テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第21話 陸上戦艦 タルタロス

 マルクト軍のバギーが一台、ゆっくりとルーク達に近づいて来る。

 

 見れば、運転席のマルクト兵は兜の面頬で誰だか分らなかったが、助手席にいるのは、ジェイド・カーティスだった。乗降用の扉の縁に肘を掛けながら、カッコ良さげに乗っている。

 美しく風に揺らめく彼の長髪が、なかなか気持ち悪かった。

 

 そして、バギーはルーク達の手前でゆっくりと停車した。

 

 停車した瞬間。ジェイドは、強化ガラスの風防の上枠に手をかけると、その恵まれた長身を最大限に活かし、お手本のような華麗な倒立を魅せる。

 そして、そのまま身体を前に倒して、前転運動の要領でバギーのボンネットの上に、軽やかに膝を立てて座り込んだ。

 

「ハーイ♪ 皆の衆。乗ってかな~い?」

 

 倒立によって乱れた髪をキザっぽく掻き上げたジェイドは、親指で後部座席を指し、胡散臭いほど爽やかな微笑を浮かべ言う。

 

 当然、呆気に取られるルーク達。

 

「彼氏♪ 彼女♪ 乗ってかない? と若大将☆ジェイドが誘っていますよ~」

 

 若大将☆は、無反応にもめげず、というか一向に気にせず、ルークとティアの顔を見ながら言った。

 

「ご一緒に、ティ~タイム♪ と洒落込みませんか?」

 

 ジェイドは、ビッ! と親指を立てると、ボンネットから滑りようにルーク達の目の前に降り立つ。

 

「……ちょ、ちょうど良かったぜ! 今からオマエらのリクカンに行こうって話してたんだ。バギーにもまた乗りたかったしな!」

 

 ルークは、気を取り直すように言った。

 

「おや、それは大歓迎ですねぇ。皆さんまとめて来ちゃいなヨ♪ 乗っちゃいなヨ♪ カモン! イエイ♪ な~んちゃってぇ」

 

 ジェイドは、ルークの言葉に気を良くしたのか、奇妙なリズムを付けて、手招きをしてくる。

 

 しかし、コゲンタだけは、その場に立ったまま苦笑すると名残惜しむように口を開いた。

 

「それじゃあ、わしはここまでだの。ルーク殿にティア殿、そして導師イオン、アニス殿、貴殿たちのような若者と旅ができた事……一生の誇りといたそう。」

 

 コゲンタは、神妙な面持ちで、頭を下げ、その場から去ろうとするのだが……

 

「油……もとい、水くさいですよ! コゲンタさん♪ ルークさん達と貴方の仲じゃないですかぁ? そして、何より私と貴方の仲じゃないですかぁ? 出会って、まだ一日と経っていませんけどねぇ。遠慮しないで一緒に来ちゃいなヨ♪ カモン! ジョイナス! な~んちゃってぇ」

 

 ジェイドが素早い身のこなしでコゲンタの行く手を阻んだ。

 

「……しかし、わしのような『どこの馬の骨とも分らん平民』が、導師イオンに着いて行くわけにはいくまい。その上、行き先は軍艦。機密の塊でござろう?」

 

 コゲンタは苦笑しつつ、固辞するが……

 

「なぁに、心配いりません。私の見立てでは、貴方は鎖骨か肋骨の辺りの方ですから♪ それに『皆の家』はそんなにヤワじゃありませんよ!」

 

 ジェイドはそんな事は気にせず爽やかに微笑み、良く分らない理屈を展開する。

 

「イイじゃねぇか、おっさんも来いよ。たかが船にどんなヒミツがあるってんだよ? オーゲサだな」

 

 ルークはすでにバギーに張り付き、裏側や車輪を観察しながら、無邪気に笑う。

 

「コゲンタ。貴方は、ぼくにとっても恩人です。どうかそんな事は言わないで下さい」

 

 イオンもまた、屈託なく微笑んだ。

 

 軍の上級将校であるジェイドと、世界の最高権力者の一人であるイオンからのお誘いである。ここまで言われては、断る理由もなくなった。

 

 というか、断れるはずがないのだ。

 

 

 バギーに乗ってエンゲーブの田園風景を通り抜け、しばらくすると金色の装飾が施された白く巨大な船がルーク達の目に飛び込んで来た。

 

「はぁ~い♪ あれが私達の『タルタロス』ですよ! どうです、良い艦でしょう? 見て下さい。この驚きの白さを♪ 水を吹き付けるだけで汚れが落ちる新塗装です! もう雨よ降れ! って感じですねぇ♪ 実はコレ、私が特許を持っていましてねぇ。嫌らしい話ですが、バッチリ稼がせてもらっておりま~す♪」

 

 ジェイドは、歌でも歌うように、誰にも訊かれていない事を自慢する。

 

 新塗装やら特許はともかくとして、近付くにつれて大きくなる『タルタロス』の偉容に息を飲む。

 

 その姿は、『城』と言っても良いほど巨大で、その上かなりの速さで動くというのだから驚きだ。

 

「スゲェ……デケェ」

 

 ルーク自身、もっと他に言い方あるだろうと内心思ったが、実物を目の前にすると、そんな単純かつ素直な言葉しか出てこなかった。

 

「……陸上戦艦の中では、一番大きな種類の船ね。馬車の中で見た船より、ずっと大きいのよ」

 

 ティアは、ルークと共に白い船を眩しそうに見上げながら教えてくれる。

 

「アレよりか!? アレもかなりデカかったと思ったけどなぁ……」

 

 ルークは感嘆の声と共に、船を見上げながら首を傾げる。

実に忙しそうだった。

 

「では皆さん。タラップを展開しますので、しばし御歓談をお楽しみ下さい。ご要望とあらば、私自らアカペラでバックミュージック♪ を奏でますが?」

 

 一行は、ジェイドの『痒くない所にまで手が届く』気遣いを、丁重に断ると、タラップとやらが動くのを見守る事にした。

 ジェイドのワザとらしい寂しげな顔は、もちろん無視する。

 

 しばらくすると、何とも立派で長い階段が、ルーク達の目の前出来上がった。何段あるのだろうか? という長い物だ。

 

「さぁ!皆さん、覚悟はよろしいですかぁ? 陸艦名物『心臓破りという程でもないけど地味に疲れる階段上り♪』の開始ですよ~!」

 

 ジェイドは、ヒラリとバギーから飛び降りると、小気味良く手を叩き、ルーク達に呼び掛ける。

 

「個人的には、階段より梯子の方が好きなんですけどねぇ♪ でも、階段には階段の良さがありますよねぇ。螺旋階段を、全力疾走するシチュエーションとかってカッコ良くないですかぁ?」

 

 ジェイドは、本当にどうでも良い事を話しつつ、階段を上り始めた。

 

 ルーク達は、それには答えずイオンを先頭にしてジェイドに続く。

 

 ジェイドは、そんな事は気にせず喋り続け、ルーク達をイオンにあてがわれた船室に案内すると……

 

「とっておきのバタークッキーを持参しますので、先に始めてて下さいな♪」

 

 と、言い置いてスキップでどこかへ行ってしまった。

 

「ぼくには、勿体ないくらい良い部屋なんですよ」

 

 イオンは、ルーク達を見回し微笑むと、アニスに顔を向け頷く。

 

 アニスは、恭しく頷くと丁寧な仕草で、船室のドアを開けた。

 

 そして、静かに先に部屋に入り、中を少し見回してから、船室の中央に用意された応接セットの前に置かれたイオンのために用意されたものらしい革張りの椅子を引き、イオンに向き直ると、

 

「イオン様。どうぞ、お座りくださぁい!」

 

 元気良く手を上げて微笑み言う。

 

「ありがとう、アニス。さぁ、皆さんどうぞ。」

 

 イオンは、アニスに微笑み返すと船室に入り、革張りの椅子に腰を下ろした。

 

 ルークは、アニスの一連の動きに驚いたが、イオンが「国王みたいなモン」という事を思い出し、「まぁ、こんな物か?」と胸中で納得し、彼らに続いて船室に入った。

 

 船室の中は広く、窓こそ小さく少ないものの部屋の色調や置かれた家具は、実に落ち着いており、ルークの思い描いた「戦艦の中」とだいぶ違っていた。

 

 ルークの知らない事だが、この船室は本来、軍の高級将校にあてがわれるものである。陸艦においてはそうでもないが、任務によっては外界と隔絶される生活を余儀なくされる船乗り、特に重責ある将校には必要なものだった。

 

 それはともかく、イオン主催のお茶会が始まったのだが……。

 

 アニスがティーセットで紅茶を淹れる中、ティアとコゲンタは、どこかオロオロしていた。特にコゲンタは、『宴会』『無礼講』は得意中の得意だったが、こういう感じの『お茶会』には不慣れだった。ミュウはと言えば、いまいち理解していないためか平気な顔をしていた。

 

「あっ、オイ、おっさん!それはカップ温めるお湯だぞ!飲むなよ」

 

 こういう場に慣れているルークが、あれこれコゲンタに注意する。

 

「や!そうだったのか!かたじけない」

 

 コゲンタは、慌ててカップを置いた。

 

 

 他愛もないやり取り、何気ない会話、穏やかな雰囲気のお茶会がしばらく続いた。

 

 

 しかし、イオンは不意に沈黙する共にカップを置き、何かを決意したような表情でルークを真っ直ぐに見つめ、居住まいを正した。

 

「な、なんだよ?」

 

 ルークは、何やら様子が違うイオンに、気圧されながら聞き返す。

 

「ルーク。貴方達を誘ったのは、実は、折り入ってお願いしたい事があったからなんです。もちろん、皆さんとお茶を楽しみたいという気持ちもあったのは確かなんですが……」

 

 イオンは、ルーク達を騙して連れて来たようになってしまった事を気にしてか言い訳するように呟くが……

 

「でっ、なんだよ? たのみって」

 

 ルークは、長くなりそうなイオンの謝罪を打ち切るために、特に気にしていない様に軽い調子で先を促す。

 

 そんなルークの一見そっけないだけの言葉に、イオンは、緊張と罪悪感で陰らせた顔に柔らかな表情を僅かに取り戻した。

 

 とその時である。船室に小気味良いノックの音が響く。

 

「もしもし、イオン様♪ 私ですよ! 私、私! 私ですってば!」

 

 という声が、ルーク達が入ってきたドアの向こうから聞こえてきた。

 おそらくは、ジェイドであろうが、厚いドア越しの為と名乗らない為、はっきりはしない。

 

「大佐ですか? なんですかぁ? それ……」

 

 アニスが、ゆっくりとドアを開けた。

 

「そうです! それです! タイサ♪ タイサ♪ そのタイサです♪」

 

 はたして、声の主はジェイド・カーティスだった。

爽やかな笑みを浮かべ、立っていた。

 

 そしてその後ろには、マルコ少佐と、もう一人のマルクト軍将校が静かに控えていた。

 

「いやぁどうも、ジェイド・カーティスでございます。イオン様、お待たせいたしましたぁ♪ 缶のクッキーセットをお持ちしましたよぉ♪」

 

 ジェイドは、にこやかに言いつつ船室に足を踏み入れた。そして、後ろの将校二人も折り目正しく敬礼し、それに続く。

 

「ルークさんは、バタークッキーはお好きですか? ココアにナッツもありますよ♪ こちらのホワイトチョコの物など、私ことジェイド・カーティスの一押しですよ」

 

 ジェイドは、缶のフタを開けルークの前に持ち立つ。缶の中には、何種類もの焼き菓子がキレイに並んでいる。

 

「別に、どれもキライじゃねぇけど……」

 

 ルークは、戸惑いながらも律儀に答えた。むしろ、どれも好きである。

 

「うふ、良かった♪ それは何よりです。何故なら、私は貴方に媚びを売らなくてはいけない立場なのです。押し売りですよ♪」

 

 ジェイドは、缶を机に置いて、揉み手をする。

 

「コビ……?」

 

 ルークは、怪訝な顔で彼の顔を見た。

 

「えぇ、すりすり胡麻すりです♪ ……キムラスカ・ランバルディア王国 公爵ならびに王国軍元帥 クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレ閣下のご子息様であられる、ルーク・フォン・ファブレ様に折り入ってお願いしたい事があるのです。うふふふ……」

 

 ジェイドは、声を低くして、まるで執事のように慇懃に頭を下げた。

 

「なっ! 知ってたのか!?」

 

 ルークは、ジェイドの雰囲気に飲まれ、つい慌てて、立ち上がった。

 

「ルーク……!」

 

「あっ、ヤベッ!」

 

 ティアは、慌ててルークを諌めたが、もう遅かった。

 

 一方コゲンタは、緊張したような顔でジェイドを見ている。

 

 ジェイドは、眼鏡の位置を直しつつ、「してやったり☆」とでも言うように顔を綻ばせる。

 

「誘導尋問、成功せり♪ というのは性質の悪い冗談です。気が付いたのは、ローズさんのお宅でお会いした時からですので、ご安心下さい♪ 『赤毛で碧の瞳のルーク様』と仰ればお一人しかいらっしゃいませんから。まぁ、一軍を率いる者として当たり前の知識ですから自慢にもなりませんけどね! 勿論、後ろのマルコとアレックスもちゃんと理解しているので、食べちゃったりしませんから、ご安心ください♪」

 

 ジェイドは、両手で『親指ポーズ』を取り、ルークとティアに笑い掛けた。

 

 しかし、ティアはルークを後ろ手に庇い、彼とジェイドの間に滑り込んだ。

 

 彼女は、警戒の眼差しでジェイドを見つめる。真摯で真っ直ぐな瞳だ。

 

 ジェイドはその眼差しを真正面から見つめ返す。もう顔から笑みを消している。

 

 一つの冒険の終わりは、新たな冒険の始まりだった。出自がバレてしまったルーク。

 

 果たして、彼は無事バチカルに帰る事ができるのか?

 

 ティアは、ルークを守る事ができるのか?

 

 そして、ジェイドの真意とは何なのか?

 

 

 ルークの冒険は、まだまだ終わりそうになかった。

 




 前回からそうなんですが、地味にオリジナル展開の回でした。
 これまた地味ですが、ルークが他人に何か物を教えるという、原作ではほとんど無かった展開を入れてみました。
 屋敷でお茶を飲む機会も多いでしょうから、嫌々でも作法を覚えるだろうという解釈です。如何だったでしょうか?

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