テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

34 / 68
第34話 一対一 決死のルーク

 木立と数間の距離を置きバギーが停車した、と同時に、騎士達は一斉にバギーから飛び降りる。

 

 騎士達は、そのほとんどが剣を持った剣士の様だったが、内二人は少し様子が違うようだ。一人は、身の丈ほどもある大きな管楽器のトロンボーンの様な譜業を担いでいる。そして、もう一人は音叉の杖を持った譜術士だ。恐らく、この譜術士が、こちらの存在に気が付いたという譜術士なのだろう。

 

 譜術士はティアとイオンの物に似た白い法衣を身に付け、頭巾と覆面で顔を隠してはいるが、その両瞳にぎらつく闘争心を隠しきれていない。

 

 手に持つ鋭角的で槍の様な杖と相まって、ティアとイオンとは似ても似つかない、人の形をしただけの恐ろしい怪物にルークには見える。

 

 とその時、譜業を持った騎士が、それを手慣れた様子で操作し構えた。

 

 トロンボーンで言うところの、大きく口を広げた“ベル”の部分に、無数の火の音素が集束し赤々と燃える火球が形作られる。

 

 まさか、木立もろとも火を放とうと言うのだろうか?

 

 こちらには、彼らが護るべき主であるイオンがいるというのに……

 

 しかし

 

「流水の刃よ♪『アクア・エッジ』!!」

 

 素早く唱えられた水の音素を操る聖句と同時に、ジェイドの左右の掌から円盤状の水の刃が現れ飛ぶ。

 

 二枚の水の刃は、高速で回転しつつ一枚は一直線に、もう一枚は大きく孤を描いて譜業を担いだ騎士に迫る。

 

「風よ切り裂け。『ウインド・カッター』……!」

 

 しかし、それを見越していたかの様に、譜術士の聖句が音叉の杖の鳴動が重なり響き、無数の不可視の風の刃が水の刃に、殺到し押し潰す。

 

 譜業を背負った騎士は、仲間の風の譜術がジェイドの水の譜術を完全に打ち消されるのを待って、譜業の引き金を引いた。

 

 譜業のトロンボーンのような発射口の先で、火球が膨れ上がる。

 

 巨大な炎は、獲物に跳びかかる大蛇のように、木立めがけて放射された。

 

 しかし、火炎の大蛇は獲物あり付く事はなく小さな火の粉に……いや、それ以前の音素に分解され霧散する。

 

 これは、ライガの紫電をも無効化したティアの譜術『レジスト』だ。

 

 見れば、ティアは身を低くし構え、足下に複雑で緻密な譜陣が描かれ輝いている。

 

 そして、彼女が握り絞めた杖で、譜陣を僅かに叩くと同時に譜陣が描き換わり、彼女の頭上に風の音素が渦を巻き、四つの光球を形作った。

 

「翔べ、戒めの電光。『パラライパルティータ』!」

 

 ティアの聖句によって命を吹き込まれた光球は、不規則な軌道を描いて、騎士達に襲い掛った。この譜術は、強力な電撃を伴う光球によって、対象をほぼ無傷で麻痺・昏倒させる術だ。

 

 しかし、あくまで“ほぼ”であって“無傷”では済まない。そして、ティアがその事で僅かに抱いた躊躇いが、譜術の精彩を欠いた物にしてしまう。

 

 四つの光球は全て、騎士達に躱され、斬り捌かれ、彼らの身体を捉える事はできなかった。

 

 そして今の攻撃で、こちらのより正確な位置を知らせる事になった。神託の盾の譜術士の足下に譜陣が描かれ輝く。

 

「うーむ、これは! 私は、思いのほか弱っちくなっているようです。相手に先制打を与える所か、こちらの位置をまんまと知られてしまいましたぁ……。かくなる上は、ジェイド・カーティス渾身のバンザイ突撃を御覧にいれましょう!!」

 

 ジェイドは言うが早いか、手槍を出現させると、木立を飛び出した。

 

「こちらも撃って出よう!」

 

「あぁ!!」

 

 ジェイドに続き、コゲンタとガイは同時に剣を抜き、それぞれがそれぞれの方向から木立を飛び出した。

 

 一瞬の刹那、騎士達は誰が誰を狙うべきか宙を彷徨う。

 

 

 そして、舞い上がる剣戟の火花

 

 

 戦いが始まった

 

 

 そう、ルークの目の前で

 

 

 殺し合いが始まった

 

 

 また……

 

 

 始まってしまった。

 

 

 

 対峙するジェイドと譜術士。

 

 ジェイドは爽やかに微笑み、譜術士は覆面で隠しきれない殺意の表情で、お互いを睨み、見つめ合う。

 

 何の合図も無く同時に、二人の足下に譜陣が描かれ輝く。

 

「炸裂する力よ♪ 『エナジー・ブラスト』!!」

 

「炸裂する力よ! 『エナジー・ブラスト』!!」

 

 二人の譜術士の戦いの火蓋が、同じ譜術のぶつかり合った白光の小爆発と共に、いま切って落とされた。

 

 ジェイドと譜術士は、風の譜術、火の譜術、地の譜術、水の譜術を高速で撃ち合いながら、縦横無尽にお互いに有利な場所を取り合い、走る。

 

 熟達の譜術士同士の一騎打ちは、物語で語られるような強大で派手な上級譜術は使われない。基本的に、術の消し合いになるか、出の速い下級・中級譜術で素早く撃ち合いながら自分に有利な地形を取り合うという物になる。

 

 相手よりも素早く、有利な場所に陣取り。

 

 相手よりも素早く、音素を練り上げ。

 

 相手よりも素早く、譜陣を描き。

 

 相手よりも素早く、譜術を撃ち込み殺す。

 

 殺されたくなければ、その譜術を打ち消すか、それまで練り上げた譜術の構成を捨てて逃げる。

 

 それだけだ。

 

 詠唱中に護ってもらわなけらば戦えない譜術士は、戦場にいるべき人間では無い。

 

「熱き力よ♪ 『ファイア・ボール』!!」

 

「熱き力よ! 『ファイア・ボール』!!」

 

 またしても同じ聖句が重なり、ジェイドと譜術士の間で炎が爆ぜる。

 

 前に突き出された両者の掌に火球が次々と現れ、激突すると、音素になって霧散した。しばし、その場を沈黙と爆炎が充満し支配する。

 

 そして、その沈黙を破ったのはジェイドの明朗快活な声と、掌の一振りで巻き起こった突風だった。

 

「いやぁ、なかなかやりますね~♪ 見事に練り上げた譜の構成、清々しいまでに滲み出る野心! イシヤマさんといい、貴方といい、不世出の遣い手に予期せず出会えるのも旅の醍醐味ですね!」

 

 ジェイドは満面の笑みだ。

 

「買い被りだな。ふふふふ、だが……」

 

 譜術士は、ジェイドの胡散臭い賛辞を吐き捨てるように突き返した。

 

 そう、彼自身の言う通り、彼の第四師団の中での譜術士としての序列は低かった。だが、それでも確実に敵を倒し、戦果を上げてきた猛者である。

 

「その、“不世出”などという、不名誉極まりない肩書きも今日までだ。貴様の首を上げ、導師様を御救いしたとなれば、この才能の無い私も《六神将》や《鋼のカンタビレ》に並ぶ……あるいは、それ以上の騎士として讃えられるかもしれない」

 

 譜術士は、不敵に笑う。

 

「いささか買い被り過ぎかと思いますが、お褒めに預かり光栄です。ですが、今の私は《封印術》によって、ほとんどの技と力を封じられ、もはや取り柄といったら、この底抜けの明るさと若作りなだけの男ですよぅ?」

 

「ふ……、力が封じられていようが、いまいが、そんな事は関係ない。貴様が《死霊使い》のジェイド・カーティスという事が重要なのだ。それだけで《死霊使い》を倒した英雄というわけだ……。特務師団の根暗連中と、あんな所に隔壁をぶち破れるほどの爆薬を隠していた不良軍人ども、何より、このバカ騒ぎを引き起こした導師様には感謝しないとな……!」

 

 ジェイドは爽やかに照れたように頭を掻くが、対する譜術士は冷笑に顔を歪め、今までの鬱屈を振り払うように吠え、杖を地面に突き立てる。

 

 彼の足下に黄色の譜陣が、一瞬にして描かれ光輝く。

 

 地の音素、『第二音素』だ。

 

「少ないリスクで、名声が手に入るのだからなぁ……。行くぞ、ジェイド・カーティス!! 大地の力よ! 熱き力と共に! 燃え盛れ赤き猛威よ!」

 

 譜術士が聖句を唱えると共に、先ほどの火の譜術の応酬によって周囲に充満した火の音素が譜陣に取り込み始める。

 

「『イラプション』っ!!」

 

 土の音素を用いて、硬く分厚い大地に押し込められた火の音素の具現であるマグマを呼び寄せ噴出させ、一時的かつ局所的な噴火を引き起こす強力な複合譜術だ。

 

 譜術士は、この譜術で何人もの敵を葬った。

 彼が今この瞬間、繰り出す事のできる最強の譜術であった。

 

 今回も、「これでカタが着く……」と、譜術士は確信していた。

 

 

 だが、しかし……

 

 

 彼の渾身の譜術は不発に終わった。何故なら、土の音素に絡めて放つはずだった周囲の火の音素が、突然消えてしまったのだ。

 

 中途半端に発動した土の譜術が、ジェイドと譜術士の足下を歪な形に隆起させた。

 

「くっ! これは『アーピアス・アクア』かっ!?」

 

 譜術士は、術の失敗により激しく震える地面に、体勢を崩す。

 

「いえいえ。正解は『アーピアス・ゲイル』です♪」

 

 隆起した土塊の上から、なぞなぞの答えを発表するような楽しげなジェイドの声が、譜術士の耳にも届いた。

 

「とぉいっ! やぁあぁぁっ!!」

 

 気合の掛声と共に、華麗な宙返りで譜術士の背後をジェイドが取る。

 

 素早く振るやれた彼の踵が、体勢を崩した譜術士の両脚を容易く蹴り払った。

 

 受け身を取れない倒され方をした譜術士は、呼吸もままならず、反撃どころか立ち上がる事も、しばらくは出来ないだろう。

 

 そんな譜術士の鼻先に、ジェイドの手槍の切先が突き付けられる。

 

「負けだ。殺せ……」

 

 譜術士は、呻くように言った。

 

「う~ん、そうしたいのは山々なんですがね。これ以上イオン様とルーク様に嫌われると困りますからねぇ」

 

 ジェイドは、心底困ったように言う。

 

「……後悔するぞ。神託の盾など、もう関係ない。私は貴様に勝つまで……」

 

 譜術士は一瞬呆気にとられた顔をしたが、次の瞬間には顔に憎悪を滾らせ、言った。

 

「勿論。それは構いませんよ♪ いまさらそういう方が一人二人、増えたからって……いえ、むしろ『ドンと来いっ!』と言う感じです。でも、ターゲットは私だけでお願いしますよ。『卑劣! 恐怖の人質作戦!!』とかは止めて下さいね。その時は、勝負とか決闘なんかしてあげませんよ? 貴方の悪い噂をある事ない事広めまして、社会的に抹殺させていただきますので、あしからず♪」

 

 ピン……と真っ直ぐに伸ばした人差し指でずれてもいない眼鏡を直しつつ、爽やかな笑顔とウィンクで奇妙で緊張感に欠けているが脅迫的な宣言すると、自分を睨み続ける譜術士を無視して槍を消し、ルークとイオン達の下に駆け戻って行った。

 

 

 

 

 薄いが硬い金属同士を打ち合わせる甲高い音が立て続けに響く。それは、刃と刃、剣と剣を打ち合わせる音だった。

 

 ガイが流麗な剣さばきで、二人の騎士を相手取り、斬り合っている。

 

 騎士達の剣は、ガイのカタナにまるで吸い寄せられるように合され、その刃筋を狂わされる。騎士達が剣を引き戻した一瞬の隙に、銀色の軌跡が、ガイに半歩ほど近かった右側の騎士の甲冑を撫でた。

 

 騎士は血しぶきと共に前のめりに転倒し、声も上げなかった。

 

 残された騎士は仲間が倒された事よりも、あんな細い剣で頑強なはずの甲冑が真正面から斬り割られた事の方に驚愕した。

 

 その驚愕の刹那の隙に、鋭い剣閃が容赦無く付け入る。袈裟懸けに甲冑が、またしても斬り割られる。驚愕の表情のままの騎士は、よろけて足を滑らせる様にして仰向けに倒れて動かなくなった。

 

「それが“斬鉄”か。アルバート流シングムント派……、噂以上だ」

 

 残された騎士は、何処か嬉しそうに言った。

 

「……いや、俺なんてまだまださ。俺の師匠は斬った事も気付かせないぜ。それより、あんたは何で相棒の陰に隠れるような闘い方ばかりしてたんだ?」

 

 ガイは、あくまで穏やかに言ったが、顔は、彼らしくない全くの無表情である。

 

「様子見だよ。君の実力が見たかった。その若さでよくそこまで鍛え上げたね。相手にとって不足はない!」

 

 心底うれしそうに言うや、騎士は剣を両手で握った。

 

「……つまり、あんたは仲間を捨て駒にしたってわけだ……」

 

 ガイは、わずかに片眉を上げ呟く。

 

「そうなるかな……。まぁ、このさい固い事は言いっこ無しでやろうじゃないか?」

 

 騎士は、面防の奥でニヤリと笑いつつ長剣を正眼に構える。軽薄で酷薄な騎士の言動とは裏腹に、構え自体は隙の無い堅実な物だ。

 

「あんたには、思い切り痛くして良さそうだ……」

 

 ガイはそう呟きつつ、カタナを鞘に納め直すと、その青い瞳から温度を消し、冷たく光らせた。

 

「いざっ! 尋常に勝負っ!!」

 

 騎士が半歩踏み出した瞬間、ガイは抜く手も見せずに抜刀し突風の様に斬り込む。

 

 体勢を崩しながらも、ガイの一刀を防いだ騎士だったが、衝撃を受け止めきれず大きく吹き飛ばされ、たたらを踏んで後退する。しかし、騎士の顔は驚愕ではなく、兜の内側で喜色に歪む。

 

「素晴らしい、素晴らしい……」

 

 熱に浮かされたかの様に呟く騎士は、長剣を握り直して、腰を据え直し再び構えた。

 

 ガイも無言で、カタナを鞘に納め再び構えた。

 

 八相の構えをとった騎士は、今度は足元を浮かす事無く、じりじり……と地面を削る様にしてガイとの間合いを詰める。

 

 いわゆる抜刀術……居合術は、一撃必倒が要だ。一度、その刃の長さを見せてしまったらお終いだ。

 

 八相を上段に構え直した騎士は身体に、必倒の気迫と殺意を漲らせる。

 

「かっ……ぁああぁっ!」

 

 その場で烈昂の気合いと共に、振り下ろされる一刀。 空を切り、地を裂く、奔る音素の斬撃が、瞬きすら許さない刹那の内にガイに殺到する。

 

 ガイが、ルーク達を救出する際に行使した技と同じ《魔神剣》と呼ばれる剣技だ。しかし、ガイのそれが『柔』とするなら、騎士のそれは『剛』、似て非なる剛剣である。

 

 油断は出来ない。

 

 軽やかに身躱したガイの身体を、逆巻く強風、砕け弾け飛ぶ石塊が襲う。

 

 一瞬、身体を怯ませるガイに、さらに斬撃が迫る。

 

 しかし、ガイの身のこなしは、その一瞬よりも素早かった。

 

 木の葉を想わせる捉え所の無い、宙を舞い踊る様に紙一重で斬撃を躱し、騎士との間合いを詰める。

 

 あと半歩で、ガイの一足一刀の間合いという瞬間、騎士の剛剣が無造作に振り下ろされた。叩き付けられた爆発した音素と剣圧が、衝撃波となって地を這いガイを襲う。

 

 考えるよりも速く、後ろへ飛び退くガイだったが、凄まじい力の放流からは逃げられない、無数の音素の小刃が彼の身体を切り裂く。

 

「かっ……!!」

 

 僅かにガイの身体が硬直した隙を、騎士は見逃さず、さらに剛剣を容赦なく横薙ぎに振るった。

 

「……っぁあああぁっ!!!」

 

 ガイの身長を優に超える音素の衝撃波が津波と成り、ガイに迫り、木々を、茂みを、地面を薙ぎ倒し砕く。こんな強力な衝撃波を喰らってしまったら、日ごろ剣術で鍛え上げたガイと言えども、只では済まない。

 

 

 ただし、当たっていればの話である

 

 

 舞い上がった土煙の中に、騎士がガイの姿が無い事に気が付いた瞬間、自らに近づく鋭い風切り音を聞いた。天高く飛び上がり、身体ごと回転させた刃。

 

 ガイの『裂空斬』が迫る。

 

 騎士は前方に倒れ込むようにして刃を咄嗟に躱したが、鋭い金属音が響くと共に彼の兜が飛ぶ。

 意外なほど、若い面立ちの彼の素顔が露わになる。

 

 同時に身体を翻し、目前の敵を討ち倒さんと剣を振るうガイと騎士。

 

 しかし、この一閃の軍配は、腰を据え正しい姿勢で振るわれたガイの一刀に上がった。

 

 長剣ごと胴鎧と胸板を切り裂かれた騎士は、

 

「す……素晴ら……いっ、す……っばらっ……い……」

 

 あたかも、初めて目にした素晴らしい景色に感動する様に、ガイの顔と断ち斬られた長剣の切り口を交互に見つめ呟くと、膝を折って前のめりに崩れ落ちた。

 

 

 油断無く、ゆっくりとした動作でガイはカタナを鞘に納める。

 

 全身の傷にガイの身体がよろめくが……

 

「ルーク……!」

 

 それは一瞬の事で、すぐに体勢を立て直したガイは、大切な親友がいるであろう方角を見やり走り出す。自分の実力不足と親友から離れすぎてしまった事を、後悔しながら……

 

 

 

 

 ガイの戦場から少し離れた場所で、二人の騎士が奇妙な格好で倒れている。

 

 一人はおそらく自分の物であったのだろう短剣を左わき腹に刺して、もう一人は自分が握った長剣で首筋を切り裂いた状態で、それぞれが力なく血だまりの中に沈んでいる。

 

 その中で、ぎりぎり……と金属が軋む音がする。

 

 小さな錘が付いた長大な連環……分銅鎖が、コゲンタのワキザシに絡み付き、その白刃を軋ませているのだ。

 

「珍しい体術を使うな……」

 

 騎士はさらに分銅鎖を引く腕に力を込める。

 

 コゲンタは引き寄せられまいと、ワキザシの柄を握りしめ地面に音を張るかのように踏ん張り、決して隙を見せない。そして突如、両腕を振り下ろしワキザシを地面に突き立て、コゲンタは腰のアイクチを引き抜き騎士めがけ駆け出す。

 

 冷静に素早く鎖を引き戻そうとする騎士だったが、コゲンタは今度はアイクチを鎖の環の一つに通して地面に突き立てた。

 

 分銅鎖を無理にでも引き戻すか、すぐにでも放り捨て腰の長剣に持ち換えるかで一瞬の思惟が騎士の身体に刹那の隙を生んだ。

 

 コゲンタは、その隙を突いて走る。騎士は、分銅鎖を投げ捨て長剣の柄に手をかけた。

 

 その時、騎士の目の前に小さな紙袋が飛んできて爆ぜ、黒い粉が飛び散った。

 

「なっ……んだっ!?」

 

 騎士は突然、涙を流して咳き込み始めた。彼は長剣を抜こうとするが、それどころではない。

 

 コゲンタはその間にすかさず、距離を詰め騎士の胸倉を掴み、法衣を引き、背負い投げを打った。騎士の身体が宙を舞い、そして、頭から地面に落ちる。騎士は身動ぎしたが、やがて長々と地面にのびた。

 

 すかさず、ワキザシとアイクチを引き抜くと鎖で騎士を縛り付け、騎士の長剣をワキザシと同じように鎖に巻き付け、地面に突き刺した。

 これで、意識を取り戻したとしても、すぐには動けない。

 

 そして、コゲンタは身を翻し、ルークの下へ向かった。

 

 

 

 

 逃げ出したい。

 

 

 けれど……

 

 

 動けない。

 

 

 足がすくむ。

 

 

 息が詰まる。

 

 

 喉が渇く。

 

 

 どうする?

 

 

 どうすれば良い?

 

 

 何をしたら良い?

 

 

 分からない。

 

 

 考えがまるでまとまらない。

 

 

 今、ルークにできた事は剣の柄を握り絞めて、ミュウを胸に抱いたイオンの前に立つ事が「やっと……」だった。

 

 自分の鼓動が、やけに耳に付く。

 

 耳障りで不愉快な音、自分の弱さの証明だ。

 

 背後のイオンとミュウを横目で見やる。

 

 ミュウは、イオンの法衣にしがみ付いて目をきつく瞑って震えている。

 

 そして、イオンはまだ体調が回復しきっていないのか顔色が悪い。が、真っ直ぐな眼差しを戦場へ向けている。

 

 

 そう、戦場だ。

 

 

 ティアの戦場。

 

 

 譜業から吐き出された巨大は火柱が、ティアに襲い掛かり包み込む。

 

 しかし、ティアは杖で地面を控えめに突いただけで、六角形の光が蜂の巣のように重なる事で作られた壁がその火炎を防ぐ。

 

 譜歌『フォース・フィールド』だ。

 

 いや、火炎だけではない。

 

 それに伴う有毒の黒煙も、空気を焦がす熱気も、火炎が孕む殺気さえもルーク達には届かない。

 

 だが……

 

 それでも

 

 怖い

 

 ティアの力を疑っているわけではない。

 

 しかし、薄い音素の幕一枚の向こうには、灼熱の大蛇が牙を剥いているのだ。ルークには理屈など抜きに恐ろしかった。

 

 それなのにティアは、全く弱味を見せずに凛然と譜術を行使し、闘っている。

 

「女だてらに大した物だな。だが……」

 

 炎と黒煙の暗幕の向こうで声がした。それは聞き覚えのない男の声。

 

 その時、鎧を身に付けた騎士が、光の障壁を突き破ってきた。

 

 騎士が、横薙ぎに振るった譜業がティアに迫る。彼女は、咄嗟に杖でそれを防いだ。

 

「くうっ!!」

 

 腕にしびれが走り、ティアの顔が歪む。それでも、譜業での一撃を受け止めた。

 

 しかし、次の瞬間、ティアの脇腹に鋼鉄の具足に覆われた騎士の膝が突き刺さる。

 

 ティアの呼吸は一瞬止められ、彼女は敵の眼の前で膝を突いてしまう。

 

「所詮は女……、非力だ。」

 

 騎士は、ティアを傲然と見下し、腰の小剣に手をかける。

 

 かちり……

 

 という鯉口を切る音が、ルークには異様に大きく聞こえた。

 

 ティアは立ち上がらない。いや、立ち上げれないのだ。

 

 イオンは息を飲み、思わず彼女の下へ駆け出そうとした瞬間、朱色の突風が銀色の光を引いて吹き抜けるのを見た。

 

 それは、剣を振りかぶったルークであった。

 

「ティアぁぁぁ!!」

 

 ルークは、全身のバネを総動員して地を蹴り、騎士に迫る。

 

 予想外の人物からの……いや、兵士としてある程度予想してしてはいたが、その予想を上回るルークの身のこなしに、ティアとルーク、どちらを攻撃するかを一瞬迷う。

 

 だが、ルークの健脚ならばその間合いを一気に詰めるのには、その一瞬があれば十分だった。

 

「っやぁあああっ!!」

 

 凄まじい気合いと共に振り下ろされるルークの剣。

 

 猪突猛進、無我夢中、そんな表現が相応しい剣技で決して見事な物ではない。しかし、その切っ先は十分な殺傷力を秘めているのは明らかだった。

 

 騎士が咄嗟に譜業を盾代わりにした、譜業は折れ曲がり、火花を散らす。

 

 騎士は譜業をルークに投げ付けるように捨て、素早く距離を取り、小剣を引き抜いた。

 

「ル、ルーク……!ダメ、下がって……!」

 

 ティアは驚いて、ルークを制止しようと呻く。

 

 しかし、目の前の敵と手にした剣に意識を集中しているルークには、ティアの必死の声も届かない。

 

 ルークと騎士は、お互いに正眼に構え、一足一刀の一歩外の間合いを取り、睨み合う。

 

 ルークには異常なほど静かな戦場に思えた。

 

 

 焦れて動いたのは騎士の方だった。

 

 

 舌打ちと共に小剣を腰だめに握り直し、ルーク目掛けて突進する。

 

 しかし、今のルークには後退も退避も有り得ない事だ。何故ならルークの背後には……

 

 イオンがいるから

 

 ミュウがいるから

 

 そして、ティアがいるから……

 

 迎え撃つしか選択肢はない。そして、ルークは地面を踏み砕かんばかりに駆け出した。

 

 




 更新が遅くなり申し訳ありませんでした。それにしても、長いうえに場面転換が無駄に多い回でしたね。

 しかし、ゲームの進め方によってはですが、『楽勝』で追っ手を撃退できているのに、膝を突くオラクル兵を前に立ち竦むルークに

ジェイド「ルーク、とどめを!」

ガイ「ボーッとすんな、ルーク!」

 と、何故かオラクル兵が立ち上がるまで、ほぼ棒立ちで迅速で確実な対応(自分の手で倒す事ですね)を取らないのは不自然だと思い、考えました。

 剣術のプロフェッショナルであって、戦争のプロフェッショナルではないガイは、まだ擁護できますが……戦争のプロフェッショナルとして恐れられるジェィドにいたっては、ルークのすぐ斜め後ろにいるにも関わらず(ルークが剣を弾かれた時点で忽然と姿を消えていますが(笑))相手が何をするか分からない状況で、ただ見ているだけというのは如何なものかと思いまして、ルークから離れざるをえない状況になるようにパーティーには苦戦してもらいました。

 如何でしたか?

 毎度のことながら、展開も筆も遅い作品ですが、よろしければ、ご意見、ご指摘をよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。