席順。
東家:渡瀬々
南家:国広一
西家:神姫=ブロンデル
北家:福路美穂子
――東一局、親瀬々――
――ドラ表示牌「{八}」――
音だけがする。
対局者達が、牌を弄る音だけが。静かな場所だ。ここが神聖な公式戦の舞台であることをよく知らせている。
(……さて)
その対局者が一人。渡瀬々は同卓者をちらりと観察する。それはある種の習性のようなもので、意識はどちらかと言えば、観察と言うよりも、策謀の方へ向いていた。
(魔物クラスと公式戦やりあうのは……個人決勝以来になるかな。負けるかもしれないっていう意識で挑むのは……団体準決以来、か)
瀬々はこの対局、極限の集中を瞳に宿しているように見える。なにせ相手はコクマ最強。ここで集中しなければ、いつするのか、というレベル。
恐らく、一般的な全国クラスの雀士であれば、絶好調以上のコンディションを、この場に持ち込んでいても可笑しくはない。
ただそれは、全国に名を連ねる程度の雀士レベルに限られる。瀬々の場合は少し違う。彼女の場合は、この“次”を見ているのだ。
なにせ順当に瀬々が決勝本戦へ進めば――もう一度、神姫と相対することになる。それは誰にとってもそうであるのだが、瀬々の場合それが“現実味を帯びているのだ”。当然、この一次予選の闘牌はそれに合わせたものとなる。
(ここまで、何度も考えてきたことだけど、おさらいしておこうか)
――瀬々手牌(理牌済み)――
{三四五八①②③1567西西} {八}(ツモ)
瀬々/打{1}
配牌は、張替えが容易なシャンポン待ち。加えて、ドラ側であることを見逃せない。{七}を引けば高めドラ1の平和手が出来上がる。当然、それを自摸るのが打点的に一番高いので、ダブリーはない。
基本的に、これが一般的な練度の雀士であれば、瀬々の戦い方は非常に理にかなったものになる。ようは一番高い手を作るだけ。その上で、“高い手”を作る上で、通常の雀士との間にある天と地ほどの情報格差。
それが瀬々の“普通の”強みである。
一次予選からこれまで、その戦い方で負ける相手にはあたってこなかったが――今回は違う。
(相手は神姫=ブロンデル。加えて脇を固める二人も一級レベルと来たもんだ。苦しい闘いになるだろうし、だからこそあたしは“次に負けない”闘いをする必要がある)
負けを前提に挑むなど、勝負師としては三流もいいところだろう。衣やアンなら絶対にやりそうにない。宮永照や、三傑達はどうだろう。……彼女たちも、そういうことはしそうにない。
せいぜい咲ならありうるか……答えは否。咲の場合は勝ちはないが、負けもない。プラマイ0で終えるだろう。
どうやら自分は、雀士としては異端なようだ。
(――明らかにするべきことは主に二つ。何故、あたしのオカルトが通用しないのか。……その根源にあるものは何なのか)
加えて、
(実感して置く必要がある。間近で、同じ牌を使って――この人、神姫=ブロンデルの本領ってやつを!)
そして、勝負が動いたのは五巡目。
「――リーチ」
声は、神姫。
一瞬、その認識を疑うほどの希薄なリーチであった。
(……これは)
――思考する。
如何に動くか。戦線布告とするならば、あまりにあまり――恣意的すぎる。次の巡目、瀬々のツモは――{七}である。
間に美穂子の打牌――現物落としではない、安全と見えなくもないが、無筋である。彼女の視点からは、それが違って見えるのだろうか。
――否、彼女の放った牌は、瀬々の手の中にある。……一応、こちらの援護というわけだ。もしくは、一の援護か。
(さて、だったらあたしは――)
瀬々/ツモ{七}・打{三}
意図は単純。一の鳴けそうな牌。
(こうする。けど乗ってくれはしないだろうなぁ……団体戦ならともかく、一はこういう時、協調路線を取るようなタイプじゃない。なにせ透華のメイドなわけだしな)
彼女の間近にいて、彼女の影響を直に一は受けている。――ここで一が一発消しに動くかどうか……考えるまでもない。
(福路さんの鳴けそうな牌は、ちょっと解かんないんだよな。この人、意図的に理牌を変にしてるっぽいし)
――情報こそが強さ。
瀬々はそれをよく知っている。それもあってか、インハイが終ってから、瀬々は理牌読みなどの練習を始めた。
ただし、拙い技術では、そうそう理牌をきっちりと読めはしないのだけれど。
一の理牌読みにしたって、癖を良く理解しているから、初めてできる芸当なのだ。
そして、一は手出しの現物落とし。恐らくはベタオリだろう。図太くなったのか、こういう時一はとにかくぶれなくなった。
後は想像するまでもない。
「――ツモりました。1300、2600」
――神姫手牌――
{一二三④⑤⑥⑥⑦⑧3499横5}
(……まっこときれいな手を作りますこと)
嘆息気味に、瀬々は親被りを受容した。
……まだ、このくらいならば、痛くはない。
――東ニ局、親一――
――ドラ表示牌「{9}」――
――神姫=ブロンデルは、異常に浸った雀士である。しかし、その実デジタル雀士からの評価は低くない。
福路美穂子は、理牌を行いながら、神姫の周知となっている情報を、頭の片隅で転がす。
まず、神姫は柔軟な打ち手である。
というのも、彼女はデジタル雀士である。前局においても、過去の牌譜を見てもそうだが、彼女の根底には確かなデジタルの地力がある。
過去幾度と無く彼女の闘牌は解説されたが、どのプロも、彼女のデジタルとしての実力を認めている。
恐らくは、全国でも一流――デジタルだけで見ても十分に全国で通用する。その上で、彼女にそれ以外の評価をするものもいる。
アナログに特化した雀士である。
いわゆる流れ雀士。もしくはオールドな手役雀士などもその類。つまり、彼女はそういった、アナクロな打ち方も、十分に磨いているというわけだ。
非常に器用な雀士だ。どちらかができればそれで一流。どちらかを極めれば、恐らく今目の前にいる、瀬々のような魔物レベルにも対抗できる。
勝利、までいくのは難しくとも、それはひとつの極致であるのだ。
――それのどちらをも、神姫は一流以上の水準を有している。
それは果たして、自身の才能がなさせるものか、はたまた血の滲むような努力の結露であるのか――自分自身の経験から照らしあわせて、美穂子はそれを“どちらも”であると考えるわけだが――とかく。
神姫に対し、幸いなことがあるとすれば一つ。彼女は決して火力で勝利するタイプではない。他者を圧倒し続ける、いうなれば「攻撃は最大の防御」というタイプではない。
勝負を動かし、“最終的な勝利を得る”タイプ。つまり、
――一局一局でみれば、決して戦えない相手ではない。だからこそ、
「――ロン」
発声は、神姫ではない。
美穂子の打牌直後に手牌が開かれた。放銃ではない。開いた手牌を見ればそれは明らか。開いた者を見れば、それは明らか。
「1300です」
「……はい」
――和了は、瀬々。
渡瀬々。
――瀬々手牌――
{三四五八八⑥⑧234888}
――瀬々のオカルトはその特性上、非常に“差し込み”がし易い。打点が低く、放銃する側にとっても、安心して振り込むことができるのだ。
それが美穂子レベルの者ともなれば、差し込みなど造作も無い。無論、それだけでは勝てないだろうし、よしんば勝利したとしても、それは次につながる形ではない。
決して、何度も打てる手ではないだろう。
それでも、ここで瀬々が和了してみせた。――神姫の妨害は何一つ無い。恐らく瀬々も確信しているだろう。――神姫=ブロンデル。決して、全く歯がたたない相手ではない。
(……興味があるわ。日本有数の雀士とされる神姫さん――トッププロすらも凌駕しうる実力の持ち主に、どこまで戦うことができるのか。もちろん、そのためなら、いくらでも支援は惜しまない。なので見せてほしいわ――)
――チラリと、見やると瀬々は笑みを浮かべていた。
少し不敵に、少し嬉しげに、感謝を伝えるように。――その瞬間、美穂子と瀬々の視線が、交錯し合った。
(――魔物に拠る、バケモノ退治の有り様を)
――東三局、親神姫――
――ドラ表示牌「{東}」――
「――ツモです。9600オール」
和了。
神姫である。東発に引き続き、打点は決して低くない。決定的な火力――親満、跳満レベルのものではないものの、脅威といえる。
なにより脅威であることは、その手に“一切の異様”も見えないということだ。
まるで靄がかかったかのように、オカルトと呼べるものがまったくもって見当たらない。瀬々の感覚ですら、答えをかすらせもしないのである。
――神姫手牌――
{六六八八③③⑦⑦22377横3}
(――牌を対子に偏らせる? そんなわけがない。なら逆に、分かりやすい強運? それも違う。“神姫=ブロンデルの手は異様に速い”けれどもそれは、自分が和了するときだけ)
瀬々が必至に思索を回す。
神姫は、“自分が和了る局”と、“自分以外の誰かが和了る局”がはっきりしている。はだに感じてわかる。神姫は“自分が和了る局”に関して言えば、照や衣のような、バケモノに匹敵する速度を見せる。
(……いや、速度の権化、配牌テンパイのバケモノたるあたしがそれを考えるのはなんだか滑稽か。にしても……照や衣、とは少し違うかな。……アンと同じタイプに感じる)
だとすれば――そう考え、続ける。
(――だとすれば、だとすればだ。……まさか、神姫=ブロンデルは、アンと同じタイプなのか――?)
――牌の偏りは見られない。
和了に法則性も見られない。
故に考えられるのは、“神姫には、一切のオカルトが備わっていない”。
アンのように、強運と、技術による、人災じみた境地にあるのか。――否しかし、それでは説明できないこともある。
――瀬々の理解が、まったく得られないということだ。
――東三局一本場、親神姫――
――ドラ表示牌「{二}」――
「……リーチです」
少しの思考、のちリーチ。
かけたのは福路美穂子、思考の理由は、その選択の妥当性か。
現在六巡。この巡目で、神姫が和了していないことは珍しい。無論、神姫が和了する局であるならば、だ。
故に、美穂子はこの局、絶好の手牌を引いて、和了を確信していた。故に、問題はここで、リーチをかけるか否かという点。
高め三色とドラが付く待ちであった。故に、ここではリーチをかけず、ダマで構わないのである。
――が、美穂子にはある考えがあった。
見定める。ここで神姫が如何に動くか。
(……次に活かすという意味合いでこの対局に、渡さんは挑んでいるでしょうけど、……言ってしまえばそれは私だって変わらない。ここでリーチを掛けるのは、あくまで直に、ブロンデルさんの動きを見るため――!)
果たして、神姫は、動いた。
それは一の打牌に対して。
「チー」 {横七八九}
一鳴きであった。それも、タンヤオとクイタンとリーチとツモを全て切り捨てる鳴き。意味があるのかと問われれば、現時点では不明瞭だ。
だが、それゆえに――美穂子のリーチは、意味を成したのだ。
(これで私のツモは渡さんに流れた。時折ツモを見透かすような打牌をする渡さんが私のツモ番を手にしたのなら、きっと――)
――すっと、見やった瀬々は驚愕に濡れていた。
想像通り、美穂子のツモは、“高めを一発でつかむツモ”だったはずだ。そしてこのツモも――
「――ツモ」
――美穂子手牌――
{三四七七七八八②③④234横五}
「1100、2100です」
この局、どうやったって美穂子が牌をつかむようになっていた。これは美穂子の単なる勘だが、実際に和了して故に、そう思う。
流れのようなものだ。
機を制した以上、後は和了へ向かうだけ。
その体現であった。
――東四局、親美穂子――
――ドラ表示牌「{⑦}」――
「ダブルリーチ」
この局の図式は非常に明白であった。必ず配牌をテンパイへと至らせる者、渡瀬々。彼女のダブルリーチである。意味は、語るまでもないだろう。
四者の反応はさまざまであった。
美穂子は、あえて強気に一打を選んだ。一は、一瞬気圧されたものの、それでも前に進む打牌をした。対照的なのは、神姫=ブロンデル。
神姫/打{八}
瀬々が第一打とした安牌である。
安牌の極端に少なく、まだ危険牌の見えないダブリーにたいして、非常に消極的な一打と言えた。デジタルといえばそうかもしれないが、この状況で、ただ引くだけがデジタルではないだろう。
神姫は、デジタル以外の何かをも、同時に見ているということになる。当然それは、アナログと呼ばれる代物だ。
何かのチカラ――オカルトであるのかもしれないが。未だにそれは、世界の誰もが知らないものである。故に、正確な判断は、神姫本人以外の、誰も下すことは出来ない。
だが、だからこそか――瀬々はこの局、和了へとこぎつけた。
「ツモ。2000、4000!」
荒れはなく、果たして戦場は平穏に包まれる。それは果たして、嵐の前の静けさか、はたまた神姫=ブロンデルの体現か。
これで東場は終了となる。
いまだ姿を見せぬブロンデルの神の域。瀬々の闘牌は、決して彼女を見透かさない。彼女の理解、彼女の神すら、ブロンデルには干渉しえない。
解らない、故に不穏。
不穏なれど折り返し。
ここから待つは、波乱の南場。そして同義に、勝敗の行末という言葉が言外される。
神姫と、瀬々と、美穂子と一。
四者四様。協調路線の瀬々と美穂子に、一は独自の路線を行く。ならば神姫は? 彼女の真意は?
南場は如何に、勝敗が動く――?
エタらない程度にぼちぼち。
次回更新分は一応できてるので、来週末にでも。