テイルズオブジアビスAverage   作:快傑あかマント

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第7話 一難去ってまた一難

 

 ルークとティアは、市場へとやって来た。

 二人は、その賑わいに圧倒された。行商人や親子連れ、老若男女さまざまな人々が溢れ、活気に満ちていた。

 

「おぉ! スゲェ人だな!? オレ初めてだ」

 

「わたしも、ダァトの市場以外は初めてね。本当に凄い人……。ルーク、はぐれないように……」

 

「あっ?! アレはなんだ?!」

 

「ルーク……!」

 

 ルークは何かを見つけ、市場の喧騒に勢いよく飛び込んで行った。

 ルークの姿は、瞬く間に人ごみに消え、ティアは彼を見失ってしまった。すぐ後を追うが追いつく事ができなかった。

 

「ルーク……! 何処? ……良かった、居た……!」

 

 幸いな事にルークは、すぐに見つかった。やはり、あの緋色の髪はよく目立つ。しかし、何やら様子がおかしい。たくさんのリンゴやオレンジが並んだ屋台の前で、店主らしき中年の男と口論していた。

 

「だからぁ! 払わねぇなんて言ってねぇだろ!」

 

「ルーク……!? 一体どうしたの?」

 

 ティアは、怒鳴るルークに急いで駆け寄った。

 

「ティア!?」

 

「あ、なんだ? このボウズ、預言士さんのツレかい? こいつが、リンゴを食い逃げしようとしたんだよ!」

 

「誰が食い逃げなんかするか!! 金を払うのを忘れてたんだよ!」

 

 ティアには、なんとなく大体の事情が分かった。

 ルークは公爵子息である。大貴族とて、買い物くらいするだろうが、庶民のそれとは『次元』が違うと言っても過言ではないだろう。『貴族』という肩書の信頼で後払いは当たり前。

 ましてや、食べ物などの細々とした物を、本人が直接買う事などまずあり得ない。そして七年間、屋敷から出る事を許されなかったルークには、買い物の経験など当然ない。そうした様々な『認識の隔たり』が起こした不幸な誤解だった。

 

「すみません……。彼は……ええと……そう、ダァトの修道院から出た事がないので……。どうかお許し下さい」

 

「あぁ……いや、お代を貰えれば、何も文句はないんだがね。へへへ……」

 

 深々と頭を下げるティアに、気勢を削がれた店主は苦笑いで答えた。鼻の下が少し伸びているのはご愛嬌。

 

「四十よ……じゃなくて、四十ガルドだ。払えるかい?」

 

「はい、本当に申し訳ありません」

 

 ティアは、法衣の袂から財布を取出し、硬貨数枚を店主に手渡した。 

 

「まいど。おいボウズ、これからは金も無いのに勝手に食ったりするなよ」

 

「うるせぇよ……!」

 

 少しばかりおどけた調子で苦笑する店主。本当に、もう気にしていないようだ。

 

 しかし、ルークとティアには居心地が悪い事だった。

二人は、店主への挨拶もそこそこに、その場を離れて本来の目的地へと足を向けた。

 

 目的地である教会を目指し、黙ったまま歩くルークとティア。

そして、その沈黙を破ったのは、ルークの少し前を歩くティアだった。

 

「ええと……、ルーク。その、なんて言ったら良いのかな……?」

 

「し、知らなかったんだから、シカタねぇだろ! その、なんつぅか、ウかれてて……。ココがマルクトだったコト忘れてたんだよ!それで、その……」

 

「あぁ……ええと、そうじゃなくて。ルーク……!」

 

 叱られると思ったのか、ルークは早口で言い訳を始めようとするが、ティアは珍しく少し強めの口調で、それを制した。

 

「ルーク。この機会に『買い物』の仕方を覚えましょう。知らないよりも知っていたほうが、きっと良いと思うから……。ね?」

 

 ティアは、言い聞かせるように、ルークに微笑み掛けた。

 

「う? ……うん?」

 

 ルークは、突然の言葉に訳も分からず、頷いた。

 

 

 

 ルークとティアは、やっとの思いで混雑する市場を抜け、エンゲーブのローレライ教会へとやって来た。

 ローレライ教団の特徴的な音叉型のシンボルを掲げた大きく立派な建物がそこにあった。しかし、周りは木造わらぶき、石積みの建物ばかりなので、妙に浮いていた。

 

「ここみたい……。入らせてもらいましょう」

 

「ああ……」

 

 大きな扉を、ゆっくりと開け、二人は聖堂に足を踏み入れた。

 そして、そこには「怪人」がいた。教団の法衣に身を包んだ筋骨逞しい大男だった。スキンヘッドで、片方の目にはアイパッチを付けている。

 大男は、ルークとティアの姿を認めると、傷だらけの歪んだ唇をさらに歪め、言った。

 

「ようこそ、神の家へ。何用かな?」

 

 見た目に反して、静かであるが、聞き易い落ち着いた声だった。

 

 ローレライ教団の教会は、ただ人々がローレライや始祖ユリアに祈りを捧げる為だけの場所ではない。

 病気や怪我の治療、孤児や貧困者の救済支援、教会同士の結びつきを利用した手紙(伝書鳩)や荷物のやり取り、巡礼者の宿の提供や支援、など多岐に亘る。

 

 ティアは嘘をつくのは心苦しかったが、担当預言士にルークの素性と超振動の件は伏せて、この旅を『不測の事態で準備もままならなかった旅』とうい事にして、『ローテルロー橋が使えなくなり、ケセドニア経由でキムラスカへ行けなくなった』という事を話し、バチカルへ向かう為に必要な最低限の費用と、『証書』を頼んだ。

 『証書』とは、ローレライ教団が旅の預言士に対して発行する『身分証明書』のような物である。

 この『証書』を持っていれば、関所や検問所、国境をスムーズに通る事ができる。そして、事件事故に巻き込まれたとしても『身の証』が立てられる。

 もちろん、野盗や強盗の類には通用しないだろうが、「有ると無いとでは全く違う」のである。

 

「変わった方だったわ……」

 

 ティアは、証書とガルドを物入れに大切にしまいながら、呟いた。

 

「ああ、オッカネェ顔なのにニコニコ(?)してて、スゲェ親切なおっさんだったなぁ」

 

「え……? ああ、そういう意味じゃなくて……」

 

 確かに「山賊の首領だ!」と言われたら信じてしまいそうくらい、凶あ……もとい勇壮な顔立ちをしていた。しかし、ティアは苦笑して首を横に振った。

 

「わたしが『変わっている』って思ったのは、あの預言士さんが『預言』に頼らなかった事よ。ほとんどの預言士……いいえ、この場合ローレライ教徒のほとんどは、ね……。それで、苦難や問題を乗り切る方法として『預言』を詠む事を薦めるの……」

 

「よげん? あぁ、あれか、『預言』か。誕生日にヨんでもらうヤツだよな? で……、なんでそうなるんだ?オレ、一回もヨんでもらったコトねぇからイマイチわかんねぇなぁ? よさ? みたいなのが?」

 

 ルークは、まさに「ピンとこない……」といった風に首を傾げる。

一方、ティアは、そんなルークに少し驚いていた。

『預言偏重』と言っても過言であは無い今の時代に、一度も『預言』を詠み授かった事が無いというのも、実に『変わっている』事だった。

 

 しかし、よく考えれば、ルークは屋敷から出る事が許されないのだから、必要ないといえば必要ないのかもしれない。

 

「わたしは、誕生日くらいしか詠んでもらわないけれど、凄い人は食事の献立も『預言』で決めているらしいわ……」

 

「めんどくせぇ……!」

 

「そうしたくなる程、『預言』はよく当たるって事かな……。でも、時々『良い預言』に安心してしまって、何の準備も計画もしないで、大変な目に遭う人もいて……」

 

 ティアは、複雑な面持ちで言い、

 

「『預言』自体は、ただの『道しるべ』でなんの『力』も『意味』も無いの。ソレに『力』と『意味』を持たせるのは人間自身だから……。あの預言士さんはソレをちゃんとご存じなのね」

 

「なるほどなぁ……。そうだよなぁ……」

 

 ルークは、一応頷いてはいるが、理解が少し追い付いていないようだった。

 ティアはそんなルークに苦笑し……、

 

「……さ、買い物に行きましょう。貸して頂いたお金だから、大切に使わないと……お買い物を覚えるには『お誂え向き』だけどね」

 

「よ、よぉし……。さんすうは苦手だけど、ノゾむトコロだ! やってやるぜ!」

 

 ティアは、気分を換えるように少しおどけた調子で話題を変えた。ルークは、それに妙な気迫で答える。

 

 ルークとティアは、再び市場へとやって来た。

 二人はまず、実戦的な武器を購入するために小さな武器屋へと入った。ルークは、木剣の代わりにほぼ同じ感覚で使える剣を選び、そして、ティアは儀式用の杖を下取りに出して、打突にも使える戦闘用の杖の選んだ。

 ルークとティアは、お互いに武器を持たせなけれならない事に「もっと力があれば……。」と、複雑な感情を抱いたのは言うまでもない。

 

 そして、道具屋で干し肉などの保存食、寝袋など細々とした旅の道具を購入した。

 嵩張らないように、荷物を小さな背嚢二つに詰めて、二人はそれぞれ一つずつを背負う。

 

「ルーク、重くない?」

 

「こんくらいラクショーだって! キタえてっからな! なんならティアのも持つぜ?!」

 

「大丈夫。わたしも鍛えているから」

 

 ルークとティアは、微笑み合った。

 

 買い物を終えた二人は、宿屋へ向かう事にした。

 

「まずは宿屋さんに荷物を置かせてもらって、一休みしてから、イシヤマさんにいろいろ見学させてもらいましょう。折角だから……」

 

「よっしゃ! 行くかぁ! 確か入口の方だったよな?」

 

「あ、ルーク……!? ふふ、元気だなぁ……」

 

 宿屋に向かって威勢よく駆け出すルーク。

ティアは、そんなルークを見て苦笑するしかなかった。

 

 

 

 ルークとティアは、宿屋の前にやって来た。

しかし、宿屋の入口前には、何やら人だかりが出来ていて通れない様だった。

 

「なにか有ったのかしら?」

 

「なんだろな? ……っかし、ジャマくせぇ。これじゃ、入れねえじゃんか……!」

 

 ティアは首を傾げ、ルークは悪態を付きながらも、宿屋の目前に集まった者達の話し声に、なんとなく聴き耳を立てた。

 

「駄目だ……。食料庫の物は根こそぎ盗られてる」

 

「北の森の方で火事が、あってからずっとだな。まさか……あの辺りに、脱走兵だかなんだかが隠れてて、食うに困って……」

 

「いや、漆黒の翼の仕業って線も考えられるぞ?」

 

 どうやら、宿屋の食料庫が何者かによって荒らされたようだった。

 

しかも、同じ様な事が立て続けに起きているらしく、声の端々からだけでも彼らの苛立ちがティアにも伝わってくる。

 

 しかし、となりの世間知らずの少年には、そんな細々しいことは伝わらなかったらしく……

 

「なんだ? 漆黒の翼って、食い物なんか盗むのか? あんなスッゲェ馬車のってんのに?」

 

 ルーク自身は、特に他意も悪意も無い素直な疑問を口にしただけなのだが……

 

「食い物なんかとはなんだ! この村じゃ一番価値のある物なんだぞ!」

 

 宿屋の主人らしき男は、ルークの「なんか」を『侮蔑』と受け取り、声を荒げた。

 

 確かに、農村なら農作物が『一番価値のある物』だろう。それならば、鉱山では採掘された鉱石、軍事組織ならば高度な戦闘技能や特殊技能を身に付けた兵士であろう。

 『一番価値のある物』は、その人の職業や生活環境によって、当然ちがってくる。

しかし、今の彼らは突然ふりかかった災難に、冷静さを欠いているのは明白だった。

 

「なにケチくせぇコト言ってんの。ぬすまれたんなら、また買えばイイじゃん」

 

「ル、ルーク……! そんな言い方しては駄目……!」

 

 少しムッとしたルークだったが、なおも『幼い理論』を、素直に口に出す。

そんな彼と男たちの間に入り、彼女にしては珍しく強めの口調でいさめるティア。

 そして、彼女は男たちにすぐさま頭を下げて、弁解をするのだが……

 

「すみません。わたし達は農業の事は疎いので……。ええと、それに彼はダァトの修道院から……」

 

「お前ら! 俺たちが、どんな思いで鍬ふるってると思ってんだ?!」

 

「え? い、いえ……ええと、そうじゃなくてですね……」

 

「はぁ? オレがしるかぁ! そんなモン!!」

 

「ルーク……!」

 

 売り言葉に買い言葉とでも言うのか……

屋敷から出る事が出来ず世間を知らないルークには、解るはずも無い心情ではあるし、宿屋の主人にも彼の特殊な事情も解るはずも無い。

実に『不幸な行き違い』だった。

 

 と、その時である。ルークとティアが、リンゴを買った食材屋の主人が駆けてきた。

 

「おぉい! ケリーさんのトコも泥棒にやられたって!?」

 

 どうやら宿屋の主人(ケリーというらしい)とは顔なじみらしく、食材屋は開口一番、ケリーに質問した。

そして、すぐに彼はルークとティアの存在に気が付いた。

 

「あれ? 預言士さんとボウズじゃないか? まさかボウズ。まーた食い逃げしたんじゃないだろうなぁ? ははは」

 

 些細な冗談に、ほんの軽口。

……のつもりだったのだろう、イタズラっぽい無邪気な笑顔の食材屋。

 

 しかし、それは今この場で一番言ってはいけない台詞で、その場にいる男たちの怒りに火をつけるのに十分な台詞だった。

 

「なに! って事はウチの食料庫をやったのもお前か!!」

 

「泥棒は現場に戻るって言うしな!」

 

「お前! 役人に突き出してやる!」

 

 男たちは怒りの形相を露わにし、ルークを取り囲む。

 食材屋の主人だけは、「何が何やら?」という表情で、状況に付いてこれない様子だった。

 ティアは、すぐにルークを庇うように男たちの前に飛び出した。

 

「まっ待ってください! 誤解です……! ルークは……!」

 

「邪魔すんな!」

 

「……!」

 

 男の一人が、ティアを突き飛ばした。ティアは転びはしなかったものの、タタラを踏み、大きく体勢を崩した。日頃から鍬を振るい鍛えた彼らの腕力は侮れない。

 

「ティア! このヤロウ!」

 

 ルークは反射的に腰の剣に手を掛けた。しかし、木剣から真剣に持ち替えた事を思い出した。

 ルークの脳裏に、魔物たちの死に様が現れては消える。正直に言えば、後味が悪かった。可哀想だとも思った。自分たちが来なければ、魔物たちは死んだりしなかったと……。

 しかし、「魔物だから……」「やらなければ、やられる……」と割り切れた。言い訳できた。

 

(コイツらは人だ……魔物とはちがう……)

 

 その躊躇いがルークの身体を素人のソレにした。

 あっという間に、男たちに羽交い絞めにされてしまう。

 

「さぁ、来い! 先生に懲らしめてもらう!」

 

「役人に突き出すのはそれからだ!」

 

「はなせよ! このヤロウ!!」

 

 男たちはルークを四人がかりで、担ぎ上げるようにして村の奥へと連れ去る。

 

「……ルーク!」

 

「ティアァァ!」

 

 なんの罪も無い男たちを打ち負かしてしまうわけにもいかず、ティアはただルークの名前を呼ぶ事しかできなかった。

 

 この不幸な『災難』が、ルークを、さらなる『運命の出会い』に導く。




 今回も地味な話でしたが、原作とは多くの場面を『地味』に変えてあります。如何だったでしょうか?
 ルークにとって、食材屋の件はともかく、宿屋の前の騒動に関しては、完全に濡れ衣で、彼の人生にプラスにはならないと個人的には思います。

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