テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第2話 初めての空 初めての海 初めての大地 そして初めての世界

 

『……ルー……ま……ク……ま……』

 

 頭痛は治まったが、まだ声が聞こえる。

しかし、いつもの声とは感じ違う事に、いまだハッキリとしない思考でルークは胸中で首を捻るが……

 

(なんか……イヤじゃないや……)

 

 初めてなはずなのに、何故か懐かしい不思議な安心感を感じ、ルークは瞼がさらに重くなるのを感じた。

 

 嗅いだ事のない香りの風。さらさら……とそよぐ少し硬いが心地いい不思議なベット。

何もかもに安心感を覚える。

 

 そして、何よりも、枕が良い。適度な柔らかさ、優しい温もり、いつも使っているシルクの羽毛枕など話にならない。

 

『……ルーク様……』

 

 ルークは、その声が今日出逢ったばかりの少女……メシュティアリカ・グランツの物だという事に、ようやく気が付いた。

 未だに重い瞼をうっすらと開けた。

 

「ルーク様……気が付かれたんですね。……良かった。どこか痛む所や違和感を感じる所はありませんか?」

 

 仄かな明りに照らされた、少女の柔らかな微笑みが目の前にあった。

 

 そこでルークはようやく自分が、とある姿勢をしている事に気が付いた。

 

 読書……屋敷から出る事の出来ない退屈な毎日において、剣術の修行には遠く及ばないが、ルークの毎日の退屈しのぎだった。

 小難しい物は全く読まかったが、いわゆる英雄譚や冒険活劇をルークは好んで読んだ。

時には、親友のガイや従姉のナタリアでさえ二の足を踏むような、ページ数、巻数の物語を読破した事さえあった。

 そんな物語の主人公たちが、傷付き倒れた時、あるいは闘いに勝利し休息をとる際に登場し、魅力的なヒロインと共にとる姿勢。なんだか解らないがルークも憧れを抱いた、そんな姿勢。

 

『膝枕(ひざまくら)』

 

 を、今、ルークはメシュティアリカにして貰っていた。そう、して貰っていたのだった。

ルークの意識が急激に覚醒する。

 

ルークは横滑りする形でメシュティアリカと距離をとり、一瞬にして立ち上がり体勢を整えた。

 

「……ル、ルーク様……!?」

 

 あまりの見事なルークの体捌きに、目を白黒させつつメシュティアリカは、ルークに気遣わしげな眼差しで見上げる。

 

(しまった……!!)

 

 ルークは胸中で盛大に頭を抱えたが、努めて冷静な口調で謝ることにした。

 

「あ……いや、その、ワリィ。ちょっと、ビックリしちまって」

 

「あ……いえ、申し訳あり……」

 

「だから、謝んなって! ところで、ここドコなんだ? 屋敷ん中……じゃ絶対にないよな?」

 

 と、ルークは周囲を見渡した。

 そこは、見た事もない、一種幻想的な光景だった。仄かな光を灯した不思議な花が一面に咲き誇り、満月と共にルーク達を優しく照らしている。

 星空との境目が曖昧で、まるで以前読んだ童話のように星の海に迷い込んでしまったのでは……と、ルークは錯覚してしまった。

 

 しばしの沈黙の後、メシュティアリカは沈痛な面持ちで口を開いた。

 

「はい、すごい勢いで飛ばされてしまったので……バチカルからかなり離れていると思います」

 

「は? 飛されたって……どうしてそんな事に?」

 

 ルークは傾げていた首をさらに傾げた。訳が分からなかった。

 

「ルーク様とわたしの間で、おそらく『超振動』が起きたんです。あ、超振動というのは、同位体……同じ音素振動数を持つ物が、稀に起こす現象の事です。ルーク様もわたしも、第七音素術士だったので、この場合は『疑似超振動』と言うのですけど……。あの時、ルーク様が頭痛で苦しまれている時、第七音素の大きな鳴動を感じました。……抑えようとしたのですが制御しきれずに……」

 

 説明を進めるうちに、メシュティアリカは俯き、口調が弱くなっていった。

 ルークには、第七音素とか超振動とか難しい事は分らなかったが、彼女が自分を責めているという事は分った。

 

「おっ、おいおい、アレだろ?! 『マレに起こる』んだろ? チョーシンドーだっけか? 事故みたいなモンだ。事故! オレの頭痛が原因なら、オマエは巻き込まれただけだろ? オマエは悪くねぇよ! あと、ウゼェから謝んなよ」

 

 一息にまくし立て他人の言い訳をするルークと、そんなルークにやや呆気にとられるメシュティアリカ。

 

「え、ええと……ありがとうございます?」

 

「ん……」

 

 照れくさくなって、そっぽを向いてしまうルーク。

 

 ふと、そんなルークの耳に聞いた事のない不思議な響きが届いた。

不規則な……、けれども何処かリズムを刻む様な規則的な響きだ。

丘の向こうから絶え間なく響いてくる。

 

「なんだ……なんの音だ? ザバザバいってるぞ?」

 

「これは“潮騒”です。海の波が陸に寄せては返して鳴らす音ですね。ここからは海が見えますから」

 

 メシュティアリカは、やはり丘の向こう側を指差して微笑む。

ルークははやる気持ちを抑えて、光る花を踏まないよう気を付けてつつ足早にメシュティアリカが指差した方向を目指す。

 

 

 

 それは……ルークの持ち得る知識をもって一言で表すなら、「ものすごく大きくて、うねって動く水たまり……」だった。

しかし、ルークの想像と実際の海は様子が違った。

 

 『海』というもの自体は、いかに軟禁生活を強いられる世間知らずのルークといえども知っていた。

世界中で親しまれていて(らしい……)、ルークも夢中で読みふけった『義賊アイフリード物語』などの冒険譚で、主人公達の冒険の裾野を広げる為の通過点。それが、ルークの『海』に対する認識の、ほとんど全てだった。

 ただ大きいだけで、屋敷の池と大差ないとルークは思っていた。

それがどうだろう、全く違う。圧倒的に違う。

 

 月明かりと星明りが、海面にもう一つの星空を作り出している。まるで、波に合わせて瞬き空の星空と美しさを静かに競っている様だった。

 

 ルークは、「夜は暗くてツマらない……」と思っていた。しかし、それは勘違いだったらしい。

『外の夜』は暗いだけでは無く、こんなにも光に溢れている。

 

「これが……海……か。初めて……見た……」

 

「こんな風に……夜の海を見るのは、わたしも初めてです。素敵ですね……」

 

 

 ルークとメシュティアリカは、しばらく何も言葉を発さず、並んで夜の海を眺め続けた。

 

 

 

「……ところで、これからどうすんだ?」

 

 ルークが、海からメシュティアリカへ視線を移し、尋ねた。

 

「そうですね……。まずはここで朝になるのを待って、それから山を下りましょう。月明かりで明るいと言っても、今からの下山は危険ですし、何より夜に活発化する魔物も多いので……」

 

「ま! 魔物……! この辺にいるのか?」

 

 ルークは、共に屋敷から飛ばされてきただろう、足下に転がっていた訓練用の木剣を拾い上げ、身構えた。

 

 『魔物』、それはオールドラントにおいて、人間の天敵とも言える存在である。しかし、魔物と言っても、神話や伝承に登場するような悪魔や妖の類だけでなく、人間に害をなす動物や植物の総称でもある。

 屋敷から出る事のできないルークでも、魔物の恐ろしさは知っていた。

 

「あ、ご心配には及びません。魔物を寄せ付けない譜術(ふじゅつ)を使って結界を張ってあります。よほど音素の扱いに長けた魔物でない限り大丈夫です。それに、そういった魔物は、こういう環境にはまずいません」

 

 メシュティアリカは、身構えるルークを安心させようと柔らかな口調で説明した。

 

「そ、そうか……」

 

 ルークは明らかにホッとした表情になり、木剣を腰の鞘に戻した。

 そして、改めて周りを見ると月明かりや花の光とは違う淡い光が、自分たちをグルリと囲っている事に気が付いた。

 

「これが譜術か……。初めて見た。メシュティアリカは譜術士だったのか?」

 

「はい……正確には譜歌を使って、仲間の傷を癒したり戦い易いようにする『音律士』と言うんですが……」

 

「ふか? 譜術とは違う物なのか?」

 

 『音素』、惑星誕生時からある物で、オールドラントに存在するすべての物の源である。音素は、第一音素の闇、第二音素の土、第三音素の風、第四音素の水、第五音素の火、第六音素の光、そしてどれにも属さない第七音素の七つに大別される。

 それらの音素に干渉し、魔術的奇跡を起こす技術、それが譜術であり、譜術を操る技術者を『譜術士』と呼ぶ。

そして、譜術を用いる詠唱に旋律をつけ、歌う事で発動させる術を『譜歌』と呼び、その歌い手を『音律士』と呼ぶ。歌詞やメロディによって、敵を攻撃する物から、傷を癒す物まで様々な譜歌がある。

 しかし、その効力は譜術には及ばず、実戦よりも宗教儀式を担う役割の方が強い。

 

 

「へぇ、譜術にも色々あんのか……。あ! なぁ、オレも第七音素使えるんだよな? えーと、確かケガとかナオせるんだっけ?」

 

「はい、その素養を持っていて、訓練さえ積めば、必ず使える様になれます」

 

 ルークは、新しい遊びを発見した子供の様なキラキラした目で、メシュティアリカに質問する。

そして、メシュティアリカは、そんなルークに柔らかな微笑みで質問に答えた。

 その時、ルークは何か重要な事柄に気が付いたような顔で、身を乗り出して質問をさらに続ける。

 

「あ、そーだ! やっぱ、ヴァン師匠もスゲかったりすんのか?!」

 

「そうですね……兄は譜術士としても、音律士としても優秀だと思います。本人は『器用貧乏なだけ』と否定しますけれど」

 

「ハハ、やっぱ師匠はなんでも知ってて、なんでもデキるスゴい師匠なんだ……!」

 

 ルークは、心から尊敬する師の知らなかった新たな一面を知り、嬉しそうに……本当に嬉しそうに頷いている。

 そんな彼に、メシュティアリカは柔らかく目を細める。

 

「もし、よろしければ……ですが。譜術や譜歌、音素の扱い方を御教えしましょうか? もしかしたら、あの頭痛も和らげる事が出来るかもしれません」

 

「えっマジで?! あっ……いや、やっぱイイや……。教わるならヴァン師匠がイイ。オレの師匠はヴァン師匠だけなんだ……」

 

「そうですか……。わかりました」

 

 メシュティアリカの提案に、遊びに誘われた子供の様な笑顔をしたルークだったが、すぐにその笑顔を消して申し訳無さそうに首を横に振る。

 一方のメシュティアリカは、厚意を突き返された形にも関わらず、どこか嬉しそうに頷くだけだった。

 

「あー、いやー、ええと、その……べ、ベツにオマエのコトが、キライとかイヤとかだってワケじゃないからな?! カンチガイすんなよ?!」

 

 ルークは、何故自分が焦っているのか胸中で首を捻るつつ言い訳(?)する。

 

「いいえ、出過ぎたことを言いました。お許しください……」

 

「な!? あ、謝んなって!! それより、ほら! 朝まで待つんだろ? 譜術のコトとかいろいろ教えてくれよ!」

 

 ルークは、その場に腰を下ろして胡座をかくと、屈託の無い顔でメシュティアリカの法衣の袖を引っ張る。

そんなルークに、メシュティアリカは微苦笑を浮かべながらも彼に続いて、その場に腰を下ろした。

 

 

 『譜業』それは、音素を用いた科学技術の総称で、その代表的な物が『音機関』と呼ばれる機械群である。

ルークも屋敷にいる時、音機関好きのガイから、音楽の聴ける箱や芝刈り機などを見せてもらった事があった。

 しかし、メシュティアリカによれば、音機関はそうした小さな機械だけではないらしい。

 馬のいらない馬車、大きな客船、戦艦。そして、なんと空飛ぶ船を、ルークの家であるファブレ家が主体となって作ろうとしているらしいのだ。

 ルークには、想像すらできない話だった。

 

『精霊』『晶霊』『音素集合体』と呼ばれるものは、おとぎ話だけの存在ではないらしい。

 闇のシャドウ、土のノーム、風のシルフ、水のウンディーネ、火のイフリート、光のレム、そして第七音素のローレライ。メシュティアリカが言うには、それらの存在はどこにでもいるし、どこにもいない、ひどく曖昧で目には見えない。しかし、譜術や譜歌を使う時、確かに何かの『気配』を感じるらしいのだ。

 

 やはり、外の世界は屋敷の中とは違う。『面白そうな物』が溢れている。もしかしたら、この旅で、それら『面白そうな物』に乗る事も、出会う事もできるかもしれない。

 たしかに不安も恐怖も有る。しかし、今は好奇心の方が大きい。

ルークは、まだ見ぬ広大な世界へと想像の翼を広げ瞳を閉じた。

 

 

 

 メシュティアリカは『精霊』の伝承、逸話に話題を移そうとした。しかし、ふとルークを見ると彼は、うつらうつら……と舟を漕いでいる事に気が付いた。

 

「……ルーク様?」

 

「う、うぅん……」

 

 なんとか返事らしき物を返すルーク。

メシュティアリカは、そんな彼に苦笑しつつ法衣の上着部分を肩から外し脱ぐと、それをたたんで即席の枕を作る。

 そして、手慣れた動きで即席枕を使って優しくルークを横たえる。治癒術士でもある彼女は、こうした事に慣れていた。

 しばらくして、ルークの静かな寝息が聞こえてきた。

海が近い所為か、真夜中だからなのか、風が冷たくなってきた。メシュティアリカは音叉の杖を掲げて静かに聖句を呟く。

 

「……火炎の子らよ……『アピアース・フレイム』」

 

 メシュティアリカの足下から簡素な円形の譜陣が地面に描かれ、彼女とルークを中心に第五音素……火の力が集まる。暖かい空気が二人を包んだ。

 

 これで風邪を引く心配はない。

メシュティアリカは、敵を倒すような譜術よりも、こういう譜術の使い方の方が得意だった。

 

(あの方のおかげだろう……)

 

とメシュティアリカは思った。

 それは、神託の盾騎士団第六師団、通称《鋼のカンタビレ隊》、師団長カンタビレ謡士の事だった。彼女は、女性とは思えないほど、威風堂々とした武者ぶりの《鋼》二つ名に相応しい騎士だった。

 

 しかし、私生活では、かなり……いや、少しズボラな人だった。

 

『なんか寒い、ティア部屋あっためろ』

 

『あちぃ……ティア涼しくしろ』

 

『空気を入れ換えたい。でも寒いから、窓は開けたくない。ティアなんとかしろ』

 

……という感じで、何故か入団早々、師団長の側付きになってしまったメシュティアリカは、何かと、こき……いや、重宝され譜術の繊細な操作を自然と身に付ける事ができた。しかし、純粋な戦闘技術はさほど上達しなかった。

 カンタビレ謡士曰く

 

『才能が無いワケじゃないが、性格的に明らかに向いていないね』

 

との事だった。確かに、実戦訓練での勝ち星は、ほとんどなかった。

 そんな『弱い』自分が、ルークを、こんな何処だか分らない場所から首都バチカルまで、無事に送り届ける事ができるのだろうか?いや、できる、できないの問題ではない。そう……

 

「やらなければならない。そうする以外にない……」

 

と思い直したメシュティアリカは、神託の盾騎士団の一員として是が非でもルークを護りぬく事を、改めて心に誓い彼女自身も休息を取るため、ルークの側に腰を下ろした。

 

 そして、静かに瑠璃色のの瞳を閉じ……

 

「どうか、ルーク様に、ローレライの御加護を……」

 

 歌う様に、囁く様に、普段は崇めながらも頼ろうとは思わない『神』に、ルークの為に祈りを捧げた。




 
 前半は詩的な表現を頑張ってみましたが、描いていて恥ずかしかったです。いかがでしたか?

 後半はやたらに固有名詞、造語が飛び交う説明文の羅列でした。解かりづらかったら申し訳ありません。


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