テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第36話 包囲された城塞都市へ……

 森から森、林から林へと、身を潜めるようにしてバギーで、次の目的地の近くだという鬱蒼とした林に着いたルーク達一行。

 

 目的地に敵の手が回っていた場合、これ以上近付くとエンジン音を拾われる危険があるため、ある程度離れたこの林で降りたという訳である。

 

 そして、バギーを降りると林を彷徨う事、小一時間。そろそろ焦れてきたルークは、誰にともなく呟く。

 

「今向かってるセン……なんとかっていう街、どんなトコなんだ?」

 

「《セントビナー》だよ。大きな樹がシンボルで緑豊かな綺麗な街さ。立派な城塞に囲まれていてマルクト軍が基地を構える城塞都市でもある。もう少しだから、頑張れ!」

 

 一行の先頭を行くガイの優しげだが強い激励が、ルークに届く。

 

「時にガイさんは、キムラスカの方だというのに我が国マルクトの地理に明るいのですねぇ?セントビナーへも特に迷う事なく向かっているように見受けられますよ?」

 

 ガイのすぐ後ろを行くジェイドが、世間話でもするかの様に穏やかな表情と口調で尋ねる。

 

「ルークを探すためにマルクトの地理を頭に叩き込んで来たからな。それに、実は卓上旅行が趣味なんだ」

 

「なるほど、持つべき物は友! というわけですね。そして、とても素敵な御趣味をお持ちですねぇ」

 

 淀みなく答えつつ照れくさそうに苦笑するガイ。そんな彼に、爽やかに微笑み返しジェイドは頷く。

 

 何時ものへらへら顔のジェイドの方は解らないが、ガイの方は笑っているのに何処がはぐらかしている様に見えるのは気のせいだろうか?

 

 ルークには解らない。

 

 というか、『タクジョーリョコー』とは何なのだろうか?

 

 ルークの後に続くティアにきいてみれば……

 

「本当に旅に出かけるんじゃなくて、地図や絵葉書を眺めたり。おみやげ物とか、その土地の特産品なんかを取り寄せて、家で楽しむの。文字通り、机の上で楽しむ旅行の事よ」

 

 との事だった。

 

 ルークは、親友にそんな趣味があったとは初耳だった。

 

「親友のためなら当然さ。それに、お屋敷勤めじゃ気軽に旅行へってわけにはいかないからな」

 

「そうですか、そうですか。いつか機会が有れば、共に想像力の翼を羽ばたかせましょう」

 

 肩をすくめて、さらに苦笑するガイに、ジェイドは何やら愉快そうに笑い掛け、空を指差す。

 

 ふと、歩を進めながらもガイは振り返り、ルークを見やって口を開く。

 

「ネクラ! って馬鹿にされそうで、ルークには内緒にしたかったんだがなぁ。ハハハ……」

 

「そっちこそバカにすんな! ヒトの趣味、笑いモンにするほどオチぶれてねぇっつぅのっ!!」

 

「そうか、悪い悪い。今度、お前も一緒にどうだ?」

 

「いや、やめとくわ……」

 

「ハハハ」

 

 正直に言えば「ちょーネックラっ~!」と、大笑いしてしまいそうになったが、ティアの目の前なので我慢したのだ。

 喉まで出かけた笑いが非常にツライ……

 

 ルーク達は、取り留めもない話をしている内にセントビナーにほど近い雑木林はと到着した。その雑木林は丘の上にあるため、セントビナーの街並みと街へと伸びる街道が、よく見渡す事ができた。

 

 ルークは茂みの中から街を目を凝らして眺める。

 

 城門の脇で神託の盾の騎士団達がいた。その一人は見覚えがある。リグレットだ。

 

 彼女は、何人かの騎士達と、何事かを話している。

 

 一人は、帯剣はしているが鎧を身に着けず僧帽を被った神託の盾の男だったが、その他の三人は異様な風体をしていた。

 

 二人目は、怪鳥の嘴を想わせる仮面で素顔を隠して濃緑の髪の毛を逆立てた小柄な男。

 

 三人目は、眼鏡をかけた色白、痩身、くすんだ銀髪の男で、派手な襟飾りが取り付けられた法衣を着ていて、何故か大仰な背もたれの椅子に腰掛け宙に浮いている。

 

 そしてもう一人、獅子の様に顎髭を蓄えた大男。その身体は、分厚い法衣の上からでも解るほどの巌の様な筋肉に鎧われている。タルタロスで戦死したマルクト軍のディードヘルトがかなりの大男だったが、彼よりも一回りは大きい。

 

 仮面の男と並ぶと、まるで巨人と小人とまではいかないが、よりその威容が目立つ。

 

「……以上が、今必要な医薬品と器具です。数は多いですが、街の教会を介して何とかなります。しかし、運搬するとなりますと業者に頼むことになりますので、少々目立ちます……」

 

 僧帽の男は、リグレットに書類を手渡した。どうやら彼は行政的な任務を担っている士官らしい。

 

「確かにまずいな。よし、主計長。私の責任で馬車を徴発する事を許可する。ただし、一定の礼節と口止め料……心付けは忘れるな。我々だけの手で運べ」

 

「了解」

 

 主計長は、リグレットの指示に敬礼で答えると、踵を返し城門の中へと消えた。

 

「フンッ、マルクト軍にヤられた連中をマルクトの街で調達した薬で治療するなんて、全くつまらない皮肉だね……」

 

 書類に目を通しているリグレットの耳に、少年のやや甲高い嘲笑が聞こえた。

 

「いや、死んだ奴らを『偉大なる導師イオン様を救うため戦い倒れた英雄』として祀り上げれば箔が付くかな。ハハハ」

 

「……シンク、口が過ぎるぞ」

 

 リグレットは書類から視線をあげ、仮面の男を一瞥し静かに呟く。

 

 仮面の男……《烈風のシンク》、少しも悪びれた様子もなく仮面の下からのぞく形の良い唇を皮肉気に歪めるのみだ。

 

「死霊使い以外の者の実力を、過小評価し過ぎたかもしれんな」

 

 それまで腕を組み、沈黙を守っていた大男が、決して大きくはないが威厳を感じさせる声で呟く。

 

「ハーッハッハッハッハッ! だーかーらー言ったでしょう、ラルゴ。あの性悪ジェイドを倒せるのは、この華麗なる神の使者、神託の盾 六神将、薔薇のディスト様だけだと!!」

 

 腰掛けの男が、場にそぐわない大笑いで大男……《黒獅子 ラルゴ》に向かって撒くし立てる。薄い唇を割り開いて、赤い舌を蠢かせる様子が、奇怪な爬虫類を連想させる。

 

「薔薇じゃなくて死神でしょ」

 

 シンクが呆れ果てた様子で言った。

 

「この美っし~いぃ私が、どうして薔薇ではなく死神なんですかっ!」

 

 それを聞いた《死神 ディスト》は、青筋を立てて抗議するが……

 

「過ぎた事を言っても始まらない。どうする、シンク」

 

「おいっ! あなたたち?!」

 

 ディストの事など見えていないかのように落ち着いた口調で、リグレットが先を促した。

 

「タルタロスを派手に乗り回すわけにもいかないしね。せいぜい紳士的に振る舞って『神たるローレライと心優しい導師イオン様のしもべ』として、親切なセントビナーの人達の施しを受けるしかないよ。怪我人を見捨てるつもりがないならね……」

 

「こらっ! キミたち?」 

 

 ディストの事など初めからいないかの様に、リグレットの問い掛けに答えるシンク。

 

「良ぉぅしっ、全軍に通達! 右舷直はこのまま臨戦態勢で待機。左舷直は休養とする。だが、ここが敵陣のど真ん中でもある事を忘れるな! 常に“そのつもり”で行動しろ!! だが、規律を重んじ常に余裕ある態度をしめせ! 無用な諍いや問題を起こした者は、この俺自ら首を刎ねる!!!」

 

「ちょっとっ! 皆さん……?」

 

 やはり、ディストの事など無視して、ラルゴは大音声で号令を発する。

 

「了解」

 

 それまで後ろに控えていた数人の伝令兵が敬礼で答えると、それぞれの方向に走り出した。

 

「俺は艦の方で待つ。兵士の見舞いもあるからな。リグレット、シンク、こちらは任せたぞ……」

 

「ねぇ? 皆様ぁ……?」

 

 またしても、ディストの事など無視して、ラルゴは踵を返して陸艦に向かおうとするが何かに気が付き背後を見やる。

 

 しかし、その視線の先には小高い丘の上に有る黒々とした緑色の雑木林が見えるだけで、特に変わった物は見付からない。

 

「分かった。……どうした?」

 

 リグレットの声にも応えず、しばし雑木林を睨み付けるラルゴ。

 

 が……

 

 彼は、目を伏せ顔を左右にふり口を開く。

 

「……いや何でもない、気のせいだ。ディストも来い、機関部の完全復旧には貴様の技術が必要だ。頼りにしている」

 

「ラ、ラルゴくぅんっ……!」

 

 ここで、ようやくラルゴは、ディストに向き直り、軽く彼の肩を叩くと歩き出した。ディストは、その行為に感極まったように涙ぐむと、仔犬のような顔でラルゴに付いて行った。

 

 

 ラルゴの視線にルークは、一瞬気付かれたと思い怯んだが、どうやら雑木林の動植物の気配がうまく自分達の気配を隠してくれたらしい。

 

 こうして、ルーク達一行は、ようやくセントビナーの城門へとやって来た。深い堀、高い城壁に囲まれた壮麗なマルクト風建築の街並み、まさに城塞都市である。

 

 そして、やはり目を引くのは、その街並みを優しく包み込む様に生える大樹の存在だ。

 

「あれがセントビナーの大樹。大きい、それに美しい……」

 

 イオンの呟きが漏れ聞こえる。

 ルークも同じ感想だ。

 

「『世界樹の分根』『ユグドラシルの新芽』とも呼ばれているの。ミュウたちチーグルが住んでいる樹と同じ『ソイルの樹』なのよ。一説によれば、樹齢二千年とも言われているわ。その昔、あの樹が枯れかけた時、この辺り草木も一緒に枯れかけたらしいの。とても、不思議な樹なのよ」

 

「へえぇぇ……」

 

 言葉の意味の半分は解らなかったが「とにかく古くて、スゲー!」という事はルークにも分った。

 

「う~む、やはりと言いますか……」

 

 その横で、ジェイドが反射光で位置がバレないためなのか薄い網をかぶせた双眼鏡を覗きながら唸った。

 

「あちらもプロ! 当然、手が回っていますよねぇ」

 

 さらに目を凝らして見れば、城壁の上にマルクト軍の物とは違う白い服と鎧を身に着け、譜業や大弓を携えた騎士達の姿があった。

 

 白地に金の音叉の紋章、神託の盾の騎士団に間違いなかった。

 

 そして、街道と街をつなぐ各所、城門の前にも大勢の騎士が待ち構え、出入りする人々や荷馬車のことごとくを

検めていく。

 

 まさに検問所のようだ。

 

「まさに、我が物顔って話だのぅ」

 

「どうすんだよ? あんなの忍び込めるワケねーよ」

 

 ジェイドと同じように望遠鏡を覗き、呆れたように呟くコゲンタに、思わず尋ねるルーク。

 

 いかに、兵法の素人のルークと言えども「頭わりぃ……」と思ってしまう質問だ。

 

「ふぅむ、さてのぅ……。鳥かモグラになりたい所だがの……」

 

「ハハハ、そいつは名案だね。問題は、おとぎ話の魔法の杖が手元に無いって事だな」

 

「ご存知ですか? モグラは生物学上、ネズミの仲間なのですよ」

 

 ルークの問い掛けに、困った様に苦笑し首を捻るコゲンタ。

 そして、ガイとジェイドの場を和ませるための冗談。成功とはいえないが……

 

「やゃ……!」

 

 何かに気が付いたジェイドが双眼鏡を動かし、それに合わせてコゲンタも望遠鏡でそちらを見やる。 

 

「捨てる神あれば拾う神ありですね。馬車が来ます、しかも……」

 

「エンゲーブの輸送隊だ。あれは……ローズ殿か? これは良い」

 

 不敵に笑うジェイドとコゲンタの視線と言葉に吊られる様に街道を見れば、エンゲーブの紋章が刻まれた馬車の列がセントビナーにゆっくりと向かって来る。

 

 ルーク達は一計を案じ、馬車の荷台に潜みセントビナーに荷と共に運び込んで貰おうという事になった。

 

 ティアとイオンは、事が露見した場合

 

「ローズさん達やセントビナーの人々にも塁が及ぶのでは……」

 

 と難色を示したのだが

 

「時間と人手が有れば、まだ方法がありますが。具体的な代替案が御有りなら、そちらの方法で行きますが?」

 

 というジェイドにしては珍しい答えを急かすような言葉と、

 

「奴らがその気なら、どちらにしろ一応エンゲーブの者のわしが、このまま同行すれば同じ事だがのぅ……」

 

 というコゲンタの苦笑に納得する事しか出来なかった。

 

 こうしてルーク達は、馬車の荷台に潜んでセントビナーは入り込む事になった。一行は、街道沿いに林の中を遡る。

 

「そこの馬車、止まれっ!!」

 

 と、大胆にもルーク自ら先頭の馬車の前に飛び出した。

 

 ティアの心臓も口から飛び出し……はしなかったが、おそらく寿命は縮んだ。

 

 車列は急停止し、馬たちが迷惑そうにいななく。

 

「なんだい、いったい!? おや、アンタはルークさん? だったかい?」

 

 目を白黒させるローズ。しかし、彼女は剣や手槍を持ち馬車から降りた護衛らしき男たちを制した。

 

「おばさん、ワリーけど馬車に乗っけてくんねーかな?」

 

「ローズ殿!」

 

 悪戯に成功した子供のような笑顔のルークに続いて、コゲンタが車列の前に姿を現すと、ローズに大きく手を振った。

 

「おや、今度は先生かい?」

 

 思わぬ場所での突然の再会に、ローズも驚いている様子だった。護衛らしき男たちもコゲンタの姿を認めると、口々に、先生、先生と呼んで表情を緩めると剣や手槍を下ろした。

 

 そして、ローズもすぐに顔を綻ばせ、再会を喜んでいるようだった。

 

「ごきげんよう、ローズ夫人♪」

 

「まぁ、カーティス大佐も? 一体どうしたんです、こんなとこで? 何かまた厄介事ですか?」

 

「いやぁ実は、かくかく馬々……もとい。かくかくしかじかで、そうなんです。弱っちゃいますよぉ……」

 

 神妙な顔つきなローズの問い掛けに、ジェイドは微苦笑とともに肩を竦めて見せる。

 そんなジェイドの隣にガイは歩み出て、ローズに深く頭を下げつつ、口を開いた。

 

「セントビナーの街に入りたいのですが、導師イオンを狙う不逞の連中の待伏せを受け困っています。マダム、どうか御力添えを……」

 

「あははは。参ったね、マダムと来たかい!」

 

 さらに深々と丁重に頭を下げるガイに、逆に恐縮しローズは照れくさそうに苦笑すると、

 

「しかし、こんな事は生誕祭の預言には詠まれてなかったけれどねぇ。やっぱり『当たるもハッケ当たらぬもハッケ』って事かねぇ?」

 

 面白そうに笑った。

 

「あっと……!イオン様の前でなんて事を……」

 

 だがしかし、ローレライ教団の長であるイオンの目の前で預言を貶める言葉を口走ってしまった事に気が付き、ローズは慌てて口を紡ぐが、時既に遅しであった。

 

「いいえ、良いのです。教団が皆さんに授ける事のできる預言は、預言のごく一部分にすぎません。それに預言は、あくまで指針。その日その日、一人一人の行いや心がけによって変わっていく物なのだと、ぼく自身が思っているのですから」

 

 ふくよかな身体を小さくし、恐縮するローズにイオンは笑顔で答えると、 

 

「それに、変わった方が良い預言も当然あります。ぼくは、ある《預言》を変えたいのです。ローズ夫人、どうか御力添えを……」

 

 イオンの言葉にしては珍しく言葉と瞳に力が籠っていた。

 

「もちろんですよ、導師イオン様! さぁ、御乗りください。ルークさん達も早く乗りな!」

 

 ローズはイオンに大きく頷き返すと、力強く胸を叩く。そして、ルーク達に向き直ると、幌に覆われた馬車の荷台を指差した。

 

「ありがとう、おばさん! 恩にきる!!」

 

「ありがとうございます……!」

 

「いいさ。二人にはドロボウ騒ぎで、特に迷惑をかけたからね。そのお詫びさ。あはは」

 

 ローズはそれぞれの感謝に、笑顔で頷いた。神託の盾騎士団にバレれば、自分達もタダでは済まないというのに……

 

 ティアは、ローズに対して先ほどの一言では言い表せない感謝の念と罪悪感を抱きながら、元気に荷台に飛び乗り自分に笑い掛けるルークに微笑み返して、自分もまた馬車へと歩き出した。

 

 

 

 馬車を一台先行させると、ルーク、ティア、コゲンタ、ミュウそして、イオン、ガイ、ジェイドと二台の馬車に分かれて乗り込む事になった。

 

 そして馬車は、ゆっくりとセントビナーへと近づいていく。ルーク達は荷台に満載されたリンゴのの籠の間に身体を小さくして息を潜めた。

 今の緊張感に似つかわしくない、甘酸っぱいリンゴの香りに不快感を感じルークは眉を顰める。どちらかと言えば好きな香りなのに不思議だ。

 

「エンゲーブの者です。先に馬車が来ているはずですが」

 

「ああ、話は聞いている。通れ」

 

 ローズの明朗な声と、神託の盾の騎士の物と思われる事務的な声がルーク達の耳に届いた。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 ローズの声と共に再び馬車が動き出すだろうと、息を吐き出しかけたルークの呼吸が

 

「いや……、ちょっと待て。その荷台に乗っているのは……」

 

 という僅かに怪訝の色をにじませた無機質な声に、再び停止した。

 

 と同時に、ルークとミュウの全身が総毛立つ。不安そうにしていたティアも表情を消し、傷に構わず両手で杖を握りしめ、、隣のコゲンタは静かにワキザシの鯉口に指をかけた。

 

「その荷台に乗っているのはリンゴか?」

 

「へ……?」

 

 それは、誰の疑問符だったのだろうか?

 

「良ければ、ここで少し売ってくれないだろうか? 実は同期にエンゲーブの出の奴がいてね。よく分けてもらっていて、今も私の好物なんだが……」

 

 呆気にとられるルーク達を余所に、無機質さは何処かへなりを潜めた騎士の快活な照れくさそうな声が聞こえる。

 

「え……えぇ、もちろんですよ!」

 

 ローズの愛想の良い声。

 すると、幌を出来るだけ開けないよう隙間から彼女のふくよかな腕が伸び、ルークの目の前の籠からリンゴを五つ、六つと拾って行く。

 

「ふむ……六つか、良いリンゴだな。これで足りるだろうか?」

 

「あぁ、いえ、お代は結構です。ダアトの騎士様からお金を取るなんて。それに銀貨では高すぎます」

 

「いや、良いんだ。むしろ、足りないくらいだ。こちらの事情で交通の邪魔をしている我々なりの謝罪だと思ってくれ。私の様な下っ端が生意気だがな」

 

 戸惑うばかりのローズの声に対して、騎士の声音は優しく明るい。先程の事務的を通り越して機械的ですらあった声の持ち主だとは、到底思えない。

 

 それがルークの中で神託の盾騎士団の印象を、なにがなんだか分からない物にした。

 

 タルタロスで目にした奴らは、武器を使い、戦術を用い、言葉を話す、ただ人間の形をしただけの『魔物

』…… いや、話しさえできればある程度分かり合えたライガ達よりも、よほど『魔物』であった。

 

 しかし、今し方ローズと友達の話をし、リンゴが好きだと笑った神託の盾の騎士を目の当たりにして、彼らも自分と何ら変わらない日常と感情を持った人間なのだと、今さらになって思い知ったのだ。

 

 そもそも、神託の盾の騎士団の騎士であるティアが、すぐ隣にいるというのに、情けない話である。

 

 そしてもう一つ、ルークが衝撃を受けた事柄があった。

 

 騎士は、エンゲーブ出身の友人がいると言っていた。つまり、その友人はマルクト人という事になる。もしかしたら、タルタロスにもエンゲーブ出身の兵士がいたかもしれない。

 

 友人や隣人同士でも殺し合う?試しにガイやナタリア、そして、ティアとそうなったならと想像してみる……。

 

「ジョーダンじゃねぇ……」

 

 という思いが強過ぎて上手くいかなかった。

 

 しかし、もし噂の『大詠師派』の好きにさせれば、そんな『ジョーダンじゃねぇ』事が繰り広げられるのだと思うと、本当に冗談では済まされない。

 

 ルークは、イオンに全力で協力して必ず『和平』を成功させてやろうと、改めて決意した。

 

 決意したのだが……、悔しいが世間知らずでマトモに戦えもしない自分に何ができるのか見当も付かなかった。

 

 

 そうこうする内に、馬車は門を潜り抜け、街へ入り、城壁を離れると神託の盾騎士団の姿は見えなくなった。

 

 そして、この街のマルクト軍の本部になっているというマクガヴァン邸に向かう広場で、ルーク達はローズ達に礼を言い、馬車から降りる。 

 

 これでひとまずは安心だ……そう思うとドッと疲れを感じ始めたルーク。

 

 ふとイオンの顔を見ると、彼もまた緊張が解けたせいか顔色が優れないようだ。

 

 それにしても、コゲンタとジェイドが、しきりにローズに何か小さな包みを渡そうとしていたいたのだが、なんだったのだろうか?

 

 

 それはともかく

 

 

 セントビナーの街は、とても綺麗だった。

 

 花壇に街路樹、緑も豊かで、行き交う人々の笑顔も明るく、忙しそうな声で賑わっている。

 

 あんな殺り……

 

 いや、あんな戦いが同じ国の中であったとは、とても思えない。

 まるで別世界、夢でも見ているかのようだ。

 

 そう、夢だったら良かったのに……

 

 

 

 そして、そんな街並みを横目に、件のマクガヴァン邸の前に到着した。

 

 するとルーク達の姿を見とめた番兵が、「何ごとか?」とサスマタを手に、こちらへとやって来た。

 

「お勤め御苦労様です。私、マルクト帝国軍 第三師団所属 ジェイド・カーティス大佐と申します」

 

 ジェイドは、その番兵に向かってしっかりとした所作で敬礼すると、

 

「誠に申し訳ありませんが、こちらの基地司令グレン・マクガヴァン准将閣下にお取次ぎ願えますか?」

 

 彼は、階級が下であろう番兵に対していやに丁寧な言葉で続けた。

 

「これは……!し、しかしながら、司令官はただ今来客中です。申し訳ありませんが、中でしばらくお待ちいただけますでしょうか?」

 

 それに恐縮する事しきりの番兵は、慌てて返礼し、伝えるべき事を伝える。

 

「事前の約束のない訪問です。貴方が謝る事ではありませんよ♪」

 

 番兵の慌てぶりに穏やかに苦笑したジェイドは、その顔を隠すようにずれてもいない眼鏡を直しつつ続ける。

 

「……ありませんが、こちらにおわす導師イオンとこの街を取り囲んでいる神託の盾騎士団の事についてのお話ですので、出来る限り迅速に願いますと御伝え願います」

 

 眼鏡を直した手をどかすと彼の顔は、軍人の顔に変わっていた。

 

「りょっ了解しました!」

 

 番兵は再び敬礼すると、弾かれるように詰所に取って返すと、詰所の同僚に何事かを言い残すと館の中に姿を消した。

 

 そして、詰所から別の番兵が入れ替わるようにルーク達に近付いて来る。

 

「申し訳ありませんが、しばしお待ちください」

 

 詰所から現れた彼は、先ほどの番兵よりも年嵩のようで落ち着いた声と表情で敬礼した。恐らく彼はこの場の責任者なのだろう。いかにも兵士といった厳めしい顔の持ち主だった。

 

 彼は敬礼を解くと、イオンの顔を一瞥すると恭しく黙礼すると

 

「……よろしければ休む場所をご用意いたしますが……?」

 

 と口を開いた。彼の目にもイオンの体調が優れないのが分かったようだ。

 

「い、いえ……」

 

 イオンは恐縮したようにその申し出を断ろうとするが……

 

「なんだよ、イオン。用意してくれるってんだから、エンリョする事ねぇよ。突っ立てるのもいい加減タリーよ。つーわけで、イゴコチの良い所に頼むわ!」

 

 というルークの言葉に、それは遮られた。

 

 ルークの不躾ともいえる態度に、ティアは内心ハラハラし、その隣のガイは痛そうに頭を押さえ、溜め息を吐くばかりだ。

 

「ふふ……。解りました、しばらくお待ちください。ただ、居心地については、あまり期待しないで下さい。なにぶん番兵の詰所ですので……」

 

 ティアの心配やガイの呆れを余所に番兵は微笑み、冗談めかした言葉まで返した。

 

「ハハハ。まぁ、しゃ~ねぇなぁ」

 

 ルークの悪戯っぽい笑顔に、番兵は厳めしかった顔を緩めて、「こちらへ」と言って歩き出した。

 

 ティアはホッと胸を撫で下ろすと、彼らに吊られて微笑みルークに続く。

 

 そして、ガイはそんな彼女の隣で狐につままれたような顔で立ち尽していた。しかし、すぐにハッと我に返り、ルーク達の後を追った。

 

 番兵の詰所の脇にある待合室(といっても、詰所から伸びるひさしの下に椅子と机が並べてあるだけの簡単な場所)に通され、件の番兵の帰りを待つことにした。

 

 程なくして、番兵が走って戻って来る。

 

 そして、ルーク達は館の中に通され、すぐに基地司令官であるグレン・マクガヴァン准将と会える事になった。

それと言うのも、件の来客というのは准将の実父でセントビナーの名士であり、ジェイドの元上官であるマクガヴァン退役元帥で、その用件がこの街を囲む神託の盾の騎士団についての事だったからだと言う。

 

「実にナイスなタイミング。これも日頃の行いの賜物ですね。無論、私以外の皆さんの♪」

 

 ジェイドがそんな益体のない事を言っている内に、基地司令官マクガヴァン准将の執務室の前へとやって来た。

 

 執務室の扉は、ルークが想像していたよりもずっと質素で機能性を追求したという印象だ。

 

 案内役の兵士が、直立不動の姿勢で扉を叩くと、

 

「失礼します、グレン・マクガヴァン司令。ダアトのローレライ教団 導師イオン様ご一行とマルクト帝国軍第三師団 師団長 ジェイド・カーティス大佐をお連れしました」

 

 高らかに叫ぶ。

 

「お入りいただけ」

 

 扉の向こうから、兵士とは正反対の理路整然とした静かな声が返ってきた。

 

 兵士は、その声を聞いて扉を左右に大きく開くと、

 

「イオンさまぁっ! あっ……いでぇっ!?」

 

 その瞬間、小さな影が飛び出して来たかと思うと、ルーク達の目の前で小柄な少女が、思い切り転倒した。

 

「イオンさまぁ……」

 

「アニス?!」

 

 イオンが、ジェイドの背後から慌てて駆け寄り、彼女を助け起こした。少女は誰あろう、アニス・タトリンだった。

 

 見れば、アニスの右足首には包帯が巻かれており、彼女の側には松葉杖が一緒に転がっている。

 

「アニス、無事で何よりです」

 

 イオンは彼女に笑い掛けた。

 

「無事じゃねぇっ……ですけど、なんとか大丈夫でした。ワタシなんかの事より、イオンさまがご無事で良かったです。ホントにホントに、良かったです……」

 

 倒れたままの姿勢でイオンに縋り付き涙ぐむアニス。

 イオンは、そんな彼女の小さな肩をそっと抱き寄り添う。

 

「アニス、待たせてしまってすみませんでした。そして、グッジョブ!!」

 

 ジェイドがイオンの背後から気楽な調子で声を掛けた。

 

「大佐ぁ、ナイスカバー……じゃなくって! イオンさまを護って下さって、ありがとうございましたっ!!」

 

 気軽な返事をしたかと思うと、アニスは唐突にジェイドの前に跪き、土下座せんばかりに頭を下げるが

 

「アニス、それは私の力だけではありません。ここにいる皆さんの協力なければ決してイオンさまを護り切れなかったでしょう。お礼ならば皆さんにです」

 

 ジェイドは「恥じ入るばかりです……」と、大げさな身振りで頭を抱えてみせると、優しげな苦笑を浮かべた。

そして、自分の後ろで立ち尽しているルークに道を開けるように脇へ退く。

 

「皆さん!」

 

 アニスは向き直ると、今度はルーク達に頭を下げようとするが……、

 

「や、やめろよ!」

 

 と、ルークがそれを止めると、

 

「力の弱い奴を強い奴が助けるのなんて当たり前だし……、俺は役立たずだっただけど……。だいたい、オレはイオンは仲間だって思ってる。だからトーゼンだ!イオンはどうかわかんねぇけど……」

 

 そっぽを向いて早口でまくし立てた。語尾が、尻つぼみになってしまっているのは、ご愛嬌。

 

「ルーク様の言う通りだわ。イオン様もいたから、切り抜けられた。誰が欠けてもアニスに再会できかったわ」

 

「左様、礼を言われたくてした事ではない。それに導師イオンにも助けて頂いた」

 

 ティアはルークの言葉に頷き、自分の左腕の包帯を撫でながら微笑む。その隣でコゲンタがニヤリと笑った。

 

「君は導師守護役だね? 君は守護役だから、イオン様をお護りしているのかい? 違うよね、少なくとも君は『イオン様が好きだから』、お護りしているんだろ? 俺ことガイ・セシルも同じ気持ちのつもりさ。だから、このくらいお安い御用さ」

 

 ガイは、跪くアニスと視線を合わせるために片膝を突き、優しげに語りかけると片目を瞑ってみせた。

 

 すると、アニスは小さな掌で顔を覆って俯いてしまった。そして、

 

「ちっきしょぉ……。コイツらワタシを泣かそうとしてやがんなぁ……。寄って集って卑怯じゃねいかよぉ……、そうはいくかってんだよぉ……」

 

何かをぶつぶつと呟いているがよく聞き取れない。

 

 ルークは、自分達の言葉に喜んでくれたのだと思い、なんだか照れくさいやら嬉しいやらで居心地が悪くなった。そんなつもりではなかったのだが……

 

 と、アニスから視線を上げると、そこには番兵達よりはもちろんジェイドの物よりも凝った造りの軍服を着込んだ淡い金髪で痩身の軍人が直立不動の姿勢で控えていた。

 

 

 そして、彼は口を開いた。

 

 

 




 更新が遅くなり、申し訳ありませんでした。とは言っても、やはり展開が遅いのですが……(涙)

 さて、今回も原作とは大幅に変更している点があります。

 一つ目は神託の盾の行動です。
 原作では早々に引き揚げてしまい、流石にあれでは諦めが早すぎると思い、こういう形にしました。そして、彼らのスタンスにも手を加えました。原作では、体裁はと問えている物の、軍隊としての自覚に欠けるという印象だったので、軍隊らしくしてみました。如何だったでしょうか?
 それからタルタロスの戦いで、普通に考えればマルクト軍もかなり抵抗したはずで、その犠牲になった部下達の事について何も口にしないのは如何な物かと思い(シンク、ディストならともかく、リグレット、ラルゴの人物像からすると考えにくいので)、本文のような描写を加えてみました。それに加えて、城門の兵士とリンゴのエピソードで、戦争とは決して一部の悪人が起こすのではないという事を表現したかったのですが、上手くいったでしょうか?

 それから、残りの六神将の登場でした。ラルゴはより威厳を、シンクはより皮肉屋にしてみました。ディストはほぼそのままですね。

 二つ目はアニスの行動です。拙作ではカイツールではなく、ここで合流です。原作ではマルクト軍に接触出来たのに保護も求めず、何故か先行しているので、職務(イオンの護衛)放棄にしか見えなかったのでここでとなりました。ファンの皆さんには名シーンを無くす事になったので、この場を借りてお詫びします。

 更新も展開もなかなか進まないと思いますが、今後もよろしくお付き合い願います。

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