席順
東家:鵜浦(宮守女子)
南家:渡(龍門渕高校)
西家:末原(姫松高校)
北家:車井(晩成高校)
順位
一位宮守 :100000
二位龍門渕:100000
三位姫松 :100000
四位晩成 :100000
――東一局、親心音――
――ドラ表示牌「{2}」――
序盤の立ち上がりは、だれもが静かなものだ。若干先制が見られるのは龍門渕、三巡目にはもう、中張牌を切り出していた。
(もともと、渡はそういったところが在るっぽいなぁ)
末原恭子は、無難な打牌を選択しながらも、考えを巡らせていた。警戒すべきは三者全員。心音とみどりは三年生、心音の方は初出場とはいえ、三年で先鋒となれば、おそらくはエースを務めているだろう。
さてもさても、と――六巡目、思考の片隅を奔った牌、瀬々の打牌に食いついた。
瀬々/打{3}
「チー」 {横324}
勢い良く牌を倒して、はっきりとした宣言、短いものであったが、同卓者の視線は、すべて恭子へと向いた。構わず同時に晒した牌を河へと流す。
――恭子手牌――
{二二五六③④⑤468白} {横324}
恭子/打{白}
(なんか、ええ感じですやん)
みどり/打{五}
心音/打{⑧}
瀬々/打{3}
(……全員打牌が脂っこいわ――やけど)
それぞれの打牌を、一度じっくりと観察する。瀬々だけがツモ切り、しかし鳴かせても引くつもりがないということはよく分かる。
同時に、自摸った牌をぐぐっと握りこむ。そうすれば、恭子は手の中にある感触を、しっかりと感じ取ることが出来た。
恭子/ツモ{7}
(……ウチのほうが、速い)
打牌、当然聴牌となる{4}切り。心音、みどりの顔にちらりと変化の色が見られた。――何かを悟ったのか、しかしそれに、末原は気付くことはない。
みどりは自身の牌を自摸ると手出しの{北}、心音もまた、合わせ打つかのように{北}を切った。瀬々は{⑥}のツモ切り。
そして――勢い良く恭子が牌を掴むと、伸びた手の先から、ひとつの感触を得る。
「――ツモ! 500、1000」
――恭子手牌――
{二二五六③④⑤678横四}(ツモ) {横324}
・姫松 『102000』(+2000)
↑
・宮守 『99000』(-1000)
・龍門渕『99500』(-500)
・晩成 『99500』(-500)
三者はそれぞれの手牌を伏せる。
それを誰かに気取られることのないよう、心のうちにだけ留めて。
(……まぁ、やっぱり追いつけないだろうね)
――みどり手牌――
{三四五⑥⑥⑧⑨128北白白}
(聴牌はやいなー)
――心音手牌――
{①②②④⑤⑧⑧6699東西}
(……、)
――瀬々手牌――
{一一一一二三五六八九九發發}
――東二局、親瀬々――
――ドラ表示牌「{①}」――
対局は中盤、静かな鳴きもリーチもない場において、ようやく恭子は、自身の視点からの変化を感じ取る。
(――おろ、聴牌してもうた)
――恭子手牌――
{
(おっしいなぁ、平和が付けば十分戦えたんやけど、リーチは……)
ちらりと、視線を瀬々の捨て牌に向ける。
――瀬々捨て牌――
{四⑥西發三北}
{7④五}
聴牌しているかどうかは微妙なところだが、それでもこの捨て牌は異様の一言、染め手か、はたまた純チャンか、早い段階で字牌を切っているためか、メンチンでもさほどおかしくは感じられない。
純チャンと考えれば、ドラの周辺を切っていないことも気がかりだ。{①①②②③③}というような待ちをされれば、それだけで跳満が確定する。もしも三色まで絡めば倍満、それ以上は――考えるまでもないだろう。
(できへんわ、あんなん相手しとうない、まぁせやかてこの手牌なら聴牌には取れる)
恭子/打{7}
当然、ここは現物を切る。当たり前だ、わざわざ聴牌に取れるのに、安牌二枚の{④}から切っていくバカは居ない。少なくとも一巡、安牌の具合によってはもう数巡は闘うつもりで手を選んだ。
(嵌張で、モロ引っ掛けやけど、その分どこかが出してくれるかもしれへんし、いい牌引いたわ)
そして心音の打牌、ツモを牌の上に重ねると、静かに目を細めて何かを考え始める。一瞬手牌の右端近くに手をかけたかと思うと、さらに少し横へとずらす。
――迷っているのだ。
(なんや、何を考えとるのかしらんけど、出来ればはよう切って欲しいわ、理牌的に、そこらへんは当たりそうやし)
やがて答えが出たのか、心音は打牌をゆっくりと河へ放った。右手人差し指でその概要はすぐに走れない――しかし、顕になったそれに、恭子がすぐさま反応を見せた。
「――ロン!」
――恭子手牌――
{四五六七七②③④④⑤⑥35} {横4}(和了牌)
「2600です」
「――はい」
・姫松 『104600』(+2600)
↑
・宮守 『96400』(-2600)
心底静かな様子で、心音はそれに応えた。動揺も、後悔もない。ただただ沈黙を保ち、点棒だけを恭子に渡す。
若干の違和感、恭子はすこしだけ、心音の存在を“恐ろしいもの”と捉えるのだった。
――東三局、親恭子――
――ドラ表示牌{北}――
「――ポン」 {横中中中}
開始早々三巡目、瀬々が動いた。心音の吐き出した役牌を、晒して鳴いて面子とした。当然瀬々は速攻で手を作ってくることだろう。
(……いややな、さっきまで馬鹿みたいに高い手和了っといて、ここに来て速攻かいな、あんま速度あげんといてほしいわ)
――恭子手牌――
{
(お、悪くない感じ。三色も見えるけど、せやったら{白}落とした方が早いんとちゃうか? よくある光景やけど、まぁここは……こう)
――恭子/打{⑧}
みどり/打{西}
手出しの{西}、指して恭子はそれを着にした様子もなく、流す。心音は自摸切り、瀬々は手出しだが、ヤオチュー牌だ。
どうしたものかと考えながら、自摸切りする。
無理もない、ヤオチュー牌は、{一索}でも無い限り、自摸っても不要だ。
もはや意識を止めることなくそれを切る。そこで――みどりが動いた。
自摸った牌をゆっくり盲牌して確かめると、そっと自身の側に置く。そして、同時に言葉を放った。
「――ツモ」
自身に満ちたそれに、恭子は一つの同様を覚える。
「三暗刻ツモ、1600、3200」
・晩成 『105900』(+6400)
↑
・姫松 『101400』(-3200)
・龍門渕『97900』(-1600)
・宮守 『94800』(-1600)
(――なっ!)
わかってはいた、わかってはいたのだ。目の前に居るのは奈良の強豪、晩成を引っ張るエース。ならばその実力は、軽く恭子を凌駕していることくらい。
それがわかっていたからこそ、恭子はその開け広げられた手牌に、驚愕を覚えざるをえないのだ。
――みどり手牌――
{一一一五六七222北北北白横白}
(前巡にオタ風の{西}と{白}を入れ替えてる――! つか、{西}も生牌で、{白}も生牌なら、なんで{白}を選んだんや――!)
貴重な親が流れた。否、それだけではない。目の前の存在が、自分の立つ場所の、遥か彼方にある存在なのだと理解する。
強敵、純粋にエースとして強く、この場に存在する強者。その場所に、恭子は手を延ばすことすら出来ないのではないかと、感じ取るのだった。
――東四局、親みどり――
――ドラ表示牌「{②}」――
(……しかしまた、クレイジーな打ち方をしたもんだ)
瀬々はみどりの選んだ答えを驚愕を持って受け入れながら、同時に今にも浮かび上がりそうな笑みを必死に隠しているのだった。
この笑みは、余り他人に見せるようなものではない。――瀬々は今、単なる挑戦者なのだ、その瀬々が、まさか肉食の狩人のような笑みを、浮かべていいはずがない。
(オタ風の生牌、だれかが抱えてると読んだわけだ。実際あたしが雀頭にするつもりで抱えてたわけだけど……そうなるとその西は基本流局間際でオリを選択しない限り出てこない。晩成の人が警戒していたのは、あたしと姫松って訳だ)
必要なのは速さだ、ということだろう。あの状況、自摸るまでのみどりの捨て牌は{3六西}、無駄ヅモ一切無く、あの手を完成まで持って行っている。
その運気もさることながら、そこで選んだ打牌もまた異様。
(字牌にも、出るタイミングって言うものが在る。オタ風なんかは比較的直ぐ出るけど、役牌は少し遅くに出る。さっきは宮守の人が{中}を早々に切ってたけど、それだけ手が進んだって意味だろうしね)
三巡、というのは場があたたまるには十分な状況だ。役牌を仕掛けていく者がいるなら、瀬々のように早々に仕掛けていくだろうし、役牌を不要と考えるなら、心音の様に役牌を手出しで切っていくだろう。
この一瞬の入れ替わりを、みどりは狙ったのだ。
(その上、あの巡目で聴牌は普通読めない。リーチをかけてもいいんだろうけど、それをするともし誰かが当たり牌を出さない限り、むしろそれは自爆になる)
単騎待ちというのは非常に自摸りにくい待ちだ。たった三枚の牌を、誰かではなく自分が掴まなくてはならない。無論だれかが出すことも在るだろうが、出さない可能性も十分にある。
(それを一瞬で考えて、誰かに訝しまれないよう実行する。普通だったらまず無理だね)
その判断は、車井みどりだからこそ出来たのだ。これほど、彼女らしい闘牌が他にあろうか――
そしてそれは、考えてもしかたがないことではある。
しかし、同時にそう、思わなくてならないことでもある。――そう考えることが、瀬々はどうしようもなく楽しいのだ。
(……強い、強いなほんと。みんなバンバン聴牌して、あたしよりも早く和了るし、全然こっちが追いつけない。多分晩成の人なんかは、ちょっと“こっち側”に足突っ込んでるだろうな)
「――リーチ」
――晩成の宣言、親のリーチだ、下家の心音は早々に店仕舞いの気配を見せる。瀬々も、すぐさま現物を切り出す。そこで動きを見せるものがいた。
「ポンッ!」 {横999}
(――姫松の、鳴いた!?)
不可解な鳴き、態々安牌二つを切り捨てて、手を進める意味など殆ど無い、少なくとも六巡目の晩成リーチ、何もせずしても、その内晩成はツモって和了るだろうに――
(……いや、多分この感じだと、姫松は安牌ごっそり抱えてそうだな。その上で一発消しをする余裕も在る。七対子の一向聴あたりか)
感覚を伴った答えだ、その読みは当たっている。不可解だが、理解できないことではない。それこそ姫松はこの鳴きを、ジンクスによって選んだのだろう。
一発消しに、魅力を大き感じたというところか。
しかし、
(あまいな、残念だけどそれ、意味ないよ)
やれやれと瀬々は心のなかでだけ嘆息する。
すでにオリ前提で考えているとはいえ、もはや完全に、自分の手は意味を成さなくなった。役目を終えたそれは、もはや卓に帰っていくだけだ。
「――ツモ!」
晩成の宣言、リーチに、ツモに、タンヤオ。
点数申告は――2000オール。
・晩成 『111900』(+6000)
↑
・姫松 『99400』(-2000)
・龍門渕『95900』(-2000)
・宮守 『92800』(-2000)
――東四局、一本場――
――ドラ表示牌「{9}」――
(……あかん、あっという間にまくられてもうた。別に何や無理があるわけやないねんけど、他所様に勢い取られたくないな)
嘆息気味に、理牌する。見えてくるのは、あまり言いとはいえない手。無論それが和了れないかといえばそうではないが、恭子は内心難しそうな顔をする。
他家がそれを観察しているわけではないだろうが、顔にだしていいことではない。
(微妙や、ずっこい微妙)
――末原手牌――
{一三七七②④
(基本、ドラの対子っちゅうんはあんまり良い感じやない。鳴いて手が作れるんならともかく、これ、国士の方が狙えるんとちゃうか?)
ドラの対子というものは、余り生かせないことの多い代物だ。順子を作り一枚になるか、雀頭となってドラドラを作るか。
どちらにせよ、ドラ二つではパンチにかける。ドラ三つでも、鳴いてしまえばそこまでだ。
だが――
恭子/ツモ{三}
――おろ、と心中でこぼして、恭子はその牌を手の中に加える。
(まぁでも、これ、使えるかもしれへんな)
――これ以上、みどりに連荘をさせる訳にはいかない。そもそも、自分が連荘することすら恭子にとってはあまり好ましくないことだ。
だから、出来る限りここを、自分が振り込んでもいいと考えた上で“手段”として使用するなら、悪くないものに思えてくる。
(役牌オールスターやし、多分その内、どっか重なる)
恭子/打{一}
そのために、まず何が必要か――
――心音/打{1}
(――これや!)
「……ポン!」 {1横11}
「――ッ!」
牌を食い取られ、恭子の勢いに圧されてか、心音は思わず息を呑んでのけぞる。前かがみになった恭子は、晒した牌ともに、心音の払ったドラを卓の右端に、叩きつける。
トレインのようなそれは、勢い良く卓上を滑ると、激突、激しく音を立てて終着した。
(……ドラの刻子、晒してしまえばこっちのモンや、ドラが三枚やから、役牌と合わせて満貫、対々和絡めれば、跳満だって見えてくる――!)
恭子/打{②}
クソ鳴きもいいところの早仕掛け、鳴かれた心音も、ツモを飛ばされた瀬々も、その様子を観察するみどりも、苦しげに顔を歪める。
続く――ツモ。
恭子/ツモ{白}
(よし――! よしよし! よし――ッ!)
恭子の中で勝利は確信に変わる。これさえアレば、どこから鳴いても、和了ることが可能だ。
恭子/打{④}
(もっと、もっとや――! もっと貪欲に、他家を一気に引きずり下ろす――!)
恭子の眼に炎が灯る。エンジンのフルターボを告げるそれは、否が応にも彼女の意識を高揚させていく。
口元に、不敵な笑みが――浮かび始めた。
みどり/打{白}
(それもォ――!)
「ポン!」 {白白横白}
恭子/打{東}
二副露、役が確定し、これでどんな和了だろうが、満貫手がお目見えすることとなった。それだけではない、恭子の手は、それだけですべてが完結するわけではない。
まだ――
恭子/ツモ{發}
まだ――――
――――まだ、高くなる。
(誰も手が出せんなら、このまま流局まで行けばええ。何にせよ3000点は手に入る。そうでなくとも、ウチがこれ以上失点することはない!)
――恭子手牌――
{
ゆっくりと手牌から一枚を引き上げ、放つ。打牌{中}。続くみどり、合わせ打ちであろう、手牌から{中}を払った。そして心音、ツモから迷わず、打牌を選ぶ。
心音/打{⑦}
(――!? 生牌!? なんや、全然迷ってへん。こちとら満貫なんやぞ、なんやこいつ、初心者かいなッ!)
そして瀬々は、ツモ切りで{⑦}。これはオリか、攻めか、どちらとも判断が付き難い、そもまだ巡目がさほど立っていないのだ。
ましてや、彼女はツモ番を一度飛ばされている。それが如何に手を遅くするか、恭子は十分に知っていた。
(まぁ何にせよ龍門渕はこの半荘、全然こっちに追いついて来てないみたいや。高い手は張っとるようやけど、速度でこっちに負けとる)
たしか県予選での和了率は、かなり高かったはずだ。それでも、周囲のレベルが上がれば彼女はそれに追いつけなくなる。
――同じだ。この半荘、自分は和了ることができる。だが他家は――それに追いつけないでいる。
(さすがに晩成はエースやっとるだけはある。全然勝てるきせーへん。けど、他の二校は、やっぱこっちに追いつけへんのや――!)
――恭子/ツモ{發}・打{南}
しかし、恭子はその考えを、すぐに思い上がりであると正さなくてはならなくなる。この半荘――実のところ置いてけぼりにされているのは、恭子なのである、と。
とはいえそれが明らかとなるのは少しだけ先の話。
――今は、彼女の考えを真っ向から叩き崩すように、誰かが笑みを――浮かべるだけだ。
「――ロン」
それは、何かを見透かしているかのようだった。恭子はこの日、初めて対局者の“瞳”を覗き見た。遠くから、視線を感じ取るのではない、顔色をうかがうのではない。
ただ単純に、人の意志の、有りかをそこに感じ取ったのだ。
人が人に向ける、拒絶とよく似た、しかし人の中に、ストンと腑に落ちる感覚。好敵手としてのそれなのだと、すぐに理解することが出来た。
その上で、その少女の瞳は――鵜浦心音の瞳は、どこか人を見透かすような目をしていた。得体のしれない化け物のように近く、しかし絶対を感じる神性を伴ったそれは、恭子の頬に、冷たい何かを――すべらせるのだった。
――心音手牌――
{②③③④④⑤⑧⑧⑧南南西西} {南}(和了り牌)
「――8300」
・宮守 『101100』(+8300)
↑
・姫松 『91100』(-X00)
(――そ、染め手……!?)
――心音捨て牌――
{(1)①白四86}
{⑦}
(確かに、{①}が中張牌なら染め手に見えなくもないけど、これは――)
しまったと、後悔してももう遅い。第一打ドラ、つまり染め手決め打ちだ。{①}も、必要ないということがわかりきっていたから打ったのだ。
呆然とした目が、少しばかりの怒りに滲んで、きつく睨みつけるようなものへと変わる。
カラカラと、響き渡るサイコロ――心音の手により、それは回されていた。
――南一局、親心音――
――ドラ表示牌「{7}」――
(……さっきの東四局、明らかに宮守は危なっかしい打牌をしていた。確かに染め手は魅力的だが、それならリーチを書けない理由は何だ? あの手なら、リーチにツモで高め跳満だろうに)
リーチをかければ跳満も十分見えただろうという手、普通、あれを引く理由はない。無論{②}か{⑤}を待つならともかく、あの巡目で、染め手だというなら十分だろう。
事実、ダマでなくとも安目なら、誰だって切る可能性はあった。――みどり自身、端に一牌だけ浮いていた西を、もし安牌がなくなれば、躊躇うことなく切っていただろう。
だからこそ、不可解。あの手をなりふり構わず上がりに行くなら、少なくともみどりはオリない。前局でのみどりの立場なら、なおさらだ。
(――つまり、宮守はあの手をダマで待っていたのではなく、いつでもオリれるように待っていたってことになるな)
リーチをかける理由があるのではなく、リーチをかけない理由があるのだとすれば、自ずと答えはそこに帰着する。
通常であれば、それは可能性の一つであろうが、この時みどりは、その可能性を確かな答えだと見て取った。
そこに物的な証拠があったためだ。
(やえの言っていたおかしな点。牌譜で見た時もそうだけど、実際に相手をして、納得せざるを得ないな。宮守の大将は――間違いなく向こう側の人間だ)
――小走やえ。奈良の強豪、晩成の二年生にして大将を務める実質のナンバー2。オカルトに精通していながら、本人は卓越した技術による打ち方を得意とする。
そんな彼女が太鼓判を押したのだ。宮守女子の先鋒は、まごうことなきオカルト雀士である、――と。
(……鵜浦心音。三年生だけれども、宮守は今年が初出場だからそれ自体は参考にならない。ただデジタル的な打ち方を、個人的に評価するなら――十分一流の域に達している。水準以上――少なくとも、龍門渕の先鋒よりはずっとマシだ)
龍門渕の先鋒は、一年だということを差し引いても、そのデジタル打ちはお世辞にも上手いとはいえないものだ。
県予選の牌譜を見る限り、生まれながらのバカヅキ体質。高打点型が羨むような爆運体質なのだろうと――そう結論づけるような雀士。
それと比べれば、宮守の先鋒は雀士としては一流だ。
(けれども、それが弱小校どころか、ほとんど新設であろう麻雀部で、先鋒のポジションを得るチカラになるとは思えない)
今年の龍門渕、三年前の風越にも言えることだが。ダークホースと呼ばれるような、本来の期待以上の結果を残す高校には、少なからず特別な雀士が居る。
三傑や天江衣がそうだ。
そしてそんな彼女たちは、部内の中心としてエース、もしくは大会の命運を握る大将にオーダーされることが多い。
鵜浦心音がそうだと考えるのなら――腑に落ちる。
(それを確かめるために……この配牌は正直絶好といっていい)
――みどり手牌――
{
一見それはゴミのような配牌に見える。事実それは和了るには少しきついものが在るだろう。みどりもまさかこれを和了れるとは思っていない。
だがこの手は、七対子の二向聴である。それの意味する所はつまり――どんな牌でも、好きに切り出すことができるということだ。
(いかにもやえが好きそうな配牌だ。これを使えば――やえの言う心音のオカルトに対するテストができる)
やえが言うには、鵜浦心音は、時折おかしな判断基準で、オリと押しの判断をすることが在るらしい。それは例えば、先程のような、何時テンパイしていてもおかしくない状況であっても、平気で危険牌を切ったりするような時や、逆に全くなにも聴牌気配のしていない状況で、突然ベタオリのような打牌をすることだ。
その判断基準を、この配牌を使えば図ることができる。
序盤の打牌――{西→⑨→八→⑥}。
ヤオチュー牌から、一気に中張牌を切り裂いていく。違和感のある切り方、しかしそれは他家に取っては、速度という答えに映る。
――みどり手牌――
{
(――この段階で手出し{九}は避けたかった所だ。ありがたいツモだな)
みどり/打{③}
もとより、みどりは平和や{發}を鳴いての速攻など全く考えてはいない。あくまでこの手は七対子の一向聴、それ以外は全くみるつもりはない。
だからこそ、躊躇わずに両面塔子を切り崩す。
みどり/ツモ{一}・打{④}
――そして、
(……できたな)
みどり/ツモ{6}
――手牌が、ではない。
ここまで、順調にみどりは、“河”を作った。手牌ではなく、あくまで捨て牌を、意図して他人に聴牌の様に見せるため、聴牌へと早々へ向かう手牌の幻想を作り上げたのだ。
そしてその締めが、手出しのドラ。これを切れば、誰もが順調な手牌の聴牌を感じ取ることだろう。
(宮守の視野が、狭いということはないだろう。ならば現物か――強打かッ!)
みどり/打{8}
そうして、意識せずとも、視線は心音の河へと向かう。それはさしておかしなものではない。――故に、みどりはそこに集中を孕む。
行方は――手出し。
心音/打{6}
(――深い所! 確定だッ!)
ドラの手出しから考えられる待ちは両面待ちだ。リャンカンの形であればドラは切らないし、切るとすれば{788}のような形から、両面で待ちを作る場合のみ。{7889}という面子構成も考えられるが――それだけを頼りに、ドラ側裏筋の超危険牌を、いきなり切っていくことはありえない。
だから、確定。心音には――他家の手牌を知るチカラ、恐らくは“シャンテン数”を感じ取るチカラがある。
それがやえと、そしてみどりの結論だった。
――だが、それだけでは、終わらない。心音は、みどりの想定をたやすく超える。
「リーチ!」
河の少し手元側で切った牌を、それだけで心音は終わらせない。さらに一つ、動きを加えた。牌を横に“曲げた”のだ。
供託が、勢い良く心音の手から飛び出る。
(ツモは――追いついた。だが、間に合うか!?)
これに対し、瀬々は筋を頼って牌を切り、恭子は現物で早々にオリの体勢、そしてみどりは{五}を引いた。
当然、{6}を切って聴牌とする。
そして――
「――ツモ! リーチ一発ツモ、タンヤオドラ一、裏はなし! 4000オール!」
(……親満ッ!)
・宮守 『113100』(+12000)
↑
・姫松 『87100』(-4000)
・龍門渕『91900』(-4000)
・晩成 『107900』(-4000)
リーチをかけて当然だ。それ一つで、点棒が6000からその倍、12000に跳ね上がるのだから。しかもこれに一発がついた。裏が乗れば親ッパネ、他家にとって、見過ごせない選択となる。
(まぁ、いい。これくらいは必要経費だ。問題は聴牌に対する反応が見れなかったこと。――でも、ほとんど確定だ。これ以上は試してなんかいられないな)
――宮守、姫松。
この二つを躱し、自分は大きく点を稼ぐ必要がある。中堅には姫松のエースが出てくるのだ。そのために、みどりはしなくてはならないことが在る。
心音が回すサイコロを注視しながら、みどりはより一層、意識を卓上へと集中させるのだった。
――南一局一本場、親心音――
――ドラ表示牌「{3}」――
一本場に入って、状況は再び混迷する。この局、誰かが鳴きを入れたわけではない。しかし、それでも明らかに、この場は間違いなく異常だった。
(……この手、配牌からして一向聴か!)
最初にそれを気がついたのは、他でもない、シャンテン数を知るチカラを持つ、鵜浦心音だった。彼女のチカラは、自分自身に通常では知れない情報を伝えてくる。
これもまた、その一つ。
見えたのは直線上、姫松の手。明らかに異常と思えるそれは、やがて捨て牌からも明らかとなる。
――恭子捨て牌――
{②六七東北白}
ここまで来れば、車井みどりもその状況に察しが付く。末原恭子の持つ手が、以下なものか知れるということだ。
(字牌を三枚排除してる。普通こんなに字牌は切らない――完全一色ってことじゃないか……!)
清一色、それも面前で作るのであれば、倍満クラスはダマでもありうる。はっきり言って、正面から相手をして良い手ではない。
(親の宮守が相手をしてくれるならいいが……いや、宮守がベタオリした時点で私もオリよう。確かに一局面として倍満は避けがたいが――長い半荘十回のなかでなら、それもまた単なる一局だ――!)
――みどり手牌――
{
(宮守が押しているなら、この牌は当然、切っていく――!)
みどり/打{④}
つづく宮守、鵜浦心音、ここも打牌は萬子の手出し。どれも恭子を刺激せず。自身の和了りを狙う形だ。
――だからこそ、そこで二人は目を見開く。末原恭子の上家、渡瀬々が、あまりにも余りな、暴挙に飛び出す。
瀬々/打{4}
手出しのドラ。――強気な攻めは、しかし同時に無謀でも在る。恭子の捨て牌は、それをまさしく示しているというのに。
まるで何も見ていないかのように、瀬々はそれを切り出した。
気負うことなく、躊躇うことなく。
それが、どのような結果を生むかも――
「――カンッ!」 {横4444}
――恭子が動いた。大明槓だ。しかもそれだけでは、その手は済まされない。
新ドラ表示牌「{7}」
(……ッッッ! バ、カ――じゃないのか!? どうやったらそんな打牌ができる! 最悪だ、しかも――)
悪いことに、恭子の打牌は手出し。索子の{2}、聴牌と言って差支えはない。
みどり/打{②}
歯噛みしながら、現物を落とす。このままでは攻められない。攻めようにも、恭子がそれを許してくれない。
(――ツモ索子、最悪すぎる)
当然、心音も打牌は現物。間違いなく聴牌を感じ取ったのだろう。心音がオリたのなら聴牌は確実、攻めることなどできようはずもない。
――だが。
瀬々/打{1}
再びみどりは、戦慄する――
――動揺を隠せず、心音は卓の下で手を震わせていた。訳がわからない。目の前の少女は、一体何をしようとしている?
(どうやら聴牌しちまってるみたいだ。まぁでも、そんなこたぁ関係ないね)
そもそもこの状況、恭子の手牌は災害のようなものだ。諦めて受け入れる――と言うまでではないものの、それでも同しようもないものであることは確かだ。
それを加味した上で――あっさりと龍門渕の先鋒は、その前提をぶち壊していく。覚えるのは苛立ちに似た焦燥だ。
何を思ってこの少女は姫松の爆運に手を付けるのか、全く意味がわからない。
不透明な感覚に、思わず心音が感情を荒立てるのも、無理からぬことであった。
続く恭子の打牌は自摸切り、ヤオチュー牌の{一}、みどりも心音も現物を切って――瀬々は躊躇わず{8}をツモ切りする。
もはや、驚愕ではなく、覚えるのは呆れだ。
再び恭子が自摸切り、今度は{⑨}、安心もつかの間――心音は思わず顔面を蒼白させる。
(――索子ッッ!)
一瞬の認識で、それを恐怖とおぼえた――しかし実際に自摸ったのは{2}、これならば何も問題はない。
当然、自摸切りだ。
――そして、
この日、心音は最大の恐怖を覚えた。それはそう、体中に浮かんでいた不透明な何か。瀬々という存在によって掻き立てられていた感覚の、警鐘。
「――ッッッッッッ!?」
まるで自分が持っていた焦燥や何かが、一斉に恐怖を伝える冷たさに変じていくように。――鋭い刃を、首元にそっと、押し付けられているかのように。
心音は人生において初めて――声の出ない絶叫というものを――知った。
「――ロン」
索子の、打牌。
恭子の、索子染め。
だが、{2}は恭子の現物、彼女が和了れるはずもない。
ならば、誰が? どうやって。
答えは簡単。
――渡瀬々が、心音の眼を――いぬいている。
「――純チャン一盃口、8300」
それだけ、ではない。
心音の恐怖は、それ以上の、別の場所からもやってきていた。
――瀬々手牌――
{一一一⑨⑨⑨1123399} {2}(和了り牌)
・龍門渕『100200』(+8300)
↑
・宮守 『104800』(-8300)
(――自摸り四暗刻!? バカな、何をどう考えりゃそんな手牌が出来上がるッ! オカシイ、オカシイじゃないのさ!)
異常。さも、異常。如何に凡夫に満ちた若輩の打ち手であれ、そこに役満という餌が転がれば、当然それに飛びつくものだ。
たとえそれに一切の
――そんな人間、居るはずがない。そんな異常、在るはずがない。あってよいはずがない――――心音の感覚が、一斉に、盛大に、莫大に、悲痛な叫びにもにた、金切り声を上げるのだ。
その時、初めて気がついた。
渡瀬々は通常にはない特徴を持った雀士だ。
だが、それならば何故、そういったオカルトに近しい雀士が持つはずの気配を、彼女は希薄にしていたのだ?
もしもそれが、異常なのだとすれば――
否、たとえそうだったとしても、その時はその時だ。今はわからずとも、いつか答えを拾い上げる時が来る。
たった今この瞬間、渡瀬々という少女が、他人には理解しようのない
そして、瀬々は一人、感情の裏でほくそ笑む。表情は貼りつけた無表情のまま、ただ自身の中で達成だけをかみしめて、飲み込んだ。
この一局、瀬々のしたことは、表してみれば単純だ。
まず、恭子の手牌に{4}の刻子が在ることを“コネクト”により察知した瀬々は、ドラの{4}をためらいなく切り出した。この時点ですでに手牌は自摸り四暗刻であるが、これは絶対に和了ることは出来ない手だ。
なぜならこの時、{3}すでには一枚切られ、{9}を恭子が対子にしていた。和了り目が皆無だったのである。
そして恭子はこの{4}に食いつく。恭子はこの倍満手、リーチをかけたのでは和了れないと判断していた。もとより索子染めは出和了りなど期待できないものではあるが、万が一、瀬々から和了れる目が存在している。その時、リーチという明確な形ではなく、鳴きという不確定な形を選ぶことが最善である、そう考えたための鳴きだ。
瀬々はそれを解った上で、更にもう一つ策を加えた。ずらしによるツモの不調である。本来のツモはその人間の流れによって作られるものであるが、この場合、瀬々のツモは正直な所悪い、それを使うことで、結果的に恭子の手を遅らせたのだ。
そうして{4}を大明槓された次のツモ、{2}を手牌に引き入れ自摸り四暗刻を崩し、テンパイする。
結果がこの和了り。瀬々は感情がたかぶるのを自覚せずにはいられなかった。
(――あぁ、楽しいなぁ! ほんと、みんなあたしの思惑通りに、そしてそれ以上にいろんなことを考えて麻雀を打ってる。ほんとうに、そんな相手と闘うのは楽しい!)
色々な雀士がいる。
それぞれのプレイスタイルがあり、それは一切否定しようのないものだ。瀬々はそこにどうしようもない“別世界”を感じるのだ。
人と人の世界の違い、それが雀風という形で、現れているのである。
(さぁ、勝たせてもらうぞ。まだだ、まだこの程度じゃ――全然たりない!)
そうして、瀬々はサイコロを回す。
自身の思いも、誰かの思いも越えた答えを見つけるために。
彼女の世界を載せた二つの賽が、新たな数字を――刻みこむ。
――南二局、親瀬々――
――ドラ表示牌「{西}」――
――十一巡、この局の終幕に必要とした時間だ。
南一局の倍満聴牌を逃した直後だというのに、すぐさま切り替えたのか早めの手牌をするどく作り上げていく恭子。
逆に、前局の振込と、そこから生まれた感覚に、どこか消極的な打ち方を見せる心音。自摸り四暗刻聴牌拒否という異常事態にあっても、南二局は思いの外静かに進行した。
そう、あまりにも静かだったのだ。
「――ロン! 18000」
和了したのは、親番、渡瀬々だ。まるで何事もなかったかのように、それそのものがあるがままだったかのように。
自然と、流れるように手を晒した。
――瀬々手牌――
{一二三四五六七八九東東東中} {中}(和了り牌)
・龍門渕『118200』(+18000)
↑
・晩成 『89900』(-18000)
あまりのことだった。振り込んだ晩成、車井みどり自身が、その状況をもっともありえないと思っていたのだから。
(――
――瀬々捨て牌――
{發白②9二一}
{九九③發3}
この捨て牌、{9}と{3}を除けば全て手出しだ。それも、一度手に加えた牌を放るのではない、全て配牌から手にしていたものを切り出したのである。
つまり瀬々の配牌は最初、こういう形になっていた。
――瀬々手牌(配牌時)――
{一二九九②③發發白裏裏裏裏}
残り四枚が萬子、もしくは東であることは手牌の姿から直ぐに知れる。しかしそれでも、すでに揃っていたすべての形を、こうも切り出して手を作れるものだろうか。
――無論、そんな訳はない。
(出来ないんだ……! わかってなくちゃ。こんなこと、できるはずもない。やろうと思えるはずもない――!)
侮っていた。
無論、インターハイの二回戦にまでやってくる強豪の先鋒だ。しかしそれは龍門渕という高校の形態を考えれば、先鋒であるということは、エースであるとは同一にならないはずだったのだ。
それでも、今目の前に居る存在は、明らかに
(今、私の目の前に、それを為した奴が居る。そいつは、無表情で、なんの気負いもなく、まるで平場の――単なる団欒とした卓の中であるかのように……私達をすくい取っていくのだ!)
この半荘、思えば染め手が頻発しすぎていたようにも思える。
それはきっと、麻雀の中でならよくある牌の偏りなのだろう。それでも、その中で瀬々はその染め手を、単なるゴミの山でしかなかった捨て牌に隠した。
心音のそれには可能性があった。
恭子のそれには明確性があった。
――だが、瀬々のそれには何もなかった。
(渡瀬々、こいつだったんだ。河の隙間、流れの合間に隠れて身を潜め、息を殺して機を待って、その瞬間にすべてを奪う。本当に気をつけなくては行けなかったのは、こいつだったんだ……!)
車井みどり、計算と可能性を信じる打ち手。
彼女のはじき出した答えに、瀬々が聴牌し、それが混一色であるなどということは、一切考えられないものだった。
瀬々の手が、卓の上を行く。
その表情に陰りはない、否――感情と呼べるものはない。彼女の中には、余りある表情が押し込められているのだろう。
だからこそ思う。
ホンモノだ。――ホンモノの何かが、そこにいるのだ……と。
渡瀬々――無限に満ちた、可能性の中にその身を委ねるもの。少しだけ癖のある髪がはらりと、目元を覆う。その隙間から――何が見えているのか、対局者達には判じられるはずもないのだ――――
少し遅れましたが、先鋒戦をお届けです。キンクリはありますが、前回ほど適当じゃなかったりします。
今回は純くんの作戦が完全にはまりきった状況です。