咲 -Saki- 天衣無縫の渡り者   作:暁刀魚

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――インターハイ・第二回戦――
『始まり告げる、少女たちの別世界』


 夏が始まろうとしている。

 

 熱風が、人と人とが交わり融け合う灼熱が、一寸先すら、身を焦がす炎にまとわりつかれ、何もかもが視界から消え去る一瞬が。

 

 闘いを伴って、始まろうとしている。

 

 

「さぁ――出発ですわよ!」

 

 

 長野県、県予選を勝ち抜き、龍門渕高校は全国への切符を掴んだ。その反響は大きいかといえば、さほどではない。

 ここ数年、あまり成績が奮わなかったとはいえ、龍門渕は県屈指の強豪校だ。そのために県予選事態を勝ち抜いたことは妥当、さほど驚きも要さず受け入れられた。

 むしろ重要なのはそこから。大将戦のオーラス、天江衣の見せたバケモノ染みた和了は、世間の反響を呼び、否が応にも彼女の注目を集めた。

 

「おー!」

 

 とはいえ本人はそんな物なんのその、まったくきにした様子なく、いつもどおりに振舞っていた。

 そもそも注目というものを衣は余り好いてはいない。今でこそある程度慣れてきているとはいえ、衣はマスコミというものが嫌いだ。加えて自分が目立たずとも、話題の中心となる存在は多くいると考えている。

 

 何も自分が、世間の全てを背負ってたつ必要はないのだ。

 かつての三傑は、余りあるカリスマから、多大な人望を集めるに至ったが、衣は指してそれを臨んでいるわけではない。

 

 衣が望むのは、衣と対等に世界が繋がり合うこと、頂点に立つことではない。

 

「よし! じゃあ車にのりこめー!」

 

 ――水穂の掛け声に、透華、衣が続く。

 

「はー、車での移動は面倒だねぇ」

 

「そうはいっても、長野から東京に行くとなれば、車か大きな町に行くしか無いから、しょうがないよ」

 

「最低限の……投資」

 

 続き、純、一、智樹の三人が連れ立って車に乗り込む。車は龍門渕の所有する高級車だ、五人六人どころか、十人ほど乗り込む事のできる豪華なものだ。

 全員が車に乗り込もうかという所、一人だけ、その輪から外れたものがいた。

 高級車に背を向けて、外に広がる山々に、何か感傷じみた思いを馳せる、ものがいた。

 

「……む? どうしたのだ? 瀬々」

 

 渡瀬々、彼女はそよ風なびく高地から眺める山々に、なんとはなしに自分を重ねる。――生まれてからずっと、見てきた山だ。

 長野では、たとえどこから世界を見渡しても、大きな山々を臨むことができる。だから、初めて山を眺められない世界を知った時、瀬々は衝撃を受けたものだ。

 

 そこに在るものがない。

 それは即ち、自分を象るものが何一つ、そこにはないということなのだから。

 

「――あぁ、いや」

 

 勢い良く体を翻し、まとわりつく髪をかきあげる。

 

「少しばかり……行ってきます、って思っててな」

 

 ――だからきっと、瀬々はこの場所を自分の居場所だと思っている。少しだけ、そこから見を羽ばたかせ、自分の世界ではない場所に、足を踏み入れる。

 帰ってきた時にこの場所が、自分を迎え入れてくれることを――祈りながら。

 

 

 ♪

 

 

 全国、五十二校の暑い夏、頂点を目指し、激闘する少女たちの戦いが始まった。シード四校を除く四十八校が一回戦を闘い、たった一校だけが勝ち抜いてゆく。

 龍門渕はこの一回戦からの登場だ。数年ぶりの全国出場は、指して世間の注目を集める肩書きではない。三傑無き長野事態も、注目度としては下火に近い。

 ――春季大会で、風越が二回戦で――大将福路の猛追があったとはいえ――姿を消したことも、大きく影響している。

 

 とはいえこの一回戦、龍門渕は大いに注目をあつめることとなる。龍門渕が激突したのは沖縄、埼玉、富山の四校、どこも全国常連の高校との対決だった。

 その三校を相手に、新参もしくは古豪と見られていた龍門渕は早々に一回戦のトップ争いから脱落する――はずだった。

 

 しかし、蓋を開けてみれば結果は長野県予選の焼きまわし、変化が見られた点は副将戦の収支トップが龍門渕であったこと、大将戦で衣が飛ばしたのが、三校同時であったことか。

 

 ――とかく、龍門渕は鮮烈なデビューを飾った。マスメディアはともかくとして、龍門渕の対戦校は、龍門渕を警戒に値する強豪として受け入れるのであった。

 

 

 ♪

 

 

 全国に点在する数多ある高校、その中でもインターハイに駒を進める高校はごく限られた高校である。五十二という数は、両手で数えるには余りあるが、数字として見るにはあまりにも少ない。

 ならば、更にその最上位となる高校は? ――片手で数えられるほどの、数としてすらあやふやなもの。

 

 シード校。全五十二の高校の中からたった四校だけ選ばれる、最強の称号。

 ――白糸台高校。

 ――千里山女子高校。

 ――臨海女子高校。

 

 そして、四つのシード最後の一つ、全国に名を連ねる最強が一校は、伝統あるシードの一角に名を連ねる高校。

 名を――姫松高校と言った。

 

 

「――なるほどねぇ」

 

「興味深い牌譜だと思います。特に龍門渕透華は去年まで全中でよく聞いた名前ですし、依田水穂っていうのも、久々に聞きます」

 

 会話をするのは、二人。その場に居るのは、五人の少女たち。

 ホテルの一室を借りての集まり、少女たちは制服姿で、それは姫松高校を表すものだ。姫松は関西の高校であり、言葉の節々から感じられる独特のイントネーションが、それを物語っている。

 

「長野は強い奴が他の田舎に比べて生まれやすいっていうのはあるんやろうけど、こうして見ると不思議やなぁ、風越の次に、間髪入れずこういうのが出てくるっていうんは」

 

「特に中堅からは他の全国クラスと何ら遜色のないメンバーが揃っとりますから、洋榎も含めて気をつけてもらわんと」

 

 ――愛宕洋榎、彼女は自身の言葉の返答として返されたそれに、生返事で応える。対するように、返答した少女、龍門渕透華等の名を上げた少女が続ける。

 

「先鋒と次鋒はさほど気にせんでえぇと思います。今のところ次鋒はさほど強か無いですし、先鋒は私が気をつければいいことなので」

 

 姫松女子先鋒、――末原恭子、二年生にして、エース区間である先鋒を任されている。とはいえ姫松の先鋒は、言ってしまえば捨て駒に近いのだが。

 

「まー、そこはなんとかしますー。ウチもそういうのは得意なんでー」

 

 応えるのは次鋒、天海りんごだ。特徴的なのはその髪型、爆発気味の髪を束ね、周囲に広がるポニーテールが完成している。

 

「問題は大将やね、中堅副将は対応が難しいから、本人の実力と運次第やけど」

 

 中堅も、副将も、デジタルの打ち手であるというのなら、そこに必要なのは技術と当日の運。たった半荘二回で雌雄を決する団体戦は特に、当日の流れというものが重要になる。

 そう語るのは赤路蘭子、恭子の言葉に真っ先に頷いた、会話の中心とも言える人物。――姫松の主将であり、大将を務めている。

 

「いや、中堅は……うーん」

 

「どうしたんですか? 先輩」

 

 その言葉に、腕組みをして洋榎が何やら考え始めた。それに問いかけるのが姫松唯一の一年、副将、上重漫だ。洋榎が何やら考えている間に、話題は大将へと移る。

 

「で、その大将。なんか変な生き物みたいですけど、ありゃもしかしてチャンピオンの同類ですか?」

 

「うーん、ちょっと違うっぽい、むしろ私や、晩成の大将と近いんとちゃうかな?」

 

 ――晩成、名前が出たのは先ほど話題を打ち切ってから初めてになる。第二回戦、姫松が対決することとなる一校だ。全員が卓越した技術を持つ強豪の一角、第二回戦レベルであれば十分強敵と言える。

 

「はー、あの小走とですか、まぁ確かに出和了り主体ですけど……」

 

「そやね、それにあの子、絶対にリーチをかけないみたいや。そ~いう子は割りといるっぽいけど、あの子の場合そこに打点が絡んでくるからねぇ」

 

 恭子のつぶやきに同意して、さらに蘭子は付け加える。リーチをかけないということは、テンパイ気配を読み取りにくいということだ。徹底した出和了りスタイル。

 

「まぁリーチをかけないならリーチをかけないなりに、手を高める方法はいくらでもある。洋榎なんかは割と得意やろ」

 

「いや、ウチかて必要ならリーチかけますって、むしろリーチかけたほうが和了りやすいし」

 

 ふむ、と蘭子がその言葉を飲み干して――

 

「まぁ、今まで見たいには行きませんよ、第二回戦っていうんは文字通りひと味ちがう。今までのような闘牌では、絶対勝っては行けない舞台ですからね」

 

 恭子が結論とばかりに語気を強める。

 ――そうして、少しばかり楽しげに笑うと。

 

「――――見せつけてやりましょ、ここからが、本当の全国の舞台なんやって」

 

 軽く目を合わせて頷き合って、少女たちはさらに会話を深めてゆく。

 ――夜もふけ、夏の灼熱も和らいだ頃、むしろ彼女たちの熱気は、大きくなっているようだった。

 

 

 ♪

 

 

『さぁ――! ついにやって参りました! インターハイ第二回戦も二日目! Bブロックの試合当日です!』

 

 激闘が在った。

 第一回戦、第二回戦第一試合、どちらもあまたある強豪がぶつかり合い、死闘を演じた。勝利したのはシードの二校、白糸台に千里山、そしてそれに追随する、九州最強である新道寺、関西の強豪劔谷なども名を挙げている。

 

 そしてその闘いとは真反対に位置する場所、Bブロックの第二回戦、対戦カードは二つ。

 

 第三シード、臨海女子の登場する試合と、そしてここ、第四シード、姫松の登場する試合。その先鋒戦が、今この時を持って開始を告げるのだ。

 

 ――半荘十回、対局者総勢二十名。彼女たちが所属する高校の威信と、彼女たちが打ち破ってきた者達の思いを背負った、最強に手を延さんとする四チーム。

 その先陣を切る者達が、一堂に介そうとしていた。

 

 

「――さてと、一番乗り……かな?」

 

 ――渡瀬々:一年――

 勢い良く会場に駆け込んだかと思えば、キョロキョロと周囲を見渡している。まるで都会を初めて訪れたお上りさんのような印象は、他者から見れば少しばかり滑稽だ。

 だから、それを楽しそうに笑うものがいた。

 

「フフ、……残念ながら違いますよ」

 

 ――末原恭子:二年――

 独特の訛りをともなったイントネーションが、瀬々の耳を貫いた。すぐさま声のほうを見ると、――それは対局席の奥、すでに腰掛けて瀬々を待ち受けていた。

 

「残念ながら私が一番乗りです。まぁ、そんなん競ってもしゃーないんですけど」

 

「世の中、先手必勝、って言葉がありますよ。先ずれば勝つ、素直に喜んだらどうですか?」

 

 階段を踏みしめるように登りながら、恭子のつぶやきに瀬々が噛み付く。真っ向から視線をぶつければ、そこには好敵な戦意が、ありありと見て取れた。

 

「――それなら、三番手の私は、少し出遅れているというのだろうか」

 

 その後ろ、さらに聞こえてきた声に、瀬々は階段の最上段に足をかけながら振り返る。恭子も同時にそちらへと視線を向けた。

 

「そういうことなら……お手柔らかに頼む」

 

 ――車井みどり:三年――

 奈良の強豪、晩成のエース。当然その実力は、この三名の中では、最も高いと目されている。

 

「来ましたね。一番厄介なの」

 

「ひどい言いようだな、私はいつだってチャレンジャーだ。それに一番厄介なのは、シード校の姫松じゃないか」

 

「私以外の四人が、この第二回戦では一番強いのは認めますけど、私は単なる捨て駒ですよ」

 

「先鋒を任せられる捨て駒なんてのは、あんまり考慮したくないものだな。最も先鋒戦を“捨てる”のに適してるということじゃないか」

 

 ――瀬々の隣に並んで、みどりは姫松の先鋒、末原恭子を意識する。それからふと、たった今気づいたかのようにちらりと視線をやる。

 肩の少し下あたりまで伸ばした髪、右耳の側で一房、髪留めが髪をまとめている。智樹ほどはあろうかというプロポーションの少女。小柄な瀬々を、見下ろすようにしている。

 

「おや……珍しい制服だな。こうして直に見るのは初めてになる。――今日は宜しくお願いしよう」

 

「あは。そちらこそ、記憶に残るような闘牌を見せてくれることを願いますよ」

 

 渡瀬々、一年にして先鋒を務めるからには、それ相応の自負を持ってこの場にいることは想像に難くない。ならばみどりはそれに対してどう対応する?

 当然、挑戦を受けて立つものとして立ち振る舞う。瀬々に対して、それ相応の圧迫感を与えるために。

 

 事実、彼女の笑みは、その場にいる誰よりも凛としたものだ。恭子も、瀬々も、場数では彼女にはかなわない。年長者としてみどりもそれだけは負ける訳にはいかないだろう。

 

 ――だからこそ、彼女と瀬々は、全く同時に視線を入り口へやった。気配とでも呼ぶべきものを、感じ取ったのだろう。

 

 

「――ややぁ、遅れてしまったか」

 

 

 感じ取った、一瞬にして理解した。

 そこに在るのは、三者とは全く違う何かである、と。瀬々に、恭子に、みどりに、それぞれの世界とは、違う世界に立つもの。

 

 それを感じ取ったのは、瀬々と、みどり。

 

「……ハハ、なるほど、やえがこいつをダークホースだと言った意味がよく分かる」

 

「へぇ、そちらにも、見る目のある人がいるんですね」

 

 並び立つように、瀬々とみどりが視線を合わせる。

 同時に、そこにいる敵を、見据える。

 

「だったらこういったほうがいいかな」

 

 レースをあしらった高級感のあるスカーフを頭に巻き、セミロング黒髪は若干ウェーブがかっている。目つきに少しの違和感を覚え、体中からあふれる何かを瀬々もみどりも感じ取る。

 恭子が置き去りにされたそこで、少しばかり、嫌な汗を二人は感じていた。

 

 何かを“映し出す”かのような目。同時に、彼女は笑んで言う。

 

 

「――真打、登場っ」

 

 

 ――鵜浦心音:三年――

 

 四者、ここに雁首をそろえる。

 舞台も役者も、すべてが同一に整った。

 

 

 そこで、第二回戦、最初の闘牌が始まる。

 

 

 ♪

 

 

 四校、それぞれの名が実況の声によって読み上げられる。

 

『――南大阪代表、姫松高校』

 

 第四シード、昨年まではあまり目立つ成績ではなかったものの、その実力は本物、春季大会においてシードを握っていた風越を破り決勝進出、全国第四位の猛者として、シードの末席に滑り込んだ。

 

『――奈良代表、晩成高校』

 

 偏差値70の超進学校、奈良を背負う伝統といえばまさしくこの高校、その実力は、二回戦ではぬるいと言わしめるほど。

 彼女たちは一回戦で消えていくお山の大将ではない、本物の実力を持った強豪なのだ。

 

『――長野代表、龍門渕高校』

 

 三傑去った長野の大地、しかしそこから、新たに芽吹く者達がいた。数年の沈黙を得て、全国の舞台に舞い戻った古豪、しかし今、彼女たちを突き上げるのは伝統ではなく、本物の実力である。

 魔物、天江衣要する魔窟からの挑戦者は、果たして全国に、いかなる結果を残していくか。

 

 

 ――そして、

 

 

 全国に駒を進める高校は限られている。その中で、初出場を決めたのはごく少数。しかも、第二回戦の壁を打ち破るものはほとんど居ない。

 

 しかしそれでも、そこに唯一食らいついたものがいる。

 第二回戦進出校、唯一の初出場校。ダークホース筆頭にして、最後のホープ。

 

 

 ――それは新星。

 

 

『――岩手代表、――――宮守女子』

 

 

 四校揃い踏み。

 ――対局は、ここからはじまる。




長かった、ここまで本当に長かった。
渡り者開始前の活動報告で前ふりをして、出そう出そうと幾年幾月。ようやくここまでこぎつけました。

次回以降は基本一話分書き上がってから更新します。二話ストックがあればいいことにするので、次の話は普通に二日後になると思います。

コソコソ。なぜか次鋒の名前を取り違えてたので修正しました。名前的にはこっちの方が合うんですけど。苗字が奈良のものなので。

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