「では、こちらのルークさんが泥棒さんではないという根拠を、一つ一つ上げていきましょう♪」
ジェイドは、ピシと、人差し指を立てながら種明かしをする手品師のように語り出した。実に楽しそうな顔をしている。
「そのイチ♪ ルークさんのお召しになっている服! 多少デザインは奇抜ですが、材質、装飾、縫製、どれも一級品のようです。見た目が良いだけの乱造品ではありませんね♪ 果たして、泥棒さんが着る事のできる物でしょうか?」
「ね、素敵でしょう?」と、まるで服屋の店員のような自然な語り口で、緊張感などまったく感じさせず話すジェイドは、なおも続ける。
「そのニィ♪ ズバリ、ルークさんの喋り方ですね。言葉使いその物は、お世辞にも良いとは言えませんが♪ 発音自体は上流階級特有の『ソレ』です。微妙な息の吐き方も完璧で、真似ようと思って真似られる物ではありません♪」
「そして、そのサァン♪ ルークさんのお知り合いらしいお嬢さん♪ え~と失礼♪ お名前をお尋ねしてよろしいですか? 私はジェイド・カーティスと申します。改めまして♪」
ジェイドは、爽やかに微笑み、軽く会釈をした。
ティアは、学生同士のような気安い挨拶に困惑しながら……
「ティア、と申します……」
と、表情には出さずに、名前だけを告げた。
「ティアさん♪ 綺麗な響きの素敵なお名前ですねぇ♪ おっと失礼! 話が逸れました。こちらのティアさんがお召しの法衣、これは神託の盾の譜術士が着る儀礼用の法衣です。ねぇ?ティアさん♪」
ジェイドは、可愛らしく首を傾げ、ティアに質問する。
「はい、その通りです……」
ティアは、ジェイドの独特のペースに困惑しながらも平静を保ち、簡潔に答えた。
「ふぅむ♪ 上流階級らしき少年と神託の盾の騎士の二人連れ。なんだか冒険小説の始まりのようで興味津々のシンですねぇ♪ それにティアさんは、譜術士としてかなりの『力』をお持ちのようです。見かけ倒しの詐欺師という事は、あり得ません♪」
ジェイドの赤い瞳が、眼鏡の奥で怪しく光る。しかし、すぐに柔らかな微笑みで覆い隠され、消えた。
「……!」
ティアは、ジェイドの瞳に一瞬怯んでしまう。
「ティア、どした?」
「ううん、なんでもないの……」
そんな彼女を、訳も分からず気遣うルークに、彼女は苦笑して誤魔化す。
「さぁ、つづきまして、そのヨォン♪ 我が軍の哨戒艦が漆黒の翼らしき一団を、ローテルロー橋の向こうに追い込んだという情報が入っています。まぁ、正確には取り逃がしたんですけどね♪ つまり、ルークさんが漆黒の翼だったとしても、見捨てられる程度の存在……。キタない! さすが盗賊、キタないですねぇ! ドンマイ! ルークさん♪」
ジェイドは、胡散臭いくらいの屈託の無い笑顔で、ルークにエールを送る。
「いや、だから……オレ、漆黒の翼じゃねえし」
ルークは、やや冷やかに答えた。
「ほんのジョークです♪」
ジェイドは、そんな事は物ともせず朗らかに微笑んだ。
「皆さん、お待ちかねの、そのゴォ♪……」
「その五は、今来ましたよ。ジェイド」
ルーク達の背後、入口の方からよく通る耳心地の良い少年の声がした。
「これは、イオン様♪ そのご様子だと、何かを発見なさったようですねぇ? いよっ! 名探偵♪」
皆、自然とジェイドの視線を追って声の主に注目した。
そこには、美しい翠色の髪で、ゆったりとした若草色の法衣を着た中性的で優しげな少年と、焦げ茶色の髪をリボンで二つに結い、桃色の服の上に白い法衣を着た溌剌とした印象の小柄な少女が揃って笑顔で立っていた。
もっとも、少女の笑顔は苦笑い、浮かない顔のようだった。
「ええ、見つけました。大発見ですよ、ジェイド」
イオンと呼ばれた少年は、屈託のない笑顔を浮かべる。
「もう! イオンさま~。大発見じゃありませんよぉ……、ヘタしたら教団への信用問題な大問題ですよう!」
少女は、頭を抱えるような仕草をしてから、肩を落としイオンの発言を諌める。
「大丈夫ですよ、アニス。そうならない為に、ぼくはここに来たのです。それに、ジェイドもいてくれます」
「うふ♪ 煽てても、アメちゃん位しか出ませんよ~」
アニスというらしい少女は、緊張感のない二人のやり取りに、さらに困った顔になった。
一方、ルークは「また、新しいヤツが出てきた……」と思考が諦観的になり始めていた。
が、ある事に気が付き、隣のティアに小声で話し掛ける。
「なぁティア。あのイオンってヤツ、ユクエフメーのイオンじゃないか? アイツを探さなきゃイケナイから、師匠がオレんち来れないコトになって、かわりにティアが……って感じだったよな?」
ルークは、ティアと出会った時の事を思い出しながら疑問を疑問を口にした。
「ええ……間違いなく、その導師イオン様よ……。でも、どうしてマルクト軍の人とこんな所に……?」
ティアは、ルークの質問に答えながら、首を傾げた。
「もしや、マルクトのヤツらにユーカイされて?! ……って感じじゃねぇなぁ……」
「そうね……。イオン様と一緒に入ってきた女の子、導師守護役……導師様直属の護衛騎士の事なんだけど……。導師守護役と一緒という事は、少なくとも無理矢理連れてこられたんじゃないと思うけど……。何処かで伝達に行き違いがあったのかも……」
「ふーん……」とルークは、なんとなく女の子、アニスに視線を移した。
ルークには、彼女が、とてもそんな大役を務めるほど強そうには見えなかった。もしかしたら、ティアのように譜術が上手いのかもかもしれないが……。
そんな事よりも、自分達は今なにをすれば良いのだろうか?
ルークには分らなかった。
「で、どうすんだ? ティアもオラクルなんだからムシできねぇよな?」
「そうなんだけど……。今ここで騒いだら、余計に話がややこしくなりそうだし……。しばらく様子をみるしかないかな……?」
ルークの問いに、ティアは何とも言えない複雑な表情で答えた。
「ハハ。なんか……めんどくせぇなぁ……」
犯罪者扱いされて、大勢に取り囲まれるよりはずっと気楽だが、もはや笑うしかないといった感じでルークは肩を竦めた。
「ごめんなさい。ルーク……」
ティアは、ルークの軽口を軽口と受け取らなかったらしく、沈痛な面持ちで俯いてしまう。
「別に責めてるワケじゃねえよ! カン違いすんなよ! ……それよりさ……」
ルークは、多少無理矢理にでも話題を変えようと、ジェイドとイオンに視線を向け、
「メータンテーのスイリを聞こうぜ。オレに罪を着せた真犯人にフクシューしてやるんだ!ヘッヘッヘッ……」
と、わざとらしく言った。
「ルーク……復讐なんて、何も生み出さないわ……こんな感じかな?ふふ……」
やっと、ティアから苦笑いでも愛想笑いでもない、本当の笑顔が零れる。
そして、二人は改めてイオン、ジェイドに注目する。
すると、イオンはアニスから二つ折りにした懐紙を受け取る。
「被害にあった食料庫を一つ一つ回って、これを見つけました。」
イオンは、皆が見えるように気を配りながら、懐紙を開く。紙に包まれたいた物は……
「何か……動物の毛……みたいだけど?」
ティアは呟き、さらによく観察する。
猫の毛よりは硬く、犬の毛よりは柔らかそうだ。色は淡い赤、青、緑、黄、実に彩りが良く虹を連想させる。
「これは……恐らく聖獣チーグルの毛ですねぇ♪ しかも、数匹分……ふぅむ♪」
ジェイドは、新しいおもちゃを、見つけた子供のように目を輝かせた。
イオンは、やや表情を曇らせ、ジェイドの言葉に頷き続ける。
「それらしい足跡も、あちこちで見つけました……。壁を潜り抜ける為に穴を掘って埋め戻した跡もありました」
「ほほう……♪ という事はぁ。状況証拠的に新たな容疑者、聖獣チーグルが捜査線上に浮上したわけですねぇ♪ 謎が謎を呼んでしまうわけですねぇ♪」
ジェイドは、楽しそうに「うんうん♪」と、しきりに頷いている。
「まだチーグルがと決まったわけでは……」
「勿論です。飽くまで『容疑』……疑わしいというだけです。証拠の裏付け……『立証』ができなければ『罪』も『罪』にはなりません。法治国家の大前提です♪ ルールは大切! ですよ」
ジェイドは、眼鏡の位置を直しつつケリー達を見ると、やや低い諭すような声で言った。
が……、すぐに柔らかな口調と顔に戻すと、中腰になりイオンと視線を合わせ、微笑み掛けた。
「『罪』と言えば♪ 例え相手が本当に泥棒だとして、捕まえるまでは良いですけど、そのノリで『百叩きの刑』なんて流れはペケですよ! 官憲のお仕事を取るのも、十分な『罪』ですから。私は書類を書くのは嫌いなので、今回は大目に見ますが、気を付けてくださいね♪ 本当に捕まった人いますんで♪」
ジェイドは、ビッと親指のみを立て「軍人さんと約束だ♪」と顔面蒼白のケリー達に、胡散臭くも頼もしい笑顔を送った。
「大佐……。うちの連中を脅かさないで下さいな。デカいのは図体だけなもんでねぇ」
ローズは、苦笑して男達を庇う。
「申し訳ありません♪しかし、脅しだけで済みそうで良かったです♪」
ジェイドは、それに苦笑で答え、軽く頭を下げるが、最後の駄目押しを忘れない。
「ルークさんも、嫌な事があってもすぐ怒ったり憎まれ口はペケですよ♪ 男の子たる者『なんだ、このくらい!』と笑って済ますくらいでなくては。売り言葉に買い言葉と言いますが、売って良いのは、家族や仲間が馬鹿にされた時の『喧嘩』。買って良いのは、『恩』だけですよ」
ジェイドは、人差し指をチッチッチッと左右に振り、ルークに笑い掛ける。
「うふ♪ な~んちゃって♪いやぁ、良い事言いましたねぇ」
「けっ……! うっせぇっての」
ルークは、一瞬でも「ちょっとかっけえ」と思った事が、照れくさくいつもよりキツイ口調で言った。
一方、ジェイドはそんな事は全く気にした様子も無く続ける。
「そんなこんなで、ルークさん♪ ケリーさんとその他の皆さん♪仲直りといきませんか? アクシュアクシュ♪」
にぎにぎと、可愛らしく両手を結んで開いて微笑む、ジェイド・カーティス 三十五歳。
「う……ん、その、騒ぎを大きくした事は謝るよ。すまん……」
「すまねぇ、ボウズ。俺があんな軽口叩いちまったものだから……」
「別に、もうイイっつうの! おっさんにサンザン怒られて、おばさんもアタマ下げてくれたんだし。これ以上はナンか違うだろ……? 終わり、終わり!」
バツの悪そうに、頭を下げるケリー達に、ルークは、いかにも『うっとうしい』という口調と態度で答えた。しかし、そっぽを向いても赤くなった耳までは隠せない。
「よぅし♪ めでたしめでたし。ですねぇ♪」
ジェイドは親指をビッと立てて「どーよ?どーよ?」という笑顔で、皆の顔を見回す。
「ええ、流石はジェイドです」
「大佐、カッコ良かったですよ……?」
「助かったよ……? 大佐……」
「ええと、ありがとうございます……?」
「御見逸れいたした……?」
イオン以外は、何故か疑問形なのはご愛嬌である。
「まっねっ♪」
ジェイドは、皆の賛辞を微妙な言い回しを無視して、素直に受け取り、自然とイラッとくる爽やかな笑顔を浮かべた。
ジェイドのワンマンショーの回でした。彼のファンの皆さんには、お詫びいたします。
後の展開で、汚名返上?復権?させていきますので、長い眼で見て頂ければと思います。
ちなみに、彼に頭の良さそうな事を言わせるのに、無い知恵を絞りました。如何だったでしょうか?ご意見、ご指摘、お待ちしています。