テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第24話 預言 そして秘預言

 イオンとジェイドに協力する事にしたルークだったが、自分が詳しい状況も分っていない事に気が付いた。

 

 しかし、とりあえずは、自分が今一番知りたい事を、イオンに問い質す事にした。

 

「なぁ、イオン。和平コーショーの話が本当だとしたら。なんでオマエが、ユクエフメー……ユーカイされた事になってんだ?」

 

 そう、ルークの剣の師であるヴァン・グランツは、『イオン捜索』の任務のためにダァトに呼び戻され、「師匠と剣の稽古ができない!」という憂き目にあったのだ。しかし、そのお陰でティアに出会えたわけだが……、気になる物は気になるのだ。

 

「それは、恐らく教団の内部事情が関わっているのでしょう……」

 

 イオンは、哀しげににつぶやき、顔を伏せる。

 

「確かに、ぼくはモースの許しなく、独断でダアトを出ました。しかし、モースは、預言通りにキムラスカとマルクトの間に戦争を起こそうとしているのです。預言は、人々を危難から救い、安寧に導く物であって、決して危難に晒すための物ではないのに……!」

 

 イオンは、珍しく吐き捨てるような口調で言った。

 

 しかし、その表情はすぐに消え、再び哀しそうな表情に戻る。

 

「導師として何かをしなければ……と思ったのです。そんな時、折よく和平仲介の協力を求めて、ダアトを訪れたジェイド達に、モースの軟禁から逃れるための協力を、ぼくの方からお願いしたのです。アニスにまで無理をさせてしまいましたが……」

 

 イオンは僅かに表情を和らげ、ジェイド達をを見る。そして、アニスにはすまなそうな視線を向ける。

 アニスは、その視線に気づくとジェイドに負けない『親指ポーズ』を決めて、それに答えた。

 

「ふー……ん? で、預言で戦争ってナンのコトなんだ? ワケわからん」

 

 納得しかけたルークだったが、やはりイマイチ理解できず首をひねる。

 

「『秘預言』……」

 

 ティアは、なにか思い当たる事があるようで、ルークの聞き慣れない言葉を呟いた。

 

「ひよ……? ソレってナンなんだ? ティア」

 

「え、ええと……」

 

 ティアは、つい零してしまったものの、それが教団にとって機密事項であったのに気が付き、「どうしたものか?」と少し慌ててしまう。

 

 ティアの様子を見たイオンは、少し苦笑してティアに頷くと、ルークに向き直り口を開いた。

 

「知られてはいけない預言。あるいは知らない方が良い預言。文字通り、秘密の預言の事です。人の死や国の滅亡を詠んだ物が、ほとんどですね。これ以上は、教団の機密事項になってしまいますので、ご容赦下さい」

 

 イオンは、当たり障りのない、いわゆる一般教養の範囲に止めて、『秘預言』について説明した。

 

「教団の中には、争い事が起るように仕向けたり、災難に遭うだろう人達を見捨てたりする事も構わずに、預言に詠まれた通りに事件や事故を起こす事が、『もっとも正しい事』『世界全体の幸福につながる』って考えて行動する人達がいるの。悲しい事だけれど……」

 

 ティアが、さらに補足を加える。

 

「それが、いわゆる『大詠師派』と呼ばれる者達です」

 

 イオンは、悲しんでいるのか、憤っているのかという複雑な表情で頷いた。

 

 今のルークの表情には、「付いていけない……」という気持ちがありありと見えた。

 

 ティアは、無理もない事だと思った。彼女自身、『ある事情』から秘預言について知っていなければ、ルークと同じような顔をしていたかもしれない。

 

 それにしても、こうもダアトの内紛の一端を見せ付けられるのは嫌な気分だと、ティアは思った。

 

 『一を捨てて九を生かす。』という考え方を、政治家や軍人がするのはティアにも理解できる。納得できるかは、別の話ではあるが……

 

 しかし、ローレライの……すなわち神の代弁者の筆頭である大詠師ともあろう者が、『救う命』と『救わない命』を『信仰』を理由に取捨選択するなどあって良いのだろうか?

 

 出来る、出来ないの問題ではないのだ。大詠師……いや、この場合は神託の盾の騎士を含む預言士全体は、その『捨てられる一』を救わなければならないのだ。少なくとも、救おうと最大限の努力をしなければならない。

 そうしなければ、『宗教』としてのローレライ教の立場はないと思う。

 宗教とは、あくまでも人々の“道徳観”……“良心の拠り所”であって、“支配者”ではないのだ。

 

 それがどうだ。経典……すなわち『決まり事』をあたかも『神の意志』であるかのように乱用して、どんな非道を働いても、『神の意志』を言い訳にして、悪びれない所か“良い事をしている”気分でいるのだから、世も末だ……。

 と、ティアがそこまで考えた時……

 

「なんか、よくわかんねぇけど。なんかヘンじゃねーか? ソレ……コンポンテキに」

 

 ルークが、親友や従姉から教わったありったけの『預言』の知識を思い出して、疑問を口にする。

 

「預言って、たしか『これから起こる未来の出来事』なんだよな? わざわざ仕向けなきゃその通りにならない事なのか? そんな事のナニが『もっとも正しい事』なんだ? ワケわかんねー」

 

 ルークは言いながら、イオンやティアの顔を見た。

 

 しかし、イオンもティアもその疑問に答える事ができなかった。二人とも、預言に疑問を抱いてはいたが、二人にもそれは『当たり前』の事過ぎて、上手く説明できないのだ。

 

「その『ワケわかんねー事で戦争を起こされて、ムチャクチャ☆にされたくないなー♪』って事で。ピオニー帝からも信頼の厚い(笑)第一師団こと『ジェイドと愉快な仲間達』が、『ちょっと戦争止めて来いや!』という事になった訳です。」

 

 ジェイドは、あたかも買い物を頼まれただけ……というように、実に気安い調子で微笑む。やはり、どこか胡散臭かった。

 

 ティアは、内心「本当に和平のための使者なのだろうか?」と首を傾げた。

 

 確かに、言動はともかくとして、物腰や表情は柔らかく紳士的だ。しかし、『慇懃無礼』とでもいうのか?

 ジェイド自身が言っている通り『道化師(ピエロ)』のように皮肉屋めいている。

 

 出会ったばかりの人物に対して失礼極まりないが、「回りくどい挑発」と言われた方がまだ納得できる。

 

「いや~、こんな一言話す度に三人くらい敵を増やし続ける、傍迷惑の音素意識集合体のようなカーティスさんちのジェイドくんに、和平交渉をさせようなんて……、マルクトは何を考えているんでしょうかねぇ?」

 

 ジェイドは、ティアの考えを見透かしたかようなセリフを、ルーク達を見回しつつ口にする。

 バツの悪そうにしているティアに、ジェイドは胡散臭いウインクを送り、さらに続ける。

 

「実は、この『痛恨のミス☆キャスト!!』と言っても過言ではない出来事にもその『ワケわかんねーコト』が絡んでいたりするんです……。怖いですね~、恐ろしいですね~♪ ホント何なんでしょうね~、預言って……?」

 

 ジェイドは突然、ワザとらしい深刻な表情になったかと思うと、ここだけの話とでも言うように低い小声で言った。

 ルークは、怪談でもしている気分になった。

 

 すると、

 

「『しきたり』かの?あるいは『慣習』とも言って良いかの。個人の力では変えられる物ではないし、変えようとも思わせん……」

 

 コゲンタが、どこか遠くを見つめるように表情で、ジェイドの問いかけに答えた。

 

「そう、それ程までに『当り前』で……『不変的』な存在。それが『預言』なんですね~♪」

 

「そこに、只ありさえすれば良い……そう、あるだけで良かったんだがの……」

 

 子供が草花の観察日誌でも発表するようにな表情で頷くジェイドと、何か苦い記憶を思い出すよな面持ちで話すコゲンタ。

 そんな対照的な二人を見てルークは、怪訝……あるいは困惑していた。内心でしきりに首を傾げる事しかできなかった。

 

 そして、ルークはその困惑の内に、得体の知れない不安とわずかな恐怖感を覚えた。

 

 訳の分らない事の何に不安や恐怖を覚えるのか……

 

 訳が分らないからこそ不安や恐怖を覚えるのか……

 

 それすらルークには分らなかった。

 

 

 ルークは、この一連の不快感は屋敷の外にいるからなのか……

 

 それとも敵国の軍人に取り囲まれているからなのか……

 

 あるいは、剣の師 ヴァン・グランツと比べるも無く、自分がまだまだ未熟者だからなのだろうか……

 

 

 やはり、ルークには訳が解らなかった……

 

 

 

 いつの間にか、太陽はその姿のほとんどを地平線に隠し、空は紫色から藍色に変わり始めている。すでに、夜がすぐそこまでにやって来ている

 

 出発は、明日の早朝という事になった。

 

 ジェイドのパジャマパーティーの誘いを丁重に断った一行は、一旦エンゲーブに戻る事にした。

 

 コゲンタは、「ローズ殿達にしばらく村を留守にする事を挨拶して回りたいゆえ……、一足先に村に戻らせて頂きたい」と、ルーク達とは別行動となった。

 

 ルークとティアそしてミュウは、マルコに村まで送ってもらう事になった。

 

 すでにミュウは、ルークの頭の上で器用にも寝息を立てていた。ルークは、主人の頭の上でイイ気な物だと、溜め息をひとつ。

 

 あまり重くはないから良いのだが、何故ミュウは落ちないのか? いかにルークが、身体の中心線をぶらさない歩き方を身に付けているとはいえ、これは不可解だった。これも、ソーサラーリングの力だろうか?

 

 とその時ティアが、彼らの前に行くマルコに遠慮がちな口調で声を掛けた。

 

「あのう、ロッシ少佐……」

 

「なんでしょう? ミス・グランツ」

 

 振り返ったマルコは、彼女をしばし無言で見つめる。

 

「実は、ディードヘルト伍長のご容態が気になりまして。エンゲーブに戻る前に、彼のお見舞いをしたいのですが……」

 

 ティアは、やはり遠慮がちに言った。

 

「私は構いません。それにあの者達相手に、事前のアポイントメントなど気にする必要はありません。ですが……」

 

 マルコは、抑揚なく答えつつ、ルークに視線を移した。

 

「あ……ごめんなさい、ルーク。良いかしら? その……」

 

 ティアは、ルークに許しを得る事を失念していた事を、バツが悪そうに謝ると、改めて彼に尋ねた。

 

「オレは、別にイイけどさ……。ていうか、でー? でーどべると? ってダレだっけ?」

 

 ルークは曖昧に頷くが、心底不思議そうに首を傾げた。

 

 彼は、なんとなく聞いた事があるような、ないような名前だと思っていた。

 

「ほら、チーグルの森で怪我をしていた、身体の大きなマルクト兵の方よ」

 

「あ、あ~! あのモジャモジャ髭のデカいおっさんかぁ。ウルフに足をかじ……ら……かじ……」

 

 ルークは、ティアの説明でやっと思い出し、手を打って頷いたが、さぁ……と顔を青くして、押し黙った。

 

 ルークの脳裏に、思い出したくない場面が蘇える。彼の両脚は、怪我などしていないにも関わらず、むずむずするような違和感を覚えている。

 

「ルーク? なんだか顔色が悪いわ。どうしたの? 熱でも……?」

 

 ティアは、たちまち心配顔になって、熱を測ろうと、ルークの額に彼女の手がゆっくりと伸びるが……

 

「い……いや、なんでもない! ハハハ! よーし、オミマイしてやるぞぉ!」

 

 ルークは、違和感と照れ、その他もろもろの感情を笑って誤魔化しつつ、ティアの手を彼女の脇をすり抜けるように躱して前に出る。

 

 頭の上に疑問符を浮かべるティアだったが、ルークの体調が悪いわけではないようだと少し安心した。

 

「では、ルーク様、ミス・グランツ、医務室までご案内致します」

 

「おう、さっさと行くぞ!いこーぜティア!アハハハ」

 

「あ、はい……お願い致します」

 

 まだ釈然としない気分のティアだったが、マルコの冷静沈着な声と何故か裏返っているルークの声に引っ張られる形で、彼らの後を追った。

 

 やや薄暗い艦内通路をしばらく歩き、いくつめかの角を曲がると、医務室と書かれた立札が見えた。

 

 扉には、お馴染みの白地に赤い十字架のシンボルが貼られている。

 ルークは、どういう意味合いがあるのだろう? いつかティアに訊いてみようと思った。

 

 そんな事より、この向こう側は本当に医務室なのだろうか……?

 何故か、扉の向こうから大勢の人間が、どんちゃん騒ぎをしているような笑い声と雰囲気が伝わってくる。

 

 実際に、医務室という物を利用した事がないルークでも、様子がおかしい事が分った。

 

「ドクター サム・フランシス。マルティクス・ロッシ少佐だ。入れるか?」

 

 マルコは、音がよく響くようにノックした。

 怒鳴ったりはしなかったが、彼の声には有無を言わさぬような凄味があった。

 

 すると、どんちゃん騒ぎは水を打ったように、ぴたり……と止んだ。

 

「やぁや。少佐殿、ご苦労さまです。今、少し取り込み中でして……」

 

 中年の男の引き攣った声が、扉の向こう側から聞こえてきた。

 

「ほぉ……。怪我人が運び込まれた医務室が、“ああ”まで騒がしくなる仕事か? 興味深いな。後学のために是非とも見学させてくれたまえ」

 

 マルコは、鍵がかかった扉のノブを、がちゃり……がちゃり……と、無意味に回しながら、抑揚のない声で言った。

 

そして、彼は……

 

「率直に言う。……開けろ」

 

 と、まるで扉に囁くように言った。

 

 すると、バタバタ……と何かを掻き集めたり、片付けるような音が、しばし、続いた。

 そして、その音が止むと、

 

「やぁ、お待たせしました。少佐殿」

 

 と、白衣を着た、ややくすんだ茶色の髪の中年のマルクト軍下士官が顔を出した。

 

「ディードヘルド伍長に面会だ。ミス・グランツが、わざわざ様子を見に来て下さった」

 

 マルコは、そう言うと、ティアを手で示した。

 

「……あっ……!」

 

 それまで困惑顔をしていたティアは、マルコの言葉に我に帰ると、慌ててドクターに頭を下げた。

 

「お初にお目にかかります、ドクター・フランシス。メシュティアリカ・グランツと申します。ディードヘルド伍長の応急処置をさせて頂いた者です。彼の容態が気になりまして……、不躾かと思ったのですが……」

 

 ティアは、ドクターに丁重に名乗ると、頭を下げた。

 

「やぁ。ご丁寧な挨拶、痛み入ります。へ……へへへ」

 

 どことなく熱のこもったティアの挨拶に、ドクターは戸惑いつつ、人の良い笑顔で答えた。伸びた鼻の下はご愛嬌。

 

 ルークは、その伸びた鼻の下とにやけた眼に、「カチン!」ときた。そう、何故か「カチン!」ときた。

 

 ルークの知らない事だが……

 

 ティアは、治癒術師の端くれとして、『ドクター』……すなわち、『医師』という立場の人間に、一定以上の敬意を抱いていた。

 

 なぜなら、深い外傷や内部疾患などを治癒術で治すのは、生半可な修練では済まないからだ。『音素』とは、単純に言えば『音』……すなわち、『空気の振動』だ。空気の振動は、体内では減衰するという事だ。

 そんな理由から、第七音素に頼らず、知識と技術のみで、怪我や病気を治療する彼ら……『医師』は、ティアにとって、実兄 ヴァン・グランツや直属の上司 カンタビレと同じく『目標』だった。

 

 ルーク達三人は、ドクターによって医務室に招き入れられた。

 

 中には、八人程のマルクト兵が整列しており、目当てのディードヘルトは、ベッドの上で背筋を伸ばして、座っていた。

 

 見れば、使われていないベッドのシーツが、酒瓶の形に盛り上がっていたり、そのベッドの下からツマミの類や、カードやダイスそれからチップが転がり出ている。

 

 ルークが唖然としている時、マルコは頭痛に耐えるように眉間を押さえて、控えめにため息を吐いた。

 

「失礼致します。ディードヘルト伍長、お加減はいかがですか?」

 

 何故かティアだけは、特にソレらを気にした様子もなく、兵士達に会釈をすると、ベッドのディードヘルトに微笑み掛けた。

 

 ティアの所属していた“神託の盾の騎士団 最強”を自称する『鋼のカンタビレ隊』は、元傭兵はもちろん元海賊、元山賊、元強盗、没落貴族、変わり種では吟遊詩人といった荒くれ揃いの『切り込み役』である。

 

 この程度の『羽目外し』は、日常茶飯事……いや、まだまだ可愛い方だ。

 

 主に、師団長のカンタビレ自らが率先して、賭ば……レクリエーションを団員たちと楽しんでいたのだ。しかも、師団長の執務室で……。

 

「顔色も悪くないようですね。患部に、痛みや違和感はありませんか?」

 

 と、そんな事を考えながら、お見舞いというより簡単な問診をしているように語り掛けるティア。

 

 一方、ルークはティアの反応から、「たぶん軍隊では、こんなカンジがフツ―なんだな……」と勘違いをしていた。

 

「いやぁ、お陰さんで痛くも痒くもありませんよ! ミス・グランツの治癒術はよく効きますねぇ! もう大丈夫なんで、ホントは筋トレでもしようかと思ってたんですけどね。心配性どもが止めるものですから……、代わりに鈍った身体に喝を入れようと酒的な物を楽しもうじゃないか?って事になりましてね! ははは!」

 

 ディードヘルトは、妙にはしゃぐようにまくし立てる。

 髭の合間から見える朱に染まった頬が、ルークには気に入らなかった。

 

「ふふ、良かった……。でも、病み上がりでアルコールや刺激物は控えて下さいね。身体を動かすのも、無理は禁物です。今日一日は安静にして下さい」

 

 そんな事とはつゆ知らぬティアの優しい微笑みも、今のルークには、何故か気に入らなかった。

 

 そして、整列する兵士達のティアを見る眼と伸びた鼻の下も気に入らない。そして、

 

 「う、美しい……」 「キレーなネェちゃんだ……」 「女の子だ……」 「しかもカーイイし……」とか「ちっくしょう……」 「楽しそうにおしゃべりしやがってぇ……」 「あのヒゲダルマがぁ……」といった兵士達の声が聞こえてくるのに気が付いた。

 

 ルークは、ひとりひとりの兵士の顔を睨み付け、不自然にならないように彼らの視線からティアを隠すように移動した。

 

 しかし、兵士達はルークの妨害を物ともせず、慎重かつ巧みな視線配置で、あるいはガラスの反射を利用して、ティアを観察している。

 

 小賢しい……

 

 と、ルークが胸中で舌打ちをしたその時、彼の背中に、

 

「ルーク様。このような下賤な場所に、わざわざご足労いただき、痛み入ります。」

 

 という低いディードヘルトの声が掛った。

 

「へ? あ……、はい。いいえ。どういたしまして……」

 

 ルークは、思いもよらぬ自分への感謝に、ただ困惑するしかなかった。

 

「ルーク様は、見た所剣術を“かなり”お使いになるようで……」

 

 口調は慇懃で丁重だが、媚びへつらっている様子はなく、親しみを込めた柔らかな表情と『戦闘者』としての確かな眼をルークに向けるディードヘルト。

 

「バチカルまでは、長旅です。退屈しのぎの際は、気軽にお命じ下さい。全力でお付き合いしますよ。人間相手と丸太人形や魔物とじゃ、だいぶ違いますからね」

 

 ディードヘルトは、ルークの『実力』とそれに見合わない『経験』の浅さを見抜いているようだった。

 

「まっ……、あの程度の魔物に手傷を負わされたヘボ兵士じゃ物足りないでしょうがねぇ。へへへ」

 

 ディードヘルトは、バツの悪そうに苦笑して、頭を掻いた。

 

「お、おう。よろしく……」

 

 ルークは、こういう無償の厚意というかそういう物に慣れていなかった。

 

 屋敷のメイド達は、いつもにこやかで優しいが、それは、ルークにとっては当たり前の事だった。

 

 よく分らないが、彼女達が優しいのは、父であるファブレ公爵が『やとっている』からなのだと、ルークは思っていた。

 

「ディードヘルト伍長、無礼だぞ! 控えたまえ!」

 

 というマルコの声に、ルークの思考が中断された。

 

「ルーク様、部下の非礼をお許し下さい」

 

「え? あぁ、べつに……。あんなコト、なにも……」

 

 ルークは、何について謝られているのか、分らなかったが、マルコの謝罪に適当に頷きながら、ふと考えた。

 

(ティアは、どういうカンジでオレといるんだろう?)

 

 まずは、当然彼女は師ヴァン・グランツの代理として屋敷に来たのだから『仕事だから』というのが、一番最初に来るだろう。

 

 しかし、ティアは優しい。母シュザンヌのように優しいとルークは、思っていた。

 

 そう、優しいのだ……

 

 ミュウにも優しいし、同じ神託の盾騎士団とはいえ、ほとんど見ず知らずのアニスにも優しかった。そして、本当に見ず知らずのディードヘルドにもやはり優しかった。

 その上、怪我をしていたからとはいえ、ライガにまで優しかった。

 

(だから……オレにも優しくしてくれるだけなのか……?)

 

 ルークは、妙にそんな事が気になった。

 

「なぁ、ティア……」

 

 彼女への質問が、思わず口をついて出た。

 

 出たのだが、「訊いてどうする?そんなコト……」という疑問と「なんとなく訊くのがコワい……」という不安が、ルークの言葉をそこで止めてしまった。

 

「ごめんなさい。なぁに? ルーク?」

 

「あ……いや、その、なんてーか……もう行こーぜ? なんか、この部屋ニオイがニガテだ」

 

 半分適当だが、半分本音である。しかし、ルークは嘘を吐いている気分になってティアの顔をまともに見る事ができなかった。

 

 その時、

 

「同感っすね。この消毒液の匂いだけでも気が滅入っちまいますからね。健康な方なら尚更ですぜ」

 

 ディードヘルトがルークの言葉に頷いて、言った。

 思わぬ援護だ。

 

「そうね……、それにいきなり来て長居をしたら伍長が休めないものね。ごめんなさい、ルーク。それでは、伍長。わたし達は、これでお暇致します。」

 

「いえいえ、ごきげんよう。ミス・グランツ。またお会いできる事を心待ちにしておりますです。ハイ!」

 

 ティアの辞去の挨拶に、ディードヘルトは、全く似合わない取り繕った声で恭しく頭を下げた。

 前言撤回、ただのティアへ媚を売っているだけだった。

 

 ルークは、効果があるのか効果がないのか、いまいち自信が持てないながらも兵士達にメンチを切り、ティアの背中を急かすように、しかし乱暴にならないよう押して医務室を出た。

 

 

 

 

 





 突然ですが

『預言』→『スコア』 『預言士』→『スコアラー』 
『秘預言』→『クローズドスコア』 『音素』→『フォニム』
『導師守護役』→『フォンマスター・ガーディアン』『音律士』→『クルーナー』

 他にもあると思いますが、皆さんはちゃんと頭の内で変換できますでしょうか?
 私は、なんと言うか……自然にできてしまうようになりました(笑)。

 拙作では、造語の当て字にはあえてルビを振っていません。
 読み方も……

『預言』→『よげん』 『預言士』→『よげんし』 『導師守護役』→『どうししゅごやく』

 と、そのまま読んで頂けたら違和感が少ないと思います。

 ところで……

 ゲーム本編でのティアは、大詠師モースに心酔している、尊敬している(?)かのように、イオンの言葉を遮ってまで庇うような発言を、何故したのでしょうか?

 本編はもちろん補完するはずのファンダムでも重用されていたり、気にかけて貰っていたりする描写やエピソードは、特になかったと思いますが……
 メディア展開の小説とかでは、何かあったのでしょうか?
 後発のメディアミックスや設定だけで語っても、本編で、ある程度分らないなら、そういう演出でない限り、あまり良い脚本とは言えないと思いますが……

 皆さんはどう思われますか?
 ここに描写されているという情報があれば、教えていただければ幸いです。

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