テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第29話 戦う者の矜持

「大変長らくお待たせしました、イオン様。さぁさ、参りましょう♪」

 

 ジェイドは血に汚れた槍を光に変えて消すと、パチンッ……と小気味良く手拍子を叩くと、朗らかな笑顔でルーク達の方を振り返った。

 

「あ! そうそうルーク様♪」

 

 そして、ジェイドはルークの顔を認めると何かを思い付いたように掌を叩くと微笑み掛けると、

 

「助太刀痛み入ります」

 

 と、頭を下げた。

 

「しかーし……剣術使いといっても、兵士ではない貴方が“兵士同士”の戦いに首を突っ込んではペケですよ」

 

 そして、頭を下げたままの姿勢で、顔だけをルークに向け、鼻先で両手の人差し指を交差させてバツ印を作り、優しげに微笑んだ。

 

「トンチキな話ですが、正規の軍人同士の殺し合いは合法。時として褒め称えられちゃったりします。がしかし、いわゆる緊急回避でない限り、いくら戦場にいたとしても軍人ではない方が敵兵士と戦う事は違法行為です。犯罪なんです。ダメダ~メです!」

 

「はぁ……?」

 

 ルークにはジェイドの言っている事の意味が解らなかった。

 

 ルークの中では、どんな理由、状況であろうと人が死なない事が一番良いに決まっているのだが……この男は何を言っているのだろうか?

 

「貴方のお腰の剣の出番は、ご自分と近しい方……ティアさんとイシヤマさんがピンチの時だけ!という方向性でお願いします♪」

 

 ルーク、ティア、コゲンタの順に顔を見回し、そしてもう一度ルークを見るとジェイドは自分の腰を叩きながら言った。

 

「なんだ……? さっきからワケわかんねぇコトしゃべりやがって……! なんの呪文だぁ、そりゃぁ?」

 

 ルークは、八つ当たりのようだと思いながらも、怒らずにはいられなかった。

 

「助けてやったんだから、アリガトウのヒトコトもねぇのか!?」

 

「これは、ちゃっかり♪」

 

 ルークの言葉に、ジェイドは何処か嬉しそうに顔をほころばせると、

 

「もとい! うっかりしていました。ルーク様、ありがとうございました。ジェイド・カーティス個人として感謝します」

 

 慇懃に頭を下げると、いつもの胡散臭いものではない微笑みを浮かべた。そして、

 

「うふふ、ルーク様がもしもの時は、個人として味方しちゃいますので覚……期待してくださいね♪」

 

 と続けた。

 

「ふん……!」

 

 そっぽを向いたルークの視線の先で、顔面蒼白のイオンに寄り添うアニスが控えめに手を上げた。

 

 彼女自身も、血の気が失せて顔色が悪い。

 

「あの、すみません……。大佐にルークさま。いろいろ話さなくちゃいけないコトはあるんでしょうけど……」

 

 ぎこちない笑顔で、同じく……いやずっと顔色の優れないイオンの顔と疑問顔のルークを交互に見つめるアニス。

 

「とりあえず、ここを離れませんか……?その、ここ……空気とか悪いですし」

 

 アニスのちらちらと辺りを見る茶色の瞳に釣られて、辺りを見回したルークの闘いで昂ぶりで麻痺していた嗅覚に本来の役割を呼び戻した。

 

 濁った赤と、生ぬるい鉄の匂いがルークの鼻孔を通って頭脳を直撃する。

 

 喉の奥から込み上げてくる物を、歯を喰い縛って、どうにかやり過ごした。いかに、こんな状況でも、ティアやイオンの前で醜態を晒すわけにはいけない。

 

「あぁ、すみません! そうですね、移動しましょう。イオン様にルーク様、しばしのご辛抱を♪」

 

 ジェイドはルーク達の顔を見回すと、爽やかに微笑むと、ピシリッと頼もしく親指を立てた。

 

 とその時、

 

「ルーク……」

 

「ティア。その、ワリぃ……返すよ」

 

 ルークは、囁くような優しげなティアの声に慌てて振り返り、奪ったままだった彼女の杖を返した。

 

 両手で杖を受け取ったティアだったが、そのままの姿勢でルークを見詰てくる。その顔は、

怒ったようにも悲しんでいるようにも見えた。しかし、どちらにしても真剣な眼差しである事は、ルークにも分った。

 

「あんな無茶、あなたがしては駄目。駄目よ……」

 

「考えるより前にって言うか、トッサだったんだ!それにムチャなんかしてねーよ!してねーけど……」

 

 ルークは、ティアに非難されているように感じて、弁解しようと叫びかけるが……

 

「ねーけど、わかったよ……」

 

 ティアの真っ直ぐな眼差しに、気圧されたルークは弁解を飲み込み、素直に頷いた。

 

 ティアの騎士としての立場や意志は理解しているし、悔しいが自分の実力不足も一応解っているつもりだっただからだ。

 しかし、ルークはティアの眼差しから逃れるように扉の向こう側に続く通路を睨み付けた。

 と、その時

 

「まぁ、真打ちの出番はまだまだ先……。ルーク殿は王族様らしく『ドン!』と構えていて下されば良い、って話でござる。」

 

 ルークは、こんな時に、しかも自らの手で人を二人も死なせたコゲンタが平然と冗談めかした事を言う事に怒りとも悲しみともつかない感情を覚えたが、口には出さなかった。

 

 赤黒く汚れた通路を急き立てられるように後にしたルーク達は、ジェイドを先頭に、ティア、ルーク、イオン、アニス、そして殿にコゲンタという順番で、通路を無言で歩く。

 

「そ、そういやさ! ティア!」

 

 その沈黙に耐えかねたルークは、前を行くティアに話し掛けた。

 

「さっきアイツが喰らった光の攻撃……ふういん?なんとかって、ナンなんだ? ヤバい物だよな、大丈夫なのか?」

 

 ルークはティアの切迫した言葉を思い返しつつ、ジェイドを指差し首を傾げた。無理矢理切り出した話題であったが、気になってはいたのだ。

 

「あれは……」

 

「《アンチ・フォンスロット》ですよ。単純に封印術と呼ぶのがポピュラーですが。いわゆる『呪い』の様な物ですね♪」

 

 ティアの言葉に割り込むような形で、ジェイドのどこか楽しげな言葉が重なった。

 

「細かな仕組みや製法は省きますが、様々な形の『呪い』の儀式譜術を簡略化および超小型化した武器……半世紀ほど前の争乱の最中に開発、乱用された武器です♪」

 

「名前の通り、人の身体の音素の働きを弱めたり、乱したりして、戦えなくしてしまう物なの……」

 

 ティアがジェイドの説明を引き継ぐ形で、簡単な言葉にして言い直した。

 

 しかし、研究発表のスピーチのように軽やかなジェイドの口調とは対照的に、ティアの口調は苦虫を噛んだように沈んでいる。

 

 《封印術》は、強力な譜術士や戦士を拘束するために使われるが……

 

『その場でそういう譜術を使って一時的に動きを封じた上で鎖や手錠、縄を使えば済む話』

 

 であって、よほどの事情や悪意がなければ、手間と費用の無駄の一言である。そして、言うなれば封印術は傷病兵を無闇に増やし、伝染病を蔓延させる事もある“毒”である。

 

 というある研究書の一説を思い出しながら、ティアは続ける。

 

「心臓の働き病気への抵抗力も無差別に弱めてしまうから……強い物だと、そのまま死んでしまう人もいるし、感染症の原因にもなるわ。国際的な決め事で使用が禁止されているはずなのに……」

 

 ティアは忌まわしい事を口にするような表情で言った。

 

「だっ……大丈夫なのか!? それ!!」

 

 ルークには、説明の細かい部分までは分からなかったが、とにかくヤバい物だというのは充分に分かった。

 

 そして、思わずジェイドに気遣わしげな顔を向けた。

 

「それは、本当ですか?!」

 

 ルークに続いてイオンが声を上げた。

 

 イオンにしては珍しい問い詰めるような強い口調であった。確かな“死”を目の当たりにしたせいかもしれない。

 

「お米……もとい! もちのろんですよ、大丈夫ですとも♪ ルーク様に助けて頂いたので、かかりが甘かったんじゃないですかねぇ♪」

 

 ジェイドは、いつもの胡散臭い笑顔で答えた。

 

「それでも、僅かな違和感や息苦しさなどはありませんか? ジェイドさん」

 

 ティアが治癒術師の顔で尋ね、気遣った。

 

「なんのこれしき! 全身に筋肉とは逆さに張るバネを巻き付け、鉄の靴を履いて生活した“あの頃”よりは軽い物ですよ♪」

 

 ジェイドは軽やかにターンして、親指ポーズをバッチリ決めて、頼もしく微笑んだ。

 

 どうやら、影響がないワケではないようだが、ジェイドはそれを全く表には出していない。

 

 その彼の態度が、「心配かけまい」としているのか、本当に大丈夫なのかルーク達には分らなかった。

 

「……」

 

 その様子を黙って見ていたコゲンタは、手をこまねいた。

 

 そうこうする内に、耳を打つ外の喧騒が心なしか静まったように感じ始めた時、ジェイドが扉の前で立ち止った。

 

 「さぁ!この扉の向こうは、地獄といっても過言ではない状況でしょう。心と体の準備はよろしいですか?」

 

 ジェイドは、振り返ると全員の顔を見回した。その顔は笑顔だったが出会ったばかりのルーク達にも分るほどの“真剣”の色が宿っていた。

 

 そんな言葉に息を飲むルークの肩に節くれだった手が優しく叩いた。

 

「わっ!?」

 

 振り返ると、それはコゲンタだった。

 

「なんだよ、おっさんかよ! 脅かすなよ!」

 

 怒るルークに、コゲンタは笑顔で答えると、

 

「大佐殿。少しお待ち願おう」

 

と言った。そして、

 

「力が入り過ぎているな、ルーク殿。抜き過ぎても良くないが、入り過ぎるのも技の出が鈍りますぞ」

 

 コゲンタは苦笑しつつ、肩をほぐすように回して見せ、続けた。

 

 しかし、ルークにはそんなコゲンタの表情が何故か不自然で、沈んだ感情を無理矢理押し上げているように感じた。

 

「これから、戦場を突っ切ろうと言うのだ。無理もない事だがの。一人で全員を相手取ろうってワケじゃあないんだ……」

 

 いかにも難しい顔で頷きながらコゲンタだったが、その表情を苦笑に変えて、さらに続ける。

 

「そんな事、やろうと思って出来る物じゃぁないし、する必要もない。相手も当然、ルーク殿お一人に掛かり切りになるわけではありませんからの」

 

 コゲンタは、ゆっくりと言った。言葉を選んでいるようだ。

 

「互いの刃が届かない所にいれば、それは“敵であって敵ではない”って話でござる。何事も上手い場所取りが肝要。戦わない為の場所取りを全力でしよう、ルーク殿!」

 

「は……? あぁ……うん、お、おう……?」

 

 剣術の事はともかく、本当の殺し合い……『戦争』に関しては全くの素人のルークですら“困難”であると解る事を、あまりに気安く言ってのけるコゲンタに呆気にとられてしまった。

 

 いや、それは気安くでは無い。それは、『言霊』だ。

 

 以前、師 ヴァン・グランツから教わった事が有る。

 

 人には、例えどんなに困難な事でも、やらなければならない事が有るのだと……

 

 だから、人は時として決意を言葉にするのだと。

 

「あぁ、やるよ、場所取り! やってやろうじゃんか! ヴァン師匠の剣を避けるよりゃ簡単だ!」

 

 ルークは、ヤケクソ気味に答えた。

 

「頼もしいな、では参ろう」

 

 と、コゲンタは笑った。

 

 そして、重いハッチを開けると、そこには剣を手にした二人の兵士が立っていた。

 

 咄嗟に構える一同。

 

 しかし彼らの来ている服はジェイドの物と似た青い軍服だ。マルクト兵だという事に気が付き、警戒を解いた。

 

 マルクト兵二人も、ジェイドやイオンの姿を認めると慌てて剣を下ろし、敬礼をした。

 

「大佐! ご無事でしたか!?」

 

 そして、兵士の一人が上と続く梯子を振り仰ぎ、

 

「マルコ少佐! カーテイス大佐です。イオン様もご一緒です!」

 

と叫ぶように言った。

 

 

 そして、ルーク達は梯子を上り、甲板へと出た。

 

 そこにはマルコ少佐と十数人のマルクト兵がいた。

 

 皆、青い軍服を血の色で汚していた。そして彼らの脇には幾人もの亡骸が横たわっていた。

 

「ひどい恰好ですね? 一億三千万の女性ファンが泣きますよ。けれど、無事で良かった。マルコ♪」

 

 ジェイドは、場違いな朗らかな調子で言った。

 

「そちらこそ、ご無事で何よりです。大佐」

 

 マルコは生真面目な敬礼でそれに答えた。

 

「まぁ、小丈夫と言った所でしょうかねぇ……」

 

 そして、ジェイドは、カースロットを掛けられた事をマルコに告げた。

 

「なるほど……」

 

 マルコは俯き、考え込む。

 

「しかし、さすがはマルコ♪ 甲板の敵は一掃したんですねぇ」

 

 ジェイドは感心したという風に言う。

 

 しかし、マルコは一瞬、悔しさに顔をゆがめて呟く。

 

「いいえ、此処で倒した数は少な過ぎます。私なら戦うより、まず機関室と艦橋を狙います。機関室への扉は閉ざされてしまっていました。恐らくは、もう……」

 

「う~む、今はまだ閉め出されたと考えるべきですね。機関室の方達が、自ら閉ざしたと祈らずにはいられませんが……」

 

 ジェイドは苦笑して頭を掻いた。

 

「艦橋の方はどうなっていますかねぇ? アレックス達とも合流したい所です」

 

 ジェイドは、艦橋部を見上げた。

 

「彼らの生死は不明です。遠声管も通信機も不通です。しかし艦橋部には、あの兵器も一台しか落ちていません。比較的手薄かと……」

 

 マルコは、元の無表情に戻って答えた。

 

「そうですかぁ。ではここは一致団結して、そこを抜け、アレックス達と合流しましょう。ではマルコ、号令を♪」

 

「了解。全員整列! 我々は、これよりカーティス大佐の指揮下に入り、艦橋を目指し、ロッシ艦長と合流。艦橋が敵に手に落ちていた時は、これを奪還する」

 

 マルコは、ジェイドに敬礼すると部下達に号令をかけた。

 

 そして、

 

「ディードヘルド伍長、トニー二等兵。 まず周辺を調べて、梯子の安全を確保しろ」

 

 と命令を下した。

 

「了解」

 

「りょ……了解!」

 

 ディードヘルドは迷いなく、トニーは一瞬怯みながらも、命令に応じる。

 

 ディードヘルドは手斧を、トニーは剣を手に下げ、艦橋に続く梯子へと歩き出した。その途中、ルーク達の方を向くと、ニヤリと大きく笑い、敬礼した。

 

 梯子のすぐ近くにある船室へと続く扉が開いている。しかし影が濃く、奥までを見通す事はできない。

 

 慎重に梯子へと近付いて行く二人。

 

 トニーは梯子に近付くと上を見上げる。ディードヘルドは戦闘態勢を取りつつ、扉へと目を向けた。

 

「上に敵は見当たりません!」

 

 トニーは少年の面影を残す顔を決死の表情にして、言った。

 

「おし。お前はそこにいろ」

 

 ディーヘルドは、手斧を両手に握り直すと扉へと近付いて行く。

 

 その時、部屋の奥で何かが閃いた。

 

 次の瞬間、ディードヘルドの首を矢が貫いた。

 

 またしても、ルーク達の眼の前で死闘が始まった。ルーク達は生き残る事ができるのか?




 忙しさにかまけていた上に、体調を崩していた事もあり、とても遅くなってしまいました。本当に申し訳ありませんでした。
 次は、もう少し早く更新できるように努力します。

 この物語のジェイドは、今回の場面で原作とは正反対の考え方を語っています。

『兵士と戦うのは、同じ兵士でなくてはならない』
という物です。

 リアルに考えますと『ハーグ陸戦規定(条約)』という国際的な決まりがあり、これには戦闘員、非戦闘員の定義も述べられています。
 専門的な話になりますので割愛しますが、これに則って考えるとあのシュチュエーションでルークが戦うと、彼は『テロリスト』になってしまいます。
 いずれにしても、まともな国のまともな軍人が自認していれば、「…戦力に数えますよ」などと言ってはならない事柄なのは確かです。
 皆さんはどう感じましたか?

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