神託の盾の騎士の一団がローレライ教団の本部へと続く大通りを歩いている。
長身の男が二人、中背の男が二人、女性が二人の構成の一団だった。
四人の男の内三人は神託の盾の前線要員である『騎士』の鎧兜で、一人は譜術などで後方支援を行う譜術士、いわゆる『ルーン』の黒い野戦服の上に法衣を羽織り、顔まで隠す頭巾をかぶっていて帯剣はしていない。(一人は明らかに子供といってもおかしくない背丈の)二人の女性も同様『ルーン』の軍装である。万年人手不足で実力主義の神託の盾では、女性でも内勤など書類仕事以外の現場での軍務に就くのはおかしい事はないし、任務によって、このような混成部隊も珍しくはないので、すれ違う誰も特には注目しされていないのだが、その内の一人の騎士はやけに緊張していて、行進する姿がギクシャクしている。
「だ、大丈夫……? 落ち着いて……」
女性のルーンが、そんな彼に気づかわしげに小声で声を掛けた。
そう、彼らは神託の盾に変装してダアトに潜入したルーク達でなのである。
いかにも初任務という体の中背の騎士はルークで、声を掛けたルーンはティアである。
「あ、あぁ。ハ、ハハ、いや……普段、こんなの着ないから歩きニクくってさぁ……。うん……」
言い訳めいた事を言うルーク。声から面頬の下は恥ずかしそうに苦笑しているのが分かる。
一方でティアは、確かに《アルバート流》の剣の本領は、こういった鎧兜に頼らない疾風迅雷の脚捌きであると、少しズレた所で納得する。ルークほどではないようだが彼女も彼女で緊張はしているようだった。
「緊張するのは当たり前だ。ここは敵の本拠地なのだからな、そのくらいでなければいかん」
もう一人のルーンが直立不動で後輩に訓戒を与える年長者のような体で言った。コゲンタである。帯剣していないように見えるのは、小太刀を法衣の下に隠しているのだ。近くで見ても、あのデカいカタナ(普通の長剣よりは短くて細いものの)が何処に隠されているのか解らない、ルークの考えもした事の無い“剣術”の神髄の一端に頼もしさと同時に薄ら寒い物を感じずにはいられない。
「もう少しで教団本部だ。誰も俺達を偽物なんて思っちゃいないさ」
長身の騎士の一人、長剣を帯びた方が肩をポンと叩いた。ガイである。
続いて、もう一人の長身の騎士が指を一本“ぴしっ”とたてつつルークに向き直り口を開く。
「良いですか、“新米尖兵のルーカス君”。我々は由緒あるユリアシティの市長から聖都ダアトの司教に信書を渡すために遣わされたのです。堂々となさい。堂々と……ねっ♪」
最後の一言以外は新兵に任務の重要さを言い含める隊長という体で言った。もちろん、この騎士はジェイドである。
ルークは皆が心から心配してくれるのは分かるのだが、あちらからこちらから寄ってたかって言われるのが面白くなくて
「わーって……えっと、リョっ、リョーカイしました……」
乱暴に『わーってるよ!』などと言おうとしたが、流石にまずいと慌てて言い直し、兜に隠れているはずだから、必要がないが兜の内で表情を固くして思わず取り繕ってしまうルーク。
そんな彼らから少し離れて、小柄なルーンが佇んでいる。アニスである。目立たないようにではあるが、視線を左右させている。親しい者が見れば、ルークとは違う意味でソワソワしている事が分かる。
ティアはそれに気が付いて、
「アニス、確かご両親はこの街に住んでいらっしゃるのよね、一目でも会っていったら?」
「それがイイよ。オレ達が見張ってるから、ちょっとくらいなら、何とかなるって!」
と声を掛けた。アニスがまだイオンを攫われた事を気に病んでいると思ったのだ。ルークもそれに同調し、アニスを励まそうと、努めて頼もしげに胸を張る。
しかし、アニスは僅かな逡巡の後、
「うぅん……。いいよ、会いたくない……かな……」
と小さく首を横に振る。
「えっ、でも……」
意外な言葉にルークは戸惑った。
「いや、アニスの言う通りだ」
それまで黙っていたコゲンタが仲裁の声を上げた。
「ルーク。今、不用意にアニスの実家に近づけば、親御さんをこの問題に巻き込む事になります。それに神託の盾の事です。アニスの帰宅を予想して、網を張っている可能性もあります。危険を冒すべきではありません」
ジェイドがいかにも論理的な補足を付け足した。
「そう……ですね。配慮が足りませんでした」
「ごめん、アニス」
ルークとティアは、当然、考えるべき事だったと申し訳なさそうに頭を下げた。
アニスは「いいよ、いいよ」と両手を振って
「うぅん、ありがとう」
と少し泣きそうな声で苦笑した。
「よく言ったのぅ」
コゲンタが彼女の肩をぽんと叩いた。
アニスは黙って頷く。
ルークは自分たちが知らないアニスの一面を見て、彼女が心配になった。ここで話を掘り返すにもいかないので引っ掛かりながらも、今はイオンとナタリアの事に集中しようと言い聞かせて、皆に付いていく。
こうして、ルーク達はローレライ教団本部の軍事用通用口へとやって来た。
ルークはてっきり正面玄関から入るものと思っていたのだが、ティアの説明によると、正面玄関は信者が礼拝するためや神官の公式行事や儀式などのために使われるための物で、兵士が迅速に出入りするために別々にしているとの事だった。
そうして通用口の検問所へ向かう一行。ルークは胃が痛くなるほどに緊張していたのだが、隊長役のジェイドと下士官役のコゲンタが、テオドーロ市長が書いてくれた書類一式を係官に見せて、前もって口裏を合わせた作り話の任務を説明すると、あっさりと通してくれた。考えてみれば、書類などは正真正銘の教団幹部であるユリアシティの市長が書いた物なのだから、当然である。ルークは今までガチガチだった自分が馬鹿らしく思えた。
そんな事を考えていると、ガイが係官の一人に声を掛けるのが見えた。
「……ところで、慌ただしい気配がするけど、何か変わった事でもあったのかい? 普段は俺達は人里離れた街全体が修道院みたいなユリアシティにいるもんだから、そう感じるだけかな?」
妙に気安く親し気ではないか。ルークは流石にボロが出てはまずいのではと思い、
「お、おい、ガイ……!」
慌てて彼の袖を引き戻そうとしたが、ガイは逆にその腕を取り、気安く肩など組んでくるではないか。
「ははは、なんだ“ルーカス”? 機密事項とか気にしてるのか? そういう面倒くさい事は、旦那方に任せておけば良いさ」
そして、係官と話すジェイドとコゲンタの方に顎をしゃくった。仮にも(本当に“仮”だけれども)上官に対して、ざっくばらん過ぎる態度である。
「あぁ、こいつは“ルーカス”。初任務で緊張しまくってるのさ。申し遅れたが、俺はユリアシティ特務防衛隊の“ガイウス”ってんだ。」
ガイはもっともらし偽名を名乗って係官に笑いかける。突拍子もない偽名より違和感なく“ボロ”が出ないであろう“ガイウス”ことガイの配慮だが、緊張しまくっている“ルーカス”ことルークには解らない配慮だし、「黙ってやり過ごせばイイだろっ!」の一言の、空前絶後の巨大なお世話であった。
「教団本部警備隊・検問官のディエゴだ」
そんなルークの心情を余所に、係官は苦笑交じりに軽い敬礼をした。特に態度を咎められたり、怪しまれて誰何されるような雰囲気はルークには一切感じられないが……
「だいたい『特務隊』とか気取っても、周りに助けても貰わなきゃ何もできないんだから、こうしてできる時に挨拶やら世間話くらいしておかないと、いざというとき誰からも助けて貰えなくて困るんだぜ、ルーカス。ハハハ」
ルークの不安と緊張を余所にガイは気安くくだけた返礼をして、「ほら、お前らも」とルークとティア,アニスにも返礼を促す。
「えっ、えぇと、その、あの、ル、ル、ルーカス? です。あは、あははは……」
ルークこと、新米尖兵“ルーカス”は愛想笑いをして、ぎこちない敬礼をした。そんな事くらいしかできない。
「ティ、“ティアーシァ”……と申します」
「“アナイナ”で~す。お世話をお掛けしまぁす。」
ルーク……いや、ルーカスと違って二人は慣れた折り目正しい敬礼をする、ティアーシァとアナイナことティアとアニス。
ディエゴは微笑んで、ルーク達にも返礼した。最初はいかめしいだけだと思ったが、笑うと印象は純朴そのものへと変わる人物のようだ。
「そういえば、《清貧街》でくだを巻いていた第七師団の居残り組から聴いた噂なんだが……。大詠師モースとお偉いさんの誰か揉めてて……」
ガイは今思い出したかのように話題を変えた。何の気なしに聴いた事を思い出そうとするように額を指で叩きつつ、わざとらしく唸る。
そして、ようやく思い出したように「あっ、そうだ……」と呟きつつ
「トリトハイム様……。詠師トリトハイム様が軟禁とかをされてるって話なんだが……」
ルーク達にとってもトンチンカンな事を続けて言ったではないか。
「はぁ? トリトハイム様が!?」
当然ながらディエゴも困惑顔で聞き返す。
ルークは「何、言ってんだよ」とも叫べず、身を固くする。このまま怪しまれ、拘束され、尋問され、拷問され、白状させられ、投獄させられ、獄門台に送られる所まで脳裏に過る。
だが、ガイはそんなルークの肩を強く抑えて、
「えっ、違ったかい? あれぇ~おっかしいぃ~ぁ……」
と何でもないかのように間延びした調子で続け尋ねるではないか。
ディエゴは特に追求する様子もなく、少し呆れた顔をしつつ
「いま軟禁状態にあるのは導師イオンだよ。まったく……アグゼリュスでの大きな爆発だか落盤だかに巻き込まれて行方知れずになったと大騒ぎだったのに、ご無事だと喜ぶ間もなく閉じ込めてしまうとはな。いかに綺麗事で済まされない立場や対立があるとはいえ、大詠師も酷な事をするよ」
溜息混じりに答えながら、ゆるゆると何かを拒絶するように首を横に振る。
ガイは「まったくだ」と何度も頷いて、
「なるほど。しかし、イオン様はお身体が弱いのは大詠師様も当然ご存知なんだし、縛られたり、檻に入られたりしているわけじゃないんだろ? 今頃、ご自分の居室でお身体を休めていらっしゃるだろう。お心はともかく……」
といかにも無責任にイオンに同情するというような当たり障りの無い口調で話すガイウスことガイ。
「そう願いたい所だが、どうも軟禁されているのは導師様ご自身の居室ではないらしい」
ディエゴは噂話を楽しくなったのか(話題が話題なだけに顔は深刻な物なのだが)、少し声を潜めて言った。
「んん、そう……なのかい? じゃあ、医務室か? 用心に越した事はないと思うが……」
仲間達しかいないというのに、何やら一旦周囲を見回してからこちらに向き直る。
「いや、用心は用心でも導師守護役の連中やイオン様ご自身の動きを警戒して、地下駐屯所のどこからしい……」
ディエゴは相手の知らない情報を持っている事に得意になったようににっと笑った。
「地下って? ……あんな場所、その、あまり身体には良さくなさそうだが……」
ガイは「当たった!」と胸の内で指を叩いて、身を乗り出した。
ディエゴは顔を顰めて、
「あぁ、ただでさえ、あんな空気の悪い場所。我らのように日頃から使っていて、健康な者でも閉じ込められたら具合が悪くなるだろうに……大詠師様も何をお考えなのだろうな」
とさらにイオンの身を案じるような事を言った。彼は薄幸の導師を敵視しているわけではないようだ。
「立場的は同意しちゃいけないんだろうが……。それには同感だな。権力闘争もほどほどにして欲しいもんだ。まぁ、俺達のような下っ端には理解できない事なんだろうさ」
ガイは如才なく同意して、同じように顔を顰めて、
「ところで、地下のどこにいるかな?」
「……いや、警備のために一部の人間にしか知らされていないんだ。俺達『門番』は部外者扱いってわけさ」
気を取り直すように何気ない調子で尋ねるが、ディエゴは悔しそうに吐き捨てるのみだ。
「まったく派手な任務に就く連中は偉そうだよな」
ガイは「分かる、分かる」と無責任に相槌を打ってみせる。
「しかし、地下かぁ、地下ねぇ……」と呟きながら、腕組みをした。
話が終わった『上官たち』、ジェイドとコゲンタが背後から歩いて来て、
「そろそろ行きますよ」
と、しかめつらしく声を掛けてきた。
「了解。それじゃ、行くよ。世間話、ありがとな」
ガイ達はディエゴにもう一度敬礼すると、駆け足で上官役のジェイドとコゲンタの下へと戻る。
「さて、騎士の“ガイウスくん”のファインプレイで、イオン様のおおよその居場所は見当がついたわけですが……。いやぁ、ああいったガイの人心誘導の巧みさは、素直に軽べ……いえ、感心しますね♪ ゴイス~♪」
ジェイドは、遠目にはいかにも部下に指示を与える軍人のような姿勢で、いつも通りの発言を小声で言った。
ガイは威儀を正して、敬礼すると、
「な、なんだよ、人聞きの悪い言い方すんなよ……」
と困ったように不満の声を上げる。
「まぁ、ガイの人格のゆが……複雑さはともかく、これから入る場所は神託の盾の本拠地中の本拠地です。鎧兜や法衣に見慣れた方ばかり場所、その素敵な"神秘のヴェール"に目を奪われない勘の良い方も一人や二人ではないでしょう。」
ジェイドはいかにも部下に訓示を垂れるようにうんうんと頷いた。
コゲンタがパッと前に出て敬礼すると、
「大佐殿、からかうのもそのくらいになされよ。あまり脅しては逆効果でござろう。トリトハイム殿が居られるのは、一階奥の執務室だの。警備はおるだろうが、地上部分は軍事施設ではなく、あくまで行政施設、宗教施設だからの、自分の役を忘れなければ、問題なく行けるだろう」
部下に助け舟を出す下士官というように仲裁に入った。変装しても、いつも通りの役目になっている。
「はい」
「ちぇ~、怒られてしまいました……」
ガイとジェイドは言い合いを切り上げて、教会の中へと入っていく。
ローレライ教団本部、奥殿。神託の盾の兵士以外のローレライ教団員の事務作業、行政や経理の執務、そしてダアト市内に家を持つような上級神官以外の下級神官が日常生活を送る場所である。当然、神託の盾が手続きのために出入りするのは珍しくないが、外とは違う気を遣う、兵士の中には「肩身が狭い」とこぼす者もいる場所である。
ルーク達は待合室に通された。また「取次」である。ローレライ教団の本拠地なのだから、警備面でも権威面でもこのくらいは当然なのかもしれないが、そんな事は分からないルークは流石にイライラしてきた。
そのイライラも相まって、考えまいとしてきた不安が顔を出してきた。
先程のディエゴの純朴な笑顔を思い出して、神託の盾の奴らも今の自分のように鎧兜をかぶってるだけで、中身は、ほんとは別に魔物や悪人じゃない。普通の人間なのだと思い知らされた。
ガチガチに緊張して、子供みたいな事しか言えない自分を心配して、仲間たちと同じ顔で笑い掛けてくれたのだ。思い返せば、母上やメイドたちもそうだったのだろうと、今の自分なら分かった。そんな気も知らずに素っ気なくしていた昔の自分を殴ってやりたかった。
もしかしたら、戦って、剣で斬らなきゃならない……つまり、殺さなくてはならないのだろうか?
以前、ザオ砂漠で手にかけた盗賊の顔と、その時に剣を持った手の感触を思い出してしまい、鳥肌が立って、胃の辺りが凝り固まるような感覚を覚えた。
「どうしたら良いんだ!」と喚きたい気分だったが、仲間たちに甘えたくなくて、必死に堪えるルーク。
その時、ジェイドが両手をパンパンと叩いた。
「さぁ、皆さん。そろそろです。ここからが本番。今から我々がするのは全面衝突でも、敵全員の抹殺でもありません。いわば、人質救出作戦です。必ずしも戦いは避けられない物ではありません。端的に、表現する、なら“パっと行って”! イオン様とナタリアと感動の再会を果たして“ササッとずらかる”! だけの事です。」
と口調はいつも通りだが、珍しく緊張が伝わってくる声で言った。
そして、ルーク達は奥まった場所にある一つの部屋へとやって来た。詠師トリトハイムの執務室である。
テオドーロ市長とも交流が深く、面識もあるティアの話では、教団での地位は大詠師モースに次ぐのだが、導師派でもなく大詠師派でもなく、権力闘争とは距離を置き、華々しい政治の場に出ず、裏方ともいえる教団の実務を担う人物である。彼を味方に付ける事ができれば、今のジリ貧な状況を巻き返す事ができる筈である。
執務室の前に警備はおらず、秘書のような役目をすると思われる神官が、廊下に机と椅子を置いて、控えていた。
何がしかの書類仕事をしているのか、せわしなくペンを紙面に走らせている。
「何かご用ですか? 詠師様は大事な執務中ですので、面会は後ほどお願いできますか?」
「お忙しいところ恐縮でございますが、ユリアシティのテオドーロ市長から信書をお預かりして参りました。市長からは、詠師トリトハイムに直接、お渡しするようにとのお達しでございます」
コゲンタはしかめつらしく、テオドーロ市長直筆の紹介状を押し戴くように、秘書に手渡す。
秘書は、紹介状の署名や書式を確かな物だと確かめたが……
「しかし、神託の盾の方々がこんなに大勢来るというのは……」
戸惑いを見せた。
「それほど教団の行く末に関わる重大な機密が含まれているという事でございます」
秘書はさすがに気圧されたように狼狽した表情になって、少しの間、立ち竦み視線を扉とルーク達の間を彷徨わせる。
「少々、お待ちください。」
秘書は慌てたように扉を開けたが、理性を取り戻して音を立てずに扉を閉じた。
「どうぞお入りください」
秘書が招き入れると、彼はチラチラとルーク達を見ながら、部屋を出ていった。
立派な執務机の向こうに、法衣と僧帽にきっちりと身に付けた中肉中背の男性が立っていた。同じ教団幹部でもモースのように我の強そうな印象はなく、法衣さえ着ていなければ、街ですれ違っても気に止めないだろうと思うような慎ましやかな容姿だった。
「そんなに大勢で、何事ですかな?」
トリトハイムは不審な色は見せずに、落ち着いた調子で尋ねる。
見た目とは裏腹に堂々とした立ち振る舞いであった。
ティアが一歩前に進んで、公式の所作で辞儀をすると、ルーンの覆面を脱ぎ、
「トリトハイム様、ご無沙汰しております。ユリアシティ市長、テオドーロの孫、メシュティアリカでございます」
気品のある表情で笑い掛け、頭を下げる。
トリトハイムは呆気に取られた表情をして、ほんの少しの間黙り込んだが、
「あぁ、随分久しぶりだ。見違えたよ。以前会ったのは兵学校へ入る前のほんの少女の頃だった……」
と親戚の姪にでも再会したかのように微笑む。
しかし、それも束の間で冷静な行政官の顔になって、
「再会を素直に喜びたい所だが、現在の君の立場は悪い事を教えておこう。君はすっかり導師様を誘拐した教団への反逆者の一味という事になっているのは分かっているかね?」
と突き放すような事を言った。
ティアは例の頑なな表情になり、ぐっと構えて、
「はい。しかし、それは真実ではありません」
と冷静な口調で答える。
トリトハイムは「うむ」と頷いて、
「私とて、モース殿の言い分を鵜呑みしているわけではない。しかし、君たちの意見も鵜呑みするわけにはいかない。ここまで乗り込んできたという事は、私を説得できるのだろうね」
ティアをもちろん、ルーク達を見渡した。
コゲンタが貴族に対する物と同じ所作で小腰をかがめて、テオドーロの信書をトリトハイムに差し出した。
トリトハイムは軽く頷いて手紙を受け取ると、押された封蝋を確認して、丁寧に剥がした。
落ち着いた調子で、手紙に目を落とし、
「確かに、テオドーロ殿の文字のようだ……」
と頷くと、その後は黙って読み進める。手が震えるなどいった動揺は見せなかったが、顔に青ざめたのが分かった。
やがて手紙を閉じると、丁寧に封筒に戻して、深いため息を吐く。
「モース殿の強引なやり方もヴァン殿の不審な行動も教団の為を思えばこそと信じていたが、手紙に書かれている事が本当ならば、もう派閥争いの域を超えている……。いや、例え嘘でも調べる必要はある。どうやら、私も中立だの、政争などに興味はないだのとは言っていられないようだ……」
「ルーク殿はどちらかな?」
顔見知りではない者の顔を見回すトリトハイム。
「はっ、はい、オレです」
ルークは、慌てて兜を脱いだ。何を言われるのかと首を縮めて、少し不安になった。
トリトハイムはルークに真っすぐ向き合うと、背筋を正して、僧帽を脱ぐと、
「手紙に、貴殿の境遇についても書かれていました。同じ組織にいながらヴァン殿の策略に気が付けなかった私にも責任はあります。申し訳ない」
と頭を下げた。
ルークは呆気に取られて、ぽかんと口を開けてしまった。こんな大人が自分に頭を下げるとは思っていなかったのだ。コゲンタにはされた気がしたが、彼の場合は仲間という意識が強いので別だと考えていたのだ。
「あっ、い、いえ。あの、そ、その、助けてくれた人もいたんで、その……」
ルークは早く頭を上げて貰おうと早口に言ったが、思い直して、胸を張ると
「平気です」
とはっきりと頭を下げる僧侶を見て答えた。
「ありがとう」
トリトハイムはやっと頭を上げると、慈悲深い微笑を浮かべた。忘れかけていたが、これが聖職者らしさなのだ。
「私も協力いたしましょう」
彼は丁寧な所作で手を胸の前に掲げると、決然とした調子で言った。
ガイが進み出て、恭し態度で敬礼し
「トリトハイム様は、導師イオンがどこにいらっしゃるかはご存知でしょうか?」
「いや。何度か問い質したが『警備のために所在を知る者は最小限にする。』という理由で、教えられていないと……おそらくは地下屯所の何処かとしか」
先ほどの情報と擦り合わせ更なる情報を得ようとしたのだが、トリトハイムは悔しげに眉を顰める表情しか得られなかった。
続いて、ジェイドはしっかりとした所作で敬礼すると、トリトハイムの気分を変えようとでも言うように「ジェイド・カーティスと申します♪」と元気に名乗って
「恐れ入りますが、トリトハイム様。ここにいる神託の盾の幹部を呼び出して、時間を稼いで頂きたいのですが、可能でしょうか? ちなみに、何処のどいつの何方でしょう? グランツ謡将が留守を任せてイオン様を見張らせる人員です。ディストじゃないのは確かなんでしょうが……♪」
といつもの調子で腕を組みつつ顎を撫でながら尋ねた。
僧侶は自分の知識にある軍人らしからぬ人物にすこし戸惑ったようだったが、鷹揚に返礼をすると、
「今、本部にいるのはリグレット奏手です。分かりました。彼らの予算の使い方には、本当に言いたい事がありましてな。良い機会だ。色々と小言を言わせて頂こう」
と少し面白がるように頷くトリトハイムに、コゲンタが黙礼しつつ尋ねる。
「御身に危険はありませぬか?」
「このくらいせねば、貴殿らの信頼は得られぬでしょう。文官にも意地という物がありましてな。腹芸のひとつも出来はしませねが、確かな事実と数字でもって切り抜けてみせます。他の方々はともかく、根が軍人のリグレット奏手ならば、私でも話し合いになる」
コゲンタの心配に、トリトハイムは先程の笑顔とは違う不敵な笑みを浮かべて答えた。
軍人というより武人のラルゴでは、素直に平謝りし
「うむ、わかった。」や「手間をかけさせた、対処しよう。」
などの一言で切り上げられてしまい、さほど時間稼ぎは出来ないだろう。
ちなみに、アッシュやシンクでは
「……黙れ」とか「それを上手くやり繰りするのがアンタの仕事でしょ? やり方が解らないの? やる気が無いのかな? 役立たずに居場所は無いと思うけど……?」
のように取り付く島もなく話にならない。
はたまた、ディストに至っては
「なるほどなるほど、それならば私に妙案がありますよぅトリトハイム殿~♪ この譜業のこの部分の回路と譜術の初期段階の術式は全く別々の用途なのですが、非常に似通っていましてねぇ。これをテュポーンの定理とベヒーモスの理論を使って~☆※○×でぇ△□と▽◇を+×-÷して◎#ゐ/ヰすればぁ~」
と話についていけないであろう。
しかし、リグレットならば間違いや誤解があれば正そうとし、現実的かつ合理的な代案を考えようとするし、互いの情報を擦り合わせようと必ずする。そんな“ある種”の信頼がトリトハイムにはあるとの事だった。
苦笑していたトリトハイムだったが、ふと思い付いたように、机の上に整理されて置かれていた書類を「重要」と書かれた封筒に入れると、裏に署名すると、封を止めると、
「念のため、この連絡用封筒を持っていくと良いでしょう。時間稼ぎにはなる」
と、コゲンタに手渡した。
「トリトハイム様、くれぐれも気を付けて下さい」
ティアは泣きそうなのを堪えるような顔で深々と頭を下げた。
「ご武運を」
コゲンタは姿勢を正して、頭を下げた。皆も続いて、頭を下げるのを見て、ルークも一拍遅れて頭を下げる。
トリトハイムは力強く頷いた。
こうして新たな協力者を得たルーク達は、いよいよ敵の本拠地の中心である地下基地へと足を踏み入れる。
お久しぶりです。毎度、お待たせしております。
今回は、ダアト潜入編の続きでした。原作だと敵を倒しながら進むわけなのですが、「サーチアンドデストロイ」が常態化している難易度レジェンドかインフェルノの拙作でも無理があると思い、テイルズならではになると思い、「衣装システム」でのスニーキングミッションという形にしました。如何だったでしょうか?
そして、後半の改変ポイントはトリトハイムさんです。「誰?」と思う方もいるでしょう。原作だと、お尋ね者のはずのルークたちを簡単に通して、教団本部に入れてくれる偉い人ですね。
いくら政争に距離を取っている、興味がないと言っても、イオンが軟禁するようなモースの行動に疑問も持たず、教団の裏切り者(この場合、ティアやアニスですね)も知らないというのは不自然だと思いました。
そこで、いっその事、別分野(政治面)からの協力者になってもらいました。如何だったでしょうか?