ルーク達は、ティアの誘導で、チーグルの後を追っていた。
そんな中ルークは、ふと、ある事に気が付いた。
「なんか……? ヘンじゃねぇか? この辺り。魔物のヒリヒリした感じがしねぇ……?」
「そうですね……。なんだか、穏やかです」
イオンが、ルークの言葉に頷いた。
先ほどまで、森を覆っていた緊迫感は鳴りを潜め、暖かで優しい木漏れ日の中を小鳥たちが、遊びさえずっていた。
「この辺りの木、あれも、これも、向こうのも魔物を寄せ付けない不思議な木だ」
コゲンタが、いくつもの木を指差し、言った。そして……
「まっ、どうしてなのか、カラクリの方は、わしにはサッパリなのだが。あははは」
と、頭を掻きながら、付け加えた。
「あんだ、そりゃ……?」
ルークは、呆れ交じりに苦笑した。
「私も、見るのは初めてなのだけど、あれは、『ソイルの木』という種類の木で、魔物を寄せ付けない……正確には凶暴性を抑える香りを発するの。だから、『ウルフ』や他の魔物がいなくなったわけではないと思うわ。」
ティアが、コゲンタの説明を補足した。
「これが、『ソイルの木』……。確かに不思議な感じのする木ですね。」
イオンも、この木の事を知っていたらしく、改めて木を見上げた。
「そうかぁ? 香りったってトクに匂いなんてしないぞ?」
一方、ルークは首を傾げながら、鼻を動かす。
「ふふ……。私達には無理よ。人の嗅覚では嗅ぎ分けられない位の香りだから……」
「ふーん、なるほどなぁ」
ルークは頷きながらも、「ソイルの木」とやらが今までの森の木々とどう違うのか分らなかった。
一行は森を進む。
と、その時、最後尾にいたティアが立ち止る。
「ん? ティア、どした? おっさん、ティアが……」
ティアの様子に気が付いたルークは、コゲンタを呼び止める。
「風の音素が、ここで途絶えています……。ここで行使を止めたのね……」
ティアが静かに告げた。
「じゃあ、もう追っかけられねぇのか? どうすんだ?」
一方のルークは、少し慌てて言った。
「いや、どうやら着いたようだぞ。ほれ」
コゲンタが、木々の間の空を指差しながら、言った。
ルークは初め、それを山だと思った。
「あれがチーグルが巣を作っておる大樹だ。わしもここまで近付いたのは、初めてだの」
コゲンタが言った。
『大樹』という事は、あれは一つの木。その大きさは、ルークの想像を超えた物だった。
大樹に向かって、しばらく歩くと一行は開けた場所に着いた。
「でっ…けぇ……」
大きな泉の真ん中に大樹が悠然と鎮座し、たくさんの枝葉を空へと掲げている。
ルークは、物語に度々登場する『世界樹』が本当にあるとすれば、「こんな感じだろう……」と思い、樹を見上げた。
巨石のような幹を、複雑に絡み合った根が支えている。これならば、チーグルくらいの大きさの動物なら、住み着くのに十分な大きさの洞なり窪みなりがあるだろう。
「樹齢は、軽く千年は超えているでしょうか……?」
ティアが言った。
「千年……。言葉だけで気が遠くなる年月ですね……」
イオンは、ティアの言葉にどこか遠くを見るような眼になり、大樹を見上げた。
「なかなか良い所だの。用事がなけりゃ、二、三日ゆっくりしたいところだのう。あはは」
などと、コゲンタは益体の無い事を言いつつ、辺りに視線を巡らす。
「あっこら辺から、根元に行けそうだの?」
ルーク達の現在位置から、ほぼ反対側に大樹の根に苔や腐葉土がたまってできた自然の橋があった。
一行は、泉をぐるりと回って橋を渡り始めた。
「へへ! いよいよゴタイメンってわけだ。目に物見せてやるぜ!」
ルークは、イタズラっぽい笑みを浮かべて、拳を鳴らした。
「ルーク……! あまり乱暴な事はしないで下さい。チーグル達にも、きっと事情が……。それに、まだ彼らが犯人と決まったわけでは……」
イオンは、そんなルークを諌めるようにチーグル達を擁護する。
「だからぁ、言葉のアヤだって! それに……」
ルークは屈託なく笑い、大樹の根で凸凹になった地面を「けんけんぱっ……」という調子で軽やかに飛ぶと……
「もう決まったようなモンだ! ほら、また何か落ちてたぞ! イモか? これ」
窪みになっていた場所から、ジャガイモを拾い上げ、コゲンタに放って寄こした。それにしても、よく見つけた物である。
「おっとと。確かにウチで採れた物だの。焼き印がある……。まっ、落とし前を着けさせるにしろ、見逃すにしろ……話を聞いてみない事にはの?」
コゲンタは、片手で受け止めたジャガイモの焼き印を確認すると、笑顔になり、全員を見回した。
「はい……!」
「そうですね……。まずは話を聞かないと……」
コゲンタの言葉に、イオンとティアが頷いた。
「さっきから、話す話すって……。相手は魔物だろ? 言葉なんか……んっ? ワカんだっけ?」
ルークだけは、首を傾げて、疑問を口にした。
「歳を経た魔物は、人の言葉を理解して喋る事もあるらしいけど……」
ティアが言った。
「へぇ~、チーグルって『そう』なるスゲェ種類なのか?」
ルークは、ティアの言葉に感心し、質問したが……。
「ええと……。さぁ?」
ティアは、頼りない返事を苦笑して誤魔化した。
「伝承では、始祖ユリアに力を貸したと言われていますから、話せるようになる個体もいるかもしれませんね」
イオンが、ティアのフォローするように説明する。
「あのナリで……? 想像できませんのう……」
「ああ、全くだよ。いや、むしろしたくねぇよ。なんかブキミだ」
二人は、そろって首を振った。
一方、ティアは、二人と違ってチーグルが喋る事を「まるで、夢のよう……」と思っていたのだが、口には出さないでおいた。
そうこうしている内に巣穴の入口に着いた。
どうやら、太い根が大樹を持ち上げるようにしてできた穴のようだ。
ルークには、まるで奇怪な生き物が大きく口を開けているように見えて、不気味だった。思わず「ごくり…」と唾を飲んだ。
「いよいよ……ですね」
イオンが、一歩前に進み出た。
「あぁ、待った待った。勝手は困りますのう。先頭はわしですからの」
コゲンタは、イオンの行く手を遮るように前に出た。
「導師イオン。貴方様に毛筋一つの傷でも付けようものなら、神託の盾総出で八つ裂きにされてしまいますからの……逃げるのは得意だが『限度』ってモノがある。あはは」
コゲンタは、まるで散歩にでも出かけるように気安く穴に潜っていく。
「あ、そうそう。大丈夫なようなら声を掛けますでな、それから入って来て下され」
コゲンタは一度振り返って、ルーク達に声を掛けると、穴の中へ消えた。
ルークは、コゲンタの背を見つめながら、眉間にしわを寄せ難しい顔をしていた。
「ルーク、どうしたの? 怖い顔して?」
それに気が付いたティアが、言った。
「んん……いや、その……さすがに『ヤツザキ』はねぇよな?ハハハ」
ルークは、渇いた笑いを浮かべた。
「そう、ね。『総出』で『八つ裂き』はない、かな……?」
「……」
それは、そんな事をするのがあり得ない事なのか、ただ『総出』と『八つ裂き』がないだけなのか、ルークには分らなかった。
ティアに、もう一度問い直そうとした時……
「おぉーい! 導師イオン、ルーク殿、ティア殿! 入って大丈夫ですぞぉ」
穴の中のコゲンタから、声がかかる。
「あ……、光の子らよ……『アピアース・ライト』。さぁ、行きましょう。ルーク」
ティアが、杖の先に光の音素を集めると杖の先端が淡く発光し出した。照明には、十分な明るさだろう。
「ティア、ぼくの杖にも光の音素を」
イオンは、自身の細身の杖を掲げ、ティアに歩み寄った。
「え……でも、それは……」
しかし、ティアはイオンの体調を気遣い、躊躇する。
「大丈夫ですよ。そのくらいならば、何ともありません」
イオンは、ティアを安心させるように微笑むと、杖の先と先をそっと合わせた。蝋燭の灯火を分けるように光の音素がイオンの杖にも宿った。
一方、なんだか誤魔化されたような気分のルークだったがとりあえず「傷一つ負わないし、負わせねぇ」と気合を入れ直した。
「よっし! 行くぜ!」
ルークは、いつでも抜剣できるように剣の柄を軽く握りつつ、コゲンタに続き、樹の穴へと足を踏み入れた。
穴の中は、思った以上に広く大樹の根が絡み合い、半球を形作っていた。そして、何故か仄明るい。そこにイオンとティアの音素の灯火が加わり、辺りをよく見渡す事ができた。
そして、ルークの目に映ったのは、見渡す限りのチーグル、チーグルチーグルチーグル……。色とりどりのチーグルが、ある者は怯えながら、ある者は身体中の毛を逆立てて威嚇し、ルークたち一行を「ぐるり……」と取り囲んでいた。
単体でなら、「かわいいと思えなくない……」と思っていたルークだったが、これだけの数がそろった光景は正直恐怖を感じた。
ルークは、不意に以前読んだある本の内容を思い出した。それは、昆虫の生態を生涯追い続けた男の「蜂」に関する書物だった。
その本によれば蜜蜂は、捕食者である雀蜂を数十匹で、包み込み自分達の体温を上昇させ、『熱死』させるというのだ。蜜蜂たちは、永い時間をかけた進化により、雀蜂よりも『致死温度』が僅かに高い身体を持つに至ったとの事だった。
ルークは、チーグルがそういう特殊能力を持っていない事を心から祈ったその時……
「さて……チーグル達よぅ! わしは、お前さんたちが盗みに入った村の者だ!」
コゲンタの大声が巣穴いっぱいに響き渡った。
その大声に驚いたのか、チーグルたちの動きが止まる。しかし、コゲンタはそんな事はお構いなしに続ける。
「どうして、わしのような者が来たのか……分かるな?」
ワキザシの鯉口を握り、「かちり……」と、鍔鳴りをわざと響かせた。
「我らを退治に来た……のかのう?」
老爺なのか、老婆なのかよく分らない不思議な声がした。
声のした方を見ると、ややくすんだ紫色のチーグルが、そこにいた。
自分の身体ほどもある大きさの金属の輪を持つ姿は、部分的に伸びた眉毛のような顔の体毛も相まって『杖を突いた老人』その物だ。
「場合によっちゃ、ソレもあり得る。百姓からしたら作物を荒らすなら、『聖獣』も『害獣』も大差はないって話だの」
「その輪はひょっとして、ソーサラ―リングではありませんか? ユリア・ジュエが、友好の証としてチーグル族に贈ったという……」
イオンが言った。どうやら、彼は老チーグルが持つ輪が、何なのか心当たりがあるようだ。
「いかにも……。お前たちは、ユリア・ジュエの縁者か?」
老チーグルは頷いた。
「はい。ぼくはユリア・ジュエを始祖とするローレライ教団の導師、イオンと申します。貴方はチーグルの長老とお見受けしますが?」
イオンは柔らかく微笑むと、軽く頭を下げた。
「いかにも……。一番、歳を喰っている、というだけではあるがのう」
長老は髭を撫でるような仕草をしつつ、頷いた。
「やい、コラ! なんで村の食い物を荒らしたんだ?! みんなメーワクしてんだぞ!!」
ルークは小動物が流暢に話した事の驚きを隠して、長老チーグルを睨み付けた。
「一族を存続させる為に必要だった……」
長老チーグルは、力無く首を左右に振り、一つ疲れたため息をついた。
「しかし、長老。チーグル族は、草食のはずでしたよね。何故、人間の食べ物が必要だったのですか?」
イオンは、小さな体を更に小さくして、うなだれる長老に同情しながらも、冷静にかねてからの疑問を口にした。
「食べ物が足りなくなった……。というわけではありませんよね? ぼくは植物については素人ですが、この森は豊かだと感じましたが……」
イオンは、努めて穏やかな口調で質問を続ける。
「仲間の一人が誤って、北の森……ライガが住む森で、火事を起こした。幸い大きな火事にはならなかったが、『ライガの巣』が焼けてしまった。そして、ライガたちは、繁殖期の真っ最中……卵を安全に孵すために、この森へやってきた……」
長老は、「何故こうなってしまったのか……」とでも嘆くように、呟いた。
「なるほどのう。それでか……」
「はい。恐らく」
何かを納得したように、コゲンタと何故か顔を赤くしているティアは頷き合った。
「何がだ? 何が、なるほどなんだよ?」
ルークが、疑問を口にした。
「森で、わたしたちが戦った魔物たちの事よ。様子がおかしいって話したでしょう?」
何故か顔の赤いティアが答えた。
ルークは、魔物だからといって無闇に人を襲う事はしないという話を、ティアから聞いた事を思い出すと、頷いた。
「魔物たちが苛立っていたのは、ライガたちに縄張りを盗られたからだったのね……」
「追い出そうにも、成獣のライガは、ドラゴンにも匹敵する『正真正銘の魔物』だ。山犬……狼たちでは話にもならぬだろうのぉ……」
コゲンタとティアは、それぞれ納得したというように、言った。
ルークには、その『ライガ』がどんな魔物なのかは分らなかったが、ドラゴンなら知っていた。
ドラゴンと言えば、最強の代名詞と言っても過言ではない。もちろんドラゴンにもピンからキリまでいるだろうが、英雄譚などでは最下級のドラゴンと言えども、魔物としてはかなり強い部類になっている。
そんな魔物が、群れを成しているというなら、確かに一大事の一言だろうとルークは思った。
「ライガの仔の生餌には、我らチーグルが丁度良いからのう……」
長老は、納得して頷いているのか、首を左右に振り否定しているのか、一眼では分らない複雑な仕草をした。
「なるほどのぅ。ソレを見逃してもらう代わりに食い物を……って話か? こちらにとってはハタ迷惑以外のなにものではないが……。ふぅむ……」
コゲンタは、ある程度チーグル達の事情を理解しつつも、エンゲーブの一員としての意見も忘れない。
腕を組み、難しい顔で首を捻った。
「本当に、すまなく思っている……」
長老は、静かに頭を下げた。
「何とかならないでしょうか……?」
イオンは、コゲンタやルーク、ティアの顔を見回した。
「ライガだったか? ソイツら住むトコ燃やされたんだろ? かなりオンビンに済ませてんじゃねぇ? だいたい弱いモンが強いモンに食われるのは普通だろ?」
ルークは、率直かつやや辛辣な意見を口にした。
「それは、そうかもしれません……。けれど……」
イオンが、苦しげに言った。
「むしろ、コイツらの『無いなら盗んで来よう』って発想の方がワケわかんねぇだろ?」
追い打ちを掛けるようなルークの言葉に、イオンは、チーグルを庇う言葉が見つからず、口籠った。
「確かに、浅慮だった……」
ルークの言葉に、ただうつむく長老。ルークはああは言ったものの、言い訳をされるよりもかなり居心地が悪いと感じた。
「『弱肉強食』……。確かに、それは一つの真理なのかもしれません。けれど、今の状態が本来の自然の形ではありません」
一方、ルークは「センリョ? ジャクニクキョウショク? こいつ等、ムズい言葉知ってんなぁ……」と胸中で呟きつつ、知恵を絞ろうと考える。
先ほどは、『ワケわかんねぇ』と言ったものの、今はチーグル達に同情したくなっていた。
ルークは、本来草食動物であるチーグルが狩りができるはずもなく、彼らにも「止むに止まれぬ事情」があったのだと思った。しかし、それはライガの方も同じだとも思っていた。
では、どうしたら良いのだろうか? 誰も一言も喋らない。重苦しい沈黙が続く。
「じゃあ、話し合いでもするか? ライガも、その輪っか持ってるかもよ? ハハハ」
沈黙に耐えかねたルークが、渾身(のつもり)の冗談を飛ばした。
「そうですね。ライガと交渉しましょう……」
イオンは、凛とした真っ直ぐな眼差しで頷き、ルークの意見に賛同した。
「は? なに言ってんのオマエ? ジョーダンだって。なにマジになってんだよ? ハハハ……」
ルークは、困ったように笑った。そんな彼にイオンは、
「いいえ、良い考えだと思います。ありがとう、ルーク。貴方がいてくれて良かった」
と、柔らかく微笑み頷いた。どうやら至って真面目で、なおかつ本気らしかった。
「長老、彼らと話がしたいと思います。どうか、ソーサラーリングをお貸し願えませんか?」
イオンは、長老に頭を下げた。なるほど、チーグルの言葉を訳せるのならば、ライガの言葉も訳せるのも道理だろう。
どうでも良いが、ルークはなんとなくソーサラーリング欲しくなった。とその時……
「ちょっとお待ちあれ、導師イオン。出来るかどうかはともかく、話し合いで解決するのはこれ以上ないくらい賛成だがの……。繁殖期のライガの巣に、ご自身も行かれるつもりではありますまいな?」
コゲンタは、イオンと長老の間に割って入った。怒ってはいないようだが、表情は硬く厳しく見える。
「行くおつもりなら考え直して頂きたい。先ほども言ったようにライガは、雷をも喰らうと言われる正真正銘の魔物。いくらなんでも、『そりゃない』って話でござる。あははは」
コゲンタは硬い表情のまま笑い、首を振った。
「ぼくは……、生まれてから今まで、モースや他の詠師の望む『導師』を演じてきました……! だから、今は、ぼくはぼくの意志で、ぼくにしかできない『導師』を演じたい……」
イオンは絞り出すように、想いを口にした。
そんなイオンに、胸を突かれたルークは、コゲンタに向かって口を開いた。
「おいコラ、おっさん! さっきと同じだよ。どうせ、コイツ止めても行っちまうぜ?」
「ルーク殿……」
「もちろん、オレも行くからな。止めたってムダだぜ。勝手にウロチョロされるより、見張ってられる方が多分ラクなんじゃね?」
コゲンタは、ルークの悪戯っぽい笑顔につられて苦笑したが……
「しかしなぁ……」
と唸るように言った。
「イシヤマさん……。わたしも全力で支援します。どうか、力を貸して頂けませんか?」
そこに、ティアが深々と頭を下げて懇願した。
「コゲンタ! どうか……!」
祈る様に両手を組むイオン。今にも、彼まで頭を下げかねない雰囲気だ。
「解った! 解り申した! 導師イオンにも来て頂こう……」
降参とばかりに、両掌を上げてコゲンタはイオンが同行する事を承諾した。
若者たちの根勝ちである。
「ヤッタな! イオン」
「ありがとうございます。ルーク」
「ああ、ありがたく思えよ! へへへ」
「まったく、しようのない……しようのない……」
苦笑と共にボヤくコゲンタを尻目に、ルークはイタズラを成功させた子供の様に、イオンに軽口をたたく。
「話は着いたようだのう。しかし、このリングはチーグルにとっては大切な宝。簡単には渡せん……」
ルーク達の話し合いが、一区切り着いたのを見計らい、長老はリングの貸し出しを断った。
「そんな……!」
イオンは、食い下がるように言った。
「渡せないが、儂がお前たちと共に行き、ライガの言葉を言葉を訳す。では駄目かのう?」
長老は、それを宥めるように代案を出した。
「長老。どうか是非とも……」
イオンは、顔を一瞬で破顔させた。
しかし、その時周囲のチーグル達が騒ぎ出した。チーグル達の声は、「ミュウミュウ……」と幾重にも重なり、かなりの騒音だ。
「皆、静まるのじゃ……! 案ずる事は何もない」
長老は、騒ぐチーグルたちを一喝して鎮めた。さほど大きな声ではなかったが、不思議な迫力があった。流石は長老だ。
「さぁ、行こう。ライガの巣に案内しよう」
長老は、力強く頷くと巣穴を出ようと歩き出した。
のだが……。
「ふう……。やれやれ……」
長老は、リングを杖代わりにしつつ、人の歩幅にして三、四歩ほどの所で大きくため息を突き、一休みする。
そして、再び力強く頷くとリングを突いて歩き出した。
「ふう……。やれやれ……」
今度は、三歩に満たない距離で立ち止まった。
「……ふざけてんのか? もしかして……」
「あ、あの……長老?」
困惑し、上手く言葉が出てこないルークとイオン。それほど、長老の動きは遅かった。
「あの……長老様。ご無理をなさらずに……」
ティアは気遣わしげに、長老に声を掛けるが……
「なん……の、これしき!」
長老は腰を伸ばし、再び歩き出した。
「おぉい! チーグル達よう! 長老殿の代わりに行くという者は、おらぬか?」
見かねたコゲンタがチーグル達に向き直り、言った。しかし、チーグル達は先ほどまでの騒ぎは何処へやら……、一転して静かになった。
「おぬしらなぁ……」
コゲンタは、チーグル達のある種の身勝手さに怒りを通り越し、呆れてしまった。
その時である。黙って動こうとしないチーグル達の中から、一匹の薄緑色のチーグルが飛び出して来た。
「ミミュウ! ミミュウ!」
「何を言う?! 『ミュウ』! お前では無理じゃ! お前はおとなしくここにおれ……!」
どうやら、この子チーグルは『ミュウ』と言うらしいが、長老の代わりに彼が同行すると言っているようだが、リングによって訳されない彼の言葉は、ルーク達には分らなかった。
「ちょいと失礼!」
「ミュッ!」
コゲンタは、ミュウをつまみ上げ長老の目の前、リングに触れられる位置に下ろした。
「悪い悪い。わしらにも分るように話せ。続けろ続けろ。あははは」
「ミュウ! 分りましたの!」
ミュウはリングに触れると話し出した。
「おじーちゃんは、コシがイタいんですの! やっと良くなったのに……。だからボクがかわりにライガさんのお家に行ってアヤマりますの! ライガさんのお家を燃やしちゃったのはボクですの!」
ミュウは、長老に縋り付くように決意を訴える。
「ミュウ、聞き分けるのじゃ。小さき者の失敗を償うのは、年寄りの役目じゃ。ライガの巣へは儂が行く……」
しかし、長老は決して首を縦には振らず、静かに諭すのだった。
ルークは、感動した。二匹の、身内を危険に晒したくないという気持ちはよく理解できる。
しかし、長老のペースに合わせて歩いていたら、ライガの許へ辿り着くのがいつになるのか分らない。はっきり言って付き合う気になれなかった。
「おい、チビスケ。お主、ライガの巣の場所が分るか? 分かるのなら、お主に任せたい」
コゲンタは膝を突き、最大限チーグル達の目線に合わせて、きっぱりと言った。
「御老人、悪く思われるなよ。ライガが相手だ。足下のおぼつかない者を気遣いながらは、流石にキツい」
コゲンタは、長老を諭すように言った。
「うぅむ……」
「なに、心配めさるな。ヤバくなったら、わしが身体を張ってチビスケを逃がす。約束いたそう」
「オレは、逃げねぇぞ! そんなダセぇコトするかっての!」
ルークが、吠えた。
「『万が一』って話だ、ルーク殿。あははは」
コゲンタは、そんなルークを笑顔で宥めたつつ、
「まっ、よろしくな。チビスケ」
と、ミュウに笑い掛けた。
「ミュウ! ミュウですの。ヨロシクですの!」
ルークは、こうして彼の運命を変える仲間に、また一人出会った。
ミュウの登場の回でした。
今回も地味な話でしたが、原作とはかなり変えてあります。
性格改変が拙作のキーワードなんですが(笑)、今回登場したチーグルの長老も大きく変えた一人です。
私は、原作の彼は他力本願な人というイメージを持ったので、私が理想的だと思える『長』として描いてみました。
如何だったでしょうか?