い名前ですね。貴方のような方に相応しい」

 

 イオンは、何の照れも気負いもなく賛辞をルークに贈る。

 

「……殿はいい。オマエに言われると、なんかヘンな感じだ。オレもイオンって呼ぶからさ……」

 

 意地を張るのにも疲れたルークは、何かを諦めるかのようにため息をつきつつ言った。

 

「はい! ルーク!」

 

 イオンは、花が咲いたように微笑み頷いた。

 ルークは、「何が嬉しいんだか……」と吐き捨てそっぽを向くが、不思議と悪い気はしなかった。

 

 そして、世界の運命を変える出逢いが、また一つ紡がれた。




 今回の動物(狼)の描写は、アーネスト・T・シートンの「シートン動物記」を参考にしています。
 いつの頃からか、狼という動物に興味を持ち、魅力を感じていたので、少しだけですが描く事ができて楽しかったです。
 ちなみに、シートン動物記は物語としても面白いので、ぜひ一度お読みになる事をお勧めします。

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