テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第50話 砂漠の操り人形

 砂漠の交易都市『ケセドニア』。

“王様”率いる案内人たちと合流したルーク達は、再びこの街へやって来る事ができた。

 

 ケセドニアは二度目であるが、入って来た場所が違うからなのか、ルークには初めて来たのと変わらない気がするのだった。それにしても、相変わらずゴチャゴチャとして埃っぽい、その上暑い街である。

 

 ……たえろ……

 

 暑さのせいだろうか? 妙な耳鳴りがする。

 

 ……こたえろっ……

 

 次の瞬間、耳鳴りなどではないはっきりとした人の声が聞こえてきた。

 

 ……答えろっ!……

 

 これはいつもの幻聴とも違う、言いようのない乱暴さを感じる。

 

「うっ、なんっだ? 誰だっ! お前はっ!!」

 

 精神そのものを揺さぶるような声。その激しさにルークは堪えきれず声を上げ、ミュウの「ご主人サマっ?!」という悲鳴を聞きながら膝を突いた。

 

「ルーク、どうしたの……?!」

 

「例の頭痛ですのっ?!」

 

 うずくまるルークに駆け寄るティアとナタリア。

 

 しかし、二人が駆け寄ってきた瞬間、先ほどまでの痛みも妙な声も嘘のように治まっていた。

 

「ワリイ、いや大丈夫みたいだ。おさまったよ……」

 

 バツの悪さに苦笑いでごまかすルーク。そんな彼をティアが覗き込み、

 

「……本当に大丈夫なの?」

 

とルークの額に彼女の細い指先が遠慮がちに触れる。

 

「お、おう! 大丈夫、大丈夫!」

 

 砂漠の熱とは違う暖かさに心地よさを覚えたルークだったが、何故かそれをナタリアに見られるのが嫌で、首を引いてティアの指を避けると、努めて明るい声で答えた。当のナタリアはその明るい声に答えようとせず、心配に顔を曇らせて、

 

「念のためどこかで休んだ方が良いですわ。わたくしのように、砂漠の熱にやられたのかもしれませんわ」

 

 ルークの隣に膝を突くと、実感のこもった声で語りかける。

 

 そんな彼らにジェイドがわざとらしくポンと手を叩くと、

 

「私の記憶が正しければ、少し歩いた先に『ながめの良い宿屋』があります。そこへ行きましょう。良い感じで横に長めの建物なんですよ」

 

 いつもの調子で皆に笑いかけた。しかし、横に長い事の何がそんなに良いのか解らなかった。

 

「そうですね。今はわたしに達にも休養が必要なんだから、気にしなくて良いのよ。ルーク」

 

「……あぁ、分かったよ」

 

 自分が罪悪感を抱かない言い回しをしてくれるティアに、ルークは素直にうなずくしかない。そして、彼はティアとナタリアに両脇を軽く支えられて立ち上がったその時、一瞬足がもつれた。

 

「ルーク、歩ける?」

 

「ルーク、本当に大丈夫なんですの?」

 

 二人が同時に心配顔をルークに向けた。その顔が少し近すぎるのを感じて、ルークは身を固くしたが、なるべく平静を装って、

 

「ん、まぁ大丈夫」

 

 と苦笑いをしてみせた。ルークの知らない事だが、この状況を世間では『両手に花』という。

 

 またしても足がもつれた。今度は、まるで別の意思に持っていかれるような不自然さがあった。

 

 その時だった。

 

『オラッ、どうした? そっちは宿屋じゃないぜ』

 

 突然、ルークをせせら笑う声がはっきりと聞こえてきた。それは聞き覚えのある声だ。

 

『ふっ、良いザマだな。お前は俺と繋がってるんだ。お前は俺なんだよ!』

 

 これは、《鮮血のアッシュ》の声だ。こうして聞くと自分の声によく似ている。

 

「……ルーク!」

 

 ティアの声が聞こえる。彼女とナタリアが必死に自分を支えようとしているのが分かる。

 

「ご主人サマ、苦しそうですの」

 

 ミュウが気遣しげに呟くと所を聞くと、彼らにはあの声をが聞こえていないようだ。

 

 痛みでチカチカと明滅する視界が不意にティアを向いた。心配顔と彼女と目が合うと、

 

『よし、その女に剣を向けてみろ。ハハハ……』

 

 と、ほくそ笑むの様なアッシュの声が聞こえてきた。

 

「うぅっ、やめろ! オレを操るなっ……!!」

 

 すると、彼の身体はティアを突き飛ばしナタリアの手を振りほどくなり剣に手を掛ける。

 

『無駄な抵抗だ、向けろっ!』

 

「くっそ! ティア! ナタリア! オレから離れろっ!!」

 

 必死の抵抗むなしく、ルークはついに剣を抜き放ってしまった。

 

「きゃあ」

 

 ナタリアが叫ぶのが聞こえる。

 

「ルーク、どうしたの!?」

 

 ルークの目に尻餅をついたティアと彼女を助け起こそうとするコゲンタが見えた。なんの脈絡もなく剣を抜いたルークにコゲンタの顏にも動揺の色が見えた。

 

「ち……ちが……う! 身体が勝手に……! や、やめろっ!」

 

『さぁ、向けろ!』

 

 アッシュ一言で、ルークの身体は左手から右手へと剣を持ち換え、切っ先をティアへ向け直した。

 

 ルークの脳裏に、今まで倒してきた魔物の手応えと砂漠で倒した男たちの手応えが甦ってきた。そして、男たちの死に顔がティアへ変わる。

 

『さぁ……斬り付けるなら、この女の何処が良い?』

 

「や、やめろぉっ! やめてくれっ!!」

 

 ルークの懇願も虚しく、彼の身体はティアへの一歩間合いを詰めた。

 

 コゲンタがティアを後ろ手に庇って二人の間に割って入るのが見えた。剣は抜いていない。

 

『さぁ、斬れっ!』

 

 瞬間、腕が剣を振りかぶった。しかし、ルークの動きが止まった。剣を何時間も掲げていたようにブルブルと震え始めた。必死に剣を振り下ろそうとする力に耐えているのだ。その隙に乗じて、ガイがルークを羽交い絞めにした。

 

「おっさん、たのむっ……!!」

 

 ガイと揉み合いながら、すがる様に言葉を絞り出すルーク。

 

 コゲンタは一瞬、年の離れた剣友の顔を見つめると、拳を固めて、ルークのみぞおちに鋭い突きを放った。

 

 ルークはみぞおちに鋭い痛みを感じた。その一瞬の痛みに不可思議な安心感を抱きながら意識を失った。

 

 

 

「一体どうしちまったんだ? ルークは……」

 

 “安宿”と名乗るわりには、清潔でシーツがしっかりと整えられた寝台の上で、身動き一つせず眠りについている親友を心配げに見つめてガイが呟く。

 

 ティアが、なんとか彼を安心させようと何か言おうとするが、その表情には何を言おうと無責任な物になってしまうという考えがありありと見えた。

 

 その隣でナタリアは黙ってずっとルークの顔を見つめていた。、彼の額を当てるための手ぬぐいを水で冷やす以外はそこから動かない。

 

 そんな重苦しい空気を和ませようとしたのか、「はい!」とジェイドが明るく手を上げた。

 

「設備の整っていない現状では推論しか述べられませんが、素直に考えますと、コーラル城でディストが何かしたのでしょう。身体的には異常はないようですし、心配ないでしょう。もちろん経過観察は必要ですが……」

 

 彼は、努めて楽観的な調子で話したが、ガイは「そうか……」と呟いただけだった。ジェイドの答えが期待した物ではなかったのだろう。

 

「ルークが目を覚ますまで決める事はできませんが、最悪の場合バチカルに帰る事も考えるべきですかねぇ」

 

 さすがのジェイドも少し眉をしかめて、眼鏡を持ち上げた。

 

「『鮮血のアッシュ』……」

 

 それまで何も言わずに瞑目していたコゲンタが、ぽつりと呟いた。

 

「アッシュ? あの男がどうかしまして? 顔はルークに驚くほどよく似ていましたけれど……けれど! 雰囲気はまるで別人でしたわ。噂によれば苛烈な武人なのでしょう?」

 

 ナタリアが心のわだかまりを吐き出すように一気にまくし立てた。

 

「剣を向けられたあの瞬間の構えはルーク殿の物ではなかった」

 

 と話しつつ、無刀でアルバート流の構えを取ってみせるコゲンタ。それは皆が見慣れたルークの構えとは、鏡写しのように左右対称であった。

 

「左様……。ルーク殿の抵抗のためかだいぶ乱れてはいたが、あの時のルーク殿はアッシュの構えを取っていた。考えみれば、あの時感じた剣気は奴と同じ物だった気がする。これは感覚的な話で、上手く説明はできぬが……」

 

 こと剣術に関する事なら、一行の中でコゲンタが随一であるのが共通認識だ。ただのカンであっても無視しようなどとは考えられない。彼はそのカンでこれまで生き残ってきたのだから。

 

「大佐殿、他人の身体を意のままに操るような譜術か何かをご存じないかの?」

 

 コゲンタは首を捻り、ジェイドに問いかける。

 

「まさか、『カースロット』……では?」

 

 ジェイドの言葉を待たずに、イオンが声を洩らした。その表情は戸惑いの色が濃い。

 

「導師イオン、それは?」

 

「ダアト式譜術の一つです。けれど、あれは……」

 

「もちろん!『カースロット』も可能性の一つです。……ですが♪ 手段を選らばなければ、私にも色々と思いつきます。が、いかんせん情報が足りません。様々な推論を立てるのはルークの話を聞いてからでも遅くはないでしょう。それにルーク自身の事なのにノケ者にするのは気の毒でしょう?」

 

 口ごもるイオンにジェイドがすかさず助け舟を出した。どこか話を誤魔化すような色を感じるのは気のせいだろうか?

 

「だれをノケモノにするって?」

 

「みゅうっ! ご主人サマがめを覚ましましたの!」

 

「ウゼェ! 引っ付くな!」

 

 乱暴に言いながらも、ルークはミュウを振り払いもせず、好きにさせながら、

 

「で? だれをだれがノケモノにするんだ? ジェイド」

 

「いえいえ、むしろ、『ルークをノケ者になんかしないぞ!』という友情パワーから出た発言だったのですよ。それでどうでしょう? まだ身体を操られる感覚はありますか? 些細な違和感でも、いつもと違うと思う事でも構いません。なんでも仰ってみて下さい。」

 

と、少しずつ問い詰めるような口調になりながら、言った。

 

「ちょっ、ちょっと待てよ。なにから話していいのか……」

 

「おっと、失敬。ルークが目を覚ました喜びで、つい♪ まぁ、今すぐ何かあるという事はなさそうですね。」

 

 ジェイドが、ルークにあれこれと問診を始めて少しした頃だった。

 

「あのぅ……。空気読まないで、スミマセンなんですけど……」

 

 アニスが申し訳なさそうに苦笑して、手を上げた。しかし、その固い口調から極めて真剣な話だろう。

 

「ワタシたちというか……イオンさまは、どうしましょう?」

 

 ルークは、『どうしよう』という意味が分からず、首を捻る。しかし、よくよく考えてみれば、イオンの目的は伯父にピオニー帝の親書を渡した事で終わっているのだ。アグゼリュスに行く理由はない。助けるのは当たり前だし、一緒に旅をするのも当たり前だと思うようになっていたのだ。

 

 ルークはこれで別れなければならない事に動揺して、イオンの顔を見た。イオンは上目使いで皆の様子を窺っていたが、意を決したような顔をして、

 

「僕も連れて行ってもらえませんか? その、もしご迷惑でなければなんですが……」

 

と彼にしては珍しい大声だったが、その声は徐々に小さくなり、しどろもどろになっていった。

 

 『正しい事』をする事に関しては猪突猛進ともいえる彼だったが今回ばかりは万が一の事に考えが及んだらしい。

 

「……お言葉ですが、わたしは反対です」

 

 すかさずティアが声を上げた。咎めるような口調ではないが、有無を言わさぬ強さがある。

 そして彼女は、努めて静かな口調で続ける。

 

「瘴気は猛毒です。すぐには影響はなくても、吸い続ければどんなに強い人でも健康を害します。今のイオン様の健康状態で、なんの準備も無しに行くべきではありません」

 

 ティアの言葉にナタリアが頷き、

 

「その通りですわ。元々アグゼリュスは鉱山で環境も良くありませんから、災害現場では付き物の流行り病もあるはず……。お気持ちは分かりますけれど、無理しては取り返しが尽きませんわ」

 

 二人は顔を見合わせると、揃って首を横に振る。

 

「ちょっと待てよ。イオンの事だから、置いていっても勝手に付いてくるぜ。それだったら、一緒にいてケンコーカンリした方が良いぜ。……って、ティアとナタリアに丸投げになっちまうから、エラソーな事言えねーけど……」

 

 ルークは、ティアとの台詞の役回りが「いつもと反対だな」と思いながら、落ち着けというように手を掲げながら言った。

 

「う、うぅん……。けれど、それは……」

 

 ルークの理屈に納得できない二人に、ジェイドがわざとらしく咳払いをしてみせて、

 

「残念ながらその通りですよ。医学に精通した人間が三人いるのですし、この際我々と一緒にいた方が良いでしょう。もちろん無理は禁物ですが……。それに決めるのはルークですよ?」

 

 と笑いかけた。彼はルークに賛成らしい。

 

「そういう事!」

 

 ルークは我が意を得たりと、身体の前で拳を握って笑った。

 

「しょうがねえな……」

 

 ガイは軽く頭を抱えて、ため息をつくようにつぶやく。

 

「ならば、まず物資の調達だの。ティア殿、必要な薬や道具を書き出してくれ」

 

 さすがに困った顔になっていたが、反対ではなく、対応策で答えるコゲンタ。

 

「おっさん、手伝うぜ!」

 

「ルークは留守番です」

 

「ルークはお留守番ですわ」

 

 寝台から飛び降りたルークの背中にティアとナタリアの声が重なった。

 

 振り返らずともルークには解る。

 今、ティアとナタリアは二人揃って優しく微笑んでいるであろう。そう、とてつもなく怖い優しい笑顔だ。




 更新が遅くなり、申し訳ありません。さて、今回のお話でうんちくするならば、

「人は悪と戦う際に、いかなる手段も許されると解るやいなや、彼らにおける善は彼らが撲滅しようとした悪と見分けがつかなくなる。」

 この言葉は、イギリスの宗教哲学者 クリストファー・ドーソンという人の警句なのですが……

例えば

「正しい事をしている私達は何をしても、何をいっても許される」

というような勘違いは、誰でも大なり小なりあると思いますが、アッシュというか当時のテイルズの脚本や監督はそういう勘違いをこじらせていたのだろうと思います。

 それにしても、話が進みませんね……。

 こうして見るとパーティーの独断専行が物語を牽引する力になっていたのだと感じます。

 しかし、アビスの場合、物語を進めるためにキャラクターの人格に合わない事を言わせたり、良識に欠ける事をさせたりと歪めているように感じます。反対にキャラクターが物語を動かしていくようでなくてはいけないと思います。

 そんな境地に達するには難しいと思いますが、しっかり描いていきます。今後ともよろしくお願いいたします。

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