前作の「この話は筋が通っています。」の解答編です。
告白。それには二つの意味がある。例えば一つ、愛の告白。例えば一つ、過去の罪の告白。要は秘めていた物事を誰かに吐露することを告白と言うのだ。
ならばこんな告白もあるのだろう。
「あのさ、なんか最近アキラの悪口とか結構聞くんだけどさ、一体どういうつもりなの?」
イジメ。という訳ではないのだろう。その一歩手前という感じだ。陰口を言って、ヒソヒソと笑いあって、何かを言われていることだけを相手に伝えてその真意は伝えない。最も性質の悪い、嫌がらせ。そして尚且つ、どこにでもあるくだらない日常の一部。しかし少女、カエデはそれが許せなかった。
別に確固とした正義感があるという訳でもない。むしろ、嫌がらせには嫌がらせを返すタイプの人間だ。カエデが許せなかったのは恋人であるアキラの悪口を言われていること、である。
「カエデ。いいよ。気にしなくて」
隣にいたアキラが、カエデを止める。強く止めているという訳でもなく、言葉と意志だけで止めようとしているような感じだ。
「でも」
「いいんだよ。全部、そうなるように、仕向けているんだから」
ふふっ、とアキラは笑う。落ち着いた笑みだ。落ち着きすぎた笑みと言ってもおかしくない。何かを諦めている、そんな雰囲気を誰しもが感じ取れるような笑みだ。事情を知っているのはカエデだけ。だからこそカエデは言葉に詰まった。
アキラのそれは、確かに正しいのだ。アキラが悪口を言われる理由というのは、地味で暗いから。しかし、それは全てアキラがしている演技なのだ。アキラはどちらかというと活発な方であり、よく笑う方だった。
だが、正しいと言っても間違っていない訳ではない。どちらかと言えば間違いだ。確かに過去、アキラの事情を理解したのはカエデだけだ。その事情のせいでアキラはある種の迫害のようなものを受けた。気持ち悪いだとか、そんな感じの台詞を日常的に吐かれた。――それがそもそも間違っているのだ。
人には人の事情がある。薬にハマる人間、宗教にハマる人間、友達に依存する人間、愛に依存する人間、セックスに依存する人間、インターネットに依存する人間、それらの人々にも様々な事情がある。事情があってやりきれなくなるからこそ、薬や宗教にはまったり、依存してしまったりしてしまう。辛いことよりも楽しいことや気持ち良いこと、楽なことをしている方がいい。だからそういう風に傾倒してしまう。誰も助けてくれないから、そんなものに傾倒して自ら破滅の道へと進んでいく。
ならば、全人類がその全ての事情にある程度の理解を示してやれば薬や宗教、依存の道へと進む人間は少なくなるはずなのだ。
同じようにアキラの事情を、せめてこのクラスの人間全員くらいは理解してくれさえすればアキラは過去のように笑うことが出来る。カエデはそう確信しているのだ。だから簡単に諦めて自己犠牲の精神を見せるだなんて、そんなことを恋人が見逃せる訳がないのだ。
「あーッ! もう、アキラのそういうところ、嫌いよ!」
「それは傷付くな。僕だって、一応体は繊細な乙女なんだよ?」
「そういうところは好きよ。アキラは本当にいい性格しているよね」
そうアキラはいい性格をしている。性格がいいのではなく、いい性格をしている。言葉のニュアンスが違う。しかし、いい性格をしているのはアキラだけではない。
すぅ、と息を吸い込んでからカエデは叫んだ。
「ここにいるアキラは、私の恋人よ! 私はアキラが好き! アキラの全部が好き! アキラは? アキラは私のどこが好き?」
「そうだなぁ、僕の想像を超えたことをして、結局目的の通りにことを運んじゃうところかな。そういういい性格、僕も大好きだよ」
一瞬、虚を突かれたような表情をアキラはするが、すぐに柔和な笑みに変わってそんなことを言う。
「他には!」
「僕を信じてくれること! 僕の我儘を全部聞いてくれること! 笑ってくれること! 僕のことを理解してくれること! 僕のことを本当に大切に想ってくれていること! 全部ひっくるめて、僕はカエデが好きだ!」
「ありがとう、アキラ」
クラスメイト全員がいる前での、告白。少女、アキラと、少女、カエデの告白。
そして最後にアキラは言う。いい性格の片鱗を見せながら、アキラは笑って言う。
「ねぇ、カエデ。――性同一性障害、つまり体は女で心は男な僕のことを、一生、好きでいてくれるかな?」
それもまた告白だ。一生好きでいる。つまりはプロポーズ。そんなことをまさか今されると思っていなかったらしいカエデは、顔を真っ赤にして俯いた。
数秒の間の後。
「……ええ、勿論」
ぽつり、と呟いたそれに、クラスメイト達は盛大な拍手を送った。
結局また、カエデの目的通りにことが運ばれてしまった。
という訳で前作の「この話は筋が通っています。」の回答編でした。
「思っていたのと違う!」という感想を持った方、「初めから考えてもねぇよ!」という方など、多々いると思います。
しかし、それでいいのだと思います。多くの答えがあった方が物語は面白いと思います。
なので後者の方の答えは、「答えがないことが答え」なのでしょう。