テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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 この話には、藤沢周平著「邪剣竜尾返し」(隠し剣孤影抄 収録)をオマージュしたシーンがあります。


第50話 ザオ遺跡にて

 砂漠で盗賊を退けたルークたちが、捕らえられたイオンと六神将が待ち受けているという『ザオ遺跡』に到着したのは、その二日後の事だった。

 ルーク達、案内人達にも大した怪我も無く死者も出なかったのは奇跡的な幸運であった。だが、商隊の歩み遅らせるには十分で、余計な時間がかかってしまったのは確かだ。

 

 そして、その二日間でナタリアは体調をキッチリ復調させて

 

「わたくしも導師イオン救出、助太刀いたしますわっ!!」

 

 と高らかに名乗りを上げたのは言うまでもない。

 

 ルーク一行はもちろんのこと“王様”率いる案内人達も加わって、代わる代わるナタリアに思いとどまるよう説得を試みたのだが

 

「貴方にだけ、つらい想いをさせるわけにはいきませんわ……!」

 

 と言い、思い詰めたナタリアを止める事など誰にもできなかった。

 

 こうして妙に気合の入ったナタリアとミュウが先陣を切って進んでいく。(当然、ナタリアの隣にガイが付いているのだが)

 

 ミュウのソーサラーリングの新たな能力(セフィロトである遺跡の濃密な土の音素を取り込みリングが自らを改良したという事らしい)である《ミュウ・アタック》で道を切り開いていく。とても、あのミュウのちんちくりんの身体から繰り出されているとは思えぬ音を轟かせて障害物が破壊されていく。

 

 ルークはそんな轟音を、ぼぉ……っと聞きながら、足を動かす。

 

 盗賊たちを退けて砂漠を進む間は、隊商の少年と少女に

 

「兄ちゃん、スゲェっ! 強ぇっ! 尊敬したっ! 兄貴って呼ばせてくれない? 俺に何か技教えてっ!」

 

「この、おバカっ! アンタ怪我してるし、お客様に失礼でしょ! でも、スゴイとか尊敬するっていうのは、私も同感なんです。お兄様って呼んでも良いですか?」

 

 と、何故か懐かれて、ルークの周りは賑やかで気を紛らわす事ができた。しかし、今は遺跡の闇に引き寄せられてルークの気持ちは暗く沈んでいた。

 

 ルークは、コゲンタが洗って、研ぎ直してくれた剣の柄に手を触れながら、

 

「なぁ、オレ……。オレ、人を斬った……」

 

 と呟いた。その掠れた言葉はすぐ前を歩くティアに言ったのか、背後を歩くコゲンタに言ったのか判然としない。

 

「……んだけどさ、意外と平気な事の方にショックなんだよな……。罪悪感よりナタリアを助けられた事のほうが“勝つ”んだよオレ……!」

 

 ルークは一瞬、ずっと前を歩くナタリアの背中を見て、すぐに目を伏せ、

 

「なぁ、オレって“そういう奴”なのかな? ほら、ナントカの切り裂き魔とかみたいなさぁ……!」

 

 早口で一息に言葉を吐き出す。不安と疑問も一緒に吐き出すつもりで。

 

「ふぅむ、とっくの昔に死ぬ事も死なせる事も織り込み済みで、剣の道にのめり込んでしまった“そういう奴”のわしでは、ルーク殿に的確な助言はできぬが……」

 

 コゲンタは真っ直ぐ前を見つめたまま、抑揚のない声で答える。

 

「ルーク殿はわしとは違うと思うなぁ」

 

「イシヤマさんが“そういう人”かは、わたしには疑問なんですけど……。でも本当に“そういう人”なら、今のルークみたいな想いを巡らしたりしないと思うわ」

 

 いつもの笑顔になって力強く付け加えて言うコゲンタに、ティアは少し非難するように見つめると、

 

「たとえルークが“そういう人”だったというなら、あなたと一緒に戦ったわたしも“そういう人”です」

 

 いつもの頑なな表情を見せて、ルークに言い聞かせるように断言する。

 

「えぇっ?! いやいや、ティアは違うだろ、ティアは!」

 

 ルークは思いもしない事を聞いて、大声を上げてしまい慌てて口を押えた。

 

「だったら、あなたも違う。ルークも違うわ」

 

「……わ、わかったよ。オレの降参だ……」

 

 ティアの力のこもった言葉にルークは気圧されて、あっさり答えてしまった。

 

「アハハ、さすがのルーク殿も口で女人には太刀打ち出来んようだの」

 

「うっせぇなぁ! ……でも、まぁ、なんつぅーか、サンキューな二人とも」

 

 ルークは彼に八つ当たりするように笑っているコゲンタの肩を軽く叩いた。

 

 それは、はっきり言って大したやり取りではなかった。なにか有難い格言や含蓄のある御高説が含まれているわけでは一切ない。だがしかし、ルークの心に掛かっていた重苦しく暗い影が晴れて、少しだけだが暖かく明るくなったのは確かだった。

 

 一行は暗い通路を抜け、たどり着いたのは巨大な暗黒の空間だった。月明りの星明かりもない真の暗闇が頭上になければ、ここが地下だと忘れてしまいかねない広大さである。

 

 そんな広大な闇の中で遺跡群と通路だけが、篝火でぽっかりと浮かび上がっている。まるでそこから一歩出たら、すぐさま闇の底へ真っ逆さまに落ちていきそうで、ルークの足取りは我知らずと慎重になってしまう。

 

 古代人は、何故こんな場所にわざわざ街を作ったのだろうか?空気は淀んでいるだろうし、良い事などないと思うのだが.......。

 ルークが、そんなとりとめのない事を考えている間に、経年の崩落によって迷路のようになった遺跡群を、ナタリアの声援と共にミュウの威勢の良い掛け声が響き、そして炸裂音が切り開いていく。

 

 ルークの目に入ったのは、イオンの姿。そして自分と同じ顔の男«鮮血のアッシュ»の姿を認めた瞬間、ルークは誰よりも早く剣を抜き、走り出した。ティアやコゲンタが止める間もない速さだった。

 

「今度こそっ、イオンを返しやがれぇっ!!」

 

 遺跡内に轟く気迫と共に地を蹴って剣を振るう。

 

「チッ! クズがっ!」

 

 向かい撃ったのは、やはりアッシュだった。彼は地を蹴り、体重移動を利用して白刃を引き抜く。

 

 遺跡の仄暗い虚空で、二つの銀光が同時に弧を描き、激突する。飛び散る火花が消え去る前に返す刀で剣を振り上げると同時に跳躍し、斬り上げる。

 

 アルバート流『双破斬』だ。

 

 あたかも鏡に映したかの様に二つの『双破斬』が、篝火に揺らめく闇の内で激突する。二人は一瞬息がかかるほどの距離で睨み合って、お互いに後ろに飛び退いた。

 

「お前らは手を出すな。コイツらの相手は、俺一人で十分だ」

 

 アッシュは黒い長剣をゆっくりと構え直しつつ、前へ歩み出る。

 

「ほぉ、この人数を相手にか? 豪気な事だな……」

 

「また、勝手な事を……」

 

 苦笑するだけのラルゴに対して、シンクは仮面の上からでも分かるほど辟易したように愚痴るが、アッシュはどこ吹く風とばかりに構える。

 

 そして、ルーク達も身構えるが、その中から一人が無造作に前に進み出た。

 

「ルーク殿。済まぬが、ここはわしに譲ってくれ」

 

 コゲンタが、事もなげに言ってサダカネを抜き放った。

 

 突然のコゲンタの行動に、しばし固まってしまう一行。アッシュの実力を最も理解しているティアが、いち早く声を上げた。

 

「イシヤマさん、危険です! アッシュ様はダァトでも屈指の……」

 

「まぁまぁ、ティアさん。もしもの時は、この私が割って入っちゃますから♪ イシヤマさん、お任せします」

 

 ジェイドがティアの肩を軽く叩いて諫めると、いつもの表情でコゲンタに声を掛けた。

 

 ティアは、何か言い返そうとしたが、例の頑なな表情になって俯き、黙り込んでしまった。そんな事に目もくれないアッシュが、「おいっ」とこちらに声を掛けた。

 

「俺は全員でかかって来いと言ったんだがな。ジジイは耳が遠いのか?」

 

 揶揄する響きはない。彼は無感動な声で言った。純粋に疑問を口にしたようだ。

 

「貴君は危なっかしい。儂が様子見という訳だの。もちろんやるからには勝つがの」

 

「年寄りは家で土いじりでもしていれば良いものを。まぁ良い、順番に片付けてやる」

 

 言い放つなりアッシュは、爆発的な踏み込みでコゲンタに斬り込んだ。甲高い金属音が火花と共に飛び散る。旋風のようなアッシュの左中段の攻撃を、コゲンタはしっかりと受け止めていた。

 

「ほう、大口を叩くだけの事はあるな。今のは完全に“とった”と思ったんだがな……」

 

 左手だけで、両手でワキザシを握るコゲンタの動きを封じ込めながら、自嘲的に口の端を歪めるアッシュ。

 

 同時に、ルークの口も歪む。自嘲ではなく、悔しさでである。

 

(おっさんより先に打ち込んだ。それにあの動き、やっぱり『アルバート流』だっ!)

 

 自分がコゲンタと手合わせするとして、先手を取る事ができるだろうか? いや、今はまだ無理だろう。そして自分と同じ剣術を使う、同じ顔の男は、自分より明らかに強い。

 

 ルークは歯噛みをしながらも、二人の一挙手一投足を見逃すまいと瞬きすらしないように集中する。

 

 「ごくっ」と誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。

 

 その時、コゲンタはアッシュの剣を跳ね返すと飛び退いて距離を取り、構え直した。ワキザシを突き付けるように右手を伸ばし、左手は鞘に置き、膝を軽く曲げて半身になる。

 

 アッシュも相手を威圧するように八双に構え直し、息を一つ吸うと、動いた。

 

 黒い刃の暴風がコゲンタを襲った。彼はぎりぎりでそれを躱し、ワキザシで受け止めていくが、アッシュの攻撃は一刀ごとに激しさを増していく。やがてコゲンタの防戦一方となった。

 

 ルークはその動きに、言葉にできない僅かな物だったが違和感を覚えた。これまでの急行軍でたまった疲れが影響しているのか? それとも何かを狙っているのだろうか? 彼がそんな事を考えた時だった。コゲンタが素早く飛び退いて一気に間合いを取った。

 

 しかし、おかしな事にコゲンタはアッシュの足下を見るように顔を伏せている。あれでは剣の動きが追えない。

 

 さすがにアッシュは怪訝な顔をしたが、すかさず一歩、二歩と間合いを詰める。しかし、コゲンタも同じように後退がり、その間合いを縮まらない。アッシュはさらに素早く一歩間合いを詰めたが、同時にコゲンタも間合いを取る。

 

「どうした?、もう降参かの?」

 

 尚も目を伏せたまま、妙に優しげに問いかけるコゲンタ。その口調にアッシュの眉が歪む。

 

 そして、あろう事かコゲンタは不意にワキザシを下ろして、アッシュに背中を向けてしまった。そんな訳がないのだが、今の今まで斬り合いをしていたのを忘れてしまったかのような自然な動きで……

 

 一瞬呆気に取られて、硬直したアッシュだったが、コゲンタの背中に猛然と斬りかかった。無防備な背中に大上段から黒い刀身が振り下ろされようとした。

 コゲンタが動いた。沈み込むように身体を回転させ斬撃を回避して、すれ違い様にワキザシをアッシュに振り抜いた。いわゆる抜き胴の形だ。

 

 アッシュの胸から血は吹き出されなかった。法衣の下に仕込まれた装甲に止められたのだ。

 

「ぐっ! なんっ……だと!」

 

 彼は身体をくの字に曲げながらも、剣を振りながらコゲンタから距離を取ったが顔を苦痛に歪めている。彼の胸板を強かに打ち据えたのは鍛鉄の棒である。斬られてはいないとはいえ、ただでは済まない。

 

「流石は神託の盾の師団長、良い耐刃服を着込んでおるのぅ。踏み込みが足りなかったか」

 

「だが、まぁ……おしまいだ!」

 

 その時、遺跡群の一角にある建物が轟音と共に吹き飛んだ。

 

「驚かせて悪いね。だけど、今のはほんのデモンストレーション。この一帯には遺跡を崩落させるだけの爆薬を、あらかじめ仕掛けておいたのさ。そこのバカには話してなかったけどさ」

 

 シンクが小さなボタンの付いた筒を手にしていた。起爆用の譜業らしい。そして、

 

「個人的にはどうでもいいんだけど、そいつを殺させる訳にはいかないんでね。ここで一緒に生き埋めになりたくなかったら剣を納めな、じいさん!」

 

とコゲンタに向かって譜業を掲げ、言った。

 

「そんなハッタリ信じないよ、シンク! ここにはイオン様もいらっしゃるんだよ!」

 

 コゲンタの代わりに、アニスが叫んだ。

 

「ハハハ、所詮僕らの代わりはいくらでもいるってのに良い気もんだね。何なら試してみようか?もう二、三発なら崩れないんじゃない?」

 

 シンクはそれにせせら笑いと脅しで答えた。

 

「それはそれで、興味深い実験になりそうなんですが……、止しておきましょう。まずイオン様を返していただけますか? さもないと《鮮血のアッシュ》改め《剃髪のアッシュ》になっていただきます♪」

 

 ジェイドは脅しに脅しを返すと、空中から槍を取り出した。

 

「そいつは一緒になって笑ってやりたい所だけど、それじゃ並んだ時にシマらないからね。行っても良いよ。"イオン様"。面倒だから縄や轡はアイツらに外してもらいな」

 

 軽く突き飛ばすようにイオンを押しやると、

 

「さっさと来なよ、アッシュ。良かったね。じいさんがお人好しでさ。僕だったら人質が返ってきた瞬間に殺してる。今回は僕ら……いや、アッシュの負けって事にして、見逃してあげるよ」

 

 シンクはそのせせら笑いを今度は仲間に向けた。

 

「そうアッシュを虐めてやるな。守りに長けたミヤギ流の達者相手にあれだけ打ち込んだだけ、流石の物だ」

 

「負けたけどね。ハハッ」

 

 ラルゴの感情の見えない執り成しを、シンクが嘲笑で遮った。

 

「待て、俺はまだっ……!」

 

 アッシュは抗議の声を上げ、コゲンタに剣を向ける。油断なくカネサダを構える彼の背後で、ジェイドが

 

「なるほど♪ ダアト式封呪はすでに解呪したので、ひとまずの目的は達成したという事ですね? 流石は烈風のシンクさん」

 

 と他人を持ち上げるような口調で言った。今にも手もみでも始めそうだ。

 

「そういう事だ、アッシュ」

 

 ラルゴが先ほどと同じような声で、アッシュを促した。ジェイドには目もくれない。

 

「こちらの目的……イオン様の救出は成功しました。この場はお言葉に甘えさせていただきましょう」

 

 無視されてもめげないジェイドは、いつものようにズレてもいない眼鏡を直して、微笑んだ。

 

 すると、アッシュが一歩引くと剣を鞘に納める。しかし、殺意は納めずコゲンタを睨み、

 

「この勝負、預けたぞ」

 

と唸るように告げると踵を返した。シンクもニヤリと笑うと、さっさと遺跡の影へと消えた。

 

 ラルゴはそれらの後ろ姿を見送ると、

 

「ではな……。ときにそんな小さな譜業ランプだけか?」

 

 ガイやティアが持っているランプを指さした。

 

「はい、今のところは……」

 

 ティアはまるで上司に質問されたように気真面目に答えてしまった。ジェイドがすかさず間に立って、

 

「途中で使えそうな物があれば、そちらの備品でも遠慮なく拝借しますので、ご心配なく♪」

 

 ジェイドは右手で、ヒョイッと物を取る真似をしてみせた。

 

「なら、コイツを持っていけ。第五譜石の昭明機だ」

 

 ラルゴが手にしていたランプの形状をした譜業を掲げてみせた。

 

「その様な物を!」

 

 ナタリアが嫌悪感を露わにした声を上げた。

 

「そう警戒するな。ただの灯りだ。今度はイオン様の安全を守らないといけないのだからな」

 

 ラルゴは手にしていた照明機を二、三度点滅させると地面に置き、大鎌も届かない距離まで退いてみせた。

 

 再び何かを言おうとしたナタリアをティアが、

 

「大丈夫よ、ナタリア。ラルゴ様は、そんな卑怯な真似をする方ではないから」

 

 とたしなめて、自ら進み出て地面に置かれた照明機を掴み上げた。 

 

「そいつは、コイツを振り下ろしたほうが早いからだ。俺の人品が優れているという話ではないがな」

 

 冗談とも本気ともつかない事を言いつつ、ラルゴは大鎌を担ぎ直し「ではな」と悠然と立ち去っていった。

 

 それを待っていたかのように、アニスがイオンに飛び付き、

 

「イオン様!」 

 

と、急いで猿ぐつわと縄を解くと、「わたしがもっと……」と顔を両手で覆った。

 

「アニス、大丈夫ですよ。皆さんご迷惑をおかけしました。僕が油断したばかりに」

 

 イオンはアニスの震える肩に手を置くと、ルーク達に微笑みかけた。

 

「大変だったんぜ、こんな所、早く出ようぜ!」

 

 ルークはわざと乱暴な口調で言って、ニッと笑ってみせた。

 

 こうして、ルーク達はイオンを救出し、再びアグゼリュスへと急ぐ。




 今回はナタリア加入でルークとの関係の変化を書いていくべきだったのですが、よそよそしい描写になってしまい、趣味に走って殺陣に文字数を割いてしまいました。反省です。
 今後はそのよそよそしさを活かして、お互いの想いのズレ、すれ違いを描けたらと思います。
 ちなみに今回オマージュしたシーンは、映画「隠し剣 鬼の爪」で映像化されています。主演の永瀬正敏さんと敵役の小澤征悦さんの迫真の殺陣は一見の価値があります。良かったらご覧になって下さい。素晴らしい映画です。

 今回もまた遅くなり申し訳ありませんでした。今後も懲りずにお付き合い頂ければ幸いです。

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