テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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 前回の「閑話休題」で『必死剣鳥刺し』(原作:藤沢周平)をオマージュしたシーンがありました。記載を忘れていた事をお詫びします。作品に敬意を込めて。


ティアと別れて、そして、その頃のティア

 グイグイと無遠慮に引かれる後ろ髪を必死に無視して、ルークは大股で坑道を奥へ奥へと進む。正確な道順など知りもしないのに……

 

「良かったのですか、ルーク? ですが、この人数ではできる事も限られています、残念ながら。救助の人手を増やしてくれる考えは、マルクト人の端くれとしては感謝するべきですが……。しかし、戦力の分散は思わぬ事態の対処に制限がかかります。これは要注意のチュウですよ?」

 

 自分自身でも呆れる事しきりなルークに、ジェイドの気遣うような質問の声がかかる。道順の指摘や訂正でない所を見ると、今の所はルークの選んだ道のりは間違ってはいないらしい。

 

「へ、へんっ、イーんだよっ! どうせ師匠に会えれば、なんもかんも解決すんだから!」

 

「ほほぅ、なんもかんも解決……と? それは興味深々のシンですねぇ」

 

「グランツ謡将に、何か妙案でも?」

 

「あっ、あぁっ! い、いや、ほら、オレは詳しくは知んねぇんだけどさ。あははは……」

 

 ルークの小さな呟き一つに目ざとく……いや、耳ざとく聞き逃さないジェイドとコゲンタの質問と視線を無理やり無視したルークは、再びズンズンと大股で歩き出す。しばらくして、道の間違いをジェイドに人の悪い苦笑いで指摘されたのは言うまでもない。

 

 

 

 五~六人の騎士が物陰から僅かな音もたてずに姿を現し、患者の応急手当てにあちこち歩き回り、今は桶を抱えて水を汲みに向かうティアの行く手に立ちはだかった。いずれも金糸の縁取りの漆黒の法衣を胴鎧の上にまとった師団長付きの騎士たちであった。

 

 ハイマンと同じくこの場を任された者かと思ったティアは、「なぜ邪魔をするのですか?」と抗議をこめた目で彼らを見た時だった。

 

 彼らの腰を雄々しく飾っているのが身分証代わりの懐剣ではなく、救助活動には邪魔にしかならないであろう騎士団制式の長剣である事に気が付き、彼らを敵、少なくともハイマン達とは違って、自分にとって友好的な人々ではないのは理解した。

 

 彼らの長剣は、いずれも実戦で使い込まれながらもよく手入れされているのがよく分かる。

 持ち主である騎士たちが放つ気配と相まって冷たい凄みを放っているのが、剣士ではないティアにもヒリヒリと伝わって来る。

 

「先ほどぶりです。グランツ嬢」

 

 先頭の騎士が口を開いた。その温厚そうな声には聞き覚えがあった。

 ティアが救助をし始めた頃、ハイマンの報告を聞き救助ではなく、彼ら独自の任務である第七譜石の探索の協力を頼んできたジャン=クリストフとか名乗った騎士だ。顔は兜と面防に隠されているが間違いない。

 

「……何か御用でしょうか? 譜石の件でしたら、お断りしたはずですが……?」

 

 ティアは努めて平静を装って返答した。断った後、嫌味や粘りの一つも無くすぐに姿を消したので既に彼らは譜石探索に出発したのだと思っていたのだが……

 

「はい、先ほどは失礼しました。しかし、今度は譜石探索とは別件です」

 

 つい先ほどと同じように、年下で、階級も下の……というか今や軍服も着ず平服を着て町娘同然のティアに敬語と丁重な態度で話しかけてきた。

 しかし、周囲の雰囲気が先程とは違い過ぎる。ティアにはそれがかえって不気味な不協和音に聞こえる。

 

「実に申し訳ないのですが、この場の救護活動は即刻切り上げ、あなたには我々にご同行願いたい。私個人としては病人を見捨てるようで実に心苦しいのですが、“ある御方”のご命令ですので、何とぞご理解いただきたい」

 

 恭しく頭を下げるジャン・クリストフのその言葉に、ティアは頭の片隅で兄への疑念が少しだけ膨らむのが自分でも解った。

 『親衛隊=ヴァンの為だけに意のままに動く私兵』という単純な関係ではないのは十分解っているつもりだが……

 

 周りの騎士たちは、無言でティアを注視している。やはり彼らからも何の敵意も感じられない。剣の柄に手すら掛けてさえいない。

 この距離なら音律士の小娘一人など、どうとでもなるという事なのだろうか?真っ向勝負を挑まれたなら反撃の余地は見いだせない。

 そして今、自分が手にしているのが戦闘用の杖ではなく、使い古された水汲み用の桶である事がティアの悔しさに拍車をかける。

 この包囲を脱するために、なんとか時間を稼ぎ、打開策を見出さなくはならない。

 

 ティアは不自然にならないように桶を地面に置き、息を整えて質問する。

 

「あの方……とは、大詠師様の事でしょうか?」

 

 ティアの問いにジャン=クリストフは、妙に芝居がかった仕草で「あぁ……」と額に手で軽く叩き肩をすくめ苦笑する。

 

「これは口が滑りましたな。しかし、それはご自身で確かめてみては如何かな? 百聞は一見に如かずです。我々も任務を達しますし、貴女の疑問も解ける。五分と五分で公平ですよ」

 

 優しげに気さくに、さらに不協和音を奏でる騎士を前に、ティアは袖口に隠した短剣の数を確かめる。もっとも、彼女の短剣が何本あろうと、剣の達者を六人同時に相手取るなどできはしないだろう。

 

 と、その時だった。

 

「ティア!」

 

 彼女の名を呼ぶ若い男の声が響いた。

 

 一瞬、ルークが戻って来てくれたのかと思い、声の方へ視線を走らせる。しかし、そんな物語のような事は易々とは起こらないようだ。声の主は、目の前の六人と同じ鎧をまとったハイマンであった。彼は兜を脱ぎ、剣も携えていない。

 

「小隊長! これは一体どういう事ですか?」

 

 その場の尋常ならざる雰囲気にハイマンは、持っていた書類の束とペンを放り捨てて、ティアを庇うように素早く彼女の前に立った。

 

「ハイマンか……。相変わらずタイミングの良い奴だ。いや、この場合は悪いのかな?」

 

 ジャンク=リストフは苦笑するように肩をすくめる。その態度は変わらなかったが、一瞬の刹那、彼の声に何がしかの感情の揺らぎを聞き取った気がするティア。

 ジャン=クリストフの口ぶりから、ハイマンの登場は予定外の事であったらしい。どうやらハイマンは、この騎士たちが言う“あの方”の命令とは今のところは無関係のようだ。

 

「どんな理由があるかは知りませんが、大人数で剣を腰に差して女性一人を取り囲むなんて、神託の盾のする事では……いえ、貴方のする事ではありません。ジャン=クリストフ小隊長!」

 

「ハイマン……、お前が俺をそんなに買っているとは思わなかったよ……。だが、嬉しいよ」

 

 ジャン=クリストフは腕を組み、穏やかな口調で感慨深げに呟く。

 

「しかし、俺は騎士だ。主から与えられた任務を遂行するためなら、どんな非道も行わなければならない。自分自身が望むと望まずに関わらずな」

 

「それはハイマン、お前もそうだろう? それに彼女も騎士だ。騎士に男も女もない」

 

「小隊長……」

 

 ジャン・クリストフの哀しげな声音に、ハイマンが何事か答えようと口を開いた瞬間だった。

 

 ティアとハイマンの両隣の騎士の腰元でこれ見よがしに剣の鯉口を切る音が鳴り響く。

 

 転瞬、ハイマンの戦士としての反応で瞬時に視線を左右に送り、自分の腰の短剣の柄に手を掛ける。一瞬遅れてティアも音素を練り上げ、足元に譜陣を描き出す。

 

 しかし、ティアが気が付いた時には、ジャン・クリストフの軽い右の掌打がハイマンの左脇腹にあてがわれていた。まるで格闘技の教練のように“寸止め”されて当たってはいないように見える。

 

「相変わらず反射神経の良さだ。だが良すぎるのも考え物だな?」

 

 短剣に掛けたハイマンの手を巧みに押さえ付けながらジャン・クリストフは笑いかけるように言う。

 

「こんな見え透いた手に引っかかって、こんな落ち目の中年騎士に、想い人の前で腹に風穴を開けられる」

 

「!?、ぐっ!」

 

「ハイマンっ!」

 

 ジャン・クリストフに軽く突き飛ばされて、体勢を崩すハイマンの背中を咄嗟に支えるティア。

 

 鍛えられた青年の体重と騎士の鎧の重量に、ティアは押しつぶされそうになるのを歯を食いしばって堪えたティアは、そのまま音律士の神経を使ってハイマンの状態を精査しようとする。

 

 ハイマンの左わき腹から血が噴き出している。かなりの深手であるのは詳しく診るまでもない。刃物の傷ではない。あたかも魔物の爪で負わされた傷のようだ。

 

 ジャン・クリストフの袖口から赤く濡れた刃が伸びている。手首に着ける暗器の一種なのだろう。それは刃物と呼ぶには躊躇われる形、あたかもコルク抜きに考えられる限りの悪意を込めたかのような奇妙な物だった。

 

「ハイマン。お前はそこで大人しくしていろ。我ながら白々しいが、多少なりとも目を掛けた部下を殺すのは気が引ける」

 

「小隊長……、うっ」

 

 わき腹の激痛を堪えて声を絞り出すハイマン。彼が声を出すとわき腹の傷口からひょうひょうと笛のような音がする。それでも、彼は勝ち誇るでもなく嘲るわけでもなく静かに自分を見下ろすジャン・クリストフを睨み付ける。

 

「そういきり立つな。傷が肺に届いているだろうからな、苦しいだろう。汚れた剣で悪いが、グランツ嬢の安全はこの剣に誓って、保障しよう。目的はあくまでも彼女の身柄の確保だ。こういう行き違いは神託の盾に限らず、兵士には付き物だ。聞き分けてくれ」

 

 ジャン・クリストフは、あたかも世間話のついでの訓戒でもするように苦笑を浮かべる。

 

 そして、彼は「さて……」と、ティアへと視線を向ける。彼の手で行われた凶行とまったく噛み合わない穏やかな口調の不協和音がティアの平常心を苛む。

 

「……参りましょうか、グランツ嬢。幸いにも、急ごしらえとはいえ、すぐそこに病院があります。ハイマンの事は心配はいらないでしょう。それとも……、このまま、ごねて彼が失血死するのを見物しますか? もし、そのつもりなら、あまり良い趣味とは言えませんね。ふふふ……」

 

 皮肉や挑発の色合いを見せない騎士の苦笑いに、ティアの背筋が凍る。それは、彼よりも実力的にも階級的にも格上であるカンタビレやリグレットからも感じた事のない種類の冷たさだった。

 

 左右からも剣の柄に手をかけた騎士達が歩み寄ってくる。ティアは苦痛に耐えるように顔を顰めると、

 

「分かりました、参ります。けれど、せめて彼の止血をさせて下さい」

 

 友人の命には代えられないと、意を決したように宣言した。

 

「よろしいでしょう。しかし、くれぐれも止血だけに留めて頂きます。私たちが治癒術士ではないと思ってごまかせると思わない方が良い……と、前もって忠告しておきましょう」

 

 ティアが足元に薄緑色の譜陣を描いた刹那、ハイマンの身体が弾かれたように起き上がったかと思うと、右側に陣取っていた騎士の兜に覆われた顎を肘鉄で打ち抜いた。騎士は、頭を大きく揺さぶって糸が切れたように膝から崩れ落ちる。そして、ハイマンが彼の剣を奪ったのは同時だった。

 

 ティアの右側に陣取る騎士の腰から銀光が閃く。その閃きは勢いをそのままに空を切り裂き、左側に陣取る騎士の甲冑の隙間を縫って、首筋を切り裂いた。

 

 ティアがそうと気が付いた時には、左右の騎士は倒れ伏し、ハイマンが騎士の剣を奪うと自身を背に庇うように剣を構えていた。そのわき腹は出血で赤く染まっている。

 

「……ハイマン!」

 

「ティア、君は逃げろ! チャンスは僕が作る。親善大使様と合流するんだっ! それに総長にもすぐに報告を!」

 

 ハイマンの言葉の一言一言には絞り出すような気迫が込められている。

 

 倒れ伏した部下を見やりつつ、ジャン・クリストフは微笑む。

 

「すごいじゃないか、ハイマン。その傷であっという間にシュミットを打ち倒すとは。見直したぞ」

 

 重傷を感じさせない所作で正眼に構えるハイマン。しかし、

 

(大丈夫なはずがないっ……)

 

とティアは思った。彼を今動かしているのは気力であるのは想像に難くない。

 

「だが、詰めが甘い。シュミットは何故殺さなかった? そうと決めたなら、必ず仕留めろ。まぁ、今し方部下を一人死なせた凡愚のセリフではないな……」

 

 ハイマンを軽く叱るように苦笑を浮かべると、ゆっくりと自分の長剣の鯉口を切るジャン・クリストフ。

 

「ならば、お前の首とグランツ嬢をお連れする任務の達成を捧げて、響士ミュラー・トッドへの贖罪と彼の名誉としよう。残念だ、ハイマン。心からそう思う……」

 

 その言葉を火蓋として、騎士達が示し合わせたように剣を鞘ごと抜き、ティアに詰め寄って来る。

 

 各々の構えで隙なく近づいてくる。しかし、彼らからは殺意は感じられない。ティアの命が目的ではないというの事は改めて本当らしい。

 彼らを素早く無力化してハイマンの傷を治療しなけらばならない。だが、いずれも主席総長直属の証である黒法衣を纏う事を許された強者たちだ。

 できるのか? いや、絵物語の英雄のように簡単に倒す事などできはしない。そもそもティアが今持っているのは小さな短剣が数本だけだ。まともにやったのでは勝負にならない。

 

 一人は真正面から、もう一人はティアの死角に回り込むように仕掛けてきた。同時にティアの指先に瞬間的に譜陣を描く。

 

「……光の子らよ。『アピアース・グロウ』!」

 

 強烈な光が、瞬間的に騎士の眼前で炸裂する。この距離ならば防ぐ事はできない。相手の騎士たちは動きを止めた。しかし、騎士たちは視覚を奪われたにも関わらず、剣を取り落とすどころか、呻き声すら上げなかった。敵もさるものである。

 

 ティアはその隙を見逃さず、逆に距離を詰め、もっとも近い正面の騎士とすれ違った。

 

 騎士の右膝の鎧の隙間にナイフが突き刺さっていた。だが、騎士はうめき声すら上げず、剣でティアを殴り付けた。ティアはとっさに後ろへ飛び退いたが、避けきれず、横に弾き飛ばされた。

 

「くっ……油断大敵だな。俺で良かった」

 

「義足が台無しだな。小娘であっても、あの“鋼”の女の気に入りだ。さもありなん……」

 

「“皮膚”だけだ。問題ない」

 

 義足? 治癒術士であるティアにも全く分からないほどに彼の動きは自然だった。彼は片足で親衛隊にまでなったのか? そこにはどれだけの努力が? とそんな事を思いながら、ティアは受け身を取り、ナイフを懐から掴み出した。

 

 騎士は片足とは思えぬ動きで、ティアに歩み寄り、剣を振りかぶった。ティアも、一か八かナイフを投げつけようとしたその時だった。

 

 彼の背後で絶叫が聞こえた。背後に控えていた騎士だ。片足の騎士はティアを無視するように振り返えると、今の今までの平静とは打って変わった緊張を背中に漲らせ、剣を構えた。もうティアなど本当に無視している。

はたして、騎士の前に立っていたのは、赤い髪、真っ黒な法衣、黒い剣を手にした鮮血のアッシュだった。

 騎士は鋭い動きで、アッシュに斬りかかった。アッシュは真っ向から、その一撃を受け、甲高い音が辺りに響いた。

 二人は何度か斬り結び、動き合った。アッシュが一瞬の隙を突いて、騎士の足を切り裂き、彼が崩れ落ちた所に背中を一突きした。

 

「これはこれは、特務師団長。今日もお一人で任務ですか?」

 

 ティアの背後で、気安い調子の挨拶が聞こえてきた。

ジャン·クリストフだ。彼の足下にはハイマンが倒れ伏している。

 

「ハイマン!」

 

 ティアは立ち上がり、ナイフを構えた。ジャン・クリストフはそれを見て笑いかける。

 

「お止めなさい。下手に動けば、止めを刺し……」

 

だが、言い終らぬ内にアッシュが斬りかかった。

 

「失せろ」

 

 ジャン・クリストフは剣を弾き、

 

「愚問ですな。特務師団長は敵わぬ敵と見れば、使命を捨てて逃げ出しますか?」

 

 息を整えるためか、ゆっくりと話し、構え直した。

 

 

 

 

 




 更新が遅くなり申し訳ありません。

 今回はティアが主役の回でした。拙作の彼女の「運」のステータスは低めでいくら宿屋に泊まっても上がりません……。(本来は戦闘には関係ないステータスようですが……)ちなみにハイマンも低いです。

 そして、今回の描写は「敵」に力を注ぎました。敵のリーダーは慇懃無礼な人物というテーマで描いてみました。嫌な奴に描けていたでしょうか?六神将とは違う嫌な奴、違う強さを表現しようとしてみました。如何でしたか?

 モブキャラにも物語を描けたらとも思うのですが、あまりやり過ぎるとルーク達の物語にならないので難しいと改めて思いました。

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