テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第14話 チーグル発見! 這い寄る影

『GAUUUU……』

 

 ソレは猛っていた。無機質で虚ろな眼球を、上下左右に走らせる。ソレの目当ては、見付からなかった。

 

 ソレは苛立たしげに、丸太のような両腕を無造作に振った。二本の木の幹が弾け、崩れ倒れた。

 

 そして、糸で粗雑に縫い合わされた、感情や知性を全く感じさせない口から、不気味な呻きが漏れた。

 

『GUUU…I…N…! DOCO…D、Da……!!』

 

 ソレは、倒れた木々を蹴散らし、一直線に森を進む。

 

『I……ION!』

 

 

 ルークたち四人は、ある違和感に気が付いて、四人同時に振り返った。

 交差する四つの視線。そう交差してしまっていた。

 ルークは、ティアと目が合った。だが、ルークはすぐに逸らした。

 イオンは、コゲンタと目が合った。お互いに愛想笑いを浮かべる。

 

 何故、ルーク達の目が合ってしまっているのか……?

 

 それは何故か?

 

 そう、答えは簡単。

ルークとイオンは“森の奥”へ向かい。ティアとコゲンタは“森を出よう”としていたから。

 

「えぇと、あのう……?」

 

「あ~……ははは……」

 

 困った様に苦笑し合う、イオンとコゲンタ。

ティアもまた困った顔で、ルークを見つめる。しかし、やはり彼はすぐに目を逸らした。何故か顔が、やや赤い……

 小首を傾げるティアだったが、気を取り直してルークとイオンに問いかける。

 

「ええと、その……ルーク、イオン様、どちらに……?」

 

 ルークは逸らしていた視線をティアに戻し、「いまさらなんで、そんなコト?」という表情で、彼女の質問に答えた。

 

「チーグルのトコに決まってんだろ? そー言ったろ?」

 

「ルークもですか?! それは心強い……。ぼくもチーグルに遭わなければ……遭わなければならないんです。導師イオンとして……」

 

 イオンは、神に感謝するような口調で笑った。しかし、その笑みはすぐに深刻な表情に変わった。

 

「なんだ? オマエもチーグルが目当てか? ちょうど良かったな。ついでに連れてってやるよ、ついでにな! 感謝しろよな!」

 

 ルークは、何故か途中で気恥ずかしくなり、裏返った声で横柄な口をきいた。

 

「ルーク……」

 

 イオンは、そんなルークに感謝の微笑みを送る。ルークは、すこぶる居心地が悪くなり、歩き出そうとした。

 

「イオン様、お待ちください。ルークも、お願いだから少し待って」

 

 というティアの努めて冷静な声が掛けられたのは、その時だった。

 

「ルーク……。 さっきのウルフ達を見たでしょう? この森は危険なの。私達がいくら縄張りを侵したからといって、彼らが無暗に人を襲う事は異常なの」

 

 ティアは、続けて言った。

 コゲンタは、ティアの言葉に同意するように、頷いている。

 

「魔物除けの……というか、魔物に人の存在を教えて、寄って来ないようにするための笛で、逆に寄ってきましたからの。あははは」

 

 コゲンタは、複雑な表情で苦笑し…… 

 

「それに、私はやんごとなき方々を連れて、無茶をするほど『自惚れ屋じゃあない』という話でござる。あはは」

 

と続けた。

 

「つまり……『行くな』と?」

 

 イオンは、悲しそうにコゲンタを見返した。

 

「恐れながら、そういう話で……」

 

 しかし、コゲンタは苦笑しながら頷くのみだった。

 

「イオン様……、導師という御立場から教団の象徴たるチーグルの事を、お考えなのは解ります。ですが、私ではイオン様を御守りする力量も資格もありません……」

 

 ほとんど抑揚の無い声と眼差しで、ティアはただ『自分が弱い』という事実を告げ、さらに続ける。

 

「しかしながら、それはイオン様が御一人なのが問題なのであって、導師守護役マルクト軍の方々と御一緒ならば……。魔物との戦闘ではぐれてしまわれたのなら、一度エンゲーブに戻られて、はぐれてしまった方々と合流できる様、残っているマルクト軍の方々に連絡をして……」

 

「いいえ、森へは一人で来ました。ジェイドもアニスも此処にはいません。譜術で動きを封じてきましたので、すぐには追って来られないでしょう。悪い事をしました……」

 

 イオンは、ティアの提案をさえぎるように凛然と言った。

 ティアは、最後の譜術の下りで、ただ立っているだけなのに滑って転びそうになった。しかし、なんとか踏み止まる。しかし、今のは、聞き流すべきだろうか?

 

「恐れながら、ともかくお帰り下され。申し開きも、わしらにではなく御供の方々にお願い致す」

 

 コゲンタは、冷静にあたかも突き放すような事を言った。

 

 それを聞いたイオンは、悲しそうに俯いた。華奢で、実際の身長よりも小さく見える身体が、さらに小さくなったようだ。

 

 ティアは、イオンの捨てられた子犬のような雰囲気に胸を突かれた。

 

「何卒、お帰り下され」

 

 しかし、コゲンタも内心「顔に似合わず破天荒な事を……」と驚いたが、あくまでも子犬とその辺りは無視して、冷静に言った。

 

「おいコラ! おっさん! ケチケチせずに連れてってやればイイじゃねえか!? 一人でこんなトコまで来るヤツだぜ? どうせ、また一人でムリして、さっきみたいになるだけだ! ……なぁ?!」

 

 イオンに救いの手が差し伸べられた。それは、ルークだった。

 

「ルーク……。はい! 何度だって! ぼくは、ぼくに出来る事をしたいんです。どんな事でも……」

 

 イオンは、ルークからの救いの手に喜びながらも、何かに耐えるように声を漏らした。

 

「別にケチケチして言っておるわけではないんだがの……。う~む。よし、分った! 確かにこんな所まで来て『すぐ帰れ!』ってんじゃ酷な話だ。チーグルの件、導師イオンにも見届けて頂こう!」

 

 無表情だったコゲンタの顔が緩んだ。

 

「あっ、ありがとうございます! コゲンタ!」

 

 イオンは、花が咲いたように微笑んだ。

 

「ただし! チーグルを見つけ、事情を聞いたらば、その事情がどんなモンでも、帰って頂く。これは譲れませぬ、よろしいか?」

 

 コゲンタは先ほどと違い、感情はこもっているが、厳しい口調で言った。

 

 彼の目は、イオンを真っ直ぐに見つめている。

 

「……はい、分りました。どちらにしろ、ぼく一人では行けないのだから……。コゲンタの指示に従います」

 

 まだ少し不服そうだったなイオンだったが、何かを思い直したように平民のコゲンタに、躊躇いなく頭を下げた。

 

「やっ! これは。はっはぁぁぁ!」

 

 コゲンタは慌てて、地面に飛び込むように、土下座した。

 

「もうイイから行こうぜ!!」

 

 もういい加減、面倒くさくなったのか、ルークは声を上げ、駆け出した。

 

「ルーク! 一人で先行するのは危険だわ。待って……」

 

 

 ルーク達は、チーグルの巣穴を目指し、森を進む。

 

 コゲンタが先頭を務め、音に敏感な音律士のティアを殿(しんがり、行列の最後尾)に、ルークとイオンを挟むような陣形を取っていた。

 ルークは初め、「オレが先頭だ!」と息巻いたが、コゲンタの「導師イオンを守りつつ、状況に応じて、わしかティア殿を援護をしてもらう重要な役で、一番動きの速いルーク殿しか任せられん……」という口車、もとい、要請によって、ルークは今の陣形を快諾し、現在に至る。

 

 ルークは、物珍しそうに、あちこちに視線を送る。

 

「スゲェ……。なんかワカんねぇけど、スゲェ。ゴチャゴチャしててフクザツだ」

 

「緑の密度に、圧倒されますね……」

 

 イオンもまた、遠慮がちだがあちこちを見回している。

 

 ティアは、ルークとイオンの反応を微笑ましく思った。そして、「来た価値があったかも……」とも思い、改めて、二人を守ろうと心に誓った。

 

 その後も、何度か森の魔物と遭遇し、戦いとなったが、コゲンタの匂い袋で怯ませると、すかさずティアの譜歌『ナイトメア』で行動不能にする。ほとんど戦いらしい戦いをせずに、無駄な流血を避けて進む一行。

 

 しばらくして、ルークが妙な物を見つけた。

 けもの道の真ん中に、赤い拳大の物が落ちていた。

 

「あん? リンゴ? なんでこんなトコに?」

 

 そう、それらしい木も無いのにリンゴが一つ「ぽつん……」と落ちていた。

 

 コゲンタが、後続のルーク達を手だけで制し、一人で近付いて行く。

 

「ふぅむ……」

 

 コゲンタは、慎重にリンゴを拾い上げ、しげしげと眺めると、リンゴを、皆にも見えるように軽く掲げて、ルーク達の下へ戻ってくる。

 

「村の焼き印がありますね……」

 

「エンゲーブの物で、間違いない様ですね。チーグルは、ここを通ったという事ですね」

 

 ティアとイオンが、リンゴを見て呟く。

 

「落としていきやがったのか? マヌケなヤツらだぜ! ハハハ」

 

 ルークは、チーグル達の失敗を嘲笑う。

 

「いやぁ、全く全く。そのマヌケ、まんまと物を盗まれた、わしらは一体……?」

 

「きっ……気にすんな! おっさん! ハハハ」

 

 それが同時に、コゲンタへの侮辱になってしまった事に気が付いて、笑ってごまかす。

 

「もしかすっと、まだ近くにいたりしてなぁ!」

 

 ルークは、ごまかしついでに、辺りを見回す。

 

 それは唐突に草叢から現れた。

 

 それはコザルのような、リスのような、コブタのような……。短すぎる手足に巨大な耳、能天気を絵に描いたような黄色の不可思議な動物だった。

 

「な……!?」

 

「みゅ……?」

 

 眼が合った。真ん丸なドングリ眼と眼が合った。

 

「チーグルです!」

 

 イオンが思わず声を上げた。

 

「みゅ、みゅう!」

 

 チーグルは、イオンの声に驚いたのか、一目散に逃げ出した。

 

「あ! イオン! バカヤロ!!」

 

「す、すみません! つい……」

 

 ルークは、イオンを咎めるが、そのやり取りは友人同士のようで、それほど刺が無い。

 

「それよりイオン、追うぞ! 走れるか!」

 

「ルーク……、落ち着いて。森の中を走るチーグルに、人が追いつくのは難しいわ」

 

 ティアは、今にも走り出しそうなルークを諌める。

 

「じゃあ、どうすんだよ? もしかして、居場所のわかる譜術でもあんのか?」

 

 ルークは出鼻をくじかれたので、不貞腐れたような顔をするが、すぐに「興味津々」といった顔になり、身を乗り出してティアを見た。

 

「ふふ……。当たらずとも遠からずね。チーグルは魔物の中でも、音素の扱いに長けた種族なの。さっきのチーグルも風の音素を纏って加速していたから」

 

「へぇ、ナマイキなヤツらだな。……つまり、どういう事なんだ?」

 

 ルークは、顔をしかめながらも、首をひねりティアに先を促した。

 

「つまり、風の音素の痕跡を辿って進めば、チーグルの巣にたどり着けるはずって事よ」

 

ティアは少しだけ、得意げに微笑んだ。

 

「スゲェな! 譜術士スゲェ!!」

 

ルークは、そんなティアに憧れの眼差しを向けた。

 

「よっし! オマエらいくぞ! 待ってろよチーグル! ぜってー『ぎゃふん』って言わせてやるぜ!!」

 

 ルークは拳を振り上げ、穏やかではない台詞を口にした。

 

「あの……、ルーク。出来れば穏便な方向で……」

 

 

「言葉のあやだよ! イチーイチ気にすんな! ほら、おっさん先頭まかせたぞ!」

 

「あははは。よし参ろう。ティア殿、誘導を頼む」

 

「はい」

 

 ルーク達は、チーグルが姿を消した方向へ歩き出した。

 

 

 

『GUUU……!』

 

 ソレは、直感的に何かを感じ取った。

 

 首を緩慢な動きで、ある方角へ向けた。

 

 ルーク達が向かった方角と同じ、チーグルの巣があると思われる方角だ。

 

『…I…O…N…!』

 

 ソレは無惨な唇を「ぬたり……」と歪め、何の迷いもなく、巨体をその方角へと向けた。




 冒頭に登場した謎のクリーチャーは一体? 何故イオンを追うのか? 果たしてその正体は? 
(棒読み)(笑)

 ここでイオンの同行を自然に認めてしまうのは、逆に不自然だと思いまして長々とその辺りの話を描きました。如何だったでしょうか?

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