ルークは長い……いや、意識はあったのだから短いのか?、とにかく眠りから目を覚ました。
そして、そこは見慣れない部屋の寝台の上にだった。
質素でこじんまりとしているが、掃除が行き届いていて温かみのある内装……いや、見覚えはある(もっともルークの眼で直接見たわけではないので、言い回しが難しいのだが……)そこはユリアシティのいずこかにあるティアの家の一室で間違いなかった。
ルークはゆっくりと身体を起こした。
しかし、上半身を起こしただけで言いようのない体の違和感に立ち眩みを覚えて、それ以上動く事が出来ない。まるで、身体の大きさに合わない小さな服を着込んでいるかのようだ。身体の動かせなかったジョン・ドゥとの奇妙な旅の数日間で、手足が萎えてしまったのか、それとも“あんな状態”にあったためにルークには分からない不都合が生じてしまったのかと不安になった。
ルークは鈍った身体を解すために擦りながら、寝台から足を降ろすとゆっくりと立ち上がった。
綿を踏みつけてしまったかのように覚束ない足を“腹に力を込めて”押さえ込む。
なんとか転倒せずにすんだが……
これから先、どれだけ無様をさらし、痛みや苦悩に苛まれるかのかも分からないが、今この瞬間の“最初の一歩”を無様な物にはしたくなかった。もしそんな事になったら、これから先の何もかもが上手くいかない気がしたのだ。
と、その時である。部屋の扉が静かに開いたかと思うと、桶をひっくり返して水をぶちまけたような音が響きわたったではないか。
「……ルッ、ルーク!」
果たして、そこには驚きと喜び或いは慈しみ、その他さまざまな色がない交ぜになった複雑な顔をしたティアが立ち尽くしいる。
見れば彼女の足元は、派手にこぼれた水……いや、お湯(僅かに湯気が立っている事から、それが分かる)でずぶ濡れだった。その真ん中で桶が落とされた事を抗議するように“ぐわんぐわん”と回っていた。やがて、一緒に落ちたらしい濡れた白いタオルに受け止められて、動きを止めた。
「ティア……。えっと、その、おはよう……で良いのかな? ごめん、心配かけて……。と、それより火傷とかしてないか?」
後悔と罪悪感から“会わせる顔がない”という気持ちと“ただ会いたかった”という気持ちがせめぎ合って、上手い言葉が出てこずに、我ながら間抜けな質問だと頭を抱えるルーク。
ティアは、ルークの質問には答えず……いや、答える余裕がないのか、ただ頷きながら彼に駆け寄る。
「あぁ、ルーク、良かった……。良かったわ、もう目を覚まさないんじゃないかって……」
と駆けよるが、強く抱きしめるでも、泣いて縋りつくわけでもなく、ルークと向かい合い、そっと労わるような手付きでルークの寝間着の袖に触れる。
「本当に、良かった……」
ルークにはそれが忌避や嫌悪から触れないのではなく、ただルークの心身への労わりからであるのは明らかであった。
だがルークは、それが嬉しいような、もどかしいような的確に言い表す事が難しい感情を抱かずにはいられなかった。
ルークは『オレ、何考えてんだ!』と頭を掻くと、
「そ、そうだ! 大変なコト起きるかもしんねぇんだ!!」
と照れ隠しに早口で話し始めた。彼は矢継ぎ早に、しかし自分では精一杯冷静に順序だてて、仮面の男《ジョン・ドゥ》と共に見聞きした事を話す。
深い眠りから目覚めたばかりのルークが、知り得るはずがない事柄を詳細に話す様子に「戸惑うしかない……」といった表情のティア。
昏睡のために記憶が混乱しているのかとも思えるが……
しかし、しかしである。
大量の人間レプリカの大規模な騒乱による世界秩序の転覆の可能性。
巨大な……島あるいは大陸のような大きな物をレプリカへと複製させての、世界支配権の簒奪の可能性。
普通なら「まさか……」と思う事だろうが、アグゼリュスでの兄の姿とこれまでの神託の盾の行動を思い返すと、全て偶然で思い違いだと考える方が異常であろう。
しかも、その計画を実行しているのが、あの若くして謡将へと上り詰めたヴァンである。
戸惑いが、恐怖と深い悲しみへと変貌するのに時間はかからなかった。
だが、ティアの冷静沈着な一部分が、努めて強い自制を促す。
「落ち着いて、ルーク。それが本当ならジェイドさんに合流しないと……」
「そんなの時間がねぇよっ! 直接セントビナーへ!!」
落ち着いた口調で諌めつつ考え込むティアに、ルークは苛立たしげに叫ぶ。
“八つ当たり”“理不尽”とも言っても良いルークの怒りにも、穏やかにだが、毅然とした声音で答えた。
「ルーク、今の私達には何の伝手も後ろ盾もない。セントビナーの責任者であるマクガヴァン中将と一度お会いしただけの部外者よ。少なくとも、ジェイドさんが一緒でないと信じてもらえないわ」
「あ、それは……。それはそうか、うん……」
「はは……。オレ、ちっともわかってないな。他人の言葉ばかりに左右されて、何が起こっているのか自分で理解しようともしないで……。ヴァン師匠が言ったから、アッシュが言ったから……って、そんな事ばっか言って」
ルークの怒りの感情がみるみるしぼんで、情けない気持ちになっていく。
「オレ、今まで自分しか見てなかったんだな……。いや、自分も見えてなかったんだな」
「ルーク、そんな……」
泣きそうな声で呟くルークに、ティアは首をゆるゆると横に振って、彼の肩に手を軽く触れる。
ルークはその肩にぐっと力を込めて、
「オレ、変わりたい。……変わらなきゃいけないんだ」
と力みばしった声で言った。
ティアは形の良い眉をしかめて、
「ルーク。そんなの不自然よ。おかしいわ……」
と悲しげに言う。
「不自然でも何でも変えなきゃ駄目なんだ。アグゼリュスの事、謝って済むならいくらでも謝る。俺が死んでアグゼリュスが復活するなら……ちっと怖いけど……死ぬ。でも現実はそうじゃねぇだろ。償おうったって、償いきれねえし。だからオレ、自分にできる事から始める。それが何なのかわからねぇけど、でも、本気で思ってんだ。変わりたいって」
ルークは震えた声で答えると、ぎゅっと歯を食いしばって涙をこらえる。
「焦らないで、ルーク。あなたの『変わる』は今までの全部を『否定』する事よ。そんな『変化』は『作り物』よ」
「だってオレは……アッシュのレプリカだから、初めから作り物……」
ティアの優しい言葉も今のルークには疎ましく、捨て鉢な調子で言った。
「いいえ! ルークはルークよ。もうアッシュとは違う人。貴方は貴方のままで、変えていけば良いの」
彼女にしては珍しく強い口調でルークの言葉を遮ったティアはもう涙声だった。ルークよりも先に泣き出してしまいそうだ。その表情を見たら、ルークの涙は奥に引っ込んでしまった。
ルークは今までの激情から解放され、平静を取り戻して少しの間考え込む。
「オレはオレのまま……っか。ティア、確かナイフ持ってたよな?」
ルークはそれまでの鬱屈を消すように微笑んで、
「ちょっと貸してくれないか?」
とイタズラの道具を求めるように手を伸ばした。
「えっ、なにをするの……?」
表情を硬くしたティアは法衣のナイフが隠された部分を押さえて、ほんの少し後退る。
「あっ! いや、ちがうちがう、ハハハっ。馬鹿な真似なんかしねぇさ!」
反対にティアを安心させるような調子のルークの微笑みを見て、彼女は少しためらったがナイフを手渡した。
僅かに震えるティアの手から受け取ったルークはしばらく何かの想いを込めるようにナイフを見詰める。
そして、自らの髪を束ねて刃を当てる。
「ル、ルークッ!」
ティアは“ハッ”として、手を伸ばそうとしたが、ルークは躊躇いなくザックリと引き切る。
「これで今までのオレとは『さよなら』だ……」
ルークは掴んだ髪をぐっと顔の前に掲げてみせて、力強く微笑んだ。
ティアは少し困ったように微笑み返す。
その笑顔で“儀式”は終わったというようにルークは腕から力を抜く。彼の手から離れた髪が風に舞って消えていく。
「これからの俺を見ていてくれ、ティア。それで判断して欲しい。……すぐには上手くいかねぇかも知れない。間違えるかも知れない。でも、オレ……変わるから」
ルークは真っすぐな眼でティアを見る
彼女はほんの短い時間、眼を逸らしたが、意を決したようにルークを見返して、
「……わたしは……わたしもルークと一緒に闘います。わたし自身の手でお兄様……いいえ、ヴァンデスデルカ・ムスト・フォンデを止めなくちゃいけないと思ってる」
と少し震えていたが強い調子で言い
「正直に言えば……、心のどこかで『あんな事をしでかした兄が悪い』『何も気が付かなかったお爺様が悪い』『騙された皇帝陛下や国王陛下、大詠師様が悪い』。なんて、ズルい考えが浮かんだ……」
眼を閉じて、懺悔するように続ける。
「“騙された”というのも、兄の本音を理解できずに寄り添えなかったというのは、わたしも同じ」
「いいえ、唯一の肉親であるわたしは、きっと……もっと悪い。苦しんで、助けを求めていたはずの家族を見捨てて、その結果、たくさんの人達の人生を奪って、更にこれから増やそうとしているんだから……」
「わたしも……変わらなきゃいけない」
「いや、ティアの場合は色々違うんじゃ……」
「ダメ……、ルーク。わたしを甘やかさないで……」
「だから、ルークもわたしの事も見張っていて、意気地なしのわたしを。貴方に負けないように頑張るから……!」
ティアはルークの右手を取って、彼女の幾分小さい両掌で優しく包み込んだ。やはり、どこか遠慮がちであったが、ルークにはティアの確かな決意と彼への慈しみを感じる事ができた。
大変お待たせしました。今回は私なりの『断髪イベント』を描きました。如何だったでしょうか?
皆さんは、レプリカ、コピーや模造品というとどのようなイメージを持ちますか?
私はそれもそれなりに求められた存在価値があるのだと思います。(もちろん、悪意を持って造られたなら、考える必要がありますが)
以前、地元の博物館で職員の方(ボランティアガイドの方だったかもしれませんが)にお話を伺う機会がありました。
その折に観ていた恐竜の化石が、型取りして造られたレプリカだと分かり、私は失礼にも「レプリカかぁ~」と呟いてしまい、ちょっと叱られてしまいました。
曰く、例えレプリカでも二つとない貴重な標本の『貴重なレプリカ』で世の中に知見を広げるための大切な物だそうです。もちろん、金額も馬鹿にできない物だそうです。
化石のレプリカという物は、標本に石膏を塗って造るため、本体の標本にもそれなりにダメージがあるそうで、気軽にたくさん造れる物ではないそうです。
そんな『貴重なレプリカ』に思い出など心情的な付加価値が付いたなら、そのお値段は『プライスレス♪』でしょう。
私が何を言いたいかと言うと、何故、本物と複製と比較してどちらに値打ちがある、ないと簡単に言えてしまうのかと制作陣に問いたいです。
と明らかに“ルーク派”の私は思います。(これを世間ではえこ贔屓と呼びます……(笑))
訳の分からない長い話をしてしまいました、すみません。