咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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『龍神進撃③』

 風越と龍門渕の闘いもいよいよ大詰め。

 ここまでは龍門渕の大差でバトンが回ってきたとはいえ、一時期は一万点を切るところまで詰め寄った風越、十分に逆転のチャンスは有る。

 

 それ故に、この大将戦、見方によっては、大勢も決したと行っていいような雰囲気があった。福路美穂子の猛追から、大将である池田華菜へのバトン回し。

 報道関係者のほぼ全て――否、完全に全てと言い切ってもいい――はこの時点で、風越の勝利を疑わなかった。

 

 池田華菜と天江衣。両者の実力差は自明の理。圧倒的強者は、単なる強者には程遠い実力を持っているのだ。

 しかし見方によっては、それは完全にひっくり返る。天江衣の実力を知らないものにはこの勝負、華菜の大将という結果しか映らないのだ。

 

 県予選においてここまで、衣は破竹の勢いで勝利を重ねてきた。龍門渕の策略においての肝、手札の温存という方策に対する一応の保険としてだ。

 

 衣のチカラは対策ができるような類の代物ではない。あくまで衣のチカラは舞台装置、特に現在の衣は自身の魔物を解き放ち、制御せずに放っている。

 今の衣が打つ麻雀は攻略される麻雀ではない、攻略する麻雀なのだ。故に、いくら晒しても構わない、それが衣のチカラなのである。

 

 だからこそ衣は何の遠慮もなく他校に対して圧倒的なチカラの差というものを見せつけた。衣という存在が圧倒的であることで、他のレギュラーに対する観察の眼を向けさせないために。

 

 ――だというのに、マスメディアはそれを全く歯牙にもかけなかった。そも彼らは風越に勝ってもらわなくては困るのだ。

 勝つとわかっているからこそ風越は最強なのだと喧伝し疑わない。その大前提が覆ることだけは避けたい。だからこそ、衣の勝利は――黙殺された。

 衣の打ち筋はどちらかと言えばかつての玄人達が好んだ打ち方そのものであり、いわば古風な打ち方なのだ。現在のデジタルからすれば非効率極まりないものである。

 それが彼らの衣に対する評価を下げる原因の一つでもある。

 

 とはいえ対局者たちはそんな周囲の雰囲気を真に受けることはない。――対局室にはいった途端、感じざるを得なくなったのだ。

 すでに衣はそこにいた。椅子に手をかけ、楽しそうに今か今かと対局の時を待っている。ただそれだけだというのに。

 

 少女たちは、恐怖を覚えずにはいられない。

 

 上段の衣。

 下段の対局者達。

 

 一組と三組の激突する視線は、その中央を歩いていた池田華菜が視線を逸らしたことにより瓦解――何処かへと散って、決勝卓の何処かへと、消えていった。

 

 

 ♪

 

 

 衣と華菜、両者の完全な一騎打ちと思われた決勝大将戦。――しかし、最初の和了はこの二人によるものではなかった。

 

「――ツモ! 1300、2600」

 

 華菜は少しばかり悔しげに、衣はそれをとても意外そうに眺めながら、それぞれ申告通りに点棒を渡した。

 

(――慮外千万。衣や風越の点棒と比べれば、こやつらの命は儚いもののはずだ)

 

 和了るとは思わなかった――などとは言わない。麻雀は四人で行うものだ。如何に点棒の差が在るとはいえ、彼女たちがただ見ているだけとは思えなかった。

 しかし、衣が意外に思うのはそこではない。

 

(……常態に過ぎる。あまりにも自然。こやつらの顔に一片の曇もない。楽しんでいる、ということか?)

 

 トップ、龍門渕との点差はあまりにも明白。勝ち目はほとんどないような状況で、下位二校はどちらも、この状況を楽しんでいるように思えるのだ。

 それも無理に気丈に振舞おうとしているのではない。心の底から、こうしてこの卓に座ることへの喜びを感じている。そんなふうに見える。

 

 なぜだろう、考えながらサイコロを回し、ぐるぐると思考が駆け巡る。ようやくそれが収まった頃に、ふと――衣はある答えに至った。

 

(そうか! もともとこの両名にとって、この闘いは勝てる見込みのない闘いなのだ)

 

 城三商業は県予選決勝の常連校で、長野県の中でも五指に入るような高校だ。しかしその実、全国に駒を進めたことは一度もない。時には風越が、時には龍門渕が、時には長野の風物詩、ふって湧いたバケモノのような高校に蹂躙され、消えていく。

 強豪校でありながら、決定的な壁を乗り越えられない高校、それが城三商業。――地域観光は新参の高校であるが、特殊な麻雀部の運営方法などから、雀士としての練度は高い。それでも結果として、城三商業に一歩及ばない程度の実力に収まっている。

 

 ――つまり、決勝に駒を進めることのできるほど強い高校ではあるが、決勝では他校の点棒引き下ろし装置と化し、負けが決定的である。

 

 だからこそ、彼女たちの闘いは、優勝という舞台にはないのだ。

 少しでも楽しんで、少しでも勝てるかもしれないという勝負を演じること。自分の後輩に、自分の前を往く先輩に、餞となるような、そんな闘牌をしなくてはならないのだ。

 

(なればこそ、死して命を落とすわけでもなし、楽しまなければ麻雀は、麻雀で失くなる……はは、悠々閑々だな)

 

 楽しげに、衣は顔を綻ばせる。

 周囲の闘気は最高潮、その最も目指さなくてはならない場所に、自分がいる。――ならば、どうする? どうやって、自分は麻雀を打つ?

 ――決まっている。

 

 ――衣手牌――

 {一二三四⑦⑧⑧34777南白}

 

(いいだろう、尋常に相手仕る。衣はお前たちに、雀士の頂点を見せてやる――!)

 

 ――衣/打{7}

 

 打牌、打牌、打牌。

 相手の視点を欺くような、狡猾な迷彩が、敵を撃つ。はたまた黙聴により突然の和了、他家を横合いから奇襲する。

 

 大将戦、とにかく衣は巧かった。

 他家からの聴牌を確実に読み取り、その流れを散らし、和了れないようであれば相手の和了り牌を完全に食いとる。

 逆に自身の手が完成に近い時は、面前で――時には撹乱のための鳴きを駆使して、和了へと全速力で向かう。

 

 そしてその和了りはあくまで出和了りを重視したもの。迷彩――先切り――筋引っ掛け――悪待ち――あらゆる方法が変幻自在に衣の手から繰り出される。

 

 前半戦終了までに、衣が和了った数、実に十回、他家は一度和了れれば十分、それも風越だけで、他は完全に焼き鳥だ。

 どれも小さな和了であったが、気がつけば――衣の点棒は二十万点へといたろうかというほどの点棒だった。

 

 ――大将戦前半終了時点棒状況――

 一位龍門渕 :198200

 二位風越女子:107200

 三位地域観光:51700

 四位城三商業:42900

 

 

 ♪

 

 

 池田華菜は焦燥にまみれていた。無理もない、半ば事故のような三倍満親被りがあったとはいえ、副将戦、尊敬する先輩である福路美穂子が獅子奮迅の活躍で点差を四万点ほどに縮めたのだ。

 四万点というのは、一見すれば絶望的な点差も、華菜にとっては単なる壁でしかない。池田華菜という少女は豪運快速を信条とする速度を伴った火力型の雀士である。

 相手を考慮しなければ半荘二回もあれば二万点どころか三万点を二回、つまり六万点も稼いでみせるだろう。

 

 

 ――相手を(・・・)考慮しなければ。

 

 

(……ふざけんな! 福路先輩が全力で稼いでくれた点棒が、福路先輩までに原点で繋いだ点棒リレーが、なんでこんな簡単に消えて組んだよ!)

 

 ――華菜は、十万点近い点差を付けられたこの状況においても、決して諦めたわけではない。東二局の親番、半荘に二度だけ許された逆転のチャンスを、全速力で和了に向けてひた走っているのだ。

 

 だというのに、動かない。否、届かない。

 

(天江衣、龍門渕の大将はバケモノだ。前半戦であたしが和了れたのも、単純に手が良かっただけじゃあない気がする)

 

 龍門渕高校、もとより県有数の強豪で、全国出場の経験がないでもなかったはずではあるが、ここ数年はあまり奮った強さを持ってはいなかった。

 藤田プロの時代から、風越一強、そして三傑時代。どこにおいても、龍門渕は風越にとって単なる通過点に横たわる悪路でしかなかったはずだ。

 

 しかし、今年の龍門渕は明らかに何かが違う。一年生四人という異常なオーダーだけではない。その中で、インターミドルで優秀な成績を残した龍門渕透華が副将というポジションに座ることだけではない。

 ――“何か”が、去年までの龍門渕と、今の龍門渕は大きく違った。

 

(……その何かが、今あたしの目の前に居る魔物。その何かが――あたしがこいつに喰らいつくために必要なもの!)

 

 運がいい、だとか、押し引きの判断が巧い、だとか、そういった小手先の条件ではない“何か”、長い間麻雀を打っていれば、時たま感じることのある“特別”な感覚。

 それはきっと、牌の偏りと呼ばれるような一瞬の波なのだろうけれど、今この瞬間、衣に接近するために、必要な物はそれなのだと、華菜は感じ取っていた。

 

 そんな折、華菜の手牌に大きな変化が訪れる。

 

(――聴牌!)

 

 ――華菜手牌――

 {二三四六七八④④⑥⑦344} {5}(ツモ)

 

 メンタンピン、ツモを考えれば四翻、更にはリーチに一発か裏で跳満だ。

 手牌の端、{4}に手をかけて、華菜は少しだけ考える。

 

(とにかく打点が欲しい状況。でもこれをリーチかけて和了れるかな。前順に{⑥}を切ってるから出和了りはほとんど望めないだろうし……あぁ、もう!)

 

 その時、華菜は自身の中に奔る感覚を、正確に捉えることができたのだろうか。この一瞬、間違いなく華菜は何かを掴もうとしていた。

 別段特別なものではない、単なる感覚の脊髄反射、その結集体。押し引きの判断、ダマかリーチかの判断。その中で、結局のところ、この手にリーチをよういないのは些か惜しい。

 

 それだけのことに、少しだけ“何か”が華菜を後押しするのだ。

 

 

「――リーチ!」

 

 

 華菜/打{4}

 

 華菜を後押しした“何か”それは衣という存在に対する華菜自身の警鐘。――ここまでで、華菜は気がついているのだ。衣という存在の、その本質を。

 ただそれを、自分の中で活かしきれない。得体のしれない相手に対する“理解”が決定的に足りていないのだ。

 

 それでも、躊躇わず左手に握り込まれたリーチ棒。手に力がこもるのを、華菜は感じた。

 

「ポン」 {4横44}

 

 それに割って入るように、衣が真正面から鳴きを入れる。手を進めたのだろうか、打牌は{2}、つまり嵌張と対子の複合から、対子の鳴きで手を進めたらしい。

 

(……知ったことか! あたしがここで――和了り牌を自摸れれば……!)

 

 上家の打牌、{2}。明らかな衣の打牌との合わせ打ち。そも、{2}はワンチャンスの牌であるため、比較的通りやすい部類に入るのだが。

 

 ――それを眺めてから、華菜は自身のツモへ手を掛ける。高く、険しい山。しかしそこは、かつて衣が立っていた場所。そう、いまこの瞬間のツモ巡は、衣によってずらされた、“元”衣のツモ巡だ。

 

 そして、勢い良く拾い上げたそれを、高々と振り上げながら親指でなぞる。――ニヤリと、口元が綻びに変わる。

 それは圧倒的強者、衣との対決の最中で、置き去りにされていたもの。

 

 たたきつけられるツモ。

 ――手牌が、勢い良く開かれた。

 

「――ツモ!」

 

 ――華菜手牌――

 {二三四六七八④④⑥⑦345} {⑧}(ツモ)

 

「裏は……二つ! 6000オール!」

 

 裏ドラの表示牌は、{③}、リーチ後即座のツモで、親ッパネ和了。

 少しだけ、前に進んだ――華菜はそう感じた。受け取った点棒の重みは、確かにある。間違いなくそれは、華菜の勝利だ。

 

 

 ――勝利の、はず、だった。

 

 

(――あれ?)

 

 気がついたのは、その直後。

 感覚が、少しずつ明確になりつつ在るのだろうか、華菜は、先程まででは感じ取ることすら出来なかったような感覚を、体中に覚えていた。

 

(あたし、前に進んだ――はず、だよね。だったらおかしい。――なんで? なんであたしの前に居るはずの、天江衣の位置が変わらない? どうして、変わらず遠くに感じられるんだよ……ッ!)

 

 何が、足りなかったのか。

 それすら定かにならないまま、牌を卓の中へと押し込めた華菜は、気がつくことはなかった。気がつこうはずもなかった。

 

 華菜の和了の直後、衣の視線が自身の自摸るはずだった牌――つまり、自身の鳴きによってずれた華菜本来のツモに注がれていることに、気がつくことは――なかった。

 

 

 ――そして。

 

 

「ロン、2600は2900」

 

 衣の、和了。

 

(……っざけんなぁ――!)

 

 振り込んだのは、華菜ではない。しかしこの時すでに六巡目、速度を伴う火力を信条とする華菜の手は、すでに親満の手として完成していた。

 リーチをかける直前に、一巡だけ様子を見て、そこで他校の選手が衣に振り込んだのだ。

 

 ――衣捨て牌――

 {①白2西八④}

 

 ――衣手牌――

 {六六六③④⑤⑤⑥()2366} {4}

 

(――“また”先切り! この巡目だとそんなの関係なく事故だけど! 片和了りならリーチかけとけよ!)

 

 とはいえそもそも、この状況で振り込まないほうが無理というもの。

 風越を除く二校の大将は、もはやほぼ勝ち目は無いに等しい。そんなことはわかっているとはいえ、他者に対して、自分に対して、諦めを表明する訳にはいかない。

 あくまで勝利を目指すものとして、彼女たちはとにかく高い手を作らざるをえない。

 

 少なくとも、それを通ると思うなら、どれだけ相手の思惑に乗らされようと“切らざるをえない”牌が出てくる。

 恐らくはこの牌もまた、そういうものだったのだろう。

 

(……厳しいな。でも、あたしだって風越の大将なんだ! 少なくとも、長野でトップの高一になれるよう、努力は重ねてきたはずなんだ――!)

 

 言い聞かせるように、華菜は何度も呼吸を整える。

 

(――メゲない! やってやるしッ!)

 

 

 ――そして、

 

 

 ♪

 

 

「そーいや、今大会の最高打点っていくらだったっけ?」

 

 県予選決勝に臨んでいる高校とは思えないほど、今の龍門渕は弛緩している。もとより彼女たちの作戦は大将まで運べば必ず勝つ、というものだった。

 念のため、衣に相当するクラスの雀士が大将に座ることも考えてはいたが、前半戦も終わり、それがありえないことを確認すると、いよいよ少女たちの意識は全国に向いていた。

 

 そも、それだけが彼女たちを弛緩させているわけではない。現在は衣の親番、しかも状況は南場だ。つまり何が言えるか――池田華菜が東二局の親。そして衣はその対面――大将戦後半も、これが最後の一局なのだ。

 

 しかも他家との点差はすでに十五万点近いものと化している。なんとか原点を守った風越もすでに憔悴しきり、勝ち目の無くなった最後の一局を打っている。

 

 完全に勝利が確定した状況で、それを想定していた高校が、一息胸をなでおろしている状況が、今なのだ。

 

 そんな折の会話。瀬々の問いかけに、応えたのは智樹だった。手にしていたパソコンをいじり、データを即座に用意する。

 

「……第二回戦で、親の三倍満」

 

 ポツリと漏らした言葉に、瀬々の記憶と感覚が対応する。たしかそれは昨日の第二回戦、大将戦で衣が上がっていた打点と符合する。

 

「ふぅん、つまり今一番高い役を和了ったのは、衣なのか」

 

「……それと」

 

 続けるように、納得した瀬々を遮るように智樹は言う。それは瀬々に取って、さんざん大きな衝撃を持って迎えられることとなる。

 

「――子の、役満」

 

 これも二回戦、そう付け加えて、智樹は再び無言に戻る。同時に絶句したのは瀬々だ。他も一が同様に驚愕している。

 そうでないのは透華と水穂――おそらくは、先に牌譜を見ていたのだろう。どちらもメンバーのまとめ役だ、何らおかしな事もない。

 

 衣よりも、打点はともかく、結果だけなら上に立つ存在が居る。瀬々の感覚がフル稼働し、その答えを求める。何かが引っかかるのだ。おそらく直ぐにそれは瀬々へと伝えられるだろう。

 

 ――いや、それを待たずして、瀬々は画面の向こうに答えを見た。

 同時に、井上純が思わず唖然とした様子でモニターに体をかしげる。

 

「……な、なんだこいつの配牌。とんでもねーなおい」

 

 向けた先には、風越女子の制服が映る。風越女子一年、大将池田華菜。高火力を信条とする豪快な雀士。

 その手牌が、明らかに異様だった。

 

 ――華菜手牌――

 {1東東⑧南白西白中中南24} {南}

 

 理牌せずとも、このインパクト。間違い用がない、字一色、もしくは小四喜や大三元までの複合も見えるバケモノ手。

 

「――こいつか!」

 

「そう」

 

 感覚の赴くまま、子の役満を和了った者に対する結論を得た瀬々に、智樹が肯定する。驚かないのは水穂と透華だ。水穂の方は、若干顔が苦笑に歪んでいる風だが。

 

「別に何もおかしくはありませんわ、三年間同じ全中でプレイしていた私からすれば、むしろ同じ大会中に池田が役満を一回しか和了っていないのは少し違和感ありますの」

 

「三年前に一度あたってさあ、役満の親被り受けたときは私の全中は終わったと思ったね。部員の少ない中学で、団体戦は一回戦か二回戦で負けるのがいつもの事だったから、なおさら」

 

 なんとか三位に滑り込んだけどさー、と苦笑気味に笑う水穂。さすがに三年前のことともなればいい思い出だ。ただ当時の水穂が平常の精神状態で麻雀を打てていたかといえば、そんなことはなかっただろう。

 

「……役満だね、無理やり鳴いて、十一巡くらいのところで字牌ツモ。届かないから和了るかどうかまでは微妙だけど」

 

「今の池田は他の二校の大将と同じ心境だろうな、負けが確実な以上、何がしか結果はのこさねぇと」

 

 和了るだろうと、純はあくび混じりに言う。そうして、打牌。打牌と続き、手牌が衣のものへと移る。

 

「……ん?」

 

 その時、瀬々が何かに気がついたように声を上げる。隣に座る水穂がちらりと視線を向けると、何やら瀬々は腕組みをして考え事を始めたようだった。

 

 ――衣手牌――

 {一一三五九九⑤⑥⑨⑨⑨11} {①}(ツモ)

 

「あれぇ? いや、うぅん?」

 

「どーしたの?」

 

 ふと気がついたように水穂が問いかける。

 瀬々はといえば、それにハッとしたようにして水穂の方に視線を向ける。記憶の糸が途切れているのだろう――そも、そんなこと気にしたこともなかった。

 

「そういえば、この大会って二倍(ダブル)役満ってどうなってましたっけ?」

 

「あれ? どうだっけ。とーか、覚えてる?」

 

「……んー、確かこの前衣と見たときは、たしか四倍役満までありだったはずですわ」

 

 つまり、四暗刻単騎などのような、ルールによっては二倍になる役満はなし、複合は四暗刻四槓子四喜和字一色などを最大とした四倍役満までということのようだ。

 

「ってことは衣のやつ、……わかってて聞いたな?」

 

 聞けば、衣が二倍役満以上について聞いたのは昨日のことだったようだ。それも第二回戦終了後、それぞれ自身の対局者の牌譜を渡された直後の事だったらしい。

 ――つまり、

 

「……おい、衣のやつ、どういう理牌してやがる!」

 

 衣は、何が何でもトップを取っていくつもりのようだ。

 

 ――衣手牌――

 {一一九九①⑨⑨⑨11三五⑤⑥} {1}(ツモ)

 

「……ちょっと瀬々、これってつまりそういうことですの!?」

 

「そーいうことなんだなこれが。一応普通に理牌したけど、衣にとっちゃあれは一枚しかない字牌とおなじなんだろうな」

 

 直後、下家の打牌、{一}――当然のようにスルー。

 そもっそもこの手は大仰に考えても清老頭が見える化け物手、そのために、まずこの{一}を鳴いていく必用があるのだが――それを衣は当たり前のようにスルーした。

 

「対局者達に南無三、だな。もう一度牌を握れればいいが」

 

「――大丈夫じゃないかな」

 

 純の言葉に、水穂が何でもない様子で言う。

 なぜ、と問いたげな視線を向ければ、水穂は自信たっぷりに応えた。

 

「あの二人は二年生と三年生。だったら知ってるはずだからね、特に城三商業の三年生は、実際に対局したこともあるんじゃないかな」

 

 ――あぁ、とそれに最も速く至ったのは透華と瀬々だった。透華は自身の記憶から、瀬々は感覚の中の答えから、いち早く結論を引き上げたのだ。

 

「――三傑」

 

 その名を、長野で知らないものは居ないだろう。全国でも、世界でも、彼女たちの名は知れ渡っている。

 三年前風越に突如現れた魔物と呼ばれるクラスのチカラを持つ三人の雀士。風越を全国クラスに押し上げ、初のシード権獲得という快挙を成し遂げた原動力。

 その中でも大将を務めていた大豊(たいほう)実紀(みのり)は、半荘に一度は役満を上がるという超高火力選手。

 

 そんな存在を直に知っている彼女たちならば壊れることはないだろう。

 そんな風に、瀬々は見ていた。

 

 問題は風越の一年。

 

「――来年、またあの卓につけるかね」

 

 池田華菜の実力は確かだ。そして衣が大将のポジションから動くことはないだろう。ならば来年も、衣と華菜は激突することになる。

 その時、果たして彼女はまた衣と闘うことができるだろうか。

 

(――いや)

 

 そうして、そんな考えを切り捨てる。言うだけ野暮な心配だ。それに、明日は我が身とも言う。瀬々は先鋒ポジション、全国のエースを相手に立ち回らなければならない。

 その代表は、きっと瀬々の前に立ちふさがってくる。

 

(あたしだって、あいつと何時かぶつからなくちゃいけない時が来る。その時あたしが、勝てるかどうかなんて、わかんないんだから)

 

 そうして、目を閉じる。

 

 聞こえてくるのは、モニター越しの和了宣言。聞き慣れた声、衣のものだ。

 

 ――県予選決勝が幕を閉じる。圧倒的ではあるが、さして劇的でもないような幕切れで。

 

 

 ――県予選決勝最終結果――

 一位龍門渕 :350200

 二位風越女子:75900

 三位城三商業:-11200

 四位地域観光:-14900

 

 

 ――これはあくまでスタート地点でしかない。

 始まろうとしている、暑い夏が。誰よりも身を焦がす、圧倒的な、炎をまとった孟夏の火蓋が。

 

 全国高等学校麻雀選手権大会。

 

 日本最強の高校を決める――――闘いが。

 

 

 ――始まろうとしている。




第二回戦先鋒戦一話目が完成しません。いつもの倍はあるので、千里山伝説の最長とか軽く越えてぶっちぎってきます。
これが毎話になるので、インターハイ始まったら更新は三日に一度くらいになるんじゃないでしょうか。

実は今回の話、衣上げに見せかけた華菜上げだったりします。

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