ダアトがあるパダミヤ大陸には北の山地から大陸をほぼ縦断する川がある。
その川の源流となる場所、すなわち最初の一適が湧き出る泉は山間の広く高い崖地に囲まれた、ぽっかりと丸い“くぼ地”のようになっている。
泉を中心に瑞々しい緑の草木に彩られた何とも美しい場所であろうか。
泉が湧いている。泉は人が優に数人は入る事が出来そうなほど大きな物だ。
崖地、くぼ地と言っても荒れた印象や急峻な印象はなく、あちこちに木が茂るほど開けており、しっかりと整備されていて、そのまま“景勝地”にでもなりそうな場所であるが、そこは表向きにはローレライ教団の儀式に使う清浄な水を汲む為の神聖な場所、実際は教団の機密の一つであるユリアシティへの出入り口であるから、一般人の立ち入りは禁止されているため、人影はない。
……しかも、魔物も出没する可能性もある鍾乳洞を通らなければならないので、人影がないのは当然と言えば当然のことかもしれなかった。
その時である。
くぼ地の奥の泉が光を放ち始めた。そこに唐突に光が人の姿をとって現れる。しばらくして光が弱まるとルーク達三人と一匹の姿へとなったではないか。
「みっ、みゅうぅ~~!?」
「おっとと、こりゃあっ……。あははは」
ミュウが驚いて甲高い声を上げる。するとコゲンタが、すかさず抱き上げてやる。
「うわっ、わっ! い、いきなり水ん中かよっ!?」
ルークはのっけから足が濡れるのは縁起が悪いような気がして、バタバタと足踏みしが……。
「……ふふふ。大丈夫、濡れたりしないわ。不思議でしょう?」
ティアはその場で足を軽く足鳴らしてみせると、軽やかに岸に飛び移った。
そんなティアが新調した白いローブを翻す様は、どこかの絵画や、なにかの物語を想わせるほど美し……いや、絵になるというか、様になるというか、なぜか胸中で慌てて言い訳しつつ、誤魔化すようにルークは足下の泉と光に視線を移す。なぜ誤魔化したのかルーク自身にも、もちろん解らなかった。
「へぇ~、ほんと不思議なモンだなぁ~、ヘンなの~。ハハハ」
「ですの! ですの~!!」
しかし、“光る水の足場”に興味を抱いたのは本当の事だ。ルークとミュウはしゃがみ込んで、泉の底を覗いたり、水の感触を確かめるように指で突いたり掌で感触を確かめたりしていたのだが……
「光が灯っている間、ずっと立ったままじゃなければだけれど……」
そんな二人を少しの間ほほえましく見つめた後、悪戯っぽく首を傾けティアは告げる。
「えっ!? はっ、早く言ってくれよっ!」
ルークはミュウを頭の上に掲げて、先程よりさらにバタバタと慌てて飛び降りる様に泉の上……いや、光から離れる。
そんな三人……いや、二人と一匹やり取りを「あははは」と優し気に、実に楽しそうに笑いつつも、さっさと泉から離れるコゲンタ。
「さぁ、行きましょう」
ティアは気を取り直したように真面目な声にして、
「ここから出れば……、この『アラミス湧水洞』に入ると、魔物も出るわ。教団の管理する場所で道は整備はされてもいるけれど、気を引き締めて行きましょう……!」
と大きな洞窟の入り口を指差し言う。
「お……おうっ!」
ルークは腰に吊るした剣を掴むと、柄の感触を確かめる。
コゲンタがそんなルークを振り返って黙って大きく頷くと、前に先頭に立って洞窟へと躊躇の無い足取りで入っていく。それにミュウを頭に乗せたルーク、その背中を守るようにティアが続く。
アラミス湧水洞には、巨大な胴体に短い手足が生えたような半魚人(?)、鈍色の巨大な蟹、大きな顎を持つ二足歩行の恐竜(?)などが生息しており、何度か遭遇して戦う事になった。
ルークはコゲンタの助言を頭に思い浮かべながら、手足を切って怯ませて、「崩襲脚」や「烈波掌」などの体術で叩きのめし撃退していった。
少し傷を負ったが、自分でも上手くいったと気がして、傷の痛みなど何ともなかった。戦いが終わると、ティアはすぐに治癒術で傷を癒してくれ、コゲンタは先程の戦いを例に上げて、どう動けば良いか、こうすればもっと良くなるなどの助言をしてくれた。
多少“手応え”のような何かを得たような気がする。だがしかし、獣や魔物なら適当な手傷を負わせれば、戦意を削げるし退いてくれるかもしれないが“悪意”や“執念”、“使命感”を持った『死を厭わない者』『命を賭した者』相手には人間はもちろん、獣や魔物であっても“心”“感情”はある、全てが通用するものではないのは、ルークにも理解出来た。
そんな事を幾度か繰り返して、ある通路に行き当たった時、一人の人物が座り込んでいるのが目に入った。暗がりで良く見えないが、大柄で剣を帯びているのは分かった。
三人はさっと臨戦態勢に入り、ミュウは物陰に隠れる。
座り込んでいた人物は、三人の気配に気が付いて、ゆっくりと立ち上がった。その姿には気負った様子も敵意は感じられない。
「よぉ、ルーク。元気に……なったのか?」
その人物は、誰あろうガイ・セシルであった。ルークの無二の友人だと思っていた青年である。本来はアッシュの友人という事になるのだろう。
かくして、ガイは整った顔を少し気まずそうに曇らせて、ルークに向けて手を軽く挙げる。
「へぇ……、髪切ったのか? いいじゃん、さっぱりしててさ」
ガイも自身の後頭部を撫でながら、気軽な調子を装ってルークの方へ歩み寄る。気まずさを誤魔化そうと苦闘しているのがありありとルークにも解った。
ルークも、もう何年も会っていないような懐かしさに突き動かされて、歩み寄ろうとしたが、それにも罪悪感が浮かんで数歩で立ち止まる。
「えぇと、あぁと、オ、オレ……。あの、その……そ、その“ルーク”……じゃなかったからさ……。うん、じゃないから。は、ははは……」
何をどう表現したら良いか解らないながらもルークは苦い物を口にしたような顔で言葉を絞り出し、眼を逸らし俯く。
自分自身の認識が一から十まで否定され崩壊した状態であるのだから無理もない。むしろ、こうして曲がりなりにも笑って(悲壮な苦笑いではあるが)話せているのが奇跡的な事なのかもしれなかった。
ガイも微笑みを一気に辛そうな顔に変え
「辛い思いを、させちまったよな……」
ルークと同じような顔で眼を逸らして俯き、奥歯を嚙み締めた。
しかし、それも数瞬の事でルークの眼を真っ直ぐに見詰めて口を開き、続ける。
「でも、俺にとってはお前がルークだ。それ以外考えられない」
「でもオレ、レプリカで……」
これまで見せてきた快活な笑顔とは違う、包容力を感じさせる優しげな笑顔を向けるガイに、ルークは喜べば良いのか、悲しめば良いのか分からず、ゆるゆると首を哀しげに振る。
今のルークには、どんな慰めや励ましの言葉も皮肉や嫌味にしかならないのかもしれない。
「お前の今の気持ちは、俺には想像できない……できるわけがないっ……」
ガイは何度も頷いてから、俯いて言葉を選ぶようにな顔をすると
「でも、あっちはその名前で呼ばれるのは、どうも嫌がってるんだみたいだったし……。そもそも、今は何処かにまた雲隠れしちまったみたいだし、貰っちまっても良いんじゃないか? ハハハ」
と悪戯にでも誘うような顔になって言った。
「も、もらっちまえって……。そんないい加減な……」
予想外の発言に口をへの字に曲げるルーク。笑えば良いのか怒れば良いのか、二の句をなんと続けて良いのか解らない。
「随分、生真面目になっちまったんだな……。これじゃいつもとあべこべだな……」
苦笑いしかけるガイだったが、そんなルークの急な変化は“自分自身の所為”であることを思い出し苦笑を消して続ける。今度は苦笑いではなく、ルークを気遣うための微笑である。
「……だいたい、名前がなくちゃ不便だろう? 今さら、お前を違う名前でなんて呼べるかよ。たぶん一番苦労するのはお前だと思うぜ? 呼ばれているのが解らなかったりしてさ。だから、なっ! ハハハ」
ガイは大袈裟に手を持ち上げて、頭を掻くとルークに笑いかける。何んでもない事のように……
「そう……ね。ルークはルークよ。わたしと旅をして、何度も助けてくれたのは、他の人でもない貴方だけ……ルークだけだから」
そんな二人を背後で見守っていたティアがはにかむように優しく微笑んだ。
「わしは歳のせいか新しい事を覚えるのが辛くての……。今まで通りにしてくれぬかのぅ? のう、ルーク殿よ」
ティアの隣でわざとらしく情けない声を上げるコゲンタ。
「二人も、ああ言ってるぜ? なっ、ルーク」
「あぁ……うん。ありがとう、ホントにホント、ありがとう……」
先程の悪戯の続きを話すような口調で肩を叩くガイに、ルークは涙ぐんで礼を言う。
ガイはそれに眼を見張って、
「本当に少しの間に変わったな……俺は今まで何やってたのかな?」
と嬉しさと寂しさ、罪悪感がない交ぜになった表情で呟いた。
ルークは涙をグイッとこすって、
「どうして……オレを待っていてくれたんだ?」
と不思議な事を思い出したように言う。
「そんなの……友達だろ。お安い御用ってヤツさ」
ガイは笑って片眼を瞑ってみせる。
「おまえさ、覚えてる? おまえが誘拐された後だから……」
努めて明るい調子で言ったが、失言だった事に気が付いて、
「いや……、誘拐されたのはアッシュだから、おまえが生まれてしばらくしてからって事だな。ややっこしいよなホント。ハハハ……」
彼は形の良い眉を寄せて、実にわざとらしい渋い表情をしてみせた。おどけてルークを笑わそうとしているのだろう。
「ちゃんと言葉やら何やらを覚えて、何だかんだ落ち着いた頃に『記憶なくて辛くないか?』って聞いたら、おまえ『昔のことばっか見えてても前に進まない』って言ったんだ。だから、過去なんていらないって……」
彼は過去を思い出すように虚空を見上げてつぶやく。先程までのわざとらしい表情はなりを潜め、心から昔を懐かしむかのような表情と口調に、ルークへの憤りや嫌悪のような物は含んでいないのはルーク自身から見ても明らかである。
「ははは。やっぱバッカだったなぁ、オレ……」
ルークはくしゃくしゃと髪を切ってだいぶ軽くなった後頭部を掻くと、少しの間、黙ってゆっくりと瞬きをする。
「記憶なんていらないんじゃなくて……。最初から“無かった”んじゃんかなぁ……」
と乾いた笑みを浮かべた。確かに顔と口調だけは笑っているが、悲しげな色は少しも誤魔化せていない。
そんなルークをガイとティアは今にも泣きそうな顔で、コゲンタは「痛ましい……。」という顔で見守っている。
「いや、結構真理だと思ったね。俺は……」
そんなルークの肩にガイは手を置いて、二ッと笑って続ける。
「本当に辛かった……だろう? 色々……とさ」
と心の底から労わるような口調で先ほども言った旨を敢えて繰り返して、付け加えた。
「……そんなこと言えるかよ。オレのせいでみんな死んじまったのに……」
ルークは少し労わりを拒絶する口調になる。
「あれは、お前だけのせいじゃない。お前が悪いなら俺も悪い、俺も同罪だ。だいたい、それに……」
「お前は関係ないだろ」
ガイはゆっくりと顔を横に振った。それは自分に言い聞かせるかのようだ。そして続けようとするガイの言葉を遮るようにルークは少し軽く答えれている気がした事とガイまで自分の罪に巻き込む事が嫌で、それに噛み付く。
「いいや、俺もお前に言えないような事がある。罪を背負ってる。お前のと俺のじゃ、大きさも形もまるで違うだろうけど……。俺ももう逃げない、一緒に償おう。償わせてくれっ……!」
ガイはさらに首を横に振って、噛んで含めるように押し殺した口調で言った。
ルークはようやく落ち着いて、すぅっと息を吸いこむと続ける。
「アグゼリュスのコト……、どう償ったら良いだろう?」
俯いて、一人でいくら考えても分からなかった悩みを口にした。
「難しい事だわ。ただ謝れば良い話ではないし」
ティアはまるで自分の事のように真剣な顔で頷いて、口元に手を当てて考え込む。
「そうだのぅ。謝る事も大事なのだが、謝られた方も困りモンだろうのぅ……」
コゲンタも腕を組んで、虚空を見上げる。
「困る……? どうしてだ?」
そんな彼を、彼が見ている虚空を見上げて、少し間延びした調子の声を上げるルーク。コゲンタを困らせようとしたのではない、本当に分からなかったのだ。
「失ったものが大きいほど、人は誰かを恨まずにはおられぬ。その感情は極上の酒のように甘美での。謝られても『はい、そうですか』とは手放せなくなるのだよ」
果たして、コゲンタは本当に困ったように苦笑した。
ルークは「酒の味なんて知らないよ」とも思ったが、その表現に生々しさ、底知れぬ恐ろしさを感じて、口を挟まない。
「生涯忘れる事なく責任を負い続ける事でしょうか? いいえ、漠然としていますね」
代わりにティアが生徒が教師に質問をするような口調で返した。
コゲンタは少し間、眉を顰めて考えて、
「それに、それでは世の中に罪を償い切れぬ者で溢れ返るであろう」
と沈んだ声で答えた。自分もその一人だという気持ちが声に表れている。
「じゃあ、オレが……幸せにならないこと……とか? ハハハ……」
その話にどうしても怖い想像が浮かんできて、それを口にせずにはいられなかった。
「それとこれとは違うだろぅ?」
ガイが後ろ向きな発言をすかさず打ち切る。
それでも一度考えてしまった事は止められず、
「そうなのかな。だってオレはそもそも生まれる筈のない命だろ。そんな奴にアグゼリュスを……」
先ほどの暖かい涙とは違う種類の涙が込み上げてきそうだ。
「ルーク殿、それは現実逃避と変わらぬ。誰でも生まれる日や状況は選べないのは皆同じだ。たまたまルーク殿の生まれ方が“それ”だったというだけだ」
コゲンタは言葉は厳しいが、思いやりが感じられる口調で言うと、
「それに、いつかお話したな。人間を救えるのは人間、人間の良識と勇気だけだ。それを元に考えてみなされ」
と力付けるように微笑んだ。
少しの間、考え込むように俯いたガイが、ぱっと顔を上げてルークを見ると、
「そうだ! とりあえず人助けしろ。残りの人生全部使って、世界中幸せにしろ!」
と彼の両肩をがっと掴んだ。
「できるわけーねだろっ!」
ルークはまたいい加減な事を言っていると思って、少し怒気を含んだ声で言う。
「そんな事は分かってる、そのくらいの気持ちでなんとかしようって事さ」
「俺も全力を尽くす! 頼むよルーク、手伝ってくれよ。俺だけじゃ余計に無理なことなんだ……。お前もいてくれたらなら、百人力だからさ……!」
ガイは至って真面目な、そして力強い調子で続ける。
流石にルークもからかっているのではないと分かって、
「……う、うん、そうだよな。オレ、また弱気になってた。」
あんなにテオドーロ市長に啖呵を切った自分が怖じ気付いていた事に少し自己嫌悪する表情をしたが、一つ弱気を吐き出すように大きく深呼吸すると、
「オレはどんなヤツでもなかったんなら、人助けを一生懸命にするヤツになるんだ!」
かっと目を見開いて、決然と言った。
「若いうちはデカい事を目指さなければいかん。わしも一つ噛ませてもらって三等分として貰おうかの」
コゲンタは大きく「アハハ」といつものようにしかし、我が子の成長を見た父親のように眩しそう笑った。
ティアは少し困った顔をしたが、
「四等分よ……。わたしじゃ三人よりも非力だから、一人分って計算して良いか自信がないけれど……」
と飽くまで控えめに微笑んだ。しかしティアをもってしても一人前と計算できないなら、世の中の大抵の人間が半人前や未熟者になってしまうだろう。
「僕を仲間外れにしないで欲しいですのっ!」
ミュウが久しぶりの皆が笑い合う様子を見て、嬉しそうにルークに跳び付く。
ルークは彼を抱き上げて、ミュウの顔をを自分の顔の前に持ってくると
「お前、意味わかって言ってんのかぁ?」
と首を傾げて見せ柔らかく微笑んだ。
「はいですの! こう見えても力持ちですの!」
ミュウはどこで覚えたのかその小さな前足……いや、腕を折り曲げて『力こぶ』を作ってみせた。
「やっぱ、分かってねぇじゃんか。ハハハ」
ルークは『高い高い』をするようにミュウを振り回す。
ミュウはそれを楽しそうに、嬉しそうに笑う。ルークもそれに応じて笑った。なんだか何年も笑っていなかったように笑った。
今いる洞窟の道のりと同じで行き先に光は見えなかったが、今はとにかく隣に皆がいてくれる。それだけでまだまだ先へ進んでいけるとルークは思った。
皆さん、お久しぶりです。相変わらずお待たせしております。
今回の主題はルークとガイの再会ですが、原作のガイはその際、「卑屈になっちまったな」「後ろ向きはやめろ、うざい」などの旨の発言を並べます。
ガイはヴァンと繋がっており、ルークを陥れる計画もある程度知っていた、つまり加害者、卑屈にさせた側の人間です。なのに、これはないと思い、拙作はこのように自らの行いに後ろめたさがあるけれど、言い出せないというようになりました。
そして、「残りの人生を使って、世界中を幸せにしろ」と発言しますが、これは一見してルークを激励しているようですが、自分はあくまで見守る立場、罪を償うのはルークという事のようになってしまいます。
そこで拙作は「クサく」しました。見る立場によっては虫の良い話に聞こえますが、罪を憎んで人を憎まず、皆で罪を分かち合い、再起しよう、罪滅ぼしをしようという物にしました。どうでしょうか、かえってテイルズらしくなったのではないでしょうか?
今後、ガイの罪滅ぼし、恨みの克服も上手く描けたらと思います。どうぞ気長にお待ち頂ければ幸いです。
(すみません……。なるべく急いで書きます……)