テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第33話 一つの和解 親友との再会

「ちょっと待っててくれ、すぐ済ませる……」

 

 ガイはふっと笑顔を消し、リグレットを見据える。

 

 リグレットもその鋭い視線に応えるように、ガイを睨み付けた。

 

「怖い顔だな……。まぁ、こっちは今からアンタを斬り捨てるんだ、気が済むだけ睨むと良いよ。女性を斬るのは忍びないが……。ルークと導師イオンに銃を突き付けてたんだ。ルークの親友で、一応はローレライ教徒の俺が見過ごすわけにはいかないんでね」

 

 ガイはひどく冷たい声で言いながら、カタナを鞘に納めると右腰に添えて、低い姿勢で構えた。

 

 それは、獲物を狙う猫科の猛獣を思わせる殺気だ。

 

 その時、

 

「待って下さいっ! 待って! お願いです!!」

 

 イオンの慌てた声が上がった。

 

「もう良いでしょう。もう数えきれない命が失われました。これ以上は……。どうか、お願いします。剣士殿」

 

 イオンは、祈るようにガイを見つめる。

 

「……導師イオンの御心のままに」

 

 ガイはリグレットからは目を離さず、慇懃に頭を下げる。しかし、その両手はすぐにでも抜刀出来る様、柄と鞘に添えられたままだ。

 

 その時だった。

 

 辺りを美しい旋律と薄い紫水晶の闇の音素が包む。

 

 もう一度、ティアがユリアの譜歌『ナイトメア』を唄ったのだ。

 

「くっ、ぅ……ティア、貴様……」

 

 リグレットも今度は耐える事ができず、崩れ落ちる様に眠りに落ちる。

 

「申し訳ありません。リグレット様……」

 

 ティアは、かつての師に頭を下げつつ少しだけ肩の力を抜いた。

それを見たルークも、胸を撫で下ろし長い溜息をひとつ。

 

 すると、彼らの横でコゲンタが、

 

「念のため縄を打っておこう」

 

 と言うと、羽織を脱ぎ、コヅカでそれを細く裂き始めた。

 

「手伝います……」

 

 ティアもナイフを取り出し、複雑な表情でそれに加わる。

 

 本来なら、今後も『強大な障害』に成り得る可能性の高いリグレット達を、この場で“排除”しておくべき場面だ。

 それなのに、“ルークとイオンの安全を第一”とするはずの自分が、“そうしなくていい”事に安心してしまっている。

 

 ティアはそんな中途半端でいい加減な自分が嫌になった。

 

 その向こうで、

 

「イオンさまぁ……」

 

 アリエッタは縋るような声でイオンを見つめる。

 

 しかし……

 

「アリエッタ……。リグレットをお願いできませんか? どうか……」

 

 静かに言うイオンは、アリエッタの瞳から逃げる様に眼を逸らした。

 

「わかり……ました、イオンさまのおねがいなら……。またね、ティア……」

 

 アリエッタは泣きそうな顔になりながらも、しっかりと答え頷く。

 

「アリエッタ様。イオン様は及ばずながら私が……」

 

 ティアは縄を作る手を止めて、イオンの側へ立つと静かに言った。彼女はアリエッタを抱きしめたいような切ない気持ちだったが、顔には出さない。無責任とは自覚しながら、『強くて、頼りになる自分』を演出して、少しでもアリエッタの不安を和らげてあげたかったのだ。

 

「うん……。みんな、おねがいっ!」

 

アリエッタはティアの言葉に寂しげに頷くと、右手を高く掲げた。

 

 すると、一体今までどこに隠れていたのか……木立の中、甲板の上から十数頭のライガや巨大な鷲のくちばしと翼、逞しい獅子の両脚を持つ怪鳥《グリフィン》が飛び出して来た。

 

「うわゎゎゎっ!?」

 

「みゅぅぅぅっ!?」

 

 ルークは、ミュウと同時に悲鳴を上げてしまう。ルークは大いに後悔したが、もう後の祭りだった。

 

 ルークは、恐る恐るティアの方を見ると、彼女の顔は緊張で固まり、その両手は杖を硬く握り締め身構えてている。ルークは、何故か少し安心してしまった。

 

 ティアはルークの視線に気が付くと、小さく咳払いをすると、恥ずかしそうに苦笑してルークを見返した。

 

 ルークは、当然ながら慌てて目を逸らした。その視線の先で、ミュウが生意気にも覚悟を固めたような表情でアリエッタに向かって仁王立ち……とはいっても、迫力の欠片もなかったかが……。

 

「あ、アリ、アリッ! アリエッタしゃん!……さん!」

 

 ミュウが出し抜けに声を上げた。

 

「なぁに?」

 

 アリエッタは、全く接点のなかった相手に名前を呼ばれたからか、頭の上にたくさんの疑問符を浮かべながら、首を傾げた。

 

「ボルっ、ボルっ、ボク!!」

 

「ぼるぼる? ボルボックス……って何だっけ?」

 

「ちがいますのっ!」

 

 トンチンカンな会話を聞かされたルークは、身体から先程までの闘いの緊張感が、マヌケな音を立てて抜けていくのを感じた。

 

「ライガさん達の……アリエッタさんのおウチをモヤしちゃったのはボク! ボクなんですの……」

 

 そんなルークの事など知る由も無いミュウは一気に言った。

 

「え……?」

 

 アリエッタは呆気にとられている。

 

「ごめんなさいですの!! ごめんなさいじゃ足りないけど……、ごめんなさいですのっ!!」

 

「そっか……。うん、わかった。だいじょーぶだよ、チーグルさん」

 

 相手がミュウだからなのか、ティアと話している時よりも、饒舌に言うと、

 

「オウチがなくなるのは、よくあるコト。もえたり、くずれたり、たべられたり……おぼえてないけどアリエッタの最初のオウチも海にシズんで無くなった。でも、ライガはツヨい。ライガはスゴい。ライガはマケない。だから、アリエッタもだいじょーぶなの」

 

 と続けると、柔らかく微笑んで頷いた。

 

「あ、あ、あ、ありがとうっ! ございますのっうう~!!」

 

 ミュウは、アリエッタの思いがけない優しい言葉に、大きな瞳を涙で溢れさせた。

 

「うん……」

 

 アリエッタはミュウの前に膝を着くと、泣きじゃくる彼の頭を優しく撫でて、もう一度頷いた。

 

「ご主人様~! アリエッタさんがぁ、ボクにぃ~、ボクをぉ~、ボクでぇ~」

 

 感極まったミュウは、涙で顔をクシャクシャにして、何が何だか分からない事を口走りながら、ルーク目掛けて走り寄る。

 

「ええぃ、うっとーしぃ! いちいち引っ付いてくんな!」

 

 ルークはさすがに不気味に思い、彼を躱した。

 

 ミュウは、ルークに躱されたので、そのまま勢い余って顔面から転んでしまった。しかし、彼は泣きながら笑っている。満面の笑顔で笑っている。

 

 ルークは気味が悪くなった。しかし、ミュウが心底喜んでいる事は分かった。

 

「ミュウ、凄いわ。謝る事は、すごく勇気がいるのよ。良かったわね、アリエッタ様は、あなたを許してくれたわ」

 

「はいっ! はいっ!! はいですの~っ!!」

 

 コゲンタを手伝って騎士たちの両手を後ろ手に縛っていたティアが、ミュウに笑い掛けた。

 

 こうして、アリエッタの配下……いやお友達の魔物達が深い眠りに落ちているリグレット達をタルタロスの中へと運び込んでいく。

 

 そして一人だけ残ったアリエッタは、名残惜しそうに、あるいは、何かを期待するようにイオンを見つめていた。

 

 しかし、イオンは彼女の期待に応えなかった。いや、応えられなかった。

 

「アリエッタ、すみません……いいえ、ありがとうございました。リグレット達の事を頼みます」

 

「はい……」

 

 アリエッタは頷くと、うなだれて昇降階段を上り始めた。

 

 彼女は幾度となくイオンを振り返り、なかなか艦内へ入れない。彼女はたっぷり数分を使って、階段を登り切った。

 

 そして、また振り返ったアリエッタは、寂しげにイオンを見つめている。

 

「アリエッタさ~ん! 階段を収納しま~す。危険ですので、白線の内側までお下がり下さ~い♪」

 

 ジェイドが、元気よく手を振ってアリエッタに呼び掛けると、階段の側面に設けられた操作盤を指先で軽快に叩いた。

 

 イオンは、階段が畳まれ艦の壁面へと収納されるのを見届けると、口を開いた。

 

「ルーク、ぼくは……」

 

 それを見ていたルークは、アリエッタが言っていた事を思い出して、

 

「あーとっ……。オマエも記憶喪失だったんだよなぁ? なっ? ヘヘへ……」

 

 なるべく、気楽な調子で言った。

 

 何故か驚いたような顔をしたイオンは、

 

「えっ? えぇ、そう……そうらしいです。ぼくには、二年前からの記憶しか……思い出が無い……です」

 

 何処か誤魔化すように歯切れ悪く頷いた。

 

「ぼくにはアリエッタと過ごした記憶はありません。知識としてでしか、彼女の事を知らないんです」

 

 うつむきながら言うと、溜め息をひとつ吐いてから、

 

「けれども、彼女は以前のように……いえ、きっとそれ以上にぼくを気遣い慕ってくれているんです。今のぼくが、自分の事を忘れている事を知っているはずなのに……」

 

 と酷くつらそうに形の良い眉を歪めながら続けた。

 

「昔のがどうだったかなんて、お前は憶えてねーだからしょうがねぇだろうが。それより、イオン。今のオマエはどうしたいんだよ? 」

 

 ルークは、珍しくゆっくりとした口調で言った。

 

「え? 今のぼく……」

 

 イオンは、まるで考えもしなかった事を言われたかの様な顔をして、その翡翠色の瞳で、ルークの少しだけ淡い同じ色の瞳を見つめた。

 

「だから、あのアリエッタとかゆーヤツと仲良くしたいのかよ? したくないのかよ?」

 

 ルークは、その視線に、まるで弟にでも言い聞かせるように答える。

 

「ぼくが? 彼女と? ですか? そうい言えば……考えた事も有りませんでした。そんな事……」

 

 イオンは、少し呆気にとられたように言った。

 

「はぁ? なんだそりゃ、ボッ~とした奴だな。まぁ、知ってたけどな」

 

 と、思わず失笑するルーク。

 

「そうですね。言われてみれば、ルークの言う通りだ。これからの事も少し考えてみます。彼女の事……ぼく自身のこれからの事も」

 

 しかし、イオンは、いたって真面目な顔で答えた。

 

「あ? あぁ、そう。良いんじゃねぇかな」

 

 ルークも、イオンの表情に気圧されたように、真顔になってしまった。

 

「よっ、男前♪ ルーク様からイオン様への優しい励ましのお言葉をお聞きできた所で、今は早急にズラかる事にしましょう!! ひとまず、セントビナーへ向かいましょう」

 

 ジェイドは、笑顔で高らかに拍手しながら、その場にいる全員を急かすように軽快に足踏みして見せた。

 

「セントビナーって何だっけ? 聞いた事はあんだけどなぁ……」

 

 ルークはジェイドの顔を見ながら、腕をこまねいた。

 

「この辺りからだと……東南へ向かうとある街だの。馬鹿デカイ木が目印の街で、かなりの規模のマルクト軍の駐屯地がある」

 

 コゲンタがジェイドの代りに答えながら、ルークの隣へ歩いて来た。

 

 そして、彼らはお互いに頷き合うと、ジェイドを先頭にして東南の方角へと歩き出した。

 

 それに続こうとしたルークは、ふと……タルタロスを見上げ……。

 

 別に名残惜しいわけではない。わずか半日を過ごしただけで、しかもルークにとっては悪夢の舞台でしかない船だ。

 

 しかし、ルークは何故か後ろ髪を引かれる思いだった。

 

「ルーク? どうしたの……」

 

 ティアが心配顔で尋ねてきた。

 

「あぁ、いや……今、行くよ」

 

 どうしたと訊かれても、自分でも何がナンだか分らないルークだったが、すれ違う程度に巡り会ったマルクト兵達との束の間の旅だけは忘れない。と密かに誓って歩き出した。

 

 木々の間を数人の男女が駆けていく。ルーク達である。

 

 ガイ、ジェイド、イオン、ルーク、ティア、コゲンタの順だ。

 

 その中で、イオンが徐々に遅れ始めた。そして、何かに躓いた。転びはしなかったが、その場から動く事ができなくなり、肩で息をし始めた。

 

「あっ、おい! イオン、大丈夫か?! ティア、イオンが!」

 

 彼のすぐ後ろを走っていたルークは、ぶつかりそうになりながら、彼の背中を支えると声を上げた。

 

「大丈夫……です。少し躓いただけですから……」

 

 イオンは、笑顔で答えた。しかし、その額には異常な量の汗が浮いている。

 

「ウソつけ……スゴい汗だぜ」

 

 訝しむように尋ねるルークの脇をコゲンタとティアがすり抜けて、イオンの両脇から支え寄り添う。

 

「イオン様、申し訳ありません。私とした事が、久方ぶりの駆けっこに熱中してしまっていました。お許し下さい」

 

 ジェイドが珍しく顔をしかめて、イオンに頭を下げた。やや大仰で芝居がかってはいるが……

 

「いいえ。ジェイドは皆の命を護ろうと必死になってくれているだけなのだから。謝らくてはいけないのはぼくの方です……」

 

 イオンは、悔しそうに首を横に振った。

 

「ひとまずここまで来れば、大丈夫だろう……。一休みしよう。油断は禁物だけどね」

 

 ガイが辺りを見回しつつ、言った。

 

「よし、わしが見張りに立とう」

 

 イオンを木の陰に座らせたコゲンタが、立ち上がった。

 

「では、わたしも……」

 

 ティアは、イオンに水筒を手渡すと立ち上がろうとする。 

 

 

「いや、ティア殿はイオン様の側に……。それから、荷物の選別を頼もう。必要最低限の物だけに絞って下され。逃げるのには身軽な方が良い」

 

 コゲンタが、それを手で制すると、地面に置いた荷物を指差して、微笑した。

 

「あっ、分かりました……」

 

 ティアは頷くと、荷物袋を広げ出した。

 

 コゲンタはそれを見届けると、走って来た方向へ戻り始めた。

 

「しからば、私が見張りに着きましょう。見張りは、私の七百八ある得意技のひとつですからね! 藁のお家に入ったと思ってお休みください♪」

 

 ジェイドが胡散臭い笑顔で言うと、コゲンタの後を追った。

 

 そして、木立の中に隠れるように座り込むルーク達。

 

「ガイ、全く遅いぜ。来るなら、もっと早く来いよな!」

 

 ルークは、小声で動作も控えめながらも、隣に座るガイの肩にやや乱暴に腕を回した。

 

「そう言うなよ。これでもアチコチ探し回って、やっと見つけたんだ。マルクトの領土に飛ばされた事ぐらいしか解らなかったからな。俺は陸づたいにケセドニアから、グランツ謡将は海を渡ってカイツールから探していたんだ」

 

 ガイは、ひとさし指を立てて口の前に持っていってから、困ったように言った。

 

「ヴァン師匠もさがしてくれてんのか?!」

 

 ルークは師の名前を聞き、喜びのあまり隠れているのを忘れて大声を上げ、ガイに詰め寄るように身体を乗り出す。

 

「あ、ああ……。でも間違っても謡将には、さっきの文句はすんなよルーク? ハハハ」

 

「わ、わかってら! あんなコト師匠に言うかよ!」

 

 もう一度、立てたひちさし指を口の前に苦笑するガイ、ルークは慌てて小声で言うが……

 

「でも、その、とにかく、ワリっ……たす……助かったぜっ。ガイ!」

 

 照れくささを誤魔化し、そっぽを向くルーク。

 

「ハハハ、ルークにしては素直な態度だな? でもまぁ、心配してたんだ。無事でよかったよ……」

 

 そんなルークの仕草にガイは微笑むと、組まれた彼の肩に手を置いた。

 そして、イオンの顔をハンカチで扇いでいるティアに眼を向けて、

 

「ティア、しばらくだね。今まで君がルークを護ってくれたんだろ? こいつの事だから礼もロクに言っていないだろうから、俺から言わせてもらうよ。ありがとう。本当にありがとう……」

 

 と頭を下げ、「言ったつーの!」と顔で訴えるルークを無視して、彼女に微笑み掛けた。

 

「い、いえ、やめて下さい。セシルさ……じゃなくかった、ガイ。わたしのほうこそ、逆にルークに護ってもらってばかり……」

 

 ティアは慌てて、「頭を上げて下さい」というように手を掲げて、言った。

 

「ハハハ。ずいぶん仲良くやってみたいだな。俺よりルークを呼び捨てにする方が、すごく自然だ。ルークも隅に置けないな」

 

 ガイはニヤニヤしながら、ルークを見つめた。

 

「意味わかんねー事言うなよ!」

 

 ルークは顔を赤くして、言った。

 

「剣士殿、先ほどはありがとうございました。ぼくは、ダアトのイオン。ローレライ教団の導師を任されています。貴方は、ガイ……ええと?」

 

ようやく息が整ったイオンが、ガイに笑い掛ける。

 

 ガイは、肩からルークの腕を解くと、

 

「まずは申し遅れました事をお詫びします。私は、ガイ・セシル。クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレ公爵家 使用人です。お見知りおきを」

 

 跪き胸に手を置いて、最敬礼した。

 

「ガイまでそれかよ……。イオン相手だと、いちいちソレやらねーとイケねー決まりでもあんのかよ?」

 

 ルークが呆れたような顔で言った。ルークにとっては、イオンは同じ年頃の少年でしかないのだが、大人には何か別の存在にでも見えるのだろうか? 

 

「ああ、そうさ。決まりなんだよ。イオン様には、これでも足りないくらいだよ」

 

 ガイはルークに言うと、再びイオンに頭を下げた。

 

「ガイ……と呼んでも良いでしょうか? どうかぼくの事もルークと同じように呼んで、扱ってくれると嬉しいです。どうか、気安く呼び捨てに……」

 

 イオンは困ったような顔をしてから、微笑んだ。

 

「……分かった。よろしくな、イオン。ガイ・セシルだ。俺の事も呼び捨てで良いよ」

 

 ガイは一瞬迷うように沈黙したが、すぐにイオンに微笑み返した。

 

「はい、ガイ。ありがとうございます」

 

 イオンは心底嬉しそうに笑った。

 

「ところで、ルーク。見張りを買って出て下さった旦那がたは、何者だ? 二人とも見るからに只者じゃないようだけど……」

 

 ガイはそれぞれ左右に別れて、手近な茂みの陰に身を隠したジェイドとコゲンタを順に見て、ルークに尋ねた。

 

「青い服着たのが、ジェイド・カーチェイスだったけ……? マルクトの軍人で、イオンと一緒に伯父上の所にワヘーコウショー? しに行くんだってよ」

 

 ルークは、ジェイドの姓を思い出せず、首を傾げて言った。

 

「たった今から、ジェイド・カーティス改め!、ジェイド・カーチェイスです!! お見知りおきを♪」

 

 ジェイドは、「バードウォッチング」と書かれた双眼鏡を覗いたままの姿勢で、言った。

 

「そんで、ヘンな服のが、おっさんだ。……名前はなんつったかな? おっさんとしか呼んでなかったもんだから……」

 

 ルークは、ジェイドに呆れたように首を振ると、コゲンタを指差した。

 

「おまえな……指差すな」

 

 ガイは、そんなルークに呆れながら彼の手を下ろさせた。 

 

「あははは、姓はイシヤマ、名をコゲンタと申す。おっさんで構わんぞ。もっとも、そろそろじいさんと呼ばれても良い歳だがの」

 

 しかし、コゲンタは気にした様子も無く、視線をタルタロスが有るであろう方向に視線を向けたまま、返事をした。

 

「なんにしても、ルークが世話になったみたいだな。ルークはこんな感じだから、俺からも礼を言わせてもらうよ。ありがとう」

 

 ガイは、彼らの気さくな態度に苦笑してながら、頭を下げた。

 

「アハハのハ、何をおっしゃるお兄さん♪ それはこちらのセリフですよ! お世話になったのは私の方っ!! 私がヘッポコなばかりに、ルーク様を危険に晒してしまいました。本当に申し訳なく思っています。……私にしては珍しく!」

 

 ジェイドは、やはり双眼鏡から目を離さず、笑った。

 

「わしのほうは、ルーク殿に金ずくで雇われた用心棒だ。改まって礼を言われる必要はないっての。まぁ、諸事情で、まだ前金も手付金も頂戴してしてはおらんがの。あははは」

 

 コゲンタは、マルクト軍に同行するためだけの設定をもっともらしく言った。

 

「ふぅん……。“男子、三日会わらざれば括目して見よ”とは言うけど……、ルーク、一体お前どんなマジックを使ったんだ?」

 

「どーゆう意味だよ!? だいたいガイ、オマエがな……」

 

 からかうガイに、ルークが再び、大声を上げた。

 

「ハハハ、冗談だって」

 

 ガイは「抑えて、抑えて」という手ぶりをした。

 

 その時、苦笑していたティアは何かを感じ、その顔から表情を消したかと思うと、

 

「ごめんなさい、静かに……!」

 

 と囁くように言った。

 

「なっ、なんだ! どうしたんだよ、ティア?」

 

 ルークは今さらのように声を抑えて、狼狽える。

 

「……分らない。何か早い物が、こっちに近づいて来る。一度、聞いた事のある音だわ……」

 

 ティアの言葉を受けて、ジェイドとコゲンタは、左右に視線を走らせる。

 

「やや! 九時方向に我が軍のバギーが高速で接近してきます。動かしているのは神託の盾のようです」

 

 ジェイドの言葉に、コゲンタはそちらに視線を向け、

 

「数は……、七人? 八人かの。多いな、このまま、やり過ごしたい所だが……」

 

 と、誰にともなく言う。

 

「定員オーバーじゃないですかぁ。安全を考慮するなら、一台六人までにしていただきたいですねぇ」

 

 ジェイドがかみ合わない返事を返す。

 

 ルークが、「冗談など言っている場合か?」と抗議しようとした時

 

 ジェイドが、

 

「やや! 気付かれたようです。あちらにも、聴覚の優れた譜術師がいたようですね」

 

と大げさに首を振った。

 

「なにー!」

 

 ルークはやっと目覚めた悪夢から「悪夢の怪物」が追いかけてきたように感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 




 今回は、色々と詰め込み過ぎた感のある回でしたね。
 書きたかった内容を要約しますと、
 
 一つ、静かなる闘い。普通の戦闘シーンも上手く描けないのに挑戦してしまいました。「こうしたら良くなる……」という事があれば、是非ご指摘ください。

 一つ、アリエッタとミュウの和解。アリエッタとの因縁はそもそもミュウが原因なのに、原作ではほとんど接点がなかったので、これはおかしい。と思い、長くなるのを承知で描き加えました。如何だったでしょうか?

 一つ、ガイとの再会と自己紹介。原作をそのままでも良かったのですが、原作とはすっかり別人のキャラとオリジナルキャラとの出会いですし、変えてみました。

 最後に、追っ手の来襲。原作では、何故あんなに早く追いつかれたのだ? と思っていましたので、ああいう形になりました。
 唐突に登場したバギーは、このための伏線でした。(イオンの体力を考えてというのもありましたが……)

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