一次予選が終了となり、それによる一次予選突破者が発表。
同時に、二次予選のブロック分けも、発表された。八ブロックのなかからトップ二名が決勝へと駒を進めることが可能である。
一次予選はインターハイやインターカレッジに出場できる程度の選手であればおおよそ誰でも参加が可能であるため、そのレベルは思いの外極端な差がある。
トップに立つ者は、全戦全勝を飾るほどの成績を残す。とはいえ、十回にも及ぶ半荘を行う以上、“全戦全敗”という成績は、ありえないのだが。
とかく。
――二次予選は、全国有数にして選りすぐりの強豪が集結する。そのレベルは日本アマチュア屈指と読んで過言ではない。
それは強豪校――千里山や姫松などのエースが、「中堅最上位」レベルの雀士とされるほどに。
中には、並みのプロでは相手にならないほどの者もいる。――今年のインハイ覇者、宮永照などだ。
二次予選の特徴は、二次予選に駒を進めた雀士全てが、“決勝に行く可能性が零ではない”ほどに高レベルであるということだ。
頂天に近く、大きすぎない実力差を持つ雀士達は、天のめぐり合わせによっては、たとえ中堅レベルの雀士であっても、――それ以下の雀士であってすら、決勝への切符は与えられている。
後は、たった二席しかない決勝への列車に、乗ることができるかどうか。
――それを踏まえた上でみれば、天に恵まれた運を持つ雀士が、一人いた。
「ふふ、ふふふふ」
金髪の、お嬢様ぜんとした――それも、勝ち気でどこか高飛車とすら言えるお嬢様像を体現した――少女。
「これは、来ましたわ、来てしまいましたわぁーーッ!」
――龍門渕透華である。
脇には、同じく二次予選に駒を進めた瀬々と衣、水穂に一がいる。純と智樹は売店にて、何か買い物をと出かけている。
ここは、龍門渕高校の面々が宿泊するホテルの一室であった。
なお、純と智樹もコクマには選考会枠にて出場していたが、残念ながら一次予選突破はならなかった。透華や一と比べれば、やはりインハイを決勝まで勝ち抜いた経験の差があるのだろう。
無論その差は、純達が経験を積めばすぐに埋まる程度の物だが。
それでも、透華と一は二次予選に進出し――
透華は、そこで幸運に遭った。
「うわぁ……ズラリと並んでる名前、ほとんどオカルト雀士だよ」
――龍門渕透華のブロックはFブロック。
そこは、今大会に置いても、かなりの荒れ場と目されるブロックである。――デジタルに属する雀士が、驚くほど少ないのだ。
オカルト雀士の祭典。当然、デジタル雀士が見れば発狂モノの打牌選択が、そこかしこで轟くことだろう。
そんな中、透華はそのブロックに潜り込んだ。幸運にも、オカルト達の戦場に、紛れ込むことが出来たのだ。
「ふふふ、わたくしからしてみれば、オカルトなどという奇っ怪なモノに頼るなど愚の骨頂、てんでおかしいったらないですわ」
「いやいや、そのオカルトで相手のオカルトを封じ込めるお前さんが何を言うよ」
嘆息気味に、瀬々。
けれども透華は揺るがない。――無論、瀬々もそれをわかった上でのツッコミだが。
「それでも、麻雀は“わたくし”の麻雀ですわ。それに、不意に意識を乗っ取られ、自分の意思に沿わない麻雀を打たされるより、ずっとマシですわ!」
「ふむ、そうだぞ。麻雀は打つものだ。打たされるものではない。つまらないからな!」
衣がうんうんと頷く。
――説得力が違う。水穂と瀬々は、そんな衣のどこか大人びたとすら思わせる表情に、どこか苦笑気味に、そう思いを馳せる。
「それにしても、これならもしかしたら透華は本当に決勝に行っちゃうかもね」
「それはなんだか悔しいなー、私のほうは難しそうなのにさっ」
――水穂が心底悔しそうに言う。
「ま、まぁそれはしょうがないですよ。宮永さんに、あと辻垣内さんでしたっけ――あたしがインハイ個人でやりあった中で、“四番目に”厄介だった人」
――そして、“あの”アン=ヘイリーが言う、臨海のナンバー2。
瀬々はコクマが始まる前、雑談の中であることを語られた。
それは、端的に言えばこうだ。
“もしも、智葉がレギュラーに選ばれていれば、インハイ優勝は臨海だった。”
訳は単純。智葉をレギュラーに選べれば――加えて、それくらい臨海のレギュラー選出が自由に可能であれば、アン=ヘイリーは大将に座っていた。
そして、辻垣内智葉は――臨海において、大将を任されていたタニア=トムキンよりも、強いのだ。これは臨海女子麻雀部内のランキングが語っているという。
アンが認め、そして“優勝”すらも豪語した、臨海が誇るナンバー2。恐らくその実力は、水穂以上――人類の、極点とすら言える部分に到達していると見て間違いはないだろう。
そんな相手のいるブロックに、水穂は放り込まれたのだ。
「そもそも、だ。瀬々」
「……ううん?」
なんだ、と促すように、割って入った衣へ相槌を打つ。
「――厳しい位置にいるのは、お前もではないか?」
「あー、まぁうん。そうだけどさ」
――そう。
瀬々もまた、中々難しいブロックにいる。
“難しい”。そう言えるだけの相手が、そのブロックにいる。
名を宮永咲。
――宮永照の妹にして、渡瀬々自らが見出した、怪物。
「でも、咲をこの場に引きずりだしたのは、あたしなんだよ。――だから」
だから、きっちり責任をもって、相手をする。
「真っ向から……倒してみせるさ」
その言葉は――思ってみればすんなりと、喉から飛び出てきたものだった。
♪
二次予選、激戦の渦中において、それでも悠々と勝利を重ねる者達はいる。
それはいわゆる「優勝候補」の呼び名で語られ、アマチュア雀士の中でも一線を画す――やもすれば、トッププロにすら匹敵するほどの実力を持った雀士達である。
まずは語るまでもなく、日本最強の“高校生雀士”の一角、宮永照。及び、天江衣。
彼女たちは、あくまでも彼女たちらしい、圧巻と堅実な闘牌で、着実に二位との点差を離し続けている。
また、三傑および神姫=ブロンデル等、大学生雀士の最強格も、特筆すべき点はない。こちらもトップ通過はほぼ確実と見られていた。
他、突破が確実視されるのは、インハイ個人戦第二位、渡瀬々であろう。同じブロックの宮永咲――及び、新道寺女子のエース、白水哩等を意識してか、かなりのハイペース高打点を連発、大きく点を稼いでいた。
結果として、彼女のトップ通過もまた確実視される。更に、白水哩に宮永咲も、それに対抗すべく周囲を圧倒。――実質このブロックは、宮永咲と、白水哩の、二位通過を争う一騎打ちの体をなしていた。
他、一位通過が確実視されるのは阿知賀女子学院、松実玄である。
圧倒的な火力の持ち主、ドラを掌握するドラ麻雀。ことランキング戦においては、役満の化身、大豊実紀に匹敵するほどの超大火力の持ち主。
和了る役は軒並みマンガン、カンをすれば更に打点が上がっていく。
手の付けられなく成ったドラゴンマスターに、叶うものなどいるはずもなく――
もしもこれが、赤ドラを含めての麻雀であれば、まだそれに見合った実力に落ち着いただろうに。
無論、それはつまり最低打点がおよそ跳満になるという恐怖の火力モンスター誕生であるが、それでも、和了率を考えれば大豊実紀の相互互換に落ち着くだろう。
また、そんな強豪雀士達の裏で、幸運も実力の内と大暴れする雀士も数多くいる。
その筆頭が松実玄と同ブロック、龍門渕透華である。対オカルトのスペシャリスト、というよりも、対オカルトにおける特効持ち。
加えて、今日の彼女は乗りに乗っていた。
ここまで地獄モードと呼ばれるようなツモは一切なく、順次快調、彼女を止めようと思うなら、彼女以上の実力と、彼女と同じ程度の運が必要だ。
前者は望むに望めないだろう。
彼女のいるブロックは大半がオカルト勢、本来の実力を彼女の前では発揮できないのだ。
加えて、他者を大凹みさせて勝利する松実玄を相手取り、トップを取れたことも大きいだろう。その時の透華は、まさしく鬼神、牌に愛されているかというようなツキであった。
かくして順調にトップを取り、点を稼ぎ、三位とは多少点差を離れた二位に透華が付け、トップには更に点差を離した松実玄が付く。
――他のブロックに関しても、大凡大勢は決しつつあった。
下馬評通りの活躍でトップを揺るぎないものとしている宮永照、及び天江衣。また三傑及び神姫=ブロンデル。
また、他に名の在る所では、弘世菫が挙げられるだろう。
彼女も龍門渕透華同じく、幸運に恵まれていた。また、相手の戦略をきっちり読み取り、それに対して対応できていたのもまた事実。
トップが確定的な所で言えば、辻垣内智葉、そして園城寺怜などだろうか。
この両名が何より幸運だったのは、宮永照を始めとする優勝候補が同ブロックに存在していなかったことか。
また、インハイ、インカレで名の知れた強豪校のエース格も、二位通過、場合によってはトップ通過を目指し争うこととなる。
16の椅子は、広いようで、その広さはしかし一部の者にしか望めない。
それは渡瀬々の座るブロックにおいても言えることだ。
――宮永咲と白水哩、強者二名による二位争いは、熾烈としか言いようがなかった。
まず前提として、両者は――白水哩が瀬々と激突したことを例外とすれば――直接対決を除く全ての試合に勝利していた。運も介するこのゲームで、はっきり言ってそれは異常。
しかし、現実としてそれが結果であるのだから、驚嘆する他にない。
――そして咲と哩の直接対決は、以外にも白水哩が制した。接戦の末、咲が“プラマイゼロに走らざるを得なかった”結果だ。
かくして最終戦を前にして、それでも二位は宮永咲である。
ここまで堅実に稼ぎ続けてきたことと、哩が瀬々と激突したさい、大きく凹んだことも原因の一つだろう。
少なくとも、哩がトップを取って、尚且つ咲がある程度のプラスで半荘を終えても、白水哩はギリギリ届かない。
なお、瀬々は半荘の半分で飛び終了を出す大暴れにより、点数は異次元の域に達している、全力も全力、――故か、どうあがいても、二位と一位の入れ替わりはありえないだろう。
――ただ、哩にチャンスがなくなったかといえばそんなことはない。
というのも――――
♪
宮永咲は既に対局室に入っていた。
態々試合開始前に話をするような相手はいないし、何より一番最初に、この場所に入って置きたかったのだ。
――精神を落ち着けるためである。
二次予選最終戦、ここまで出来る最善を全て尽くして、それでもなおトップには届かない位置。
これが例えば直接対決ならば、僅差であっても勝利は望めたかもしれない。
しかし、点数を稼ぐという形態上、火力の低い咲はどうしたって彼女には及ばない。
麻雀をもう一度始めるきっかけとなった一人の少女。
あのインハイ個人戦で、咲の麻雀のルーツ――――宮永照と死闘を繰り広げていた少女。
――彼女ですら、照には一歩及ばなかった。
次は負けないかもしれない、けれども、少なくともあの時、あの一瞬は、宮永照の方が強かったのだ。
――自分の先に、彼女はいて、そしてその先に、宮永照、咲の姉がいる。
恐らく、咲が姉という遠くに行ってしまった存在を、唯一つなぎとめておけるのが、彼女という指標なのだ。
遠い存在。
それでも、手を伸ばせば届くかもしれない存在。
――それが、今、
――咲の目の前にいる。
「……おや、もう着てたのか。随分と早いな、席は決めたか?」
――渡瀬々。
元より、小柄な方の咲よりも、更に小柄な、一つ年上の高校生。
野暮ったく纏められた挑発と、皮肉げな目つきが特徴だ。――何となく、気怠げにも映るし、人を寄せ付けないようにも映る。
ただ、今は人好きのする笑みを浮かべているし、彼女は元来社交的だ。少なくとも、外面は良い。
「あ、えっと……」
どちらかと言えば自分は内向的で、――彼女も本質はそうなのかもれ知れないが、努力してそれを隠している。
どちらかと言えば、対照的に映るだろう。
虫も殺せないような、真実、まったくもって内気な自分。
人に視線をぶつけるような、虚実、なんといっても前向きな少女。
「……その、よろしく、お願いします」
「因果なもんだよな」
軽く頭を下げると、それに返答し、なんとはなしに瀬々は言う。
「――こうして、最終戦、咲にとっては、負けられない試合であたしとぶつかった」
「……、」
「まぁ、そうじゃないかもしれないね。順当に抽選をすれば、必ず誰とも一回は当たるんだ。それが最後になるのは、可能性としては別に低いわけでもない」
「…………えっと」
瀬々は矢継ぎ早に言葉を募らせる。
思わず目を回してしまいそうなくらい。――それでも、咲は何とかそれに追いついて、
「それでも、同じブロックにあたったことは、因果じゃないかな、と思います」
「……だろうね、まぁ――お膳立てがあったんだ」
そこで、瀬々は咲に並んで振り返る。
――後方には、これから咲達と卓を囲む女性が二名、姿を見せていた。どちらもインカレで活躍する大学生だ。
年上ということで気後れしないでもないが――それでも、彼女たちに負けるつもりはない。
――後からやってきた二名の顔には、明らかに萎縮の気配がある。瀬々と咲、どちらも一次予選で大きく活躍した者の一人だ。
荷が重いだろう。
それ自体はしょうがないことだ。
「そのお膳立てに則って、始めようじゃないか」
歩を進めた向こう側、卓には四つの牌がある。
――席順を決める東西南北。
瀬々は躊躇いもなくそれをめくって――{南}だ。
決められた位置に座る。咲は、そこにいる少女の、目の前にいる瀬々の戦意を、直に感じ取ってしまった。
身震いだろうか――それとも強者との邂逅を喜んでいるのだろうか。
一度、体が大きく震えた。それを抑えるようにしていると、後からやってきた二名の雀士がそれぞれ牌をめくる。
{東}と{北}。
とすれば、残る一つは既に明らかだ。
最後の一枚、{西}を咲がめくり――席につく。
――――これは、二次予選の通過者を決める大一番。
既にトップ通過が確定的であるならともかく、絶対に逃せない一戦になる。
運良くか、はたまた運悪くか。
咲はこの最終戦で、渡瀬々、このブロックのトップと激突する。
点数においてはどうあっても追いつけない相手。
――ならば、一瞬の殺陣は、刹那の中で決する鍔迫り合いは――?
かくて、因果によって導かれた、一つの決戦がそこで始まる。
まだ連載中だからセーフ。