テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

30 / 68
 警告:今回は、暴力的、グロテスクな場面が含まれています。

 この物語には映画「キングダム・オブ・ヘブン」(監督リドリースコット 主演オーランド・ブルーム)をオマージュした場面があります。


第30話 死闘 赤の邂逅

 首を矢で貫かれたディードヘルドは、続けて飛んできた矢を手斧で弾きながらも、数歩タタラを踏み、床の血だまりに足を取られ転倒した。

 

「伍長!!」

 

 トニーは悲鳴に近い声で叫び、盾を掲げて彼の許へ駆け寄る。

 

 しかし次の瞬間、矢はトニーの盾を避けて膝に、そして体勢を崩した彼の胸にも矢が突き立てられた。トニーは絶叫を上げ倒れ伏し、それを見たルークも同時に悲鳴を上げ腰を抜かし尻餅を突いてしまう。

 

 その悲鳴と音を合図に全員が動いた。

 

 兵士達は、盾を手にルーク、イオンの前へ躍り出て、密集陣形を作り出す。ティアはトニー達の許へ駆け寄りたい衝動を抑え、防御譜術の詠唱を始める。

 

「堅牢なる防壁を! 『フィールド・バリアー』!!」

 

 ティアが鋭く聖句を唱える。彼女の足下に複雑な譜陣が一瞬輝くと、ルークとイオン達の周りに見えない音素の障壁が形作られる。

 

 それと同時に、ジェイドが数発の白い音素の弾丸を放った。

 

 音素の弾丸は、船室へと吸い込まれ炸裂した。大音響と共に船室から煙が立ち上る。

 

 一瞬の静寂。そして、一様に鎖頭巾や兜そして覆面で顔を隠し、赤い縁取りの黒い法衣を身に付けた男達が、剣やナイフを手に飛び出して来た。

 

 先のセルゲイと同じ特務師団に違いなかった。その数、十数人。あの小さな船室の中にそれだけの人数が隠れていたのだろうか。しかし、あの特殊兵器「カゴ」に籠ってきたのだ。彼らにとっては快適な環境だったかもしれない。

 

 彼らは、餓狼の思わせる敏捷さと獰猛さを持って、ルーク達に襲い掛って来た。

 

 ルークの耳には剣と盾が激しくぶつかり合う鈍い騒音が、そして目には飛び散り舞う火花が、奇妙なほど鮮明に飛び込んでくる。

 

「イオン様、ワタシの後ろから離れないで下さい!」

 

 アニスが背後を取られぬために甲板の端へとイオンを導きながら、鋭く言った。

 

 その時、ナイフを手にした一人の騎士がマルクト兵を刺殺して、アニス目掛けて疾走し迫る。

 

 アニスは、トクナガを巨大化させようと両手で掲げるが……

 

 騎士はそれ以上に敏捷な動きで距離を潰し、回し蹴りを放ち、アニスを横へ吹き飛ばした。トクナガでそれを受け止め、直撃を避けたアニスだったが、体重の軽い彼女は宙を舞い、甲板の手すりを越えて、森へと落ちていった。

 

「アニス!」

 

 イオンは、アニスの姿を探すために手すりから身を乗り出したが、すでにアニスの姿は見えず、視界いっぱいの森の木々が後ろへと流れて行くだけだ。

 

 そんな彼に、騎士はナイフを手にしたまま、ゆっくりと歩み寄って来た。

 

 イオンは騎士の方を振り向くと、一瞬怯んだような表情を見せたが、すぐにローレライ教団の導師の顔になると、

 

「もうやめて下さい、このような事! 神が、ユリアがこんな事を望むはずがありません!」

 

と、毅然とした態度と声で叫ぶ。

 

 しかし、そんなイオンの必死の言葉でも目の前の騎士には届かない、歩みを停める事すら出来ない。

 

「始祖ユリアの御心は、小官などが理解出来る事柄ではありません。『貴方様を奪還せよ。』という命令に従うのみです。ご同行願います」

 

 と、事務的に答え、彼を捕らえんと手を伸ばす。

 

 その時、騎士の足下に短い槍が突き立てられた。

 

「怖いですね~。騎士ともあろう御方が、そんな人を怖がらせる様な物言いはペケですよ♪」

 

 ジェイドが微笑みながら、立っていた。

 

「……ジェイド・カーティス……」

 

 騎士は低く呟くと、ジェイドに向き直る。

 

「イオン様、こちらへ♪ しばらくは私が、トクナガじゃなかった……、アニスのピンチヒッターですよ!」

 

 ジェイドは、槍で騎士を牽制しながら、イオンに微笑みかけた。

 

 

 コゲンタは、ルークの前に立つティアと人間の壁を作るマルクト兵達の間に立ち、腰を落とすと、ワキザシを抜き、右手だけで突き出すように構えた。空いた左手は鞘に添えられている。

 

「ルーク殿、ティア殿! 心配めさるな、必ず切り抜ける!」

 

 コゲンタは、オラクル達を見据えたまま二人を励ますようにを言った。

 

 その時、一人の巨漢の騎士がマルクト兵の防御を掻い潜って来た。騎士はそのままの勢いで、身体ごとぶつかってくるような突きを放って来る。

 

 コゲンタは、ワキザシで騎士の剣の軌道をずらし、受け止めた。

 

 騎士はすぐに飛び退こうとした。しかし、身体が動かなかった。コゲンタの巧みな体重移動で、その場に釘付けにされたのだ。

 

 騎士は一瞬、覆面の下で困惑したような顔をしたが、すぐに頭を切り替え、力任せに押し退けようとする。しかし、コゲンタは騎士の法衣の襟を空いている左手で掴むと、騎士の押す力を利用したうえで足を払い、騎士を投げ飛ばした。

 

 騎士は転がるように仰向けに倒れ伏した。そして、騎士の胸をワキザシが突き刺し貫く。

 

 コゲンタは、すぐにワキザシを引き抜く。

 

 鮮血がほとばしる。

 

 騎士の顔が、驚愕に歪む。そして、すぐさま、その首筋をワキザシの刃が滑り、彼の息の根を止めた。

 

 しかし息つく間も与えず、コゲンタにもう一人の騎士が立ちはだかって来た。

 

 

 ティアは、ルークの側を離れず防御譜術を展開しながら、マルクト兵達を援護するために『シャープネス』の詠唱をしていた。

 こんな乱戦では譜歌を唄う余裕が持てない。

 

 彼女は、自分の不甲斐なさに一瞬唇を噛んだが、すぐに意識を集中させ、譜術を発動させる。

 

 その時、乱戦の隙間を縫って、一人の騎士が進み出た。弩を構え、ティアに狙いを定める。しかし、ティアは譜術の詠唱に集中していて、気が付いていない。

 

 矢が放たれたその時、マルコがティアに横から跳びかかる様に押し倒した。

 

 彼の左脇腹に矢が突き刺さる。そして、二人は揃って倒れ伏し、その拍子に刺さった矢が折れた。

 

「ティッ、ティアァァ!!」

 

 ルークが叫ぶ。

 

 その声を背にマルコはすぐに甲板に手を突いて、起き上がると、弩に矢をつがえる騎士に向かって走る。マルコは、甲板の上をほとんど平行になるような姿勢で走り、騎士との間合いを一気に潰すと、騎士を抜き打ちに斬り倒した。

 

 しかし、ティアは起き上がらない。外傷はないように見える。しかし、ピクリとも動かない。

 

「ウソ……だろ? ウソだろぉ!? ティア!!」

 

 ルークはワナワナと震えながらティアに駆け寄った。

 

「ルーク殿、落ち着かれよ!」

 

 コゲンタが騎士と切り結びながら、声を上げた。しかし、また一人の騎士が斬りかかられ、その場を動く事ができない。

 

 しかし、ルークにはコゲンタの声は届かないのかうわ言のようにティアを呼び続けている。

 

 その時、一人の男が乱戦の中を悠然と歩いて通り抜け、ルークとティアの前に歩み寄って来た。男は、頭から足まで黒ずくめで、手に剥き身の軍刀を下げている。

 

 鮮血のアッシュだった。

 

「女の後ろに隠れてるだけの屑が……」

 

 鎖頭巾と覆面の奥でぎらつく瞳を忌々しげに歪め、ルークを見下し低く毒吐く鮮血のアッシュ。

 

「戦場なんかに来るんじゃねえぇっ!!」

 

 鮮血のアッシュは、鋭く吐き捨てると同時にルークに向かって軍刀を振りかぶった。

 

「誰かルーク様を御守りしろ!! ぐっ……くっ!!」

 

 マルコが、二人の騎士と切り結びながら叫んだ。ルークに気を取られていたため、手首を浅く斬られた。しかし、マルコは剣を振り、斬り付けた騎士を押し返した。

 

 その時、一人のマルクト兵が凄まじい勢いで鮮血のアッシュに向かって、突進してきた。

 

 ディードヘルトだった。

 

 首に矢を刺したままで立ち上がり、右手に剣、左手に手斧を掲げて、乱戦の中を声に成らない雄叫びを上げて突っ切って来た。

 

 しかし、一人の騎士が彼に立ち塞がる。

 

 矢によって呼吸もままならないらしく、ディードヘルトの顔は紫色に変じ始めている上に、彼の軍服は首から流れる血で、蘇芳色に染まっている。

 

 しかし、その瞳には凄まじい闘志の炎が宿っている。

 

 騎士は、彼を重傷者と見て侮り、無造作に剣を突き入れる。

 

 だが……

 

 ディートヘルトの左手に持つ斧が、騎士の兜を強かに殴り払った。騎士が大きく体勢を右前方に崩した所を、ディートヘルトは右手の剣で容赦無く騎士の足を切り払う。

 

 騎士は罵り声を上げながら、転倒した。

 

 ディードヘルドは、倒れた騎士の肩口へ手斧を叩き付けた。手斧は騎士の胸元まで埋まった。

 

 騎士は絶叫を上げながら、絶命した。

 

「ふん、面白い……。相手をしてやる」

 

 鮮血のアッシュはそんな光景を目にしても、何の感慨もなく呟くと、ルークから視線を外し正眼に構えた。

 

 ディートヘルトは、鎖帷子がひっかかり抜く事のできなくなった手斧をそのままにして、騎士の亡骸を跨ぎぎ越すと鮮血のアッシュに向き直ると、剣を頭の上にかざすように振り被った。上段の構えである。

 

 二人が向かい合ったのはほんの一瞬だった。

 

 アッシュは何の迷いも見せず動く。ディートヘルトは巨体に似合わぬ鋭い動きで、それに反応した。

 

 辺りに刃が打ち合う音が鳴り響く。

 

 鮮血のアッシュは凄まじい力に圧され、堪らずたたらを踏む。

 

「馬鹿力が……」

 

 アッシュは舌打ちしながら、飛び退いた。

 

 ディートヘルトは息つく暇を与えまいと横に切り払った。

 

 鮮血のアッシュは今度は受けずに、身体を横に倒して躱し、そのまま距離を取るために床を転がり、跳ね起きた。

 

 鮮血のアッシュとディートヘルトは再び対峙する。鮮血のアッシュは脇構え、ディートヘルトは再び上段に構えた。

 

 鮮血のアッシュは目をすがめ、ディートヘルトを睨み付ける。

 

 ディートヘルトは、猿のように歯を剥き、血走った眼を見開いて睨み返している。その間も、彼の口の端からは血泡が吹き出し流れている。

 

 鮮血のアッシュは逆袈裟に切り上げ、ディートヘルトは真っ向から切り下げる。

 

 動いたのは同時だった。

 

 しかし、深手を負い、血を流し過ぎた事でディートヘルトの身体をわずかに強張らせ、手元を狂わせた。

 

 ディートヘルトの剣が鮮血のアッシュの脇にそれ、彼の肩の鎖帷子を火花を散らして滑った。

 

 そして、鮮血のアッシュの剣がディートヘルトの左あばらに吸い込まれ、彼のあばらを半ばまで断ち割られた。

 

 二人がすれ違った。

 

 ディートヘルトは胸から夥しい量の血を流しながら、数歩歩くと座り込むように膝を突いた。そして、天を仰ぎ、首の矢を上に向けるとそのまま動かなくなった。

 

 鮮血のアッシュは、その光景を一瞥したが、すぐに興味を失ったようにルークに向き直った。

 

 ルークが見たのは、そこまでで急に目の前が暗くなり、彼の意識はその暗闇の淵に飲み込まれた。

 

 鮮血のアッシュは、そんなルークに向かって軍刀を振り上げる。

 

「……!? ルーク!! アッシュ、やめて下さい!!」

 

 戦士達の入り乱れる死闘の間を縫って、その情景に気が付いたイオンは、普段からは考えられない大声で叫ぶ。そして、アッシュは断末魔と剣撃の響みの内に在っても、イオンの悲痛な叫びに気が付き、一瞬その動きを止めた。

 

 しかし、アッシュはあろうことか自分の所属するローレライ教団の最高指導者であるイオンに、侮蔑の視線を向けるだけで軍刀を下ろそうとしない。

 

 そしてついに、アッシュはイオンを無視し、両手で柄を握り直し刃筋を立てた軍刀を意識を失い無防備なルークに向かって振り下ろした。

 

「止めろアッシュ。あの御方の御命令を忘れたか?」

 

 その時、女性の声が鋭く響く。

 

 振り下ろした刃をルークの寸前で止めたアッシュが振り向く。

 

 そこには金髪の女性が凛然と立っていた。長身に黒い法衣を身に付け、腰には剣の代りに吊り下げ嚢に納まった二丁の譜業拳銃を下げている。

 

 惨禍の内でさえも、彼女は美しかった。だが、どこか険のある美しさだ。

 

「それとも我を通すつもりか?」

 

 女性は、落ち着きを取り戻したように静かに言った。彼女の眼が危険な色を帯びる。

 

 アッシュは舌を打ちながら、軍刀を下げた。

 

 

 こうして赤に汚れる戦場で、朱い髪の少年と紅い髪の騎士が会いまみえた。そして、ルークの運命はさらに大きく動き始める。




 今回の戦闘シーンは如何でしたか?
 スピード感を表現できていたでしょうか?
 因みにいくつかの剣客時代小説に影響を受けています。

 さて、今回もオマージュした「キングダム・オブ・ヘブン」(ディレクターズ・カット版)について。
 これは、12世紀のエルサレムを主な舞台にキリスト教徒とイスラム教徒の闘いを描いた映画です。
 これは私の主観なのですが、映画中に多用されている「神の意思」や「信仰心」という言葉を「預言」に言い換えて考えると、(原作ではあまり描かれていない)アビスの世界の人々が抱く預言への思いというのは、こういう事なのではないかという事を感じました。
 アビスの世界観をより楽しむためにも観ると良い作品だと思います。
 因みに、私は映画としても一見の価値ありだと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。