天江衣。
龍門渕透華の従姉妹である。数年前に両親をなくし、それ以来、ある家族に引き取られ、子供時代を過ごした。――それは龍門渕本家、つまるところ龍門渕透華の生家――――
ではない。
衣の母親は龍門渕透華の母親の妹にあたる。そのため本来であればその親類、龍門渕の本家へ引き取られることとなるはずだったのだが、衣を引き取ることを望んだ夫婦がいた。
父方の祖父母にあたる老夫婦である。衣の最も親しい親族であり、衣のことを特にきにかけていた夫婦だった。
――おそらく、衣の異常性に気がついていたのだろう。
衣には生まれつき人にはない力があった。それは彼女の父親からならった麻雀という舞台で発揮され、彼女を魔物たらしめた。
彼女の麻雀は人を殺す麻雀だ。まるで悪魔が、贄を嬲って喰らうかのように。
それに気がついた衣の祖父母は、彼女を引き取り、そして育てた。これにより、衣の人生は大きく変化することとなる。
本来歩むはずだった道を外れ、そして――そんな彼女の存在が起点となり、この物語は始まる。
♪
入り口、なんとも豪勢な龍門渕らしい入り口の前で、腕組みをする衣と、それを眺める渡瀬々。それからふと、瀬々は気がついたように口火を切る。
「そういえばさ、龍門渕って割と強豪だったよな、いいのかな、あたしが入ってもさ」
ごもっとも、といったところか。
瀬々は初心者である。ルールさえ覚えればいくらでもなんとかなる自信はあるが、ただの初心者が、入りやすい空気をさせてくれるとは思えない。
衣はふと首を傾げて、それを熟考する。瀬々が初心者であることは知っている。だが何の問題もないだろうと衣は考えていた。全くの初心者であれ、
「問題はありませんわ」
そんな声に、ふと気がついた。
衣が振り返りながらその姿を確認する。見知った相手だ。声だけでは確信は持てなかったが、忘れるはずもないし、今日、すぐに忘れてしまうとも思っていない。
すぐさま声の主を確認した衣は、不敵な笑みを、晴れた子どものようなものへと変える。
そこに在るのは龍門渕白の制服、金髪の流れる髪をあわせても、とにかく派手だ。目立つ。それ故に、惹きつけられる。
「――透華!」
元気な衣の声、瀬々もその姿を目に納め、軽く会釈をする。透華は手近だったためだろう、衣を抱き寄せると軽くハグをした。
「よく来てくださいましたわ、まさか瀬々まで連れてくるとは思いませんでしたわよ?」
「……どうも」
――思わず飛び出た名前、衣はそれまで子供扱いをするような態度の透華に文句を言おうとしていたのだが、すぐさま意識を切り替えてそれに飛びつく。
「瀬々と透華は知り合いだったのか!?」
「えぇ、私の父と彼女の親が懇意にしておりまして、仕事でも私的にも、一応血のつながりもありますのよ?」
本当に遠い親戚であるが、瀬々と透華――ひいては衣も――親族である、ということになる。つまるところ、衣の下宿先も、瀬々の下宿先も同一であるのだ。
とは言え、それは未だ本人のあずかり知らぬ所ではあるが。
「それで、新入部員ですわね? 特待生向けの説明会は今からですけど、聞いていきます?」
私が説明するんですの――と、朗らかに笑う透華は、瀬々に軽く握手を求めてくる。それを持って返答とするのだろう。瀬々としても、心惹かれるものがある以上、そこで断る理由はない。
「よろしく、龍門渕の」
「透華――と呼んでくださいまし、せっかくそちらの意向をかって、瀬々と呼ぼうと思っていたのに、少し残念ですわ」
――眩しいな、と想った。衣とは違う、どこか太陽めいた、母親のような人。いい母になるだろう、とは、衣を抱きとめた時から思っていたことだ。
否、出会った頃から、彼女の優しさには、瀬々は惹かれる物があったのだ。
――しょうがない、とは思考の隅に浮かんだもの、それでも瀬々には、その考えを打ち消す意志があった。
「そっか」
浮かんだのは、自然とした笑み。
――衣に対しても、向けたもの。
「――――よろしく、透華」
思わず、その顔を誰かが見とれる程には、それは綺麗な情景だったのだろう。
♪
説明会は簡素なものだった。
――簡単なルールの説明、特に今年の競技ルールが説明され、また、部内のシステムなども説明された。
いわく、ルールは一発裏ドラあり、赤はなし。
「一発と裏があるのだな」
「今時、さほど珍しくはありませんわ」
――とは説明会終了後、卓を囲んだ時点での衣と透華の会話、瀬々は全く理解できなかったが。そして部内のシステムは、なかなか面白いな、と瀬々は聞いていて思った。
説明会は透華がマイクを持ちプレゼンを行った。パソコンの操作は、たった今卓に付いている、透華のお付きらしい人。
部内のシステムはまず、一軍と二軍がわかれている。ただこれは通常の一軍、二軍ではなく、目的別のものらしい、透華は競技コースとフリーコースという表現を使っていた。
要は門出を広く儲けようというのだ。一軍では全国出場、そしてあわよくば優勝を目指し、二軍ではそれを目指さない者達が和気あいあいと麻雀をコミュニケーションツールとして使用する。
雀士といってもその目的は様々、単なる趣味であるものもいれば、真剣に全国最強を目指すものもいる。とくに龍門渕は手広いから、趣味で麻雀を始めようという人も複数集まってくる。
そんなもののために、強豪龍門渕という看板を外したアットホームな場所を作ろうというのだ。
龍門渕は強豪であるものの、部員の数は五十届くかどうか、競技者としての雀士は、その七割程度だ。そんな少女たちが、広々と充実した施設で、麻雀の練習に励むこととなる。
「これとは別枠に、レギュラー枠というものがあったりしますの、伝統的な呼び方だと四天王とそのリーダー、エースを別格として、残りの四人、という構成ですわね」
これもまた卓を囲んでいる最中の言葉。四天王、とはいかにもそれっぽいいいかただ。
「で、こちらが依田水穂先輩、現在の四天王を束ねるリーダーですわ」
「どもどもー。まぁ4月終わるとその座も透華ちゃんに明け渡すことになるんだけどねぇ」
――おそらく地毛だろう茶髪の、ハツラツとしたショートカットの少女が、からからと笑って挨拶をしていた。
「でも、四天王の座は譲るつもりないよー」
「今の龍門渕に、あなた以外に四天王を任せられる人間はおりませんわ」
「こりゃ手厳しい」
言葉数は多いものの、透華も水穂も対局中の視線は真剣そのもの、今日の瀬々は単なる見学の賑やかしだが、羨ましいとはおもわないでもない。
そこまで、夢中になりたいとも思わないのだが。
「――ポン」
透華の付き人――国広一というらしい――が手牌を晒す。先ほどから何度も見ている、同じ牌を二つ所持している時、捨てられた牌から牌をひとつ喰いとって、自分のものにできる。
これと同様に、
「チー」
――これは水穂の鳴き。
なるほど、と瀬々は遠目に見ている。複雑そうだ。もしかしたら、と考えて、答を出す前に打ち消す。正確に言えば、答えを認識する前に打ち消す。
「ポン、ですわ!」
「もらうよ、チー」
「……カン、しておこうかな」
透華、水穂、そして一、めまぐるしく牌が動く。
ただ不思議だったのは、この対局中、衣が一度も鳴かなかったことだ、一切他家の手に手を付ける様子なく、黙々と手を進めている。
他家がたまに仕掛ける、『立直』というのも仕掛ける様子はない。
それでも、ここまで――南場を終えて、トップに立っているのは衣だった。
――一位衣:33000
――二位水穂:28700
――三位透華:21400
――四位一:16900
席順:東家透華。南家衣。西家水穂。北家一。
序盤から速攻を仕掛ける三者に対して、衣はとにかく沈黙を続けた。小さな点の動きが一気に爆発したのは東四局、それまでトップを走っていた一が、衣の迷彩がかった混一色ダマハネに振込、ラス転落。
勝負は南場へと移る。
――南一局、親透華、ドラ表示牌「{1}」――
手牌を鑑みながら、一は先程の対局を若干ながら振り返っていた。
(読めなかったなぁ、透華の親戚だったっけ。天江衣、あんな捨て牌、振り込まないほうが無理だよ)
――衣/打{西}
八巡目、絶好の一向聴が入っていた一は、たとえ聴牌がわかっていようと、そのまま押しを選択しただろう。しかも衣の捨て牌は、その全てがヤオチュー牌。タンヤオか、平和だろうか、という捨て牌。
透華/打{八}
(硬い打ち手かと思ったら、あんな迷彩、シニアリーグのプロを見てるみたいだ)
水穂/{①}
五十代から七十代のプロが集まるある一つのリーグを思い返しながら、一は第一打を選択する。
――一手牌――
{一四九②④⑥3378西北白}
(――さて、あまり嬉しくない配牌だなぁ、ここからなら、クイタンか役牌のみの安手を考えてみるか)
さほどの期待はない。先ほどの失点は痛いが十分挽回は聞く、まずはひとつ上をめくること、相手はここまであまりいいところのない透華だ、ここで勢いを取り戻せればまくることは可能だろう。
(そのための平常心、そして……第一打!)
一/打{一}
――対局は平凡そのもの、この局は誰も鳴くことはなく、十一巡目――常人の平均的な聴牌巡目――へと状況は移り変わっていく。
(――張った。ここまでは順調、けど……)
――一手牌――
{
(三色はつかなかったな、それにあまりいい形じゃない。しかも――)
――衣捨て牌――
{西1⑨3南六}
{東發8九八}
(2索は壁だけど、無筋で生牌、それに怖いのは衣じゃない)
ちらりと、一は衣の捨て牌へと向けた目線を全く別の場所、上家に座る透華の元へと向けた。視点移動に際してほんの少し写った透華顔は、満面の笑みが張り付いていた。
間違いなく、他家を引かせている。あの笑みはブラフだ、ただし、あくまでそれは攻めてくるなという意思表示であり、自分がつかむのだ、という宣戦布告でもある。
――透華捨て牌――
{八西④⑤二九}
{5白⑦四三}
(はっきり言って異常だよ。メンチンをわざわざ透かして、……透華らしいや、さっきまで目立たなかったのを、一気にここで取り戻してきてる)
そんな透華のブレともいうべき部分を、一は嬉しそうに眺めながら、選択する。
(だったらボクも勝負に出よう、できるだけ、真っ直ぐな方法で!)
――一/打{西}
だが、それよりも早く。
「――ツモ、700、1300。……残念。やすかったよ」
衣の和了、勢い任せにたたきつけた牌が、両者の対決を、一刀両断してみせた。
――衣手牌――
{五六④⑤⑥45699白白白} {七}(ツモ)
(――あの{八萬九萬}は、手を組み替えていたから、か。普通だったら、辺張は{八萬}から手をかけるもんね、まぁこんなもの、か)
――ハネマンにも成り得た手は、しかし潰えた。このままいけば、そう考えないでもない。だが、それも詮なきこと、楽天家たるは水穂の領分だが、一もまた、たった一つの敗北を、いつまでも引きずっているようなタイプではない。
あくまで敗北ならば――の話ではあるのだが。
・天江衣 『35700』(+2700)
↑
・依田水穂 『28000』(-700)
・国広一 『16200』(-700)
・龍門渕透華『20100』(-1300)
だからこそ気が付かなかった。
気がつくはずもなかった、この手を上がったのが衣であること、自身の手が、天江衣によって潰されていたこと――その、意味を。
――南二局、親衣、ドラ表示牌「{5}」――
(まぁ、倍満は惜しかったですわね)
親は潰えた、逆転手は潰された、しかし透華は自身の不敵な笑みを崩さない。潰されたのがどんなゴミ手であろうと、どんな形であろうと、それは他者の勝利なのだ、自分の敗北ではない。
(勝利と敗北は、決して表裏一体とは成り得ない。試合に勝って勝負に負けたとはよく言ったものですわ。麻雀においてもそれは同じ事)
三巡目。
(やってみせましょうじゃありませんの、この一試合が、すべての勝負を決めるとは思わないことです!)
たったそれだけの瞬間だった。
誰にも手を出すような、機会もなければきっかけもない。――それは、そういうものだった。
「――リィーチ!」
電光石火極まりない、高速立直、単なる偶然か、はたまた何かの思し召しか。
(オカルト、というのは領分の外ではありますが、世の中には調子の波というものが在るのはまた事実。だとすれば、それを利用するのも、悪くはありませんものね!)
それも単なる立直ではない、あまりにも綺麗なメンタンピンの形、ここからだれがどう勝負にでようと、これを和了れないはずはない。少なくとも、今の自分はそこまで調子が悪いわけでもないし――そもそも、そこまで調子が悪いなら、そもそも聴牌なんてできない。
(勢いは、たとえ一度つまずいてもそう簡単には消えないものでしてよ)
さて、それならば他家はどうだろう。
(水穂先輩は――攻めるわけありませんわ、この点差、次の親番、トップが親かぶりするなら、結果的には点数が縮まりますもの。一も、ラス親は大事にしたいはず。その前にケチなんて付けられませんわ)
おそらくは大方が攻めを選ぶことはないだろう。その上でここから上がるとなれば、おそらくはチートイツのような形になり、立直をかけずに二翻がせいぜい。それならば、さし的にする必要は皆無、ということになる。
――問題は。
(衣、ですわね。親番ですし――明らかに回しながらも追ってきてますわ)
衣はあまりベタオリというものはしないようだ。東場での親番も、他家の速攻に回し打ちをしながらも追いかけてきた。ここまで、彼女がベタオリをした、といえる局は一度もない。
(さながら昭和の名プレイヤー、といったところかしら。けれども、現代の速度に玄人の重い腰は通用しませんでしてよ!)
衣も、着実に手は進めつつあった。
しかし――それを完成に至らせるのは、無理に無理を重ねたものだ。
(せめて――あと数巡は、ほしいものでしたわね!)
すくい取った牌を、盲牌して確かめる。目をつむってもわかる、待ち望んだ牌だ。ずっと、焦がれ続けてきた牌だ。
「ツモ! メンタンピンツモ、裏一つで2000、4000いただきましたわ!」
再び点数が動く、衣の困惑と驚愕が相成った表層と、透華の笑みが交錯する。――だが、それも一瞬のこと、目と目があった瞬間、何かを理解したかのように衣はハッとして、そして笑みを深める。
突き刺さり合う視線、衣と、透華、同一の、ただ強者のみを求める思考が、その極みを見せる――
・龍門渕透華『28100』(+8000)
↑
・天江衣 『31700』(-4000)
・依田水穂 『26000』(-2000)
・国広一 『14200』(-2000)
――南三局、親水穂、ドラ表示牌「{1}」――
(あっちゃー、上がられちゃったかぁ、出来ればこのまま流局が一番美味しかったんだけどな)
後悔先に立たず、水穂の視界に、そんな後方への意識が浮かび上がってくる。とはいえそれは、一瞬のまま消える刹那のようなもので、新たに意識を回せば、もうあとには残らないようなものだった。
(んま、次に行きましょ次に。それに今は私の親番だしぃ?)
麻雀とは、ひとつのツモに一喜一憂し、時には迷い、時には悲壮を感じながらも、一つ一つの決定がすべてを決めてゆくゲームだ。
だからこそ、水穂はそのすべての刹那に意識を向けて、
(この配牌なら、きっと倍満だって狙えるよぉ!)
――それら全てに一抹の思いを引かれながら、すぐさま次に切り替えてゆくのだ。――彼女を人は楽天家だというし、思いつめないことが、彼女の麻雀における強さであった。
一打。――二打。
思考が可能性と消えていった正解に溶けてゆく。それらすべてを抱え込むのは単なる無茶だ、だからこそ、水穂は容易にそれを投げ捨てる。
三打。
(――む?)
四打。
(……お、おう)
五、六、七、八、九。
(……ふんふむ、こんなもんか)
――水穂手牌――
{
水穂/打{一}
少しの思考で、水穂は結論をまとめると、打牌する。――迷いはない、少なくとも親満でも十分、だとか立直をかければ三枚切れであるためにツモれないだろう――などという理由などすべて後付であるし、それら理由を間違っているとは思わない。
だから水穂は、その次も――違わない。
水穂/ツモ切り{四}
これもまた、一萬であればメンチンであるだとか、このままであればツモれるかもしれない――などという、そんな思考はあとの隅。
どれだけ考えようと、答えは変わらないだろうし――
「――ロン、5200」
それは、たとえ振り込もうと同じ事。
(うあっちゃー)
――衣手牌――
{三五②②②⑤⑤⑤22345} {四}(和了り牌)
(引っかかっちゃったかぁ……ま、そんなもんだよねぇ)
――衣捨て牌(「{1}」手出し)――
{「東」|「北」「8」一「⑥」「7」}
{⑨「七」4}
(……ちょっと違和感あるな。まぁ、あとで考えればいいか。本人ならわかるだろうし――その時、いつか聞ければそれでいい)
切り替え、ようは切り替えだ。
このことも、これからのことも――水穂は迷わないために、すぐに意識を次へと向ける。
今はまだ、決して諦めていい時では、ない。
――オーラス、ドラ表示牌「{7}」――
「――リーチ!」
最後の一局、ここで動いたのは龍門渕透華であった。彼女の狙いは単純、このリーチで、自身の逆転条件をみたすこと。
そして、
「追っかけるよー」
――出和了りを狙える人間を、一人でも増やすこと。
現状、トップの衣がここで他家に踏み込む理由はない。故に衣からの出和了りはありえない、となればここで透華が狙うべきは、他家からの出和了りでも十分逆転可能な手を作ること。
そして他家からの出和了りで逆転できるということは、ツモでも逆転が可能だということ。
――いま、その条件は満たされた。
自分自身がリーチで隙を晒すことで、水穂はそれを追いかけてくる。読みも完全に当たっている。だからこそ、透華は自身の勝利を確信した。ここで、この手牌――完成は六順目のこと、ここまで来れば、あとはただ、和了るだけ。
故に、うった。
故に、誘った。
結果は、見るだけでわかる。
推測が確信へと変わる。勝利への自負が、透華のえみを鋭く変える。引け、引いて、和了って、それで全て店じまい――
だが、
――待ったをかける、者がいる。
「――ポン」
衣、天江衣だ。トップをゆく衣が、ここで一つ、手を動かした。それは、衣が初めて見せる――鳴きでもあった。衣が水穂の曲げた牌を、喰いとったのだ。
瞬間、流星がひらめく。捨て牌から浮かび上がった光のカケラは、やがていくつかの牌を伴って衣の手元、牌を叩きつけた卓の端へと寄せられていく。
目が眩んだのだろう、思わず感じた違和感に、透華は意識を向けながら考える。
(――鳴い、た? まさか、ずらし、というやつですの?)
亜空間殺法という言葉がある。
ポンやチーでのツモ番ずらしによって、他家の和了や流れを滞らせる戦法だ。もしこれが、そのための鳴きであるとすれば――
(やりすぎた? いえ、衣はそんな“単純に済ませてくれる相手じゃない”ですわね)
まだ、他家はそれを理解してはいないだろう。――かつて戦った衣と、今の衣はまるで別人だ。それでも――
(衣が強いことに、代わりはない、というわけですのね)
ツモに、力が宿らない、勝負をかけたリーチをしかけ、それだというのに一切勝利への感触が、イメージが浮かばない。
――それこそが、衣のやってのけたことなのだとしたら。
(……ふ、ふふ。おもしろい、面白いですわよ。今はただ、負けるだけかもしれない。それでも――次は、それでもダメなら、その次こそは――勝つ。絶対に、勝って帰って、魅せつけて差し上げますわ)
打牌。
打牌。
音だけが、虚しく響き渡るオーラス。
それは、そして。
「――ノーテン」
「テンパイですわ」
「ノーテンだ」
「テンパイ、だよー」
――透華待ち:{④}、{發}。
――水穂待ち:{3}、{6}。
親である一がノーテン、親がノーテンであるために、半荘は続行されず、この一局で――半荘一つが終了したことになる。
最終結果。
一位天江衣 :37400
二位龍門渕透華:28600
三位依田水穂 :21300
四位国広一 :12700
♪
渡瀬々はこの半荘の観客を貫き通し、そして考えていた。――麻雀のルールはまだ理解しきれてはいない。が、調べればすぐに分かるだろう。
――これについてはその後、衣が解決策を施してくれた。
問題は、あの半荘の内容。
――いや、内容に関してはその後打った数回戦にも言えることだ。結局衣は、トップを四回とった、五回戦のうち四回だ。
それ以外の順位が毎回変動していたために、よく分かる。異常だ。間違いなく。
それに何より、彼女はまだ底を出し切っていない。日常に自身のすべてを持ち込みたくはないのか、彼女の打牌は遊びに満ちている。
けれども、それは瀬々には向けられないだろう。瀬々の力は、間違いなく麻雀でも通用する。――だとすれば、彼女はそんな瀬々に、自身の全力をぶつけたくてしかたがないだろう。
そのために、彼女は瀬々をここに誘ったのだから。
『――瀬々、明日までにこれを読んできてくれないか? さほど朦朦たるものでもない、読むだけなら一日でも十分なはずだ』
そう言って、衣が手渡してくれたのは少し年季の入った麻雀のハウツー本だった。手垢のついたものであろうそれは、きっと衣が愛読していたものだ。
ルールを教えるために、まずはこれをだれかに読んでもらったのか、明らかに複数の筆跡で書き込みがしてあった。
手にとった瞬間から、やけに馴染む本の感触。
一日だ、それだけあれば十分だろう。――となれば瀬々は、すぐにでも衣と対決することとなる。あの、衣と。
あの手を、創りあげてみせた、天江衣と――――
♪
――(オーラス)衣手牌――
{33336666發發} {1横11}
というわけで新作になります。原作一年前スタートということで、ルールなども原作とは若干異なります。
とはいえ、大明槓責任払いなし、赤ドラなしくらいしか違いがありませんが。
オリジナルキャラ多数となります。お付き合いいただける方は次回をお待ちいただければ、と。
今作はW主人公、瀬々の能力、及び衣の能力解答編などは次回の闘牌にて。