ルークとマルコは、それぞれ木剣を構えて対峙する。
再び、左手に木剣を隠すように構えるルーク。
そして、対照的に簡素な正眼の構えのマルコ。
先程までとは、打って変って周りは静まり返っている。
ルークは、しん……と張り詰めた緊張感に唾を一つ飲み下した。
彼は、なかなか打ち込む糸口を見つける事ができず、視線を彷徨わせる。
師 ヴァン・グランツと対峙した時も、こんな風に攻めあぐね、何もできずに負けてしまった事を思い出した。
「集中しろ……。」
マルコは、ルークの落ち着かない視線を目ざとく見つけ、一言言った。
なんでもない一言が、妙に耳と頭に響く。
(この、えっらそぉーに……!)
じれたルークは、一瞬だけ灯った怒りに任せて、マルコ目掛けて剣を振るった。
マルコは、その場を微動だにせず、難なくルークの木剣を受け止め弾き返した。
「焦るな。剣は腕だけで振るな。力は腰に溜めろ!」
マルコの激が鋭い打ち込みと共に、ルーク目掛けて飛ぶ。
「剣は身体全体で振るえ!」
マルコの打ち込みが、ルークの崩れかけた構えを本来あるべき型に矯正していく。
「ナメんなっ!!」
ルークは吠えるなり、マルコの木剣を弾き、大きく後ろに飛び退いた。
ルークは、仕切り直しとばかりに甲板を強く踏み鳴らし、構え直すとヴァンの教えを反芻し、心を落ち着かせる。
そして、今度は視線を彷徨わせる事なく相手の全体像をとらえ、じりじり……と間合いを詰めていく。
一足一刀の間合いに、爪先が踏み込んだ一瞬の刹那。
「たぁっ!!」
最小限の踏み込みと鋭い気勢で、木剣の切っ先を目の前の強敵目掛けて打ち込んだ。
木剣がぶつかり合う乾いた音が、辺りに響いた。
ぴたり……と正確に、木剣の切っ先が喉元に突き付けられていた。
マルコの木剣が、ルークの喉元に……である。
「今のは悪くありませんでした。太刀筋が少し素直すぎるとは思いますが……」
淡々としたマルコの声が、ルークに勝負の終わりと自分の敗北を教えた。
しかし、ルークには自分が、何をどうされて敗北したのか理解できなかった。
ルークは、先程の自分の体の動き……マルコによって動かされた感覚を思い出す。
まず、ルークは最小限の体重移動と踏み込みで振り下ろされた渾身ともいえる上段からの一刀を、マルコは鎬でいなして巻き込むように左下へと払い落とした。
そして、剣を元の正眼に構え直し、その木剣の切っ先をルークの喉元へ突き付けたのだ。
たったそれだけ……そう、それだけの事だった。
しかし、言うは易し……である。ルークにとっても、あの速さでやれと言われても、悔しいが「できねぇ……」と、素直に言える凄まじい“技”だった。
「ありがとうございました、ルーク様。久し振りに楽しい気持ちで剣を振るう事ができました……」
構えを解き、木剣を腰に下げる様に持ち替えたマルコは、薄く微笑み深々と頭を下げた。
「あ、あり……ありがとうございました……!」
マルコの声で思考の淵から引き戻されたルークは、慌てて頭を下げた。
思わず、師 ヴァン・グランツに対してする様な口調になってしまった事に気が付いたルークは、急に気恥ずかしい気分になった。
「ありがとうございました」
顔を赤らめ、居心地悪げなルークとは対照的に、冷静な態度でマルコは再び頭を下げた。
そんなルークの側に、心配顔のティアが小走りでやって来た。
「ルーク……大丈夫?」
イオンとコゲンタ達も彼女に続く。
何故だか、ティアにまで気恥ずかしさを感じてしまうルーク。
「う、うん……あ、いや! おう……!」
「惜しかったわね。でも、怪我が無くて良かったわ。本当に……」
戸惑ったギコチない笑顔で答えるルークに、ティアは優しく微笑み返す。
続いてイオンが、やはり“憧れ”の眼差しでルークに微笑み掛けてきた。
「最後の一刀は凄かったです、ルーク。ぼくには、まるでルークの腕が一瞬消えたようにすら見えたのに……」
イオンは、一度その眼差しをマルコに向けたが、
「剣術は奥が深いのですね?」
と、“憧れ”に“探求”の光を加えた翠の瞳をルークに向けて、微笑んだ。
「だから、おもしれーんだけどな。くやしーけど……」
ルークは視線を逸らして、適当に相槌を打つが、別の意味で居心地が悪くなってしまった。
「導師イオンの仰る通り、最後の一刀はかなり良かった。しかしまぁ、相手が悪かった。相手がの。」
コゲンタが達観したような顔で頷きながら、言った。
「『勝負は時の運』って話だが……。しかし、その『運』って奴は、剣なら剣に『想い』を注ぎ込んだ時間の長い者の方に傾き易い……」
コゲンタはそんな自分の表情に気が付き、ぴしゃりと、一つ額を叩いて笑った。
「なんだソレ……。年上には、イッショー勝てねぇーてのか?」
ルークは「納得できねえ。」という調子で言う。
「いやいや、言葉のあや。これは言葉のあやって奴でしてな。事はそう単純な話ではござらん」
コゲンタは、それに手を左右に振って答えると、腕を組み、
「実は、肝心なのは『想い』の方。自分に与えられた時間の内で、どれだけその『想い』を注げるかだ。一振り一振りを、常に“真剣勝負”で振るう者とそうではない者とじゃあ、全く違う。ルーク殿は、むしろこれから……此処からでござる」
と、コゲンタはふと真顔になり、続けた。
「おやおや、これは脱皮……もとい♪ ウカウカしていられませんね。マルコ?」
ジェイドは、マルコの肩に手を置くと笑顔で言った。
「……どうやら、そのようですね……」
マルコが薄く微笑み言った。
そんなマルコを、複雑な表情で見つめているルークに、イオンが声を掛けた。
「ルーク。良ければ、一息入れませんか?」
「え……?」
「昨日のお茶とは、また違う香りの茶葉があるんです。オレンジのような良い香りえ口当たりも優しいのですよ」
イオンはそう言って、微笑んだ。
「お……おう」
「よろしければ、ティアにミュウ、コゲンタもご一緒にいかがですか?」
イオンは、ティア達のほうを振り返り、微笑む。
「ほう、良いですな」
コゲンタが微笑んで言った。
そしてイオンは、ジェイド達にも笑顔を向ける。
「それは素晴らしい♪ とても嬉しいお誘いですが……。申し訳ありません、イオン様。ちょいと野暮用がありましてねぇ。ほら、私、一応は師団長じゃないですかぁ♪」
ジェイドは、爽やかな微苦笑と共に頭を垂れた。
「……申し訳ございません、イオン様」
そして、マルコは無表情で慇懃に敬礼する。
「そうですか……?」
少し残念そうな顔をするイオン。
「イオンさま! ワタシ、うーんっと、おいしー紅茶を淹れますねっ! コーカイすんなよぉ~。大佐に少佐♪」
アニスは、ぴょん……と跳ねるように元気良くイオンの前に出ると、寂しそうに陰る彼の顔を覗き込み微笑んだ。そして、ジェイド達にイタズラっぽい笑みを向ける。
「おやおや、それは口惜しい! 私、その口惜しさをバネに……お仕事、頑張ります♪ それでは皆の衆! 撤収~!」
ジェイドは、ラフな敬礼と共に、軽やかな足取りで船室へと戻って行った。
そしてルーク達は、昨日と同じようにイオンの船室でお茶を飲んでいた。
そのお茶は、イオンの言う通り、オレンジに似た爽やかな風味の口当たりで、ルークも初めて飲む味だった。
「ルーク……」
不意にイオンが、カップを皿に戻すと、改まった様子でルークに向き直った。
ルークは嫌な予感がした。
「あんだよ……」
また、拝まれるのではないかと身構える。
「今回の事、本当に感謝しています……」
イオンは微笑みながら、視線をルークの顔からカップの内に残る紅琥珀色のきらめきに彷徨わせて続ける。
「貴方のおかげで、戦が……何の罪もない人達は、もちろんですが……罪を抱えた者も無意味に命を落とす様な悲しい出来事を、きっと避ける事ができます。本当に、ありがとう……」
イオンは、その場で深々と頭を下げる。ルークは、そのまま紅茶カップに顔を突っ込んでしまうのでは心配になった。
それはともかく、拝みはされなかったものの、ルークは再びいたたまれない気分にさせられてしまった。
ルークは思わず、「これで何度目だよ? なんかオレに恨みでもあんのか……?」と考えたが、相手が『人の好い人間の代表選手』のような人物である事を思い出し、胸中で首を横に振ると、
「べつに……、オマエらがオレたちをバチカルまで連れてく……。うんで、オレがオマエらを伯父上のトコに連れてく。それで“かしかり”なしだろ? 流石にしつこいぜ、イオン」
ルークは、あえて“呆れ”を強調して“なんでもない事”のように言う。
イオンは一瞬ルークの言葉に面食らったような顔をしたが、何かを噛み締めるように瞳を閉じると、
「はい、ルーク。はい……」
花が咲くように微笑み、頷いた。
ルークは、そんなイオンに内心“呆れ”てしまったが、不思議と悪い気はしなかった。
「なにニヤニヤしてんだよ。ウゼぇぞイオン!」
「すみません、ルーク。ルークと話していると……なんだか無性に嬉しくなってしまって。ふっ……ふふふ」
「はぁ? なんだそれ……」
それは、平凡でありがちだが何にも換え難い、穏やかな小春日和のひと時だった。
しかし、そんなひと時は長くは続かない。
ひたすらに、不安と焦りを駆り立てる騒々しい警鐘の音で、脆くも崩れ去ってしまった。
「なん……だ!? っせぇ音……」
「これは……」
ルークは、頭の奥にこびり付くように響く耳障りな音によって、不安に駆られて立ち上がり、イオンは顔と身体を強張らせる。
「警報か?」
「はい、恐らく」
「イオンさま……」
油断無く立ち上がるコゲンタとティア。
<総員、第一戦闘配置! 総員、第一戦闘配置! 敵は上から来る! 敵は上だ!>
ティアの足下では、ミュウが身体中の毛を逆立て、しきりに首を動かして怯えている。
そして、アニス素早くイオンに寄り添う。
「敵……?! ティア……!」
突然の異常事態への不安と恐怖、何より彼女……ティアを気遣う感情が、ない交ぜになった複雑な表情のルーク。
ティアは、そんなルークに努めて優しい微笑みで頷く……が、それが精一杯なのか彼女の唇からは言葉は出てこない。
ルークは、何か言うべきか言葉を探すが、遥か頭上から連続して降り注ぐ大気を揺さ振るような轟音が邪魔をする。
「今度は砲声かの……? いよいよ唯事じゃあない……」
轟音……対空砲の炸裂音。
コゲンタは天井を……いや、さらにその上で逆巻いているであろう爆炎を眉をしかめて睨む。
「イオンさま。ワタシ、様子を見て来ましょうか……?」
アニスは青白い顔を固くしながらも、状況を打開しようと決意した表情でイオンを見つめる。
しかし、イオンは彼女の小さな肩に、そっと両手を置くと、首を横に振った。
「いいえ、アニス。いくら貴方でも下手に動き回るのは、かえって危険です。これは使えないでしょうか?」
壁に備え付けられている『遠声管』に近付くが、巨大な城門を勢いよく閉じた様な大音響がイオンの歩みを止めた。
そして、音は一つでは終わらない。思わず見上げた天井の遥か上で断続的に五回ほど響きた。
続いて聞こえてくる、無数の魔物と戦人の咆哮、軍靴の響き、悲鳴、怒号、破砕音、剣戟音
戦の音……
殺し合いの音だ……
「今度はなんの音だ!? ヤラれたのか!?」
「爆発ではなかったようだが……」
悲鳴に近い声を上げたルークを、コゲンタは宥めるように努めて冷静に言った。
「この音、もしかして『カゴ』……?!」
「籠って……!? あの『カゴ』の事ですか!?」
ティアは、音の正体の心当たりを口にする。それを聞いたアニスは、狼狽したような声で言った。
『カゴ』とは、文字通り長方形の籠状の物体で10人から15人の完全武装の神託の盾の騎士が乗り込む兵器の一つだ。
『カゴ』の上面部の四つの端に頑丈な鎖を括り付けられている。その鎖を巨大な翼で天を自在に飛ぶ魔物『グリフィン』に持たせて、目標地点すなわち敵陣のど真ん中、城塞の中、敵艦の甲板の上に、空から投げ捨……もとい降下させ、騎士団を展開させるという非常に攻撃的な物だった。
その『カゴ』が使われているいう事は……
「《特務師団》が……」
確かに『カゴ』は、神託の騎士団の兵器だが……騎士団全体が使える訳ではない
何故なら、生還率が異常に低いからだ。
使うとすれば、とりわけ強い信仰心と高い戦闘能力を持つ者で編成された《特務師団》だけなのだ。
つまり今現在、タルタロスは、少なくとも神託の盾の騎士団の二つの部隊に攻撃されているという事だ。
ライガやグリフィン、ドレイクなどの魔物を操り戦う、
『妖獣のアリエッタ』率いる《第三師団》
そして、味方の支援を受けられない状況での強行偵察、要人の救出、あるいは暗殺などのありとあらゆる“不可能”と思われる任務を遂行し達成する最精鋭部隊……
それが『鮮血のアッシュ』率いる《特務師団》
……である。
「そんな……、すぐに止めなくては……!」
「ダメです! ダメですよ! イオン様!! あぶないですってば!!」
その時、船室にノックの音が響く
息を飲む一同
「どなたかな?」
コゲンタは、壁に張り付き、妙に優しい声音でノックに応じた。無論、手はワキザシの鞘に添えられている。
「私です……。私ですよ……」
扉の向こうからくぐもっているが聞き覚えのある声が聞こえてきた。前もこんな事があったような……
「私ですってばぁ……」
声の主は、わざとらしい調子で続ける。
「ジェイド!」
イオンは、ほっとしたように声を上げ、
「良かった。来てくれたのですね。アニス、鍵を……」
とアニスを手招きする。
「じゃじゃーん♪ カーティスさんちのジェイドくんは、鍵を持っていなくてもダイジョーブ! そんな事よりも、御無事で何よりです、イオン様。では、不躾ですが、失礼いたします」
だがアニスが鍵を開けるその前に、ジェイドは細い針金のような工具を懐にしまいつつ、船室に入ってきた。
「ジェイド。一体何が?」
「敵か!? 魔物か!? ダイエーシとかいうノの仕業か!?」
イオンとルークがほぼ同時に言った。
「ふぅむ、流石はルーク様♪ ビンゴです。恐らくその全部でしょうねえ♪」
ジェイドは、いつもと変わらぬ調子で言い、
「ダアトから見れば、我々は導師をかどわかした極悪人ですから♪ 『皆殺しの特務師団』が来るであろう事くらいは、予想していましたが……」
と、とんでもない事を口にした。
「マルクト国内で……あまつさえ、イオン様が何処にいらっしゃるのか解らない段階で、『カゴ』を落とすは、魔物を放つはするとは思ってもみませんでしたよ♪ なんという荒業! 恐れ入りましたよ……」
ジェイドは、心底感心したように言った。感心している場合なのだろうか?
「和平交渉のために、艦の防御兵装の類を半分以上取り外してしまいましたからねぇ~。世の中、全て上手くいくようにできていない物なんですねぇ。けれども大丈夫です。私もマルコ達も、まだまだ諦めていませんから! イオン様、そしてルーク様、それに皆さんも、諦めない心の準備はよろしいですか?」
ジェイドは、後半を励ますような口調に変えながら言った。
「カーティス大佐……具体的にはどうするのですか?」
「そうですねぇ……。こんなのは、いかがでしょう?」
顔色は蒼白だが、努めて冷静な口調と表情で質問するティア。
そんな彼女とは対照的に、何時もと変わらない柔和な表情と口調で、休日の予定でも話すかの様にズレてもいない眼鏡を右人差し指で直しつつ切り出した。
「まずは、プランA! 私が皆さんを迎えに行く時間を稼ぐために、少ない人数で踏ん張ってくれているマルコ達と合流します。その後、アレックス達のいる艦橋に立て籠もります。先ほど申しました様に、此処からはセントビナーが近いですからね。神託の盾の皆さんもあまり時間をかけたくないはずです。まさに、意地の張り合い♪ 我慢比べという事になります♪」
気取った仕草で、そのまま人差し指を立て皆の注目を集め続けるジェイド。
「もしくは、プランB! このまま通風ダクトに潜り、マルコ達に陽動になってもらいタルタロスを降ります。運の良い事に、もう少しで我が軍の駐屯地があるセントビナーの領内ですから、そこまでダッシュというわけです。もちろん、マルコ達を見捨てる形になりますがお気に為さらず、彼らも、その可能性がある事は事前に打ち合わせしてありますので。最後の一兵となるまで立派に陽動を務めてくれるでしょう」
ジェイドは、ごくごく当たり前の事を言うような口調で微笑む。
「そんな……」
ジェイドの余りと言えば余りの言い草に、イオンは表情を曇らせた。
しかし、ジェイドは苦笑するのみで特に言い繕う訳でもなく、さらに続ける。
「まぁ、何をするにしても“まるっと全員”は助からないのです……」
ジェイドは肩を竦め、少しだけ寂しそうに達観的に微笑む。
そして、その微笑みを優しい物に換えて真っ直ぐにイオンを見つめ口を開く。
「……ですが♪ 個人的にはプランA! がオススメですよ。やっぱり犠牲は少ない方が、絶対に良いですよね?」
「プランAで行きましょう」
イオンが、真顔で頷いた。
「決まりですな」
コゲンタは、ティアと頷き合った。
「イオン様を『人質にとる体での寸劇』を行いながら突撃すれば、意外にすんなり突破できるかもしれませんよ」
ジェイドは、「グッドアイディア!」というような表情で呟いた。
「導師イオンの頭の上に『カゴ』とやらを躊躇いなく落とすような連中に通じるとは思えませぬがのぅ……」
コゲンタが、冗談なのか、本気なのか分らない発言に呆れたように言った。
「う~ん。やっぱりそう思いますかぁ?」
ジェイドは、大げさに腕を組んで言った。
その時、ルークが声を上げた。
「なんでもイイから!行くなら行こーぜ!! こんなトコロに、いつまでもいたらヤラれちまう!!」
「ルーク、落ち着いて。貴方は、私が護るから……」
焦れたように強い口調で言うルークに、ティアが努めて冷静に優しく言った。
「ティア……! オレ……は、その……」
ルークには、その言葉がひどく悲しく聞こえた。ティアに何か言ってあげたいという気持ちが動くが、やはり上手い言葉出てこなかった。
その時、コゲンタが、ルークの肩を軽く叩いた。
「隊列は、大佐殿が先頭という以外は、『森』の時と同じでよろしいな?」
と、いつも通りの顔と声で言った。
「ああ……」
ルークは、「おっさんは怖くねぇのか?」と思いつつ、返事をした。
そんなルークに、イオンが沈んだ声を掛けた。
「すみません、ルーク。ぼくの所為で、とんでもない事に……」
「べつに、オマエが悪いワケじゃねぇだろ。自分のせいじゃないコトまでアヤまんなよな……! ウザいだろ? さすがに……」
イオンの唐突な謝罪に、呆れて良いのかイラついて良いのか解らないルークは、詰まらなそうにそっけなく肩を竦めるだけに止めた。
「アヤまるヒマがあんなら、このバカさわぎ片づけるコト考えろよな!」
「ルーク……。はい……」
イオンは、一見粗野で気遣いの欠片も無いルークの言葉を噛み締める様にに頷き、ぎこちなく僅かに微笑んだ。
ジェイドを先頭に、船室から慎重な足取りで通路へと出る。
しかし、ジェイドはすぐに足を止め、後ろ手にルーク達へ静止の合図を送って来た。
息を飲むルーク。
コゲンタが、ワキザシの鯉口を切る音が妙に響いて聞こえ、思わず自分も腰の剣の柄に手を伸ばす。
皆の沈黙、殺し合いの喧騒、魔物の咆哮が、ルークの心から余裕をジリジリ……と削り蝕む。
「最初の方、どうぞ~♪ 鍵はかかっていませんよ~」
ジェイドが者前の扉ににこやかに語り掛けた。
カチリ……と小さな音と共に、ゆっくりと分厚い扉が開く。
そこには、血のような赤い縁取りがされた白い法衣を静かにはためかせた一人の神託の盾の騎士が、ルーク達の目の前に姿を現した。
背丈は尋常で、ルークとさほど変わらない騎士だった。
しかし、被った鎖頭巾と顔の大半を覆い隠す黒い覆面の間から覗く眼光は鋭く、ガラス玉のような無機質な光を宿している。
状況的には導師であるイオンの救出部隊であるはずの騎士は、異様な事にイオンやルーク達にも目もくれず、ジェイドを真っ直ぐに見詰めている。
「お会いできて光栄だ。マルクト帝国軍第一師団 師団長 ジェイド・カーティス大佐。それとも、『骸狩りのバルフォア』あるいは『マルクトの死霊使い』と、御呼びすべきかな?」
騎士は、言葉の意味とは裏腹に、まるで感情の起伏を感じさせない静かな声で言った。
「『骸狩りのバルボォア』……!? ジェイドさんが『マルクトの死霊使い』……?!」
ティアが、僅かに眼を剥いて驚嘆の声を漏らす。
ルークには、その字名と彼女が驚く意味が解らなかったが、あまり好ましい意味の名前ではない事だけは理解できた。
すろとジェイドが後ろ手に親指を立て、ルークとティアに頼もしく微笑み掛けた。
「いやぁ、私もすっかり有名人になったようですねぇ。コツコツとハッタリをカマした甲斐があったという物です♪」
騎士に向き直ったジェイドは、照れくさそうに頭を掻きつつ笑い掛けた。
「貴官が戦乱の度に、骸を漁るという悪い噂、我々も耳にしている」
騎士の無機質な瞳に、一瞬“軽蔑”と“同族嫌悪”の光が灯って消えた。
「うぅん、託児所の前のお花畑を世話してたりもするんですがねぇ? まぁ、それはそれとして、そういう貴方のお名前を教えて頂けますか?神託の盾の騎士様♪」
困ったように苦笑して、腕を組むジェイド。そして、そのまま小首を傾げて、騎士に笑い掛けた。
「神託の盾の騎士団 特務師団 第一強襲部隊所属 セルゲイ・レオーノフ響手。『導師イオンをかどわかした賊を処刑せよ』という命令を受けている。死んで頂く……」
騎士……セルゲイは名乗るやいなや、闇のように真っ黒で肉厚な短剣と共に、成獣ライガに勝るとも劣らない闘気と氷のような殺気を抜き放った。
諸々の事情が有りまして更新が遅くなりました。本当に申し訳ありませんでした。
オリジナルの用語や設定、登場人物が頻出する忙しない話でしたが、如何だったでしょうか?
ラルゴの登場を期待していらした方は、申し訳ありません。彼の登場はもう少し後になります。
因みに、原作には名前くらいしか登場しなかった特務師団ですが、拙作に登場する彼らは、命令さえあれば、いつでも、どこでも、どんな方法でも殺しにいくし、死ににいくという感じの冷戦時代の特殊部隊と狂信的だった一部の十字軍を掛け合わせたようなイメージで描けたらと思います。
展開も筆も遅いですが、今後ともご意見、ご感想のほどよろしくお願いします。