テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第41話 それぞれの隠し事

 ルークを脚を、がっちりと鷲掴みにしたままフレスベルグは瞬時に上空へと舞い上がった。

 

 見ればフレスベルクの背中には、アリエッタが跨っている。

 

「ルークっ!」

 

 ティアは足元に細密な瞬時に譜陣を描き、兵士達も続いて短弓を構える。

 しかし、この高さでルークが落ちたなら骨を折るだけでは済まない。

 

 皆、不用意に動く事ができなかった。

 

 ガイとコゲンタも多数の魔物と闘っており、その場を動く事ができずルークの下に駆けつける事ができない。

 

 すると、意外なほど軽やかに、危なげ無く、巨鳥の背中の上で立ち上がったアリエッタは眼下のティア達を見おろし口を開いた。

 

「イオンさまも連れて行くつもりだったけど……。このヒトも「連れてこい」ってアッシュとディストも言ってた。イオンさま……、それとティアにアニス、このヒトを返してほしくば『コーラル城』に来てください……!」 

 

 アリエッタは静かに告げる。自分の知っている”小さな友人 アリエッタ”ではない彼女の眼差しと口調に、ティアは息をのむ。

 

「アリエッタ、なんという事をっ! ルークを放してくださいっ!! 彼は、これからの平和な世のために重要な人なのですっ!!」

 

 イオンの悲痛な叫び。

 

 そんなイオンが自分に向ける非難の眼差しに、アリエッタは涙ぐみ、戸惑い、怯え、混乱する。

 思わずルークを開放して、イオンのもとに駆け付け、謝り、すがり付きたい衝動にかられているのが表情だけでありありと分かった。

 

 しかし、その時

 

 軍港の城壁の上から長剣を携えた人影が、魔物に勝るとも劣らない凄まじい跳躍力と素早さで、戦場を跋扈する魔物の軍勢を、斬り裂き、打ち崩し、駆け抜け、一直線にこちらに向かってくる。

 

 それは、ローレライ教団が誇る神託の盾騎士団の長にしてダァト最高の騎士、そしてルークの剣の師でティアの実の兄でもあるヴァン・グランツであった。

 

 まるで、魔物を木葉のように蹴散らし戦場を駆け抜け、ティアたちとアリエッタの間に割って入った。

 

「お兄さまっ……!」

 

 ティアに微笑み返すヴァン。しかし、それも一瞬の間で、すぐに頭上の部下を睨むと共に長剣を突き付け口を開く。

 

「アリエッタっ!! 誰の許しを得て、こんな事をしているっ?!」

 

「総長っ……! ごめんなさい。アッシュに頼まれて、それで……その……」

 

「アッシュにだと? 奴め、一体どういうつもりで……?」

 

 アリエッタに長剣を突き付けたまま、顎を撫で首を捻るヴァン。

 もう一度、彼女に問い質そうと顔を上げた瞬間

 

「むっ!!」

 

 上空の魔物たちが、その巨大な翼を羽ばたかせ突風を巻き起こす。

 

 アリエッタは、その隙を突いて彼方へと飛び去ってしまう。

 

「ルークっ!!」

 

 ティアの必死の呼掛けも、兵士達の怒号と悲鳴、魔物達の雄叫びに断末魔、戦場の喧騒によって掻き消され、連れ去られるルークには届ない。

 

 いや、これは喧騒の所為ではない……

 

 

 ティア自身の無力の所為である。

 

 

 ティア自身の甘さの所為である。

 

 

 と、少なくともティア本人はそう思いながら……

 

 そして、決してルークの手には届かないと理解しながら、虚しく空へと手を伸ばす事しかできなかった。

 

 

 

 二人の男の話し声が聞こえてきた。

 

 ルークはその声を聴いていた。頭がぼんやりとして、何を言っているのかは解らないが……

 

「な~る……ほど。音素振動数まで同じとはねぇ。これは完璧な存在ですよ……」

 

 眼鏡をかけ、浮いた椅子に腰かけた男、ディストが奇妙な色の紅を差した唇を吊り上げて笑う。

 

「そんなことはどうでもいいよ。キムラスカの連中が来る前に、情報を消さなきゃならないんだ」

 

 鳥のような仮面を被った男、シンクが投げやりな調子で答えた。

 

 その時、こちらに何かが近付いてくる気配がする。足音の重さから人間ではないだろう。

 

「シンク……。たぶん港のヒトたちが、たくさん来てるって。すぐ、近くまで……」

 

 消え入りそうな鈴を転がした様な声、恐らく自分を攫った『妖獣のアリエッタ』だ。

 

「むこうもプロだね、意外に速い……。アリエッタ、そいつらに魔物をけしかけて出来るだけ足止めしてよ。皆殺しにする必要は無いし、キミの大事な”お友達”も死ぬまで戦わせる必要も無い。せいぜい、だらだら手を抜いて戦ってよ。ほら……ディスト、アンタがもたもたしてるから、こうなるんだ」

 

「うぅむ……もうっ、うるさいですねっ! そんなに此処の情報が大事なら、アッシュにこのコーラル城を使わせなければよかったんですよっ!」

 

「あの馬鹿が無断で使ったんだ。後で閣下にお仕置きしてもらわないとね……」

 

 意識がはっきりしてきたのに、彼らが何を話しているのか分からない。しかし、とりあえず此処がコーラル城という所だという事だけはわかった。

 

 それよりも身体がほとんど動かない……

 

 鈍く光る妙な寝台に寝かされているらしい事は解る。

 

 その時、シンクがこちらに振り返った。

 

「ほら、こっちの馬鹿もお目覚めみたいだよ」

 

 仮面の上からでも、せせら笑いを浮かべていると解る声だ。

 

「いいんですよ。もう、こいつの同調フォンスロットは開きましたから。それでは私は失礼します。早くこの情報を解析したいのでね。ふふふ」

 

 ディストは椅子を宙に浮かべ去って行った。

 

(こいつらは何を言っているんだ? ワケわかんねぇ……)

 

 身体が動かせないだけ余計に、頭は不安で一杯だ。

 

「……おまえら一体……俺に何をっ……?」

 

 ルークはやっと声を出せた。やけに喉が渇いている。

 

「ふん、答える義理はないね」

 

 シンクは、形の良い唇の端を歪めて嘲笑う。

 

 

 その時だった。

 

 

 彼の背後で何かが光った。

 

 身をかがめるシンク。前転し鋭い銀色の閃光を回避する。

 

 ガイが剣を構えて立っていた。ガイが背後から切り付けたのだろう。

 

 二人の間に奇妙な円盤が転がる。シンクが落とした物なのだろうか。

 

「しまったっ……!」

 

 シンクはそれを拾い上げようと走り、手を伸ばした。しかし、ガイも同時に走り、剣を振るった。彼の剣がシンクの仮面は弾き飛ばした。

 

「ん? おまえ……」

 

 シンクと真正面から顔を会わせたガイは戸惑いを見せた。

 その隙に、シンクは顔を隠しながらも飛び退がり、ガイのカタナの間合いから逃れる。いかにガイといえども、不用意に詰める事の出来ない巧みな位置とりだ。

 

「ルーク!」

 

 背後からティアやコゲンタが、ルークが寝かされている機械へ走り寄る。

 

「くそ……他の奴らも追いついてきたか……! 今回は正規の任務じゃないんでね。引かせてもらうよ。良いように振り回されてくれて、ゴクロウサマ」

 

 シンクは言い捨てて、開け放った窓まで瞬時に飛びのく。すると何のためらいもなく、その身を宙へと躍らせた。

 

 すぐさまガイは後を追い窓の外を覗くが、シンクの姿は既に無く荒れ果て蔦や雑草に飲み込まれた庭園が見えるのみであった。

 

「うぅむ、この機械は……? なにがしかの譜業かの?」

 

 コゲンタが伏兵がいないかと譜業の裏に回り込んで、誰もいない事を確認すると、屋敷には不釣り合いな巨大な機械を見回し首を捻る。

 確かに、この機械はつい最近設置されたわけでは無いようだが、屋敷の荒れ具合とも一致しない古さだ。この屋敷の元々の設備というわけではない事に、さらに首を捻る。

 

「ジェイドさん……? 早くルークを助けてあげてください」

 

 すぐにでもルークを助けたいが、いまだ動き続ける謎の機械に下手に手が出せないティアが、隣で珍しく険しい表情で機械を凝視するジェイドに呼び掛ける。

 

「あっ……いやぁ、すみません♪ 歳の所為でしょうか? 最近、ぼ~っとしてしまいましてぇ」

 

 苦笑しつつジェイドは、その機械の操作盤を調べ出す。

 

「大佐、どうしたんですか?」

 

「何がでしょうか?」

 

 どこか動揺している風にも見えるジェイドに、アニスが声をかけた。

 イオンも不安げな顔で彼を見つめている。こんな彼は初めて見たので、不安になったのだろう。

 

「この機械の事をご存じかの?」

 

「いえ、確信が持てないと……。いやぁ、確信が持てたとしても、はっはっはっ」

 

 背後からかけられたコゲンタの言葉に、ジェイドは取り繕うように笑いつつ操作盤を叩く。

 

 

 程なく機械が放っていた鈍い光が消え、安全が確認されると、

 

「ルーク、大丈夫?!」

 

 ティアがすぐに寝台へと上がりルークを抱き起すと、腰に下げていた水筒を手渡した。

 

「大佐殿、ルーク殿は何をされたのだ? 後遺症が出るやもしれん」

 

 コゲンタは手がかりでもないかと機械の周りを、ぐるりと回りながら言う。

 

「脈拍や呼吸に異常はありませんが、わずかですが音素の乱れています」

 

「まだ結論が出せません……少し考えさせて下さい。まだまだ情報が少な過ぎます♪」

 

 不安げに振り返るティアに、ジェイドは本当に申し訳なさそうに額に手を置き首を振った。

 

 しかし、やはり何処か誤魔化すような苦笑いを浮かべている。

 

「煮え切らない言い方だな……?」

 

 ガイがシンクの落とした音譜盤を拾い上げつつ、ジェイドに近付いてきた。

 その瞳は、未だ敵を前にしたかのように鋭く険しい。

 

「俺も気になっていることがあるんだ。もし、あんたが気にしていることがルークの誘拐と関係あるなら……」

 

 ガイの低く静かな口調に「仲間であっても容赦しない……」という言葉が、言外に含まれているのは明らかだ。

 

「勿論です。私なりに熟考した上でルークに関わる事と結論が出たのなら……貴方への協力も惜しみませんし、その時は貴方も御協力お願いいたします♪」

 

 

 

「一人で立てるよ……」

 

「無理しないで、ルーク」

 

 ガイがジェイドを振り返った時、そのすぐ脇で、ルークが立ち上がろうとしていた。ティアが肩を貸そうと寄り添うが、ルークの足がもつれた。ティアだけではルークの体重を支えきれずに、二人共寝台から転げ落ちそうになる。

 

「ぅわっ……!」

 

 すぐにティアを受け止められる位置にいたはずのガイが声を上げて、飛び退いた。まるで獣にでも跳びかかられたような反応だった。

 

 寝台の裏にいたコゲンタが勢いよく飛び乗ると、ルークの腕を掴んだ。ティアはそれを確認すると、寝台の横に自分から転がり、非常に滑らかな動きで受け身を取った。

 

「ガイ、何をしておる?!」

 

「大丈夫です。何ともありません」

 

 鋭い口調のコゲンタ。珍しく責めるような色がある。

 しかし、当のティアは気にした様子もなく、柔らかい口調でとりなしつつ立ち上がる。

 

「忘れてた。ガイは”女嫌い”なんだよ……」

 

 ルークはコゲンタの手助けで足を踏みしめると呟いた。

 

「と……いうよりも”女性恐怖症”ですね。今の驚き方は尋常ではありません。事のこみ入った部分が気になってしまいますねぇ」

 

 あからさまに話を逸らすワザとらしい仕草と口調。

 

「咄嗟だと、身体が勝手に反応して……。すまなかったな、ティア。怪我はないかい?」

 

 ガイはひとしきり頭を掻いてから、居住まいを正すとティアに頭を下げた。

 

「気にしないで。ルークに怪我は無いし、わたしもなんともなかったんだから」

 

「何かあったんですか? ただの女性嫌いとは思えません……」

 

 ティアが微笑んだ背後で、イオンが心配げに、アニスは心配半分興味半分という顔で見つめていた。

 

「悪い……わからねぇんだ。ガキの頃はこうじゃなかったし、ただすっぽり抜けてる記憶があるから……。もしかしたらそれが原因かも……」

 

 ガイはなんとも答えようがないという調子で顔をしかめた。

 

「お前も……記憶障害だったのか?」

 

 ルークが、親友と自分の同じ所を見つけて、うれしいのか心配なのか分からない複雑な表情を浮かべる。

 

「違う……と思う。一瞬だけなんだ、抜けてんのは……」

 

 ガイはその事を気遣う様子もなく首を振った。

 

「どうして一瞬って解るの?」

 

「わかるさ。抜けてんのは……俺の家族が死んだ時の記憶だけだからな。」

 

 ティアが首をかしげた直後に詮索じみた事を言ったのを後悔した顔になった。

 そんな彼女に、ガイは「気にするな」という苦笑すると、

 

「俺の話はもういいよ。それよりあんたの話を……」

 

 ジェイドに向き直った。

 

「それは……」

 

 ジェイドが深刻な声で答えて、躊躇うように眉を曇らせて、一拍置くと、

 

「それは秘密です。あなたが自分の過去について語りたがらないように、私にも語りたくない事があるんですよ。謎を呼ぶ謎は、男を魅力的にするのです。という事で御勘弁願えませんか?」

 

 深刻な声はそのままでおどけた事を言うと、ずれてもいない眼鏡の位置を直し微笑むジェイド。

 

 静かに彼を睨み付けるガイ

 

 静かに彼に微笑み返すジェイド

 

 しばしの沈黙が、その場を支配する。

 

「あのぉ、今は早く総長と合流した方がよくないですかぁ?」

 

 その不穏な雰囲気に耐えかねたのか、アニスが二人の間に割って入った。

 

「そうですね。ルークもちゃんとした診察をした方が良いですし……」

 

「まぁ、大佐殿を問い詰めるより、そいつを調べれば少なくとも今日ここでルーク殿が、何をされたのか分かることだろうの……」

 

 アニスの提案を聞いて、ティアはルークに薬を手渡しながら、コゲンタはガイの持つ音譜盤を指さして、同時に言った。

 

「そう……だな。すまない、ジェイド」

 

 ガイはため息をついて、音譜盤を布で厳重に包んで、荷物袋にしまった。

 

「いえ、軍港に解析装置があるでしょうか?」

 

「ん~、どうかな? どこにでもある物じゃないしな……。 今度も俺が先頭だ。イシヤマの旦那はルークを頼む」

 

 ジェイドの問いかけに背中を向けたまま答え、立ち上がり歩き出した。

 

「師匠も来てくれてんのか?」

 

 ルークは少し元気を取り戻したようだ。

 

「勿論だ。外で魔物たちを抑えておられる。ルーク殿の師匠だ。ルーク殿を捨てとくわけないっての」

 

 コゲンタはルークの肩を担ぐと笑いかけた。

 

 そして、ルークはようやくコーラル城を出られることになった。ティアたちがこの城の仕掛けを解くのにそれなりの苦労をしたのだが、これはルークの知らない事である。

 

 昼間でも薄暗かった城の中から出ると、外が異様に明るく感じた。

 

 城から出るとすぐに数十人の男たちが合図を掛け合いながら、忙しげに動き回っている。

 

 男たちは鎖や網を使って、ライガやフレスベルグといった魔物を取り押さえている。そこから少し離れた所に長身の男が立っている。

 

 ヴァン・グランツだ。彼はその腕にアリエッタを抱いている。

 

 ルークが「師匠!」と呼びかけようとしたその時、

 

「アリエッタ!」

 

 イオンが駆け寄る。

 

「ご安心を。気を失っているだけです。……アリエッタの処遇ですが、イオン様のご意見もお伺いしたい」

 

 ヴァンは、軽く黙礼して問いかけた。

 

「無論、教団で査問会にかけます」

 

 イオンは導師としての顔になって答えた。

 

「承知いたしました。仰せのようにいたします」

 

「お願いします。傷の手当てをしてあげて下さい」

 

 もう一度黙礼したヴァンに、イオンははっきりと答えた。最後の方は導師の顔からただの少年の顔になっていた。

 

「やれやれ……。キムラスカ兵を殺し、船を破壊した罪、陛下や軍部にどう説明するんですか?」

 

 ガイが極力抑えてはいるが、怒気を含んだ声で言った。

 

「教団でしかるべき手順を踏んだ後、処罰し、報告書を提出します。それが規律というものです」

 

 イオンはガイの声に一瞬首を竦めたが、毅然とした口調で答えた。

 

 ガイは憮然とした顔であったが、それ以上何も言わなかった。

 

「カイツール軍港のアルマンダイン伯爵より馬車も借り受けました。負傷者を搬送します。イオン様はどうされますか? 私としてはご同行願いたいが……」

 

 ヴァンがあくまで“お願い”と口にしたが、口調には厳しい物があった。

 

「歩いて帰りたいな。どうせ船に乗ったらすぐバチカルだろ」

 

 代わりにルークが答えた。それに破壊された港を見るのを少しでも遅らせたい気持ちもあった。

 

「駄目よ! すぐにお医者様に診ていただかないと! 治癒術だけじゃ不十分な事だって!」

 

 それまでルークの背後に控えていたティアが叫ぶ。

 

 その珍しい彼女の大声に驚いた全員の視線が彼女に集まる。

 ティアは集まる視線に、はっと口を押え「失礼しました……」と消え入りそうな声で言い身を縮める。

 

 イオンは微笑み口を開く。

 

「……と言う人もいますので馬車で帰ります。ルークも良いですね」

 

 と、ルークを振り返った。どこか人の悪い優しい微笑みであった。

 

 今度はルークに視線が集まる。ジェイドとアニス、ガイの視線には冷やかすような色が混じっているのを感じて、ルークは癇に障ったが……、

 

「ティア殿はルーク殿が心配なのだ。それはそれは、心からのぅ……ここは素直に従おう」

 

 肩を貸しているコゲンタが執り成し声で耳打ちした。

 

「お、おう……」

 

 ルークはその言葉に毒気を抜かれて頷いた。

 

 ティアの大声に困惑の色を浮かべていたヴァンだったが、彼女とルークを執り成す様に

 

「とにかく、無事でなによりだった。ルークの悪運もなかなかの物だな?」

 

 と、ルークに苦笑をひとつ。

 

「そうだぜ、師匠! 運も実力の内って奴さ。」

 

「調子に乗るな。さぁ、もう行くぞ」

 

 笑顔で答えるルークに、ヴァンはいつもの厳しい口調で言うと、皆を促すように歩き始めた。

 

 こうしてルーク達は馬車でカイツール軍港まで戻ってきた。けが人と同じ馬車ではないのは気が楽だったが、関所から護衛してきた兵士たちの事が気になって仕方ない。何故今まで忘れていたのだろう。

 

 あの魔物の大群との戦いで、無事であったのかも気になるが……

 

 まさかと思うが、自分の護衛失敗で全員処刑などという事が有り得るのではないか?

 そんなこと、「冗談じゃねぇっ……!」の一言であった。「運も実力の内」などと言った事を後悔した。彼らの運を自分が、吸い取ってしまったのではないかと奇妙な事まで考える。

 

 ルークの沈んだ表情に気がついたガイが安心させるよう

 

「軍港に着けば落ち合えるだろう」

 

 と言ったが何の保証もない。

 

「ルークは彼らの“処遇”を心配しているのですね? 軍港に着いたら、アルマンダイン伯爵に相談してみましょう……」

 

 心苦しそうに微笑むイオン。

 

 そうだ。イオンの言葉で自分だって貴族なのだから、そのくらいの事ができるかもしれないと考え直すルーク。

 

 馬車から降りると、多くの人々が基地の片付けを行っていた。

 兵士や魔物の亡骸はあらかた片付けられていて目に入らなかったが、おびただしい血の跡は嫌でも目に入ってしまう。

 

 前の馬車からヴァンが降りてきた。

 

 しかし、ルークが何か言う前に、

 

「私はアリエッタの件をアルマンダイン司令に報告して参ります。後ほどイオン様もお越しください」

 

 イオンに一礼すると、軍港の司令所がある方角へ歩いて行ってしまった。

 自分の知らない『役割に忠実な師』を目の当たり出来て嬉しく思う一方で、言いようのない寂しさをルークは覚えてしまう。

 こんな事では、ヴァン・グランツの一番弟子失格だ。

 

 ふと、同じくヴァンの背中を見送るティアと目が合った。

 

 控えめにだが、優しく微笑み返してくれる。寂しそうなのは、ここまで兄妹らしい会話もなかったからだろうか?

 

 ティアは、ルークはまず医師の診察を受ける事を強く主張した事を汲んで、イオンが護衛兵たちの事は

 

「自分に任せてください……」

 

 という事になり、素直に従う事にする。

 

 という事で、ルークが医師に色々と検査を受けている間に、イオン、ジェイド、ヴァンの三人でアルマンダイン伯爵と会談し、アリエッタの事は謝罪し、イオンたちの仲介で、ジェイドは和平使節として乗船を許可させたそうだ。

 

「一時、険悪な雰囲気になって怖かった……」

 

 と後でイオンに聞いた。恐らくというか十中八九、ジェイドの悪評と普段の言動の所為だろう。

 正直、同席しなくて良かったと素直に思うルーク。

 

 こうして、ルークたちの長い一日が終わろうとしていた。




 前回の後書きの続きのようになりますが、軍港の整備士を助けるための理由が『預言』のためいう事ですが……。

 預言に「大厄は取り除かれた」と読まれていたのなら、何をしなくても助かるのではないか?

 そもそも「死の預言は読まれない」という決まりがあるのではだから、その「大厄……」という預言はあてにならないのではないか?

 などと疑問が尽きません。SF小説ばりのパラドックスの応酬に何故こんな設定なくしてしまわなかったと、激しく後悔しているところです。

 宗教的慣習に明確な理由や合理性を求めるのはナンセンスなのでしょうか?

 それはさておき、原作では奇妙な装置に寝かされていたルークを誰も心配していないのは何故なのか、オルードランドではああいうベッドも普通なのか、とこちらも疑問が尽きませんでした。という事で拙作はこうなりました。


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