咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『ゆらめきの戦線②』

 ――南一局、親瀬々――

 ――ドラ表示牌「{3}」――

 

 現在四巡目。

 二度の鳴きにより打牌の数は錯誤するものの、とかくこれが一の四打。

 

(――さて、いい感じだ)

 

 ――一手牌――

 {一三四四五六八③⑤⑦⑧⑨⑨(横二)}

 

(瀬々の手牌は、打点を上げるには少し手間がかかる特徴がある。だから振り込んでも痛くはない。風越の福路さんは……四巡で手牌が透けるほど、分かりやすい人じゃない。むしろ、わかりにくい方が普通なんだけど)

 

 ――もっとわかりにくいのは、まぁ普通ではないだろう。

 無論それは、神姫=ブロンデルのことだ。

 

 ――神姫捨て牌――

 {③⑧九三}

 

 濃厚な染めての気配。さらに言えば、現在この局で行われた二鳴きは神姫によるものだ。自身が和了する時は速攻で、――攻めの気配が見える神姫のことだ。現在テンパイは確定である。

 

(自摸って和了るのは、まぁ止め用もないとして……こっちは絶一門か、ちょっと困るな……ひいてきたらオリるしか無い。できれば引きたくはないけれど)

 

 ――そうして、手にした牌を打牌する。それ自体は、手牌からしてみれば確実に不要な{四}。受け入れ枚数では{八}だが、ここで一、一通を見た強気の打牌である。

 この対局、一はあくまでトップを見ているのであった。

 

 が、これが裏目にでたのだろうか。

 

 

「――ロン」

 

 

 神姫=ブロンデル。

 和了である。

 

「2000です」

 

 ――神姫手牌――

 {五六②③④⑧⑧横四} {3横33} {77横7}

 

(――迷彩!?)

 

 瞠目する。

 思いもよらないところから、思いもよらない和了が飛んだ。無論、この局が神姫の和了へ動いているだろうことはわかる。

 その上で、自分がそれに振り込むなど、ついぞ考えてもみなかった。

 

(この人がドラがらみのホンイツとなれば、素直に自摸和了するものだとばかり思っていた。……でも、そうじゃないんんだな。神姫=ブロンデルという人は、こういうことも出来る人なんだ)

 

 そしてそれ以上に留意すべきこと。

 ――神姫=ブロンデルは、一にも意識を向けているということだ。一応、神姫がこういった搦手を使ってくることは知っている。けれどもそれは、一のような手合には必要ないだろうと、そう一自身が考えていただけだ。

 

 ……気をつけ無くてはならない。

 一の危機感は、更に大いに、――警戒度を上げる。

 

 

 ――南二局、親一――

 ――ドラ表示牌「{四}」――

 

 

 この局、どうやら神姫は動かないようであった。

 それが確実となったのは、牌の河が二列目に折り返したところ、ここまでくれば、神姫が和了しそうにないことはわかる。

 

(――あの時、実紀さんたちの麻雀喫茶で見た闘牌は、圧巻としか言いようがなかった。三人を相手に、一切相手を寄せ付けず勝利した。でもそれは、言い換えれば、全力を出さざるを得なかったということでもある)

 

 ――一は回想する。

 生で初めて見た、あの対局。

 絶対的とすら思えた三傑を相手に、一切の遊びもなく蹴散らした、闘牌。

 

 神姫は和了らない局と、和了る局がはっきりしている。

 だが、それに法則性はなく、あくまで神姫が、“その方が都合が良いから”そうしているだけのようだ。

 

 これはいくつか在る推測の一つだが、神姫はその場の流れを見ているらしい。

 流れというものは流動的で、一度として同様の流れとなることはありえないのだから、神姫の和了に法則性がないのは、当然なのだとか。

 

 なお、神姫がそういった“余裕のある”闘牌をしていないことは幾つか在る。

 例えば六年前の当時日本最強のアマチュアであった三尋木咏との決戦であったりだとか、去年の宮永照や現在プロで活躍している雀士とのコクマ決勝などが言えるだろう。

 

(まだボクはそのレベルに達していないってことだろうね……いいや、それはいいんだけど)

 

 少し、不思議なことが在る。

 

(……瀬々は、いつもの瀬々以上に慎重がすぎる。端から勝つつもりがないんじゃあそんなものだろうけど、それにしたって――どうにもこの対局、些か攻めっけが足りない気がする)

 

 ――でなければ、よもやこんなことにはならないだろう。

 意外なことに、その局、瀬々は何も動かなかった。

 

 

「――ツモ、1000オールです」

 

 

 終了は、一の和了。

 けれどもそれは、あくまで一が“普通に”手を進めたがための和了である。瀬々の搦手を逆手にとって、巧く和了に持ち込んだわけでもない。

 逆に、瀬々と、それから福路美穂子の策略に載せられる形で和了しらわけでもない。

 

 ただ、そうなるべくしてなった和了。単なるツモの、ツモ和了り。

 

(――慎重すぎる。……でなければ、こんな何も起こらないような局、生まれるはずがないんだから)

 

 これを瀬々は、はっきりと感じ取っているのだろうか。

 ――やもすれば、この半荘で、一番蚊帳の外にいる自分が、その上で同じ卓についている国広一が、この局を客観と主観を均一的に見れているのかもしれない。

 

 ――不可思議で、

 ――不確かな、

 

 ――不可解な、対局。

 

 一が感じる疑問を他所に、彼女は続く言葉を選ぶ。

 

「……一本場」

 

 彼女にとっては想像もしてみなかった、自分自身による連荘の宣言であった。

 

 

 ――南二局一本場、親一――

 ――ドラ表示牌「{四}」――

 

 

 対局も、ほぼ中盤も過ぎた。一やこれ以降の親が、怒涛の連荘を行わない限り、対局が長引くということもないだろう。

 ――ここまで、少しずつデータと呼ぶべき物が見えてきた。

 

 神姫の打ち筋は、デジタルとアナログの合わせ技。

 特に、アナログによる流れの見透かしは、誰でも唸るものがあるだろう。

 

 和了れる局を、確実正確に上がり切る。

 それが彼女の強みである。

 

 おおよそ、その打ち筋も見えた。

 彼女には何の特徴もない。

 言ってしまえば、“打点制限のない照”を見ているような物だ。オカルトへ対する対応力も、その和了スピードそのものも、照を彷彿とさせる打ち筋だ。

 

 その上で、どちらかと言えば、点数を稼ぐ勝利よりも戦略的にトップに立つ勝利を好む。

 

(……けどまぁ、これくらいなら、“牌譜を見れば読み取れる”。……そうでなくとも、ビデオを眺めていれば、なんとなくつかめる。誰だって、“感覚的に”)

 

 何もおかしなことはない。

 癖のない麻雀なんてものは存在しない。――少なくとも、デジタル的に最適打のみを選ぶということですら、癖と言ってしまえば癖なのだ。

 

 そう言った癖は、麻雀に長く触れてきた者ならだれでもわかる。

 少なくとも、大会一つ分のデータがあれば、それで十分だろう。

 

 なればこそ――感覚によって全知を体現する、瀬々が理解できないはずもない。

 

 だというのに、

 

(――読み取れない。あたしの感覚は、そこに何の答えも用意しない。……あたしに答えをくれるのは、あたしが生まれたその時から持つ、ただ個人として誰かと何ら変わらない感覚だけ)

 

 決して、勝負師としての嗅覚が優れるというわけでもない以上。

 瀬々は、最低限のことしか読み取れない。

 

(牌譜を見て、なんとなく神姫=ブロンデルの麻雀は理解できた。だが、その理解は、あたしの理解と一致しなかった。なら、実際に卓を囲んで、そうすれば理解できるんじゃ――そんな考えも、甘かった)

 

 実際に、卓を囲んで。

 わかったことはといえば、牌譜でわかる程度の内容だけ。

 

(……となれば、もはや推測はおおよそ立つ。そもそも、そういった考えは、この人と、直接顔を合わせた人間ならば、絶対に思うことなんだ)

 

 ――神姫=ブロンデル。

 

 彼女に対する瀬々の第一印象は“希薄”であった。

 自身のチカラが正常に動作しないという理由もあったにはあったが、瀬々もまた須らく、神姫の気配を薄弱としか感じられなかった。

 

 彼女を知る、あらゆる人間がそうであるように、だ。

 

 それは決して、影が極端に薄いだとか。

 存在感が、全く感じられないだとか。

 

 そういったものではない。

 存在は感じ取れる。

 空気のごとく認識が向かないわけではない。

 

 そこにいるのが確かにわかる。けれども、それが少しばかりしか感じ取れないのだ。それはまるでそう――

 

 

 ――亡霊か、なにかのように。

 

 

(……魔物とか、人外とか、そういうふうに呼ばれる雀士は幾らでもいる。衣や透華、あたしだってその部類)

 

 ――瀬々の知る限りでは、“それ”に片足を突っ込んだような人間も、何人かいる。例えば今年のインハイ個人戦第三位、荒川憩とか、三傑とか。

 

(だけど――神姫という人は、その中の例外中の例外。特例にして異例。それはまさしく、あたしのライバル――アン=ヘイリーと同じように)

 

 アンは、人間の身でありながら、人智を超えたチカラを手にするに至った。

 それは化け物の如くと見えるが、彼女に化け物の異形は何一つ無い。ただ人間としての、極点のチカラ。

 

 ――もしもアンを特別な呼び方で呼ぶのだとしたら、英雄。人を惹き、人を魅せる、時代が産んだ特異の産物。

 ならば、神姫=ブロンデルを称するならばそれは。

 

 

(――神霊。神が産み、神へと至った人の霊)

 

 

 神。

 ――それは“龍門渕”透華、そして渡瀬々に宿った、あの存在と、“同等”の。

 悪魔とは別の、もう一つの魔物。

 

(……あたしの、同類)

 

 それは、少しずつ視界の焦点が合ってくるかのような。

 

 ――瀬々は、その感覚を、その推論を、確固たる形へ変えることにした。

 

 この局。

 動く。

 

 ――瀬々は、自身の最大限の勝利を見た。

 

「――カン」 {横⑧⑧⑧⑧}

 

 瀬々は恵まれている。

 上家に福路美穂子が座った。彼女の洞察力を持ってすれば、瀬々が鳴きたい牌は、全てお見通し。――そして、瀬々のチカラを持ってすれば。

 

 ――新ドラ表示牌「{⑦}」

 

 打点の確保は、さほど難しい話ではない。

 

(……タンヤオドラ1!)

 

 ――瀬々手牌――

 {三四④④234567} {横⑧⑧⑧⑧}

 

 ここで、五巡目。

 素早いにも程がある、張替えとテンパイである。開幕から、必ずテンパイしていることに加え、瀬々のツモ運は常時低調となることはない。

 衣もまた同様であるが、瀬々のような人外の手合は、ある程度であれば望んだ通りに牌をつかむ。

 

 ――そういうものだからだ。

 

(これで、後は福路さんがあたしの鳴ける牌をくれれば――それで完了だ)

 

 だが、瀬々の狙いはそこにない。

 この局――勝利以上のものを瀬々は望んでいる。

 

 狙いは単純。

 福路美穂子から、二回牌を食う。――であれば、如何に成るか。

 そう、単純。

 

 

 ――神姫=ブロンデルの牌が飛び込んでくる。

 

 

(あの日……初めてこの人の対局を生で見た時、――後ろからツモを除いても、“何も見えなかった”し、“何も感じなかった”。それは、ビデオ越しの対局でもそうだった。“他の人ではそんなことはありえないのに”)

 

 ――瀬々がなにか見落としをしていなければ。

 何も、読み取ることができなかった初めての相手。それが、神姫=ブロンデル。神なる亡霊。希薄なる姫――!

 

(だからこそ、直接見る。この人の牌を自分で自摸って、その後のツモ、それ以前のツモ、全てを見透かす――!)

 

 そして。

 

 ――それは、

 

 ――――その時は、

 

 否応なしに、訪れる。

 

 美穂子/打{二}

 

 計ったかのような打牌。

 狙いすました読みの的中。瀬々は、それを待ちわびていたように、声を――

 

 

「――ポン」

 

 

 だが、

 

 ――最初から、瀬々が和了しないことを見透かしたかのように。

 

 神姫=ブロンデルが、声を制した。

 

(……な、え?)

 

 この一瞬、瀬々は冷静さを欠いた。

 それでも即座に思考を復帰。神姫の鳴きを遮るように、手牌を開けることを考えた。しかし――

 

 ――感覚が、更にそれへ待ったをかけた。

 

(――次の、ツモ)

 

 思考が、それだけに意識を向けた。

 

(……{二})

 

 

 パク、パクと、空気を求めるように、口が開閉した。

 絶句、であった。

 

 

「……ツモ」

 

 ――瀬々手牌――

 {三四④④234567横二} {横⑧⑧⑧⑧}

 

「2000、4000に一本付です。」

 

 漏れでた言葉は、自身が和了したのだということを忘れさせるかのごとく、貧弱で、形容しがたいものだった。

 

 

 ――そして、南三局。

 

「ロンです、2000」

 

 再び瀬々が和了。

 南二局での満貫和了で、神姫=ブロンデルをまくった。逃げ切り体勢に入り、更に美穂子のバックアップを全面に受ける。

 

 この対局における、二度目の美穂子の放銃であった。

 

 勝利を目前。

 未だ油断は出来ねども、ネックであった神姫の親番は、驚くほどすんなり、流れてオーラスへと突入する。後は、オーラス一局を逃げ切るのみ。

 

 ――そこまで来ても、瀬々の顔には、ある種の陰りが見られたのであった。

 神姫へ対する警戒と不安。

 

 それが瀬々に、ある選択を決断させることとなる。

 

 

 ――オーラス――

 ――ドラ表示牌「{西}」――

 

 

 この局。

 瀬々の手牌。

 

 ――行く末を見守るあらゆる雀士が、その牌姿に目を疑ったことだろう。

 

 

 ――瀬々手牌(理牌済み)――

 {四四八九九②④⑥11南南發}

 

 ここまで瀬々は、大会最速の平均聴牌速度を誇る雀士であった。

 その速度は、もしも記録が成立すれば、“物理的に”それを上回ることが困難となる数字。

 

 平均聴牌速度、“一巡”の化け物記録。

 

 それを、ここで、――あえて、破った。

 

(……完全に賭けに近いけれども、どうにも成功したみたいだ。ツモも悪くない。トイトイが仕掛けやすい、いいツモだ)

 

 満足気に、瀬々はそれを批評した。

 そう、これは鳴き重視の手。無論、美穂子が居ればそれで問題なかろうが、瀬々は“それではダメだ”という事を理解した。

 南二局一本場。

 

 ――瀬々の狙いを、最悪の形で神姫に潰された。

 和了という点では問題ないが、少なくとも、和了以外の狙いは全て、見透かし、読み切られ、封殺された。あの“ポン”は、瀬々にとって大きな精神的ダメージであったことは、間違いない。

 

 だからこそ、瀬々はこのオーラス。

 ほぼ神姫が動くであろう局。――そして、何より、“動かなければならない局”で、賭けに打って出ることとした。

 

 神姫=ブロンデルの、意表を突き、懐をえぐる。

 瀬々は勝負の焦点を、最後の勝負の行く末を、完全にそこに、見定めた。

 

(神姫はきっと、“何もわからない”類の手合なんだ。“何もかもを見透かしている”ような相手じゃない。全てを見透かすということを、あたしはよく、よくよくよく、知っている。だからこそわかる。神姫=ブロンデルは無敵じゃない!)

 

 故に、きっと神姫は動くだろう。動かざるをえない状況で、瀬々の搦手に、絶対に、引っかかる。確信を持って、瀬々はこの手を引き寄せた。

 

 そして、

 

(――来い!)

 

 ――それは、

 

(来い、来い!!)

 

 第一打。神姫の、最初の一打でもって――

 

(来い、来い、来い来い来い来い来い来い来い来い来い――――ッッ!)

 

 ――神姫/打{南}

 

 成立する。

 

(来たァ――)

 

「ポン!」 {南横南南}

 

 これで、ツモ番は流れ、

 

 瀬々は、

 

 神姫の、ツモを――――

 

 

(あ、れ――?)

 

 

 瀬々はその瞬間。

 

 意識を失うという感覚を。

 

 

 ――意識を“喰われる”という感覚を、初めて知った。

 

 

(なんだ、これ。あたし、どうして)

 

 いや、

 

(あたし、なんで……あたし、何処をむいて)

 

 ……そう。

 

(そもそも、ここ、どこ?)

 

 闇。

 ――闇。

 黒よりも昏く、光ある全ての世界の、それと言える光そのものを、黄昏に、そしてその先の闇。暗闇にして、陰影に変えた世界。

 

 

 ただ、自分だけが、そこにある。

 

 

 呑まれたのだ。

 自分という存在が、瀬々という、もはや誰ともわからない有象無象が。

 ――理解、スべきではなかった。

 

 その世界は、もはや人とか、もはや神とかそういった世界ですら無く。

 

(……そう、ここは、――ただ、亡者だけがある世界。あたしの、あたしが知らない死後の世界)

 

 ならば、

 

 これが――

 

(……これが、神姫=ブロンデル、なの?)

 

 ぼんやりと、何もない世界に神姫だけが浮かんだ。今、目の前にいるはずの彼女は、しかし遠く――座っているはずの神姫は、しかしぼんやりと待ちぼうけるように、立ち尽くしている。

 

 それは、彼女がここにいる証。

 ようやく分かった。南二局一本場。

 

(あれは、神姫さんがしたことじゃない。――あたしの中にいる、“神様”がそうしたことだったんだ)

 

 この世界を隠すため。

 この世界を瀬々に知らせないため。

 

 瀬々の中の、神と呼べる存在が隠した。瀬々を、暴威のような闇から守るため。

 

 そして瀬々は、それを無視した上で、ここにいる。自業自得というやつだ。

 

(本当に、過保護な神様だなぁ。――でもさ、あたしは別に、これをやっちまったなんて思わないよ?)

 

 ここには、瀬々と、神姫がいる。

 ――今この一瞬は、瀬々がただ一人、神姫に最も近い場所にいる。

 

(……神姫さん。決着をつけようじゃない。今じゃなくてもイイ、この場所で――この暗黒の中で!)

 

 瞬間。

 ――浮かび上がる。

 卓だ。先ほどまでの卓。コクマ一次予選、ある卓の、オーラスに差し掛かった対局。

 

(まずはあたしが挑ませてもらう。もちろん――)

 

 

「カン」 {南横南(横南)南}

 

 

(あたしは負けるつもりもない)

 

 神姫/打{發}

 

 ――お互いに、そして暗闇の外にいる、福路美穂子と国広一もまた、打牌を続ける。

 盤面は、少しずつ動いて、大きく揺らめく。そうしてこそ、瀬々は神姫へと近づく。――自身の勝利を手にするために。

 

(神姫=ブロンデルには、二つの顔がある。ひとつは流れを巧く操り、最終的な勝利をもぎ取る顔。そしてもう一つは、――他者を圧倒し、勝利しきる顔。化け物のような、顔)

 

 そこには、きっともう一つの何かがあるはずだ。

 神姫を形作る“技術”以外のもう一つの何か。――それは、思いの外単純で、例えば瀬々や、衣のような。

 

(純粋なオカルトで、あるはずだ)

 

 そう。

 であるなら、今、瀬々がいるこの場所は、神姫の本領にして、しかし真骨頂ではない。神姫にとってこれは、自身を覆い隠すヴェールなのだろう。

 

 だから、そのヴェールを瀬々は、――この半荘で暴いた。

 

(もう一つ。未だ見えない何かの片鱗を、あたしはここで、暴いてやるさ。例え負けても、――ただで転ぶつもりはない)

 

 ――瀬々手牌――

 {四四四九九②④⑥11(横1)} {南横南(横南)南}

 

(……さぁ、張ったぞ。続くツモは、あたしの和了り牌。ここで止めるとするならば、ツモか、ロンか、はたまたズラしか。どれにしろ、手牌を明らかにしなくちゃな!)

 

 無論、ビデオで見れば、その手牌は見透かすことができる。

 だがそれは今ではない。

 ――今、瀬々が。

 

 “神姫の闇に呑まれた”瀬々が、牌をすかすには、この瞬間、神姫が和了するしかない。

 

 ならばこの勝負。

 ――瀬々が和了し、実際の勝利を手にするか、神姫が和了し、瀬々に情報を与えるか。このどちらかの結果となる。

 

(あたしは別にどっちだって構わない。さぁ選べ、神姫=ブロンデル。アンタには今、その権利が与えられている――!)

 

 選択――結果は。

 

 

「ロン」

 

 

 ――和了。

 

 ――神姫手牌――

 {八八八②②②④33888}

 

(――タンヤオ三暗刻。これじゃあ届かない、でも――新ドラは、{八}。きっちり六翻っ! 逆転だ!)

 

 そして……

 

(……ふぅん、“そういうこと”ね)

 

 納得。自身の牌を伏せ、ようやく帰還した明白の世界に身を委ねる。――神姫の点数申告。そして美穂子と、一の、どこか簡単に近い表情。

 

(あぁ、やっぱり強いは、コクマの女王は)

 

 

 ――コクマ一次予選。

 いくつかの見るべき対局はあるものの、この段階で、事故と呼べる事故は生まれない。おおよそ順当と順風に、瀬々を始め、“勝ち上がるべき”雀士はおおよそ第二次予選へ駒を進めた。

 

 合計十六の席を操る二次予選。そこには、波乱の気配があった。

 

 そんな未来へ思いを馳せて――渡瀬々は、前を見る。

 

 

(――でも、次は絶対に、負けない)

 

 

 それは、思いもよらず、悔しさを覚える負けであった――

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