先頭に立つジェイドが、手近にあった伝声管に素早く取り付き、
「死霊使いジェイドの名において命ずる。作戦名『骸狩り……にも飽きたので、仲良しみんなで苺狩り♪』始動せよ!」
と、歌劇の舞台役者さながらの妙に通る声で、朗々と唱え上げた。
その時、タルタロスの船体が腹に響く音を立てて大きく揺れた。砲撃などの外からの衝撃ではなく、内側から揺るがす物だというのが分かった。
そして続いて、断続的に何か重く大きな物が落ちる騒音が響く。
「な、何が……おきたの……?」
アリエッタがティアの法衣の袂を掴み、怯えた声で彼女を見上げる。
「……わかりません。でも今、響いている音は隔壁が降りているんだと思います」
「その通りです、ティアさん。心配いりませんよ、アリエッタさん♪ これは、タルタロスに備わった緊急停止機構が作動したのです♪ こんな事も有ろうかと! と取り付けられた、敵に拿捕された場合の為の装置です。発動から、2880分すなわち丸々二日は、何をどういじってもタルタロスは動かせません。私と艦長のアレックス以外はですが♪」
アリエッタの疑問に答えられないティアに代わって、騒ぎの張本人であるジェイドが何処か自慢をする様な口調と表情で解説し始めた。得意気に真っ直ぐ伸ばした人差し指も忘れない。
「神託の騎士団の方々に、盗んだタルタロスで走り出してしまわれては大変ですからね。走っている陸艦から飛び降りるのは、文字通り骨が折れちゃいますからね♪ では、参りましょう」
微笑むジェイドに、なんとなくイラつきを覚えながら彼に続き、収監室を出たティア達に続いて出入口をくぐったルークの眼に奇妙な光景が飛び込んで来た。
「なっ!? なっ……な、な、な……?!」
予想もしていなかった光景に、ルークは飛び上がり悲鳴を上げんばかりに驚いたが、ティアの目の前である事を思い出し何とか堪えた。
それは、倒れ伏しぴくりとも動かない三人の神託の盾の騎士であった。
恐らく、収監室……つまりルーク達の見張り番だったのだろう。しかしどうやら、彼らは気絶しているだけで、死んではいないようだった。
「ティアたちを助けるのにジャマだったから……。このコにたのんだの……」
誰に言うでもなく、ぽつりと呟いたアリエッタは、ライガスを仰ぎ見る。と、彼あるいは彼女はアリエッタの視線に応える様に、バチリッ……と肩から伸びる角に紫電を、ひとすじ奔らせて優しげに唸る。
ティアとコゲンタは、アリエッタの言葉に、一応は「あぁ、なるほど……」と頷きはするが、その顔は困惑した苦笑いだった。
そして、ジェイドは「ゲンキが一番! ゲンキなキミが好き♪ そのままのキミでいて……」とでも言うような、胡散臭いほどの優しく柔らかな微笑みを浮かべ、一人頷いている。
一方、ルークは何をどう言い表して良いのか解らなかったが、何かに裏切られた様な気分だった。
しかし、この少女もイオンと同じで『怒らせてはいけない種類の人間』という事は理解できた。
「さて皆さん♪ それでは、皆さんをタルタロスに御招きした時に使いました左舷昇降口まで急ぎましょう。緊急停止した場合は、あの出入口しか使えないようにしてあるんです。嫌がらせとして♪」
ジェイドは、ずれてもいない眼鏡を指で直しつつルーク達を見回した。
「っても、このカベで道がふさがってんじゃねぇかよ。通れねーじゃん、どうすんだよ?」
ルークは、呆れと不安のない交ぜになった疑問を口にした。
「ふふふ、心配いりません。その辺りの事もちゃんと考えています♪ 大きな声では言えませんが、実は私、兵士達の軍需物資の横な……もとい! 不用品リサイクルの内職に一枚噛んでいましてね。今回、都合よく不用な雷管を持ち込んでいるんです♪ それを使っ……」
ジェイドは、いやに爽やかな笑顔で不穏な事を口にする……
しかし、彼の言葉は耳をつんざく金属がひしゃげる高いが重い騒音に遮られた。
転瞬、ジェイドはルークを庇うように振り返った。
見れば、ルーク達のすぐ脇の隔壁に四本筋の切れ目が入り、強固なはずの隔壁を大きく歪ませていた。
その切れ目の断面は、赤々と焼け付いて煙を放っていた。
「ルーク、離れて!」
ティアは鋭く言うや、杖を構えてルークとジェイドの前に立った。その足元にはすでに複雑で緻密な譜陣が描かれ、白く輝いている。
「ティア。だいじょーぶ……」
皆の前に、とことこ……と歩み出たアリエッタは振り返り、はにかんだ様に微笑んだ。
この様な非常事態の、何がどのように「だいじょーぶ……」なのかと、ルークは思わずアリエッタに怒鳴りつけてしまいそうになった瞬間。
隔壁にバツ印を描く様に、さらに斬り付けられた。
斬られ、焼かれ、溶かされ、捻じ曲げられ、脆くなった隔壁を突き破り“何か”がルーク達の眼の前に現れた。
“何か”は《ライガ》だった。チーグルの森で見た門番ライガに勝るとも劣らない体躯の成獣ライガだ。
巨獣は、熱せられた金属のような爪で通路の床を焦がしつつ甘えた声を上げながら、アリエッタに歩み寄って来る。
ライガは、彼女の胴体よりも巨大な頭を彼女に擦り付けた。
ルークは条件反射のように彼女の身を案じたが……
彼女がその小さな手でライガの大顎を撫で上げると、ライガは甘えた声で鳴く。
それを目の当たりにして、この少女が『妖獣』の二つ名を持つ六神将である事をルークは思い出した。
「このコに、カクヘキを引きサいてもらいながら行けば早い。アリエッタがアンナイする。そのほーがアンシン……」
アリエッタはルーク達を見やり、決意の表情で頷いた。
「ふ~む。これは、悲しい事ながらジェイド案は遥か水平線の彼方……使う必要はなくなりましたねぇ。流石のカーティスさんちのジェイドくんもアリエッタさんの行動力にタジタジのタジです♪」
ジェイドがしきりに感心したように苦笑し、
「確かにアリエッタさんの仰る通り、我々だけで行動するよりも、アリエッタさんにご一緒して頂いた方が、『あの手この手』が増えますからねぇ。そのほうが私も楽チ……もとい、安心安全です♪ 魔物とも騎士の皆さんとも戦わなくて済むかもしれません。避けられる戦いは避ける。それが軍人さんのお約束ですからね!」
と続けながら、ずれてもいない眼鏡を直した。
一方、ティアは指先で僅かに頬を撫でながら、しばし黙考する。
ジェイドの言う事も分かる。彼の言う通り避けるれる戦いなら避けるべきだ。
しかし、アリエッタの立場はどうなるのだろうか?
神託の盾騎士団にとっては、云わば捕虜である自分達と行動している所を見られたら、アリエッタがどんな咎めを受けるのか分からない。
ティアは、ふと直属の上官カンタビレの言葉を思い出した。
『誰かを助けたり、何か違うと思う事に出くわして、その“ゴタゴタ”を片付けるのに、お前達それぞれが持つ信仰なり思想信条なりが邪魔になるようなら……そんなモン、その場で捨てちまいな!』
『無責任? 冒涜的? そうかもね。けど、薄情なクソ野郎になっちまうより万倍もマシだね。だいたい、それがホントに必要なモノなら、“ゴタゴタ”が片付いた後で、また拾っちまえば良い話だろ? 拾い喰いも出来ない“御上品なお嬢ちゃま”は、私の部隊にはいらないね。お帰りはあちらだよ?』
『そもそも《ローレライ》がホントに、いわゆる“神さん”とやらなら、そんくらいのコト笑って許してくれるさ。もし……許されなかったのだとしたら、その時は《ローレライ》と教団が信仰して護ってやるに値しない“その程度のモン”だっただけの話さ』
『まぁ、他の誰に許されまい認められまいと……他の誰でも無い、この私が許して認めてやるから安心しな! そう、この史上最高! 世界最強! の大剣豪であるカンタビレ姐さんがねぇ!! アァッハハハ!!』
などと、第六師団全員の前で堂々と口走り高笑いして見せる軍人など、彼女以外そうそういる物ではない。
まさしく例外。例外中の例外も良い所である。
そんな事を思い出しつつティアは意を決して、
「アリエッタ様。これ以上の無茶はいけません。アリエッタ様自身の安全も大切です……!」
アリエッタに向き直り言った。
「ム……チャ? ムチャじゃないよ、ティア。イオンさまを助けられるなら、アリエッタにはムチャじゃないよ。イオンさまが助かるならムチャじゃない……」
しかし、当のアリエッタは可愛らしく首を横に振り、イオンの事を想うばかりでティアの気遣いは理解できないようだ。
「ティアさん、仰る事は分ります。しかし、今は一刻を争います。できればイオン様が艦に到着なさる前にお助けしたい。現在、タルタロスにいる神託の盾の皆さん全員のお相手にしていられません。アリエッタさんの協力が絶対必要なのですよ」
ジェイドが口を挟んだ。
「ティア、おねがい。いっしょに行かせて」
アリエッタはティアを拝むように手を組んで、言った。
「アリエッタ様……」
ティアは、助けを求めるようにルークを見た。
ルークは戸惑った。そんな重要な事を自分に決めろというのか? しかし、別の作戦など考えていないし、すぐに思いつく物ではない。ルークは曖昧に頷き返すしかできなかった。
ティアは一つ溜息を吐くと、
「アリエッタ様。では、お願いできますか?」
「うん、できる。ティアありがと……」
アリエッタは、心底嬉しそうに微笑んだ。
「アリエッタさん、もしもの時は『《死霊使い》に怖ぁい脅迫をされた。』と言うんですよ。大抵の方は納得してくれるはずです♪」
ジェイドは、ティアの意を組んだのかような提案をアリエッタに優しく耳打ちした。
こうして、ルーク達はアリエッタが従えるライガを先頭にいくつかの隔壁を突き破り、そこで立ち往生していた騎士たちをライガスの電撃で一瞬で気絶させ……、
真っ直ぐに……
時折、隔壁では無い場所も突き破り……
ただただ、真っ直ぐに……
左舷昇降口を目指してタルタロスの中を突き進んでいく。
ジェイド曰く『戦わなくて済むならそれが一番良い』との事だったが、“人殺し”はともかく“戦う覚悟”はある程度していたルークは、釈然としない気分だった。
すると……
「さて、アリエッタさんにティアさん、作戦を言いますよ」
ジェイドが、何故か内緒話をするように言った。
魔弾のリグレットは、悠然としているが隙のない歩みで、白亜の城を思わせる敵艦……いや、今は自分達の艦へと近づいて行く。
とその時、リグレットは僅かな違和感を感じた。
ここでの目的を達したら、すぐにここを立ち去るために暖機運転を維持するよう命じいたにも関わらず、静か過ぎるのだ。
「ん? 何故、機関が止まっているんだ?」
「機関トラブルか? 残った連中は何をしているんだ?」
部下達も違和感を感じ取ったらしい。口々に疑問を口にする。
「いや、問題はそこではない。某かのトラブルがあったとして……何故、師団長になんの報告もない。それに我々を待つなりもせず、一人も艦外にいないのは不自然だ」
この中で、一番年嵩で軍歴ならリグレットよりも上の騎士が言った。
それにもう一つ……明確な言葉では言い表せられない違和感があった。これは譜術士独特の感覚だろう。そうではない部下達は感じ取ってはいないようだ。
それとも思い過ごしかだろうかと、リグレットが思い始めたその時、
小さな……本当に小さな光の粒子が微風が舞い、リグレット達の手足と精神にまとわり付いていくのを感じた。
紫水晶色の光
これは第一音素
根源的な安らぎと恐怖を象徴である“闇”の力の具現である。
これは……
(ユリアの譜歌《ナイトメア》!)
「全員、対譜術防御!!」
言うやリグレットは、音素を右足裏に込め素早く地面を蹴り付けた。
そして、師団長の鋭い号令に騎士達も反射的に手槍の石突に音素を込め、地面に突き立てた。
瞬時に各々の足下で、音素が炸裂し球形の障壁を形作ると、彼女たちの身体を覆う。
これは《粋護陣》、あるいは《レデュース・ダメージ》とも呼ばれる防御譜術の一つである。
剣や槍、または拳や蹴り足に音素を込め、地面や壁を叩き拡散させ、譜術にぶつけて相殺・中和する。初歩にして最優秀の防御譜術とも言われている。
だが、紫水晶の水泡を形作る“闇の音素”は、即席ゆえの僅かな綻びに分け入って、騎士達の身体へと沁み込んでいく。
騎士達は次々と膝を突く。槍を支えに立っている者もいたが、それがやっとといった体だ。
リグレットもまた、膝こそついていないが脈絡のない眠気に苛まれ、足下が定まらない。
確かな才能と、緻密な術の構成がなくては、こうはいかない。
と彼女が考えた時、
「リグレット……。これはティアの譜歌?」
一人取り残されたイオンが言った。突然の事に左右を見回して、困惑している。おそらくリグレット達を心配すべきか、このまま逃げ出すべきか、迷っているようだ。
イオンの言う通り、これはティアの譜歌に間違いない。しかし、同時に別の力の介在を感じる。
それがどうであろうと、ティアの実力と気質を理解しているつもりになって、彼女を見くびっていたのは事実だ。リグレットはそんな自分を恥じた。
今の彼女は、自分が知っている内気な少女ではなく一角の騎士なのだ。ならば……
その時だった。昇降口の分厚い鉄扉が開き、重々しい音を立てて階段が展開された。戦艦には不釣り合いな金細工が施された階段がイオンとリグレット達の眼の前に現れた。
「やぁやぁ、皆々さん♪ お勤めご苦労様です。皆さんご存知、極悪軍人のジェイド・カーティスがか弱いアリエッタさんを人質さんにして、皆さんの前に登場しましたよぉ! 仲間の命が惜しければ下手な行動は止めて下さいね♪」
朗々とした声と共に、ジェイドが笑顔で現れて、アリエッタの首に手槍を突き付けつつも、彼女を舞踏会会場にエスコートでもするに、騎士たちが力なく膝まづく戦場に降り立った。
「ジェイド・カーティス。譜歌の旋律が聞こえなかったのは、貴様の仕業か? 封印術をかけられて、なおここまでやるとはな。やはり、あの場で殺しておくべきだったか……」
リグレットは、形の良い眉を僅かに歪め、ジェイドを睨み付ける。
「いやぁ、実はそうなんです♪ 久々に繊細な仕事をしました。皆さんには申し訳ないと思ったのですが、ティアさんの歌声が聞こえないように風の譜術をチョチョイのチョイ☆ ってなモンですよ! 危うく血管が切れる所でしたよ。お恥ずかしい」
ジェイドは、照れたように言った。
リグレットは、その険しい眼差しをジェイドの隣に立つ同志……アリエッタに移すと、
「失態だな、アリエッタ……」
と失望の色を含んだ声で呟いた。
アリエッタは怯え、その眼差しから逃れようとぬいぐるみの背に隠れるように、顔をうずめ抱き締めた。
しかし、リグレットの視線は槍の一閃に遮られた。
「小さなレディ相手に、だいにんき……もとい、大人気ないですよぅ。それに今、アリエッタさんは私の大事な人質です。人質に過度なストレスを与えるのはご遠慮ください!!」
ジェイドは、手槍の穂先をリグレットに向けると、凛然と言い放った。
すると、そんなジェイドに続き、ルーク達が各々の武器を手に階段を一気に駆け降りると、油断なく身構えた。
「オスロー先生……」
ティアがぽつりと呟いた。
別に彼女……リグレットに呼び掛けたわけではない。意味のない声、言葉だ。しかし、口を付いて出てしまった。
ティアは、自分の弱さの音だと思った。
「ティアか……」
リグレットはなんの感情も感じられない抑制された声で答えた。
「リグレット様、わたし達の勝ちです。これ以上の抵抗は無駄な犠牲を増やすだけです。どうか道をゆずって下さい、お願いします」
ティアは決して感情的ではないが想いを感じさせる声で言うと、頭を下げた。
「『お願いします』か……。相変わらず優しい娘……」
リグレットは、冷徹なだけだった顔を綻ばせ、苦笑した。
そんな彼女の言葉と表情に、ティアとルークの警戒が少しだけ緩んだ。
しかし、次の瞬間……
「いいや……」
リグレットの顔から表情が消え、刺すような殺気が宿った。
「それは、『甘い』だけだ! 敵に勝利を懇願するなど……愚劣の極み」
リグレットはそう吐き捨てると、ティアの物と同じ短剣を取り出すと、自分の左上腕に突き刺した。
痛みで譜歌による催眠効果を掻き消したのだ。
リグレットは、決して軽くない傷を負っているのにも関らず、軽やかな体捌きで跳躍し、ティア目掛けて自分の血に染まった短剣を投げつける。
ルークは驚いて、手にした剣の柄に力をこめた時、コゲンタが抜き手も見せずに抜き放ったワキザシによって短剣は払い落とされ、ティアの命を救っていた。
「……っのやろっ!」
ルークは、剣を八相に構えるとティアとコゲンタの脇をすり抜けて、リグレット目掛け疾走する。
今の今まで迷っていたが、イオンに酷い事をしたのはもちろんの事、ルークにとって「ワケのわからん!」理屈で、ティアの優しさまで踏みにじった目の前の女騎士が許せなかった。
ひどく凶暴な気分だった。人を斬る覚悟はまるで出来ていないが、剣の腹か峰で思い切りぶん殴るくらいの覚悟は出来ている。
「うっ!? イオン!」
しかし、そのルークの覚悟と疾走は簡単に阻まれた。何故ならリグレットが着地すると同時に立ち尽くすイオンの隣に立つと、イオンのこめかみに譜業銃を突き付けたからだ。
「イオンさまっ! リグレット、やめて!!」
アリエッタが悲鳴に近い声を上げた。
だが、リグレットは躊躇う所か眉ひとつ動かさなず、
「ティア、譜歌まで使ってこの様はなんだ? 確実に勝利を得たいなら『敵には容赦はするな』と教えたはずだ。お前はそれが出来なかったから、こんな風に足をすくわれる……」
冷たい瞳でティアを見つめ、冷たい声音で言った。
「リグレット様! 導師イオンになんて事を!」
ティアもさすがに語気を強める。
「ティア、勘違いしているな。イオン様を危険に晒しているのは、お前の覚悟の無さだ」
リグレットは少し呆れたように首を振る。
「ふぅむ、詭弁だのぅ。正直、詭弁にもなってはいないがな」
コゲンタは吐き捨て、いつの間に抜いたのかコヅカをいつでも投げられるように構えた。
リグレットは、それに応えるように傷付いた左腕で腰の拳銃吊りから、もう一丁の譜業銃を引き抜き構える。痛みなど感じていないのかと思わせるほどの確かな動きだ。
その時だった。リグレットの金糸を思わせる金髪が、風に揺らいでそよぐ。
彼女は、電光石火の反応で上体を反らせた。
一瞬前まで彼女の顔があった空間に、青白い閃光が切り裂く。
これは音素の剣閃、『魔人剣』、流派によっては『蒼破刃』とも呼ばれる技だ。
無数の木の葉が真っ二つにされ舞い散っている。その剣閃は木立の中繰り出されたようだった。
そして、さらに一条、二条と剣閃が閃く。
剣閃は、イオンを避けるように奔り、リグレットに迫る。
リグレットは巧みに剣閃を躱していく。しかし、譜業銃の銃口はイオンからみるみる離れていった。
それだけでは無い。剣閃は地面に触れると地を這う衝撃波へ姿を変えて、闇の音素によって未だ身動きの取れない神託の盾の騎士を次々となぎ倒す。
「この技……! もしかして!」
ルークは、木立に眼を向けた。
リグレットは迫る剣閃を躱しながら体勢を整え、譜業銃を木立の向こう目掛けて連射する。
無数の音素の弾丸が、木々を穿ち、粉砕し、無数の木片が宙を舞った。
その時、木片の向こうの背の高い木の天辺が、音を立てて大きく揺らいだ。
ルークは大きな鳥……鷹や鷲が飛び立った時の音のようだと思った。どちらも図鑑や剥製で見ただけだったが、そんな事を考えながら音がした方角を見上げた。
その瞬間
「ハァアアアッ!!」
裂帛の気合と共に黄金色の突風が、リグレットへと一直線に奔る。
譜業銃を交差させ盾にしたリグレットだっただが突風の……いや、
ファブレ公爵家 使用人『ガイ・セシル』の、渾身の《シングムント派アルバート流 飛翔天駆》を受け切る事は、腕に傷を負った状態の今の彼女にはできなかった。彼女の身体は、そのままの姿勢で、タルタロスの船体に叩き付けられた。
リグレットは、衝撃で肺から酸素を根こそぎ搾り取られ、呻き声も上げられずその場に座り込んだ。しかし、その碧眼にはまだ冷たい戦意を宿して、ガイを睨み付けている。
「ガ……ガイッ!」
ルークは、心底嬉しそうに声を上げた。
「よう、ルーク。ガイ様、華麗に参上!ってな」
ガイ・セシルは、屋敷で見せていた物と変わらない微笑を浮かべて言った。
長かったタルタロス編もようやく終わりが見えてきました(笑)。
個人的にタルタロスのシーンは迷言のオンパレード(主にティアとジェイド)……とはいえ、それだけ印象に残る「力」を持った言葉という事でもありますので、それに代わる名言(迷言?)を考えるのは苦労しました。無い知恵を絞ったつもりです。
Average版の迷言はいかがだったでしょうか?ご意見、ご感想をお待ちしています。