咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『龍神進撃①』

 全国高等学校麻雀選手権大会(インターハイ)、県予選団体戦“二日目”。

 一回戦、二回戦と系十回の半荘を終えた各ブロックの代表が一堂に介する時が来た。そう、県予選も今日が決勝、最後の対決となる。

 ここからは一つの組み合わせに対して半荘が倍の二回ずつに増え、前半戦、後半戦の概念が登場する。これはインターハイの醍醐味とも呼べる区分けであり、これが登場する県予選決勝からはまさに、インターハイの舞台と呼ぶにふさわしい戦いが繰り広げられることになる。

 

 インターハイには二つの壁があるとされ、その一つは全国最強クラスのシード校が登場する第二回戦であり、もう一つがここ、一つのポジションが全二回戦を闘う事となるこの、県予選決勝なのである。

 そしてここに、その壁を乗り越え、全国へその名を知らしめんがために決勝へと駒を進めた四校が、集結した。

 

 優勝候補は長野最強を誇る風越女子、そして県有数の強豪である龍門渕の二校だ。他二校、城三商業、及び地域観光の二校は、それぞれ決勝に駒を進めるだけの力を持つものの、全国区クラスの有力な選手がおらず、優勝には若干手を伸ばし難いという位置にある。

 

 ならば、風越と龍門渕、どちらが勝鬨を上げるのか、意見は複数にわかれるものの、ある程度結論の見えた議論があった。

 

“――今年の優勝はやはり風越でしょう”

 

“いやしかし、今年は龍門渕の依田も三年だ、優位といえば、龍門渕の方なのでは?”

 

“いやいや、風越にだって福路が居る。それに今の龍門渕は、ねぇ”

 

 今年の県予選、龍門渕は一年生レギュラー四名というとんでもないオーダーを打ち出した。果たしてそれは強者の余裕か、依田水穂という全国区の人材を捨ててでも経験をつませたい者がそこまでいるのか。

 どちらにしろ、今年の龍門渕は正気ではない。それがあらゆる議論を展開する者達の共通解だった。

 とはいえそれは、風越にも言える部分がある。

 

 今年の風越のオーダーは先鋒から中堅までを三年生までで固め、副将に福路美穂子、そして大将には唯一の一年生、池田華菜を置くという挑戦的なオーダーだ。

 なにせ池田は去年の全中で名を残し、鳴り物入りで風越に進学したホープ。それを大将に据えるということは、それだけ池田に対して期待がかかっているということだ。

 

 加えて大将が先鋒に次激戦区であることから、経験をつませるという意味もあるのだろうが。

 

“それを言ったら、三傑無き風越がどこまで闘えるのか、というのも問題です”

 

“副将に福路が居る以上、風越は安泰でしょう。副将で彼女と闘える者がいないのですから”

 

“ですが龍門渕の副将は全中で活躍した龍門渕透華ですよ? 勝てる、とは言わないまでも、失点を抑えるくらいなら十分なのでは?

 

 前年からのレギュラー、福路美穂子対長野から全国に進み活躍した龍門渕透華、県予選屈指の好カードと言えた。

 ――もとより、秋季大会での風越と龍門渕の激突、先鋒で思うように稼げなかった依田水穂が、後半からでてきた美穂子に敗北した。その情景と重ねあうような今年のオーダーならば焦点は、福路美穂子が如何に稼ぐか。

 

 少なくとも、長野の麻雀に携わる者達のほとんどはそう見ていたし、そう見なかったものは、ほんのごくごく少数に過ぎなかった。

 それこそ、種を知る龍門渕メンバー、そしてその関係者程度しか、その展開を先読みすることは不可能だったのだ。

 

 ――龍神神撃、翌日の新聞にでかでかとそんな名のニュースが報じられるほどの“伝説”となった対局。

 俗に三年前の再来とされるその決勝戦は、静かな東一局からはじまった。

 

 

 ♪

 

 

『――瀬々、お前はできるだけ自重して打て』

 

『自重して? どういうことだ』

 

 回想する。

 配牌を終え、理牌を済ませることもなく、まずは第一打を選んでいく状況。別に難しいことはない、手牌の把握など手を見ずとも可能なのが瀬々であり、そのチカラなのである。

 

 そんな最中に、瀬々はこの決勝戦、データ班である井上純、沢村智紀の描いた作戦を思い返していた。

 

『今のお前は、たしか誰かが鳴いてツモをずらしても、食いついていけたよな?』

 

『それがどうかしたか?』

 

『それを決勝戦ではやらないほうがいい。全国まで温存する。それは他の打ち方も、だ』

 

 龍門渕には余裕がある。純はそんな風に語った。――全国の壁は大きい、しかし県予選の壁は、さほど大きなものではない。

 ならば壁が低いウチは、それに自分を合わせるのが得策だ。そう、純は言うのだ。

 

 何でも、全国のばかみたいに頭のいい連中は、瀬々のチカラを見破ってくる可能性がある、のだとか。

 

 それに対して情報量を意図的に絞り、全く別の答えを作り出す。なるほど理にかなっている。そもそも瀬々のチカラは、ただ観察しただけではわからないものが在る。

 答え合わせをしなければ、だれも正しく、瀬々のチカラを把握できはしないのだ。

 

 現状それを成せたのは、天江衣と、大沼秋一郎の二人だけだろう。

 

 ――瀬々手牌――

 {一二四八八③④⑦⑨46北北白}

 

 少しだけ手牌に意識を向けて、第一打を選びとる。――ドラは一萬、ならばここは、憂いを断つのが正解のはずだ。

 

 瀬々/打{一}

 

『最低限は稼いでこい。ただし相手がさほど強くなくとも、ある程度だ。三万点、それ以上の加点は県予選程度でも十分目立つ』

 

 そう提言した上で、純はシニカルに笑いながら、こうもいった。

 

『負ける可能性は考えるな。その点についても、考えてある。――一石二鳥の策だ』

 

(――それにしても、純も面白いことを考えるもんだ。たしかに“それなら負けるはずもない”な。あたしがどれだけ稼ごうと、点を失おうと全く関係なく、あたし達が負けるはずはない)

 

 ならば、瀬々はこの半荘で如何に立ちまわるか。

 決まっている。龍門渕が舐められない程度には、勝って帰ってやろうじゃないか。

 

(最低限、純はそういった。それは単純に“稼ぐな”っていみじゃない。その程度は“稼げて当然”って意味だ。だったら、そのオーダーどおりにやってやろうじゃないのさ!)

 

 瀬々/ツモ{3}・打{白}

 

 振るう腕は迷わない。

 あくまで勝利、最低限の勝利でもって、龍門渕をしらしめる。――かましてやろう、そう思うのだ。

 

 

 ――後半戦――

 ――オーラス・ドラ表示牌「{六}」――

 

 

 ふざけるな、と、そう思った。

 風越女子三年にしてエース。そりゃあ実質的には、という話ではあるけれど、――かの三傑とも称される彼女たちには到底及ばないけれども。

 

(確かに、あの人達は強かった。私ですら、到底及ばないくらい。それでも、私がここで負けていいはずがない! ただの一年生に、ぽっと出の龍門渕に――!)

 

 

「――ロン、16000」

 

 

 あっという間だった、十巡目、打牌の速度から、実際よりも早く体感的な聴牌に至った風越女子の先鋒は、ラス親であることも鑑みて、迷わずリーチに打って出た。

 

 そもそもここまでリードを重ね、点棒を守ってきたのだ、それを更に重ねるのは、強豪のエースポジション選手として当然のことだ。

 他家の捨て牌もさほどおかしくはない。タンピンドラ三の手、今リーチをかけず何時かける――そんな状況で。

 

 

「――リー棒は戻してください。なんならそのまま受け取ってもいいですが」

 

 

 龍門渕の先鋒は、そういったのだ

 

(は、はあァァああああああ!?)

 

 ――瀬々手牌――

 {1112244456888} {7}(和了り牌)

 

 ――瀬々捨て牌――

 {1西96⑦東}

 {北⑨5}

 

 おかしな手ではない。これを面前でつくり上げる爆運には感嘆せざるを得ないが、前半戦で沈黙仕切っていた龍門渕が、ここまでの半荘で、風越に追いつこうとしている。

 そんな状況だった。

 

 ――先鋒戦終了時点棒状況――

 一位風越女子:124000

 二位地域観光:101400

 三位龍門渕 :98200

 四位城三商業:76400

 

 前半戦では東発で満貫を和了したものの、その後は満貫ツモ親被り、その他もろもろのツモ和了で少しずつ、すこしずつ点棒を削られていた上、最初の一発以外は完全な沈黙状態だ。三位につけた防御力の高さから、守って水穂に繋ぐのが仕事――そう思っていたはずなのに。

 

 後半戦から、それが少しずつ化けていった。

 稼いだのはここまで二万点程度。さほど稼ぎすぎたわけではない。それでも、後半戦の高い手を尽く彼女の速攻で潰されたのはまた事実。

 

(――前半の東発に、ドラを切って他家のドラを安くしたあたりから、トリッキーなタイプだと思ってたけど、そうじゃない。なんだよ、なんなんだよこいつ! 私の和了りに――ケチつけるんじゃねぇ!)

 

 何にせよ先鋒戦、最初の二回の半荘は、龍門渕、渡瀬々の勝利での終了となった。

 

 ――前半戦終了時点棒状況――

 一位龍門渕 :124900

 二位風越女子:94700

 三位地域観光:91000

 四位城三商業:89400

 

 

 

 ――次鋒戦――

 ――東一局、ドラ表示牌「{6}」――

 

 

(あんまり手の内を晒さないっていうのが、ボク達の方針だけどさ)

 

 ――配牌を終えながらの思考、次鋒戦の舞台にたった一は、手牌と、そして周囲に座る上級生たちを一瞥した。

 

(ボクの場合、そんな余裕ないんだよね)

 

 次鋒戦の対局者は、一を除き全員が二年生か三年生、一年生の一は、高校での麻雀をあまりしらない。実力はあれど、それを十全に発揮できるかどうかは、あまりにも不透明な状況だった。

 

 ――一手牌――

 {一一八九④⑦⑧1399發北東}

 

(手牌も悪い、――この手でタンヤオはさすがに無理だな)

 

 一/打{④}

 

(……このまま役牌対子、三色、チャンタを見ながら状況に合わせて打っていく。……多分この場はそれが正解のはず!)

 

 対局室は静かなものだ。全員が自身の手牌に集中し、発声も殆ど無い。無論時折リーチやツモ、鳴きによって音が盛れるものの、それ以上はない。

 あくまで神聖な戦いの場として、それはすこしずつ進行していった。

 

 曲は進行し、時折一は手を止める。

 

(――親の手からドラ側がこぼれた。ドラは{8}で、その辺りはみんな誰も出してない。ってことは、誰かが抱えてるってことだよね)

 

 そうして考えて、選ぶ。

 

(親が例えば{7888}の形から{7}を落としていたとしたら、ドラ3は確定、そうでなくとも、もう十二巡目で手は一向聴。テンパイ気配ははっきりしないけど、ここは安牌を抱えていこう)

 

 ――ほぼベタオリの選択をして、そして打牌。

 結論から言って、一が振り込むことはなかった。流局もしない、親の和了で連荘が決定した。――しかし、一の読みが何から何まで当たっていたわけではない。

 

「――ロン、5800」

 

 振り込んだのは対面で、親の自摸切りから手出しでドラ側を切っての振込、ただしここでドラが出てくることはなかった。

 

(ドラを抱えてたのは対面ってことか……!)

 

 ほとんど推測に近いが、それは当たっていた。その場で判断できることではなかったが、それでも一は、これに対応しながら正解を引き当てることは出来なかった。

 

 ――対局は続く。

 

 この次鋒戦、高い和了りが頻発した。満貫跳満跳満満貫と、目の覚めるような高打点の連打、一はそこから置き去りにされていた。

 この半荘で一が和了った満貫以上の手は一度だけ、それも後半戦オーラスに何とか和了った程度のものだった。

 

 しかし、それが敗北であったかといえば、そうではない。

 

 ――次鋒戦終了時点棒状況――

 一位龍門渕 :133400(+8500)

 二位風越女子:93200(-1500)

 三位城三商業:87300(-2100)

 四位地域観光:86100(-4900)

 

 計半荘二回、収支トップは一であった。

 結局のところ、次鋒戦で乱舞した高打点は、全て出和了りによるものであった。それも龍門渕を除いた三校が、出る杭は打たれるとばかりに、ひたすら抜きん出たものを直撃し続けたのである。

 結果、地道にコツコツツモ和了で点を守った一が最後の満貫和了でそのまま収支トップに跳ね上がり、最終的には何の不満もない結果で、中堅、依田水穂へとバトンを回すこととなったのだ。

 

 

 ――中堅戦――

 ――東一局、ドラ表示牌「4」――

 

 

(――ふむ、まぁやってみますか)

 

 ――水穂手牌――

 {一三五九②③⑥⑧399東東白}

 

 水穂/打一

 

 県予選決勝――と言えば、今まで自分は先鋒でエースとして活躍していたし、中堅戦ともなれば先鋒戦で馬鹿みたいに稼いだ風越が、独走態勢に入るような状況だった。

 とにかく誰も追いつけないような状況で、更にブーストが掛かる、そんな相手に、絶望しながら挑んでいただろう中堅ポジションの仲間たちに、ただただ水穂は敬服するばかりだ。

 

 ――とはいえ、現在の点棒状況は先鋒、次鋒で稼いだ龍門渕の圧倒的な一人浮き。本来であれば周囲の予想は、トップ風越に、龍門渕が追いすがるような状況が想定されているはずだったのだ。

 それがこの中堅戦でひっくり返り、副将戦でまたひっくり返る――そんな想定だったはずなのだ。

 

 だというのに、この結果はどうだろう。龍門渕の圧倒的な一人浮き、それ以外に言い様のない結果ではないか。

 誰がこんな結果を予想しただろう。――無論それは、龍門渕の関係者たちに他ならない。

 

(純は私にテンションへ薪をくべるなって言った。今まで私はそんな打ち方を、公式でやって来なかったからだろうけど、問題はない)

 

 ――依田水穂の本領は、速攻で手を作ることでテンションを上げ、最終的には地獄のような高打点速攻で他家を圧倒すること。

 しかしそれは、公式戦では一度もお披露目の成されたことのない秘技中の秘技だったのだ。

 というのも、水穂がこれまで戦ってきたのは、水穂が全力でテンションを上げていく必要があるほど強くはない敵か、もしくはそんなことする暇も許してくれない、絶望的なまでの強敵か、そのどちらかだったのだ。

 故に、そのお披露目はもう少し先になる。

 

 ならば今は、水穂はどんな麻雀を打つか。

 決まっている。依田水穂がなぜ龍門渕最強として評価され、マスコミなどにも認められているか、その端的な答えとなる理由だ。

 

(――今この瞬間は、超速攻派デジタル雀士、依田水穂の闘牌スタイルだけで十分だ!)

 

 デジタルの極致、その一つとも行っていい水穂の鳴き。例えばこの東発での配牌からも、水穂は速攻を感じ取る。

 ――喰い三色、他家から見ればバカバカしくなる手牌を、一気に誰にも追いつけない速度の手に帰る。

 

 

「――ツモ! 三色場風東ドラ1! 1000、2000!」

 

 

 ――結局、この中堅戦は水穂の完全な独擅場だった。速度で勝ることの出来ない他家は、更に失点を取り戻すための打点を要求され、追いつけたのは風越のみ。

 そもそも、速度で負けるなら速度で追いつくしか水穂に勝利する方法はないのだ。

 どうしても手が悪く、ツモが悪く、水穂が如何に鳴きの巧い雀士であろうとも、どうやったって和了れないような状況を狙い、高い手を作る城三商業と地域観光。

 

 しかしその二校よりも、高い手を諦め、速度で水穂に張り合った風越の方が、より多く稼げたというのは、あまりにも皮肉の効いた結果だった。

 

 この中堅戦、水穂が大暴れして全体の収支トップに、後半追い上げた風越が後半戦の収支トップにそれぞれ名を刻むこととなった。

 大量失点により後の無くなった二校は、ここから続く強豪選手のメドレーに、もはや勝利を諦めざるをえないほどに、絶望を覚えるのだった。

 

 ――中堅戦終了時点棒状況――

 一位龍門渕 :159100

 二位風越女子:102900

 三位城三商業:72600

 四位地域観光:65400




(ころたんや咲さんみたいな魔物クラスを除いて)歴代最強。
本作の来年における風越はだいたいこんな感じ。あと地域観光をへんに略しちゃあかんよ?

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