テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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 お茶を濁しています。
 スキットかサブイベントだと思っていただければ幸いです。



閑話 ガイとコゲンタ

 イシヤマ・コゲンタはルークを見送ってから、街道とルーク達がいる林との間にある草叢に身を潜めていた。

 

(やはり、老いたな……)

 

 今日のような調子でルークを守り切れるのか。それどころか、己自身が生き残れるのか?

 

 とそんな事を考えながら、草叢の隙間から闇を見つめていた。

 

 考えてみれば、尋常な仕合ならともかくあれほど洗練された兵士達と戦ってのは初めての事だ。今までの実戦と言えば、狩りの上での獣か魔物、せいぜい刃物を持ったやくざ者だった。

 

(今頃になって縮み上がっておる……)

 

 とコゲンタは苦笑すると、老いたなら老いたなりの戦い方という物があると思い直し苦笑する。

 

 その時、人が落ち葉を踏む音を耳にした。

 

「旦那、お疲れさん。もうすぐ夜が明けるよ」

 

 ガイ・セシルだった。片手に魔法瓶を持っている。

 

「うむ。見張りは良いのか?」

 

 コゲンタは、少し驚いたように言った。

 

「さっきティアが、こいつを持ってきてくれて、交代してくれてね。一休みしよう。」

 

 ガイは魔法瓶を掲げて微笑む。

 

「左様か。ところで、それはどうしたのかの? 火は使えぬだろう?」

 

 コゲンタはそれを聞いて片眉を上げると、ガイの持つポットを指差した。

 

「ティアが譜術で水の音素を振動させて、お湯を作って入れてくれたのさ。それなりに難しくて大量にできないらしいよ」

 

 ガイは魔法瓶の蓋を開けると、その蓋を器代わりにしてお茶を注いだ。

 

 コゲンタは、眉間に皺が寄るのを感じた。

 

(あの娘は何を考えておるのだ……)

 

 という気持ちになった。

 

 自分は一生残るほどの傷を負っていてというのに、見張りに立ったり、高度な譜術を使ってまで、他人に気を使っている。それが痛ましかった。

 

「まあまあ、せっかく入れてくれたんだ。頂こうぜ」

 

 ガイは表情からコゲンタの思考を読んだらしく、取り成すように苦笑した。

 

 コゲンタは、その顔に毒気を抜かれたように溜息を吐く。

 

 いつの間にかルークとティアの事となると冷静でいられなくなっている。どうやらもう情が湧いたらしい。少なくともティアは騎士だ。このような眼で見るのは、彼女をあまりに馬鹿にしている。と思い直し反省した。

 

 コゲンタは黙って頷くと、ガイからお茶を受け取ると一口、口に含んだ。

 

「うまい……」

 

 苦い中にもほのかに甘い味が口の中で広がった。喉も渇いていたので、うまかった。

 

 自身もお茶に口を付けつつ、ガイは口を開く。

 

「ところで、ルークに剣の稽古を約束してくれたんだって?」

 

「ん、うむ。もしもの時のためにとの……」

 

 世間話でもするようなガイの調子に、コゲンタはふと表情を緩め答える。

 

「俺もそれは考えたけど、俺が相手じゃいつもの“剣術ごっこ”の延長くらいにしかならないからな……」

 

「いやいや、貴君ほどの剣客がいるならば、わしのような老いぼれが相手をしなくても大丈夫だろう。それにルーク殿には天錻の才がある」

 

 バツが悪そうに頭を掻きながら言うガイに、コゲンタはやっといつものように微笑み言った。お世辞などではない、本心だった。

 

「確かに。アイツの取り柄は剣術だけだからな」

 

 ガイは「困ったものだ。」と言うように溜息を吐いた。

 

「あはは。ひどい言い草だのう」

 

「告げ口は勘弁してくれよ。旦那」

 

 ガイは少年のようなイタズラっぽく笑うのを見て、コゲンタは苦笑し頷く。

 

「そういえばイシヤマさん、アンタの剣。『ミヤギ流』って事だけど……、バチカル城下で道場を構えておられるミヤギ先生に……」

 

 世間話からそんな話になった。

 

「左様。『ミヤギ流百芸・小太刀』。ミヤギ先生はお元気だろうか? 時々手紙はやり取りするが、弱みなど見せぬお方だ……」

 

 コゲンタは懐かしそうに虚空を見上げた。

 

「元気も元気さ。前に一度、先生自ら稽古をつけて貰ったんだけど……強いなんて物じゃあなかった。鼻柱を折られた……。自分が天狗になってたのがよく分ったよ」

 

「あはは、左様か。お元気か」

 

 『折られた』らしい形の良い鼻を一撫でしつつ苦笑するガイを見て、コゲンタも少しの間笑うと、

 

「どこから話したものか……」

 

 と、呟きつつ顎を撫でる。

 

「十歳の冬にミヤギ先生に拾って頂いた。その時のわしは、バチカルの下層貧民街でその日暮らしの悪たれだった。飢えに任せて騎士の屯所に盗みに入ったのが、運の尽き……いや、運の付き初めと言うべきかの?」

 

 その時、たまたま居合わせたミヤギに取り押さえられ、そのまま弟子入りした(させられた?)のだと言う。

 

「それで? そんな旦那がなんだってマルクトのエンゲーブに?」

 

「別に変った理由はない。剣客としての腕をそこそこ認められての。ミヤギ先生からの勧めもあって、バチカルで官吏の仕事を数年したが、どうもしっくり来なくての……ざっくばらんに言えば宮仕えが嫌になったのだ」

 

 今度はコゲンタが恥ずかしげに鼻を掻き続ける。

 

「そして見聞と剣の腕を磨こうと、職を辞して諸国を回る事にしたのだ。それから、しばらく血気に任せてムチャクチャをしての。とうとうマルクトの『ホド』という島で行き倒れてしまった」

 

 と、どこか楽しげに話し始めた。

 

「そこの百姓の娘に助けられた……。恥ずかしい話だがその娘の側が居心地が良くての。そのまま居ついてしまった。それだけの話だの」

 

「『ホド』に! そうか、ホドにいたのか」

 

 と驚くガイを見て、コゲンタは怪訝な顔を見せるが、

 

「あ……いや、だいぶ前の戦争で海に沈んじまった島だろ? よく無事だったなって、さ」

 

 ガイは何故か取り繕うように笑うが……

 

「左様。その日、わしはたまたま島を離れていた。以前世話になった御仁の葬式があってのぅ……」

 

 コゲンタは気にしていないと云う口調で続けると、少し話を止めた。

 

「家族は……?」

 

 ガイは厚かましいくならないかと気にするような顔で、後を促した。

 

「件の娘……つまり妻と、その親兄弟。それともうじき生まれるはずだったわしの息子だか娘だかがな。しばらく探し回ったが遺体すら見付けられなかった。まぁ、よくある話だ」

 

 コゲンタは彼にしては珍しく俯いて言った。

 

「悲劇は悲劇さ。珍しいかそうじゃないかで、悲劇に優劣なんか付けられないさ……」

 

「あははは、そうかの」

 

 真剣な表情で言うガイに、コゲンタは穏やかに笑かけさらに続ける。

 

「旦那。知っていると思うけど、ルークの父親は……」

 

 ガイは、さらに顔を真剣に……いや、険しい顔でコゲンタを見つめ呟く。

 

「クリムゾン公爵。ホドを攻め落とした、泣く子も黙る『赤鬼クリムゾン』であるという話かの?」

 

「あ、あぁ……」

 

 あまりにも、何でもない事のように言うコゲンタに、ガイは思わず戸惑いつつも頷く。

 

「あははは。貴君には、わしが逆恨みで“仇”の子供に刃を向ける男に見えるらしいの。少しはマシになったつもりであったがのぅ」

 

 悪戯っぽく苦笑するコゲンタ。

 

 そして、ガイはバツが悪そうに押し黙る。

 

「安心して欲しい。復讐は当の昔に復讐は諦めた」

 

 コゲンタは押し黙るガイに、努めて穏やかに微笑みかけ、真っ直ぐに見つめ言う。

 

「……諦めた……?」

 

 ガイは呆気にとられ鸚鵡返しで首を傾げる。

 

「薄情かな?」

 

「あぁ……いや、そういう事じゃないんだ。なんて言うか……良かったら……その……どうして諦められたのか、その理由を教えてくれないか?」

 

 バツが悪そうに笑うコゲンタに、ガイは呆気にとられたままの表情で尋ねるが、

 

「いや、駄目だ! 不躾なんて物じゃない。忘れてくれ」

 

 すぐに我に返ったかの様に、慌てて顔の前で手を振って打ち消した。

 

「不躾な物か。ルーク殿の親友ならば当然の懸念だの」

 

 嬉しそうに微笑み、コゲンタは何度も頷く。

 

 ふとその微笑みを消し、難しい顔で夜の闇を見上げながら彼は続ける。

 

「確かに、わしも一度は復讐の念に身を任せてしまおうと……考えた時期もあった。復讐という物の味はそれ程に“美味”だからのぅ。だから、確かにあった……!」

 

 一瞬、仮面の様に表情を消したが、すぐに苦笑すると、

 

「しかし、しばらくする内に学の無いわしでは、何処の誰を……どれだけ……何時まで……『斬れば良いのか?』が解らなくなってしまったからのだ……」

 

 今度は困った顔にして言うと一息つくと、さらに続ける。

 

「実際にホドに攻め入った騎士や兵隊達か? それを直接率いた隊長格達か? さらに、その上のファブレ公爵達、将だろうか? その将に戦を命じたインゴベルト陛下か? それとも、その陛下と王国を支えた民草達か? はたまた、今は亡き、前マルクト皇帝だろうか? ホドの領主であったガルディオス伯爵か? という感じでのぅ……。なぁ、キリがなかろう?」

 

 首を横に振りつつガイに向き直ったコゲンタ。

 しかし、今度はガイの表情が消えていた。いや、むしろ困惑し過ぎて「言葉が見つからない……」といった表情だ。

 

「どうした?」

 

「いや、何でも……。ええと何故、その……マルクト皇帝やガルディオス……伯爵まで?」

 

 気遣わしげなコゲンタの声に、我に返ったガイは呻く様に尋ね返す。

 

「そりゃあ、『何故、わしの家族を守って下さらなかったのだ?!』って話だのぅ……」

 

 何処か納得しかねる物を感じながらもコゲンタは、何をどう尋ねれば良いのか解らず、ガイの質問に素直な思いを言葉にする。

 非力で悲しいが心優しい“手向かいする術すら知らない人々”に交じって、あるいは“その人々そのもの”として暮らした者の、本音のひとつだ。

 

 これは決して、他人に頼るだけの甘えではない。これを甘えだと突き放すなら、人の集まりである「国家」も「貴族」の特権も成り立たない。

 

「……なるほど……。そういう考え方もあるよな。領民を守れないなんて、領主としては最低だ……」

 

「どうやら、貴君はその若さで相当な苦労をしたようだの……。わしなどで良ければ、聞き役くらいにはなるぞ。あるいは良い助言をしてやれるかもしれん……」

 

 コゲンタはガイの様子に見兼ねたように言うが、

 

「いや、すまぬ。今日会ったばかりの馬の骨に込み入った話をしろというのが無理な話だ。おいおいな、おいおいしてくれれば良い」

 

 ガイのますます困惑した顔を見て、すぐに打ち消した。

 

「……気が向いたらね……」

 

 ガイはようやくそれだけ呟く。

 

「うむ、それで良い。わしらはもはや一蓮托生。遠慮はいらん」

 

 コゲンタは頷くとガイに背を向け、白み始めた空を見上げた。

 

「ルークが旦那を慕う理由が分かったよ……」

 

 そんな彼の背中にガイが声を掛ける。

 

「あはは、それは光栄だのぅ。わしはルーク殿に慕われるような人間ではないのだが……」

 

 コゲンタは照れたように鼻を掻いた。そして、

 

「そうだの。では、貴君の前でも改めて誓うとしよう」

 

 再びガイに向き直ると胸の前で拳を固め、

 

「貴君を、そしてルーク殿を決して裏切らぬと誓おう。我が良心にかけて」

 

 しっかりとした声で誓いを立てた。

 

 

 こうして夜は明け、出発の朝へ。

 




 コゲンタの過去と人となりに触れる話でした。ただの紹介ではつまらないと思い、本編ではあまりない彼の視点で描いてみました。
 大人だって迷いながら生きているという感じが出せたでしょうか?

 さて大人と言えば、コゲンタを描く際は「ちゃんとした大人(或いはそうなろうとしている)」ように心掛けています。しかし、私自身がちゃんとした大人とは言えないので上手く描けているかが心配です。

 しかし、これだけは誓って言います。他人の無知をせせら笑ったり、他人の失敗をその人の人格のせいだけにはしないと。

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