テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第22話 協力要請 

「ジェイド。ちょうどルークに、『その事』をお願いしようと思っていたんです。ルークもティアも、どうか落ち着いて下さい」

 

 イオンはジェイドに微笑み掛け、ルークとティアにもその笑顔を向けながら、宥めるように言った。

 

「それは、ナ~イス・タイミングでしたねぇ♪ これが人徳という物ですかねぇ? もちろんイオン様の♪ というわけで、ティアさん! 名残惜しいのですが、目と目で語り合うのはここまでにして、座りましょう♪」

 

 ジェイドは、イオンの言葉に破顔し、両手でブイサインととびきりの胡散臭いさわやかな笑顔をティアに送る。

 

 マルクト軍人三名がルーク達の前に整列した。

 

「マルクト帝国軍第三師団 師団長 ジェイド・カーティス大佐であります。人呼んで『客寄せピエロ』とは、私の事であります。実務能力もないのに、師団長を任せられた可哀想な私を、お見知り置きを」

 

 まずジェイドが、ズレてもいない眼鏡を指先で直し、直立不動の姿勢を取ると、敬礼と共に名乗りを上げた。

 姿勢は『お手本』と言えるほど綺麗なのだが、口調と表情はいつもの調子でチグハグである。

 そして、ジェイドに続いて、マルコとは違うもう一人の将校が口を開く。

 

「ルーク・フォン・ファブレ様、ようこそ我が艦に。私は、この『タルタロス』の艦長を務めますアレクサンドル・プラィツェン中佐であります。どうぞ、アレックスとお気軽にお呼び下さい。音律士殿も剣士殿も、ようこそおいで下さいました」

 

 そして、最後にマルコが名乗る。

 

「マルクト帝国軍 第一師団 師団長補佐 マルティクス・ロッシ少佐であります。改めまして、お見知り置きを……」

 

 紳士的かつ柔和に敬礼するアレックスに対して、マルコは機械的に敬礼するのみで愛想笑いすら浮かべていない。

 チグハグなのは、ジェイドの言動だけではなさそうだ。

 

「あぁ、ハイハイ。どーも……」

 

 ルークは、軍人達の慇懃(?)な挨拶に、適当な調子で答えた。しかし実際には、この場合どんな返事が適切なのか分らなかっただけであるが……

 

 軍人達は、そんな事は特に気にした様子もなく、敬礼を解くと再び直立の姿勢を取る。

 

 一方、ティアは胸をなでおろしつつも、ジェイドの『大佐で師団長』という事に、内心驚いていた。

 

 貴族、平民、性別、国籍、前科の有無、すべて不問の完全実力主義の神託の盾騎士団は例外として、師団長ともなれば『将官級』が任せられるのが通例である。

 

 それだけ、この『ジェイド・カーティス大佐』が優秀という事なのだろうか?

 

 確かに、ティアも目の当たりした戦闘能力に関してならば、実兄 ヴァン・グランツや直属の上司 カンタビレ謡士と同じく、超越した物を持っていた。

 

 もっとも、一騎当千そして万夫不当の猛将が、万億の兵を自らの手足の様に率い動かす智将たり得るかは、全く別の話なのだが……

 

 ティアが、そんな事を考えている内に、ジェイドはマルコから何かの資料らしき書類を手渡され、それを読み始めた。

 

「クソウュシテニンキ……おや、逆さま? オッホン♪ 第七音素の超振動はキムラスカ・ランバルディア王国、王都方面から発生。マルクト帝国領土タタル渓谷付近にて収束。正体不明の第七音素を放出されたのは、ルーク様とティアさんですよね? 不法越境ですかぁ?! ヤリますねぇ~♪」

 

 ジェイドは、ルーク達を冷やかすように言う。

 

 それに対してティアは、思わず立ち上がり

 

「違います! 不法越境なんて……。それは手違い……いいえ、事故なんです! わたしとルーク様の間に超振動が発生してしまって……。とにかく、過失や罪があるとすれば、正規の訓練を受けた第七音素譜術士として、それを防げなかったわたしにです! ルーク様に、マルクト帝国に対する害意は一切ありません……!!」

 

 と、大声ではないものの、彼女としては珍しい早口でまくし立てるように言う。

 

 一方、ルークは、状況を考えれば当然と言えば当然なのだが、ティアに『ルーク様』と呼ばれる事に違和感と一抹の寂しさを覚えていた。

 

 それを余所に、ジェイドの話は続く。

 

「ティアさん♪ 墜落……もとい、落ち着いて下さいな。ちゃんと理解していますよ♪ 王位継承権をお持ちのルーク様と音律士さんを、二人きりで送り込むなんて、デメリットしかありませんよ~♪」

 

 ジェイドは苦笑して諌めつつ、眼鏡の位置を直した右人指し指を、そのまま、ぴっ……と立て、学者が研究発表をするように続ける。

 

「そもそも、超振動で人間を五体満足で長距離移動させるなど、今現在の譜術および譜業技術で狙ってできる事ではありません♪ そんな事をすれば、悪ければ塵も残さず分解されてしまうか、元とは別の形に再構成されてしまうでしょう。良くても地面や壁に激突するのがオチですね。何はともあれ、ハッピー・ザ・奇跡の生還!!」

 

 最後は、実に爽やかな笑顔で『親指ポーズ』で締めくくるジェイド。

 

 というか、恐ろしい事を知ってしまった。

 

 ルークは、さぁっと血の気が引く音を初めて耳にした。

 見れば、ティアも表情こそ固いままだが、顔が青ざめている。ルークはそれを見て、何故か安心してしまったのは内緒だ。

 

「我々は、マルクト帝国皇帝 ピオニー九世の命により、キムラスカ王国 光の都 バチカルにおわします、偉大なるインゴベルト六世陛下に拝謁いたしたく、こうして陸のクルージング♪ というわけです。」

 

「伯父上に……?」

 

 もったいぶった胡散臭いジェイドの言い回しに、ルークはいぶかしんだ。

 

「なんで? 何の用だよ?」

 

「まさか、宣戦布告……?!」

 

 ただ、本当に素直な疑問を口にしたルークの横で、ティアは僅かに息を飲むように呟いた。

 

「センセン……? 宣戦布告か!? 戦争するってコトだよな!? マルクトとキムラスカの間ってそんなにヤバかったのか?」

 

 ルークは、ティアの不穏な言葉に戦慄し、ジェイド達軍人の顔を慌てて仰ぐ。

 

「うふふふ……。実は、そのまさか! 驚異の新兵器『次元バカ弾』を使用して、光の王都を無血開城して差し上げましょうぉぉ! うはぁはぁはぁはぁ!!」

 

 ジェイドは英雄譚の悪役さながらに、青い軍服の裾を翻し、長く艶やかな髪を振り回し、魔物の鉤爪の如く指を曲げた両の手を大きく掲げながら、その場で軽快に一回転を決めた。

 

「ジェイド……」

 

「大佐ぁ……」

 

 苦笑するイオンとアニス。

 

「ジェイド大佐。そんな風に若い方をからかう物ではありません」

 

「つまらない冗談はお止め下さい。大佐……」

 

 やや白い眼で上司を諌めるアレックスとマルコ。

 

「ど~も、すみませ~ん♪」

 

 ジェイドは、右手で頭を掻きつつ舌を可愛らしく「ペロリ☆」と出した。

 

「ルーク、ティア、安心して下さい。ぼく達の目的は、その反対……和平の申し入れなんです」

 

 イオンは、ルーク達に柔らかく微笑み掛け、説明する。

 

「ワヘ―?ううんと……とと、とにかく、戦争は無しってコトだよな? オドかすなよな!!」

 

「ふふふ……すみません。ルーク」

 

 イオンの言葉に、胸を撫で下ろしたルークは、イオンに遠慮なしの悪態を吐いた。イオンはあまり気にした様子もなく苦笑して、軽く頭を下げる。

 

 一方、ティアはイオンの言葉を聞いてなお、難しい顔をしたままだった。

 

「もちろん、インゴベルト陛下に謁見していただくために、ぼく自身もお願いはします。けれど、ぼくの『力』だけでは足りないかもしれない……。そこで、ルークの『力』をお借りしたいのです」

 

 イオンは、ティアの表情には気付かず、ルークに対して説明を続ける。

 

「オレのチカラ……? 伯父上に、イオン達をとりなせばイイのか?」

 

 ルークは、イオンの言葉にピンと来ていない様子で首を傾げながらも、自分にもできるであろう事を口にする。

 

「そうです。是非ルークに……いいえ、“ルークにだからこそ”お願いしたいのです」

 

 イオンは、ルークを真っ直ぐに見つめ、微笑んだ。

 

 ルークは、なんとなく居心地が悪くなり、腕を組んで椅子に深く座り直すと、そっぽを向いてイオンの視線からできるだけ隠れようとする。

 

「イヤらしい話ですが♪ 勿論タダで……とは言いません。ここから光の王都 バチカルまでのルーク様とティアさん……『御二人の身の安全の保障』でいかがでしょう?」

 

 ズレてもいない眼鏡を人差し指で直しつつ、ジェイドは淡々と続ける。

 

「御協力いただけない場合は……、致し方ありません。名残惜しい事この上ありませんが、ここより最も近い『セントビナー』の我軍の駐屯地に、御二人をご案内いたします♪」

 

 そして、胡散臭い優しい微笑みをルークとティアに順々に向ける。

 

「……カーティス大佐。それは、事実上“キムラスカの次期王位継承者”であるルーク様に対する『脅し』ですか? 同じく“王”を戴く国の武門の方の御言葉とは想えませんが?」

 

 ティアは静かに立ち上がりると、ジェイドの妖しく光る赤い瞳を冷めた眼で怯む事無く見つめ返す。

 

「うんもぅ! ティアさんたらっ! そんな人聞きの悪~い♪ 私は只々事実を……そう、事実をお知らせしているだけですよぉ? よそ国の大貴族の御子息様を何の理由も無しに、こんなムサ苦しくみすぼらしい軍艦に御乗せする事など出来やしませんよぉ……。次代の国王陛下の御成りになるかも知らない御方ならなおさらですね? なに、御安心ください♪ セントビナーのグレン・マクガヴァン中将は、とても公平で立派な方ですから♪ それに彼の街は緑豊かで風光明媚な良い街ですから、退屈などしませんよ♪ うふふふ」

 

 ジェイドは、そんな視線など物ともせず、例の爽やかな笑顔を浮かべた。

 

 ティアは考える。

 確かに彼らマルクト軍には……少なくとも今現在、『導師の仲介による和平の申し入れ、および、その導師の護衛』という作戦遂行中の彼らには、ルークを守る義務はない。

 人道的にはともかく、最悪「気が付かなかった……」と無視してしまえば、無かった事にしてしまえば良いだけの話である。

 

 この提案は、作戦指揮官であるジェイド・カーティス大佐が、『ルーク・フォン・ファブレの保護』が『本作戦の一助になりえる』と考えての事だろう。

 決して、同情や親切心などではない。

 

『兵士』としては、当然の行動だ。

 

 ティアは、『ギブ・アンド・テイク』というわけではないが、利用し合うのも「一つの手ではある……」と考えた。

 しかし、この事を決めなくてはならないのは、自分などではなくルークだとも考えた。

 

 ティアは、当のルークの様子を伺うと、彼は眼を吊り上げ口をへの字に歪めて、今にも噛み付かんばかりのシカメっ面でジェイドを睨んでいる。

 

 と、そのシカメっ面をイジワルな笑顔に換えたルークは、椅子に座ったまま腕を組みふんぞり返って口を開いた。

 

「おい、長髪メガネ。人にモノを頼むんなら、まずヤル事があんじゃねぇの? タイドとかセーイとかさぁ」

 

 ルークはニタニタと笑って、ふんぞり返る。今にも椅子ごと倒れてしまいそうだ。ティアは、その姿勢にはもちろん、ルークの態度にハラハラしてしまう。

 

「やる事……態度……誠意ですか? なるほど、ごもっとも! 流石はルーク様♪ 解ってらっしゃるぅ!」

 

 ジェイドは一瞬、首を傾げたが、すぐに満面の笑顔になると、

 

「どうか、我々にお力をお貸し下さい。ルーク・フォン・ファブレ様」

 

 その場に跪き、何の躊躇いもなく、ルークに深々と頭を下げた。後ろに控える部下二人も同時にである。

 

 自分の屋敷のメイドや騎士にかしずかれる事には慣れているルークだったが、出会ったばかりの……悔しいが自分より遥かに『強い』とはっきり分る……年上の相手にされるのは、初めてだった。

 

「オマエら……プライドって物が、ねぇのか?」

 

 ルークは、あまりの出来事に椅子からズリ落ちそうになるのを必死に堪え、問いかけた。

 

「うふふ♪ 少なくとも私は、そういった物はヒヨッコ時代に、美味しく頂いちゃいました♪ そもそも王族に軍人が敬意を払うのは当然ですよ。それに何より……」

 

 ジェイドは、顔だけ上げると、胡散臭い微笑み言う。そして、微笑みを苦笑に変え、一つ溜息を吐き、続ける。

 

「正直に言いますと……私、『戦争』は、もうこりごりなんですよ。もっとも、私など『戦争』と呼ぶには規模の小さい『小競り合い』しか経験していない若輩者ですが。超☆面倒くさかったんですよ! あんな面倒くさい事をしないで済むのなら、私はオヘソでお茶を沸かしますよ!」

 

 ジェイドは、ゆるゆる……と首を振り、穏やかに苦笑を深くした。彼が言うと、本気なのか、冗談なのか?判断しかねる。

 

「さらに正直に言いますけど……戦死した仲間の想い出と、その遺族への送金……。そろそろ、私の頭脳と懐具合は限界なんですよ♪ もう、カッツカツのなのです! このままじゃ頭がパンクしちゃいますよ!!」

 

「……っうぅーん……」

 

 ルークはジェイドの芝居じみた独白に怯みながらも小さく呻き、伸ばし放題の朱い髪を少し乱暴に掻く。

 

 確かにルーク自身も、「戦争なんてジョーダンじゃねぇ!」とは思う。

 しかし、である。 

 

 ルークは椅子に座り直し、長くため息を吐き……

 

「ちょっと、考えさせろ……」

 

と、小さくだがハッキリと呟いた。

 

 

「……ふむ♪ それはそうでしょう。事が事です。二つ返事♪ という訳にはいかないでしょう。まずは、我々の事を知って頂かなくては……」

 

 ジェイドは苦笑を、再び胡散臭い笑顔に戻して、頷いた。

 

「では、マルコ! 手始めに、ルーク様達にオヘソでお茶を!」

 

 ジェイドは、パパン♪ と小気味良く手を叩いて、マルコに振り返った。

 

「不可能であります」

 

 マルコは、キッパリと何の思惟もなく、応えた。

 

「冗談です♪ ルーク様に『タルタロス』の中を自由に見て頂いて、まず私達の事を知って頂く。その上でお願いしましょう。軍事☆キ・ミ・ツの場所もありますので、上手くエスコートして差し上げて下さいな。マルクト軍№1イケメン少佐の貴方なら大丈夫ですよね♪」

 

「了解しました」

 

 マルコは、ただ機械的に敬礼するのみで、ジェイドの冗談に全く反応しない。無視するのが彼の基本方針らしい。

 

 そして、マルコはルーク達の前に進み出ると、

 

「ルーク様。ご希望とあれば、艦内をご案内致しますが?」

 

 ルーク達に機械的な敬礼をすると、薄く笑い掛けた。




 今回は、原作では流されがちな事柄を、自分なりに考えて描いてみました。という感じの回でした。
 最大の違いは、ジェイドがルークについての情報を知っているという事です。これから和平交渉をしにいく王位継承者について知らないのはおかしい。ましてやマルクトのせいで「記憶喪失」になったとい言われている人物の事を噂程度にも把握していなかったのは、和平交渉という何がきっかけで、反感を買うか分らないデリケートな事柄においては、「マルクトは下調べもできないのか。」というレベルです。
 後、特筆すべきは、ジェイドがルークへ跪く事への部下の反応ですね。
 まだ、いくつかありますが、長くなってしまいましたのでまたの機会に。
 

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