テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第16話 敵か味方か唸る豪腕

かれんぞ 子チーグルのミュウの協力を得る事にしたルーク一行は、巣穴を出ると、まずは自己紹介から始める事にした。

 

「ミュウですの! あらためてヨロシクですの!」

 

 ミュウは、大きな耳を揺らして、元気よくお辞儀をした。

 

 ルークは、そんなミュウを見て、何なのか分らないが、胸に「つかえ」を感じた。

 

「ではまず、ぼくから。ぼくはイオン。ダアトの導師イオンです。よろしく、ミュウ」

 

 イオンは柔らかく微笑み、言った。

 

「ミュ……? だーとさん? どーしさん? いおんさん?」

 

「イオンが名前ですよ。ふふふ」

 

 イオンは、小さな子供に語りかけるように優しげに言った。

 

「イオンさん。ヨロシクですの」

 

 ミュウも笑顔で、答えた。

 

「わしは、コゲンタって者だ。『さん』でも『くん』でも『呼び捨て』でも好きに呼べ。よろしくな、ミュウ」

 

 コゲンタは膝を突き、ミュウの頭を、ぽんと軽く叩き笑い掛けた。

 

「ミュウ! コゲンタさん、ヨロシクですの」

 

 ルークは、そんな微笑ましいやり取りを見ながら、怒りとも悲しみともつかない感情に囚われていた。そして、改めてミュウを睨み付けるように見つめる。

 そんなルークを置いて、自己紹介は進む。

 

「わたしはティア。訳あって、こちらのルークと旅をしているの。短い間になると思うけれど、頑張りましょうね。ミュウ」

 

 ティアは、コゲンタと同じように膝を突き、柔らかな微笑みをミュウに向けた。

 

「ヨロシクですの。ティアさん」

 

 ルークは、相変わらずよく分からない気分に囚われている。一言で言えば『違和感』だった。

 

 ミュウは幼い子供のようだが、十分、流暢に話をしているのだが、よく観察していると発している言葉と口の動きが、僅かに一致していなかった。

 ルークは、なんだか気味が悪くなった。彼は出来るだけ、喋っているミュウを見ないようにしようと決意した。

 

「ルーク……? どうしたの?」

 

 ティアは、一向に口を開かないルークに首を傾げ、声を掛けた。

 

「いや、べつに……」

 

 ルークは、気のない返事を返しただけだった。

 

「ミュウですの。ヨロシクですの! ルークさん」

 

 そんなルークの気持ちを分るわけもないミュウは、挨拶をした。

 

「ああ……」

 

 ルークは、これにも気のない返事をした。

 

「ルークさん、ミュウですの」

 

 ミュウは聞こえなかったのだと思い、もう一度ルークに頭を下げた。

 

「うっせっ! いっぺん言えば、ワカるっつーの!」

 

 ルークは、思わず声を荒げてしまった。

 

「ミュウゥゥ」

 

 ミュウは、竦み上がった。

 

「ルーク、一体どうしたの?」

 

 ティアは眉を顰めた。

 

 ルークはその質問には答えず、

 

「名前なんかよりライガだ。ライガ。早くした方がイイだろ? さっさと案内しろ、ブタザル!」

 

 ルークは、ライガがいるであろう森の奥を指差し、ミュウに道案内を促す。

 

「? ルーク、豚猿とは?」

 

 イオンは、ルークの言った聞き慣れない単語に首を傾げた。

 

「コイツの事だよ。ブタっぽいし、サルっぽいだろ? サルは、まだホンモノ見た事ねえけど……」

 

 一同は改めて、ブタザル、ミュウを注視した。言われてみれば確かに、チーグルはブタっぽいサル、サルっぽいブタに見えなくもない。

 

「ミミュ! ミュウはブタザル! ブタザルですの! なんだかツヨそうでカッコイイですの」

 

 ミュウは、飛び跳ねんばかりに喜んだ。

 

「確かに、雄々しさの中にも愛嬌が感じられる、不思議なあだ名ですね。ふふふ」

 

「まぁ、本人は気に入っておるようだし……。ではブタザル、頼むぞ」

 

 イオンとコゲンタは苦笑して、言った。

 

「ミュウ! ブタザルにおまかせですの!」

 

 ミュウは、はしゃぐように言った。

 

「チョーシの良い奴だな……。ウゼェ……」

 

 一方、ティアはある一つの境地に達していた。

 

 ティアは最初、ルークの付けた『ブタザル』というあだ名を「ひどい……」「かわいそう……」としか思えず、ルークに抗議したい気持ちにかられた。しかし、そのあだ名を付けられた事にはしゃぐミュウを目の当たりにして、その気持ちは氷解し、不思議な気持ちになっていた。

 

 一言で言えば、『落差』だろうか?

 

 『ブタザル』という厳めしい名前を愛くるしいチーグルが名乗る……。その『落差』にティアは魅せられていた。

 自分から呼び掛ける気にはなれないが、ミュウ自身がそのあだ名を名乗る事は、「あり」か「なし」かで言えば、「あり」だった。

 

「じゃあ、いきますの! ボクに付いてきてくださいですの!」

 

 ミュウは、ルーク達に元気よく声を掛けると、ソーサラ―リングを浮き輪のように抱えた。

 すると、不思議な事にミュウの身体が、ふわりと浮かび上がり空中を泳ぐように一行の前に躍り出た。

 

「ますますワケわかんねぇ生きモンだな……」

 

 ばた足と、耳の羽ばたき(耳ばたき?)で、目の前をふわふわと飛ぶミュウに、ルークはげんなりしながらも、彼に続く。

 

 ルーク達は根の橋を渡り、大樹を見上げた場所まで戻ってきた。

 

 そこには何故か、二匹の成獣……大人チーグルが、待ち受けていた。

 

「ミュゥ……」

 

「なんだアイツら? ウゼェのが三匹に……」

 

「ミュウの見送りでしょうか?」

 

 ルークとイオンは、顔を見合わせた。

 

「見送りという雰囲気ではないように見えますけど……」

 

 ティアが言った。確かに彼女の言う通り、大人チーグル達の態度は友好的なものではなかった。

 

 ルークには、ミュウが頭ごなしに罵られているように見えた。

 

「あぁ、もーウゼェ! ジャマだ! どきやがれ! 蹴っ飛ばすぞ!!」

 

 ルークはコゲンタの脇をすり抜け、ミュウを跨いで、大人チーグル達の前に躍り出ると足を振り上げ、威嚇した。

 

 大人チーグル達は、飛び上がるように逃げ、一目散に茂みに飛び込んだ。

 

「ミュウ、あのチーグル達は一体?」

 

 イオンが疑問を口にするが、当のミュウは視線を左右に彷徨わせて、何から話せば良いのか分らない様子だった。

 

「話しにくい事なら、無理に聴きはしません。許して下さい、ミュウ」

 

 イオンはそんなミュウを見兼ねて、質問を取り消すが……

 

「ミュ~……ボクが悪いんですの……。ボクがリングを勝手に持ち出して、ライガさんたちのおウチを燃やしちゃったから……。ミュウのせいでみんながヒドイ目にって……だから、オニーサン達は怒っていたんですの……」

 

 先ほどの二匹は、どうやら『お兄さん』……若者らしい。

 

 それはさておき、ミュウは本当にライガの森失火の張本人のようだ。

 

「ずっと気になっていたのだけれど……、ミュウはどうして一人でライガの森へ行ったの? 小さいあなたが、リング……武器にもなる道具まで持ち出すなんて、よほどの事よね?」

 

 ティアはミュウの目を見て、優しげに語り掛けた。

 

「わたし達は、まだ会って間もないし、お互いの事をよく知らないけれど……、わたしは、ミュウの『仲間』に……うん、『力』になりたいの」

 

 ティアは杖を傍らに置くと、小さなミュウを驚かさないように、ミュウの両頬を下から包むように優しく触れた。

 

「ボクは……」

 

 ミュウは躊躇いがちに、事の顛末を語り始めた。

 

 ミュウの話はこうだ。ある日、ミュウの祖父である長老チーグルは長年の持病であった腰痛が悪化し、歩く事もままならない状態に陥っていた。

 他のチーグル達は、長老の病状を心配はするものの、次の族長を選ぶ事を優先させた。冷たいようだが、チーグルも厳しい野生に生きる獣である、一族を率いる『拠り所』は当然必要だ。しかし、ミュウ達、子供チーグルには、苦しむ長老を放っておく事などできはしなかった。

 そこで、ミュウ達はライガの住む北の森にあると言われる不思議な石『懐炉石』を採りに行く事にした。

 

 『懐炉石』とは、第五の音素……炎の音素の結晶の一つの形であり、その石自体が発熱している訳ではないのだが、懐に入れておけば不思議と身体が暖まり凍える事がない。

 

 懐炉石を布団大に敷き詰め、そこへ寝る事によって身体を温め、癒すという民間療法も存在する。長老の腰も、それで癒そうというわけである。

 

 かくして、森へはミュウが代表して行く事になり、子チーグル達は大人達の目を盗み、ソーサラ―リングを持ち出した。

 

 リングで音素を操る力を増強させたミュウは、首尾よく石を拾う事に成功した。しかし、場所が場所である。いつライガと遭遇するか分らない状況で、ミュウの緊張も限界に近かったのだろう。

 草叢から飛び立つ野鳥の羽音に、驚いたミュウは思わず炎を吹き、辺りの草叢が燃やしてしまった。恐怖に駆られたミュウは、すぐにチーグルの森に逃げ帰った。

 

 そして、ミュウが石を持ち帰った数日後、石のおかげか長老の腰も快方に向かい始めた頃、ライガ達がチーグルの森へ侵入してきた。

 ミュウが去った後、炎はゆっくりと森を焼き、ライガ達の巣までも住めない状態にしてしまったのだ。

 ライガの、その他の魔物をはるかに凌駕する鋭敏な感覚は、焼けた森に僅かに残されたミュウの匂いと音素の痕跡を見逃さなかった。

 そして、ライガ達はチーグル達に命と引き換えに大量の食料を要求してきた。

 ウルフや他の魔物の血に塗れたライガの群れを見たチーグル達は、『この世の終わり』を感じ、冷静な判断力を失った。

 

 生き物は不安に駆られた時、攻撃的になるものだ。そして、人間(この場合チーグルも含むので、知的生命体)は反撃を受けないように、立場と力の弱い者を、なおかつ優しく真面目な者を選び、否定する。

 

 そうする事で精神的安定を得ようとする。要するに『悪い事は全て他人のせいにしよう』という心理が働くのだ。

 

 そして、大人チーグル達の場合はミュウを選んだ。騒ぎを引き起こした張本人の上、ミュウは『優しく真面目』で実に都合の良い人材だった。

 事実、ミュウは今回の件の責任は、全て自分にあると思っているのは、話を聞けば明らかだった。

 

 確かに、ミュウは反省しなければならない事をした。しかし、「全ての責任があるか……?」と言えば『断じて否』である。

 

 ティアやコゲンタから言わせれば、子供(しかも親族)の耳に入る状況で、長老を半ば見捨てる話をした事と、子供でも使えて、使い方によっては武器にもなる危険な道具であるソーサラ―リングを、子供の手の届く場所に置いておいたという重大な二つの過失を犯した彼ら、大人チーグルにも十分な責任がある事だった。

 

「ありがとう、ミュウ。わたし達を信じてくれて……。精一杯力になるわ……必ず」

 

 ティアは、そっとミュウを抱き寄せ、微笑み掛けた。

 

「ミュ……ウゥ……。ティアさん、ありがとうですの」

 

 ミュウは、ティアはの胸に顔を沈め、嗚咽を漏らす。

 

 コゲンタは、二人の親子のような微笑ましい姿を視界にとらえつつ、「それにしても……」と考えていた。

 

 『聖獣チーグル』などと勿体つけられている上に、能天気な姿に似合わず、なかなかどうして、生臭い……連中だと思った。人間とたいして変わらない。

 

 良い奴もいれば、悪い奴もいる。良い事をしながら、悪い事もする。

 知恵を持つという事は、実に不可思議だ。不可思議ゆえに世の中は様々な喜劇や悲劇に溢れるのがが……。

 

「おいコラ! いつまで泣いてんだ、ブタザル! シャキッとしろ! さっさとカタつけて、さっきの奴らを見返すぞ!!」

 

 ルークは、ミュウの首ねっこを捕まえて、ティアから引きはがし、発破をかけた。

 

「ミュウゥ……ルークさんも……ありがとうですのぉ~」

 

 ルークの、やや乱雑な手付きと物言いなど、物ともせずにミュウは彼の『優しい(?)』言葉に感激する。

 

「はぁ?! カンチガイすんな! オマエの礼なんているかよ! うっとーしい!!」

 

 ルークは、縋り付いてくるミュウを乱暴に振り払い怒鳴るが……

 

「でもでも……。やっぱり! ありがとうございます……ですのぉおぉぉ~……!!」

 

 やはり、ミュウには、ルークの『つんけん』は通用しないらしかった。

 

「ふふふ……ミュウ。疲れたら、わたしの肩か服につかまってね? 飛び続けるのは大変でしょう?」

 

「ぼくに、つかまってくれても構いませんよ? ミュウ」

 

 ルークとミュウの心温まる(?)やり取りを、優しく見守っていたティアとイオンは、ミュウに微笑みかける。

 

「おい、ブタザル! そん時は、オレが運んでやる! コラ、イオン! オマエ、タダでさえ遅いくせに……。オレは、キタえてっからな! ティアも、こんなモンにマトワリつかれてたら、トッサの時ヤバイだだろう?! オレがイチバン速ぇしな!」

 

 ルークの本音と建前。

 

 ティアとミュウが、自分がいない所で二人で楽しそうにしているのが、何故か気に入らないのが本音。

 

 そして、何故か、なんとなくイオンが心配なのも本音。

 

 なんとも複雑な表情と感情で、ルークはまくし立てる。

 

「ルークさんは、やっぱり! やっぱり! やさしいヒト……ですのぉおぉぉ~……!!」

 

 再びの感激にミュウは、むせび泣きルークに縋り付いた。

 

「だから……チッゲぇっつうの!!」

 

 ルークは、ミュウの大きな左右の耳を、苛立ちに任せて鷲掴みにすると思い切り左右に引っ張った。

 

「ミュウゥウゥゥ~!」

 

 思いの他、良く伸びる面白い感触で、繰り返せば腕の鍛錬になるかもしれないと、ルークは思った。

 

 

 コゲンタは、何はともあれこの少年少女たちとっては、自分だけでも「良い事をする、良い奴であり続けよう……」と、心に誓った。

 

「この方角で合っているのだな? ブタザル」

 

「はいですの!」

 

 一行は、コゲンタを先頭にミュウの案内の下、森を進んでいた。

 

 その時、コゲンタの足が止まった。後続のルーク達に『止まれ』の合図を手で送り、いつでも抜刀できるようにワキザシの鯉口を切り、構えた。

 

「なんだ!? どうした? 魔物か!?」

 

 戸惑いながらも、ルークも抜剣し、すぐさま身構えた。

 

「なにか、来る……!」

 

 ティアの足下に、一瞬の内に複雑な譜陣が描かれる。一言『発動』を命じれば、防御譜術が展開できるようにである。

 

 沈黙……。

 

 その時間が異様に長く感じる。ルークは入りすぎる力を抜くために細く長く息を吐く。

 

 その時、ルークにも聞こえた、巨大な何かが疾走する轟音が。

 

「左からです……!」

 

 ティアが叫んだ瞬間、無数の枝と木の葉吹き飛ばし、巨大な影が一行の目の前に飛び込んで来た。

 

 一言で言い表せば、それは不細工だが巨大で不気味なデク人形だった。人の胴体ほどもある文字通りの丸太の腕、頭にあたる部分の暗い洞に浮かぶ二つの光の眼。

 

「ウドゴレム……!」

 

 魔物の正体を認めた瞬間、ティアは音素の障壁で仲間たちを包み込む。

 

 『ウドゴレム』。この魔物は、悪霊や低級妖魔の類が朽ち木に憑りつき、生者を襲い、生気を貪る。ライガとは別の意味で、正真正銘の魔物だった。

 ウドゴレムは、元が木であるから、当然痛覚がない。つまり、攻撃の要が『剣士』のみである今の一行にとっては『鬼門』だった。

 

 決定打になるとすれば、譜術、譜歌だけである。ティアの譜術では威力に欠ける、譜歌では詠唱に時間がかかり過ぎる。

 

 ティアは一瞬、コゲンタとルークを『盾』にすれば、何とかなる……と考えた。あり得ない!音律士として、進んでしてはならない事だった。

 

「うん……? なんかヘンじゃねぇか……?」

 

 ルークが何かに気が付き、油断無く剣を構えながらも呟く。

 

 見れば、ウドゴレムの左腕が肩口から、ごっそりと抉り取られ、そこから血液のように黒いモヤが漏れ出していた。

 

 そして突如、巨大な黄土色の砲弾が飛来し、ウドゴレムの頭部を打ち砕いた。

 地響きとともに砲弾が地面に転がる。いや、それは砲弾ではなかった。太い獣の腕、正確には獣の腕を模した物。つまり、巨大なぬいぐるみの腕だった。

 頭部を無くしたウドゴレムは、よろめき片膝を突いた。そして、その瞬間である。先ほどの腕の倍以上の大きさの黄土色の影によって、ウドゴレムは踏み潰された。

 

 ウドゴレムは、大小さまざまな木屑に成り果て散らばった。

 

 ソレは、ウドゴレムだった物の中心に虚ろに立っていた。転がっていた腕が、糸によって手繰り寄せられ、蛇のように糸が動き、胴体の左側に再び縫い付けられた。左腕だったらしい。

 

 ソレは、熊だろうか? あるいは猫に見えなくもない。身体中を荒縄のような糸で縫い止められている。縫い目は、いずれも乱雑で痛々しい。

 

 ソレは、ボタンを縫い付けただけの虚ろな眼で、ぎょろりとイオンを見た。

 

『……ION……!!』

 

 ルークは、確かにそれが笑ったように見えた。

 「イオンが狙いか!?」とルークは構え直し、それを睨み付けた。

 

「アニス……! どうしてここに……?!」

 

 イオンが驚愕の声を上げた。

 

 しかし、アニスと言えば、イオンと共にいた導師守護役の少女の事だ。あの少女と目の前の怪物とでは全く繋がらない。どう言う事なのだろうか?

 

 ソレは、太い指を器用に使って、自身の口を縫い合わせた糸を引き抜いたかと思うと、人一人丸呑みにできそうな大口を開けた。

 

 ルークは、「攻撃か!?」と抜きかけた緊張感を戻し、剣を構え直した。しかし、またしても驚愕で力が抜けた。そして、今度はすっ転びそうになった。

 

「や、と……見…けたぁ! イオンしゃまぁ……ヒロイ……れすぅ~」

 

 ソレの大口から焦げ茶色の髪を二つに結った可愛らしい少女、アニスが顔を出したのだから、驚くのも無理もない。

 ソレは太い二本の腕で、口からアニスを引きずり出した。

 

 ティアは勿論、さすがのコゲンタもぽかんと口を開け、その光景を見ていた。

 

「イ、イオンしゃま……」

 

 地面に降り立ったアニスは、くたりとその場で膝を折り、へたり込んでしまった。そして、何故か呂律が回っていない。彼女に何があったというのだろうか?

 

「アニス! なんという無茶を……! ダアト式譜術のマヒ状態で動き回るなんて!神経系にどんな負荷がかかるか!!」

 

 イオンはアニスに駆け寄り、優しく抱き起す。というか、イオンの仕業らしい。

 

 余談だが、この時ルークは、絶対にイオンを怒らせないようにしようと心に誓った。

 

「助かりました、音律士さん。すっかりスッキリ、痺れが取れちゃいました。ワタシは導師守護役アニス・タトリン謡長であります。このご恩は一生忘れません!」

 

 ティアの治癒術によってマヒから回復したアニスは、小さくなったソレ(トクナガという名前らしい)を背中に背負い、ビシリと敬礼をし、ティアに礼を言った。

 

「いいえ、当然の事をしたまでです。御気になさらず……」

 

 ティアは、それに控えめな敬礼で答えた。

 

「みなさんも本当にありがとうございましたぁ。さぁイオン様、タルタロスに戻りましょう。イオン様がいなくなって、上に下への大騒ぎででしたけどぉ……今なら大佐も笑って水に流してくれますよぅ……たぶん……アハハ。ワタシも、マヒらせやがりました事も流しちゃいますよぉ。ザバザバ~って! ね。だから戻りましょう!」

 

 アニスは、まくし立てるように、イオンに帰る事を促す。懇願と言っても良いかもしれない。表情こそ笑顔のものの「これ以上ややこしくしたくない……」という心がありありと読み取れる。

 

「それは出来ません……」

 

 その懇願は、他ならぬ主、イオンに一撃粉砕された。

 

「なんでですかぁ?!」

 

「それは、ぼく達がライガに会いに行かなくてはならないからです」

 

 アニスは、イオンの言葉に驚き、

 

「ライガ?! この森、ライガがいるんですか!? ライガ退治なんて、最低中隊規模の人数で何ヶ月も前から準備してやる事ですよぅ! 柵を立てたり、お堀を掘ったり、すごい数の猟犬を対ライガ用に訓練したりの一大事業じゃないですかぁ! こんな人数でやるなんて……ムリです!ムチャクチャですよぉ~!!」

 

 と、身振り手振りをふんだんに交えながら、イオンに異を唱えた。

 

「大丈夫です、アニス。行くのは退治するためではなく、交渉するためですから。安心して下さい。」

 

 イオンは、アニスを宥めるために穏やかに言った。だが、それは彼女にとっては意味不明の事だった。

 

「どっちにしろムチャクチャだぁ!!」

 

 アニスは、盛大に頭を抱えた。

 

「落ち着いて下さい、タトリン謡長。イオン様には何か良いお考えが……交渉材料がお有りなんです。結論は、それを聞いてからでも……」

 

 ティアは努めて冷静に、アニスを落ち着かせようと、言った。

 

「そうだお考えだ! ライガと話せ! なおかつ納得させる方法とはなんだぁ!? お聞かせくださ~い!!」

 アニスは、混乱しているのか、奇妙な調子でまくし立てた。しかし、よく喋る少女だ。

 

「わしも、そいつには興味がありますな。恐れながら、導師のお考えを伺いたい。」

 

 コゲンタも、アニスに便乗するようにイオンに頭を下げた。

 

 ルークも、それには大いに気になっていた。ルークの冗談(?)に真っ先に反応したのは、イオンである。一体、どんな奇策が飛び出すのか、楽しみだった。

 

「それはもちろん、『どこか別の場所に移って下さい。』と交渉します」

 

 しばしの間、沈黙がその場を支配した。

 

「……え? ……あの、イオン様? それ……だけ? ですか?」

 

 アニスは、肩透かしを食らったように呆然とし、尋ねた。

 

「はい、誠心誠意、交渉します」

 

 イオンは、穏やかだがどこまでも真っ直ぐな眼差しで頷いた。

 

 しかし、イオンは間違っている。彼の言った事は、相手側に十分な利益がある代案を提示する『交渉』ではなく、相手の善意に全てを賭ける『説得』である。

 

「やっぱ、ダメだぁ!! ムチャクチャだぁ~!!」

 

 アニスは、またしても盛大に頭を抱えた。

 

 ティアとコゲンタもまた、一緒に頭を抱えたい気分に陥った。

 

 一方、ルークとミュウは、アニスが何故頭を抱えたのか、ティアとコゲンタが何故固まったのか分らなかったが、イオンの考えは、「虫が良すぎる」という事は分ったのだが……

 

「アニス! いっ、一体!? 頭が痛むんですか?」

 

 イオン自身は全く分かっていないようだ。

 

「そっから説明しなきゃ駄目ですかぁ~!!」

 

 森にアニスの悲鳴がこだまする。

 

 果たして、ルーク達はライガ達から『譲歩』を引き出せるのか?

 そして、アニスはイオンに『頭を抱える理由』を理解してもらう事ができるのか?

 

 それぞれの思いと様々な問題が絡み合い、一行の行く先には暗雲が立ち込めていた。




 いやぁ、謎のクリーチャーの正体は、アニス、(トクナガ)だったんですねぇ。驚きましたねぇ。バレバレでしたか?(笑)

 冗談はともかく、今回も地味な話でしたが、この物語を進める上で重要な話が出てきました。内容が重かったので不快に思われたら、すみません。

 あと、拙作のアニスは少し仕事熱心です。

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