テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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先日、アップした際、サブタイトルが前回の話と同じになっていました。
紛らわしくて、申し訳ありませんでした。


奈落にて

 土、岩石、木材、機械、建物が落ちていく。途方もない量の物が落ちていくのは圧倒される光景だったが、それよりも圧倒されるのは……

 

 下に無限に広がる深淵の闇。

 

 闇。

 

 闇。

 

 それらが渾然一体となってティア、ルーク、そして仲間達を押し潰し深淵の闇へと突き落とさんと轟音だけの猛り狂った怒涛の交響曲を奏でながら、落ちてくる。

 もっとも、その轟音も譜歌によって出現した光の障壁により、ほとんど聞こえないのだが。特にその障壁を維持するために、譜歌を“歌い続ける”ティアにとっては、「それどころではない」と呟く余裕すらないのである。

 

「ふぅむ。流石は《ユリアの譜歌》。これ程の質量を受け流すとは、実に素晴らしい♪」

 

 ナタリアに応急手当の治癒術をかけてもらっていたジェイドが、手で「もう大丈夫」と彼女を制して、前に進み出た。

 

「などと……感心している余裕は残念ながらないですねぇ。ティアには一休み、息継ぎをしてもらいましょうかね♪」

 

 ジェイドの赤い瞳が眼鏡の奥で妖しく輝く。

 そして、ゆっくりとした動作で、セフィロトの不可思議な光を失い、譜歌の輝にだけに照らされた深い琥珀色の床に跪き、両掌を着いた。

 

 そして、ジェイドの両掌から床面に根を張るように緻密な譜陣が二重、三重、いや、それ以上に重なるように描かれていく。彼の厚手の青い軍服通り抜けて、楔型の白い光が無数に現れ、彼の身体を貫く。その光の正体は未だ彼の身体を蝕む《封印呪》に他ならない。

 

 しかし、ジェイドはそれを無視するように更に緻密な譜陣を描いていく。

 

「た、大佐っ!?」

 

「ジェイドッ! なにをなさいますの!?」

 

 ジェイドの自傷行為とも言える凶行に、意識を失ったままのルークとイオン、致命傷ではないものの深手を負ったコゲンタを診ていたアニスとナタリアが驚愕する。二人とも、ひとかどの譜術師であるからには、彼の行動が常軌を逸しているのが分かるのだ。

 

「御覧の通り、久しぶりに手の込んだ譜術に挑戦しようと思いましてね♪ ティアにだけ良い格好をさせられませんから~」

 

 快活に笑うジェイドの深紅の瞳が妖しく光り、徐々にその輝きを増していくではないか。

 

「う~む、事もあろうに『ユリアの譜歌』の代替ですからね。こりゃ、大変だ」

 

 深紅の輝きがさらに増し、痛々しい程の赤になっていく。音素の赤さだけでなく、ひどく血走ってもいるようだ。そして、白い光の楔の数も増していく。

 素人目にも異常事態である。だが、ジェイドは昼食のメニューでも相談するような口調のまま譜陣を操作していく。

 

「さぁ~てっ、整いましたっ! ティア、交代しましょう。しばらく休んで下さいっ!」

 

 言うや、ジェイドの両掌から色とりどりの音素が回転しながら、放たれ無数の譜陣が描かれ動き出す。ある物は拡大し、ある物は列を成して宙を舞い、ある物は光の軌跡を残して、闇へと消える。そして、譜術が発動した。

 

《プリズム·ソード》

 

 七色の裁きを下す閃光の剣の隊列が迫り来る巨石を寸断する。

 

《サンダー·ブレード》

 

 貫き穿つ電光の長剣がさらに岩を穿ち砕く。

 

《エア·スラスト》

 

 無数の鋭き旋風の思念が岩を吹き飛ばし切り刻む。

 

《グラビティ》

 

 漆黒の重力が反転した空間が現れ、行手を阻む巨岩を圧壊し粉砕してルーク達のいる足場が落下していく“道“を作り出す。

 

 ティアが行使したユリアの譜歌の防護壁の代わりとして、深淵の闇に道連れにせんと襲い来る無数の岩石を完全に防いでいる。正に《神業》だ。

 

 しかし、そんな神の御業を人の身で使う事は、いかに《死霊術師》と悪名……いや、勇名を馳せるジェイドでも当然“ただ“では済まないらしかった。

 

「……っ! ジェイドさん!?」

 

「ジェ……ジェイドっ! それ以上はいけません!!」

 

 第七音素術士であるティアとナタリアの感覚がジェイドの身体から発せられる“異音“を岩石が起こす轟音の中でも気が付いた。

 

 ジェイドの操る譜陣が、陣を維持し、術者に与えられた役割を果たすために、あろうことか、術者自身の“生命力”とも言い表せる身体を構成する音素にまで手を出し始めているのだ。(本来なら“そう”はならないよう制御がなされているはずなのだが……)

 身体を構成する音素が何らかの原因で破壊か消失されれば、“運が良くて”塵のように粉々になるか、“運が悪ければ”生きながら腐乱死体のようになってしまう可能性すらあるのだ。

 

「我、分かち合うは意思の力。《チャージ》!」

 

 素早く聖句を唱えるナタリアがかざした掌から暖かな光球を放つ。

 光球はジェイドの身体を包むとすぐに溶け込むように消える。

 

 《チャージ》とは譜術を行使する力、すなわち音素を他者に分け与える譜術である。僅かではあるものの、力の弱い術士でも使いこなせる為、戦場などでは一人では行使不可能な大規模な譜術を使う際に補助として重宝される術である。

 だが、今のジェイドには“焼け石に水”だ。彼の身体から響く死の異音を、束の間和らげる事しかできない。

 

「いけません! このままでは……!」

 

 ナタリアも資料を読んで、想像しただけで、これまで運良く目にした事のない末路が彼女達の思考を苛む。

 

 ナタリアのその思考を……

 

「……ナタリア、ガイ、アニス、イシヤマさん。力を貸して下さい。ジェイドさんに皆の音素を分けて上げて欲しいんです」

 

 というティアの静かだが、確かな決意に満ちた声が遮ったではないか、彼女を見やる。ナタリアの疑問を代弁するように、ガイの驚きの声を上げた。

 

「“分ける”って言ったって、どうやるんだい? そもそも、俺は譜術士じゃない」

 

「いかにも。わしも譜術は、からっきしだしのぅ……」

 

 コゲンタの傷に包帯を巻いていたガイがティアの言葉に困惑顔を浮かべ、コゲンタもまた傷の痛みにしかめる眉をさらにしかめて、首をひねるばかりだ。

 

「譜術士でなくても、譜術自体は使えなくても、そのための力は誰でも持っているんですわ」

 

 顎に手を当てながら、その疑問に答えるナタリア。

 

「わたしが皆さんの力を束ねて、ジェイドさんに送るんですっ……!」

 

「《トリビュート》の逆をするのですね。ティアは大丈夫なんですの?」

 

 力強く頷くティアに、先程まで譜歌で疲労困憊していたティアを気遣うナタリア。

 

「……譜歌より簡単だから」

 

「……分かりましたわ。ティアは譜力を集束させる事に集中なさって、その他の制御は私がやります」

 

 ティアの珍しく勝ち気な笑顔に、ナタリアも同じような顔で微笑み返す。

 彼女自身も久し振りにこんな表情をしたように感じ気恥ずかしくもあったが、

 

「お願い……!」

 

 もう一度頷いたティアは後ろの仲間達に目をやる。

 

「あーん、……もうどーんと来いだよ!!」

 

 アニスは、膝枕をしているイオンを起こさないようにできるだけ小声で気合いを入れる。

 

「はは……こうなりゃ、一か八かだな……」

 

 脇に寝かせているルークの頭を撫でながら、不敵に笑うガイ。

 

「必ず、生き残るぞ!」

 

 コゲンタは傷口に当てる布を強く結ぶ。

 

 ジェイドは、ほんの少し後ろを振り返り、目だけで「ありがとう」と笑ってみせると、すぐに詠唱に戻る。

 

「……皆の力を大地の子らと共に、彼の者へ」

 

 ティアが瞑目して、音素を譜陣へと構成して、皆の身体を譜陣が包むと静かに光り出す。

 そして、ナタリアが皆の前、ジェイドの背後に立つと、両掌を掲げ、

 

「『トリビュート』!!」

 

 渾身の譜術を放つ。

 

 そして、ルーク達を包む音素の球体が、瓦礫と暗闇の中を落ちていく。

 さらに落ちていく。

 

 

 

 落ちる。

 

 

 

 落ちる

 

 

 

 落ちる……

 

 

 

 落ち……

 

 

 

 落……

 

 

 

 ……

 

 

 

 …

 

 

 

 そうして、ついに底へとたどり着いた。

 

 そこには“大地”が広がっていた。当然、地下なのだから、太陽の光りなど届かないはずだが不思議と周囲が見渡せる。しかし、生き物の気配を感じない。異様な色をした海と、そこから吹く湿った風だけの世界だった。

 

「ここは………どこだ? 洞窟……坑道……でもないよな? 地下……空洞なのか?」

 

「ある意味ではそうなります。皆の住む場所は、ここでは外殻大地と呼んでいます」

 

 呆然と呟くガイの疑問符に、ティアは努めて冷静に答える。

 

「ここは……クリフォト……? こんな形で訪れるとは……」

 

「良かった、イオン様。目が覚めたんですねぇ……!」

 

 黒い“空”を見上げて、アニスの法衣を枕にして横になっていたイオンが呟く。アニスは、彼に駆け寄って助け起こす。

 

「はい、ここが魔界、クリフォトです。ここから伸びるセフィロトツリーという柱に支えられている空中大地が、外殻大地なのです」

 

「意味が……よく、わかりませんわ……」

 

「昔、外殻大地はこの魔界にあったの」

 

 驚きを通り越して、立ち尽くして異様な色の海を見つめるしかできないナタリアをティアは労わるように彼女の肩に手を置いた。

 

「ほほう……お詳しいのですね~。しかし、説明はここを移動してからの方が良いでしょう。この足場も、いつまでも保つのか解りませんからねぇ~」

 

 ジェイドは溜め息を一つ吐いて、よく見えないだろう目で移動できそうな足場を探すように見回した。

 

「えぇっ!? こ、ここも壊れちゃうの……?!」

 

 アニスはイオンに肩を貸して、立ち上がった時に不安げに、ジェイドやティアを見た。

 

 その時だった。

 

「あれを! タルタロスだ!」

 

 単眼鏡を覗いていたコゲンタが声をあげると、ジェイドに歩み寄って、単眼鏡を手渡す。

 

「タルタロスへ行きましょう。緊急用の浮標が作動して、この泥の上でも持ちこたえてくれているはずです♪」

 

 ジェイドは艦の様子を確認すると、皆を振り返った。

 

「クリフォトにはユリアシティという街があるんです。ここがアクゼリュスの真下なのなら、西に向かえば辿り着けるはずです。とにかくそこを目指しましょう」

 

「ふぅむ、瘴気の内を闇雲に五里霧中な漂流で大冒険をするより、マシマシのマシで、マシよりのマシでしょう♪」

 

 ティアはジェイドの言葉に添えて、皆をそして自分を励ます声音で見回す。

 

「その口振り、ティア殿はそこに住んでいたのかね?」

 

「はい、わたしの育った街なんです……」

 

 コゲンタの場違いに穏やかな問い掛けに、ティアは微笑んだが、「不謹慎な」とすぐに真顔に戻した。

 

「道理で。聞いた事のない“訛り”が混じると思っていた……」

 

「隠していたわけではないんですが……」

 

 ティアは、彼の淋しそうな顔が申し訳なくなってうつむいた。

 

「良いわさ。ティア殿は思わぬ所で里帰りできるのだな」

 

「……はい」

 

 ニッと笑って、コゲンタは気を失ったままのルークを抱え上げようとしたが、抱えたまま立ち上がる事が、どうしてもできない様子だった。

 

「旦那、俺が背負います。歩けますか?」

 

 すかさずガイが、彼らに歩み寄ってキビキビとルークを背負い上げた。

 

「すまんな、わしよりも大佐殿が心配だ」

 

「いやはや、お恥ずかしい」

 

 コゲンタとジェイドは苦笑し合った。

 

「ジェイド、よかったら私の肩に捕まって下さいませ」

 

 ナタリアは同意を求めるように言ったが、有無を言わせない調子で彼の腕を掴んで、自分の肩に回させた。ジェイドは「あら、大胆!」とふざけたが、拒否はしなかった。

 

「ティア殿は先導してくれ」

 

 こうして一行は、落ちてきた土砂を伝ってタルタロスへと向かう。そして、道々、ティアはこの場所”魔界”について説明する。

 

「二千年前、オールドラントを原因不明の瘴気が包んで、大地が汚染され始めました。この時ユリアが七つの預言を詠んで、滅亡から逃れ、繁栄するための道筋を発見したんです」

 

 ティアは錫杖の先端に音素の灯りをともして、皆の先を行く。

 

「ユリアは預言を元に地殻をセフィロトで浮上させる計画を発案しました」

 

 アニスに肩を支えられながら歩くイオンが、ティアの話を捕捉する。

 

 その背後でルークを背負いながらも、周囲を警戒して歩くガイが、

 

「それが外殻大地の始まり、か。途方もない話だなぁ……」

 

 隣を歩くコゲンタと顔を見合わせ呆れるやら感嘆するやらするしかない。

 

「もう何が出てきても驚くかよ! ……などとたかを括っていたのだがのぅ……」

 

 コゲンタはごま塩頭を掻き掻きつつ呻く。

 

「えぇ。この話を知っているは、ローレライ教団の詠師職以上と魔界……、ここの出身の者だけです」

 

「じゃあ、ティア以外も魔界の人達っているの? 噂にも昇らなかったのに……」

 

 皆の驚きに頷くイオンの言葉を聞いて、アニスは頭に浮かぶ疑問をティアに尋ねる。

 

 ティアは、それに微苦笑で振り返り、

 

「えぇ、かん口令が敷かれていたの。色々、誓約書とか手続きがいるんだけど、祖父が今から行くユリアシティで市長をしているから、なるべく早く地上に帰る手はずも整えてもらうようにお願いするわ」

 

 重ねて安心させるように言う。

 

 こうして一行は、ひとまずの目標であるタルタロスへと到着した。

 

 タルタロスは浅瀬に乗り上げる形で止まっていた。船体がボコボコで傷だらけだったが、目につく範囲では大きな損傷はないようだ。あの状況でこの程度で済んだのは、この軍艦の防御性能が著しく優れているのだろうか? はたまた、余程“運”が良かったのだろうか?

 

 ティアの頭に乗員の運をすい取る“強運艦”……などと言う言葉が浮かんだが、慌てて頭を振ってその考えを振り払った。

 

 視線を船体の真ん中に移すと、当然、航行中は上げられいるタラップが壊れて、地面まで降りていた。自分たちにも運を分けてくれたらしい。

 

「ここは、わたくしが」

 

 無傷に近いナタリアが進み出ると、弓を構えて階段を山猫のような身のこなしで駆け上がる。狩猟で鍛え上げているためか、ほとんど足音を立てなかった。

 

 彼女は弓を絞って左右を見回すと、こちらに「大丈夫」という合図を上げた。

 

 甲板へと上がってきた一行。

 

 痛々しく充血しきった眼で周囲を見回すジェイド。

 

「かなりの量の血が乾いた臭いがしますね。しかも、そこかしこから……」

 

 形の良い鼻を押さえ、悲痛な色の濃い苦笑と共に呟く。

 

 その言葉に、あえて見ないように努めていたティアも鉄鋼板の通路や壁に飛び散った血の跡を見ないわけにはいかなかった。

 

 哀しみと恐怖感と嫌悪感が、ない交ぜになった一言では言い表せない感情に苛まれるティア。しかし、違和感に気が付いた。それは……、

 

(血痕だけで、遺体がない……?)

 

 事だった。霧にでもなって消え失せたとでもいうのだろうか?

 

 そんなはずがない。遺体が突然蘇ったり、この世の物ではない文字通りの魔物が現れて持ち去ったのでなければ、生存者が遺体を収容したのだ。

 

 当然、神託の盾なのだろう。しかし、事ここに至って、敵意を向けてくる狭窄的な人々とは思いたくなかったが、それは甘い考えだと警戒は怠らず、歩みを進めるティア達。

 

 

 そして、開け放たれたままの船室への扉の前に来たその時であった。

 

 ティアは、その扉の中の死角からの異音を捉えた。

 

「ふむ、よく訓練された足音ですねぇ」

 

 一時的に視力の落ちたジェイドも感覚が研ぎ澄まされているのか、その音に気が付いたようだ。ティアはこの短時間でそれに対応するジェイドという男の“底知れなさ”に畏敬の念を抱く。

 

 そうこうしていると、ティアが身構えるよりも先に扉と壁の向こう側にむかって、コゲンタが口を開いたではないか。

 

「これこれ、そちらのお二方、冗談が過ぎるのう。どうやら、殺意は抱いていないご様子。ご覧の通り、こちらは怪我人ばかりという有り様でな。どうか助けて欲しい……」

 

 気配を隠しているとはいえ、明確に敵意を向けてくる相手に優しい声音で語りかけるコゲンタ。まるで近所の住人にでも話しかける気の良い老爺のようだ。

 

 しばしの沈黙……の後、長剣を抜き身のまま手に下げた二人の騎士が現れた。しかし、騎士といっても鎧を身に付けず、法衣だけの姿のせいぜいルークと同じくらいの年齢の少年(などと言えば彼らは怒るであろうが……)たちだった。

 

「貴方たちの姿は、望遠鏡で確認していました。大隊長がお会いしたいとの事です。ご同行……願えますか?」

 

 と、一人が言うと剣を鞘に納めると、それまで持っていた手に鞘ごと持ち替えた。

 

 少年は声こそ落ち着いていたが、額は霧吹きでも浴びたように汗が浮いている。もう一人の少年も青い顔で、唇を引き締めている。

 

 一行は、今までの神託の盾とは違う人間性に戸惑い、顔を見合わせた。

 

「どうする、旦那方? 一応、殺し合う気はないようだけど……」

 

 ガイが口火を切って、年長者達に判断を仰ぐ。もちろん、剣は構えたままである。

 

「ここは一時休戦と行きましょう。ここで争っても、我々の方がジリ貧です」

 

 ジェイドがいつもの冗談のような口調と表情で、肩をすくめてみせた。

 

 ナタリアは少しの間うつむいて考えたが、無言で頷いた。

 

 アニスはイオンを後ろ手に庇ったまま、動かなかったが、イオンが彼女の肩に手を置いて、「大丈夫ですよ」と囁くと、「知りませんからね」とため息を吐いた。

 

 ティアは一歩、騎士たちの方へ歩み寄って、

 

「怪我人の手当てをさせて下さい。見ての通り、かなりの重傷の者もいます」

 

 と務めて冷静に言ったが

 

「大隊長には時間がないんです!」

 

 それまで黙っていた青い顔の方の少年が声を荒げた。

 

「おぉ、失礼。ではこうしましょう。代表者の何名かで、隊長さんに会いますので、他の皆は手当てをさせてください」

 

 ジェイドが、抑えて、抑えてと手を振った。

 

「ティア殿、わしらは大丈夫だ。そちらの大隊長殿にも助けがいるかもしれん。行ってやってくれ」

 

 こうして、一行は彼らの指揮官らしい“大隊長”と会見する事となった。

 

 

 ルークは夢を見ていた。

 恐ろしい夢が延々と続いているように感じた。「こんなの夢だ! 覚めろ! 覚めろ!」と念じていた時だった。

 

 鼻に鋭い痛みにも似た臭いを感じて、目の前が真っ白な光に包まれた。

 

 殺風景な天井に光の譜業が吊るされていた。これの光だったのだ。「良かった。ホントに夢だった」とボンヤリと考えていると、

 

「良かった。目が覚めたのね。ルーク……」

 

 聴き慣れた、安心すら覚える声が聞こえてきた。ティアだ。

 

「ティア……、今の臭いナニ?」

 

 ルークは鼻を押さえて、苦笑した。

 

「……ごめんなさい。気付け薬なの……」

 

 ティアも苦笑して、液体の入った小さな薬瓶を振ってみせた。

 

「気分はどう?」

 

「内容は忘れたけど……、怖い夢見た……」

 

 ティアはルークの額に手を置いて、彼の顔を覗き込む。ルークは少しの照れとよく分からない罪悪感で目をそらして答えた。

 

「……そう、無理もないわ」

 

 ティアは気にせず、労るようにルークの赤い髪を撫で、首を横に振った。

 

 ルークは少し落ち着くと、「オレはどこにいるんだ?」と、天井と寝台の横の壁を眺めた。どこかで見た事があるのだが……。

 

「ここはタルタロスの医務室だよ」

 

「あぁ、どう……」

 

 低い男の声にルークはぼんやり「じゃあ、見た事のあるはずだ」と答えたが、聞き慣れない声だという事に気付いて、

 

「も……?」

 

 声のした方向を見た。

 

 そこ、ルークの寝台の反対の壁際の寝台に腹部に包帯を巻いた男が座っていた。

 そして、彼の左右には数人の神託の盾の法衣を着た若者達が整列していた。




 前半はの落下シーンは、原作では単に「ティアのお陰で助かった。ティアはやっぱり、すごい」だけのシーンになってしまっているように感じたので、皆で協力して生き残るというシーンにしました。あえて「これはルーク、ちょっと吊し上げにされても仕方ないでしょ……」と思ってもらえる見せ場を、ティアとジェイド達に作りました。(結果的に吊し上げにはされませんでしたが)

 そして後半は、皆さんもこの鉱山都市編で、ある意味で最も注目されていたシーン(俺は悪くねえ。ですね)を書きました。

 多くの方は、肩透かしを食らったと感じたと思うのですが、一連のシーンはどうしても「魔女狩り」になってしまうので、そんな事をしていられるほどヒマなのかと私には見えてしまったので、もうまるごと違うシーンにしてしまいました。
 「なるほど、こういう可能性もあったかもな……」と思って頂ければ幸いです。

 これはあくまで私の個人的な希望なのですが、テイルズなどのゲームに求めるのは、純真な少年少女が強大な“悪”に現実的に踏みにじられる様子を高尚ふうに描くのではなく、いかに物語的な説得力を持たせて、巨悪を相手に、人間が本来持つ素朴な正義感や優しさで対峙し、撃ち破るかを描いてくれることです。

 と、まぁ、暑苦しく語ってしまう悪い癖がある男ですが、こんな私と拙作にお付き合い頂ければと思います。

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