テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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ジェイドと譜術剣士

 女騎士は右手に特殊な水晶製の小剣『チンクエンデイア』を携え、左腕には小型の円盾である『バックラー』を身に付けて、素早く軽快な攻防を重視した、この坑道のような閉所に対応した優れた武装である。

 そして『フィールド・オブ・フォニムス』すなわち『譜術剣』を用いて、女性の筋力と小剣の攻撃力不足を補っているのだ。もちろん、親衛隊である彼女が、純粋な剣技でも騎士として充分な技量を持っている事は容易に想像が付く。

 

 対するジェイドの手には十八番の得物である短槍は握られていない。いかに“短”槍といえども槍は槍である狭い坑道で振り回すには長過ぎるのだ。やれなくはないが、地の利のない場所で、不測の事態を避けるために潔く無手での応戦を決めたのだ。かといって、譜術を頼りに戦うのも、少し難しいかもしれない。広範囲、大規模な術は論外なのは言うまでもないが、この“坑道”という場面は譜術の使用をさらに制限をかけていた。

 

 火の譜術は、ここでは自殺行為に等しい。何かが燃えれば有毒の煙が発生し、逃げ場のない坑道では煙に捲かれてしまう。おまけに何かの可燃性物質や粉塵にでも引火すれば大爆発、『ネクロマンサーの丸焼き』の一丁上がりである。

 

 しかし水の譜術も微妙だ。こうした坑道のような地下施設では水は大敵だ。水没した坑道が示す通り、常に湧き出す地下水との戦いを強いられている場所なのである。水によって土が柔らかくなり、支柱の一本でも倒れれば、坑道全体が連鎖的に崩れ落ちる可能性もある。

 

 続いて、風の譜術もまた向いているとは言えない。真空の刃で坑道の支柱を切り裂いたり、空気の鉄槌で壁に大穴を開けたらどうなってしまうかなど火を見るより明らかである。

 土の譜術は当然も当然の事に危険だ。岩を隆起させたり、石礫を飛ばすごとに坑道を削る事になる。もはや、論外である。洞窟というのは、譜術と相性が悪いのだ。

 

 城や港、軍事基地など重要な施設では自軍の譜術や譜業による直接的な被害を防ぐ為、事前に譜術的な『登録』をする事によって標的を選別する事もできる。だが、事前に面倒な準備が必要だし、臨機応変な判断が求められる戦闘においては主流ではないかのは確かだ。ジェイドも実戦では数回ほどしか使った記憶はない。

 

 とにかく、譜術師というのは集団戦で力を発揮するもので一対一は“不得手”なのだ。

 

 そんなジェイドの思考を無視して、女騎士は尚も素早く斬りかかってくる。

 

 ジェイドは威力を絞ったエナジーブラストを放って距離を取る。だが、女騎士はそれに向けて譜術剣を振ると、譜術は無効化され光の粒子となって霧散してしまう。

 ジェイドは、エナジーブラストを連射し彼女を近付かせない。しかし、騎士は譜術剣で音素弾を打ち消して距離を詰めいてくる。それでもエナジーブラストを撃つジェイド。

 女騎士は素早く剣を振るい、それを打ち消そうとするが、紙一重で切っ先に触れる前に音素弾が激しい光を放って炸裂する。女騎士のバックラーの譜業文字が輝き、炸裂から彼女を守る。

 

 そのままバックラーをジェイドへ向けて、突進する女騎士。ジェイドは短槍を瞬時に出現させ、文字通り電光石火の一突『天雷槍』を繰り出す。「もう前言を撤回させられてしまった」と自嘲するジェイド。

 

 しかし、騎士のバックラーの光の色が変わったかと思うと、そのまま雷光を打ち消し、切っ先を受け流し一気に距離を詰めてくる。

 

 女騎士の小剣が槍の上を這うように、それを握るジェイドの五指に狙いを澄ませ疾る。

 

 ジェイドは彼女には当たらないと理解しつつも槍の石突で殴りつけるようにして、騎士と距離を取った。

 

 彼女は槍を使う者を相手の“あしらい”方をよく知っている。やはり彼女相手に接近戦は不利のようだ。

 

「いやぁ、お強いですねぇ。見事な譜術剣。相当な訓練を積んだのでしょうね」

 

 ジェイドは女騎士に笑いかける。が、もちろん槍の穂先を彼女に向けたままで。

 

「無駄な話をする……」

 

 女騎士はにべもなく言や、剣を正眼に静かに構えた。お手本のような見事な構えである。

 

「まあまあ、息が切れてしまったので少し時間を下さい」

 

 ジェイドは小首を傾げてウインクしてみせる。しかし、女騎士はそんな事には構わず剣を腰だめに突進してくる。

 

 ジェイドはエナジーブラストを素早く放って彼女を足止めしつつ、背後へ飛び退くと背を向けて脇の坑道へ素早く滑り込む。

 

 逃がさんとばかりに女騎士も、それを追って坑道へと走る。彼女が角を曲がると、坑道の梁の一部が爆発した。いわば地雷型の譜術である。梁の強度に問題がない程度に威力を抑えてあるらしく、鎧を着ていたので騎士は傷を負う事はなかった。

 しかし、まんまと目くらましと足止めを食らわせられたのは確かな事である。

 

 彼女が剣から風を捲き起こし土埃を苛立ちと共に吹き飛ばすと、坑道の先にジェイドの姿が見えた。彼はニコリと笑ってみせる。彼女は自身に筋力強化の譜術をかけるとジェイドを追う。

 

 また、梁が爆発したが、騎士はそれを無視して盾で眼前に掲げ駆け抜ける。土の天井も次々と爆発して、土が彼女の漆黒の法衣と銀の鎧を汚す。屈辱に歯嚙みして、坑道の先を睨みつける。その先でジェイドが白いハンカチを振って、笑いかけている。

 

 女騎士はジェイドに剣を向け、切っ先から槍のような熱線を発射するが、ジェイドが事前にかけていたらしい障壁に霧散する。

 

 女騎士は土の音素を一瞬で構成し、壁や天井を補強すると、ジェイドが消えた坑道へと駆ける。すると、地面が砂状に変化し、彼女の足を取る。しかし、彼女は風の譜術を纏い飛び上がり、身を翻して着地した。

 

 女騎士の靴から血が滴っている。足の裏を何かに貫かれていた。小型で小規模な『グレイブ』のようだ。この程度の“トゲ”など、本来ならば踏み抜く前に、いいや……踏まぬ様に立ち回れたはずである。騎士にあるまじき戦い方をするジェイドに、何よりも常時のペースを乱される不甲斐ない自分自身に、彼女は眉をしかめずにはいられない。

 

「いやぁ、これはひどい! 早く処置しないと。もうお帰りになった方が良いのでは?」

 

 坑道の死角から出てきたジェイドが大袈裟に慌てたように声を掛ける。心から騎士を心配する声色である。

 

 だが、女騎士は全く無視し、ジェイドに剣を突き付け迫る。

 

「それでは私は失礼します♪」

 

 ジェイドはさらに奥の坑道へと走り出す。女騎士は足の傷を火の譜術で焼いて止血すると、彼を追いかけ始めた。

 

 しかし、明らかに速度は落ちており、ときおり火の槍を放って後を追うも……その術もジェイドの障壁と身のこなしで当てる事ができない。そんな攻防を繰り返すうち、ある空間にたどり着いたではないか。

 

 そこは全くの

 

 

 『闇』

 

 

 であった。

 

 今まではランプや譜業の光があり、いくら暗がりでも陰影を感じる事ができたが、全く視界が効かず、黒が一面に広がっている。方向感覚どころか上下感覚すら喪失しかねない深淵の闇だ。

 

 女騎士は盾を光の球を発生させる。しかし、周囲を照らし出す事ができない。闇に吸収されてしまうようだ。洞窟という場所は当然、『影』が多い。つまりは闇の音素が他の音素よりも格段に強い。ジェイドはその条件を利用、ここに来るまでに少しずつ、闇の音素を集めていたのだろう。そして、この空間を闇で満たしたのだ。

 

 女騎士も少なからず動揺したが闇雲に剣を振る事はせず、盾と譜術で守りを固める。

 

 しかし、横方向に吹き飛ばされた。不自然な動き……、『トラクタービーム』とも呼ばれる物体を移動させる譜術だ

 

 女騎士は受け身を取ろうとしたが、飛沫を上げて水に沈んだ。鎧の重みで思うように動けず、溺れる。

 

 鉱山の廃水のための貯水池だ。ジェイドはむやみに走り回っていただけではなかったのだ。鉱山の地図を記憶して、この池に誘い込んだのだ。

 

「いやぁ、上手くいきましたぁ。私、自慢なんですけど自前の譜力が強いので、自然の譜力を集めた事がなかったんですよぉ」

 

 ジェイドは聞いてもいない(そんな余裕もない)話をしながら、ジェイドは何処から持ち出したのか、真新しい縄を水に投げ入れた。

 

 縄は女騎士の片腕に巻き付いて、彼女を支える。

 

「えー、もう勝負はつきました。どうか降伏して頂けませんか?」

 

 それを聴いた女騎士は当然、ジェイドを睨み付ける。

 

「ヴァン謡将が何を考えておられるのを教えて頂ければ引き上げて差し上げますよ」

 

 女騎士は綱を握り返す。降伏の意志と受け取ったジェイドは綱を引き上げようと力を込める。

 

 女騎士は礼の代わりに聖句を唱え、高圧水流の柱を発射した。その柱は貯水池の譜力を吸収して、巨大な丸太のように、そしてより高圧な物となっている。水流の鎚だ。

 

 ジェイドもさすがに目を見張り、綱を放してそれを避けようとするが、綱が手が絡まる。女騎士が反対に操っているのだ。

 

 ジェイドは水流の鎚に体に受けて、弾き飛ばされる。彼の視界は飛び、暗転した。

 

 一瞬気を失ったようだが、すぐに腹部に激痛が走って、激しく咳き込んだ。呼吸する度に襲う痛みをやり過ごして、辺りに注意を払う。敵の気配は感じない。水の音も聞こえない。騎士は音素を使い果たして、力尽きたのだろうか? 真っ向勝負しなければ勝機はあると踏んだが、これでは実質引き分けだと、「何が天才だ……」とジェイドは自嘲する。

 あらかじめ地の譜術で、衣服を硬質化していなければ、内臓破裂を起こしていたかもしれないと考えながら、なんとか立ち上がって、元来た道を戻り始める。情報は得られなかったが、敵のあの強硬な態度は事の重大性を物語っている。急がなくてはならない。痛みの為に思考が巧く回らないのか、いつもの皮肉が浮かんでこないのが悔しかったが、それを軍用の強力な鎮痛剤と一緒に飲み込んで歩き出した。

 




 更新が遅くなり申し訳ありませんでした。

 今回は難敵でした。ジェイドではなく、私自身が今回の「譜術剣士」を攻略するのに時間が掛かってしまいました。力が弱くなったジェイドにロジックで戦わせたいと思い、挑戦した回でした。
 せっかく「フィールドオブフォニムス」という設定があるので、私なりに描くならこんな感じかな?などと考え、こうなりました。要は捏造ですね。(笑)
 ゲームの中では面白いシステムなのに、小説などでの活用は難しい。ストーリーにも関わらない設定のためかアニメ版やノベライズ版でも描写がなかったと記憶していますので、「ここがそうだ。」とおっしゃる方がおられたら、ぜひ教えて頂けたらと思います。
 
 それにしても、何故、ファンタジーなどでダンジョンの中で破壊的な術を使って、大丈夫なんだ? 味方を巻き込まないなら、認識票のような魔術がかけてあるからとか理解できるが、その辺の森や洞窟は延焼や倒壊しないのか?などと夢のない事を考えています。皆さんは疑問に思った事がありませんか?
 
 さて、こんな偏屈な作品にまた付き合って頂けたら幸いです。


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