「剣士殿、先程は危ない所を……。貴方もローズ夫人の館でお会いしましたね?」
イオンは、今度はコゲンタの方を見て微笑んだ。
「申し遅れました。拙者はイシヤマ・コゲンタ。姓がイシヤマ、名がコゲンタでござる。エンゲーブの雑用係のような者でござる。お見知りおきを……」
コゲンタは、その場に手足を着き、額を地に付けるように深々と頭を下げた。
ルークは、その光景に唖然とするが、イオンの方は、特に驚いた様子もなく困った顔をしていた。
「剣士殿、どうか頭を上げて下さい。命の恩人を跪かせるなど、導師として……いいえ、イオン自身としてしたくない。どうか楽に」
「……では、剣士殿はご勘弁くだされ。そのように勿体付けられては肩の力が、どうにもこうにも……。あははは」
コゲンタは、下げていた頭を上げ、イオンに屈託の無い笑顔を向けた。
「それはいけませんね。では、コゲンタと呼ばせて頂きます」
イオンも、コゲンタにつられて笑顔になり、頷いた。
そして、今度はティアに向き直るイオン。
ティアは、すぐさま跪き、深々と頭を下げた。
「貴方も、どうか楽になさって下さい。ここは公の場ではないのですから……お久しぶりですね。メシュティアリカ・グランツ響長……いえ、今は謡長でしたか?」
ティアは、一国の元首にして、ローレライ教団の最高指導者である導師イオンの口から一兵卒の自分の名前、その上階級まで正確に聞かされて、驚いた。
しかし、「久しぶり」とは?
ティアは、思わずイオンの顔を見上げた。
そして、少し悪戯っぽく微笑むイオンと目が合った。
「お久しぶり……と言っても、ぼくの方が一方的に貴方を知っているだけなのですが……。ふふふ」
改めて思えば、確かに自分は良い意味でも悪い意味でも、神託の盾騎士団の中では有名だと、ティアは納得した。
主席総長の実妹。兄の七光り。入団早々、師団長の側付きになった。カンタビレとただならぬ関係……と話題の種には事欠かなかった。などとティアが内心納得していると、イオンは、思い出に浸るように瞳を閉じ、
「昨年のレムの感謝祭。貴方の譜歌は素晴らしかった……」
と呟いた。
(そっちですか……)
ティアは、声や表情には一切出さず、内心で頭を抱えた。
レムの感謝祭とは、草木を育む母なる光の晶霊レムに、感謝と豊穣の譜歌を捧げ、新年を祝う一大宗教行事である。
一年前、感謝祭のトリを務めるはずだった音律士の少女が、緊張のあまり倒れてしまった。その代理を引き受ける事になった(本人の了承もなくカンタビレに決められた……)ティアは、大観衆の前で、譜歌を披露したのだ。
ティアにとっては、はっきり言って『消し去りたい過去』の一つだった。しかし、自分の給金では絶対に手を出せない煌びやかな衣装を、着る事ができたのが嬉しかったというのは内緒の事だった。
ティアは、とりあえず、話題を逸らすためにも“元”臣下として、イオンの真意を確かめなければと、口を開いた。
「改めまして、私は“元”ローレライ教団 神託の盾騎士団第六師団所属メシュティアリカ・グランツ謡長であります。お見知り置きを……」
ティアは、静かに恭しく頭を下げ、名乗った。
「カンタビレの隊でしたね。しかし、“元”ですか?」
「はい、“元”です。イオン様、私の事よりも。ダアトでは貴方様が行方不明と……、誘拐されたのでは?とも言われております。秘密裏にですが、主席総長を始め、多くの者が捜索に出ております……」
ティアは、努めて冷静に抑揚のない声で言った。
「行方不明? ぼくがですか?」
「はい。そのイオン様が何故マルクト軍の方々と? それに、何故このような所に、お供も付けずに御一人で?」
ティアは、いつしか硬く重々しい口調になっていた。
「それは……」
イオンは、咎められている気分になったのか口籠る。
しかし、思わぬ人物から助け船が出された。
「おい、ティア! “元”ってなんだ!? “元”って!? もしかして、オラクル辞める気か!?」
ルークが、イオンとの間に割って入るように、ティアに詰め寄った。
「もしかして、『あのコト』気にしてんのか!?」
ルークは、ティアの両肩を掴み、問い詰める。
「『アレ』は、オマエは悪くねぇって言っただろ!」
「ル、ルーク……。いたい……」
「あっ、悪りぃ!」
ルークは、慌ててティアを放すと、バツが悪そうに頭を掻き、そっぽを向くように離れた。
『あのコト』だとか『アレ』などと意味深な言い回しだが、勿論『超振動でマルクトに飛ばされた事』という事を言っているのだが……。
『絆が伝説を紡ぎだす物語』?『永遠と絆の物語』?『あのコト』『アレ』の部分をも少し詳しく……と、妄想を巡らすおっさんが一人。
一方、心優しい少年導師は、恩人の力になりたい一心で……
「それは、もしやルークが、キムラスカ王家筋の方という事と関係しているのですか? ぼくに出来る事なら……」
と、ルーク達にとって、ここマルクトでは『地雷』とも言える言葉を口にした。
「イオン! しぃー! しぃー!」
ルークは、弾かれたようにイオンに飛び付き、慌てて口を塞いだ。
「むくう……むぅ!」
「ルーク! 落ち着いて……! イオン様の呼吸が……」
ティアは、イオンが、苦しそうに呻いているのにすぐさま気が付いて、ルークを諌める。
「わ、悪りぃ! 大丈夫か!?」
今度も、慌てて手を放すルーク。
「は、はい……なんとか……」
イオンは、驚いたような表情のまま、言った。
「ええと……イシヤマさん。ルークは……その……」
ティアは、マルクトの民であるコゲンタに、ルークの事を誤魔化そうと口を開くが、良い言葉が見つからない。
「ルーク殿が『キムラスカ王家ゆかりの方』って話ならば、誤魔化す必要はない」
「え……?」
「渓谷でお会いした時から、もしかしたらと思ってはいた。だが心配御無用。その事は誰にも他言しておらん。無論、ローズ殿にもな……。あははは」
コゲンタは、二人の緊張をほぐすように、快活に笑った。
「おっさん、気が付いてのかよ!?」
「自分も元々はキムラスカの生まれですからの。ま、見る者が見れば気が付くであろうが……ルーク殿のような鮮やかな赤毛と碧眼の組み合わせはキムラスカ王家以外では珍しいですからの」
コゲンタは、なんでもない事のように笑う。
「その様子じゃあ相当な大御所のようだ。まっ、なんにしても、肩を並べて剣を振るい、助け合った御仁を裏切るような卑劣な真似はこの腰の物に誓っていたさん……って話だの。あははは」
コゲンタは、「まっ二束三文のナマクラだがの……」と、腰の脇差しを軽く叩き、柔らかく笑う。
「ティア……」
ルークは、振り返りティアの顔を伺う。
「イシヤマさん、信じてよろしいんですね……?」
ティアは、切れ長の眼をさらに細め、コゲンタを真っ直ぐに見つめる。
コゲンタは、その視線を真っ向から受け止め、頷く。
それを見たティアは、ルークに微笑みながら頷いた。
ルークはほっと胸を撫で下ろした。
「まっ、つもる話もあるだろうが、ここでは何時、狼どもが目を覚ますか解らんからの。せっかく死なせずに済んだ奴もおるのだ。逃がす手はないぞ」
コゲンタは、譜歌によって、深い眠りに着いた狼たちを指差しながら、ルークたちを見回した。
「そうですね。すでに彼らを手に掛けたぼくが言える事ではありませんが、無益な戦いは避けたい。」
イオンは、コゲンタの提案に頷き、悲しそうに狼たちを見つめた。
「オマエ、あんなスゲー譜術使えるクセにヘンな奴だな?」
ルークは、そんなイオンに嫌味にも聞こえる事を口にした。無論ルークに他意はなく、イオンの譜術を心から感心し、あれほど凄まじい譜術を駆使する彼が、「戦いたくない……」と言うのが不思議だったのだ。
「ふふふ、ヘンでしょうか? 争い事が苦手と言うのもあるんですが、ぼくの身体は、先ほどの譜術『ダアト式譜術』を使うに向いていないのです。すぐに疲れてしまって……」
イオンは、自嘲的に笑った。
「ふーん。じゃあアレ、もう使うな。おまえは後ろで見てろ」
ルークは、特になんでもない様に言ったつもりだった。しかし、イオンの反応は違っていた。
「あ、ありがとうございます、ルーク。護って下さるんですね? 感謝いたします」
イオンは、再び神に祈るように手を組み、頭を下げる。
「カンチガイすんな! また倒れられて運ぶのが、メンド―なだけだ! 女のティアやおっさんのおっさんに運ばせるワケにはいかねぇだろ!」
ルークは、乱暴な口調で吐き捨てた。
しかしイオンは、そんな事は気にせず、さらに顔を綻ばせた。
「ルークは、優しい方ですね」
「ダレが優しいってんだ! ア、アホな事言ってねえで、サッサと行くぞ!!」
ルークは、イオンからの謝意に耐えきれなくなり、逃げるように目的地に向かって歩き始めた。
「ルーク、待ってください……!」
それに、イオンも続く。
「んん?」
「え……?」
ルークとイオンはふと、ある事に気が付いた。
「え、ええと……?」
「むう……?」
ティアとコゲンタもそのある事に気が付いた。
四人は、ほぼ同時に振り返った。
拙作のティアと原作のティアの違いは、拙作のティアが自分が騎士失格だと思っている事です。
それは一体何故でしょう?
少し嫌味っぽくなりましたが、個人的には拙作の展開の方が、彼女の設定だと違和感が少ないかなと思います。如何だったでしょうか?
よろしければご意見をお聞かせください。