Infinite Stratos × Imitation Seven feat. Ishinomori Shotaro   作:鈍刀

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後編

 夜。第2回モンド・グロッソが開催されているドイツの首都ベルリン。その郊外に立地する貸し倉庫群。倉庫の一つで木箱の上に座りながら、洋は今に至る経緯を思い出していた。

 

(あいつら、なんで一夏を誘拐しようとしたんだ……?)

 

 ガオスのアジトを襲撃したブラック・ダミーたちから求められたのは、一夏の誘拐だった。なぜ自分たちで誘拐しようとしなかったのか、と今となっては疑問に思うが、完全に屈服した直後の自分にそんなことを考える余裕もなく、あっさりと従った。ブラック・ダミーたちから麻酔薬とそれを染み込ませるためのハンカチを渡され、一夏が通っている中学校へ向かったが、内心迷いや戸惑いはあった。出来れば逢いたくないと思い、一時は隙を突いて逃げ出そうと考えていた洋だが、偶然にも一夏と遭遇してしまった。

 予想外の遭遇に驚き、反応が遅れてしまった洋に対し、一夏の方は喜色を浮かべて自分に話しかけてきた。自分が一夏から逃れようと遠くの高校へ進学したことも、今の自分が一夏にとってはヒーローどころか誘拐しようとしている悪党(ヴィラン)であることも、一切気付いていない様子だった。中学生となっても、別れた時と内面がさほど変わっていない一夏を目の当たりにしたことでますます躊躇いと罪悪感が強まった洋は、ひとまず喫茶店に誘って様子を見ることにした。

 喫茶店に入った後も一夏は笑みを浮かべながら色々なことを自分に話した。学校のこと、家庭のこと、友人のこと、最近始めたと言うアルバイトのこと。別れてから一度も会えていない寂しさを埋めるかのように。洋は時折相槌を打ちながら黙って聞いていた。話の内容はほとんど入ってこなかったが、自分に対して未だに全幅の信頼を置き、憧れを抱いていることに複雑な気分となったからだ。自分は悪の手先になっていて、脅されてお前を誘拐しに来た、と言ってやろうかと何度も思った。このまま誘拐を結構せずに一夏と別れてどこか遠いところへ逃げてしまおうかとも幾度となく考えた。しかし、逃げることも真実を話すことも、誘拐を決行する決断をすることすら出来ずに時間だけが過ぎていった。

 結局、迷ったまま一夏を連れて喫茶店を出た洋だったが、途中までは迷いに迷っていた。しかし大通りを抜けたところで路肩に停められたワゴン車を見て、決断を余儀なくされた。運転席にブラック・ダミーの一人が乗っているのに気付いたからだ。同時に自分がブラック・ダミーたちに監視されており、逃げ場などないということにも。あとは、あっけないものだった。一夏の視線がワゴンへと向いた隙に背後へ回って麻酔薬を染み込ませたハンカチをかがせ、眠らせると待機していたワゴン車へ放り込み、自分も乗り込んでその場から走り去った。どこへ行くのか聞かされず、到着した空港で自家用ジェットに乗り換えるとドイツまで直行し、現在に至る。その間、一夏は定期的に麻酔を利かされていたらしく、目覚める気配はなかった。倉庫に入った後は洋がいるところとは別の場所に連れて行かれており、姿は見ていない。

 一夏の誘拐に加担してしまったことへの罪悪感は確かにある。しかし、仕方のない事だと言い聞かせている。一夏には気の毒だが、自分は命をいつ奪われてもおかしくない身だ。ブラック・ダミーたちの目的は分からないが、誘拐を命じた以上一夏をすぐに殺す気はないだろう。姉が姉なので身代金でも取る気なのだろうか。

 

(ヘッ、そうだ。俺は悪くないんだ……命を狙われたからしょうがなくヤツらに加担しちまったんだ。俺も連中の被害者ってワケだ)

 

 内心、自分を正当化しようと洋は何度も自分に言い聞かせ続ける。直後、倉庫の扉が開いて外の光が入ってくる。暗闇に慣れ過ぎたせいで最初は誰が入ってきたのか見えなかったが、すぐにブラック・ダミーたちと神父服を着た中年だと気付く。洋が木箱から立ち上がると、中年が口を開く。

 

「ご苦労だったな、ブラック・ダミー7号。これで第一段階は完了だ。お前にはもう一働きしてもらうぞ?」

「……頼まれたことは済ませただろ。俺にはもう関係ない。さっさとこっから出せ」

「貴様、自分の立場が分かっているのか? 貴様の命を握っているのは我々だ。貴様を生かすも殺すも我らの胸先三寸、選択権などあるわけがあるまい」

 

 一応、自分を解放するように要求してみた一夏だが、当然のように一蹴される。向こうから見れば自分は裏切り者、利用したからと言ってただで帰すわけがない。最悪、処刑されてもおかしくないだろう。同時に、あることが気になった洋は続けて質問する。

 

「俺がもう一働きって、今度は何をさせようってんだよ? 一夏の姉ちゃんに脅迫電話でもしろってか?」

「そんなチンケなこと、やらせはしないさ」

 

 今度はブラック・ダミーの一人が質問に答える。底意地の悪い笑みを浮かべながら、さらに言葉を続ける。

 

「やってもらうのは実に簡単なことだ……あの坊やに本音を話してくれればいい。『洋兄ちゃん』にとって織斑一夏の存在は邪魔くさい重荷でしかない、とな」

「なっ!?」

 

 自分が一夏に対して抱いている感情の一端を言い当てられ、洋は動揺を露にする。するとブラック・ダミーはますます笑みを深くする。

 

「図星だな。目が泳いでいるぜ? まぁ、当然だよな……本当のお前は坊やが思っているよりずっと弱くて、汚くて、卑怯で、見栄っ張りで、口先だけで、逃げ癖があって、弱い者いじめしか出来ない、どうしようもない男だもんな。なのに坊やはお前のことを美化してまるでヒーローみたいに憧れてくるんだ……辛かっただろうなぁ、ずっと本音を押し殺して坊やが望むヒーローとして振舞わなくっちゃあならなかったんだ。うざったくなって、離れたくなってもしょうがない。同情する気持ちすら湧いてくるよ」

 

 ブラック・ダミーの言葉に洋は反論できず、黙りこむ。同時に、なぜ自分が抱いている感情をここまで言い当てることが出来るのかが分からない。まるで心を読まれているかのようだ。

 

「お前とは3ヶ月、苦楽を共にした仲間だからなぁ、兄弟。お前が本当はどんな人間かなんてよく分かるさ。当然、お前が坊やに憧れの籠った眼差しで見られ続けていたら、どんなことを思うかなんてな」

「……一つ、教えてくれ。なんで俺にそんなことを言わせようとしやがる?」

 

 どこまでも心の奥底を抉ってくるブラック・ダミーの言葉を遮るように、洋はようやく言葉を絞り出す。仮に自分が一夏へ本音をぶつけたとして、ブラック・ダミーたちにとって何の得があると言うのだろうか。よく考えてみれば、当然の疑問だ。むしろ本来なら真っ先に聞くべきことすら聞けないほど動揺していたようだ。

 

「なに、あの坊やの心を折ってやるためさ……変な気を起こされたりしたらたまらないからな。我々のアジトから逃げ出したお前のようにね」

「一夏の心を折る、だと?」

「そうさ。心を完膚なきまでにへし折ってやれば逃げようとか抵抗してやろうとか、バカなことをしようとする気力もなくなる。お前だってそうだっただろ? 無理矢理人殺しをやらされ続け、自分以外のブラック・ダミーや他の怪人と戦わされ続け、たまにある『間引き』を潜り抜け、生き残ろうと必死こいてあがいているうちに反抗してやろうとかいう気は失せただろう? 洗脳するのによく使われる手さ。もっとも、まだへし折りの度合いが足りなかったのか、逃げ出すことだけは出来たようだがな」

「なら、あの時散々戦わされて、殺しをさせられたのは……!」

「そうさ、お前を精神的に屈服させて脳改造前に反抗されたりしないようにするのが目的の一つだったんだ。特にお前みたいな中途半端に良心が残っているヤツには効果があるそうでなぁ……もう少し時間をかけていれば成功していたかもしれない」

 

 月影山のアジトにいた3ヶ月の間、毎日のようにやらされていた戦闘や殺人の意図を知り、洋は驚きのあまり目を見開く。一方のブラック・ダミーは洋の顔を見て残念そうな表情を浮かべている。

 ブラック・ダミーの言う通り、最初は落とし前を付けてやろうと反抗の機を窺っていた洋だが、相手が持つ力の強大さ故に命令に従って殺しを続けていくうちに反抗しようという気力がなくなっていき、最後の決闘を終えた頃には気力がすっかり衰えており、ひたすら逃げることだけを考えるようになってしまっていた。もしあと一日、いや半日でも殺しや決闘、間引きが続いていたら逃げようとする気さえ完全に削がれ、脳改造を受け入れていただろう。

 

「てめえら……俺たちを逃がさねえためだけにどうしてそこまでしやがる!? 脱走させたくないならわざわざ殺しなんかやらせねえで、すぐに脳改造しちまうか牢屋にでもぶち込んでりゃあ良かったじゃねえか!」

「それは私から答えてやろう」

 

 悪夢のような日々を思い出し、ふつふつと沸き出てきた怒りをぶつける洋へ今度は中年が割って入る。ブラック・ダミーたちは薄笑いを浮かべて一歩引く。睨みつける洋に怯むことなく、中年が話し始める。

 

「我らが懸念していたのは貴様の脱走そのものではない。貴様が脱走した後、我らの敵に回り邪魔をしてくることだ。脳改造前というのはもっとも脱走されやすい……そもそも脳改造とは、身体の改造に比べて素体への負担が格段に大きくなる。当然だろうな、生物の中枢を担う部分に手を加え、我らに従うよう中身までいじくり回すのだから。ゆえに少しでも改造手術の成功率を高めるために、最初に身体を改造して負荷に耐えられるようにしてから脳改造を施すのだ。しかし、裏を返せば脳改造直前の素体は我々にとって非常に危険な状態だ。なにせ身体は我らと同じく人間を越えた力を持っているが、ちっぽけな自我はまだ残った状態なのだ。しかも手術室にいるのは大抵非力な科学者どもだけ。もし素体が暴れ出せば科学者共にも死人が出るし、取り押さえるなり抹殺するにしても労力は人間相手の比ではない。仮に素体が暴れずとも侵入者や裏切り者の妨害が入れば、脱走される可能性も高くなる。だから万が一脱走してもこちらに敵対する気を起こさないよう、心を折っておく必要があったのだ。我らが大敵、『仮面ライダー』どものような輩がこれ以上増えないようにな」

「仮面、ライダー……?」

 

 中年が忌々しげに吐き捨てたフレーズを、洋は思わず聞き返す。

 仮面ライダーとは、『死体洗いのアルバイト』や『ミミズハンバーグ』などと同じく、世間でまことしやかに囁かれている都市伝説の一つだ。話の中身としてはバイクに跨り、仮面を被った男が怪人を率いて世界征服を企む悪の組織と人知れず戦っている、というものだ。話によって仮面の形がバッタやトンボ、トカゲ、カブトムシ、ハチ、カミキリムシになったり、悪の組織がナチスの残党だったり、『フリーメイソン』の過激派だったり、冷戦時に東西の大国が日本を滅ぼすために共同で立ち上げた秘密結社だったり、ユダヤ系財閥が極秘で設立した私設部隊だったりと幅はあるが、大筋に違いはない。

 洋が生まれる前から語り継がれている都市伝説だが、洋はまったく信用していなかった。曰く、仮面ライダーは悪の組織にただ一人で立ち向かい、長く苦しい戦いの末に勝利したという。しかし普通に考えればたかが一個人の力で、大それたことをやらかそうとしている組織に勝つなど、どうあがいたところで出来るわけがない。どれだけ強かろうが数で攻めればいつかは勝てるし、持久戦で消耗させればいいのだから。さらに言えば仮面ライダーは何の見返りも求めることなく人間の自由と平和を守るために戦い続けたらしいが、命の危険も顧みずに人助けを続ける酔狂な人間が現実にいるはずもない。

 もっとも、この都市伝説が全くのでたらめであるとは思っていない。なにせ実際に怪人と遭遇し、自分もまた怪人となってしまったのだから。大方、組織から脱走した怪人と追手の怪人が戦っているところを目撃され、噂として流布していくうちに『脱走者』から『ヒーロー』に変わっていったのだろう。今の洋はそう考えている。

 だからこそ、中年が仮面ライダーを、さも実在するものであるかのように言っているのが信じられなかったのだ。呆気に取られている洋を見た中年は表情を戻し、続ける。

 

「貴様も仮面ライダーを知らぬか、都市伝説の類と思っているようだな……ならばこの際だからよく覚えておけ。忌々しき仮面ライダーどもと、我ら『ゴルゴム』の因縁をな!」

「ゴル……ゴム?」

「おっと、ブラック・ダミーには脳改造と同時に知識を刷り込む以上、貴様はまだ知らんか……ちょうどいい機会だ。我らのことについても教えておくとするか。人間どもが現れる遙か昔よりこの世界を支配せし偉大なる闇の支配者、それこそが偉大なるゴルゴムよ。ゴルゴムは人間の歴史が始まってから幾度となく文明を滅ぼし、歴史を陰から動かし続けてきた。弱き存在でありながら我が物顔で振る舞い続けてきたゲス共の存在は許されるものではないからな。いずれは人間どもを根絶やしにするつもりだった。しかし我らが支配者、創世王様はとても慈悲深いお方だ。たとえ人間であろうともゴルゴムの理想に賛同し、優れた能力を持つ者であれば同志として引き入れて下さった。そして功績を挙げた者は5万年の寿命と人智を超えた力が与えられ、未来永劫ゴルゴムが築く理想郷の住人、怪人として生まれ変わるのだ」

「しかしゴルゴムは壊滅し、創世王様は亡くなられてしまった……忌々しき仮面ライダーのせいでな! あやつ、『ブラックサン』は創世王様の後継者候補、世紀王の片割れでありながらゴルゴムを抜け出し、あろうことか『仮面ライダーBLACK』を名乗って我らに歯向かった。怪人たちはあやつによって次々と戦死してしまい、剣聖ビルゲニア様や三神官様もあやつとの戦いが原因で命を落としてしまった。ゴルゴムに残ったもう一人の世紀王『シャドームーン』様も一度はあやつを倒したが、裏切り者のクジラ怪人によって復活したあやつとの再戦に敗れてしまった。残された我らは雌伏を余儀なくされた。地下に籠り、力を蓄え続けた。だが人間どもが放った追手によって同志たちは次々と捕まり、死んでいった。大宮は投獄直後に病に倒れ、坂田は虜囚の辱めを受けるくらいならば、と自害を選んだ。結局、生き残れたのは私を含めてほんの数人だけであった」

「それでも我らは諦めずにゴルゴム再興に尽力した。同じく仮面ライダーに壊滅させられた『ショッカー』から『バダン』の残党を集め、新たに台頭していた『亡国機業(ファントム・タスク)』から資金援助を受け、ようやく月影山を拠点に活動出来るようになった。改造手術を施せる人員も揃ったことで私をはじめ、何人かの同志は晴れて怪人となったが、仮面ライダーどもを打倒するにはまだまだ戦力が足りん。そこで我らは目を付けたのだ……かつて計画されながらも取りやめとなった『ブラック・ダミー計画』をな」

「ブラック……ダミー……」

「元々は憎き仮面ライダーを倒すため、怪人の模擬戦相手として世紀王とほぼ同じ能力を持った改造人間を生み出そう、という計画であった。無論、練習台を作るのに大きなリソースを裂くわけにもいかず、技術的にも『キングストーン』抜きで世紀王並の性能を引き出すことが出来ないことからすぐ廃案となったがな。しかし、合流したバダンまでの組織の技術を吸収したことで実用化の目途が立った。そして我々はこう考えたわけだ……仮面ライダーと同等の能力を持つなら練習台にするまでもない。直接ライダー共への刺客として送り込めばいい、とな」

 

 中年は一度言葉を切り、洋の腹部を指さす。

 

「貴様の腹に埋め込まれたのはキングストーンを模倣して人間どもが作り出した『賢者の石』だ。最初のうちは模造品と呼ぶのもおこがましいほどに程度の低い代物だった。せいぜい50年程度しか寿命を延ばせぬ『エリクサー』の精製や、触媒として鉛や鉄を金に変えるというちゃちな芸当が出来る程度、到底王の証たるキングストーンには到底及ばなかった。だが、我々は研究に研究を重ねて遂に賢者の石の力をより強め、キングストーンにより近付ける方法を発見した。改良に改良を重ね、完成した賢者の石は、ブラック・ダミーのパワーソースとしては十分な出力を発揮できるようになった。オリジナルのキングストーンにはまだ及ばんがな。この賢者の石には面白い性質があってな……生物の生命力を吸収することで力を増す。対象の生命力が強ければ強いほどな。だからこそ、貴様らには賢者の石を強化させるべく捕まえたデク共を始末させたのだ。最後の決闘も、生き残ったブラック・ダミーの生命力を吸収させて賢者の石の力を高めるために実施した」

「ちょっと待て! 石の力を高めるって、何のためにだよ!? 俺たちの身体に埋め込むために強化したんだろ!?」

「途中で我々の考えが変わったのだよ、賢者の石を強化し続ければやがてキングストーンをも越える力を発揮できるようになると。そうなれば仮面ライダーどもを倒すことはもちろん、創世王様を復活させることすら可能になるだろう。無論、必要な生命力も莫大なものとなるだろうが、11人の仮面ライダー共と

6体のブラック・ダミーの生命力を集約すれば不可能ではあるまい。上手く行けば仮面ライダーの持つキングストーンも手に入るし、可能性はより高くなる。そうなれば最早恐れるものなど何もない。再びゴルゴムが世を支配し、人間どもを滅ぼすのだ!」

 

(こいつ、マジでイカレてやがる……!)

 

 中年の言っていることには理解できない点が少なからずあるが、狂っていることだけは実感できる。こんな狂った連中のせいで自分の身体は化け物にされ、人殺しまでさせられたのか。怒りや恐怖といった感情がないまぜになり、洋は思わず叫ぶ。

 

「てめえら……元は人間だろ!? さっきから人間を滅ぼすとか怪人だけの世界を作るとか抜かしてるが、本当にそれでいいのかよ!?」

「無論だ。我らは最早人間などという劣等種族ではない。この姿も今となっては単なる偽装に過ぎん。そう、我々にとっての本当の姿は――」

 

 即答した中年と、それまで黙っていたブラック・ダミーたちが洋の前で並び立る。直後に7人は光に包まれ、それぞれチスイコウモリ怪人と01から06までの刻印が施されたブラック・ダミーとしての姿に変わる。

 

「この肉体こそが、我らの真の姿よ。いずれはお前もそうなる……貴様もまた、我らと同じ怪人でしかないのだからな!」

 

 最後にチスイコウモリ怪人が高笑いを上げるが、完全に呑まれてしまった洋は何も言い返すことができなくなってしまう。

 

「話はここまでだ。では、お前にはもう一働きして貰うぞ?」

 

 洋は、ただ黙って命令に従うことしかできなかった。

 

◇◆◇

 

 一夏が意識を取り戻したのは、うす暗い倉庫の中であった。今、一夏は金属製の椅子に座らされている。手首や足首、腰には椅子の肘かけ、足、背凭れに付けられたリング状の拘束具が着けられており、まともに身動きが取れない。辛うじて動く首を動かすと、周囲にはアルファベットや見慣れない文字が書かれた木箱がいくつも並んでいる。何が何だかわからず混乱しながらも拘束から抜けようともがく一夏だが、拘束具はびくともしない。一しきり暴れても外れないと確認し、一度動きを止めたところで倉庫の扉が開き、目だし帽を被った男が数人入ってくる。すると一夏は身を乗り出さんばかりの勢いで食ってかかる。

 

「おい! これを着けたのはあんたたちか!? 俺をどうしようってんだ!? さっさとこいつを外しやがれ! 大体ここはどこで、あんたら一体何者なんだよ!?」

「そう焦りなさんな、ちゃんと一つ一つ答えてあげるから口を閉じておくといい。舌を噛むよ?」

 

 先頭に立つ男は妙に馴れ馴れしい態度と口調で一夏を窘める。睨みつけながらも一度口を閉じた一夏を見ると、男は順を追って話し始める。

 

「まずここはどこか、だが……ドイツのベルリンさ。我々が何者か、を答えることは出来ないし枷を外すわけにもいかないが、我々の目的は教えてあげよう。我々は、君のお姉さんと話がしたいのさ。だから君をここまで連れてきたんだ。彼女は忙しい身だ……たった一人の家族の身に何かあったりしなければ、話を聞く気にすらなってくれないだろう?」

「千冬姉と、だと!?」

 

 どうやら、目の前にいる連中は千冬と『話す』ために自分をドイツまで拉致してきたらしい。要するに自分は千冬に対する人質だ。一夏がいれば千冬の実力行使を抑えることが出来るし、そもそも一夏を人質にでもしなければ交渉のテーブルにすら着かないことなど分かり切っている。

 

「千冬姉に何を要求する気だ!? 身代金か!? ISか!? それとも束さんについて何か教えろってか!? ウチはそんな裕福じゃないし、ISだって千冬姉の持ち物じゃない! 束さんのことなんか千冬姉だって理解し切れてねえよ! だから何を要求したって無駄だ! 第一、千冬姉は今日モンド・グロッソの決勝戦なんだ! 俺を人質にしたってすぐには来ないぞ!」

「残念だが、君にそれを答える必要はない。ただ、君は自分の重要性を甘く見積もり過ぎているようだな……彼女は君に危害が及ぶと知れば、決勝戦を棄権してでも君を助けに来るだろう。彼女のことだ、それこそISまで持ち出してこちらへやってくるかもしれない。しかし、君が我々の近くにいれば彼女も君を傷付くことを恐れて、バカな真似をしようとは考えなくなるだろう。そうなれば後は交渉のテーブルについてもらうだけ、という寸法さ」

「何が交渉だよ! 結局は俺を人質にして千冬姉を脅迫するってだけじゃねえか! そんなこと、俺が絶対にさせないからな!」

「威勢がいいのは結構だが、自分がどんな状況に置かれているか、考えてみたらどうだい? 手足も動かせないというのに、君に一体何が出来ると言うんだ?」

「ぐっ……!」

 

 卑劣な手段を使って千冬を呼び出し、脅迫しようとする男たちに憤った一夏は必死にわめくが、冷静に現状を指摘されて押し黙る。男の言う通り、今の一夏には何もできない。せめて腕か足の一本でも動けば少しは違ったのかもしれないが、今の自分にできるのは首を動かすことと声を出すことだけだ。

 千冬に危機が迫っているというのに何もできない自分の無力さに、一夏は悔しさのあまり唇をキツく噛み締める。幼いころからずっと千冬に守られ続けてきたので、せめて千冬の足手纏いにだけはならないようにと心に決め、いつかは千冬をも守れる男になりたいと思っていた。しかし、現実はこのザマだ。千冬を守るどころか、また迷惑をかけてしまう。そのことが何よりも悔しくてたまらない。

 

(せめて、あの時洋兄ちゃんと……そうだ!)

 

 己の迂闊さを内心責める一夏は洋と喫茶店から出た後に意識を失ったことを思い返すと、あることに気付く。

 

「洋兄ちゃんは、俺と一緒にいた人はどうした!? あの人は千冬姉と関係ないだろ!?」

 

 意識を失う直前、洋の姿を見た気がする一夏だが、いかんせん状況が状況だったので確信が持てない。それに、一夏を誘拐した連中に洋が加担しているなどとは信じたくない気持ちが強い。あの時洋がハンカチを持っていたように見えたのは錯覚で、犯人は別にいるのだと思いたかった。もしこの場にいなければ連中と洋は無関係だ。そんな一夏の願いを砕くように、男は笑ってみせる。

 

「ほほう、誘拐した張本人の心配とは心優しいな……彼ならば、ここに来ているさ。おい、呼んできてやれ」

 

 男が言うことには、洋もこの場にいるようだ。やはりあの時自分を眠らせたのは洋なのだろうか。

 

(いや、まだそうと決まったわけじゃない。きっと俺と一緒にいたところをあいつらに捕まって、閉じ込められているだけなんだ。そうに決まってるさ)

 

 だが、一夏はまだ信じようとしない。洋が自分を害するような真似をする筈がない。そう思い込んで現実から目を逸らそうとする。

 洋が自分を誘拐したという事実を受け入れつつある自分と、現実から目を逸らしてでも洋を信じたい自分がぶつかり合い、葛藤する。男たちの一人が一度倉庫から出て、悶々とする一夏の前に8人の男を引き連れて戻ってくる。1人は神父服を着たやせぎすの中年だ。6人は体格こそまちまちだが、同じデザインの黒いスーツとズボン、黒いネクタイを着用している。最後に入ってきた1人は、一夏もよく知っている。

 

「洋、兄ちゃん……」

 

 最後に入ってきたのは、洋だ。とても居心地の悪そうな、罪悪感を抱いていそうな、今まで見たこともない表情を浮かべている。洋は入ってきた直後に一夏を一瞬だけ見るが、すぐに視線を逸らしてしまう。一言も喋ろうともせず、気まずげな様子でその場に立っている。何を意味するのかを無意識のうちに理解してしまった一夏だが、振り払うように声を上げる。

 

「兄ちゃん! 無事だったんだね! それとごめん、俺がしっかりしてなかったから兄ちゃんまで巻き込んじゃって……!」

「おやおや、随分と健気なもんだよ……坊や、こいつは君に巻き込まれたんじゃあない。君を巻き込んだ張本人さ。そうだろ?兄弟」

「お前になんか聞いてない! 洋兄ちゃん、こいつらの言うことなんか聞いちゃダメだ! 俺は大丈夫だから、本当のことを言ってよ! 俺のせいでこいつらに無理矢理連れてこられちゃったんだろ!?」

 

 必死に呼びかける一夏を見て、スーツを着た男の一人が憐れむような視線を向け、洋に呼びかける。洋は微かに身を震わせるが、黙ったままだ。一夏は男を黙らせようと吠え、すがるように問いかけ続ける。洋が自分を裏切る筈がないと信じて、だ。すると少し間を置いて洋がようやく口を開く。

 

「……お前をここに連れて来たのは、俺だ。俺がお前に薬をかがせて、眠らせたんだ」

「何言ってんだよ洋兄ちゃん!? そんな嘘なんかつかなくていいんだって! 俺のこと、庇わなくてもいいんだから!」

「いや、嘘じゃない。俺が、誘拐したんだ」

「……嘘だよね? 洋兄ちゃんが、そんなことするわけ……やっぱり、嘘なんじゃ……」

「嘘じゃねえ!」

 

 目を逸らそうとしてきた真実を認められず、信じようとしない一夏を洋が一喝する。一夏誘拐を実行したのは洋だ。あまりに衝撃的なことに頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。だが、少し経つと別の逃げ道を見つけて我に返ると再び一夏は洋に口を開く。

 

「……そ、そうだ! 洋兄ちゃん、こいつらに脅されてるんだね!? そうでなきゃこんなヤツらに兄ちゃんが協力するわけが……!」

「……いい加減目覚ませやこのクソガキがァ!!」

 

 自分を誤魔化そうとする一夏に対し、洋が罵倒を飛ばす。驚きのあまり絶句する一夏を余所に、洋はそれまでとは一変して血走った眼で一夏のことを睨みつけてまくしたて始める。

 

「てめえだってハナから分かってただろうが! 俺が犯人だなんてことはよォ! 倒れる前に振り向いて見てたじゃねえか、俺の顔を! なのに俺も一緒に誘拐されただとかほざいて現実から目逸らしやがって! てめえはもう小坊じゃあねえんだからちったあ現実を見やがれ!」

「洋兄ちゃん……」

「中坊にもなって兄ちゃんとかつけんじゃねえよ! 俺はてめえの兄貴でも何でもねえんだ! 俺とてめえは赤の他人でしかねえんだよ! てめえは昔からそうだったよな……いつもいつも自分にとって都合のいいように思い込んで! そいつを人様にまで押し付けやがってよぉ! 俺はてめえにとって都合のいいヒーローでも何でもないんだよ! 俺はてめえが思っているよりずっと弱くて、汚くて、臆病で、どうしようもない男なんだ! なのにてめえは知らん顔して勝手にてめえの理想を押し付けて、ヒーローショーでも見てるガキみたいな目をして見てきやがって! てめえから離れるまで、俺がどんだけ苦労してきたかわかってんのか!? 本音を全部隠してそれっぽいこと言わされて! いつもと違うカッコつけた行動取らされてきて! いかにも優しい理想の兄貴分みたいに振る舞わなきゃいけなかった、俺の気持ちがよ! 俺がてめえから離れてようやく解放されたと思ったら、てめえはまだガキみてーに俺を美化して、憧れてやがるときた! そんなガキ臭えお花畑のてめえのおかげで、俺はこいつらに協力するしかなくなっちまったんだよ!」

「俺の、せいで……?」

「そうだとも! てめえがいつまで経ってもヒーローごっこから卒業しないおかげで、てめえを誘拐するのに俺が駆り出されちまったんだよ! そのせいで俺のダチはみんなこいつらに殺られて、俺も地べた這いつくばってゲロ吐く羽目になっちまった! なのにてめえはまだ俺がヒーローだと思い込んで、俺にすがって助けてもらおうとか甘ったれたこと考えやがって! いいか、二度と俺に憧れたりするんじゃねえ! 俺はてめえの大好きなヒーローじゃなくてただの不良だ! 弱いヤツとしかケンカはしねえし、強いヤツには巻かれるだけだ! 何よりも自分が一番かわいいし、身の危険を冒してまで他の誰かを助けられるほど酔狂なヤツじゃねえ! それが分かったら金輪際俺と関わろうとすんな! もし生きて帰れたとしても、絶対に俺を探そうとすんじゃねえぞ! ここでようやくてめえとの腐れ縁を切れたんだからな!」

 

 一夏の反論を一切許さず、一気に話し終えた洋は息を荒げながら再び一夏から視線を外す。

 何も考えられなかった。今までの人生を、目標としてきた人自らの手によって全否定された。今日に至るまでの価値観が、根底から崩れ去った。あまりの衝撃の大きさに感情が追い付かない。理性がついていけない。思考回路が働かない。

 それでもしばらくすると少しずつ脳の活動が再開し始める。無意識のうちに視線を泳がせていく一夏だが、ふと洋の表情を捉える。

 今まで見たことがないほど、疲れ切った顔をしていた。一夏へ対して怒りを燻らせている様子も、言いたいことを全部言いきったという一種の満足感も顔になかった。ただ、今まで背負わされていた背負いきれないほどの重荷を下ろし、ようやく解放されたという憔悴のみが表情に出ていた。そこで一夏はようやく悟る。自分は洋に理想のヒーロー像を押し付けて、無意識のうちにプレッシャーを与え続けていたのだ。

 思い返せば、一夏は洋に憧れて頼るだけで洋が本当は何を考えているか、自分がいないところでは何をしているのか、ということなど考えたこともなかった。表面上は優しく、強く振る舞っていたとしても実は弱音を吐きたかったり、逃げたかったり、怒りたかったり、投げ出したかったりしたのかもしれない。人間である以上、当たり前の話だ。普段は弱さを見せないように振る舞っている千冬でさえ、酒が入ると一夏に対してポロリと弱音や愚痴を吐くことだってあるし、だらしない姿や情けないところも見てきた。洋もまた同じだ。本当は弱いところもあるハズなのに、自分はそれを見ようとしてこなかった。ただひたすら憧れて、ヒーローとして祭り上げて、理想像を押し付け続けてきたのだ。一夏は、本当の『太刀川洋』を見ようともしなかったのだ。それが今まで洋にとって重荷となっていたのだろう。

 

「俺が……俺が悪いんだ、俺が……」

 

 心の支えを根元からへし折られた一夏は一言呟いてうなだれる。

 自分が洋を追い詰め、疲弊させてしまったのは事実だ。途中経過は分からないが、最終的に洋が一夏誘拐に加担することになったのも、自分との繋がりに原因があるのだろう。そして幼いころから迷惑をかけ続けてきた千冬に対しては、恐らく人生でも最大級の迷惑をこれから掛けることになる。男たちの目的は知らないが、きっと千冬は自分を人質にされ、これからの人生を全て棒に振ってしまうような選択をするように強要されるのだと確信している。こうなったのも、自分が洋のことを直視できていなかったからだ。今回の事態は、一夏の幼稚さが招いたと言っても過言ではない。

 最初のうちに抱いていた反抗心など、完全に砕け散ってしまった。

 一夏が俯いた後、スーツ姿の男や神父服を着た中年が目出し帽を被った男たちと何かを話していたが、内容は一切入ってこなかった。ただ、己の愚かさを呪い、千冬や洋に迷惑をかけてきたことへの罪悪感でいっぱいだった。

 

(千冬姉、洋……さん、ごめんなさい。俺なんかのせいで、こんなことに巻き込んで、ごめんなさい……)

 

 洋を含めた後から倉庫へ入ってきた男たちが立ち去るのを直視出来ず、一夏はひたすら千冬と洋へ内心謝り続けるのであった。

 

◇◆◇

 

 一夏と対面した後、洋は元いた倉庫に戻されていた。今はブラック・ダミーから渡されたハンディモニターを片手に、木箱の上に腰掛けて第2回モンド・グロッソの中継を見ている。

 あの後、なぜ一夏の誘拐を命じられたか、という疑問はあっさりと解決した。どうやら、目出し帽を被った男たちが所属する亡国機業という組織から協力を要請されたらしい。資金を提供した見返りに手伝え、ということなのだろう。更に言えば一夏と自分の関係を調べ上げたのも亡国機業であったようだ。自分が脱走後にガオスへ戻ったことも亡国機業が調べてゴルゴムに情報を提供したのかもしれない。自分が逃げようとしていた組織の力は、想像以上に強大なものであるようだ。

 

(ヘッ、やっぱり仮面ライダーなんているわけがねえんだよな……どうせただの仲間割れだろ?)

 

 モニターを漫然と眺めながら、洋は乾いた笑いを浮かべる。中年は仮面ライダーについて忌々しげに語っていたが、実際のところはゴルゴムがブラックサン派とシャドームーン派に別れて内部抗争を繰り広げていただけなのだろう。そのせいで主要幹部を失った組織は弱体化して瓦解、中年を含めた生き残りが地下に潜った、というのが洋の見立てた真相だ。ブラックサンが仮面ライダーと呼ばれているのは、敵対派閥に属していた中年たちによる一種の『レッテル貼り』だ。女尊男卑の今の世で少しでも女に厳しくすると『女の敵』やら『時代遅れ』だなどと決めつけ、糾弾するのと同じことだ。きっとブラックサン派からはシャドームーンも仮面ライダー呼ばわりされていたのだろう。そう思うことにした。巨悪に敢然と立ち向かうヒーローなど、テレビの中にしかいないのだ。

 

(それにしても、一夏の姉貴はとんだ災難だぜ。大会が終わったら今度は弟が誘拐されちまうんだからな)

 

 亡国機業が一夏を誘拐しようとした理由も聞いている。どうやら千冬の身柄を確保しようとしているようだ。理由は洋にでも分かる。最強の兵器を扱う操縦者の中でも名実ともに最強の千冬を味方に引き入れてしまえば敵はいないも同然だ。もちろん、他の上位陣が束になってかかればいくら千冬でもやられるだろうが、ただでさえ数が少ないISを数機も一人で釘付けに出来るし、何人かは相討ちで倒してくれる。囮としてはこれ以上なく最適だ。逆に最後の切り札として投入し、疲弊したところを一気に叩かせるというやり方でも役に立つ。駒として使う分には是非とも確保しておきたい逸材だろう。すでに千冬へは亡国機業が連絡を入れているそうなので、格闘部門の決勝戦と表彰式が終わると同時に指定された場所へすっ飛んでくるだろう。仮に千冬やその上役が一夏を見捨てたとしても、亡国機業側にこれと言って損はない。せいぜい後始末の手間が増えるだけだろう。

 

(さて、そろそろ逃げる算段をつけねえとな)

 

 役目を終えてもなお倉庫に留まるよう命じられた時点で、始末される可能性が高いと洋は踏んでいる。賢者の石の強化方法からして、仮に脳改造を施されたとしても死ぬ時期が少し遅れるだけだ。ならばこんなところに留まっている理由はない。幸い、他のブラックダミーとあの中年は亡国機業と同じ倉庫に詰めている。千冬と交渉する場所へ移動する時が最大のチャンスだ。向こうも慌ただしくなるし、一夏のこともあるので脱走しても追跡するのは難しいだろう。

 

(悪く思うなよ、一夏。俺だってまだ死にたくはねえんだ……恨むなら自分の運のなさを恨むんだな)

 

 あの時、一夏へ対して言ったことはまぎれもない本音だ。一夏が自分のことを信じようとしているのを見て、今まで溜まっていたものを全部洗いざらいぶちまけてしまったのだ。中には八つ当たりでしかないことも混じっていたと自覚している。しかし、言わなければ自分が押し潰されてしまいそうだった。話した後は萎れてしまった一夏の姿を見て罪悪感が湧き、まともに顔を見ることも出来なかった。それでも、仕方のないことだと自分に言い聞かせる。人間とは弱く、身勝手な生き物だ。今の洋のように不都合なことは自分以外に押し付け、自分の身が一番かわいいと思うものだ。きっと目を覚ました一夏も誘拐された自分を恨み、どうにかして助かろうとあがいているだろう。昔の自分なら恨まれることを恐れてあんなことは言えなかっただろうが、仲間を殺された時に自らの本性を自覚してからは、恨んでくれて構わないと思うようになっている。人間である以上、当然なのだから。

 上の空で考え込んでいた洋だが、モニターから流れてくる音声が妙に騒がしい。疑問に思って目をモニターへ戻すと、千冬が格闘部門の決勝戦を突然棄権したと伝えられる。理由は不明で、会場に千冬の姿はないそうだ。

 

(棄権、だと? まさか……大会より弟を優先しようってのか!?)

 

 洋はモニターを見て唖然とする。確かに千冬は一夏をとても大切にしている。千冬に無断で一夏を川へ連れていき、怪我をさせてしまった時は思い切り殴られた。本人も『一夏に何かあれば必ず駆けつける』と言っていたが、モンド・グロッソ連覇という栄誉や国家の威信、棄権した場合のリスクと天秤にかけてなお、弟を選ぶと言うのか。洋にとってはとても信じられない。たとえ助けようと思っても大会が終わってからと考えるだろう。

 呆然としている洋に、どこからか声がかけられる。

 

『よお、兄弟。中継は見たか? 天下のブリュンヒルデ様が決勝戦をドタキャン、だとよ……面白いことになってきたと思わないか?』

 

「てめえは……ブラック・ダミー1号か!? どこにいやがる!?」

 

『探したって見つかりゃしないよ……今は坊やのいる倉庫にいるんだからな。今はお前の頭へ直接話しかけているのさ。俗に言うテレパシーってヤツでね』

 

 話しかけてきたのはブラック・ダミー1号、サブを殺し自分に誘拐を命じたブラック・ダミーのリーダー格だ。周囲を必死に見渡して姿を探す洋だが、1号の姿はどこにも見えないし、スピーカーの類いもない。何より、1号が言った通り頭の中へ声が直接響いているような感覚だ。

 

「テレパシーって……超能力かなんかでも持ってんのかよ!?」

 

『いいや、これも改造手術の恩恵さ。お前は使い方がわからないから受信しか出来ないだろうが、使い方さえわかれば送受信は思うがままさ。おっと、出来るのはこれだけじゃないんだぜ? テレパシーを応用すれば、こんなことだって出来る』

 

 1号がうそぶいた直後、洋の視線が一瞬暗転し、なぜか拘束された一夏の姿が目に入る。

 

「一夏!? こいつはどうなって……!」

 

『テレパシーだけじゃなく、同型の改造人間同士なら視覚や聴覚を共有出来るようになっているのさ。今お前が見ているのは、俺の視界だ。逆に俺がお前の視界を通じて物を見たり、聴覚を使って音を聞いたりも出来る。便利だろ?』

 

「俺の視界や聴覚を、だと? なら居場所を突き止めたのは……!?」

 

『俺たちさ。感覚共有を抜きにしても大まかな居場所なら探知出来るんだが、特定するとなると情報が必要だったんでね。勝手に使わせてもらったよ』

 

「じゃあなんであの時まで俺を始末しに来なかった!?」

 

『始末する必要がなかったからさ。もし俺たちの邪魔をするようであればすぐ始末するところだが、お前は素知らぬ顔をして見て見ぬふりをすることを選んだ。監視ならばいつでも出来るし、泳がせておいたのさ。もっとも、亡国機業の方でお前を含む坊やの関係者を調べ上げて、拉致して欲しいと依頼して来た時は驚いたがね。他のヤツを連れていくのは面倒だったからお前が選ばれたってわけさ』

 

 自分の居場所を突き止めた方法を知って洋は愕然とする。今まで、洋は気付かぬうちにゴルゴムから監視され続けていた。そしてこれからもそれが変わることはない。突き付けられた事実に絶望しかける洋に追い討ちをかけるように、1号は話を続ける。

 

『お前のことだ、どうせ逃げようと考えていたんだろう? なら、今のうちだぜ? 決勝戦を棄権したってことはブリュンヒルデが何らかの方法でこの場所を探し当て、殴り込みにくるってことだ。そうなったらここは大混乱に陥ってお前どころの騒ぎじゃなくなる……俺たちにとってもな。だが、せめてもの餞別として坊やと今生の別れってヤツをさせてあげようと思ってね』

 

「別れだと!?」

 

『ああ。いくらブリュンヒルデでも、唯一の肉親を目の前で惨殺されたら冷静さを失って何も見えなくなるだろう? そうなったらしめたモノ、俺たちが足止めしているウチに切り札を使ってISを奪ってやれば、って寸法よ』

 

 ブラック・ダミー達は、一夏をサブと同じようなやり方で殺害するつもりだ。それも千冬の目の前で、だ。黙り込んでしまう洋を余所に、視界に映る一夏へ1号とは別のブラック・ダミーが話しかける。

 

『坊や、気分はどうだい? 誘拐された理由が大好きなお姉ちゃんだと知って。それと憧れだった洋兄ちゃんが君のことを嫌っていて、あんなことをずっと思っていたと知った気分は。最悪だよなぁ? 憎たらしいよなぁ? 自分を巻き込んだお姉ちゃんと、自分の心を踏みにじった洋兄ちゃんが憎くてたまらないよなぁ?』

『……くない』

『ん? なんて言ったのかな?』

『……どっちも、悪くない』

 

(え……?)

 

 一夏が返した答えに、洋が目を見張る。ブラック・ダミーも意外そうな顔をしている。

 

『坊や、もう一回言ってくれないかな?』

『千冬姉は、悪くない。あの人も、悪くない。全部、俺が悪いんだ……俺が弱くて、バカだったから、千冬姉と洋さんは……だから……!』

『おい止めろ! このガキまた舌噛む気だぞ!』

 

 俯いたまま、小声で言った直後、一夏は顔を上げると思い切り歯を食いしばって舌を噛み切ろうとする。しかし直前で気付いたブラック・ダミー達が止めに入り、頭を押さえつけて強引に猿轡を噛ませる。話しぶりからして、すでに何回も舌を噛んで自殺しようとしたのだろう。猿轡を噛まされてももがき続ける一夏からブラック・ダミーたちが離れていくと、再び1号が話し始める。

 

『と、まあ猿轡を外す度に舌を噛み切ろうとしてね……まだ死ぬのは先だってのに、困ったもんだよ。ただ、自分の責任を感じてけじめつけようとしているだけ、お前よりは立派なもんさ。ま、もう会うことはないだろうが。それじゃあ、良い旅を。始末されるまでの短い人生、せいぜい楽しんでおくんだな』

 

 それを最後に視界が戻り、声が聞こえなくなる。向こうが交信を切ったようだ。

 

「なんで……なんでだよ? なんで俺や姉貴のせいにしねえんだよ、お前は……」

 

 洋には、一夏の言動が信じられなかった。他人のせいにして憎むどころか全てを自分で背負い、足手纏いにならぬようにと自殺さえ試みる一夏が、洋には信じられなかったのだ。洋を憎み、千冬を恨むのが人間として当たり前の反応のハズだ。

 

「……変わったやつだったぜ、お前は。もう俺には関係ねえことだ。こうなったら逃げられるだけ逃げてやる。場所を割り出せても、すぐには見つからねえだろ。その間に逃げることだって出来る。とっととおさらばしてやるぜ」

 

 わざと声に出して自分に言い聞かせると、洋は木箱から立ち上がり、倉庫から出ようとする。今さら良心の呵責に囚われていてもしょうがない。すでに大勢の命を奪っている身だ。今さら一人や二人見殺しにしたところで変わらない。割り切って先に進むしかない。洋は倉庫の扉に手をかけ、開け放とうとする。

 

(そうさ、俺は悪くない。俺は悪くないんだ。だからこっから逃げて……)

 

 なぜか、扉を開けられなかった。

 

(殺したのは俺が悪いんじゃない。あいつらに命令されて仕方なく……)

 

 ゴルゴムのアジトで経験したことを思い出す。

 

(仲間が殺されたのは俺のせいじゃない。あいつらが俺を勝手に探知して……)

 

 仲間たちの死体と、サブの死にゆく姿が脳裏に浮かぶ。

 

(一夏を誘拐したのだって俺のせいじゃない。あいつらが脅してきたから……)

 

 一夏の、絶望に打ちひしがれた顔が頭から離れない。

 

(そう、元はと言えば一夏が悪いんだ。あいつだってそう認めているんだから……)

 

『俺が弱くて、バカだったから、千冬姉と洋さんは……だから……!』

 

 最後に一夏が言った一言がリピートされる。

 

(俺は悪くない、俺は悪くない、俺は悪くない、俺が悪いんじゃない。悪いのは……一番悪いのは……)

 

 幼き一夏の、真っ直ぐな視線が洋の深淵を直視する。

 

「――俺だ。俺の責任だ。全部、俺が悪いんだ」

 

 洋はその場に力なく膝をつく。

 元はと言えば、全て自分のせいだ。あの時、街を流そうと仲間に提案したのは自分だ。ゴルゴムの脅迫に屈し、罪もない人たちを殺すと決めたのも自分だ。感覚を共有出来ることにも気付かず、ガオスのアジトがバレてしまったのも自分の責任だ。サブがなぶり殺しにされ、死体すら弄ばれたのも自分が止めに入らなかったせいだ。そして一夏が絶望し、命すら奪われそうになっているのは、他でもない自分のせいだ。今まで目を逸らしてきた真実を、ようやく洋は直視して受け入れる。洋は、ずっと逃げていただけだった。父との不和から逃げ、一夏から逃げ、自分の罪からも逃げ、罰からも逃げようとした。その結果、多くの命が奪われ、一夏を苦しめることになった。一番現実を見れていないガキだったのは、自分だったのだ。

 

「すまねえ、サブ……すまねえ、加頭のアニキ、真木のアニキ、番場のアニキ、滝川、甲鐘、ヤス……みんなを巻きこんじまったのは、俺なんだ……」

 

 力なく、洋は呟く。

 

「すまねえ、一夏……お前をずっと騙し続けてきたクセに、あんなこと言っちまって……悪いのは、全部俺だ。お前は何にも悪くねえ。何にも悪くねえんだよ……」

 

 洋は一夏を騙し続けていた。あたかも理想のヒーローであるかのように振る舞い、本当の自分を隠し通してきた。一夏は、それを信じていただけだ。もしもっと早くに嘘をつくことをやめていれば、一夏が傷付くことも自分が重荷に感じることもなかっただろう。

 後悔の念が湧いてくるが、もう遅い。起きてしまった事実は変えられない。死んでいった命はもう戻ってこない。今の洋に出来ることなど、なにもない。

 

(いや、あるぜ……まだ俺に出来ること、やらなくっちゃあならねえことが)

 

 拳を握りしめながら洋は立ち上がる。

 

「ケジメ、つけねえとな」

 

 一言洩らすと再び扉へ手をかけ、今度は躊躇いもなく開け放つ。

 その頃、ブラック・ダミーたちは一夏のいる倉庫で待機していた。猿轡をされてからしばらくもがいていた一夏だが、今では諦めたのかすっかりおとなしくなっている。ブラック・ダミーのうち、1号は右手に何かを持って弄んでいる。

 

「それが亡国機業の言っていた新兵器か?」

「ああ。なんでもISを強制解除させる効果があるらしい。同じISに使えるのは1回きりだそうだが」

 

 1号が持っているのは、ISを操縦者から奪うために開発された『剥離剤(リムーバー)』という兵器だ。曰くまだ試作段階で、ISを強制解除させてから1分程度経つと耐性がついて再び展開出来るようになるそうだ。これを1号が亡国機業から預っているのは、千冬が倉庫に乗り込んできた時のためだ。

 作戦としては、千冬を倉庫内へ誘い込むことでISの機動力を発揮出来ないようにし、目の前で一夏を惨殺することで正常な思考能力を奪う。あとは戦っている隙に剥離剤を使ってISを奪えば終わりだ。いくら千冬が強くとも、生身の人間が世紀王と同等の性能を持つ改造人間6体と怪人に敵う道理はない。

 ちなみに一夏を拘束している器具は改造人間の力でも破壊出来ない特殊金属製だ。椅子の背もたれにつけられたロックにカードキーを通さない限り一夏は解放されない。そのカードキーは亡国機業側で所持している。

 いくら千冬でもISを着けたまま会場から直行すれば目立つので、車両を使って移動して直前で装着してくる可能性が高い。時間的にもまだ余裕があるだろう。絶望しきった一夏を見ながら1号は剥離剤を懐に収める。

 突然、月の光が内部に入ってくる。従業員が出入りするための扉では無く、荷物の運搬で使う大扉が開けられたのだ。いきなり入ってきた月光に顔をしかめながら、一夏以外の7人は顔を一斉に向ける。

 

「誰だ? 亡国機業の連中じゃないようだし、ブリュンヒルデにしちゃ早過ぎるが……」

 

 疑問を口にする1号に対し、ドアを開けた者は月明かりを背にしてゆっくりと歩み寄る。距離が詰まり顔が見えてくると、1号は意外そうな顔をする。

 

「おや、誰かと思えば……どうしたんだ? こんなところに顔を出して。別れの挨拶だけじゃ足りなくて死に顔も見ておきたいってか?」

「ああ、どうしても死に顔を見たくてな……てめえら7人の死に顔がよ」

 

 倉庫に入ってきたのは、洋だ。ただし、先ほど倉庫に連れてこられた時と異なり、何かを決意した表情を浮かべている。

 

「おいおい、ビビり過ぎておかしくなっちまったのかい? 坊や以外の6人がどこにいるってんだ?」

「聞こえなかったか? てめえらブラック・ダミーとコウモリ野郎、ここで全員俺がぶっ倒してやるって言ってんだよ」

 

 洋の宣戦布告に等しい言葉を聞くと、1号の顔から笑みが消える。

 

「冗談はそこまでにしておきな、7号。尻尾を巻いて逃げるなら今の内だぜ」

「俺は……もう逃げねえ。てめえらからも、一夏からも、俺自身からもな」

 

 他のブラック・ダミーと中年も1歩進み出る。全員目付きが険しくなっているが、洋は怯まずに拳を握り、胸の前まで持っていく。

 

「俺は、俺が許せねえ。いつもいつも逃げてばかりで他人に迷惑ばっかりかけてきた俺自身がな。そして、それと同じくらいてめえらのやり方が許せねえ。俺だけを狙えばよかったものを、何も知らねえダチを巻き添えにして、一夏まで必要以上に苦しめようとしやがって……!」

「だからここでケジメつける! 俺の命でてめえらに殺されたダチ全員と、一夏の礼をしてやるぜ!」

 

 洋はブラック・ダミーたちに啖呵を切ると、今度は一夏へ声を張り上げる。

 

「待ってろ一夏! 必ずお前を姉ちゃんに会わせてやる! だからお前も絶対に諦めるんじゃねえ! もし絶望しちまったっていうんなら、その時は……」

 

「――今度こそ、俺が最後の希望(ヒーロー)になってやる!!」

 

 そして洋は両腕を右斜め上に伸ばして、叫ぶ。

 

「変身!!」

 

 すると洋の全身が光り輝き、腹部に紅い賢者の石を収めたバックルが出現し、周囲の細胞をベルト状に変化させる。同時に洋の身体が緑色のバッタに似た怪人の姿へ変わり、すぐに全身を漆黒の強化皮膚が覆う。手足や首元に赤と黄のラインが走り、最後に左胸と左側頭部に白い『07』の刻印が浮かび上がる。

 

「バカなヤツだ……いいだろう、この場で始末してやるよ!」

 

 男たちは何の動作をすることもなく全身を光輝かせ、それぞれ『01』から『06』までの刻印を持つブラック・ダミーと、チスイコウモリ怪人へと姿を変える。

 

「ゴルゴムの裏切り者、ブラック・ダミー7号! ここが貴様の墓場となるのだ!」

「ヘッ、俺はもうブラック・ダミーじゃねえ!」

 

 チスイコウモリ怪人が処刑を告げても怯むことなく洋は言い返す。

 

「俺は、仮面ライダー! 仮面ライダーブラックだ!」

 

 洋、いや仮面ライダーブラックは新たな己の名を高らかに名乗るのであった。

 

◇◆◇

 

 一夏には目の前の光景が信じられなかった。

 洋が再び自分の前に現れ、黒いバッタ男に変身した。それだけでなく他の男たちも同じようなバッタ男と、コウモリの化け物に変わってしまった。アニメや特撮のようなことが、現実に起きたことで、それまでの絶望や洋が戻ってきた驚きでさえ頭から吹っ飛んでしまったのだ。そして洋は仮面ライダーブラックを名乗ると、いきなり駆け出して他のブラック・ダミーへと向かっていく。

 

「いくらブラック・ダミーと言えども高が一人、俺たちに勝てるものか!」

 

 ブラック・ダミーとコウモリの怪物もまた仮面ライダーブラックへと一斉に殴りかかる。

 

「おっと!」

 

 だが仮面ライダーブラックは間合いに入る直前、いきなりジャンプしてブラック・ダミーたちの頭上を飛び越える。そのまま一夏の目の前で着地し、椅子ごと左腕で抱え上げると木箱を数個蹴り飛ばし、ブラック・ダミーたちに当ててから倉庫の壁に向けて跳躍する。そして蹴りの一撃で壁の一部を破壊し、倉庫の外へと飛び出す。

 

「クッ、先にガキを逃がす気か……追うぞ!」

 

 反応が遅れた上に木箱に邪魔されたブラック・ダミーたちは出遅れ、慌てて後を追う。

 仮面ライダーブラックは大地を蹴って倉庫群を飛び回りつつ、猿轡に手をかけて引きちぎる。続けて拘束具も外そうとするが、いくら力を込めても壊れないようだ。

 

「クソ、鍵がなきゃ無理かよ……!」

 

 間近に見る仮面ライダーブラックの姿に絶句するしかない一夏だが、聞こえてくる声が洋そのものであることに妙な安心感を覚える。拘束具の破壊を諦めた仮面ライダーブラックは一夏に顔を向ける。

 

「一夏、すまねえ。お前をこんな危ない目に遭わせちまって。そしてお前の気持ちも考えずにあんなことを言っちまって。悪いのは、全部俺だってのにお前のせいだなんて言っちまって……何回謝っても許して貰えるようなことだとは最初から思っちゃいねえ。許してくれだなんて言う気もねえ。俺は、それだけの酷いことをしちまったんだ」

「そんな……そんなことは……」

「元はと言えば、俺がいいカッコしようとして、それから先もずっと騙し続けてきたのが悪いんだ。俺は弱い本当の自分が見られるのが怖くて、嘘をつき続けてきた。お前が俺を尊敬して、信頼してくれているのにかこつけてな……なのに俺は自分の嘘を棚に上げて、お前を逆恨みするようになった。ただ単に自分で自分を縛ってたってだけなのに……結局、俺が一番のガキだった。お前を利用してヒーローになったように錯覚して、いい気になって、飽きたら投げ出しちまう最低な野郎だったんだ、俺は」

 

 倉庫の屋根から屋根を飛び移りながら、仮面ライダーブラックは静かに語り続ける。

 

「だから、今だけはお前のヒーローになってやる……いや、ヒーローになってみせる。俺は弱っちくて、臆病で、卑怯でどうしようもない男さ。それでも今だけはお前を守るヒーローになりてえ。まだまだ足りねえところはあるし、理想のヒーローからは程遠いのは分かってる。それでも、俺は……クッ、流石に外まで逃がすのは無理かよ」

 

 仮面ライダーブラックが一度振り向くと、遠巻きながら追ってくるコウモリの化け物の姿が見える。仮面ライダーブラックは別の倉庫の前に着地する。そして扉を片手で開けると中に入り、一夏が座った椅子を下ろし、しゃがみ込んで話しかける。

 

「いいか一夏、ここでおとなしく待ってろ。あいつらは俺が片付ける。それまでは、諦めずに待ってるんだ。姉ちゃんが迎えに来るまで、絶対に守ってやるからよ」

 

 仮面ライダーブラックは立ち上がり、一夏に背を向けて外へ出ようとする。

 

「洋さん!」

 

 一夏が呼びかけると、仮面ライダーブラックは一度立ち止まる。しかし振り返らずに答える。

 

「……こういう時は、仮面ライダーって呼ぶもんだぜ」

 

 そして仮面ライダーブラックは外へ出て倉庫の扉を閉める。

 仮面ライダーブラックが扉を閉め終えたところで、ブラック・ダミーとチスイコウモリ怪人が目の前に現れる。

 

「ガキを隠しておくか……処刑される身だと言うのに、ご苦労なことだ。どうせ時間はまだある……少し楽しませて貰うぞ!」

「やれるもんならやってみやがれ! ライダーキック!」

 

 仮面ライダーブラックは駆け出し、跳躍して飛び蹴りを1号へ放つ。1号が身を開いて蹴りを避けると着地し、今度は近くにいた2号へ殴りかかる。ガードを固めて耐える2号に構わず仮面ライダーブラックは拳を何度も振るい、顔面へ拳を当てようと何度もパンチを放つ。しかし相手のガードが固く、全く突破出来る気配がない。焦る仮面ライダーブラックの背後から3号と4号が迫ると攻撃を中断し、地面を転がって距離を取る。今度は5号へとケンカキックを打つがこれもまた軽くいなされてしまう。蹴り足を戻したところに6号が踏み込み、パンチを打とうするのを見て仮面ライダーブラックは防御しようと両手を前に出して構える。

 

「ボディががら空きだ!」

「ガ……ァッ!?」

 

 だが6号のパンチは顔ではなく胴体に当たり、仮面ライダーブラックの息が詰まって足が止まる。そのまま6号はボティブローの連打で仮面ライダーブラックを攻め立て、反撃を許さない。最後に胸へパンチが当たると一瞬心臓が止まりかけるほどの衝撃が突き抜け、完全に無防備となる。今度はパンチの連打が顔面へ襲いかかり、最後に渾身の右ストレートが放たれると仮面ライダーブラックは吹き飛ばされる。

 

「こいつ、ボクシングを……!」

「おっと、それだけじゃないぜ?」

 

 両手を顔の横に構えてステップを踏む6号がボクシングを使うと気付き、立ち上がった直後の仮面ライダーブラックを5号が嘲り、目の前に立つ。ダメージが大きく満足に身動き出来ない仮面ライダーブラックの喉輪と手首を掴むと右足を刈り、重心を崩す。そして自分の身体ごと仮面ライダーブラックの背をコンクリート敷の地面へ叩きつけ、深さ30センチほどのクレーターを作る。投げの衝撃をもろに受けて一瞬意識が飛んだ仮面ライダーブラックの身体を、5号は無造作に持ち上げる。

 

「どうだい? 『背負落』の威力は? 受け身も取れないド素人にはきつかったかな?」

「ま、だ……まだ……!」

「流石はヤンキー、根性だけはあるな……ほら、次だ」

 

 5号は仮面ライダーブラックを無理矢理立たせ、4号の方に突き飛ばす。すると4号は仮面ライダーブラックの腹を蹴る。前のめりとなった仮面ライダーブラックの顎を今度は逆立ちしながら蹴り上げると、そのまま胸や肩、顔面を蹴り続け、腕の力で飛び上がりながらつま先を振り下ろして頭頂部を蹴りつける。フラフラになった仮面ライダーブラックの胸に4号の後ろ回し蹴りが炸裂すると、またしても吹き飛ばされる。

 

「まだ倒れるには早いぜ? 仮面ライダー君!」

 

 今度は3号が吹っ飛んだ仮面ライダーブラックを受け止め、無理矢理立たせる。そのまま強引に振り向かせると頭を抱えて首相撲に持ち込み、顔面へ膝蹴りの連打をお見舞いする。3号の膝が当たる度に、仮面ライダーブラックから苦悶の声が漏れる。一しきり膝蹴りを叩き込み続けると首相撲を止め、ハイキックを右側頭部へ叩きつける。膝が崩れかけた仮面ライダーブラックだが、すかさず2号が踏み込み、足を広げて地面に足形が出来るほど強く踏みしめると、気合の声と共に右掌が打ち込まれる。

 

「吩(フン)!」

「ガ、ハッ……!?」

 

 すると仮面ライダーブラックの全身を衝撃が突き抜け、口から血が吐き出される。よろめいて1号の所まで来てしまった仮面ライダーブラックへ、トドメと言わんばかりに1号が腕を引き、正拳突きを鳩尾に叩き込んでから右回し蹴りを浴びせ、左前蹴りで屈ませてから右のかかと落としで地面へ打ち据える。仮面ライダーブラックはダメージを受け過ぎたのか、立ち上がれない。その頭を踏みつけながら1号が話し始める。

 

「お前、こう思っているな? スペックは同じ筈なのに、とな。確かの俺たちとお前のスペックは同じだ。しかし、素体は別だ。俺たちは空手、中国拳法、ムエタイ、カポイエラ、柔道、ボクシングの使い手だ。お前のような少々喧嘩慣れしただけの素人とはレベルが違う。ましてや、脳改造を受けていないお前にスペックを十全に引き出せるわけがあるまい……つまり、同じ身体でも鍛え方が違う。それだけの話だ」

「ヘッ、ちょっとやられてやっただけで調子に乗りやがって……!」

「ロクに格闘技もやっていないのに生き残った以上、素質はあるものと思っていたが……この程度か。ガッカリさせてくれるぜ」

「おい、あまり遊び過ぎるなよ? あの女が乗り込んできたら面倒なことになるぞ?」

「分かってるって。だがもう少しだけ遊んでもいいだろう? それにあんただってこいつには痛い目見たハズだ……おいたをするような悪ガキには、おしおきが必要だろう?」

 

 尚も強がる仮面ライダーブラックの頭を地面へ押し付ける1号に、黙って見ていたチスイコウモリ怪人が忠告する。1号は一度足を退けてから仮面ライダーブラックの顔面を蹴り上げ、無理矢理身体を浮かせると連続で蹴りを入れて空中へ打ち上げる。そこへ3号が跳躍して軽快に回し蹴りを放ち、4号の方へと蹴り飛ばす。そのままブラック・ダミーたちは仮面ライダーブラックの身体を、サッカーボールのように互いの下へ蹴り飛ばし続ける。

 

「ほらほらもっと気張れ! すぐ壊れたんじゃつまらねえぞ!」

「グゥ……!」

 

 ダメージが回復しきらず、空中で体勢を立て直す間もなく蹴られ続けていた仮面ライダーブラックだが、1号が手刀を振り下ろして叩き落とすとようやく終わる。 

 

「そうだ、せっかくだしあのガキにも見せてやるとしようぜ? お前の醜態をよ……あんなカッコイイこと言っておきながら無様を晒すお前を見たら、きっとスゲー絶望してくれるよなぁ……そんじゃ、頼むわ」

「まったく、呆れたヤツらだ……まぁいい。気が済んだらさっさと始末するのだぞ?」

 

 当初の目的を忘れて仮面ライダーブラックを嬲るのに夢中なブラック・ダミーたちに呆れつつ、チスイコウモリ怪人は倉庫の前まで歩いて行こうとする。

 

「やら……せるかぁ!」

 

 しかし仮面ライダーブラックは残る力を振り絞って立ち上がり、ブラック・ダミーたちの隙を突いてチスイコウモリ怪人の腰にタックルをかけてしがみつく。チスイコウモリ怪人は爪を何度も肩や腕に振り下ろすが、仮面ライダーブラックは離そうとしない。ブラック・ダミーたちが引き剥がしにかかっても同じだ。

 

「見苦しいぜ、7号。いくらあがいたところで無駄なんだ。どうせ死ぬ身ならせめてお前の死に顔くらいは見せてやった方がいいだろ?」

「そんなこと……させるかよ……俺は今度こそあいつのヒーローになるって約束したんだ……だから、俺はあいつの、カッコイイヒーローでいなくっちゃあならねえんだからな……」

「ハッ、この期に及んで面子の心配かよ。やっぱり頭がおかしくなっちまってたようだな。勝ち目がない戦いを選んだ時点で分かっていたことだが」

「てめえらこそ、油断が過ぎるぜ……俺はまだ負けちゃいねえ。それに俺は、勝たなくっちゃあいけねえんだ……死んだダチのためにも、一夏のためにもな。こんなところで、くだばってたまるか……!」

「はいはい、ご苦労さん……じゃ、殺すか」

 

 1号は冷たく言い放ち、仮面ライダーブラックの複眼へ何度も肘を振り下ろす。目を攻撃された苦しみから一瞬力が緩んでしまうと、とうとう仮面ライダーブラックはチスイコウモリ怪人から引き離される。そのまま2号と3号に両手を掴まれ無理矢理直立させられた仮面ライダーブラックの前に、1号が立つ。そして右手を貫手の形にして、大きく引く。

 

「せめてもの情けだ。一発で賢者の石を壊してやるよ。じゃあな、7号。先に地獄で坊やを待っててやりな」

「チク……ショウ……!」

 

 打ちのめされ続けた仮面ライダーブラックに、拘束を振り払えるだけの体力は残っていない。1号はトドメを刺そうと、賢者の石めがけて貫手を放つ。

 

「うッ!?」

「これは!?」

 

 しかし指先が賢者の石へ触れる直前、強い光が横から1号の目を照らす。思わず貫手を中断した1号や他のブラック・ダミー、チスイコウモリ怪人は光源の方を向く。

 光源の正体はバイクのヘッドライトだ。どこからかオンロードバイクが倉庫群へ入り込み、ブラック・ダミーの目をライトで照らしたのだ。バイクの運転手はライトを切らずに降車し、ブラック・ダミーたちと対峙する。白いジャケットに白いズボン、白い指抜き手袋を嵌めた男だ。顔はライトの光が逆光になって見えない。すると1号がため息をつく。

 

「あら、迷い込んだかわいそうな一般人ってとこか。警備の連中は何やってんだか……気の毒だけど、後で消させて貰うよ」

「……違う! こやつは一般人などではない! こやつは我々の……!」

 

 しかし、男の顔を辛うじて捉えたチスイコウモリ怪人が遮るように叫ぶ。続けて何かを言おうとするチスイコウモリ怪人の前で、男は拳を握り左腕を垂直に曲げて身体の左側に構え、水平に倒しながら右腕を高らかに突き上げて叫ぶ。

 

「変身ッ!!」

 

 突き上げた右手を顔の前まで下ろしてから右斜め下へ振り下ろし、右斜め前に突き出した左腕を身体の左側までスライドさせ、肘を立てると男の全身が光に包まれ、その姿を変える。

 胸部や上腕、腿に濃い緑が配された黒いボディに、ブラック・ダミーたちと違い混じりけの一切ない真っ赤な目。腰には二つの赤い宝玉が配されたベルトが巻かれ、太い首と顎があまりない顔面はブラック・ダミーたちよりバッタのイメージに近い。左胸には『RX』の文字を図案化したような紋章が描かれている。男が変化した異形は高々と右腕を突き上げ、全身から陽光にも劣らぬ輝きを放つ。

 

「やはり貴様か!」

「まさかこいつが!?」

「あんたが、本物の……!」

 

 チスイコウモリ怪人、1号、仮面ライダーブラックが同時に声を上げると、応えるように異形は名乗りを上げる。

 

「俺は太陽の子! 仮面ライダーBLACK! RX!」

 

 仮面ライダーブラックの前に現れた異形の名は、仮面ライダーBLACK RX。すなわち、本物の仮面ライダーだ。仮面ライダーBLACK RXはブラック・ダミーとチスイコウモリ怪人を見据え、高らかに声を上げる。

 

「暗黒結社ゴルゴム! たとえ何度復活しようとも、仮面ライダーBLACK RXがある限り、その野望が決して叶うことはないと知れ!」

「黙れ! 仮面ライダー、いやブラックサン! ここで会ったが百年目! 死んでいった同志のためにもここで貴様を葬り、ゴルゴム帝国の礎としてくれる!」

「なるほど、あんたが世紀王(オリジナル)ってわけか……ちょうどいい。裏切り者のチンピラじゃ張り合いがなくて困ってたんだ。少しは楽しませてっくれよ!」

 

 ブラック・ダミーたちは一斉に跳躍し、仮面ライダーBLACK RXへと向かっていく。

 

「RXジャンプ!」

 

 仮面ライダーBLACK RXもまた一度地面を叩くとジャンプして空中の敵を迎え撃つ。最初に6号が放ったパンチを払いのけた後に右裏拳を側頭部へ当て、4号の蹴りを身を開いて回避し、左腕を振り下ろして叩き落とす。最頂点に達したところで3号と5号が掴みかかるが両拳で頭頂部を打ち、2号の首元へラリアットを打ちこむ。遅れて遭遇した1号の突きをあっさり掴み止めると地面めがけて投げ飛ばし、最後に襲いかかったチスイコウモリ怪人の顔面へ蹴りを入れる。ことごとく迎撃されて地面に叩きつけられたブラック・ダミーたちと対照的に、無事着地した仮面ライダーBLACK RXは仮面ライダーブラックへ駆け寄る。そのまま肩を貸して跳躍し、倉庫の壁に凭れさせると再びブラック・ダミーたちへ挑みかかろうとする。

 

「待ってくれ! あんた、本物の仮面ライダーなんだよな!?」

 

 しかし仮面ライダーブラックが呼び止めると、仮面ライダーBLACK RXが振り返る。

 

「あんたに、頼みがある。あの倉庫には俺のダチがいるんだ……でも情けねえことに、今は少し動けそうにねえ。だから、少しの間、俺の代わりにあいつらから、俺のダチを……!」

 

 仮面ライダーBLACK RXは黙って、しかし力強く頷き、跳躍して敵中に飛び込んでいく。

 着地と同時に4号が回し蹴りを放つが左手で掴み取り、そのまま投げ飛ばす。6号のジャブを肘で止めて顔面に右ストレートを叩き込み、5号が双手刈をかけても微動だにせず顔面を蹴り上げる。殴りかかってきた3号を半身になっていなし、右のナックルパートを後頭部に叩きつけて地面へ打ち伏せ、2号の足払いを下段蹴りで迎撃して弾き飛ばす。1号が前蹴りでベルトを狙っても左足で受け止められ、逆に体勢を崩され顎を蹴り上げられる。残ったチスイコウモリ怪人は爪を振りかざして襲いかかるが、爪を当てる前にジョルトブローを鳩尾に貰って吹き飛ばされる。

 

「流石は本物、やるじゃない……だがこれならどうだ!?」

 

 辛うじて立ち上がったブラック・ダミーたちは一斉に仮面ライダーBLACK RXへ挑みかかる。前後左右から3号から6号が挑み、上からは1号と2号が同時に飛びかかり仕留めようとする。だが仮面ライダーBLACK RXは地上から迫る4人を見て跳躍し、ギリギリのタイミングで1号と2号の間をすり抜けて上を取る。

 

「こいつ!」

 

 慌てる1号と2号の頭を踏みつけた仮面ライダーBLACK RXは急降下し、衝突するギリギリ手前で止まった残るブラック・ダミーへ襲いかかる。まず3号の頭を蹴ってから着地すると4号と5号の頭へ同時に裏拳を当て、6号のジャブの連打を全て腕で防ぎボディブローを打つ。ブラック・ダミーたちが攻め手を変えて幾度となく挑みかかっても、仮面ライダーBLACK RXは対応してブラック・ダミーを圧倒する。

 

「ハハハ……やっぱ俺と違って強えんだな、本物の仮面ライダーは……もう全部あいつ一人でいいんじゃねえか?」

 

 その光景を眺めながら、仮面ライダーブラックは思わず笑ってしまう。自分が散々痛めつけられていた相手を手玉に取っているのだから、笑いたくもなる。今も仮面ライダーBLACK RXは2号の喉に足刀を入れ、1号の鳩尾へ肘打ちを叩き込んでいる。ダメージが回復してようやく立ち上がった仮面ライダーブラックだが、チスイコウモリ怪人がよろめきながら倉庫へ入っていこうとするのを見つける。

 

「そうはいくかよ!」

 

 仮面ライダーブラックは跳躍し、チスイコウモリ怪人に飛びついて阻止する。そのまま地面を転がって馬乗りになった仮面ライダーブラックはチスイコウモリ怪人の顔面へパンチを打ち下ろし始める。

 

「クッ、なんてヤツだ……こうなったら! ローカスチェイサー!」

 

 全くダメージを受けていない仮面ライダーBLACK RXに対し、フラフラのブラック・ダミーたちだが、何かを呼び出すように声を張り上げる。少し経つと6台の黒いバイクがどこからともなく自走してくる。轢かれる直前に仮面ライダーBLACK RXが跳躍した隙に、ブラック・ダミーたちはやってきたバイクに跨る。イナゴの頭部に似たフロントカウルに、ボディ側面のイナゴの羽を思わせるパーツが特徴的なオフロードバイクだ。

 

「あれは、一体……?」

「余所見とはいい度胸だな!」

「うおっ!?」

 

 目を取られた隙にチスイコウモリ怪人の爪を受け、転がり落ちた仮面ライダーブラックの前で、ブラック・ダミーたちは仮面ライダーBLACK RXを轢こうとバイクを走らせる。

 

「あいつら、汚ねえ真似しやがって……待てよ、もしかしたら……来やがれ! ローカスチェイサー!」

 

 ブラック・ダミーのやり方に憤っていた仮面ライダーブラックだが、咄嗟に自分もバイクを呼んでみる。少し経つと、立ち上がろうとしたチスイコウモリ怪人を轢き飛ばして同じデザインのバイクが到着する。すぐに跨りエンジンを入れると、仮面ライダーブラックは思わず声を上げる。

 

「こいつ、とんだモンスターマシンだな……エンジンをかけただけでも分かっちまう。だが、今の俺ならいけるぜ!」

 

 軽くスロットルを捻っただけでも分かるほど、通常のバイクとは段違いのパワーだ。まともな人間ならすぐに振り落とされてしまうだろう。しかし改造人間ならば乗りこなせる。仮面ライダーブラックはギアを入れて走り出し、ブラック・ダミーの集団へ突っ込む。

 

「俺がいるのを忘れんじゃねえぞ!」

 

 手近にいた5号のバイクへ体当たりを仕掛けるとすぐ切り返し、3号のバイクと並走して横から蹴りを入れてバランスを崩してやる。2号と6号が前後から挟みこむように迫り、同時にラリアットを放ってくるが、『飛行機乗り』で回避する。すぐに姿勢を直して一瞬停車し、アクセルターンで切り返すと3号のバイクに対し、持ち上げた前輪のタイヤを叩きつける。1号のバイクが全速力で突っ込んでくるのを見ても慌てず、横をすり抜けさせると逆に背後へついて追い回し始める。

 

「ヘッ、格闘技はお上手なようだが、ドラテクはからっきしらしいな!」

 

 格闘戦とは一転、バイク戦で仮面ライダーブラックがブラック・ダミーを圧倒していると、仮面ライダーBLACK RXもまた声を上げる。

 

「アクロバッター!」

 

 すると今度は青い車体にバッタの頭部がついたバイクが自走して仮面ライダーBLACK RXの前に停車する。仮面ライダーBLACK RXが跨るとバイクは目を光らせ、猛スピードでブラック・ダミーの集団へと突っ込んでいく。

 

「何!?」

「ヘッ、イタダキだ!」

 

 いきなり突っ込んできた青いバイクを辛うじて回避した1号のバイクを、仮面ライダーブラックが横から思い切り蹴って横転させる。仮面ライダーBLACK RXもまた5号のバイクへ体当たりを仕掛けて5号を叩き落とし、4号の頭へラリアットを放って地面に叩き伏せる。2号が並走してきた仮面ライダーブラックのチョップを受けて落ちると、仮面ライダーBLACK RXは再び叫ぶ。

 

「ライドロン!」

 

 今度は赤い車体をした自動車が乱入し、体当たりで3号のバイクを一撃で破壊する。そのまま6号のバイクへ背後から突っ込むが、咄嗟に6号はバイクから跳躍して難を逃れる。そこへ仮面ライダーBLACK RXを乗せたバイクがジャンプして迫る。バッタに似たフロントカウルが光り輝き、逃げ場を失った6号のベルトめがけて体当たりをかける。直撃を受けた6号は地面に墜落し、悶絶しながらも辛うじて立ち上がる。しかし、腹部の賢者の石は体当たりによって粉砕されていた。

 

「バカな!? 俺が……選ばれたハズの俺が、こんなところで……ぐあああああっ!」

 

 6号の身体から赤と青の眩い光が放たれ始め、一しきり悶絶して倒れた直後に爆発的に光が広がった後、煙のようにかき消える。

 

「よっしゃ! まずは一体!」

「死ねい! 裏切り者が!」

 

 思わずガッツポーズを決める仮面ライダーブラックだが、飛翔したチスイコウモリ怪人の体当たりを受けてバイクから落ちる。頭を振った仮面ライダーブラックへ今度は1号と2号が飛びかかる。地面を転がり攻撃を避けた仮面ライダーブラックだが、1号と2号は一度右腕を垂直に立て、水平に曲げた左腕の拳と肘を接触させるようなポーズを取り、跳躍する。そして仮面ライダーブラックへ向けて飛び蹴りを放つ。

 

「やらせるか!」

 

 しかし仮面ライダーBLACK RXがジャンプして割り込み、身体を光らせて黄色と黒が主体のまったく別の姿に変わる。

 直後、赤熱化した1号と2号の足が仮面ライダーBLACK RXの身体に直撃するが、小揺るぎ一つしない。逆にキックを撃ち込んだ側が地面に叩き落とされてしまう。仮面ライダーBLACK RXはまたしても身体を光らせて、名乗る。

 

「俺は炎の王子! RX! ロボライダー!」

 

 仮面ライダーBLACK RX改めロボライダーは墜落した2体へ金属音を響かせながら歩いていく。4号が割り込み、渾身の蹴りを顔面に入れるが全く効果がなく、一方的に弾かれる。体勢を崩した4号の顔面をロボライダーが殴りつけると、4号は大きく吹っ飛び、地面を何度も転がってから止まる。2号もまた仮面ライダーブラックへ打ちこんだ掌打を放つものの、全く効果がない。ならばと背後から5号と3号が飛びかかるが、ロボライダーは悠然と振り向いて両手を胸の前に持っていく。

 

「ボルティックシューター!」

 

 すると右手に光が集まって銃が姿を現す。ロボライダーが空中の3号へ銃口を向け、引き金を引くと光線が放たれて胸に当たり、一撃で撃ち落とす。続けて5号のベルトに狙いを定めると賢者の石をあっさり撃ち抜いて迎撃を終える。地面に落とされた5号は6号と同じように苦しみながら消滅する。

 ロボライダーは1号の方へ振り向くと、今度は身体を青く光らせる。するとその姿が崩れて液体のようになり、チスイコウモリ怪人やブラック・ダミーたちへ何度も体当たりを仕掛ける。全員地面に倒れ伏すと、液体は地面に降り立って人型になる。今度は青い身体をした姿だ。

 

「俺は怒りの王子! RX! バイオライダー!」

 

 今度はバイオライダーという姿に変わるとまたしても跳躍し、掌底での打撃を中心に素早い動きで敵を翻弄しながら打撃を打ちこんでいく。

 

「バイオブレード!」

 

 更に両手を左腰へ持っていき、また光を結集させると右手に両刃の剣が握られる。バイオライダーは軽やかな剣さばきでブラック・ダミーの身体を何度も切りつけ、傷を刻む。すると3号が一旦バイオライダーから距離を離し、1号や2号と同じポーズを取るとジャンプしてパンチを打つ。

 

「ライダーパンチ!」

 

 バイオライダーは顔さえ向けずに身体を液状化させ、拳を回避する。そのまま液状化した身体で執拗に3号へ体当たりを続けてよろめかせると、目の前で実体化する。ただし、今度はバイオブレードの剣身を青く光らせ、下段に構えている状態だ。

 

「トゥア!」

 

 実体化が完了した瞬間、バイオライダーは逆袈裟斬りを放ってベルトの賢者の石もろとも上体を切り裂き、光と共に消滅させる。

 

「もう、三人も……!」

「俺も忘れてもらっちゃ困るぜ!」

 

 再び最初の姿に戻った仮面ライダーBLACK RXに戦慄する1号へ、『何か』を握りしめた仮面ライダーブラックが殴りかかる。

 

「フン、オリジナルならともかくお前なんぞに……懲りない奴だ!」

 

 1号は鼻で笑うと顔面めがけて右正拳突きを放つ。仮面ライダーブラックは迎え撃つように左ストレートを放つ。両者の拳がぶつかり、何かが砕ける音が響く。

 

「ぬぅ……!?」

 

 1号の拳が鈍い痛みと共に弾かれ、直後に仮面ライダーブラックの右拳が顔面に炸裂する。同時に、仮面ライダーブラックが両手に握っているものの正体に気付く。

 

「こいつ、コンクリートの欠片を!」

「ヘヘッ、どんなに鍛えてようが素手よりコンクリとかレンガ握った方が強えだろ? スペックが同じならな!」

 

 仮面ライダーブラックは地面に出来たクレーターからコンクリートの欠片を回収し、握っていたのだ。1号の拳とぶつかった際に砕けたのも、コンクリートだ。仮面ライダーブラックは得意げに言うとコンクリートを持った右手で1号を滅多打ちにし始める。

 即座に救援へ向かおうとする2号と4号、チスイコウモリ怪人だが、仮面ライダーBLACK RXの飛び蹴りを受けたチスイコウモリ怪人がダウンする。着地した仮面ライダーBLACK RXは左手をベルトへあてがう。

 

「リボルケイン!」

 

 仮面ライダーBLACK RXの左手に柄が形成され、ベルトから引き抜くと光輝く刃が現れる。抜き放ったリボルケインを右手に持ち替えた仮面ライダーBLACK RXは跳躍し、着地と同時にまず4号の賢者の石を切り裂き、振り向きざまに2号のベルトへリボルケインを突き立てる。刃が背中まで貫通し、大量のエネルギーを流し込むと余剰エネルギーが火花となって飛び散る。十分にエネルギーを流し込み終えると仮面ライダーBLACK RXは大きく飛び退き、振り向いて『R』の字を描くようにリボルケインを振って残心を決める。直後、2号の身体が大爆発を起こして消えゆく4号をも巻き込む。

 一方、仮面ライダーブラックは執拗に顔面を殴り続けていたが、とうとう握っていたコンクリートが砕けてしまう。するとフラフラになりながらも1号は仮面ライダーブラックを殴り飛ばす。

 

「この、野郎……調子に乗りやがって!」

 

 激昂した1号は前蹴りを入れて仮面ライダーブラックを屈ませると、そのまま首筋へ何度も肘を下ろし始める。仮面ライダーブラックが必死に耐え忍んでいると、仮面ライダーBLACK RXが飛びかかりながら右拳を赤く光らせてパンチを放つ。

 

「RXパンチ!」

「ぬうっ!?」

 

 もろに一撃を貰った1号は吹き飛んで地面に転がる。ようやく解放された仮面ライダーブラックは一度頭を振ると、見よう見まねで右腕を立てて左腕を水平に曲げたポーズをとる。するとベルトを通して全身のエネルギーが右拳に集まってくるのを感じる。十分なエネルギーが溜まると、仮面ライダーブラックはジャンプして飛び込みながら渾身の右ストレートを放つ。

 

「ライダーパンチ!」

 

 立ち上って頭を振った直後の1号の顔面にパンチが炸裂し、またしても倒れ伏すと仮面ライダーブラックはもう一度ポーズをとり、今度は右足にエネルギーを集約させて飛び蹴りを放つ。

 

「ライダーキック!」

 

 またしても立ち上がろうとした1号だが、仮面ライダーブラックの飛び蹴りをまともに受けると大きく吹き飛ばされる。それでも最後の力を振り絞って立ち上がると、1号は仮面ライダーブラックと仮面ライダーBLACK RXを睨み据える。

 

「これで勝ったと思うなよ! お前らが敵に回しているのは、この世界の闇そのものなんだ! どうせお前らも負けて無様にくたばるんだ! 先に地獄で待ってるぜ!」

 

 断末魔の台詞を言い終えた直後、1号の身体もまた赤と青の光に包まれ、消滅する。これで残りはチスイコウモリ怪人だけだ。

 

「ライダーめ! こうなればせめてあのガキだけでも!」

「逃がさん!」

 

 チスイコウモリ怪人は一夏を始末しようと倉庫へ飛翔する。しかし仮面ライダーBLACK RXが飛びついて妨害し、飛膜をむしり取ってしまうと倉庫から遠ざけるように蹴飛ばして着地する。地面を転がるチスイコウモリ怪人を余所に、仮面ライダーブラックは仮面ライダーBLACK RXに駆け寄る。

 

「……行くぜ?」

「……ああ!」

 

 仮面ライダーブラックと仮面ライダーBLACK RXが頷き合うと、仮面ライダーブラックがポーズを取る。仮面ライダーBLACK RXは一度屈んで地面を叩く。そして両者は同時に大地を蹴り、仮面ライダーブラックは右足を、仮面ライダーBLACK RXは両足をそれぞれチスイコウモリ怪人へ向けて赤熱化させる。

 

「ダブルキィィィィック!!」

 

 両者の叫びと共に必殺の蹴りが立ち上がったばかりのチスイコウモリ怪人へと叩き込まれる。チスイコウモリ怪人が地面を転がり、人間の姿に変わる。そしてもう一度立ち上がり、口を開く。

 

「いい気になるなよ! 7号! 仮面ライダー! ゴルゴムは何度でも復活する! この世に人間がいる限りな! そして我らもまた蘇る! その時は、貴様らなど……!」

 

 そして再び怪人の姿に戻ったところでブラック・ダミーたちと同じように身体が光に包まれ、姿が消える。

 そこで仮面ライダーBLACK RXと仮面ライダーブラック……太刀川洋は向かい合う。少しの間沈黙が流れるが、先に洋が話しかける。

 

「……アジトの場所は、俺が知ってる。案内するぜ」

 

 洋はバイクを1台起こすと跨り、エンジンを入れる。しかし仮面ライダーBLACK RXはバイクに乗ろうとせず、意味深な視線を一夏がいる倉庫へ向ける。

 

「逢えねえよ、今さら……結局俺は、最後の最後まであいつのヒーローになれなかった嘘つき野郎だ。それに、もうあいつの姉ちゃんがそこまで来てる。俺はもう、必要ねえのさ」

 

 遠くから、怒号と何かが爆発する音が聞こえてくる。千冬がとうとうこの場所へと乗り込んできたのだろう。ならば一夏はもう大丈夫だ。自分がいる必要は、ない。

 

「それより、行こうぜ。全てを……終わらせによ」

 

 仮面ライダーBLACK RXは何も言わずにバイクへ乗り込み、エンジンを噴かす。洋も変身したまま前を向く。

 

「一夏……」

 

 洋が最後に一言呟くと、2台のバイクが同時に走り出す。

 

 

 

 翌日、織斑千冬のモンド・グロッソ棄権は大々的に報道された。

 同日、暴走族ガオスのメンバーが全員行方不明と報道されたが、千冬の棄権というニュースの陰に隠れてしまい、ほとんど顧みられることなく忘れ去られた。

 3日後、月影山にあるゴルゴムのアジトが何者かに襲撃され、壊滅した。

 

 その後、太刀川洋の姿を見た者は、誰もいない。

 

◇◆◇

 

 誘拐事件から数年後。IS学園。全学年専用機持ちタッグマッチが行われる筈のアリーナには5機の無人ISが侵入し、専用機持ちたちと交戦していた。

 アリーナの待機スペース内で交戦していた1機の白いISが無人ISの攻撃を受け、壁を突き破って床に倒れ伏す。近くには僚機らしきもう1機のISがいるが、戦意がないのか動く気配がない。しばらくの間意識を失い、床に転がっていたISの操縦者は少しずつ覚醒が進み朦朧とする意識の中で、あることを思い出していた。

 

(洋、さん……)

 

 ISの操縦者は、一夏だ。今、一夏は太刀川洋のことを思い返している。

 あの後、駆けつけた千冬に無事保護された一夏だったが、洋が一夏の前に姿を見せることはなかった。千冬曰く、自分が駆けつけた時にはバイク2台分の轍が残っていただけで、倉庫の近くには誰もいなかったそうだ。 

 洋が生きているのか、生きていたとしてどこにいるのかはわからない。しかし、一つだけ確信していることがある。

 

(俺は、結局あの人を『ヒーロー』にしてしまったんだ……自分にとって都合のいい、ヒーローに……)

 

 あの時、洋はヒーローになると言ってくれた。そして約束通り、千冬が来るまで一夏のことを守ってくれた。洋があそこまでしてくれたのは、自分が洋に助けを求めてしまったからなのだろう。一度は拒絶した洋だが、その優しさ故に耐え切れず、むしろ全てについて自責の念すら抱えてしまい、罪滅ぼしとして一夏にとってのヒーローになってくれたのだ。敵を倒した後に姿を消したのは、一度一夏を傷つけた自分が一夏に会うのはふさわしくない、という『ヒーロー』としての考えからだろう。

 

(俺は……やっぱりガキだったんだ。あの人を追い詰めて、利用して、そして……)

 

 中学校を卒業し、男で唯一ISが操縦出来ると分かってからも、一夏の奥底には後悔の念が燻っている。洋の人生を狂わせたのは、自分だ。自分が洋をヒーローというモノになるよう追い詰めてしまったのだ。

 ふと、僅かに顔を上げると、タッグパートナーの少女の姿がある。

 きっかけは、少女の姉にあたる生徒会長からタッグを組むように頼まれたことだった。最初は頭の上がらない相手の頼み、というだけであったが、途中からはそれだけはなかったように思う。ヒーローものが大好きで、ヒーローに憧れている彼女に、かつての自分を重ねていたのかもしれない。

 今、その少女は呆然としてその場にへたり込んでいる。近くには彼女の姉が血を流して倒れている、駆けつけたようだが無人機にやられてしまったようだ。武装も使えなくなっているのか、無人ISを前にしても少女は抵抗しようともしない。

 その顔は、絶望に沈んでいる。きっとすがるべきヒーローがいないと知り、心が折れてしまったのだろう。

 

(そうじゃない……そうじゃないんだよ……この世界に、ハナからヒーローはいないんだ……いるのは、『人間』だけなんだよ……)

 

 この世界に、『ヒーロー』はいない。いるのはヒーローであろうとする人間、ヒーローになろうとする人間、ヒーローにさせられてしまった人間だけだ。彼らは皆、ヒーローではなく人間だ。少しでもヒーローに近づこうと弱さを隠し、痛みに耐え、迷いを押し殺し、歯を食いしばって頑張っているだけの人間だ。『人間』の部分を全て取り払った『ヒーロー』などという無機質な存在ではない。洋のことを思い出す度、そう感じる。

 だから、一夏は立とうとする。自分が大切なものを失うまで気付けなかったことを、伝えるために。

 機体の稼働限界は越えている。まだ生きているハイパーセンサーが、警告を続ける。

 

(危険な状態? だから、どうした……お前が動かないってんなら、俺一人でやってやる。あの人だって、たった一人であいつらに立ち向かったんだ……)

 

 全身に走る痛みを堪え、最早デッドウエイトにしかなっていない装甲を無理矢理引き摺り、一夏は立ち上がる。意識はまだ朦朧としている。視界だってぼやけている。

 

(こんなの……あの人が味わっていた苦しみや痛みに比べたら、軽いもんだ……) 

 

 それでも自分の足で立ち上がる。そして、簪に向けて口を開く。

 

「完全無欠の……ヒーローなんか、いない……」

 

(いるわけがないんだ、そんな都合のいい神様や仏様みたいな存在が……あの人は、そんなんじゃなかった)

 

「完全無欠のヒーローなんてやつらは……泣きもしなければ、笑いもしないからな……」

 

(そうだ、『完全無欠』のヒーロー様には……弱さなんて必要とされてないからな……俺があの人に押し付けてきた理想のヒーロー像みたいに)

 

 一言一言話す度に、洋の顔と言葉が、脳裏をよぎる。

 

(もう俺は……ヒーローには頼らないし、憧れない。そのせいで俺は、大切な人の人生を狂わせたんだ。俺が、あの人をヒーローに仕立て上げて、殺したようなものなんだ。だから……)

 

「だから! 俺は!」

「俺は、人間だ。泣きも笑いもする。弱さもあるし、迷ったりもする。けど――」

 

(俺のためにそうしてくれたあの人のように、俺も……)

 

「諦めない! 逃げ出さずに戦える、人間だ!」

 

『だから俺は最後の最後まで人間として生きて! 戦い続けてやる!!』

 

(それが俺のやるべきことだもんね、洋兄ちゃん……)

 

 最後の一言を口に出せぬまま、一夏は再び意識を失うのであった。

 

◇◆◇

 

 第2回モンド・グロッソの裏で起きた誘拐事件は、一人の少年の人生を大きく変えた。

 生じた変化は、称賛されるべき『成長』なのかもしれない。

 あるいは、逆に糾弾されるべき『歪み』なのかもしれない。

 確実に言えるのは、彼が事件をきっかけとしてヒーローという存在を嫌い、人間として生きることに拘るようになったということだけだ。

 今日も少年は矛盾を抱え、衝動や感情に身をゆだね、弱さや限界をさらけ出しながらこの世界で『人間』として生きていく。

 かつて自分が『ヒーロー』に祭り上げてしまい、自分のために『ヒーロー』になろうとし、そして『ヒーロー』になれず姿を消してしまった一人の青年への想いと、後悔を胸に。

 

 

 彼が『本物の』仮面ライダーの存在と、『仮面ライダーになれなかった男』太刀川洋の顛末を知る日が来るのかは、誰にも分からない。 




 最後までお読みいただきありがとうございます。
 この作品は『インフィニット・ストラトス』と『イミテーション・7』、そして仮面ライダーの原作者石森章太郎先生って略せば全部『IS』じゃね?と気付いたことがきっかけになって書いてみたものです。書き上げてみると石森先生成分がほとんどなく、看板倒れになりましたが。
 題材をはじめ、色々と反省点はありますが、もしまた小説を書く機会があれば改善していきたいと思います。
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