テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第48話 同じ顔の男

 後になって、その時の事をルークは

 

「マがさしたんだ」

 

 としか言い訳できなかった。

 

 ルーク達は廃工場から抜け出ると、まとわりつくような霧雨とティアの譜術にまぎれて、陸艦に近付く事に成功した。

 

 そこで見たのは、またしても罪人のように縄を掛けられたイオンの姿だった。それに激しい怒りを感じるルーク。

 

 しかしである。そんなイオンの哀れな姿を見ても、ルークは何とか平静を保てた。しかし、イオンから少し離れた所に立つ、黒い法衣をまとった血のように赤い長髪の男を見つけ、その男がこちらに顔を向けた時だった。

 

 何もかもが吹っ飛んだ。ここまで打ち合わせした作戦も、イオンを助けたいという真摯な気持ちも……

 

 ルークが我に返ったのは、抜き放った剣を黒衣の男の刀身まで黒い剣に叩きつけ、鍔迫り合いに持ち込んだ瞬間だった。ルークの薄翠の瞳と男の蒼翠の瞳が交差する。

 

 戦いの最中だというのに、ルークは剣に込めた力を緩めてしまった。何故なら彼と黒衣の男の顔が

 

 

 “瓜二つ”

 

 

 だったからだ。そう、まるで『鏡』を見ているかのようにである。言いようもない不安感に包まれ、目まいを覚えた。

 

 黒衣の男は、その一瞬の隙を突いて驚くべき素早さでルークの剣を弾き返した。ルークは身体ごと後ろへ引き下がらずを得ない。

 

 ルークの体勢が崩れた瞬間、男の黒い剣が閃く。

 

(斬られる!っ)

 

 覚悟ともいえない感情を抱きながら、剣の切っ先を目で追うルーク。どんなに恐ろしくても「目をつむるな」と師に教えられたのだ。それをこんな土壇場でも守れたのは嬉しかったが、イオンは助けられないのが悔しくてたまらなかった。

 

 だがその時、黒い剣を使い古された感のある緩やかな反りをもった金属の棒きれが受け止めた。いや、それは棒きれではなく、『ワキザシ』の鉄拵えの鞘だった。追いついたコゲンタが、ルークと男の間に割って入ったのだ。

 

 コゲンタは鞘を巧みな手さばきで、男の剣を封じたままワキザシ(銘は『カネサダ』と言ったか)を抜き放った。ルークはその間に邪魔にならぬ距離を取る。すごく悔しかったが……。

 

「ちぃっ……」

 

 男はルークと瓜二つの顔を忌々しそうに歪めて、後ろへ飛び退いた。

 

「貴君が、《鮮血のアッシュ》かのぅ……?」

 

「なんだ、テメェは。出来損ないの子守りか?」

 

 コゲンタの誰何に答えず、値踏みするような眼で彼を見るアッシュ。

 

「まったく『おんぶにだっこ』で羨ましい限りだなっ!」

 

 体勢を立て直したアッシュは、吐き捨てるなり上段からコゲンタに斬りかかった。

 

 素早い!

 

 コゲンタは、それを鞘で下へいなすと、腰だめに構えたワキザシで鋭い突きを放つ。アッシュはそれ以上に鋭い動きで身体を回して躱すと、その勢いを利用して横なぎに切り返す。コゲンタは上半身を逸らすのと同時に鞘の上を滑らせながら、アッシュの足を狙って斬りかかる。しかし、彼は剣を逆に振り、柄でコゲンタの一刀を弾いた。

 

 二人が一瞬離れ、そしてまた交差する。滑るように懐に入ろうとするコゲンタと、アッシュは瞬発力を活かして距離を測り、八双から斬り下ろす。剣風が巻き起こったと思うと突きがコゲンタの喉に伸びてきたが、彼はそれをぎりぎりで躱すと身体を一回転させ、横なぎに切り払う。そして、二人はまた刃を交え火花を散らす。

 

 その間、前衛を務めるガイとアニスが黙って見ていたわけではない。彼らは神託の盾の騎士たちと戦っていた。

 

 ガイは素早い動きで敵と切り結び、コゲンタに続こうとする。一人目を居合で一気に倒し、剣を三日月を描くように振るい敵の目を眩ませ二人目を倒し、その横ではアニスがトクナガの拳を振り回し、敵を引き付けて、隙の少ない光の譜術で敵を昏倒させる。

 

 ティアとジェイドも譜術を連射し、彼らを支援するが敵は多く、その場にくぎ付けされている。

 

 とその時、

 

「アッシュ! 年寄り相手に何もたついてんのさ! 腕がなまったんじゃないのかい?」

 

 という少年のせせら笑うような声が響いた。

 

「動くんじゃないよ。解るでしょ? 今、動くと大事な大事な導師イオンが危ないよ。こっちは、ダアト式譜術さえ使えれば良いからね。耳や鼻を削ぎ落すくらい問題ないんだけど、どうする?」

 

 いつの間にかイオンに並び立つ怪鳥の仮面の少年《烈風のシンク》が、イオンの鼻先にナイフを突き付けほくそ笑んでいた。ほんの数寸ナイフを動かせば、イオンの普段より青白くなった肌など簡単に切り裂かれてしまうだろう。

 

「シンク!! イオンさまを放しなさいっ!!」

 

 アニスが金切り声に近い声で叫ぶ。しかし、シンクは嘲笑を浮かべるばかりで彼女の声のは応えない。

 

 ルークはその態度に薄れていた怒りが蘇ってきて、何か叫んでやろうとしたが、ジェイドが「抑えて、抑えて」と手を動かしながらアニスの前に出て、

 

「まぁまぁ、アニス、落ち着いて下さい。烈風のシンク殿もそう凄まないで下さいよ。コチラには、この圧倒的不利な状況で突っ張れるほど戦力も戦略もないんですから♪」

 

とシンクに笑いかける。

 

「へぇ、なら『戦術』ならあるんだ? 面白い言い回しだね?」

 

「まさか、まさか、滅相もない! アハハハ」

 

 警戒心を隠そうともしないシンクに、愛想の良い笑顔で笑い返すジェイド。

 そして、ジェイドはにこやかに続ける。

 

「ところで、今日はあいにくの天気ですし。イオン様や兵士の皆さんの体調を考えて、天候の回復を待って、後日出発という事にしては……? おっと、目的地も知らない部外者が出過ぎた発言でした。ちなみにどちらまで?」

 

「白々しいんだよ。予想は付いてるだろうけど、君らには関係な……」

 

「ザオ遺跡の最深部、セフィロトの封呪の前だ。出来損ないと子守りのジジィは必ず来い。そこで決着をつけてやる」

 

 吐き捨てるように言うなり、アッシュはコゲンタ達が武器を下ろしているの確認し、剣を納めるとルーク達に背を向け陸艦に乗り込み姿を消してしまった。神託の盾の騎士たちもそれに続く。

 

「余計な事を……、さっさと乗りな! 見張っててやるからアンタらは、しばらく其処に突っ立ててよ。大事なイオン様の目玉をくり抜かれたくないでしょ? ハハハ」

 

 アッシュへの怒りを、イオンにぶつけるかの様に彼の肩を乱暴につかみ、彼の額をナイフの腹でなで、皮肉気に嗤う。

 

 こうして、ルーク達は神託の盾の陸艦を黙って見送る事になってしまった。

 

「あいつら~、勝手な事だけ言って行きやがってぇ~。うぅ~っ、イオン様ごめんなさい……!」

 

 アニスは、口の前で両手を構えて地団駄を踏んだ。地面を踏み砕かんばかりの勢いである。ルークにも気持ちは理解できる。

 

 そして、その声をきっかけに全員がため息をつくと、

 

「奴らの最終目的は分からないが……、少なくともセフィロトの封呪を解くまではイオンは無事のはずだ。まだ時間はあるさ。それにしても……」

 

 ガイは気を取り直すように言ったが、ルークの顔を見やりつつ唸る。

 

「な、なんだよ……?」

 

「《鮮血のアッシュ》、お前とそっくりだったな……」

 

「はぁ?」

 

 とんでもない事を言い放ったではないか。何かに殴られたかのように衝撃を受けるルーク。ふとティアの方を見ると彼女も不安げな表情でこちらを見ている。どう声を掛けて良いのか分からないのだろう。

 

「双子とか……じゃないよな? 旦那様の隠し子……? いや、そんな馬鹿な。でも、あの髪と瞳は少なくともキムラスカの王家と血縁があるのは確かだな」

 

「そ、そんなコトよりイオンのコトだろ! 奴がオレと似てるとかなんて、どうだって良いよっ!!」

 

 ルークは痛い様な気がする頭を押さえながら、「何を言い出すのか?」と顎を撫でつつ唸るガイの台詞を切って捨てた。自分自身の不安もついでに……。

 

 ティアはルークの剣幕に立ち眩みでも起こさないかとオロオロしている。

 

「ちょっと待ってください、皆さん。素朴な疑問なのですが……。このままの流れでイオン様を助けに向かうおつもりですか?」

 

 と、ジェイドが唐突に疑問の声を上げた。対して大声ではないのに良く通る声だった。

 

 ルークは、「何を当り前の事を!」と怒鳴ろうとしたが、彼の真剣な表情に気圧されて、言葉を飲み込こむしかなかった。

 

 すでに地図を広げて、道順を検討していたコゲンタも同じような表情でいる。

 

「確かにイオン様は大切なお方、言うなれば世界の平和の象徴です。人道的にも救出向かうのが正解なのかもしれません」

 

 彼は険しい表情を徐々に緩めると一度うなずき、考えをまとめるかのような声音で言う。

 

「しかし、それらの事は本当にキムラスカ国王の名代である親善大使が、本来の責務を放棄してでも行う事なのでしょうか?」

 

 アニスが「そんな!」と言い返そうとするのをジェイドは手で制して、皆の顔を一人一人ゆっくりと見回し問いかける。まるで何かを試してるかのようだ。

 

「我々だけができる? いえいえ、そうとも限りませんよ。キムラスカにも救出作戦を任務とする特殊部隊があります。ご存知ありませんか?」

 

「だからって見捨てるのか!? 乗り掛かった舟だろっ!」

 

「いえいえ、実はもう降りかかっているのかもしれませんよ? まぁ、それはともかく……」

 

 噛みつく様なルークの勢いを、冗談で受け流し肩をすくめつつジェイドは続ける。

 

「イオン様にも、アニスにも申し訳ないと思います。今の我々には“人助け”をする余力はありません。マルコ達が健在なら、話は違うのですが……。あっ、これは私個人の願望ですよ?」

 

 わざとらしくルークやティアに目配せして、本当に心優しい微笑を浮かべ続ける。

 

「我らが隊長にして親善大使 ルーク・フォン・ファブレ様のご決断で、クルッと手の平を返す程度の願望です。どうか、ご決断下さい」

 

「助けるに決まってんだろ! オレだけでも行く! イヤな奴は来なくてイイんだからなっ!」

 

「ルーク、みんなお前と同じ気持ちだと思うぜ?」

 

 ジェイドに怒鳴りつけるルークの肩にガイは手を置いてなだめるように言った。その隣でティアが時々見せる頑な表情をして、静かに頷いていた。

 

「決まったようなら、急がねばな。このまま近くの宿場で馬を用意して、砂漠に着いたら、土地に詳しい隊商に案内を頼もう。つらいが、良いか?」

 

 コゲンタは、返事の代わりに現実的な対応を示してきた。

 

「それが一番なら、それで行こうぜ」

 

 ルークは、具体的な想像がついた事で少し冷静になって答えた。

 

 こうしてルーク達は神託の盾の騎士団と何かの競走をしているように、ガイの案内で宿場へ着くと馬を駆り、ザオ遺跡へと向かう。

 

 




 本当にお待たせしました。3か月以上ぶりの更新です。

 今回はアッシュが本格的に(顔を出しての)登場です。原作との一番の違いはルークではなく、コゲンタとの対決になっていますね。もう一つの因縁の始まりと思って頂ければと思います。それから、アッシュの事について、仲間たちは(ナタリアが一言触れただけで)、ほぼスルーというのはおかしいので、ガイに疑問を上げてもらいました。

 それから、アッシュ、ガイ、アニスのアクションはゲームの術技をト書きで表現してみました。以前から挑戦している事なのですが、今回はいかがだったでしょうか? アドバイス等あれば、いただけたら幸いです。

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