ナタリアが大きな亀裂に落ちた時、イオンが悲鳴に近い声で彼女の名を叫んだが、アニスに庇われて後ろへと下がらされる。
ジェイド、アニスは冷静に戦闘態勢を整える。
「狭いここでは不利です。通路へ出ますよ!」
ジェイドは手品のような手付きで槍を出現させると、槍から電撃放ちながら二人に指示を出す。
アニスは「はい!」と答えるやいなや、イオンの手を引いて実験室の出口へと走る。
一方、ルークは『あぁ、くそっ! ナタリア! ナタリアっ!!』と叫んで、彼女が落ちた穴へと向かおうとするが、別人の身体が動くはずがない。
「落ち着けっ……。構造的にはそこまでの高さはないはずだ。お前の仲間が敵を引き付けていてくれる内に、我らは下に降りるぞ」
ジョン・ドゥは耐えるようにじっと動かず、譜業たちが騒がしくこの部屋を出ていくのを待っている。
「今だ! 行くぞ!」
彼は滑るように物陰から走り出て、穴へ駆け寄ると何の躊躇いもなく一気に飛び降りる。
洞窟の通路を走るアニスは背中からトクナガを掴み取ると背後へ放り投げると、トクナガは巨大化して、追いかけてくる譜業たちを迎え撃つ。
先行してきた数体の量産型タルロウを数体、その剛腕が殴り倒し粉砕する。
大型警備譜業が大股で疾走して、トクナガにブチ当たってきた。あたかも金属同士が、ぶつかり合う轟音が洞窟内を反響し鳴り響く。
さしものトクナガは少しよろける。だがしかし、すぐに体勢を整えて、がっぷり四つに組み合うと大質量同士がぶつかり合う。
『出力制限解除。出力制限解除。侵入者ノ皆サンハ直チニ殲滅サレテクダサイ。侵入者ノ皆サンハ直チニ殲滅サレテクダサイ。』
妙に丁寧で涼やかな大型警備譜業は関節から蒸気を噴出させ、岩肌へトクナガを押さえ込みに掛かる。
トクナガは堪えて、しばらくその場に留まるが、一歩、二歩と後退してしまう。
その間を縫って量産型タルロウが走り抜けてくる。
しかし、ジェイドはそれを見逃さない。構成していた氷の譜術を放った。
タルロウ達の足元の地面から巨大な霜柱が湧き上がり、彼らの足を凍り付かせる。
「これで時間を稼げます。アニス、そちらはお願いしますよ!」
ジェイドは周りの冷気に関わらず、額に汗をかきながらアニスに笑いかけた。
「はいっ!、行っけぇぇ、トクナガ!!」
アニスの気合と共に、トクナガが吼える。
トクナガは、その巨大な頭で頭突きを見舞い、大型譜業を引き離すと、右腕でその首を抱え込むと、鈍色の機械の身体を腰に乗せ、回転させるように投げ飛ばした。いわゆる所の『腰車』である。
「どうだぁ! うぉらぁっ!!」
アニスは、倒れ込んで、己の上下左右を見失た大型譜業に傲然と言い放つと、
「ダメ押しぃ! しゃあぁっ!! なろぉぉうっ!!」
トクナガは破壊の光を纏った両足で大型人形譜業の頭を踏みつけた。
「っ……ダアァァーーッ!!」
アニスの雄々しく上がる勝鬨と共に大型譜業はひしゃげ頭から火花を散らして、しばらく痙攣するように誤作動を起こし、やがて動かなくなった。
アニスは背後のイオンを振り返って、勢い良く親指を立てた。
「お……お見事です」
イオンは苦笑混じりに頷いた。しかし、不覚にも譜業人形たちに同情を禁じ得なかった。
一方その頃……
ナタリアは身体が揺らされているのに気が付いて眼を覚ました。
『お父様……?』
彼女は幼い頃のある時、父のインゴベルトの執務が終わるのを待っていると言って起きていた。結局、待ちくたびれて眠ってしまい、父王自ら抱き上げて寝室に運んでくれた事があった。
夢現の中、その時の揺れがとても心地よかった。その時に似ていて本当に懐かしい感覚……
心地良い感覚の中、ふと顔を上げて抱いている“父王”の顔を見る。
そこには見慣れた父の顔ではなく、血走ったような錆が浮いた異様な鉄の顔だった。
ナタリアは一気に夢から現実へと引き戻され悲鳴を上げそうになったが、咄嗟に自制心を働かせ、兜の人物を引き剝がそうと、手足を動かそうとする。
その時だった。手足に、身体のそこかしこに激しい痛みが走った。
ナタリアは苦悶の表情を浮かべ、身体をくの字に折り曲げた。
「急に動かない方がよろしいかと、王女殿下。そして、無断で御身体に触れた事をお詫びします」
兜の人物は低くもなく高くもない落ち着いた声音で言った。
「……貴方は……?」
「名乗る名もなき匹夫でございます。ジョン・ドウとでもお呼び下されば幸いです」
「はぁ……。わたくしはその……ご存知のようですが、ナタリアと申しますわ」
慇懃で紳士的な口調に反して明らかな偽名に数瞬の間、面食らったナタリアだったが、なんとか表には出さず名乗ることが出来た。
「ナタリア様。そこに警備兵のための椅子がございます。そこでお休みになられますか?」
「えっ、えぇ……」
ジョン・ドゥはゆっくりとナタリアを降ろし、紳士がするように机から椅子を引き、ナタリアを座らせた。
そして、彼は掌から小さいが緻密な譜陣が瞬時に描き出して、淡い緑に光る癒しの力でナタリアの身体を優しく包み込み、溶け込んでゆく。
丁寧な治癒術の構成。このジョン・ドゥという男は見た目に反して、高度な教育を受けた人物らしい。
第七音素譜術士としての素養を持ち、治癒術を修めた(と最近、そう思えるようになった)ナタリアにはそれが理解できた。
「ありがとうございます。だいぶ良くなりましたわ。これなら、足手まといにならないと思いますわ」
「はっ。しかしながら、出発はしかる後に致しましょう。此処は敵地の直中、油断は大敵かと……」
「そ、そうですわね。無理はいけませんわね! う、うふふふ……」
ナタリアは「ここは、少しでも打ち解けて彼の正体を探ろう」と考えたのだが……
ナタリアの話題は季節の挨拶から始まり、父王や家臣たちの話、そして見え隠れし始めた戦争の影に怯え、不安を訴える国民たち、それを解決できない申し訳ない気持ち。などなど様々な話をした。
だがしかし、仮面の男は冷徹に、「はっ……」「なるほど……」「それはそれは……」「確かに……」「その可能性も……」などと無味乾燥な返答で全て終了し、ナタリアの作戦は、ジョン・ドゥの一歩引いた姿勢によって、あえなく全て失敗してしまった。
今まで、海千山千のゴウツク張りな成金貴族や大商人から寄付や多額な融資を引き出して、もっともらしい理屈で様々な形で施策を行ってきたナタリアなのだが、その自信は崩れて去ってしまった。
それにしても、自分はどうしてこの黒衣の騎士の事が気になるのだろう。上手く言い表せないが、何か“焦り”のような感情が浮かんくるのだ。確かに異様な仮面が気にならないといえば嘘になるが、一応命の恩人であるのだし、わざわざ仮面をしている人間を詮索するのは非礼な事だというのに、どうしても自分の気持ちを抑え切れない。
「あの……その、ジョン・ドゥ。先ほどから気になっていたのですが……」
そんな自分に戸惑いながらも彼女は胸の内を話し出した。
「以前、どこかでお会いした事がありませんでしょうか? なんだかそんな気が致しまして。不躾を承知でお願い致しますけれど、その兜を脱いでお顔を見せて頂けないでしょうか? もしかしたら思い出せるかもしれませんわ」
と言うと「あくまでよろしければですけれど……」言い訳するように付け加えた。
ジョン・ドゥはほんの少し身を固くしたかのように立ち止まる。
「殿下、それだけはご容赦を……。この下は未熟さ故に、醜く歪んでしまっております。貴女のような可憐な女性にお見せするのが、堪らなく恥ずかしいのです」
とゆっくりと首を横に振り、自嘲的な声をもらす。
「なっ……! わたくしは国や持った考え方は違えど、誰かの盾となられた武人の傷痕を蔑んだり致しませんわ。それにわたくしは治癒術士ですわ!」
ナタリアは椅子から立ち上がって、少し声を荒げた。
「っ……痛た?!ぁいたたたっ……」
自分自身の事ながら“はしたない”声を出してしまったナタリアは、手頃な穴があったら入りたい……いや、もう穴に入るのはこりごりだ。
「お気をお沈め下さい。ナタリア殿下」
とジョン・ドゥは、治癒術の続きを唱え始めた。
治癒が一段落すると、彼はナタリアの前に跪くと、
「承知いたしました。お話致します。実はいつぞやの国境の小競り合いの折、治安維持を名目で神託の盾が介入いたしました。私はその際、一兵卒として参加しておりました。そこで敵の攻撃で、火に捲かれてしまいました。俗に言う火だるまという体になりました。そこで殿下がよこして下さった病院船《プリンセス・ナタリア号》で命を救って頂いたのです」
面頬を撫でて静かに話すジョン・ドゥ。
ナタリアが静かに息を飲むのを見て、彼はほんの少し間を置いて続ける。
「そして、傷病兵として後方勤務に就いていたある日の事です。さる筋の情報から、あの小競り合いは《預言》を理由によって起こされ、大詠師モースやヴァン・グランツめの自作自演の企てであった事が分かったのです……!」
ジョン・ドゥは床に突いた拳をより強く握り絞め、
「傷つかなくて良かった者たちが傷つけ、権勢を欲しいままにする者たち……。怒りに震えました。こうして私はいつか反旗を翻そうと、遠隔視の譜術などにて情勢を探っておりました。そして、起きたのが一連のルーク様が関わる事件です。その一行に殿下がおられる事を知って、居ても立っても居られなくなり、こうしてまかり越した次第です」
と仮面の下は苦々しい表情をしていると分かる声音で話す。
この"ジョン・ドゥ"という男の本心はナタリアには計り知れないが、その声音からだけでも心の底からヴァン・グランツに強い"憎しみ"あるいは“怒り”を抱いているという事は、はっきりと理解できた。
ナタリアは少しの間、眼を閉じて考え、
「……分かりました、信じますわ。今、ここを脱出するのは貴方の協力が必要です」
とジョン・ドゥを真っすぐに見詰めて頷いた。
「この仮面の下に掛けて、貴女をお連れの方々の下へお送り致します」
ジョン・ドゥはナタリアの前に膝を折ると、平伏せんばかりに頭を下げた。
こうしてナタリアは図らずも、忠義の騎士とまではいかないが、束の間のとは言え頼もしい冒険の道連れを得たのであった。
二人が通路をしばらく進むと、量産型タルロウが行く手に立ち塞がってきた。ジョン・ドゥはナタリアを後ろへ下がらせ、戦いが始まってしまう。
歴戦の凄みを感じさせる、禍々しく赤錆血走る黒い甲冑で全身を覆うジョン・ドゥであるが、その戦い方は少々見かけに反したものであった。
そう、それは譜術を主軸に置いた戦い方である。
辺りに稲妻が走ったかと思うと、雷によって形作られた光の剣でタルロウ達が薙ぎ払われる。
第三音素の譜術『サンダーブレード』だ。
そして、次の瞬間には逆巻く熱風と共に炎の槍がタルロウ達をまとめて焼き熔かし穿つ。
第五音素の譜術『フレイムランス』である。
殺到してくる量産型タルロウ達をジョン・ドゥは、鎧を着ているとは思えぬ素早い身のこなしで間合いを取り、無駄のない詠唱で譜術を撃ち込み、時々弾幕を越えてくるタルロウは、小剣を抜いて切り伏せ、その数を減らしていく。
ナタリアは剣に関しては全くの専門外だが、ルークやガイの剣術の稽古風景を見学した経験から、ジョン・ドゥの実力はその二人とも遜色がない程の剣と達者であろうと見る。
ジョン・ドゥは、譜術士は譜術士でも、剣はほとんど使わないもののルークが好きな活劇物の絵物語で言う所の《譜術戦士》あるいは《譜術剣士》とも言うべき存在であった。
一方その頃、ジェイド、アニス、イオンは迷路のような基地内を彷徨っていた。
「大佐ぁ~。しばらく歩きましたけど、下に降りる階段とか見つかりませんねぇ」
アニスがつないだイオンの手を不安そうに握り直しながら、呟いた。
ジェイドは懐中時計を取り出して、時間を確認し、
「そうですねぇ。ここは素直に“大隊”との合流地点まで戻って、彼らの手を借りた方が良いでしょう」
と「仕方がない」といった調子で肩をすくめつつ頷く。
イオンは彼の迷いを察したのか、
「ここまで基地を破壊したなら、隠密行動を気にする事もありませんよ。ジェイド」
と明るい調子で言う。
「それは確かに~。マクガヴァン元帥からもよくいわれたものです。『高い所にある物が必要なら、格好をつける事はない。大人しく梯子を使え。』って♪ これは効率的に物事を進めるべし、という例えで……」
その時だった。壁や床が激しく揺れたのである。
「……地震?」
アニスがアグゼリュスを思いだしたのか、不快な顔で言った。
ジェイドは右手を壁に置き、
「いえ、この壁の向こうで爆発が起きたようです。恐らく譜術による物でしょう。近いですよ」
見れば彼の双眸は淡い赤色の光を宿している。彼以外には見る事が出来ない“何か”を眺めつつ、先へと走り出した。
走る通路の先に見える壁が崩れて、煙を上げているのが見える。
ジェイドは風の譜術を唱え、煙を散らすと、
「アニス、トクナガでお願いします!」
とアニスに向かって手を振った。
「はい!」
彼女はイオンの手を離し、トクナガを掲げて瞬時に巨大化させると、彼を壁まで走らせ、その巨拳を壁の淵に叩き付けて、穴を広げていく。
果たして、そこには自分たちも襲われた機械人形の残骸の向こうに錆びた赤黒い鎧を全身に身に付けた異様な男が立っていた。
アニスは先手必勝とばかりに巨大な腕を振り上げて、男に躍りかかる。
彼はすかさず剣を抜き放ち、トクナガの腕に深々と切り裂く。トクナガは剣を抜かせず、男を壁に叩き付けようと腕を振り抜いたが、男は重装備とは思えぬ身のこなしで飛び退き、距離を取る。
見れば、身に付ける鎧と同じように錆の浮いた粗末な剣である。
ろくな手入れもされていないであろう刃で、戦闘用へと変化したトクナガの表皮を切り裂いた上に剣を折らずに使ってみせたこの男は『只者ではない……』と、剣術はかじる程度のアニスでも理解できた。
「待って! 待ってくださいましっ!!」
と女性の声でその攻防は止められた。美しい金髪が踊らせて、トクナガと男の間に割って入った。
アニスは慌ててトクナガを急制動させて、その女性を見る。
「彼は違うのです! 助けて下さったのです! わたくし達の味方ですわ!!」
ナタリアだ。衣服はだいぶ汚れているが間違いない。
「やぁ、無事でしたか」
ジェイドが手槍をいつでも投げらるように構えながら、進み出た。
「はい、彼が……《ジョン・ドゥ》が治してくれましたわ」
ナタリアが「この通り」と言うように両手を掲げて、仲間たちに笑いかけた。
ジョン・ドゥは壁の向こうから現れたイオンを認めると、剣を納め膝を折り跪き深々と頭を下げる。
「……導師イオン……」
「ごきげんよう。ナタリアを助けて頂いた事に感謝します」
ほぼ無言で首を垂れる赤黒い鎧の異様に、イオンは少し戸惑った顔をしたがすぐに笑顔を作って、
「ここは礼拝堂ではありませんので、どうぞ、楽にして下さい。ジョン・ドゥ……、その出で立ちを見るに、貴方も神託の盾“であった”のですか?」
と鷹揚に返礼したが、心なしか距離を取っているようだ。
「はっ……」
ジョン・ドゥは折り目正しく立ち上がってたが、楽とは言えない「気を付け」の姿勢を取っている。
アニスがイオンの前に進み出て、いつになく固い表情で名乗って敬礼した。彼女はどう考えても偽名を名乗る不気味な仮面の男を警戒しているようだ。
ジェイドも気さくな調子で名乗り、
「少し古いですが、良い兜です。めっちゃくちゃカッコイイですねぇ~♪ しかし、この暗がりで大丈夫ですかぁ? 前、見えてます?」
言いつつ、ラフな敬礼もそこそこに、自分の顔の前であるが手の平を“ひらひら”と上下に揺らす。
解かり易い安い挑発だが、ジェイドには始めからそれを隠すつもりはない。
ジョン・ドゥは敬礼して、「はっ、これは……」と言いかけたが、
「大佐、無礼ですわ!」
というナタリアの声が遮った。
ジョン・ドゥはそんな彼女の方を振り向いて
「ナタリア様、お気遣い無用……」
と静かに呟き首を横に振る。そして、ジョン・ドゥはナタリアにも話した自分が何者でどうしてここにいるのか、そして仮面の経緯を話した。
「おぉう、運命的な展開ですね~」
アニスは手を組んで、眼を輝かせて、イオンに笑いかけた。
イオンは「えぇ」と笑い返して、
「お身体を大切に……」
ジョン・ドゥに対して聖印を切った。
「なるほど、遠隔視ですか。あれは高度なんですよね~」
ジェイドだけは全く変わらない調子で胡散臭く微笑んでいる。
「は……、身体の自由が効かない期間が長かったため、譜術の習得に注力しており……」
ジョン・ドゥが生真面目な返事をしたその時だった。
洞窟全体が大きく揺れた。
「今度はホントの地震!?」
アニスがイオンの側へと走る。ジョン・ドゥもすかさずナタリアの脇に立って、転ばぬように手を差し伸べて、
「今の地震は……、アクゼリュスの南側、南ルグニカ地方が崩落あるいは地盤沈下したのかもしれません……」
押し殺してはいたが、悔しげに呟いた。
「そんなっ、なんで?!」
「南ルグニカを支えていたセフィロトツリーを、ヴァンが消滅させたのですから。今まで他の地方のセフィロトでかろうじて浮いていた物が、そろそろ限界なのでしょう」
うろたえるアニスに対して、ジョン・ドゥは飽くまで冷静に分析するように話す。
イオンは軽く喉を鳴らして、
「他の地方への影響は如何です?」
と尋ねる。少しでも
「当然、いずれは何らかの形で影響を及ぼすでしょう。外郭大地自体は、文字通り“地続き”なのですから『残ったのはセフィロトツリーだけぇ!!』という可能性も……。いやぁ、興味深いですねぇ~、個人的にデータ収集したいです。実に興味津々のシンですねぇ~……」
考え込む様子のジョン・ドゥの代わりにジェイドがいつもの気楽な調子で答えると、ジョン・ドゥの方に首を傾げてみせた。
ジョン・ドゥは静かに頷くと
「神託の盾が導師をさらって、アクゼリュス以外のセフィロトの扉も開かせたのを覚えておいでですか?」
と推測を口にする。
「ええ、もちろんです……。しかし、扉を開いたとしてもパッセージリング自体がダート式封咒で封印されています。ボク自身もですが、誰にも使えないはずです」
イオンは何か不吉な考えが浮かんだのか、少し青ざめて首を横に振った。
「ヴァン謡将は、何らかの方法でそれを解くか、封印を掻い潜り無視する方法を見つけ出したのでしょう。」
ジョン・ドゥはイオンを落ち着かせるように静かに答える。
「ジョン・ドゥさんの遠隔視で確認できないんですかぁ?」
「謡将の周辺には譜術的防壁が何重にも張られておりますので、残念ながら」
アニスの疑問に、ジョン・ドゥは申し訳ないという声音で答えた。
「当然の措置ですね。それで彼の目的は……さらなる外殻大地の崩落ですか?」
ジェイドは推理小説の先を予想するような話し方でジョン・ドゥに尋ねた。
彼は生真面目に彼の方を向き直って
「おそらくは。私が調べた所によると、次はセントビナーの周辺のようです」
と答えた。
とその時、それまで皆の会話に入れずヤキモキしていたルークにジョン・ドゥが“声”を掛けてきた。
「ルーク。どうやら時間がないようだ……。ここからは二手に分かれて行動しよう」
「えっ? あぁ、俺はどうすりゃいいんだ!?」
ジョン・ドゥの指示で冷静さを取り戻すルーク。ルークはふとジョン・ドゥは師ヴァンに似ていると思った。
「お前はマルクト領を目指せ。脅威を知らせるのだ……」
ジョン・ドゥはそんな考えを知らぬふりをして、続ける。
「知らせるっつったて、そんな事できるか……?」
これまで、父や伯父の影響力のおかげでここまでやってこれたのだと思ったルークはつい弱音を吐いてしまうが、弱気になるなと思い直して、
「いや、『やんなきゃ』だなっ!」
「あぁ、頼む……」
わざと発破をかけるように強気に言い放つルークに、ジョン・ドゥが微笑するように頷く。
その時だった。ルークの意識がジョン・ドゥの身体から離れ、どんどん遠ざかっていくのを感じた。
遠くから聞こえてくるようなジョン・ドゥの声がルークの耳に届く。
「……いずれ直接会おう。我が“同志”ルークよ。全ての決着が付き、お互い生きていれば二人で茶でも飲もう。お前に引導を渡されるにしても、少し時間をくれ」
分厚い面頬の裏でジョン・ドゥが柔らかく微笑むのが見えた……いや解かった気がした。
そう思った一瞬の後、ルークの感覚があたかも突風に飛ばされた木の葉のように急に遠のいていく。
遥か彼方でジョン・ドゥが気安い友人にするように軽く小さく手を挙げる仕草を認めた瞬間。
ルークはとても長い長い眠りから眼を覚ましたのだった。
皆さん、お久しぶりです。
流行に乗り遅れる事五年、今さら新型コロナに感染しまして、(家族全員順々に移していくという事もあり)更新が遅くなりました。申し訳ありませんでした。
健康がこれ程ありがたいという事を再認識しました。
さて、今回のお話はナタリアのヒロイン度が高めでお送りしました。拙作の性質上、彼女は不遇の存在になってしまいますので、時々こういうシーンを入れていきたいと考えています。
そして、戦闘シーンが多めでした。タルロウ大進撃!!というのも書きたかったのですが、あまりにも脱線するのでこの程度に抑えて、トクナガとの戦闘描写に抽出させました。如何だったでしょうか?
また、ジョン・ドゥの昔語りの回でもありました。仮面キャラのお約束ですね。
それでは、皆さんもご健康に気を付けてお過ごし下さい。