テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第47話 光の都市の影

 ルーク達は、激しい破壊音に紛れて慎重に先へと進む。

 

 似たようなルールの遊びがあったと、場違いな事を思い出すルーク。こんな状況でなければ話のタネになった事だろう。

 

 そんな事考えている内に、戦いの音がどんどん近付いてくる。凄まじい打撃音だ。力と力のぶつかり合いである事が分かる。しかし、ジェイドの見立てでは、足跡の主は人間、小柄な女性のはずである。つじつまが合わない。しかし、ルークはそんな事は後で考えれば良いと思い直し、

 

「さぁ、やろうぜ!」

 

 と、勢いよく剣を抜いた。それを合図に戦いの火蓋が切られた。

 

「覆い隠すは、深き白い闇。『ディープミスト』……!」

 

 ティアはその場に精密な譜陣を描き、静かに譜術を行使する。譜陣から真っ白な霧が湧き出し、通路を進んでいく。ルーク達はそれに続くように通路を走る。そして、ティアは瞬時に譜陣を書き換え、補助の術を彼らに行使する。

 以前にも使った『フィールド・バリアー』である。それにしても、こういう場合でも攻撃力を上げる術よりも防御力を上げる術を先に使うのが彼女らしいと妙な感心をするルーク。

 

 ルークは彼女の為にも絶対怪我などしないで勝つと気を引き締めると、ガイたちに続いた。

 

 そこでルークが見たものは、一言で表せば「何かの黒い塊」だった。黒くドロドロとした泥か粘液のような塊から四つの長い脚が生えた異形だ。上から見ればXの字に見えるだろう。

 今のルークの知識では、その塊を例える言葉が見つからない。蜘蛛が一番近いだろうか?

 

 そんな黒い塊の動きには(昆虫のそれではあろうが……)明らかな意思を感じさせる。その意思(殺意か食欲)を向けられているのは、これまた巨大な熊のような猫のようなぬいぐるみだった。見覚えが……というかアニスのトクナガだ。そして、当のアニスはいつものようにトクナガの背中に乗るではなくその背後で座り込み、必死に指と杖を動かしてトクナガを操っている。怪我をしているのか?

 

 しかし、見るからに柔らかそうな塊の身体には、トクナガの剛拳はあまり効果的ではない、いや明らかに劣勢に強いられている。

 

 その時だった。魔物はアニスの一瞬の隙を突いてトクナガの足を払い、転ばせると彼(?)を乗り越え、おぞましい黒い脚を高々と掲げ、あろうことかアニスを踏み潰そうとするではないか。

 

 しかし、そうはさせない。

 

「水の刃よ!『アクア・エッジ』♪」

 

 ジェイドが高らかに聖句を唱えると、彼の両手から二枚ずつの水の刃が飛び出した。だが、黒い塊は意外なほど素早い動きで刃を避ける。だが水の刃はその場で弾け、散弾と化して黒い塊の足を襲った。

 

 すると、水の散弾に吹き飛ばされた黒い塊の下から昆虫か甲殻類のような長い脚が現れたではないか。だがその脚を傷つけるには至っていないようだ。

 

 しかし、黒い塊は忌々しげな呻き声を上げ、巨体を止めて体表の黒い塊を流動させて、露わになった脚を覆い隠そうとしている。

 

 その隙にアニスの元へ駆け寄ったコゲンタが、彼女を抱え上げると同時に

 

「こやつ、『アヴァドン』か?! これほどデカいのがいるとは!」

 

 得心したような声を上げた。

 

「大き過ぎてスライムの類かと思ってしまいましたが、ヘドロをまとって擬態していたようですね。生け捕りにしたら、学術的価値は高いでしょうね。おっと、こんな事を言っている場合ではありませんねぇ……」

 

 どうやらあの塊は、『アヴァドン』という魔物ようだ。二人の口ぶりによれば、本来はもっと小さい魔物のようだ。

 

「ともかく、無事でなによりです。こんな所で再会するとは、どうやら私たちは運命のイカスミ色の糸で結ばれているようですね。イオン様はどうしました?」

 

 ジェイドは足元に譜陣を描き上がらせ、いつもの調子でアニスに笑いかける。

 

 そうだ。何故、彼女がこんな所に一人でいるのだろう。イオンを放って魔物退治でもあるまい。

 

「大佐ぁ。イオン様が、アッシュに誘拐されて……それで……」

 

 コゲンタに床に下ろされたアニスは、診察しようとするティアの腕を押しのけて言った。しかし、その声は弱々しい。

 

「アニス、皆まで言わなくても大丈夫。すぐにイオン様を迎えに行きましょう♪」

 

 そんなアニスにジェイドは白い歯を見せて笑いかけると、空中から槍を取り出した。

 

 その時、ガイとコゲンタが魔神剣を放った。ルークも続いて魔神拳を放ちながら、

 

「そら見ろ! 見捨てなくて良かったろ! 素直に人助けはしとくモンなんだ! みたいな感じのこと師匠も言ってたっ!」

 

「あぁ! 恐れいった! 流石はルーク殿だ! 肝に銘じようっ!」

 

「でも! あんま調子のんなよな! すぐに、足元すくわれるぜっ!」

 

 地を這う音素の衝撃波が矢継ぎ早に、アヴァドンの長大な四肢を襲う。

 

 やはり意外なほど素早い身のこなしでそれらを回避するアヴァドンだが、狭い通路のため徐々に釘付けにされていく。しかし、これだけでは決め手には欠くようだ。

 

「こんな場所で、爆発や洪水を起こすわけにはいきませんからね。変わり種をご披露しましょう」

 

 ジェイドは槍の穂先を上に向けて、両手で構えた。

 

「しかし、情けない事に今の私では譜力が足りないので、ティアさんなら使えるであろう『チャージ』で協力をお願いします。」

 

「分かりました」

 

 ティアの足下に譜陣が現れる。

 

 ジェイドの言う『チャージ』とは、譜術士から他の譜術士に譜力を分け与える、あるいは肩代わりするための補助譜術である。この術は現在、グミといった薬品、譜業、音機関の進歩により忘れかけた術の一つである。(戦時でもない限り一人の人間が譜術を使い続ける状況などないのだし、軍隊なら交代すれば良いのである)使えるのは第七音素術士くらいである。

 

「分け与えるは、無垢なる力。『チャージ』……!」

 

 ティアの譜陣が一際かがやくと、呪文の通り何物にも染められていない純白の光が、軽く掲げられた彼女の掌に現れると、その光はジェイドの身体へ溶け込むように消えた。

 

 『力』を受け取ったジェイドが微笑むと、足下の譜陣が力強く輝き躍動する。

 

「開口、深遠なる闇の。『グラビティ』!」

 

 引き金となる聖句を高らかに叫ぶと、アヴァドンの巨体を無数の管状の譜陣が囲い込んだ。

 

 ルーク達はとっさに身構えたが、想像していたような爆発などは何も変化が起こらない事に首を傾げかけたその時だった。

 

 ぴしり、ぴしり……と何かが軋む音が聞こえてきた。見れば、譜陣の中心に捕らえられた魔物は何かに上から押さえつけられるように、巨大な四肢を踏ん張って耐えている。何が起こったというのだろうか?

 

「こりゃあ、重力の譜術か?」

 

「ご名答! 『グラビティ』と言います。局所的に高重力を発生させるものの周囲には二次被害をあまり出さないという、イカした譜術です♪」

 

 コゲンタの呟きに得意げに答えるジェイドの様子を見て、ルークはチーグルの森でライガの亡骸を譜術で浮かしていた。それならその逆もできるのだろう。

 

「では、仕上げといきましょうっ!」

 

 気迫を込め、槍を掲げるジェイド。そして勢いよく槍を振り下ろす。

 

 瞬間、アヴァドンを囲む譜陣が一際輝いた。擬音で表すなら、ぐしゃり……という湿った音が聞こえた。そして音素の残滓が晴れると、黒いヘドロの中に昆虫とも甲殻類ともつかない生き物が力なく伸びていた。甲羅全体に亀裂が入り、黒い体液が滲み出ているのが魔物とはいえ痛々しい。

 

「ふぅ、本来なら瞬時に対象を圧壊させるのですが、今はこんな物でしょう……」

 

 ジェイドは槍を下ろして、額の汗を拭った。

 

「アニスの具合はどうだ?」

 

 ガイは剣を納めながら、ティア達を振り返った。

 

「ケガは大した事ないんだけど……。イオン様をさらったヤツらに、何かの譜業でやられてビリビリした感じが抜けないの……」

 

「暴徒鎮圧用の小型電撃譜業かもしれない。アニスみたいな小さな子に使うなんて……。後遺症が残る事だってあるのに」

 

「小さな子って……。ワタシ、13歳なんだけど?」

 

「あっ、その、体格の事よ。紛らわしい言い方して、ごめんなさい」

 

 ムッとするアニスをティアはごまかすように、もちろん早く彼女を癒そうと、意識を集中させる。

 

 イオンの事は心配だが、自分がこの場で慌てた所で事態は良くならない。

 

「癒しの御手。『ヒール』……!」

 

 ティアが唱えた聖句が合図となって、彼女の手のひらに灯った優しげな薄緑色の光がアニスの身体に染み込んでいく。その青ざめていた顔色が徐々に良くなっていくのが、遠目からでも分かった。

 

 ルークは「どうやら大丈夫らしい」とひとまず息を吐く。彼女の事はティアに任せておけば安心だ。

 

 その時だった。コゲンタ達の背後で何かが蠢いた。そこには魔物の死体があるだけだ。

 

 しかし、彼らはもはや剣を納め、警戒を解いている。不安が見せた幻なのだろうか?

 

「な、なぁ……」

 

 不安なら不安でその元を取り除くしかないとルークはガイとコゲンタに声をかけようとした時だった。こと切れたと思われていたアヴァドンが、突如青い血を撒き散らして、その巨腕を振り上げた。その狙いはガイだ。

 

 そして、一番に反応したのは当然、ルークだった。

 

 アニス達に注目していて、完全に魔物に背中を向けていたガイの反応は遅れた。

 

「うわぁぁぁ!」

 

 ルークは叫びながら駆け出した。だが、間に合わない!

 

 その刹那、ルークの周囲の時間がことごとく停滞する。キャッツベルトの船上でコゲンタを救った時と同じ感覚だ。しかし、だからこそ解ってしまったのだ。

 

 ガイに向かってアヴァドンの腕が振り下ろされる。ひどくゆっくりと見えるが、自分の身体はもっとゆっくりに感じる。

 

 だが、その腕を閃光のような何かが貫き、数瞬だけアヴァドンの動きを止める。魔物の腕に刺さっているのは矢のようだ。

 

 ルークが間合いを詰めるにはその数瞬があれば充分だった。『力』を……、音素を手のひらに集中させる。そこに全身の筋肉と体重移動を上乗せして、裂帛の気合と共に掌打、『烈破掌』を繰り出した。

 

 爆発と言っても良いほどの轟音が廃工場を揺さぶった。魔物の巨体を、さらに巨大な鉄の扉を枠ごと突き破り、雨に濡れた砂と岩、僅かに草木の生えた大地に叩きつけられ、今度こそこと切れた。

 

「ガイ、大丈夫か?!」

 

 ルークは罪悪感を振り払うように叫んだ。

 

「あぁ……、すまない。助かったぜ、ルーク」

 

 ガイは曖昧な表情で笑って、手を振ってみせた。

 

「ルーク殿はカンが良いの。わしらのように荒事に慣れすぎると鈍る感覚もあるという事かの……」

 

 ガイの肩を叩いて、バツの悪そうに笑うコゲンタ。

 

 彼らを見ながら、他の皆はあの矢に気が付いていないようだと思ったルークは、それを尋ねようと口を開こうとした時、突然アニスが跳ね起きて、走り出したため機会をなくしてしまった。

 

「あっ、おい!」

 

 ルーク達が彼女を目で追うと、先ほどルークが打ち破った穴から雨でぬれる荒野以外に、見慣れない巨大な影がそびえているのが見える。陸艦だ。しかしタルタロスよりも小型な小回りの利く高速艇のようだ。

 

 ルークには分からない事だったが、それはキムラスカの陸艦のように偽装してはいるようだ……。

 

 その足下に目を転じれば、甲冑姿の大勢の兵士たちの姿が見える。音叉の紋章に金縁の法衣、神託の盾騎士団……いや、六神将の配下だ。

 

「イオン様、やっと追いついた。今お助けします……。アッシュの野郎、ぶっ潰す……」

 

 よく聞こえなかったが、アニスが思いつめた様子で何か呟いた。イオンの無事を願っているのだろうか?

 

 しかし、ここからでは安否どころかその姿もよく分からない。

 

 コゲンタが穴の縁に立ち、頭の半分だけを出して、単眼鏡を目に当てると、

 

「シュレーの丘と同じ状況ですな」

 

「理由は分かりませんが、セフィロトの解呪が目的なら、ここから比較的近い砂漠のザオ遺跡を目指すつもりでしょう」

 

「そんなっ! あいつら、またイオン様に譜術を使わせるつもりなんですか!?」

 

「落ち着いてアニス、こういう時こそね」

 

 焦るアニスを諫めつつタルタロスを見やるティア。まずは、安全に外へ出られる場所を探すのが先決だ。大穴から飛び降りるわけにはいかないのだから。

 

 ガイは出口へと続くはずの通路を警戒しながら、

 

「連中、さっきの音でこちらに気が付いてるかもしれないぞ」

 

 と顔を顰める。

 

 となると奇襲は効かないと考えたほうが良い。そして、コゲンタが腕を組み、

 

「死中に活を求めるしかないかのぅ……?」

 

と唸る。

 

「ティアさんと私が譜術で援護します。ガイとイシヤマさんはイオン様の所へ直行してください。颯爽と♪」

 

 ジェイドはいつもの胡散臭い笑顔で言う。 

 

「オレは!?」

 

「ルークさんも魔神剣で前衛の援護しつつ、後衛の我々を守ってください」

 

 力んで詰め寄るルークに、まぁまぁと指示するジェイド。

 

「さぁ、参ろう」

 

 コゲンタはコダチの目釘を締め直した。




 また投稿が遅くなって申し訳ありません。そして、今回もナタリアが登場しなくて申し訳ありません。別に彼女が嫌いなわけではありません。原作のように卑劣な事をした上でパーティー加入にして欲しくなかったので、考えた末こうしました。ファンの方にはもう少し辛抱していただけたらと思います。
 そして、最大の変更点はアニスですね。原作の行動だとやる気がないように見えるので、多少向こう見ずな行動を取らせました。如何でしたか?

 

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